汐美学園生徒会執行部。 それは日本有数の進学校である汐美学園の中でも、エリート中のエリート。 そのエリート達のトップに立つ、現生徒会長は白崎つぐみ。 俺の彼女だ。 「白崎さん、この書類にハンコをお願いします」 「……」 つぐみはふかふかの椅子にもたれかかり、俯いている。 「白崎さんっ」 「……」 「待て、会長には何か考えがおありのようだ」 「日本の未来を憂えているのかも」 などと言われているが、実際は。 「つぐみ、起きろ」 「う、うーん……」 「はっ!? ごめんさない、ついうっかり」 慌てて表情を引き締めるつぐみ。 生徒会長に就任してからというもの、つぐみは多忙を極めていた。 「疲れているんだ。今日は休んだらどうだ?」 「駄目だよ、仕事が山積みなのに」 「頑張る、頑張るから」 つぐみが、自分の頬を叩く。 「気合い入れてるところ悪いが、よだれの跡が」 「わわわっ!?」 つぐみが慌てて口元を拭う。 「冗談だけど」 「も、もう、京太郎くんったら」 「ははは、かかったな」 「ふふふふ」 「はははは」 相変わらず可愛い彼女だ。 「仲のよろしいことで何よりだ」 「もう見飽きましたけどね」 「私たちも彼氏ほしいですね、多岐川さ……」 「そんなことより、ハンコーーっ!!!」 多岐川さんが鬼の形相で吠えた。 「ご、ごめんなさい」 つぐみが書類にハンコを押す。 「ハンコを押すのは本当に上手ですね」 「す、すみません」 多岐川さんがつぐみをにらむ。 「し・ら・さ・き・さ・ん」 「会長と呼べ、会長と」 「ん? 何か言った?」 「いえ、何も」 「(凍るような視線ありがとうございます)」 高峰が密かに合掌する。 「さて、白崎さん」 「はい」 「疲れているのはわかります。うつらうつらしてしまうのも、まあ大目に見ましょう」 「でも、図書部の弛緩した空気をこの部屋に持ち込むのは見過ごせません」 「弛緩したって……」 「俺たち、真面目にやってるよなあ」 「そうです、そうです。ぶーぶー」 多岐川さんの手の中で、シャーペンが砕けた。 「すーーーーーはーーーーーーーー」 「話を続けてよろしいですか?」 怖すぎる。 「ともかくも、図書部の空気は生徒会役員室にふさわしくありません」 「望月さんがいらっしゃったときは、もっと緊張感のある部屋だったのです」 「空気は世代ごとに違うんじゃ」 「多少は違うとしても、もう少し締めていただかないと、望月さんに申し訳が……」 「失礼します」 すごいタイミングで望月さんが入ってきた。 「も、望月さん……どうしてこちらに?」 「多岐川さんがうまくやっているか気になってしまって」 少し恥ずかしそうに笑う望月さん。 「何か困っていることはない?」 「心配にはおよびません。大変ですが何とか上手くやっています」 キラキラと微笑む多岐川さん。 「(点数稼ぎに行きましたね)」 「(あいつも大概、見栄っ張りだな)」 「そう、なら良かったわ」 「いや、望月さん」 「さっきまで、図書部の空気になじめない、やってられないって揉めてたんですが」 「ちょっとあなた!?」 望月さんがジト目になった。 「だろうと思いました」 「でも、それは多岐川さん自身が解決すべき問題ね」 「え?」 「だってそうでしょう? 図書部の皆さんと仕事をするのは私ではないのですから」 そう言うと、望月さんは、あれこれつぐみと話してから去って行った。 その後ろ姿を呆然と見送る多岐川さん。 「……」 「……」 「多岐川さん、同じ生徒会役員なんだから仲良くやっていこうよ」 つぐみが手を差し出す。 だがしかし、多岐川さんは動かない。 「仲良くできるかはわかりません」 「ただ、私は副会長である以上、会長を支えたいと思います」 「多岐川さん」 「あなたが、会長としてふさわしい人物である限り」 多岐川さんの目は割と本気だ。 「なら問題ないな」 「この学園の生徒の過半数が、つぐみを会長に選んだわけだし」 「それはわかっています」 「狭量なのは私です、頭が固いんです。失礼しましたっ」 そう言うと、多岐川さんは外界の情報を遮断するように、デスクワークに取りかかった。 彼女がキレるのは珍しくないが、今日のはちょっと激しかった。 放っておいても解決しないだろうし、何とかしないとな。 西日が俺たちの顔を赤く照らす。 生徒会役員揃っての帰宅となるはずだったが、多岐川さんの姿はない。 「多岐川さんとも帰りたかったな」 「仕事するって言ってましたね」 「一緒に帰りたくなかったんだと思う」 まあその通りだ。 「皆が茶化すから、多岐川がキレるんだ」 「可愛い子にはイタズラしたくなるんだよね」 「あいつはお前ほど打たれ強くないんだぞ」 多岐川同様、生真面目な性格の桜庭は同情的だ。 「どうやったら上手くやっていけますかねえ」 「こっちは、垣根をなくそうと努力してるんですが」 「向こうから来るのを待つしかないです」 「千莉ちゃんはドライだねぇ」 「そういや、千莉ちゃんも最初はぜんぜんなびいてくれなかったなあ」 「やめてください、昔の話です」 そういえば、御園を図書部に勧誘したときも一悶着あったな。 「つまり、筧が頑張ればいいのか」 皆が俺を見る。 「丸投げかよ」 「そりゃだって、彼氏さんですから」 と、佳奈すけが白崎を軽く押し、俺にくっつける。 「ふふふ、よろしくね」 「可愛く笑っても駄目だ」 夕日に照らされた笑顔は、いつもより何倍も可愛く見える。 「んじゃ、話がまとまったところで俺たちは帰るか」 「これ以上は無粋か」 「ではでは、お疲れ様でした」 「失礼しまーす」 止める間もなく、風のようにみんなが散っていく。 俺たちが同じ家に帰りやすいよう気を遣ってくれているのだ。 「あっという間に帰っちゃったね」 「露骨すぎだ。あれ、半分からかってるぞ」 「あとは若い人に任せてって?」 「そうそう」 つぐみがぎゅっと手を握ってきた。 「何だかくすぐったい気分になるよね」 「そうだな」 微笑み合い、帰途につく。 「多岐川さん、どうしたら私のこと認めてくれるかな?」 商店街に差し掛かったところで、つぐみが口を開いた。 「気にしてたのか?」 「当たり前だよ。多岐川さんを副会長に誘ったのは私なんだし」 「私のせいで嫌な思いしてるなんて、申し訳なさすぎるよ」 つぐみが深刻な顔になる。 一体、どうしたら多岐川さんに認めてもらえるのか。 「仕事がすっごくデキるようになったら認めてくれるかな」 「……なれるのか?」 「が、頑張ります」 早くも根性論だ。 「実際さ、仕事がどうこうってことじゃないと思うぞ」 「こう言われても困ると思うけど、リーダーシップとか人柄って部分じゃないか?」 「リーダーシップなんて、自分じゃどうしていいかわからないよ」 やっぱり困惑顔になる。 「思うようにやるのが一番だと思う」 「自分が正しいと思うことを貫く……つぐみはそれでいいよ」 「図書部のみんなも、つぐみのそういうところが好きなんだと思うから」 高い事務処理能力や鋭い判断力は、そりゃあった方がいいだろうが、つぐみの本質はそこじゃない。 「よくわからないけど……」 「やってみるよ。多岐川さんとは絶対仲良くなりたいから」 少し考えてから、つぐみは明るく言った。 「よし、頑張ろう」 つぐみの手をしっかり握る。 彼女が頑張ろうとしているのだ、彼氏としては支えてやらねば。 「京太郎くん、京太郎くんっ」 つぐみの声がする。 ここは俺の部屋なのに。 「京太郎くん起きて」 そうだ、昨日はつぐみが泊まったんだった。 「起きないなら、いたずらしちゃおっかな」 何をされるかわかったものじゃないし、起きるか。 ちゅ。 「……」 「あ、お、おはよう」 「おう、おはよう」 つぐみは真っ赤な顔で俺を見ていた。 「どうかしたか?」 「う、ううん、何でもないよ」 誤魔化した。 「そっか」 「……ふう、恥ずかしかった」 「つまり、恥ずかしいことをしたと」 「……」 「し、してないでござるよ」 タコのように顔を真っ赤にして、つぐみが朝食の席に着く。 「さ、朝ご飯できてるから、早く食べよう」 「ありがとう」 食卓にはつぐみの手料理が並んでいた。 これぞ朝御飯といったラインナップを前に、俺は当たり前のように着席する。 つぐみは、こっちがどんなに遠慮しても食事を作ってくれる。 彼女にとっては当たり前のことらしい。 「どうかした?」 「なんていうか、慣れてきたな」 「え? ご飯に飽きちゃった?」 「いや、そうじゃなくて」 「最近は、一緒に飯食うのが自然になって来たなってこと」 「そういうことか……ふふふ、安心した」 「だんだん、京太郎くんの生活の一部になれてるってことだね」 「え?」 思わず、つぐみの顔を正面から見てしまう。 「ご、ごめん、恥ずかしいこと言っちゃった」 「いや」 胸の奥がこそばゆくなる。 「そういうことだと思う」 「え?」 「つぐみと一緒にいるのが、生活の一部になってるってこと」 「ふふふ、嬉しい」 つぐみが、心から幸せそうに目を細める。 こんな朝を1日1日重ねていけば、もしかしたら、俺たちは本当の家族になれるのかもしれない。 「あれ? 高峰くんじゃない? おはよう」 「おっと」 つぐみに声をかけられた瞬間、高峰はさっと人混みに紛れ込もうとした。 何をやってんだあいつは。 「おい、高峰」 肩をがっしりつかむ。 「あーくそ、見つかったか」 「何だよその反応は」 「いや別に。今日はいい天気だと思っただけだよ」 けっこう曇がある。 やましいことでもあるのだろうか。 「あ、玉藻ちゃん?」 「あっ!?」 こっちも慌てて身を隠す。 「二人してなんなんだ?」 「姫のことだ、深い考えでもあるんだろ」 じっくり話を聞く必要がありそうだ。 その後、1年生コンビとも遭遇し、めでたく全員で登校することになった。 「つまりですね、私達の愛情がにじみ出過ぎてしまったいうことですよ」 「二人でいるところには、話しかけにくいです」 みんなの怪しげな動きは、俺とつぐみに気を遣ってのことだった。 二人でいるときは邪魔しない方がいい、という配慮だ。 「気持ちは嬉しいが、余計なお世話だぞ」 「うん、今まで通りにしてくれるのが一番だよ」 「そう言われても、話しかけるタイミングが難しいです」 「いや、だからいつでもいいって」 「タイミングを誤ると、うっかり暴力を振るってしまいそうになるので」 「はい、千莉の言う通りです」 「仲むつまじ過ぎるお二人を見ていると、なぜか破壊衝動に火が点きそうになるんです」 わかるわー、と納得顔の面々。 小さいグループの中でカップルができれば、目立ってしまうのが世の常だ。 世に言うバカップルを冷めた目で見てきた俺だったが、まさか自分が……。 いや、つぐみと俺はそこまでイチャイチャしてないよな。 「あれですね、私たちも彼氏彼女を見つければ、広い心を手に入れられるかもしれません」 「それは……なかなか困難な道のりだな」 「遠いなあ、先が霞んで見える」 「しみじみ言わないで下さい」 「みんななら大丈夫だよ、わたしでもできたんだから」 菩薩の微笑を浮かべるつぐみ。 彼氏持ちならではの発言だが、なぜかつぐみに言われると腹が立たない。 「筧さん」 突然、佳奈すけが熱い視線を向けてきた。 「何だよ」 「一夫多妻の世界に踏み込んでみませんか?」 左腕に佳奈すけがぶら下がった。 「おいおいおい」 「筧、新しい世界に飛び出してみないか」 「来ると思った」 右腕にぶらさがそうとする高峰を払いのける。 「脇道に行かないで、本道を行けよ」 「筧の言う通りだ」 「恋愛は、直球勝負でぶつかり合わないといけない」 桜庭がキラキラ瞳で空の彼方を見る。 「桜庭さん、素敵です」 「ていうか、佳奈はいつまで筧先輩にくっついてるの」 「そ、そうだよ佳奈ちゃん、離れて離れて」 「ふふふ、バレましたか」 悪役の笑いを浮かべ、佳奈が俺から離れた。 図書部から生徒会役員になった俺たちだが、こういうノリは変わらない。 「リシュランのアンケートです、よろしくお願いしまーす!」 ぎゃーぎゃー騒いでいる俺たちの前に、アンケート用紙が差し出された。 「あ、生徒会役員の皆さんですね。ぜひご協力お願いしまーす」 そう言われては断れない。 全員がアンケート用紙を受け取る。 「おー、リシュランか。お世話になってます」 「俺も結構使ったなあ」 リシュランガイド。 簡単に言えば、授業選択の攻略ガイドブックみたいなものだ。 各授業ごとに、授業内容やテストの難易度、出欠の有無などが書かれている。 生徒主導で編集され、1冊500円。 春の授業選択の際には、多くの生徒が利用している。 「リシュランって何?」 「知らないんですか白崎さん」 「白崎のような真面目な人間には必要ないものだろう?」 「わたし、真面目じゃないよ」 「こう見えて筧くんとは……」 「よーし、そこまでだ」 つぐみの口を押さえる。 勢いで何を言われるかわかったものではない。 「筧先輩、白崎先輩にどんなことしてるんですか?」 「知らなくていい」 つぐみを解放する。 「不真面目なつぐみに説明すると、リシュランってのは、まあ使い方によっては危ない本なんだ」 「出欠もないテストも簡単、という授業だけを狙って取れば、極端な話、学園に来なくても卒業できる」 「もちろん、私のように興味に合う授業を取るために使っている人間もいる」 「というか、それが正しい使い方だ」 「……そうだったのか」 わざとらしくショックを受ける高峰。 「とまあ、高峰のように不謹慎な使い方をしている輩が多いのは問題だと思う」 「情報を有効活用していると言ってほしいね」 「なあ、筧」 「まったくだ」 俺の場合は、読書の時間を確保するために使わせてもらっていた。 確かにいい使い方とは言えないが、この学園では全てが自分の責任だ。 どんな使い方をしようと、ルール違反をしない限りは自由だと思う。 「ま、アンケートにキッチリ答えて、来年も素晴らしいリシュランを作ってもらおうぜ」 「そうしましょう、そうしましょう」 その場で、さらさらとアンケートを記入する。 今、自分が受けている授業のデータを提供するわけだ。 来年の4月には、それらが1冊の本になり俺たちの履修を助けてくれる。 「そろそろ行かないと予鈴が鳴るぞ」 「はいはい、わかってる」 アンケートをざっと書き、ビラ配りの生徒に渡す。 「来年も、よろしくお願いします」 南無南無と祈る高峰を急かし、俺たちは校舎に向かった。 授業を終えると、生徒会室に向かうのが最近の日課だ。 出席自由だった図書部時代に比べると、義務づけられたせいか少し足が重い。 「筧先輩、これからですか」 「ああ。時間ぎりぎりだな」 「今までの経験では、20秒前に着くと思います。余裕ですね」 「ほんとかよ」 「ふふふ、賭けてみます?」 「ほら、予想通り20秒前ですよ」 「やるな」 ジュース一本、おごり確定である。 「5分前行動を心がけていただきたいですね」 「間に合ってますが」 「少しでもトラブルがあったら間に合わないですよね?」 「だから、間に合っています」 「むむむ」 さらりと多岐川をいなし、御園が席に着く。 なかなかの強さだ。 「筧さん」 「生徒会の仕事は部活動ではありません。もう少しきちんとして頂きたいのだけど」 「おっと、こっちに来たか」 「はい?」 「いや、多岐川さんのお陰で、俺たちも前よりはきっちりしてきてるよ」 「これからもよろしくな」 「え、ええ……よろしくお願いします」 適当に持ち上げつつ流す。 「(多岐川さん、膝に来てるな)」 「(さすが筧さん、適当な対応は一流です)」 「こほっ」 「それでは、時間になりましたので会議を始めたいと思います」 「……が、生徒会長がまだきていませんね」 「すみません遅れましたー!」 つぐみが遅刻して入ってきた。 「白崎さん……会議を始めたいのですが」 「はいっ……すみま……はぁ、はぁ……」 「白崎、水だ」 「うん、玉藻ちゃんありがとう」 「白崎先輩、お菓子もあります」 「わーありがとー」 「か・い・ぎ」 多岐川さんが机を叩く。 「まあまあ、あんまカリカリしてると胃に穴が空くぞ」 「そしたら、あなた方を訴えますから」 「まったく、望月さんがこんなところを見たら」 「すみません……」 つぐみが縮こまる。 いつものお説教パターン。 『多岐川さんに認められたい』と言った次の日からこれである。 先は長いな。 「では、気を取り直して会議を始めたいと思います」 「今日の議題は、教師会から来た要請についてです」 「教師会から?」 多岐川さんの話によると、要はリシュランガイドをなくせ、ということらしい。 理由としては、楽に単位を取るためのガイドなど、存在自体が不謹慎だということ。 そして、生徒が授業に点数をつけるという行為がけしからん、ということだ。 「要請とは言っているが、指示に近いのだろうな」 「はい。ですから、私は要請を受けるべきだと思っています」 「え? ちょっと待って」 反射的に白崎が声を上げた。 「それ、リシュランをなくすって意味だよね」 当然、という顔で多岐川さんが頷く。 「ひどいよ」 「ひどいと言われましても……」 多岐川さんが眉をひそめる。 「もう少し論理的な反論をお願いしたいのですが」 「それは、その……」 つぐみが必死に考えをまとめようとする。 少し時間が必要だろう。 「多岐川さん、いいかな」 「どうぞ。筧さんなら建設的なお話ができそうです」 「建設的かどうかは知らんが、俺はつぐみの意見を支持したい」 「意見も何も、白崎さんは『ひどい』と言っただけですが」 「だから、ひどいと思うから、リシュランは残した方がいいってこと」 「理屈が通ってませんが」 「そりゃまあ、直感だから」 多岐川さんが大袈裟に溜息をつく。 「教師会はなくせと言ってるんですよ。感情論では反論にも何にもなりません」 「教師会がなくせと言ったからなくすのか?」 「私もなくした方がいいと思います」 「その根拠は?」 「リシュランは、学生にふさわしくない書籍だと思うからです」 「ふさわしいふさわしくないも、感情論じゃないのか?」 「む……」 多岐川がむすっとした顔になる。 「ただ、直感ってのは大事にした方がいいと思うんだ」 「多岐川さんの考えだって、感情論だから間違ってるって言うわけじゃない」 多岐川さんが〈黙然〉《もくねん》と腕を組んだ。 「わ、わたしも、直感なんだけど、なくさない方がいいと思ったの」 つぐみがおずおずと意見する。 「俺はつぐみを信頼するよ」 「彼氏だからですか?」 「まさか……」 「いや、8割それか」 「公私混同もいいところです」 多岐川さんが溜息をついた。 「私も白崎の直感は信じる」 「そもそも、教師会が言ったから廃止しますでは、生徒会執行部の意味がない」 「結論を急がなくていいなら、少し調査してから判断しても遅くないのでは?」 「発行元は広告研究会でしたっけ」 「じゃあ、明日にでも話を聞きに行こうよ」 結局、つぐみの直感を尊重する形で方針が固まっていく。 これが、図書部結成時からの俺たちのやりかただった。 「……」 当然、不満げな多岐川さん。 「悪いな、意見を無視する形になって」 「別に謝って頂く必要はないです」 「ただ、やはり私は、あなたたちを受け入れることができません」 「皆いいやつだよ」 「人柄の話じゃありません」 「根拠もなく、白崎さんの意見を採用するやり方です」 「根拠はある」 「拝聴したいですね」 「今んとこ、それで後悔したことないからさ」 多岐川さんが、頭のてっぺんから爪先まで俺を見つめる。 「今回もそうであればいいですけど」 呆れたように言って、多岐川さんはデスクワークを始めた。 会議も終わり、つぐみと2人で帰路につく。 「今日は色々あったな。お疲れ様、生徒会長」 「うん……」 少しそっけない。 俺の顔をあまり見てくれないし、何より距離がいつもより遠い。 「つぐみ?」 「え?」 「顔赤くないか? 大丈夫か?」 「え? あ、うん、大丈夫」 「あの、今日は応援してくれてありがとう。京太郎くんはいつも助けてくれるね」 「そりゃ、彼氏だから」 「ん? 何?」 「彼氏なんだから、助けるだろ」 「え?」 わざとらしく聞いてくる。 彼氏彼氏、連呼させたいらしい。 そうは問屋が──。 「彼氏だからな」 卸す日もある。 「ふふふ、お付き合いいただきありがとうございます」 つぐみがぎゅっと腕を組んできた。 「また少し、京太郎くんのこと好きになったかも」 「ありがとさん」 石畳に並んで伸びる影を眺めつつ、家を目指す。 今日も帰る先は一緒だ。 「リシュランガイドのこと、あれで良かったのかな?」 「良かったと思う」 「なくすのはひどいからなくさない、それでいいじゃないか」 「でも、多岐川さんは納得してくれないよね」 「そこは、納得してもらえるように情報を積み上げていかないとな」 「情報を積み上げるって言われても」 「発行元に聞き取り調査をするだけじゃ弱いと思うんだ」 「向こうは存続したいに決まってるんだから」 「あ、そっか。そうだよね」 「発行元に話を聞いたら、次はリシュランを実際に使っている人たちに話を聞いてみようよ」 「それがいい」 明日から早速実行しよう。 昼休み、生徒会室で昼食をとっていると、 「皆さん、ちょっとウェブニュース見て下さいよ」 佳奈すけが携帯片手に言った。 「ん? あー、校門前に迷い込んでた子犬、飼い主見つかるか。良かった良かった」 「ホントですよねー」 「って、そんな記事じゃなくて、これですこれ」 みんなわかっているが、トップページにはこんな見出しがあった。 『生徒会、リシュラン廃止を検討』 『……か?』 「相変わらず、誤解を招く記事を書くな」 「そっちの方が面白いからなあ」 「どうせ廃止にするのですから、構わないのでは?」 「ちょっと多岐川さん、まだ決まってないよ」 「あら、失礼しました」 つーんとしている多岐川さん。 「一応、新聞部には抗議しておくか。効果は薄いだろうが」 「抗議はしない方がいいんじゃないか」 「わざわざ記事にするってことは、少なからず生徒も生徒会をこう見ているということだ」 多岐川さんの顔色が変わる。 「まあ、生徒会執行部というと厳しいイメージですからね」 「それで、まずは新聞部に電話したいんだが」 「あれ、やっぱり抗議するんですか?」 「抗議はしない。むしろ向こうがやりたがってた取材を受ける」 新聞部からは、以前から取材の申し込みが多数あった。 今のところ全て断っていたが、向こうに恩を売ることで、彼らの記事にも変化が見えるかもしれない。 とりあえず新聞部に電話して、以前断った取材の話を持ちかける。 「どうでした?」 「華やかなコスプレをした写真を多く使いたい、とのことだ」 「結局それですか……」 「生徒会になってもやること全く変わってませんね」 「多岐川さん的にはありなの? コスプレ生徒会」 「悪くないと思います」 アリなのか。 「報道を力で押さえ込もうとしても限界があります」 「彼らと仲良くしておいて、損をすることはありません」 「親しい相手の悪口は書きにくいからな」 「では、取材を受ける交換条件として、訂正記事を書くようそれとなく言っておこう」 いきなり出だしで転ばされたが、みんなに動揺した様子はない。 「筧さん……やっぱり望月さんが推すだけの事はありますね」 「これくらいで持ち上げられても困る」 「あなたの方が生徒会長にふさわしかったのでは?」 多岐川さんが、つぐみをチラ見しつつ言う。 「まさか、俺はそういう柄じゃない」 「人にはタイプというものがあるだろう? 多岐川もまだまだだな、ははは」 「そ、そうですね。筧さんは白崎さんの尻に敷かれている方ですからね」 苦し紛れに無茶苦茶なことを言い、多岐川さんは事務作業に集中した。 放課後、まずはリシュランの聞き取り調査からはじめる。 早速、発行元の広告研究会へ出向いてみたのだが……。 「全然駄目でした。警戒されちゃって会ってくれないです」 「生徒会=悪とでも思っているらしい」 「特に多岐川を警戒しているようだ」 「私のせいだというんですか」 多岐川さんは去年からの続投だ。 望月さんを含めた厳しい頃の生徒会の象徴でもある。 「当事者に話す気がないのなら諦めましょう」 「わたし、もう一回お願いしてみるよ」 つぐみが決然と言う。 「無駄だと思いますが」 「やってみます」 つぐみと生徒会の面々が、交渉に向かう。 「でも、生徒会はリシュランを潰す気だって」 「まさか。リシュランはなくさせません」 「白崎さん、まだ生徒会の方針は決まっていません」 「やっぱり、潰す気じゃ」 「違います」 「これだけ生徒に支持されている雑誌をなくすなんて、絶対おかしいです」 「規則を破っている訳でもないですし、理不尽なことを書いている訳でもないですし」 「わたしの友達も、すっごく頼りにしてるんです」 「えーと、えーと、あとは……」 一生懸命に喋る白崎。 そんな様子に、広告研究会のほうが呆気にとられてしまう。 「いや、なんか、そこまで言ってもらえると、作ってる方としても嬉しいですね」 「OKです。話せることは全てお話ししますよ」 最終的には歩み寄ってきてくれた。 「ふふん、どうだ多岐川。これが白崎だ」 「どうしてあなたが得意げなんですか」 多岐川さんが渋い顔をする。 「あんな稚拙な説得で上手くいくなんて、運がいいのね」 「説得しようとしないからいいんだよ」 裏がないから、相手がすぐ信頼してくれる。 もちろん、つぐみの性格が基本善良だからできることだ。 「俺にだって望月さんにだって、つぐみの真似はできないだろうな」 「直球勝負すぎます。危険です」 「だから、みんなで支えてあげたくなるんだよ」 「京太郎くん、今から広告研究会の人達とお茶しに行くことになったんだけど」 俺たちが話している間に、話はどんどん進んでいた。 いい調子だ。 「……信じられない……」 生徒会活動終了後、つぐみの部屋に来た。 今日は泊まる予定だ。 「お邪魔します」 「そろそろ、お邪魔しますはいらないよ」 「じゃあ……ただいま」 「ふふふ、うん」 つぐみが頬を染める。 「自分から振っておいて照れるなよ」 「ただいま、つぐみ」 「はい、おかえりなさい」 「あ、京太郎くん用に新しいクッション作ったんだ」 「おお、ありがとう」 「あれ、この前も俺のクッションなかったっけ?」 「2号です」 「あと京太郎くん用の、歯ブラシもコップも食器も防災用品もあるよ」 「防災用品はやり過ぎだろ」 「ううん、何があるかわからないから」 「あ、京太郎くんはゴロゴロしてて。わたし、ご飯作るから」 「おう、ありがとう」 つぐみは夕食の準備に取りかかる。 ゴロゴロしつつ、TVを眺めるが、ロクな番組がやっていない。 やることがなくなった。 「なあ、つぐみ。広告研究会の人たち、どうだった?」 キッチンのつぐみに声をかける。 「すごく真面目に活動してるみたい」 つぐみは調理しながら話し掛けてくる。 手馴れたものだった。 「リシュラン作るだけでも大変そうだもんなあ」 生半可な熱意じゃないのはわかる。 「広告研究会は、リシュランを出すことで授業のレベルを上げたいんだって」 「だから授業内容にも点数つけてるのか」 「採点されるとなりゃ、教師もうかうかしていられないだろうしな」 「でも、やっぱり、点数が低いと怒る先生もいるんだって」 「毎年、怒った先生が電話かけてくるみたい」 「だろうなあ」 広告研究会の理想は悪くないと思う。 授業の質を向上させる効果もあるだろう。 しかし、何事にも正と負の面がある。 「で、発行元は、リシュランがサボりに使われてることについてはどう考えてるんだ?」 「『それは、まあ、その、ははははは。そこはほら、先立つものもアレですし』」 「って言ってたんだけど、どういう意味?」 「なるほど」 「え? わかるの?」 「サボりに使うのは褒められないけど、売り上げの問題もあるしってことだと思う」 「サボりに使える情報を減らすと、売れなくなるんだろうな」 「む、むう……」 白崎が呻く。 「本音と建て前ってやつだ。どうする? 応援するのやめるか?」 「それはダメ」 白崎がフライ返しを振った。 「広告研究会は悪いことしてないよ」 「悪いのはサボる生徒ってことか」 「サボることにしたって悪いとは言えないよ。その人のためにはならないと思うけど」 「それに、リシュランをちゃんと使ってる人だっていると思うの」 「桜庭みたいな奴だな」 「じゃあ、次は真面目な奴がどのくらいいるか調べてみるか」 「うん、そうしよう」 笑顔で言って、つぐみがキッチンに向き直る。 「あ、そういえば」 つぐみの声が、いくぶんロートーンになった。 「今日の多岐川さん、どうだった? 少しは私のこと認めてくれたかな」 「悪くなかったと思うぞ」 「ホント? 良かった」 つぐみを認めたとは言えないが、広告研究会とのやりとりは好感触だった。 「この調子で頑張れよ。無理しない程度に」 「ありがとう。やっぱり、京太郎くんは頼りになるね」 「お肉、山盛りにしてあげる」 「おお、ラッキー」 「なら、次はもっと感謝されるように頑張らないと」 「そしたら、焼き肉がステーキになるかもね」 「俺が手を抜いたら?」 「インスタントラーメンかな」 「……頑張る」 「ふふふ、よろしくね」 「おいしい?」 「つぐみの家で作った料理の方が美味い気がする」 「こっちは調味料が全部揃ってるからね」 「できれば、京太郎くんの部屋にも置きたいんだけど」 「飯が美味くなるなら大歓迎だ」 部屋の隅に、何となく目が止まる。 「ん? 何の写真?」 「あ、出しっぱなしだった」 つぐみが慌てて写真を隠す。 誰の写真だかはわからなかったが。 「俺の写真だった?」 「み、見たんだ……」 カマをかけたら正解だった。 「ごめんね、勝手に飾って」 「いや、俺は全然構わないけど」 「そ、そう? なら良かった」 白崎がフォトフレームを机に置く。 俺が一人で突っ立っている写真だった。 「そうだ、一つお願いがあるんだけどいいかな?」 「ん?」 「写真、一緒に撮ってもらっていいかな」 「どうせなら、2人で写ってる写真を飾りたいから」 「ああ、いいぞ」 「やった」 早速俺の胸に飛び込んで、2人並んで撮る。 「この写真は門外不出だからな」 「うん、ここに飾るだけ。ちょっと恥ずかしいもんね」 こうして、つぐみの部屋には新しい写真が飾られることになった。 この日の放課後は、リシュランの評判を調べるため、アンケート用紙を配布することにした。 「アンケートにご協力お願いしまーす!」 「リシュランを守るためにぜひご協力ください」 みんなでコスプレをしてアンケートを配る。 コスプレなんぞはしたくないが、新聞部の取材も兼ねているので仕方がない。 ちなみに、多岐川さんだけは衣装がないので制服のままだ。 「1人だけ制服で寂しいんですか?」 「寂しいわけないでしょう」 「あなた方こそ、よく恥ずかしくないですね」 「恥ずかしいのは最初だけですよ」 「段々慣れてくるものだ。なあ筧?」 「そうでもないが」 アンケートの集まり具合はまずまずといったところ。 リシュランの存続は今微妙な位置にある。 その行方は生徒達次第であり、生徒会はあくまでそれを補佐することしかできない。 それを皆にわかってもらいたいのだが。 「……」 多岐川さんは、皆から少し離れたところでぼんやりと配っていた。 「何か困ってる?」 「別に」 視線をそらされてしまう。 しかし、嫌がられている空気ではない。 「新しい生徒会はどう?」 「戸惑うことばかりです。望月さんとはやり方が180度違いますし」 「白崎さんは、どうして私を副会長にしたんでしょうか?」 「桜庭さんなり、フィーリングの合う人から選べば良かったのに」 真面目に聞いてきたので、真面目に返すことにする。 「多岐川さんが必要だったからじゃないか」 多岐川さんは頬を赤らめながら怒る。 「ま、真面目に答えてください」 「真面目に答えたつもりだけど。俺も多岐川さんは必要だと思う」 「口ゲンカの相手が必要だったのですか?」 「違った考えを持つ人がいるのは悪いことじゃないだろ」 「生徒会執行部内に確執があるのは、生徒にとって良いことではありません」 「つぐみのこと、まだ認められそうもない?」 「無理です。どこをどう認めろと」 「先週は、少し見直していたように見えたけど」 「あ、あれは……」 「見直したといっても、微々たるものです」 「何にせよ、白崎さんでは望月さんには敵わないでしょう」 「俺は、そこまで問題視していないな」 「確かにつぐみには足りない部分があるが、それを補うものもある」 「そうでしょうか」 疑わしい目で見てくる。 「以前、つぐみが授業に遅刻して、教師に説教されたらしいんだが」 「また遅刻ですか」 それが一部生徒の間で噂となって。 『生徒会長が理不尽な注意をされた』とみんなで抗議しようという騒ぎに発展したらしい。 「それは白崎さんの自業自得でしょう」 「だが、遅刻にはまっとうな理由があったんだ」 理由を多岐川さんに説明する。 とある部活の部員が、部活設備の老朽化が原因で怪我をしたらしい。 そのことで、登校中のつぐみが部員から苦情を言われた。 いわく、『怪我をしたのは、去年うちの予算を削減した生徒会のせいだ』と。 「で、つぐみはその怪我人を手当てした上に、補修作業を手伝おうとしたそうだ」 「アホですか」 「白崎さんが責任を感じることではないでしょう」 「つぐみは、なんていうか、その……」 「素直なんだ」 「その濁し方だと、頭が弱いと言っているように聞こえますが」 「利口でも器用でもないってことだ」 「その時つぐみが考えてたのは、困ってるから助けようってことだけだったらしい」 そんな生徒会長のやり方を聞きつけた生徒が、あれよあれよと集まり、技術のある生徒が助けてくれて事が収まったのだった。 「つぐみのいいところは、いい意味で隙があって、生徒も話しかけやすいことだろうな」 「釈然としませんね」 多岐川さんが、ビラ配り中のつぐみに目をやる。 「もしかして、副会長を辞めるとか考えてる?」 「どうでしょうね?」 多岐川さんは薄く笑い、アンケート用紙を補充する。 「私は私なりに、この学園を良くしようと思って生徒会役員になったのです」 「多少仲違いをしたからといって、その夢は捨てたくありません」 当たり前と言えば当たり前だが、多岐川さんにも生徒会にかける思いがあるのだ。 おそらく、俺たちより強いものが。 「ですから、私は辞めません」 「いざとなったら、あなたたちが辞めたくなるように仕向けますよ」 「そっちかよ」 「私を追い込まないよう、ぜひ注意して下さいね」 多岐川さんがニッと笑って言った。 今まで見たことのない、多岐川さんの茶目っ気だった。 「さあ、ビラを配りましょう。ぼやぼやしていると、夜までに配り終わりません」 「おう」 「はぁ、汗かいちゃったね」 休憩がてら、つぐみと生徒会室に戻る。 「今日のアンケート配りは気合い入ってるな」 「みんなの意見を聞きたいって気持ちを、少しでも伝えようと思って」 明るく笑って、白崎が額の汗を拭く。 「ん? あれ? 背中かゆいかも」 「あせもじゃないか? ちょっと見せて」 白崎の背後に回る。 「えっ!? いいよいいよ」 「自分じゃ見えないだろ。ついでに拭いてやるから」 「え……わたしの背中を、京太郎くんが?」 恥ずかしそうに頬を赤らめる。 「で、でも……」 「見られるのは大丈夫なのに、拭かれるのは駄目なのか?」 「駄目ってわけじゃないけど、なんか照れるよ」 「恋人同士だし、ありだろ」 「う、ううん……そういえば、そうか……」 つぐみが、俺に背中を向け、少しずつ巫女服の上半身を脱ぎだす。 拭き始めてから気づいた。 「(刺激的すぎる……絵的にも、シチュエーション的にも……)」 大事なところを隠しながらやれば大丈夫だと思っていたが。 大事なところだけを隠して、それ以外の肌を露出してしまっている。 この光景は、少しまずいかもしれない。 つぐみの美しい肌色はほのかに上気しており、こちらの冷静さを削いでくる。 「京太郎くん? あの……」 「そ、そんなにじろじろ見られると……恥ずかしいよ?」 「す、すまんっ」 つぐみの肌の熱が、タオルごしに伝わってくる。 「んっ……」 「きょ、京太郎くん……ちょ、ちょっと」 「ど、どうかしたのか?」 「え、えとね、その……見てないよね?」 今更裸を見られてどうなる関係でもないのだが。 それでも、場所が場所だけにお互い妙に緊張してしまう。 「大丈夫だ。見てないから」 「そっか、うん……じゃあ京太郎くんを信じるね」 見えてるけど。 「少し前の方も拭くぞ」 「ん……あっ」 「……変な声出さないでくれ」 「だ、だって……気持ちいいけど、くすぐったくて」 休憩後は、またチラシを配ることになっている。 今からふしだらな行為に及ぶわけにはいかない。 いかないのだが…… 「あ、あの、京太郎くん。胸……触ってるよ?」 「あれ? いつの間に」 「すまん、つい……いやでも、つぐみの胸、温かいな」 「だ、駄目だって……ねえ、今そういうことする時間じゃ」 恥ずかしがって体を隠そうとするつぐみが、可愛すぎる。 「もうっ、くすぐったいよ……あっ……んっ……」 「京太郎くん……この後もチラシ配り、するんだよ……?」 「やだ、胸触り過ぎだって」 「もお……ほんとに、こんなところで誰かに見られたら、どうするの」 調子に乗りすぎた。 これ以上やりすぎるとつぐみを泣かせてしまう。 「ごめん、少しやりすぎた。ちゃんと拭くよ」 「もうっ……京太郎くんったら、これ結構恥ずかしいんだからね」 「我慢できなくなっちゃったらどうするの……?」 「すまない」 いたずらはやめて普通に拭いてやる。 「ん……気持ちいいよ」 「人に背中拭いてもらうのって、結構好きかも」 「そうか」 「京太郎くんは汗かいてない? わたしも拭いてあげよっか」 「俺は大丈夫」 「よし、拭き終わった」 「え? もう……?」 「あれ? 拭き忘れたとこあったか?」 「あ、ううん、そういうことじゃないんだけど」 つぐみが顔を赤くする。 「さ、ビラ配りに戻ろう」 「これ以上続けると、変なことになるかもしれないから」 「うふふ、そうだね」 アンケートを実施してから約1週間が経った。 「さて、リシュランの調査結果が出たわけだが」 「リシュランの駄目な使い方をしている筆頭の高峰、頼む」 「結果は予想通りだね。俺と同じように真面目に使ってる奴が一番多い」 「どの授業が自分の将来に役立つのかを、膨大な選択科目の中から選ぶのはやっぱ難しい」 「俺も悩んだよ、将来のことだしな」 「サボりに使ってる人が多いってことでいいですか」 御園があっさりまとめた。 「さすが千莉ちゃん、鋭いね」 「誰でもわかります」 「やはり、リシュランは生徒にとって悪影響がある本のようですね」 多岐川さんが断じる。 「サボろうがサボるまいが、個人の自由だろう?」 「サボった時間を、有意義に使ってる奴だっているはずだ」 「本当にいるでしょうか?」 「誰とは言わないが、読書に使っている奴がいる」 「半分言ってますけど」 「読書はいい、知性を育むだけでなく、心を豊かにしてくれる」 「では、あなたはもう少し読書をした方がいいのでは?」 「なかなか手厳しい」 「失礼しました」 多岐川さんが、くすりと笑う。 彼女なりの冗談だったようだ。 「ん? んん?」 「……ほう」 「ふぁおっ」 嫌な2人と1匹が、謎の反応を見せた。 「ん? どうした?」 「俺より多岐川さんに聞いた方がいいぞ」 「はい? どういうことですか?」 「いや、何でもないです」 「ふぇふぇふぇふぇ」 「不愉快な人たちですね」 「……こほっ、こほこほっ……」 多岐川さんが咳をする。 音からして、むせた咳じゃなく、風邪の咳だ。 「多岐川さん、大丈夫?」 「問題ありません。少し喉の調子が悪いだけです」 「遅くまでアンケートの集計してたんじゃないか?」 「生徒に協力してもらったアンケートです」 「1枚1枚目を通すのが礼儀というものでしょう」 「寿命縮みますよ」 「余計なお世話です」 「ごほごほごほっ」 本当に縮んでそうだ。 「うう……すみません、会議を進めて下さい」 「多岐川さん、もう休んだ方がいいよ」 「大丈夫です」 「そんな必死な顔で言われてもな」 「京太郎くん、医務室に連れて行ってあげて」 「私は体調管理できてます、万全です」 「もう黙れ」 「筧さん、医務室に」 何で俺なんだ? ……まあいいか。 「んじゃ、多岐川さん」 「私はやれます、まだ行けます!?」 予防注射を嫌がる子供のような多岐川さんを、医務室に連れて行くことにした。 筧と多岐川が出て行った生徒会室。 ドアが閉まるや否や、鈴木と高峰が目配せし合う。 「一目会ったその日から」 「恋の花咲く時もある」 二人が立ち上がった。 「なんなんだお前らは」 「あれはなんていうか、やばいぜ」 「何気ない日常が、急に色づき始めてますね」 「会いたかったりして震えてるね」 「ウ゛ウ゛ッ! ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ!」 猫が猟奇的に全身を痙攣させる。 「だからなんなんだ」 「多岐川さんですよ」 「風邪で寒気でもするのかな? 熱?」 「熱は熱でも、お熱でございますよお姉様っ」 くるっと回って、びしりと白崎を指差す。 「まさか……多岐川・筧ラインか」 「ええっ!?」 白崎が目を見開く。 「まだ微妙な変化ですが、危険な予感が漂っています」 「天気予報でいうと、降水確率30%くらいだな」 「微妙、微妙すぎる」 「傘を持っていくべきか……いや、降らない気も……いやしかし、やっぱり……」 「折り畳み一択ですね」 「そう、つまり、つぐみちゃんも恋の折り畳みを持って……」 と、高峰が白崎を見るが。 「京太郎くんは大丈夫」 「たとえ多岐川さんがアプローチしても、京太郎くんはわたしを見てくれるよ、絶対」 白崎が力強く言い放つ。 「多分」 「おそらく」 「鬼か、おまえらは!」 「どうしよう、玉藻ちゃん……」 半べそで、すがりつく白崎。 「大丈夫だ、筧は浮気をするような奴じゃない、絶対」 「多分」 「……」 「……」 1年生コンビのスルー。 「ちょっと、俺だけ悪人みたいに……」 「少し黙っていろ」 桜庭の冷たい視線が高峰を静かにさせた。 「京太郎くんは大丈夫」 「では、筧さんの浮気指数を試してみますか」 「え?」 多岐川さんが医務室から帰宅するのを見届け、俺は生徒会室に戻った。 いつも通りの事務作業をこなしていると、あっという間に帰宅の時間となる。 「さて、そろそろ帰るか」 「あ、筧さん、私もご一緒していいですか」 「いいけど。じゃあせっかくだから皆で、」 「あーあー! 他の皆さんは忙しいみたいですっ」 「それに今日は佳奈……」 猫みたいにすり寄り、腕に抱きついてくる。 「たまには筧さんと2人がいいです」 「おまえ……拾い食いでもしたのか」 不吉な予感しかしない。 「白崎さん、筧さんをお借りしまーす」 「京太郎くん、佳奈ちゃんを送ってあげてね」 笑顔で頷かれる。 「……あ、ああ」 今日は、妙に女子を送らされる日だ。 「佳奈ノリノリでしたね」 「浮気調査員としての職務を忘れてないか」 「まあこれで筧の疑惑が晴れればね。つぐみちゃんも安心……つぐみちゃん?」 白崎が膝から崩れ落ちる。 「京太郎くんなら大丈夫、絶対」 「多分……」 「きっと……」 「白崎……」 桜庭が辛そうに眉を歪める。 「なんてねっ」 「あ、おい、だまされたぞ」 苦笑しつつ、桜庭が白崎の肩を叩く。 「京太郎くんは、本当に大丈夫だよ」 「私、アイスクリーム食べたいです」 「おう、たまにはどこか寄ってくか」 並んで歩く2人の距離は、友人よりやや近い。 そして、そんな2人の背後を歩く浮気調査員たち。 「佳奈、やりすぎ」 「だが、筧は全く動じてない。妹につきあってる感じだ」 「佳奈ちゃんお願い、もう5センチ離れて」 一人念を送る白崎だが、筧と鈴木の距離は変わらない。 やがて、二人はアプリオに入っていく。 「うう、わたしもなかなかデートできないのに」 「鈴木は仕込みだ、気にするな」 「気にしちゃいけないってわかってるんだけど、見ていられなくて」 白崎が、どうしようもない、という風に胸の前で両手を握りしめる。 そのいじらしさに、何故か胸をときめかす桜庭であった。 「白崎、心配するな」 「筧が白崎を泣かせるようなことをしたら、私が葬り去ってやる」 「玉藻ちゃん、気持ちは嬉しいんだけど、葬り去るのはちょっと」 「筧も幸せだよな、こんなに思われて」 「ですねえ」 そんな会話を知ってか知らずか、視線の先の鈴木は、かりそめのデートを楽しんだ。 その後、桜庭によるきついお仕置きタイムがあったのは言うまでもない。 「はあ……」 夕焼けに染まる学園を見たとき、自然と溜息が出た。 医務室で体温を測ったところ、結果は微熱。 大人しく家で仕事をすることにした。 「(まさか、体調を崩すなんて)」 無理をしたという自覚はない。 むしろ調子がいいと思っていたのに。 どうやら、無意識にオーバーペースになっていたらしい。 「(それもこれも……)」 誰のせい? 別に誰のせいでもない。 私が仕事をしたかったのだ。 どうして? 知るか。 自問に対し、回答を拒否する。 「(はあ、上手くいかないわね)」 新生徒会執行部に入ってからというもの、全てが上手くいかない。 リシュランの件だってそうだ。 さっさと潰してしまえばいいのに、ぐだぐだと結論を先延ばしにする。 リシュランがなくなれば、たくさんの生徒が真面目な道に戻れるはずだ。 あの本は、人を堕落させる麻薬のようなもの。 しかも、いちおう合法だからたちが悪い。 ……望月さんに相談してみよう。 ベンチに座り、メールを打つ。 歩きながらのスマホは、最近慎むように通達が出ている。 望月さんの返事はこうだった。 『今まであなたは理屈や効率だけで仕事してきたけれど、白崎さんみたいなやり方も経験した方がいいわ』 『気に入らないことも多いと思うけど、得るものもあると思う』 何を得られると言うのだろう。 わからないということは、私もまだまだということだろうか? 「(少し様子を見てみるか)」 白崎さんはともかく、バックにいる筧君には学ぶところがあるかもしれない。 次の日、事件は起こった。 「これ、本当なのかな」 ウェブニュースには、広告研究会のスキャンダルがすっぱ抜かれていた。 広告研究会が、教授と結託して記事内容を意図的にいじっていたというのだ。 どうやら事実らしいが、よく読むと、10年前の事件であることに気づく。 これは印象操作だろ。 「取材を受けて、恩を売ったんじゃなかったでしたっけ?」 「その恩は、訂正記事で返したということだろう」 溜息と共に、桜庭はブラウザを閉じた。 「所詮は、信頼するに足らない相手ということですね」 「彼らはただ、センセーショナルな記事が書ければそれで満足なんです」 「何にせよ、リシュランの印象は悪くなったな。廃止容認派も増えるんじゃないか?」 「この事件、10年前の話ですよ」 「誰も細かいところまで読まないさ」 残念ながら高峰の言う通りだ。 「それで、白崎さんはどうするつもり?」 「うん……」 「まだリシュランを応援する?」 「下手をすると、こちらまで火の粉が飛んでくるかもしれないけど」 多岐川さんが試すようにつぐみを見る。 見たところ、つぐみは俺に助けを求めていない。 周囲の面々も、つぐみの答えを待っているようだ。 「新しい問題も出てきて大変だけど、やっぱりリシュランはなくせないよ」 「相変わらずですね」 「相変わらずだよ」 「昔の広告研究会は悪いことをしたかもしれないけど、今の人には関係ないもん」 「それに、最初からリシュランは悪いことしてないでしょ?」 「そうですか」 いつも通りの主張に、多岐川さんは反論しない。 「生徒会の方針はわかりました」 「どうした多岐川? それでいいのか?」 「様子を見ます。廃止するのは簡単ですから」 「それに……こほこほっ」 「あなた方のやりかたを見るのは、反面教師になると思いますから」 にっこり笑う多岐川さん。 「望月さんに言われたか」 「それ系だな」 「ちちち、違いますっ」 「私はその、筧君には学ぶところがあると」 「反面教師だろ?」 「それは白崎さんで、筧君は違います」 熱く言ってくる多岐川さん。 なぜだか、君づけになってるし。 「おう……なんだ、その、ありがとう」 「え?」 一瞬拍子抜けしたような反応をした後。 「い、いえ、別に、その……」 「と、ともかく、生徒会の方針はわかりました」 多岐川さんが無理矢理話を戻そうとするが、つぐみ以外はニヤニヤしている。 「ややこしいことになったな」 「はい、盛り上がってきました」 「ま、負けられない……」 「ちーっす」 相変わらず、空気を読まないタイミングで小太刀が入ってきた。 「会議中ですが」 「まーまーいーじゃない。気にせず続けなさいよ」 「……」 小太刀と多岐川さんの気軽な会話に、ほんの少し違和感を覚えた。 「小太刀」 隣に座る小太刀に、小声で話しかける。 「何の用だ」 「あら、用がなきゃ来ちゃいけなかったかしら?」 軽くごまかされる。 小太刀から積極的に他人へ介入することはまずない。 小太刀の特殊な仕事以外では。 「広告研究会、面倒なことになってるらしいじゃん」 「あんたらにまで火の粉が飛んでこなきゃいいけど」 「今まさに飛んできそうだ」 「小太刀さんもウェブニュースを信じるんですか?」 「広告研究会は知らないけど、あんたらが何かしてるとは思わないわよ」 「あんたらを知ってる生徒も皆そう思ってるんじゃない?」 「小太刀さんっ」 「ちょっ、何で抱きつくっ」 「こら彼氏! 彼女なんとかしろー!」 それからも芳しくない状況が続く。 教師会が、より強くリシュランの廃止を求めてきたのだ。 生徒の視点から見れば、もはや命令といったレベルだ。 「このままだと、強引に介入してくるかもしれません」 「新聞部にすっぱ抜かれたのが痛かったねえ」 「生徒間に広まったネガティブなイメージも何とかしないとまずい」 会議の内容も重苦しいものばかりだった。 「中華ランチの高峰君、骨付き漫画肉定食の鈴木さーん」 「待ってました! うほっ、油ギットギトー!」 「見てくださいよこの漫画みたいな肉、まるで漫画みたいですよ」 「あの、一応会議中なので、はしゃがないでほしいのですが」 「まあまあ。たまにはこういう会議もいいだろう」 「ていうか、多岐川さんがさりげなく筧さんの隣を陣取ってるんですが」 言われてみれば、俺はつぐみと多岐川さんに挟まれていた。 つぐみはいつも隣だが、もう片方の隣は誰とも決まっていない。 「……別に、深い意味はありません。好きで隣になったわけでは」 「なら、変わった方がいいか?」 「あ、違います、そう言う意味ではっ」 「今のはその、私が狙って隣に座ったように指摘されたので、その……」 慌てて言い繕う。 最近、多岐川さんの雰囲気が変わってきている気がする。 とはいえ、ことさら騒ぐほどじゃない。 さすがに恋愛には発展しないだろう……多分。 「それより、本題に戻ろう」 「京太郎くんあーん」 「だから本題に戻ろうと……あーん」 仕方なく食べる。 まったく仕方がない彼女だ。 「これが、殺意……」 御園が黒い衝動に震えている。 「お二人とも、場所を考えて下さい」 「生徒会役員は、生徒の模範となるべきなのですよ」 「おお、悪い」 居住まいを正す。 「はあ、この人達は本当に」 「家でイチャイチャするのなら、いくらでもどうぞ。でも、学園では慎んで下さい」 「そんなにイチャイチャしてたかな」 「し て ま し た」 今にも手が出そうな勢いだ。 「まあまあまあ」 「あなたは白崎さんだけに甘すぎます。私にはいつも反論するくせに」 「なーんだ、優しくしてほしかったのか」 「ええ……」 「って、違います、別に優しくなんてしてくれなくて結構です」 ぷんすかする多岐川さんを、俺とつぐみ以外が優しい目で見つめる。 無言で。 「何か言って下さい」 「何か」 「子供かっ!」 「ありがとうございまーす!」 多岐川さんの拳が、一瞬で高峰を沈めた。 「すみませんでした」 学食を出るやいなや、多岐川さんが頭を下げた。 「思わず本気で殴ってしまいました」 「いいのいいの、俺、打たれ強いから」 「殴られたかっただけだろう」 「多岐川先輩も、すぐに殴っちゃダメですよ。高峰先輩を喜ばせるだけです」 「は、はあ、勉強になります」 思わず丁寧語になっている。 「それで、これからどうします? リシュランを守る方法を考えないと」 教師会の圧力とウェブニュースの記事で、状況は極めて悪い。 できそうなのは、生徒のイメージを回復させることか。 教授会の印象が良くなるとは思えない。 「まずは、生徒のイメージを回復させよう」 「記事の改ざん事件が、10年前の出来事だって広めるんだ」 「どうやって?」 「こういう仕事はあの人だろ」 「ですよね」 佳奈すけがアプリオの中を見る。 ちょうど、小さな姿がテコテコ歩いていた。 「あの人は……危険です」 「仕事はしてくれるのですが、要求が法外で」 「そんなに法外だった?」 「面白ければ、意外と良心価格ですけど」 「ともかく、頼んでみようよ」 「おっけー」 嬉野さんが精一杯の背伸びでハイタッチを要求してきたので、応える。 「いぇーい」 「へーい」 「ノリが軽い!」 「まあ、受けて頂けるならありがたいです」 「ただ内容が内容だけに時間はかかると思いますが」 「今日中?」 「早い方が」 「ではでは。ぽちっとな」 「ボタン一つで!?」 多岐川さん、からかわれてるなぁ。 「それでですね、報酬の件なのですが」 多岐川さんは、ほら来たという顔をする。 「大丈夫ですよ多岐川さん」 「嬉野さんは善意の塊みたいな人なので」 「そうですよ」 「皆の嬉しい笑顔が見たい、そんな願いを込められた嬉野という名前ですよ?」 「苗字な」 「生徒のために仕事をすることは人として当然です」 「そ、そうですか……見直しました」 「アプリオの回線を太くすることも、アプリオを利用して下さる皆さんの利便性向上のためです」 「ふふ、抜かりはありませんよ」 「裏取引!?」 「まったく、本当にあの人を口説いてしまうなんて……」 実際、アプリオの設備新調案は既にあったので、裏工作というほどでもないのだが。 ただ嬉野さんもこういう演出っぽいのが好きなのだった。 「望月さんでも苦労していたのに」 「彼女はむしろ弱み握られてたからね」 「筧さんは……凄いと思います」 「どうかな。つぐみの魅力もあるんじゃないか?」 「確かに、白崎さんには人の心を動かす力があります」 「でもそれは、周囲の人間が支えているからこそ発揮できるんです」 「そして……」 多岐川さんが俺を見る。 「白崎さんを支えているのは、筧さんです」 「望月さんが、あなたを勧誘し続けた理由、今は少しだけわかる気がします」 「ど、どうも」 持ち上げの波状攻撃に、ややたじろぐ。 「でもあれだな、つぐみに人を動かす力があるってのは認めるんだな」 「あ……」 意表を突かれた、という顔をする。 「だ、だからといって、白崎さんが生徒会長にふさわしいとは思えません」 「強情だなあ」 「わ、私は負けたくないんです」 「それじゃ、先に行きますから」 そう言って、多岐川さんは本当に先に行ってしまった。 「ん……」 朝、目を覚ますと、異様に体がだるかった。 疲労がたまっているのか睡眠不足か。 つぐみと登校する約束をしているが、先に行ってもらおう。 『体調が悪いので先に行ってくれ』 と、メールを打った。 「はあ……」 寝転んで天井を見上げると、身体がずっしりと重くなってきた。 久し振りに風邪なんてひいたな。 これは、やっぱあれか。 多岐川さんの風邪をもらったかな。 「京太郎くん、大丈夫?」 「あれ……?」 気づくと目の前につぐみがいた。 どうやら、寝てしまっていたらしい。 「おでこ、触るね」 つぐみの手のひらが、額を覆った。 ひやりと気持ちがいい。 それだけで、自分に熱があるとわかった。 こりゃ、今日は駄目だな。 「風邪みたいだね」 「多岐川のをもらったかも」 「じゃあ、多岐川さんをやっつければ、京太郎くんの風邪も治るかな」 「そうだな……」 「って、治るわけないだろ」 「あはは、冗談だよ」 「やっぱり熱があるんだね。いつもの京太郎くんなら、さらりと返してくるのに」 白崎がベッド脇から立ち上がる。 「氷枕とか用意するから、少し待っててね」 「いや、つぐみ、授業は?」 「まずは京太郎くんの看病をしてから」 「午前中はお休み。みんなにも連絡してあるから、気にしないで大丈夫」 「そっか」 これ以上言ったところで、つぐみは看病を続けるだろう。 諦めて、まな板の鯉になることにした。 「悪いな、頼む」 「うん、任せて」 つぐみが作業に取りかかった。 台所から聞こえてくる音をBGMにまどろんでいると、水中を漂っているような気分になる。 信頼する人が世話を焼いてくれているという事実だけで、体じゅうの〈力〉《りき》みが取れていく。 今までこんな気持ちになったことはなかった。 世にいう、安らぎって奴なのか。 「風邪ひいてよかった」 「もう、変なこと言わないで。こっちは心配してるのに」 「ははは、悪い」 傍に来たつぐみが氷枕を頭の下に入れてくれた。 頭の熱が吸い取られていくのが心地良い。 「食欲はある?」 「今はあんまり」 「それじゃ、冷めても食べられるものを作っておくよ。お腹が空いたら食べてね」 つぐみはキッチンに戻る。 妹さんのこともあってか、つぐみは看病慣れしている。 ほんと、頼もしい。 簡単な食事を作ってから、つぐみは学園に向かった。 眠気もなかったので、本を眺めながらぼんやり過ごす。 みんなから、心配半分、からかい半分のメールが続々とやってくる。 それだけで、なぜか元気になれる気がした。 食事をしてしばらくすると、チャイムが鳴った。 つぐみなら合い鍵を持っているし、誰だろう? こんな日に限って宅配便か。 のそのそ起き上がって、ドアを開ける。 「ごめんなさい、来ちゃった」 「女房がいるんだ、うちには来るなって言っただろ」 ドアを閉めた。 「開けて、開けてよっ」 「お腹の中にいるのよ、あなたの子がっ」 最高に近所迷惑だ。 というか、誤解を招いたらたまらない。 「病人には優しくしろっ」 「ご、ごめんなさい……」 目の前には多岐川さんがいた。 その後ろで、高峰が俺を指差して笑っている。 後で殺害しよう。 「どうだ調子は?」 「先輩も風邪ひくんですね」 「筧さんの部屋、久しぶりです」 それぞれ適当なことを言い、部屋に入り込んできた。 「なんなんだよ」 「いやなに、多岐川が一人では行けないと言うから……」 「い、いきなり何をっ」 「うむ、人助けをした後は気持ちがいい」 多岐川さんを無視して、桜庭が扇子をぱたぱた扇ぐ。 完全に遊んでいた。 「それじゃ、俺たちはこれで」 「失礼します」 そそくさと帰って行く。 多岐川さんを残して。 「……」 「……」 どうすんだこれ。 「体調はどう?」 「まあ、あんま良くないわな」 「熱は?」 「そこそこ」 「食欲は?」 「さっき、少し食べた」 一問一答になってしまう。 気まずい。 「私の風邪がうつったのでしょうね、ごめんなさい」 「いいって、しゃーないよ」 「いいえ、マスクをしていなかったのが悪いの」 本気で凹んでいるようだ。 「じゃ、次に風邪ひいたときはマスク頼む」 「ええ、本当にごめんなさい」 そう言って、ぺこりと頭を下げた。 あんまり謝られると、こっちまで恐縮してしまう。 「とにかく謝りたかったの」 「あ、そうだ、あと、これなんだけど」 多岐川さんが持っていた紙袋を開くと、果実の爽やかな香りが立ち上った。 中には真っ赤なリンゴが入っていた。 「お見舞いに持ってきました」 「む、むくから、ちょっと台所を借ります」 「え、いや……」 制止も聞かず、多岐川さんが台所に立つ。 困ったな。 こんなところに、つぐみが来たら……。 「こんにちは」 「あれ? 靴がもうひとつ……」 と、つぐみが台所の多岐川さんを見た。。 「え?」 「ど、どうも」 多岐川さんが、気まずそうにぺこりと頭を下げる。 「た、多岐川さん……その包丁……」 「まさか、京太郎くんを!?」 「刺さないわよ、どういう人間だと思われてるのよ」 「リンゴむいてくれてたんだ」 「そ、そうなんだ」 微妙に青ざめた顔で、つぐみは靴を脱いで入室した。 「私が風邪をうつしてしまったみたいだから、お詫びをかねてお見舞いに来たんです」 多岐川さんが、聞かれる前に事情を説明した。 「白崎さんもリンゴ食べます?」 「え? うん、ありがとう」 そわそわした挙動でつぐみが座ると、すぐにリンゴが運ばれてきた。 切り方から見ると、多岐川さんは包丁を使い慣れているようだ。 「それじゃ、ありがたく」 フォークでリンゴを刺し、口に運ぶ。 それだけの動作を、二人の目が追っているのがわかる。 料理番組のゲストになった気分だ。 「うまっ、やっぱ青森から来た猛者は違う」 「長野産ですけどね」 こういうこともある。 「うん、まあ普通に美味しい。風邪のときはこういうのがいいな」 「ならよかったです」 一番手が食べ終えたので、二人もしゃくしゃくとリンゴを食べ始める。 無言。 終始、無言。 カチャカチャというフォークの音だけが響く。 「ごちそうさま」 「お粗末様でした」 「あ、わたし片付けるよ」 「多岐川さんは、まだ午後の授業もあるだろうし、学園に戻った方がいいんじゃない?」 「授業があるのは白崎さんも同じでは?」 「わたしは彼女だから」 つぐみがきっぱり言う。 「京太郎くん、ご飯食べられた?」 「美味かったよ、ありがとう」 「じゃあ、晩ご飯も作ってあげるね」 「あ、私もお手伝いを」 「ううん、大丈夫。一人でできるから」 つぐみの笑顔に、多岐川さんが気圧される。 「看病は、わたし一人で大丈夫だから」 「でも、私には風邪をうつした責任がありますから」 「多岐川さんは生徒会の仕事をお願い」 「なら、白崎さんが学園に戻って下さい。私は副会長ですから抜けても大丈夫です」 「大体、リシュランの件は白崎さんが主導で進めているじゃないですか」 「ご飯作ったら戻るから大丈夫」 面倒なことになって来た。 目眩を覚えていると、つぐみの携帯が鳴った。 「あ、ごめんなさい」 さっと携帯に出る。 生徒会長になってから、彼女の携帯にはいろいろな電話が来る。 お取り込み中だからスルーというわけにはいかないのだ。 「はい、え……リシュランの件で取材? はい」 どうやら、リシュラン絡みの取材依頼が来たらしい。 「では明日、よろしくお願いします」 話がまとまったのか、つぐみはすぐに電話を切った。 「明日のお昼に、新聞部が取材したいって」 「OKしたのか?」 つぐみが頷く。 広告研究会の過去の事件を、センセーショナルに書いたのは彼らだ。 取材というよりは、記者会見のノリで来るだろう。 「回答は用意できてますか?」 「ちゃんと考えてあるよ」 「では聞きますが、生徒会執行部はどうしてリシュランを守ろうとするの?」 「広告研究会との間に、後ろ暗い関係があるという噂もあるけど」 多岐川さんが、新聞部員のような口調で質問する。 取材の練習ということか。 ここは口を出さないでおこう。 「アンケートの結果だと、リシュランの存続を望んでいる生徒が7割以上います」 「存続を望む人の多くは、授業をサボりたい人たちでしょう?」 「リシュランを廃止することは、そういった不真面目な生徒を減らす手助けになるのでは?」 「汐美学園の生徒は、自分で正しい道を選べると思うよ」 「生徒会役員なんだから。わたし達がまず信じてあげないと」 「信じた結果、学園のレベルがどんどん下がっていくかもしれないけど」 「でも、まず信じないと始まらないよ」 多岐川さんがため息をつく。 「相変わらず楽観的ですね、呆れます」 多岐川さんが苦笑する。 しかし、その表情にはどこかつぐみを受容しているような優しさがあった。 根負けした、と言ってもいいのかもしれない。 「でも、どうやって教師会を説得するの?」 「考えていることはあるけど、今は公表できません」 「期待していいの?」 「えーと、あんまりしないでもらえると」 そこで自信ないのかよ。 「わたしは難しいことできないから、誰もが100%笑えるようなものじゃないかも」 「だいたいわかりました」 「新聞部の人間が納得してくれるかはわかりませんが、主張としては悪くないと思います」 「あ、ほめてくれるんだ」 「怒りはしない、といったレベルです」 「望月さんなら、そもそも取材されるようなことにはならないでしょうから」 「うう、すみません」 うなだれつつ、白崎が立ち上がる。 「緊張しちゃったから、ちょっと」 トイレらしい。 「ありがとう、つぐみのために」 「何のことでしょうか」 「取材の予行練習だろ」 「不安になっただけ。一応チェックしておかないと」 多岐川さんはため息をつく。 「本当に困った人ね、白崎さんは」 「多岐川さんのおかげで、つぐみも少しずつしっかりしてきてるよ」 「私は何もしていませんが」 「いろいろ意見してくれるじゃないか」 「だからつぐみも反論を考えなくちゃいけない。それが訓練になるんだと思う」 「前も言ったけど、生徒会が不安定なのは本意じゃないんだけど」 「必要なレベルの意見の相違だと思う。イエスマンだらけの組織は駄目になる」 「それが、白崎さんが私を副会長にした理由?」 「いや、何となくだろうな」 多岐川さんが、がくっと脱力した。 「何となくだけど、正解を選ぶのがすごいところなんだ」 「白崎さんにメロメロじゃない」 「……モテるのに、もったいない」 多岐川さんが俺の目を見て、すぐに目を逸らす。 将来のためにも、きちんと伝えておかねばならないか。 「モテるって話は聞いたことないが……」 「仮にモテたとしても、俺はつぐみ以外には行かないと思う」 多岐川さんの目を見て言った。 一瞬の沈黙。 「ベタ惚れね。彼女のどこがそんなに?」 「詳しくは言えないが、あいつは俺を救ってくれたんだ」 「他人に救われることなんて、一生ないと思ってたんだけどな」 多岐川さんが肩をすくめる。 「確かに去年はそんな感じでしたね。1人で何でもできますって顔してました」 「そうだったか」 「ええ、望月さんの付き添いでずっと見てましたから」 小さく溜息をついて、多岐川さんが立ち上がる。 「仕事もあるので、この辺で帰ります」 「今日はわざわざありがとう」 ベッドから起き上がろうとすると、多岐川さんに手で制された。 「そういえば、さっき言い忘れましたけど」 「白崎さんの話をするとき、あなた、すごい顔をしていますよ」 「どんな顔だよ」 「見ていられないってことです」 そう言って、多岐川さんは玄関に向かった。 「それでは」 「おう」 多岐川さんが出て行った。 数秒後。 トイレのドアが開く。 おそらく、会話が終わるのを待っていたのだ。 「あ、多岐川さん帰っちゃったんだ」 「つぐみによろしくってさ」 「そっか。何話してたの?」 あえて言うことじゃない。 「いろいろだよ」 「もう、教えてくれてもいいのに」 ふくれっ面を作るが、さらには聞いてこない。 「多岐川さん、つぐみのこと、けっこう認めてくれてるみたいだった」 「嬉しいけど、認めてもらうにはまだ早いよ」 「わたしとしては、リシュランの件の結果が出てから判断してもらいたいな」 「ほー」 つぐみなりの覚悟があって、今回の件に臨んでいたようだ。 「ずっと、理想ばかり言って助けてもらってばかりだったけど、少しは自分で考えて頑張らないと」 「いちおう生徒会長だから」 つぐみが少し恥ずかしそうに笑う。 「応援するよ」 「ありがとう、頑張るね」 次の日から、新聞部などの取材攻勢が始まった。 その勢いたるや、取材ではなく記者会見だ。 「生徒会役員が、広告研究会からお金を受け取っているという疑惑も出ていますが?」 「教師会からの要請には、どのように返答する方針でしょうか?」 「はい、それはですね……」 一つ一つの問いに、丁寧に回答していく白崎。 生徒会の今後を示す大事な取材だ、気合いで乗り越えてほしい。 「お疲れ様です白崎さん、お茶をどうぞ」 「うん、ありがと」 「白崎、肩を揉もう」 「気持ちいい、眠くなってきちゃった」 「寝ちゃ駄目です、今日はあと4件取材があります」 「うう……」 手助けしてやりたいが、こればかりは手が出せない。 「ちょっと外の空気吸ってくるね」 疲れた顔で言い、部屋を出て行く。 「筧さん、出番ですよ」 「ちゃんと捕まえてこいよ」 「わかってるって、茶化すなよ」 「いいところ見せて下さい」 完全に遊ばれている。 「んじゃ、様子を見てくる」 「格好いいです、筧さん」 「抱いて! 今すぐ抱いて!」 「10分で戻ってきて下さい。次の取材があります」 廊下のベンチに座っていたつぐみを捕まえる。 「お疲れさん」 「あ、京太郎くん、来てくれたんだ」 微笑んで俺を見るが、笑顔に力がない。 「大丈夫か?」 「うん、もちろん」 隣に座ると、つぐみの身体がかすかに震えているのがわかった。 だいぶ克服したとはいえ、つぐみはそもそも人見知りだし、上がり症だ。 攻撃的な取材には、かなり精神力を削られるだろう。 「つぐみ」 優しく抱きしめる。 「京太郎くん?」 「突然変なこと言うけど、俺は、ずっとつぐみに憧れてたのかもしれない」 「え? わたしに? そんなのおかしいよ」 「おかしくない。初めて会ったときから、つぐみは自分を変えようと頑張ってた」 「俺は、まあ、長いこと自分からは頑張れなかったから」 「京太郎くん」 「今回も、もう少しだけ頑張ればきっと変わる」 「京太郎、くん……」 つぐみは、全身の力を抜いて体重を預けてくれた。 「あったかいね……緊張とか、吹っ飛んでっちゃうみたい」 お互い抱き合ったまま時間が過ぎていく。 それだけで充分だった。 「そろそろ時間だね」 「残りも頑張ってな」 「うん、京太郎くんちゃんと見ててね」 「おう、行ってこい」 残りの取材が始まる。 「生徒会への賄賂などはあったり?」 好奇心丸出しのいやらしい取材もあったが。 つぐみの熱い話に飲まれて、結局は皆彼女のペースに巻き込まれてしまう。 「取材する方まで白崎さんに肩入れしちゃってますね」 「そりゃ根っからの善人に真っ向から意地悪し続けることなんて、なかなかできないでしょ」 「取材側も面白く書こうと必死みたいですけどね」 「現副会長は、生徒会長に破れての拾い上げでしたよね」 「副会長は、会長の方針に賛成しているのですか?」 「それは……」 何か嗅ぎつけていたのか、面倒な質問が来た。 つぐみが言い淀む。 「会長」 多岐川さんが、つぐみの隣に寄った。 「私が会長の方針に賛成しているかどうか、というご質問でしたが」 多岐川さんが取材陣の方を向く。 毅然とした態度に、今度は取材陣が緊張する番だった。 今の多岐川さんは副会長ではあったが、人前に立つのは慣れっこだ。 何せ、望月さんの下で1年間修行してきているのだ。 「どういった根拠で、私が会長の意見に反対していると?」 「あ、いえ、何となくなんですが」 「何となくで、ずいぶん不躾な質問をするものですね」 蛇のひと睨みというのか、記者が縮み上がる。 「大体、私と会長の仲がいいはずありません」 「は?」 「え?」 全員が多岐川さんを見た。 「会長はいつも理想論ばかりを仰います」 「理想を現実にするため、必死になって働くのは私をはじめとした下の人間です」 「本当に、こっちの身にもなっていただきたいです」 「は、ははは……」 「あなた方にどうこう言われなくても、文句は私がさんざん言っていますから、お気遣いなく」 「あと、我が生徒会執行部では、会長の言ったことは絶対です」 「リシュランを守るといったら絶対に守ります」 ぴしゃりと言い放つ。 「おわかりいただけましたか? まだ質問はありますか?」 「あ、いえ……では、失礼します」 多岐川さんの勢いに気圧され、記者達は部屋を出て行った。 圧倒的な火力である。 取材が一段落着いた。 あの後も、多岐川さんの奮闘は続いた。 つぐみがピンチになるやいなや、記者の前に割って入り、きっちり対応する。 ただ追い返すだけでなく、相手の質問にも答えているのがすごいところだ。 「お疲れ」 つぐみの前に、ねぎらいのお茶を置く。 「何とか大丈夫」 「当然です。半分以上は私が対応したんですから」 「ありがとう、多岐川さん」 「どういたしまして」 多岐川さんが溜息をつく。 「会長、取材くらいは一人でこなしてくれないと困ります」 「はい、すみません」 対するつぐみはニコニコしている。 「何がおかしいんですか?」 「今日は、わたしのこと、会長って呼んでくれたね」 「え? あ……」 多岐川さんの顔が赤くなる。 「そ、それは、その……取材でしたから、あくまで対外的なポーズです」 「見えたな」 「丸見えだ」 「な、何ですか」 「いやいや、何でもない、何でもない」 桜庭が扇子をパタパタ動かす。 「じゃあ、わたしは葵ちゃんって呼ぼうかな」 「やめて下さい、馴れ馴れしいっ」 「葵さん」 「葵先輩」 「葵って呼ぶなーっ」 今日は久しぶりにつぐみと一緒に登校する。 「2人きりになるの、久しぶりな感じするね」 「最近忙しかったからな」 「うん……ふふふ」 「どうかした?」 「ううん、ふふふ」 つぐみが手を繋いできた。 指をしっかりと絡め合う。 「こうしてるだけで、幸せでふわふわしてきちゃうな」 「そろそろ慣れてもいいんじゃないか?」 「慣れないし、慣れない方がいいよ。こういう気持ち、ずっと味わっていたいもん」 幸せそうに微笑まれては何も言えない。 つぐみの笑顔を見られるのは、俺にとっての幸せだから。 「おはようございます、会長」 「あ、おはようございまーす」 俺たちの脇を、生徒が挨拶をしつつ通り過ぎていく。 一人や二人ではない。 下級生もいれば、同級生、上級生もいる。 生徒だけではなく、教師まで挨拶してくる。 俺の知らないうちに、つぐみはどんどん交友関係を広げているようだ。 「手、繋いだまんまでいいのか?」 「ちょっと恥ずかしいけど、これはこれでいいの。みんな知ってることだし」 頬を紅潮させながら、つぐみが微笑む。 どんどん知人が増えていくのは、こういうオープンな性格に惹かれてのことだろう。 望月さんや多岐川さんには絶対に真似できない部分だ。 「つぐみは、いつの間にか友達増やしてるよな」 「ね。自分でも不思議。みんな声をかけてくれるの、なんでかな?」 理由は考えなくていいのだと思う。 恐らく才能だ。 「つぐみの人徳だよ」 「わたしに人徳なんてないと思うけど……」 本気で困った顔になるつぐみ。 「望月さんや多岐川さんみたいに仕事もできないし、スピーチも上手くないし」 「つぐみには、つぐみだけの良さがある」 「多岐川さんだって会長って呼んでくれたじゃないか。成長してるんだ、つぐみは」 「ありがとう、京太郎くん」 「……わたしも、もう少ししたら望月さんみたいなバリバリの会長になれるかな」 「え? あ、うん、なれるんじゃないか、ははは」 そっちの方向性を目指していたのか。 無理すぎる。 「あ、絶対なれないと思ってるでしょ?」 「いや、なれるよ。なれるなれる、絶対」 「うー、顔が半笑いだよー」 しょぼくれるつぐみの手を引き、生徒会室を目指す。 望月さんになれなくたっていいのだ。 つぐみは、つぐみでありさえすれば。 昼休みの生徒会室には、いつもより緊張した空気が流れていた。 「さて、そろそろリシュラン問題の解決案をまとめようと思う」 「具体的には、どうやって教師会を納得させるかだ」 「会長には、お考えがあるらしいけど」 多岐川さんがつぐみに水を向ける。 俺を看病してくれたときの話を覚えていたらしい。 「あんまり自信はないんだけど……」 「取りあえず発表しましょう」 後輩に促され意見を述べる。 簡単に言えば、つぐみは、リシュランの内容を生徒会で監修するつもりらしい。 監修とはいっても、駄目出しはせず、原則スルーだ。 教師会にリシュランを認めさせるため、発行物に対する責任を生徒会役員が肩代わりするということである。 売り上げは従来通り100%広告研究会のものだ。 「記事の内容に問題があった場合、我々が矢面に立つことになりますが」 「そこは信用するしかないかな」 「しかし……」 言いかけて、多岐川さんが言葉を飲み込む。 つぐみにこの手の議論をふっかけても無駄だとわかってきたようだ。 「チェックのシステムだけでも作っておけば、いざって時はどうとでもできるんじゃないか」 「最悪、強権発動というやつだな」 「そういうつもりはないんだけど……」 つぐみは本気で広告研究会を信頼しているのだろう。 「いわゆる検閲ってやつですよね。形式的なものとはいっても、広告研究会は納得してくれるかなあ」 「わたしがきちんと説明するよ」 「目的はリシュランを存続させることで、本の内容を縛ることじゃないって」 「信じてもらえるでしょうか?」 「交渉に当たる人次第だな」 全員がつぐみを見る。 実際のところ、リシュランの廃刊をチラつかせれば、向こうは折れざるを得ないだろう。 廃止になってでも検閲は認めない! とかいう気概に溢れた連中とは思えない。 しかし、しぶしぶ納得させるのと信頼して納得してもらうのでは、その後の気持ちよさが違う。 ここはつぐみの出番だ。 「交渉は会長担当ということになりますね。私が行ってもいいことないでしょう」 「よくわかっているな。ちなみに私が行っても駄目だ」 「つぐみちゃんにしかできないってことだよ、きっと」 つぐみが緊張に唇を結んだ。 「頑張るね、わたし」 「よーし、今からどかんと説得してくるから」 決然と言い、つぐみが動きだす。 「いえ、あの、今じゃなくても……」 「アポ取ってからの方が……」 ぱたむ、とドアが閉まった。 「まったく、困った人ですね」 「大丈夫、つぐみならいい感じに話を進めてくれる」 「あの人に悪意をぶつけ続けられる人間なんていないでしょうからね」 「多岐川も、白崎の良さがわかってきたようだな」 「一応会長ですから。望月さんには遠く及びませんけど」 にっと笑っておどける多岐川さん。 「しかしまあ、本丸はどうかねえ?」 「教師会か……」 「教師会のボスは、テレビにもよく出てるらしいですね。教育評論家みたいな肩書きで」 「気難しそうです」 「ま、いざとなったら嬉野にでもご出座願おう、ははは」 桜庭が扇子で顔を扇ぐ。 「おいおいおいおい」 「やめとけやめとけ」 「嬉野さんに任せたら、先生とその家族が可哀相です」 「……そっちなんだ」 多岐川さんが小声でツッコんだ。 予想通り、広告研究会の説得は円滑に終わった。 つぐみの人柄を信頼してくれたようだ。 そして、本丸。 教師会との交渉が始まった。 教授の眉間のしわは、時を経るごとに深くなっていく。 「事前にリシュランの内容はこちらで監修します」 「不適切な内容は掲載させませんので、廃止の要請は一時保留していただけませんか?」 「なるほど、君達の言い分もわからなくはない」 最初、まったく聞く耳を持たなかった教師だが、ようやくこっちの話を聞く姿勢を見せてくれた。 ここまでで30分である。 「しかし、監修すると言っておいて、本当にやるのかね?」 ヒゲの下から白い歯が見えた。 こいつは、広告研究会だけでなく生徒全員を信頼していない。 一発でわかった。 「やります」 「では、試しに今年のリシュランを監修してみてくれ。その結果を見て判断しようじゃないか」 「……」 つぐみが虚を突かれた顔になった。 監修サンプルを出すとなれば、教師会好みのものを作らざるを得ない。 サンプルだけはしっかりチェックをして、来年のリシュランはノーチェックで発行する手もある。 ただ、それをやると、教師会は来年もリシュラン廃止の要請を出すだろう。 何とか上手く丸め込みたいが。 「脇道に逸れますが、先生はテレビで、教育現場におけるインターネットの問題についてお話しされていましたよね?」 つぐみが、まったく想像していなかった方面の話を切り出した。 「ネットはまったく管理ができませんし、悪影響のある情報も氾濫しているので危険だ、ということでした」 教師が大きく頷く。 「あれはよくないね。いじめにもなるし、教師の悪口や宿題の答えまで流れている。その上、取り締まりが難しい」 いじめも教師の悪口も昔からある問題だ。 取り締まりが難しいのは同意するが。 「これは、リシュランについてのアンケートを取ってわかったことなのですが」 と、前置きしてつぐみが話す。 リシュランを廃止しても、ネットで同じようなものが次々と作られるというのだ。 ネット上の情報は管理が難しい。 教師達の知らないところで、どんな情報が出回るかわからない。 ならば、リシュランを残し、その内容をコントロールした方が全体としてはプラスというわけだ。 「内容は私たちがチェックしますので、どうかよろしくお願いします」 つぐみが頭を下げた。 教師と、そして俺たちも唸った。 まさか、つぐみがこんな返しを準備していたとは。 「生徒を押さえつけるより、信じて見守るのがより高いレベルの教育だと信じています」 「汐美学園に入学してきた生徒達には、それができると思います」 「……そうですね、信じても駄目だったときは、その時は」 何十分もかけて争った相手に向けて、つぐみは曇りのない笑みを放つ。 「その時また一緒に考えましょう」 教師の眉間のしわが一層深く刻まれる。 頑固な孫の頼みを仕方なく聞かねばならない、祖父のような困り顔で。 「はい、はいっ、ありがとうございましたっ。それでは失礼します」 携帯に向かって、つぐみが明るい声で挨拶をした。 どうやら教師会は折れてくれたようだ。 「やっと終わりましたね、疲れたー」 「私達は横で聞いてただけじゃない」 「たった一つの仕事で、これだけヒヤヒヤしたのは初めてです」 「あはは、ごめんね」 「今回はつぐみのお手柄だった。なあ、多岐川さん」 「ええ、その通り……」 言いかけて、多岐川さんがハッとなった。 だが、すぐに笑顔になる。 「少し前まではあんなに頼りなかったあなたが、今はもう……」 「本当にお疲れ様でした、会長」 「多岐川さん」 つぐみも目を細める。 リシュランの結果を見てほしいと言っていたつぐみ。 ようやく自信を持って多岐川さんと向き合えるようになったのだろう。 一件落着ムードの中、つぐみが俺の元に寄ってくる。 「京太郎くん、どうだったかな」 「よくやったな。正直、あの場面は危なかった」 監修サンプルを提出することになっていたら、話はもっとややこしくなっただろう。 「つぐみ、ファインプレーだ」 「うふふ、ありがとう」 つぐみの頭を撫でる。 「せっかくですし、ミッション達成のお祝いでもしますか」 「おー、いいねー。葵ちゃんの調教終了記念もかねて」 「調教なんてされてませんっ」 ギャーギャー騒ぎながら、乾杯の準備に取りかかる。 多岐川さんと二人、飲み物の買い出しに出た。 なぜ、俺と多岐川さんなのか。 「馬鹿騒ぎが好きな人たちですね」 「ま、今日くらいいいじゃないか」 「初めての大仕事でしたから、気持ちはわかります」 「会長は頑張りました。結果もついてきましたし」 素直につぐみを褒めてくれた。 本人が聞いたらきっと喜ぶだろうけど。 多岐川さんも、本人がここにないからこそ言えるのだろう。 「会長には敵いません、いろいろと」 多岐川さんが横目に俺を見る。 いろいろ、か。 視線の意味は考えないように、俺は前を向く。 「私みたいな堅いタイプって、男子は面倒なんですかね」 「人によるよ。個性なんだしあんま気にしない方がいいと思う」 「ええ……」 無難に流すと、多岐川さんは物足りないような顔をする。 そして、俺の正面に回り込んだ。 「私って、結構負けず嫌いなんです」 「……」 ただ頷く。 何を言っても意味がない。 彼女は、言いたいことを吐き出すつもりだろう。 「諦めるべきだと言われても、諦めませんから」 「諦めなくていいと思うよ」 背後から声が飛んできた。 幽霊にでも遭遇したみたいに、多岐川さんが凍り付く。 つぐみは、いつもと変わらぬ様子で俺の隣に立つ。 「か、会長、これは、その……」 「恋愛は自由だから、諦めなくていいと思う」 つぐみは、こんなところでも律儀につぐみだった。 他人の心を一方的に否定なんてしない。 それがたとえ、自分の恋敵だとしても。 「会長はそれでいいんですか」 「正々堂々勝負するだけだよ」 「わたしが逆の立場だったら、やっぱり諦められないから」 「それにね、京太郎くんはわたしを裏切らないと思うし」 つぐみの微笑みを前に、多岐川さんは絶句していた。 「どこまでお人好しなんですか」 「モテる彼氏を持った宿命だよ。ね、京太郎くん」 「そう思ってるのはお前だけだろうな」 「えー、違うって」 「私も、ここは会長の味方です」 「ほらほら、でしょでしょ」 つぐみと多岐川さんが笑う。 一時はどうなるかと思ったが、つぐみの手にかかれば、多岐川さんもこの通りだ。 やっぱりすごいよ、つぐみは。 軽い打ち上げが終わり、解散となった。 多岐川さんに対し、懐が深いところを見せたつぐみだが── 「どうしよう、あんなこと言っちゃって」 「おいおい、恋愛は自由なんじゃなかったのか」 「自由だけど、考えてみたら、多岐川さんは強敵すぎるよ」 「うあー、勢いであんなこと言わなければ良かった」 真面目に青白い顔をしている。 「大丈夫だ、俺は裏切らないって」 つぐみの手を握る。 「ありがとう、京太郎くん」 「恋愛は自由だなんて、幻滅したかな?」 「いや、つぐみらしいと思う」 「わたしね、京太郎くんに捨てられないように頑張るよ」 「生徒会長としても成長したいし、それに、彼女としてもね」 「つぐみは捨てられる心配ばっかりしてるけど、俺だって心配なんだが」 「わたしが魅力的になりすぎないかって?」 「そういうこと。学園中にライバルはいるからな」 「じゃあお互い様だね」 「ああ」 手をしっかり握り合う。 つぐみ以上に面白い女子は、きっと見つからないと思う。 大切にしないとな。 「はぁ……また遅くなっちゃった」 結局、今日も遅くまで仕事してしまった。 理由はわかってる。 頭のモヤモヤを吹き飛ばしたくて、仕事に逃げたのだ。 でも、一人になるとどうしようもなく胸が苦しい。 ついつい、望月さんに電話をかけてしまう。 「葵? どうしたの?」 声を聞いただけで力が抜ける。 別に周りが敵だらけというわけではない。 今の生徒会は、真面目かどうかはおいておいて、皆いい人だ。 それでも、弱音は吐きにくい。 「リシュランの件、聞いたわよ。お疲れ様」 「私は大したことはしていません。頑張ったのは会長……白崎さんで」 「生徒会役員はチームなのよ。いつでもみんなの手柄」 望月さんは、たまに母親のように見えてくる。 この人の前では嘘をつけないし、見栄も看破されてしまう。 「彼らとは初めての大きな仕事でしょう? どうだった?」 「いい勉強になりました。私もまだまだ未熟です」 「ふふふ、筧君のこと?」 「だ、男子の話ではありません」 「別に恋愛の話をしたわけではないのだけれど」 電話の向こうで、望月さんが笑う。 やっぱりこの人には敵わない。 ちょっと反撃してやろう。 「お陰様で私も望月さんと同じ勉強ができたようです」 「あら、言うじゃない」 そう言って笑い合う。 「最初は図書部の人間とやっていけるか不安でしたが、何とかなりそうです」 「白崎さんとも上手くやれてる?」 「向こうはどうかわかりませんが、私はやっていけると思っています」 「副会長になって良かったです」 嘘じゃない。 心底器の大きさを思い知らされたし、尊敬もしてる。 だけど、なぜか携帯を持つ手は震えていた。 「葵?」 「望月さんの後を継げなかったのが、心残りです」 声の震えに気づかれてしまったのか、望月さんはあやすように優しく語りかけてくれる。 「役職なんか、こだわる必要はないと思うわ」 「生徒会長になったから偉いわけではないし、なれなかったからといって人間として劣るわけじゃないんだから」 「でも、私は、白崎さんには敵いません」 「そうかしら?」 「あと1年もすれば、あなたはきっと素晴らしいリーダーになると思う。それだけは自信があるの」 「あなたは、私が選んだ後輩なんだから」 「……」 胸が詰まった。 息苦しいぐらいにきゅっとなり、涙が溢れそうになる。 「時間があるなら、これからうちに来ない? 久しぶりにお茶でもしましょう」 「は、はい」 「(さーて、これで一件落着ってことでいいのかな)」 多岐川の様子を遠くから見ていた小太刀は、軽く背伸びをする。 多岐川のフォローは、小太刀がナナイから引き継いだ仕事だった。 生徒会選挙での敗戦と、副会長として白崎たちと交流すること。 それは、彼女の人生において何よりも大きな意味を持つ。 人間、失敗して学ぶことの方が多いということだ。 「(しっかしまあ、どいつもこいつも筧にひっかかるわよね)」 「(あんなののどこがいいんだろ)」 「今日も遅くなっちゃったね」 「早く帰らないとな」 リシュランの件が終わっても、仕事はまったく減らない。 先程まで、全員で作業していたが、いい加減遅くなったので俺とつぐみだけが残った。 他の奴らが気をきかせてくれたのかもしれないが。 「隣で仕事していいかな?」 「もちろん」 いそいそとつぐみが隣に来た。 「今日はあんまりくっつけなかったから、補充補充」 つぐみが肩に頭を載せてきた。 つぐみの匂いが鼻をくすぐる。 腹の底が熱くなるような匂いだ。 「京太郎くんの匂いって、やっぱり落ち着くな」 「つぐみの匂いも落ち着くよ」 「なら良かった。酸っぱいとか言われたらショックだもん」 つぐみが、俺の胸に顔をうずめる。 少し不安そうにしがみつく様が気になった。 「多岐川さんの気持ち、結構前から気づいてたんだ」 「不安にさせてたなら悪かった」 つぐみは申しわけなさそうに首を振る。 「京太郎くんは悪くないよ」 「わたしなんかには勿体ないくらい、いい人で格好良くて」 「たまに、本当になんでわたしを選んでくれたのかわからなくなるくらい」 つぐみの不安ごと抱き締め、唇を奪う。 「んんっ……んっ、ちゅ……んふ」 「ありがとう、京太郎くんにキスしてもらったら少し元気出た」 「って、きゃっ?」 つぐみの膨らみに触れる。 「京太郎くん?」 「ちょっと、ぐっと来たかも」 「で、でも、ここ生徒会室だよ?」 「もう誰も来ない」 「それはそうかもしれないけど、でもやっぱり何だかまずいっていうか」 ためらいの言葉を聞き流し、つぐみをソファへと誘う。 「うう……でも、なんか、うーん……」 結局抵抗しないつぐみ。 ソファーに横たわったつぐみの上に覆い被さる。 「本当にここで?」 「もちろん」 「でも、もし誰かに見られたら……きゃっ」 つぐみの隙だらけの首筋を舐める。 「ひゃあぁ……あぁ……そんな、待ってよ……」 「このソファーだって皆で使ってるんだよっ。汚しちゃったら大変だよ」 「すまん、もうスイッチ入った」 「ふあっ……んっ、そんなにくんくんにおい嗅がないで、ああぁ……恥ずかしいよ」 恋人の首筋から香る、甘い女子の匂いが性欲を刺激する。 「人が来たら怒られちゃうよ?」 「誰も来ない」 ソファーに押し倒しての愛撫。 つぐみもその先を察したのか、自然と太ももを閉じる。 「嫌ならすぐやめるから」 つぐみの体を優しく撫で回し続けた。 「んんっ……ふあぁ、あっ……そんなのずるいよぉ」 「あっ、ああっ……くぅんっ、うぅっ……ずるいずるいっ、そんなのズルだよ」 服の上から乳房に触れた途端、つぐみの体が跳ねる。 そこに拒絶の意思はなく、純粋な快感による反応だった。 「京太郎くんに触られたら……んっ、わたしまで我慢できなくなっちゃうもん」 「生徒会室でしちゃうのとか、人に見られちゃうとか……あっ」 「ふぁ、んんっ、そんなことどうでもよくなっちゃう」 「つぐみ、好きだ」 彼女の唇に近づき、接吻を予告する。 「またキス、するの?」 「ああ、つぐみが欲しい」 「そっか……キスしちゃうんだ……」 「駄目か」 先程から抵抗は一切ない。 完全に身を任せてくれている。 「もう知らないからね、どうなっても……んっ」 唇がかすかに触れ合う。つぐみの綺麗なピンク色の口は震えていた。 「大好きな京太郎くんに押し倒されて、キスまでされちゃったら……っ」 「わたしだって我慢できなくなっちゃうからっ……んんっ」 「ちゅ……ん、んんっ……ふむっ……んちゅ……ん」 「んんっ……ん、またキスしちゃった」 「これからここで、京太郎くんにエッチなことされちゃうんだ……」 「京太郎くんにまた抱いてもらえるのは……やっぱり嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいよ」 「大丈夫、俺も恥ずかしいから」 「それ、京太郎くんが言うことじゃないような……」 「つぐみ」 キスをしつつ、ズボンから男性器を取り出す。 「うぁ……京太郎くんの、もう大きくなっちゃってる……」 ここまで来てもつぐみの体は明確な拒否をしない。 瞳もとろんと脱力している。 「もう、つぐみのが見たい」 「きゃっ!? 京太郎くんっ、そんなとこ……あっ」 つぐみをその気にさせるために、彼女の秘部に顔を近づけた。 「やあぁっ、あぁ、んん……待って、待ってよ……そんなところ見ないで」 つぐみの背筋がぶるっと震える。 普段から皆で使っている場所で、してはならないことをしている。 その背徳感が刺激になっているようだった。 「こんなところで京太郎くんにいじられたら、わたしおかしくなっちゃうよ……」 「……絶対声でちゃうもん」 「京太郎くん以外の人に見られたくないし、声も聞かれたくないんだよ?」 「わたしの大切な部分の肌を見せるのも京太郎くんの前でだけなんだから」 つぐみの一途さがいとおしく思える。 さすがにこれ以上は無理強いできない。 「駄目、かな」 断られたら諦める。 つぐみは目の前でそそり立つペニスをじっと眺めて、かすかに喉を鳴らす。 「……わかったよ、する……京太郎くんの、するから」 「わたしからしてあげるから……それなら、いいよ」 「お願いできるかな」 「うん、わかった……わたしも京太郎くんとしたい気持ちは一緒だし」 2人では広すぎる生徒会室。 女の子のか細く、小さな呼吸が聞こえた。 いまだに緊張が取れない様子のつぐみが、俺の股に顔を近づけた。 「うぅ……いつ見てもやっぱり大きいよ……」 「ちゃんと出したら、続きは家でだからね?」 「わかってる」 「わたし頑張るから、気持ちよくなってね……んむっ」 接吻のように丁寧な口づかいでくわえてくれる。 「んんっ、ちゅ……んっ、ふむっ……んむっ……ちゅ」 亀頭に軽く吸いつくような、控え目なフェラチオ。 「ちゅっ、んちゅ……んあ、んふっ、んん……ちゅ……ちゅっ」 「ちゅぅ……ちゅ、んっ、んむっ……あむっ……ちゅ、んちゅ……んんっ」 俺のペニスを小さい口で含みながらも、時折ちらちらと生徒会室入口を見る。 「やっぱり気になるのか」 「んんっ、ちゅ……れろ……だってこんなところ見られちゃったら……」 「わたしが京太郎くんのを、んっ……ちゅ……れろっ、んちゅ」 「舐めてるところを見られちゃったら……ん、れろっ……大問題だよ」 そんなことを言いつつも、ペニスを綺麗に舐めてくれる誠実さは忘れない。 「あむっ、んむっ……んふっ、んんっ、んちゅ……はん……」 「んっ……んちゅ……うぅっ……んむっ、うんんっ、あっ……んぷっ、んっ」 温かい舌が、ペニスを柔らかく包んでくれる。 「どうかな……ちゅ、れろ、あむっ……んんっ……気持ちいい?」 「すごくいいよ……あっ」 つき合ってから何度もしてくれているフェラチオだ。 つぐみも最初より手慣れてきて、俺の弱い所を丹念に口で刺激してくれる。 「んっ……ちゅ、んむっ……あくっ、んちゅっ、んふっ……はあっ……」 家以外の場所でしている緊張感からか、つぐみのペースがいつもより速い。 「ちゅ、んんっ……んむっ……んっ、んふっ、あっ、はんっ、はむっ……」 何度も亀頭にディープキスするように、可愛い赤色の舌で奉仕してくれる。 「なるべく早く出してね……んっ、ちゅ、れろ……」 最後は家で、という提案なのだろう。 ペニスを学園内でくわえてなお、生徒会長としてのモラルを必死で守ろうとする。 「んっ、んちゅ……じゅる……ぴちゅっ、んむっ、ううっ、ぴちゅっ……ちゅ」 規律を守るべき場所で、その長である生徒会長に舐められていると思うと、背徳的な快感を覚えてしまう。 「つぐみ、慣れてきてる」 「うんっ……ん、んふっ……ちゅ、ちゅる……ふむっ……」 「もう何度も京太郎くんの口に入れてるから……んっ、れろ、んちゅ」 「んあぁっ、ちゅぷっ、ちゅ……んちゅっ、んく……くちゅっ、じゅりゅっっ」 ペニスに舌を巻き付けるようにして舐めてくれる。 「ぺろっ、ぴちゃっ、んくっ……あふっ、ぺろっ、んむっ、じゅるっ」 口から涎をこぼすのもためらわず、竿を深くくわえ込む。 「くちゅっ、んちゅ……んっ……んく、はあっ、れろっ、あっ、んふっ」 ペニス全体でつぐみの口内の熱を感じる。 亀頭から竿まで、洗うように丹念なしゃぶりつき。 こちらも思わず声を上げてしまいそうになる。 「んむっ……んんっ、ちゅ、んちゅっ、んふっ……はあっ……気持ちいい?」 「気持ちいいよ、つぐみの口の中」 「ちゅ、れろ……んふっ……よかった」 「ちゅ、んっ、もっと気持ちよくなってほしいなっていつも頑張ってたから」 膣内とはまた違った柔らかさに、頭の中がぼんやりとしてくる。 「ちゅ、ん、あむっ……わたし京太郎くんの彼女だもんね」 「もっと上手くなって満足させてあげるんだから……れろ」 ペニスを口にくわえ込んで隠したまま、頭を前後に振る。 「んちゅ、じゅる、じゅぷっ……んむっ……あむっ、ちゅうぅ……じゅぱっ」 「京太郎くんにもっと好きになってほしいの……んちゅ、ぴちゅっ、じゅるっ」 「エッチなこともいっぱい覚えるから、だから……んんっ」 「ちゅ、あむっ……ずっと一緒にいようねっ、れろっ」 吸引による締め付けと、挿入のようなストロークに睾丸が震える。 「くっ……つぐみの中、気持ちいい……っ」 「んっ、んふっ……ちゅ……出して、わたしの口で 気持ちよくなって……」 このままだとあっという間につぐみの口に吸い出されてしまいそうだった。 こっちも反撃しないと。 「えっ、やぁ……京太郎くん、なんでパンツ脱がそうとして……きゃあぁ」 つぐみのパンツをずらし、局部を露出させる。 「やだ……んんっ……駄目だよ……」 つぐみの秘部は愛撫の前から真っ赤に染まっている。 まるでこれからの行為を期待しているようだ。 「舐めるよ」 むわっとした女の子の匂いが香る膣に、口をつける。 「ひゃあぁ!? あぁ……んっ、あふっ……そんなところ舐めちゃ、あんっ」 「もう何度もしてるじゃないか」 「でもお、ああっ! あっ、や、ああぁんっ」 「やっぱり学園でするの緊張しちゃうんだもんっ」 唇で軽く押しただけで、割れ目がぶるりと震える。 「あぁ、あぁんっ……んくっ、んっ……んあぁ……あぅ……あんっ、はあっ」 「ふぁ、あっ……やっ、んくっ……んっ、ふっ、んうぅっ」 「あんんっ……声漏れちゃう、漏れちゃうよぉ」 「あっ……や、ふぁ……んっ、んくっ……んぁ……人に聞かれちゃう……」 「誰もいないって」 生温かい膣内に、ぬるりと舌を差し込む。 「ふあぁん……あぁ、京太郎くんが中に入ってるぅ……んんっ……声でちゃってる……」 「あぁ、あっ、ふぁ、やっ……あんっ、そんなところ舐められたら、あっ」 「んくっ、んっ、ふぁ……我慢できないよ……」 つぐみは俺のを咥えるのも忘れて、秘部の刺激に身を任せていた。 舌をずぶずぶと侵入させると、女の子の入口がひくひくとうごめいて反応する。 「やあっ、だめっ、んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 「ほら誰もいないだろ。これだけ大きな声出しても文句なんてこない」 「もう、京太郎くんの馬鹿、エッチ!」 「こういうところでするの、すごく恥ずかしいんだからね……ん、ちゅ……」 文句を言いながらも、再び俺のペニスに口をつけてくれる。 お互いの股間をむさぼるように舐め合う。 「はむっ……ん、ちゅぅ、んっ……れろ、ちゅぅ、ぴちゅ、ちゅっ」 「あっ、んむっ……んふっ、んっ、はん……」 結局つぐみは、ソファーに押し倒してから一度も逃げようとはしなかった。 それどころか、 「あうっ、んっ、うふっ……気持ち、いいよ……っ……ふぁ、あぁ、あぅ……んくっ」 「んっ、んちゅ……ちゅ、れろ、ぺろ……あむっ……んんっ」 「ふあぁん、ああぁ、あんっ……気持ちいいよぉ、あぁ」 「やっぱり京太郎くんにしてもらうのっ、あんっ、気持ちいいよ……」 たっぷりとした尻を自分から差し出し、クンニの続きをねだってくる。 「あんっ……くぅっ、ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひんっ、はうぅんっ」 「あぁ、あんっ……やぁ、あ、ふぁ……そんなにペロペロ舐めちゃ」 「ああっ、あぅ、んぁ……変になっちゃ……ああぁぁ」 細い膣内の形を確かめるように舌を這わせる。 「やあっ、だめっ、んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 膣は挿入された時のようにぎゅっとすぼみ、舌をやんわりと締め付けてくる。 「あっ、あぁ、あんっ……もっと、してぇ……んちゅ、ちゅる、れろ、れろぉ」 つぐみはさらに奥までペニスにしゃぶりつく。 包皮が何度もめくれるくらいの勢いだ。 「んっ、んちゅ、じゅる、ちゅ、んじゅ……んふ、ふむっ……んんっ、じゅぷ」 お互いがパートナーの局部を、優しく、激しく慰め合う。 つぐみの奥は快感で真っ赤に染まり、性的な熱を帯びてくる。 「あぁんっ……んくっ、んっ……んあぁ……あぅ……」 「あっ、ああぁ、んああっ、ああああぁっ」 先に音を上げたのはつぐみの方だった。 「あぁ、もうっ、あんっ……だめっ、も、もうすぐ、いきそ……っ」 割れ目からはとろりと粘度のある液体がこぼれ落ちてくる。 「んあぁっ、はっ、ああぁ……ひんっ、んく、ああぁっ……」 「ごめんね、わたしばかり先に……ひうぅ、んんっ」 垂れ落ちてくる愛液を口に含みながら、俺はさらに舌を奥まで滑り込ませた。 「ふあっ、あっ、はぁっ……あんっ、んっ、んううぅっ」 「ああっ……やんっ、んっ、はあっ……ひっ、あぁ…っ」 つぐみの秘裂が快感の愛液をまき散らしながら開閉する。 「んちゅ、ちゅ……んんっ……待っててね」 「ん、ふむっ、んちゅ……すぐ京太郎くんも気持ちよくしてあげるからっ」 「はくっ……ひんっ、うぁっ、やぁっ……れりゅ、ちゅぅ、ぴちゅ、ちゅっ」 「あっ、んむっ……んふっ、んっ、はん……」 必死に陰部に食らいつきながら、頭を前後に振って奉仕する。 「んむっ……あくっ、んちゅっ、んふっ……はあっ……」 その献身的なフェラチオに、そろそろこちらの限界も近づいて来た。 「んちゅ、んんっ……ちゅ、じゅるっ……」 「京太郎くんのっ、お口の中で動いて……んんんっ」 口の中で暴れ回る竿も構わずしゃぶってくれる。 「京太郎くんもっ、気持ちよくなって……んんっ、ちゅ、んふっ……あむっ」 「ちゅ、くちゅ、じゅぷっ……わたしに出して、一杯出して……」 「ふあぁっ、ちゅぷっ、くちゅっ、んく……くちゅっ、じゅりゅっっ」 「あっ、あぁんっ……! わたしもっ、もうっ……いっちゃいそう……」 「んぁっ、あっ、ふぁっ……うぅん、ふぁっ……んくっ、んうぅぅぅっ……」 先につぐみの膣がふるふると痙攣しだす。 「ふああぁ、ああぁ、あ、あんっ、もうっ、駄目駄目駄目ぇ……!」 絶頂寸前で、つぐみはひときわ強くペニスに吸い付いて精を吸引する。 「あ、あ、ああぁぁっ! んあぁっ……んっ、あっ、あああああぁっ!!」 びゅるるっ! びゅるるぅ!! びゅびゅっ……! つぐみが達した直後、ペニスから放たれた精液が宙にまき散らされる。 「ふああぁ……ああぁ……んんっ……」 「いっぱい出てる……京太郎くんのが……んぁ……」 ねっとりとした精液が、つぐみの綺麗な顔を白く汚していく。 「はぁ……はぁ……あぁ……」 「んふっ……あったかい、京太郎くんの……いっぱい出たね」 「ごめん、顔を汚した」 「ううん、いいの。わたしのでちゃんとイってくれたから嬉しいよ」 つぐみは口元についた精液を躊躇なく舐め取る。 「……いいのか?」 「んっ……いいの。だって……京太郎くんの欲しくなっちゃったんだもん」 精液で顔を汚しながら、彼女は嬉しそうに笑う。 「さっきまで家に帰ってからって言ってたくせに」 「だって……京太郎くんとしてたら、止まらなくて……」 「だからやめようって言ったんだよわたし」 「京太郎くんと少しでもしちゃったら、絶対途中でなんかやめられないんだろうなって」 「わたしだって、一度スイッチが入っちゃったら、止まらないんだよ」 「大きな声が出ちゃっても知らないからね」 「つぐみ、いいんだな」 「うん……あとでちゃんとお掃除すれば、大丈夫だと思う……多分」 生徒会長としてのモラルが、性欲に押し切られた瞬間だった。 「さっきは家に着いてからって言っちゃったけど……」 「ごめんね、わたしが我慢できなくなっちゃった」 「今ここで、わたしを……抱いてください……」 つぐみに誘われるまま彼女を抱き起こし、デスクの上に寝かせる。 「……京太郎くん? 何で腕……縛ったのかな」 「つぐみが顔を隠そうとするから」 縛ると言ってもリボンで軽く結んであるだけだ。 その気になれば自分で外せるだろう。 「だって、顔を見られるの恥ずかしいよ……っ」 りんご色に染まる彼女の顔は美しく、見つめ合うだけで脳が溶けそうだ。 「もっと顔、見たいな」 「やだ、汚れてるし、それにっ……今わたしすごくエッチな顔してるから」 「京太郎くんのことで頭がいっぱいで、絶対変な顔してるもんっ」 「これからわたしの中に入れてくれるって思ったら、顔見れないよ……」 「頭をいっぱいにしてること、聞かせてくれないか」 頬にキスして続きを促す。 「幻滅しないでね……わたし、京太郎くんに襲ってほしいの……」 「……」 「……うー、黙らないでよ……」 「京太郎くんいつも優しいから、今日はすごく積極的でドキドキしてる」 「求められてる気がして、女の子として嬉しいんだよ」 「つぐみも乗り気なんだ」 「やっぱり恥ずかしい……でも、強気な京太郎くんも素敵なの」 「もう、俺も結構やばい。つぐみが止めないと本気で襲うかもしれない」 「うん……いいよ」 「でもね、わたし嬉しいのに、驚いて暴れちゃうかもしれないけど」 「絶対途中でやめないでね?」 つぐみは真っ赤な顔で告白してくれる。 「……京太郎くんのものにしてほしい」 「わかった」 つぐみの身体に意識を向ける。 瑞々しい桃のような乳房が、照明の下にさらけ出されている。 「うぅ……すぐ入れてくれるんじゃないの……?」 「あっ、や……そんなに見ないで……」 「俺に色々してほしいんだろ」 「だって……襲ってほしいって言ったけど」 「恥ずかしいものは恥ずかしいよ……」 相変わらず豊かすぎる乳を、たっぷりと愛撫する。 「きゃんっ……あっ、んっ、ふぁ……握りすぎだよ……ああぁ」 「んっ、あっ……あぁ、んっ……くぅんっ、うぅっ……あんっ、んっ……」 「そんなにこねこねしたらっ……あ、おっぱいが変な形になっちゃう……っ」 いつもより強い刺激に、つぐみが敏感に反応する。 「んああぁっ、ああっ……やっ、だめっ、ふあぁ……ああぁ」 「強い方が興奮する?」 「そ、そんな……でも、なんだか、強く求められてる感じがして……」 「んぁ、あっ……好きかもしれない、なんて……」 白く透き通った乳房を揉みしだく。 「わたしの体に夢中になってる京太郎くん、可愛いから……っ」 「ふっ、あうぅっ……あっ、んっ……んあぁっ、くぅっ……」 乳房をしっかりと掴んだまま引っ張ると、餅のように伸びる。 「ひゃあぁ……っ、あっ、あぁん、わたしのおっぱい、おもちゃにされてる……」 「もう乳首硬くなってる」 「あぅ……言わないでぇ……あっ、あぁんっ、くっ、んんっ……」 「強引に揉まれて、感じてる?」 「うんっ……んっ……気持ちいいですっ」 「京太郎くんにおっぱい引っ張られてっ、こねこねされて……」 「京太郎くんの跡つけられちゃってる……っ」 「わたし、京太郎くんのものにされちゃってるよ……」 乳房の形を好き放題変えられて、つぐみは切ない吐息を漏らす。 その吐息を吸い取るように、唇を重ねる。 「んっ……京太郎くん、ちゅ……ふむっ、んんっ、ちゅ」 「んっ、ちゅ、ちゅうぅ……ん、んんっ……ふむっ……んちゅ……ん」 「んちゅ……ちゅう、ちゅちゅ……んん、ふむっ……ちゅ、んふ」 胸を揉むのが忙しくて、口が離れそうになると、 「んっ……もっと、もっとキスしてっ……」 「いっぱいしたいの……んんっ、んちゅ」 つぐみの方から精一杯、舌を伸ばしてくる。 「ちゅ、ちゅう……ふむっ……んん、ちゅうう……ちゅ、んちゅ、んふ」 俺の舌をマッサージするような、献身的なディープキス。 「つぐみのキスはおいしいな。もっとしたい」 「うんっ、いっぱいするっ……んっ、んむっ……ちゅ、ちゅくっ、んふ」 つぐみの豊満な胸を掴んでは揉みほぐしながら、舌を絡めあった。 「そろそろ下の方も」 「えっ、あ、待って……やぁ、下着は、自分で脱ぐから……」 下着を脱がそうとすると、つぐみは太ももをぴったり閉じる。 「怖いのか」 「ううん、そうじゃなくてね……」 「机の上だと、昼間ここで仕事してる時のことを思い出しちゃって」 迷うつぐみの声を聞き流し、下着を脱がせる。 そして、女の子のスリットへ指を差し込む。 「ああぁ……! あっ、んっ……まだ心の準備が……あんっ」 膣内はすっかりとろけており、指が奥まですんなりと入ってしまう。 「ふぁっ……んっ、んあぁ……やあぁ……んあっ」 「あっ……んっ、んふっ……ふぁ、あぁん……っ」 「何か、ここでしてると変な感じ……っ、あっ、んぁ……んくっ、んんっ」 「みんなの顔とか、真面目に仕事してる雰囲気思い出しちゃって」 「いけないことしてる気分になっちゃう……くぅ、んっ……ふぁ、あっ、ああぁ」 「ふあぁっ、や、あぁ、んっ……やっぱり今日の京太郎くん、強引だよ……」 膣壁を引っかくようになぞると、その刺激につぐみは足をピンと伸ばす。 「んあぁ……っ、ああぁ……あぁ、んぁ……ふぁ、んんっ……あぁん」 つぐみを本当に手篭めにしているようで、ぞくぞくしてしまう。 「あっ……んうぅっ、ふっ、ん……くぅんっ……うぁっ、んんんっ」 「ふぁ、んぁ……わたし、これから京太郎くんに……」 「ここまでにしておくか?」 膣に指を入れられたまま、つぐみは首を振る。 「京太郎くんに抱かれたい、京太郎くんがわたしにしたいこと、全部してほしい」 「びっくりして変な声出しちゃうかもしれないけど……笑わないでね」 つぐみは覚悟を見せてくれた。 「もっと強くするぞ」 指を最奥まで突き入れ、激しくかき回す。 「あああぁ……! あぁ、やっ、あんっ……くっ、んんっ……中で暴れてる……っ」 「そんなところ、あっ、あんっ……グリグリされたら……あぁ、やあぁ」 つぐみが身もだえし、デスクが激しく揺れる。 「ひぃあっ、はんっ……ああ、ううっ……んはぁっ、あ、あ、ああっ……」 「んああぁっ、ああっ……駄目駄目、そんなにされたらもうっ、あんっ」 「つぐみの可愛い顔もっと見たいんだ」 「あっ、あ、んぁ、ふぁっ……んんっ……」 「気持ちいいよぉ、おかしくなっちゃう……ここ生徒会室なのに……っ」 「やあっ、だめっ、んうっ、あんんっ……」 「んふっ、んくっ、はぁっ、んん……んああぁぁ」 いつもより強い刺激に膣内がきゅうと収縮する。 「あうっ、んっ、うふっ……気持ち、いいよ……あぁ、あぅ……んくっ」 「出ちゃうぅ、なんか出ちゃうよぉぉ……!」 「机汚しちゃうからあぁ、待って、あぁんっ、ほんとに駄目ぇ」 懇願するつぐみを無視して、温かい膣内を縦横無尽に撫で回した。 「あぁ、ふぁっ、ふっ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……んくっ、んんっ……」 「んぁ、あぁ、うぅっ、あぁっ……あうぅっ、んっ、んあぁっ……」 美しい脚に力がこもり、貝殻のように閉じようとする。 「やぁ、あっ、んくっ、んぁ、あぁん……ああぁ」 「大丈夫、机ならもうとっくにつぐみの愛液で濡れてる」 「うぅ……全然大丈夫じゃないよ」 「まだまだつぐみの恥ずかしがる顔が見たいな」 「あっ、待って……次は、京太郎くんの……」 これだけ好き放題に責められたというのに。 つぐみは、この先を自分から要求して来た。 「もう……我慢できないよ」 「今すぐ、大好きな京太郎くんと……一つになりたい」 つぐみの願いに誘われて、俺は指を引き抜き、 興奮で朦朧とした意識のまま、女性器にペニスをあてがう。 「んっ……んぁ……京太郎くん、お願い……」 亀頭をあてがい、ゆっくりとペニスを埋没させていく。 「んあぁっ……!? ああっ、あ、ああぁ……っ!!」 「ふああぁ……んっ、んぁ……おっきい声、出ちゃっ……」 肉棒は膣内奥までぴったり隙間なく挿入されている。 蕩けるような快感が俺を包む。 「わたし、京太郎くんと繋がってる……」 「ん……恥ずかしいのに、すごく幸せで……」 つぐみの体は完全に脱力している。 「動くぞ、つぐみ」 「うん、いっぱい京太郎くんの好きにして……っ」 ゆっくりとペニスを引き抜く。 愛液でぬらぬらと光る肉棒を、すかさず膣内へと押し込む。 「ああっ、んあぁ!? んああぁ、やあぁ、ああ」 「あっ、あぁ、あぁんっ、ふあぁ、ひぅ、んあぁ」 「あぁんっ……んくっ、んっ……んあぁ……あぅ……あっ、はあっ……」 「んぁっ、あっ、あくぅ……すごいっ、ああぁっ」 「こんなに京太郎くんがわたしの体、乱暴に、入って……ああぁ」 「こんなの初めてっ、わたしの力じゃ全然どうしようもなくて……んぁ」 挿入の勢いで、机がつぐみごとガクガクと揺さぶられる。 「あっ、あんっ、んっ、うふっ……いい、よぉ……気持ちいいよ……っ」 「あっ、くっ、んふっ、んぁ……ふぁ、あぁ、あぅ……んくっ」 「つぐみ、つぐみっ」 「ふあぁ、あふっ、ん、あっ、あぁ……京太郎くん、もっとしてっ」 「あんっ、いっぱい、好きにして……わたしに、京太郎くんの跡をつけてっ」 「あくぅっ、ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひんっ、はうぅんっ」 美しい尻と腰がぶつかり、パンパンと音を立てる。 「やあっ、あんっ、んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 膣内が摩擦で熱くなるほど速く、長いストロークで出入りする。 つぐみの入口からは大量の愛液がぽたぽたと垂れ落ちてくる。 「あぁ、あっ、やっ、んんっ、京太郎くんの、抜けちゃう……だ、駄目だよっ」 つぐみの方から腰を浮かせてくる。 「あっ、あぁ……あんっ、ふあぁ、最後まで一緒だから、あっ、離さないで」 「あうっ……あ、あ……んっ、いっ、んううぅぅっ……」 「ひぃんっ、はっ……ああ、ううっ……んはぁっ、あ、あ、ああっ……」 「大好きっ、わたしが一番京太郎くんのこと好きなんだから……っ」 「俺だってつぐみが一番だ」 「嬉しいっ、嬉しいよ……京太郎くん、京太郎くん……」 俺の言葉に反応したのか、つぐみの内部がぎゅっとペニスを締め上げる。 「く……つぐみ、そろそろ……っ」 「あぁ……っ、んんっ、あぅ……っ、京太郎くんっ!?」 射精の予感がせり上がってくる。 「んぁ、あっ、あぁ、あんっ……京太郎くんっ、これっ、このまま……っ」 「あっ、あ、んぁ、ああぁっ、ああっ……やっ、あぁ……ふあぁ……ああぁ」 つぐみは何の文句も挟まず、ただ俺に揺さぶられ続ける。 「京太郎くんっ、京太郎くん……! わたしもっ、もうっ……」 「あぁんっ、あ、んぁ、んくっ、あっ、あんっ、あぁ……っ」 「つぐみ、今日は……っ」 最後の理性で返事を促す。 「ふあっ……きょ、今日はっ……んっ、はあっ……んっ、あぁ…っ」 つぐみの乳房を刺激しながら、全力で抽送を続ける。 「京太郎くんの好きにして……っ」 「一番になりたいのっ、京太郎くんだけの女の子になりたい……!」 つぐみから俺にしがみついてくる。 「最後まで一緒にいたいのっ、だから、絶対にわたしを離さないでっ」 なるべく奥を目指してペニスを突き入れる。 「あっ、あぁ……っ、あぁっ、ん……んくっ、あっ……!」 膣内がひときわ強く締まり、限界寸前のペニスが悲鳴を上げる。 「つぐみ、出すぞっ」 「うんっ、うんっ! 出して、京太郎くんの……わたしの中にっ」 「やぁ、ああぁ、あっ! んっ、んぁ……ああっ、あぁっ、ん……っ!」 射精の寸前に、つぐみを思い切り抱き締めて結合を深め、そして……。 「んんっ! くっ、京太郎くんっ、京太郎くんっ、わたし……あぁっ! あっ、あっ、ん……っ!」 「あんっ! あんっ! うあ、あっ、んくっ、あっ! ああっ……!」 「はああぁっ、もう……っ! もう……、んっ、だめっ! ああっ! あん、あっ、あぁ……っ!!」 「んあああぁ〜〜っ、ああああああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」 びゅるるっ! びゅるっ! びゅううぅ……! お互い繋がったまま、精液をつぐみの中に流し込んだ。 「ふあぁ……んんっ……はぁ、あぁ……」 「はぁ……ふぁ……中に、出してくれた……」 「んっ、京太郎くんのあったかいの……いっぱい入ってくる……っ」 「く……っ」 「京太郎くんの恋人になれて、わたし幸せだよ……こんなに愛してくれて」 「つぐみを好きな気持ちはずっと変わらないよ」 「……知ってる?」 つぐみはいまだ続く射精を受け止めながら、 「京太郎くんが今わたしにしてくれてるのって……」 「わたしをお嫁さんにしてくれるってことなんだよ?」 「わかってる」 つぐみの唇にキスをする。 「恋人ってだけじゃ足りないんだ」 「うんっ、わたしも……あはは、凄い嬉しくて泣いちゃいそう」 「大好きです。一生あなたの傍についていきます」 もう口約束だけじゃない。 肉体的な契約をかわした俺達は、飽きることなく深く抱き合った。 久しぶりに昔の夢を見た。 今まで、見る夢は大抵決まっていた。 起きた時は決まって陰鬱な気分になるような、ひどい内容の夢。 それが今回はなぜか、雲を掴むようなあやふやさで。 覚えているのはわずかな不安と。 それを打ち消す不思議な暖かさ。 「……」 「京太郎くん」 目を開けると、つぐみが心配そうに覗き込んでいた。 「どうかした? そんな顔して?」 「京太郎くんがね、少しうなされてたから」 俺が原因か。 そして、今までつぐみに手を握ってもらっていたことに気付く。 ……そうか。 だから今日の夢は、あんなにぼやけた内容だったのか。 「大丈夫?」 「ああ、つぐみが傍にいてくれたから」 「ふふふ、お世辞でも嬉しいよ」 そう言って笑ったっきり、つぐみはもう踏み込んでこなかった。 「昔の夢を見てたんだ」 「怖い夢?」 「少し。でも今日は大丈夫だったよ。つぐみが手を握っていてくれたから」 過去のことを切り出せば、つぐみを心配させるだろう。 だが、言ってしまった。 潮時だということなのか。 「じゃあ、おいしい朝ご飯食べて元気出してもらわなきゃ」 「頼むよ」 「突然だけど、家の本、そろそろ片付けようと思うんだ」 つぐみが鞄をドサっと落とす。 「そんなに驚くことか?」 「あはは、ちょっとびっくりしちゃって」 「でも、本当に処分しちゃっていいの?」 「いいんだ」 多分もう、大丈夫だ。 いや、大丈夫じゃなかったとしても、一歩ずつ変えていかねばならない。 つぐみが生徒会長として、日々成長しているように。 辛いことはあるかもしれないが、もう本に安寧を求めたくない。 「わたしも……」 「わたしも一緒に片付けたいな」 俺の覚悟を感じ取ったのか、つぐみはやや緊張した面持ちで言った。 「駄目かな」 「手伝ってくれたら嬉しい」 「うん、一緒に片付けようね」 つぐみが傍に寄り添ってくれる。 「そのうちでいいんだけど、京太郎くんの小さい頃の話、聞きたいな」 「つまらん話しかないぞ」 「つまらなくてもいいの、知りたいだけだから」 じわりと胸が熱くなる。 ただただ誰かの過去が知りたいという欲求。 そんな感情を持ったことはなかったし、向けられたこともなかった。 でも、今の俺はこんなにも嬉しい。 「もう終わったことだし……」 込み上げてくる感情でやっとわかった。 「でも、俺は、ずっと聞いてもらいたかったんだ」 「楽しい話じゃないけど……」 「うん」 「でもつぐみに聞いてほしい」 「うんっ」 「墓場まで持って行こうかと思ったけど、結局最後まで一緒にいそうだし」 つぐみの返事がない。 「驚いた?」 「お、驚くよ。だって、今の……」 つぐみは噛みしめるように息を飲む。 「ほとんどプロポーズっていうか、何て言うか、とっても危険なものだった気がするの」 「今まで何度も言ってきた気がするんだが」 「違う、今のは重さが違うよ」 「苦しいときに言ってくれることが、きっと本当なんだと思う」 言われてみればそんな気もする。 でも、特に気負いはない。 自然に一緒にいたいと思える。 「つぐみとずっと一緒にいたいよ、俺は」 「京太郎くん……」 つぐみが目を細める。 「わたしもだよ、京太郎くんの傍でずっと暮らしていきたいです」 「……」 「だ、黙らないでよ」 「すまない。こういうの慣れてなくてな」 恋人ができたときとは違う、圧倒的な幸福感が身を包んでいた。 全ての罪が許されていくような、そんな気分だった。 「あはは、京太郎くんがそんなに焦ってる顔初めて見た」 「あまり見るなよ、恥ずかしい……」 つぐみは目尻に浮かんだ涙を軽く拭く。 後から後からこぼれる涙を、笑いながら拭き続ける。 お互い酷い顔だった。 誰かに見られるくらいなら、このまま帰りたいほど恥ずかしい。 「京太郎くん、行こう」 最高の提案だと思う。 どんな恥ずかしい顔をしていても、2人手をつなげば何とか前へ歩いて行ける。 「一緒にな」 俺はその手を取って歩く。 2人手を繋いだだけで、もう世界が変わった。 「つぐみ、聞いてほしいことがあるんだ」 どこから話そうか。 時間はいくらだってある。 「そうだな、まずは……」 母親の調理の音で目を覚ます── 演出は、本の中でたまに見る。 しかし俺にはピンとこなかった。 経験が一度もなかったから。 「ん……」 「起きたか、京太郎」 「……玉藻」 台所に立っていたのは玉藻だった。 いつの間に来ていたのだろう。 「あー、その、なんだ」 玉藻は照れくさそうに指をこねて、言い訳みたいな口調で言う。 「チャイムを押してもなかなか起きないし、勝手に上がってしまった」 「いいって、だから合い鍵渡してるんだ」 半同棲とでも言おうか、俺たちは日によって互いの部屋を行き来している。 「悪いが、寝顔も堪能させてもらった」 「俺の顔でよけりゃ、いくらでも」 「お前の顔は、いくら見ても見飽きない」 玉藻はご満悦だ。 俺は、玉藻からは高評価の顔を洗い、食卓に着いた。 当たり前のように朝食が出てくる。 家事もほとんどこなしてくれるし、まさに上げ膳据え膳状態だ。 家事は女性の仕事、なんてこれっぽっちも思ってないが、あまりの快適さに甘えてしまう。 「味はどうだ?」 タオルで手を拭いてから、玉藻がこっちへ来た。 「美味いよ。いつも悪いな」 「私は好きでやっているんだ、気にしないでほしい」 「むしろ、押しかけ女房になっていないか心配している」 「こっちは、腑抜けにならないか心配だよ」 「玉藻は至れり尽くせりすぎる」 ベランダでは、いつの間にか洗濯物が風に翻っていた。 「洗濯もしてくれたんだな」 「あまり溜め込むものじゃないぞ」 「気をつける」 学業に部活に絵画と、玉藻は忙しい。 あまり手を煩わせたくはないが、彼女自身、家事に喜びを見いだしているのもまた確か。 ほどほどのところでやっていこう。 「玉藻も食べないか? 俺だけ食べてるのは気が引ける」 「そうさせてもらう」 俺の対面に座り、礼儀正しく『いただきます』を言う。 玉藻の所作は、いつ見ても惚れ惚れする。 箸の上げ下げから茶碗の持ち方まで、全てが洗練されていた。 「玉藻は、食べてるとこが綺麗だな」 「あまり見るな、恥ずかしい」 上目遣いで照れつつ、こくりとご飯を飲み込む。 「躾が厳しかっただけだ」 「俺も勉強してみるかな」 「私は気にしていないが……」 「ただ、勉強しておくのは悪くないと思う。人生のプラスになることだ」 将来、高級なレストランに行ったとして、自分の作法に負い目があっては料理の味が楽しめない。 それとは別に、たとえば玉藻の家族と食事をする機会が巡ってきたときのことも考えている。 妄想に終わるかもしれないが、ないとも言い切れないからな。 しかし、玉藻とそういう関係になるだろうか。 正面の彼女を見る。 静かに、幸せそうに食事をしている。 「ん? どうした?」 「玉藻は可愛いな」 「馬鹿か」 ぼそりと言って、味噌汁を飲む。 食卓が一瞬静かになった。 「……ありがとう」 「どうしたしまして」 食事を終え、登校の準備をする。 「あれ? ハンカチ知らないか?」 「あ、すまない、洗濯してしまった。予備はないのか?」 「干されてるので全部だ」 「では、代わりと言っては何だが、私のハンカチを使ってくれ」 「私は2枚持ち歩いているから気にしなくていい」 細かい花柄の刺繍が入ったハンカチを渡される。 手触りからして、ザ・高級といった感じだ。 しかも、香水か洗剤か、ほのかにいい香りが立ち上ってくる。 思わず鼻を近づける。 「そういうことは、見えないところでやってくれ」 「おっと失礼」 「いい香りがしたから、つい」 「お香だろう。箪笥に匂い袋を入れているから」 〈雅〉《みやび》である。 ともかくも、玉藻の神経の使い方には驚かされることが多い。 たとえば、愛用の扇子にしても、季節に合わせて柄を替えていたりする。 部屋の小物も、意識しないと気づかないが、時期によって違う。 付き合って初めてわかった、玉藻のすごさだ。 「さ、遅刻するぞ」 玉藻がぽんと俺の背を叩く。 「よし、行こう」 外に出ると、玉藻が手を握ってきた。 「校門までいいか?」 「もちろん」 しっかり手を繋ぐ。 「絵は進んでる? 図書部との両立は厳しいだろうけど」 「最近は依頼も落ち着いているし、まあ順調だと思う」 「絵とか音楽とか、芸術方面の才能がある人は尊敬する」 「俺は、そういうのはからっきしだから」 「趣味の延長だ。私からすれば、筧の読書量も十分尊敬に値するよ」 「実感ゼロだ」 俺の読書は、趣味というより生きるための手段だった。 玉藻には、俺の過去に関することはほとんど打ち明けていない。 いつかその日は来るのだろうが、まだ覚悟はできていなかった。 「ところで」 繋いだままの手を持ち上げる。 「あ、ああ、校門までの約束だったな」 玉藻がはにかむ。 お互い、わかっていて離さなかったのだ。 「試しに、部室の前まで行ってみるか?」 「誰かに見られたら、ここぞとばかりにからかわれるぞ」 「見られないって」 「ふふ、根拠不明だが賭けてみよう」 ちょっとしたイタズラをする気分で、俺たちは手を繋いだまま図書館に入る。 見たところ、知り合いはいない。 「何か悪いことをしているような気分になるな」 「よーし、行くぞ」 「う、うん」 先に進む。 玉藻は興奮気味だ。 ぐっと握った手が、かすかに汗ばむ。 子供みたいな遊びも、玉藻と一緒だと新鮮に感じるから不思議だ。 無事ロビーを抜け、部室の前までやってきた。 「見つからなかっただろ?」 「運が良かった。これからは毎日手を繋いでみようか」 まだ手を離したくないのか、玉藻は何度も手に力を込める。 「すみません、通してもらえますか?」 「おっと、すまな……」 背後からの声に振り返る。 彫像のような顔をした御園と、携帯を構えた佳奈すけがいた。 「さ、いいですよ、そのままどーんとキスでも」 「ごーごー」 「人前でできるか」 「手を繋ぐのはOKなのにですか?」 「こ、これはまあ、なんだ。ちょっとしたゲームで」 繋いだままだった手を離す。 「桜庭さん、真っ赤で可愛いです」 「うるさい、行くぞ」 しどろもどろになりながら、玉藻が部室のドアを開く。 「さて佳奈すけ、撮影したデータを消してもらおうか」 「やだなあ、撮ってませんって」 「俺は騙せないぞ」 佳奈すけは絶対に撮ってる。 「も、もう、いけずやわー」 佳奈すけが、しぶしぶ写真のデータを消す。 「せっかく部活紹介の記事に使おうと思ったのに」 「新聞部から依頼が来ていたあれか」 特集記事を組みたいので、部員の誰かをモデルにして写真を撮ってくれということだった。 「私と京太郎の写真で何をアピールするんだ」 「え? 仲むつまじい部活ですよ……的な?」 「却下だ」 当たり前だ。 「おはよう」 「どもー」 二人が入ってきて、全員が揃った。 「あれ? 何かあったの?」 「新聞部から頼まれてる写真の話をしてたんだ」 「ああ、あれか」 「昨日、一晩考えたんだが、俺がモデルを引き受けてもいいかと思ってる」 真面目な顔で高峰が言った。 「……で、モデルを誰にするかという話なんだが」 当然のようにスルーされた。 「あー、しみる。世間の風がしみる」 「高峰先輩も好きですよね」 いつもの流れだ。 「なら、桜庭さんはどうですか?」 「和服着たりしたら、すっごく似合うと思うんですが」 「私がやるわけないだろう。イメージダウンだ」 「そんなことないよ。絶対可愛いって」 玉藻がモデルなら、信頼できる部活、というイメージになると思う。 図書部にはぴったりだ。 「断る。私に振るくらいなら、鈴木がやってみたらどうだ?」 「いやー、私ですとイメージが」 高峰と視線で打ち合わせる。 「まあ可愛すぎるよな」 「女子目当ての男子にわんさか来られても困るし」 「別の人を探すか」 「あー、どうしようかなー、やってみようかなーっかなぁー」 「無理しなくていいって、悪かった」 「いやいや無理とまでは言ってないですよ」 「ちょろすぎる」 「おっと、乗せられてしまいました」 佳奈すけが、自分の頬をパンパン叩く。 「じゃあ千莉ちゃんは?」 「向いてません」 「向いてると思ったんだけどな」 「たとえばどこがですか?」 御園が姿勢を正す。 「御園は……」 「私は?」 「歌が上手い」 「モデルと関係ありません」 「猫好きなところ?」 「それも写真と関係ないですから」 「御園は写真撮られ慣れてるだろう。ある意味プロみたいなものじゃないのか」 「確かにそうですね。では1枚5万円で」 「値段もプロ価格!」 御園もダメか。 「やっぱり、ここは部長に」 「ダメ、緊張しすぎて気絶しちゃうよ」 「では、気絶しているうちに撮影しましょう」 「無理無理無理、やっぱり玉藻ちゃんがいいよ」 「いや、鈴木がいい」 「千莉がいいですって」 「部長、お願いします」 ぐるぐる推薦が始まる。 「玉藻ちゃんやろうよ。絶対綺麗に撮れるって」 「私は無理だ。白崎の方が見栄えが良いだろう」 「玉藻ちゃんの方が綺麗だよ」 「そ、そんなことはない」 見たところ、何となく玉藻が押せそうな気がする。 性格的には理屈で説得した方がいいだろう。 「玉藻、やってみないか?」 「真面目で信頼できるイメージを持たせたいなら、玉藻が適任だと思うんだ」 「うん。私もそう思うよ」 「そう言われても」 玉藻が扇子で自分の顎をつつく。 「しかし、親の目に触れると面倒なことになるかもしれない」 「座敷牢に入れられるんだっけ?」 「そんな物騒なことするか」 「ただまあ、長い小言を聞くことになるのは明らかだし、進んでやりたくはないな」 扇子を開いてパタパタ扇ぐ。 「(筧さん、桜庭さんああ言ってますけど、絶対やりたそうな目してますよ)」 「(筧先輩の方ちらちら意識してますし)」 「(ちょっと背中押してやれよ)」 「(わかった。後でアタックしてみる)」 図書部の活動を終えた俺は、玉藻の部屋にお邪魔していた。 絵のモデルを引き受けていたからだ。 「ぐ……背中が……」 椅子の上で伸びをする。 固まっていた筋が音を立てた気がする。 「こら、モデルが動くな」 「おっと」 椅子の上で姿勢を取り直す。 「進みはどう?」 「今日は順調だ。この調子なら、今度の展覧会に間に合うかもしれない」 「あんま根詰めるなよ」 「ありがとう」 「でも、今回は何としても結果を残したいんだ」 玉藻は、絵を描いていることをまだ親に打ち明けていない。 学業と絵画、両方で好成績を修めてからでなくては話にならないとのことだ。 「これから、絵一本で食っていきますってのは……ダメなんだろうなあ」 「許してもらえないだろうな」 「この学園を優秀な成績で卒業した後に、大学では絵画をやりますというなら通るかもしれないが」 中途半端は認めないということか。 「絵の大学に入るつもりなら、普通、早い段階で絵の予備校に通ったりするだろ」 「勉強を頑張ってたら、まあ浪人確定だよな」 「その辺の常識を理解してもらえればいいのだが」 玉藻が苦笑する。 「がちっと戦えないのか?」 「情けない話、父親に強く意見することができない」 「正面に立つだけでも、自然と身体が緊張してしまうんだ」 「ただ、今回の絵で良い結果を出せば、私も自信をもって父と話し合えるかもしれない」 「なるほど。じゃあ頑張らないとな」 決して投げやりにではなく、そう思う。 玉藻はしっかりした意志をもって、父親と対峙しようとしている。 なら、俺の役目は傍でしっかり見守ることであり、それ以上でも以下でもない。 「ふぅ……一旦休憩しよう。モデルありがとう」 「どういたしまして」 固まった関節を伸ばす。 モデルというのも大変な仕事だ。 「絵、見ていいか」 「……おお、上手い」 「まだ全然だ。京太郎は相変わらず採点が甘い」 「そう言われても、俺は素人だからなあ」 玉藻の絵は、俺から見たら上手いの一言だ。 しかし、本人にすればまだまだなのだろう。 「ははは、まるで昔の父のようだ」 「私が幼い頃は本当に親ばかでな。どんな落書きでも大騒ぎして褒めてくれたものだ」 「なんだ、親父さん、そういうところもあったのか」 徹底して厳格な人かと思っていた。 「昔の話だ」 「今は、自分が正しいと思ったことしか認めない人になってしまった」 「間違ったことは言っていないし、私のことを考えてくれているのはわかるのだが」 玉藻が寂しそうに笑う。 父親か。 俺の中の、家族に対する記憶はひどく貧弱だ。 10日前の昼食の方がまだ記憶に残っている。 「すまない、思い出ばなしをペラペラと」 「いや、気にしないでくれ」 玉藻も、俺の過去がロクでもないことは何となく察してくれている。 「そういえば、今日は、部活紹介のモデルの話が出たな」 玉藻が話題を変える。 「仮に私がモデルをやるとしたら、どんな服が似合うと思う?」 「お、引き受ける気があるのか?」 「ない」 「ないが、参考までに彼氏の好みは聞いてみたい」 「そうなあ」 脳内で、玉藻にいろいろな服を着せてみる。 「ひねりはないけど、やっぱ和服かな。個人的に見てみたい」 「和服か。何度も着ているし、私としてはまったく新鮮味がないが」 「じゃあバニーガール」 「バニーか」 玉藻が真顔で考え込む。 「いや、冗談だぞ」 「え? あ、ああ、わかっている」 ほんとかよ。 着てくれたら嬉しいが。 「真面目な話、玉藻ならやっぱり和服かな。似合うと思う」 「ちなみに、どんな色が好きなんだ?」 玉藻が和箪笥の引き出しを開ける。 中には5枚ほどの和服が入っていた。 「この青いやつなんていいと思う」 「うーん、青か……なるほど」 自分が着ているところを想像しているのか、玉藻は何やら考えている風だ。 みんなの予想通り、モデルの件、まんざらでもないようだ。 図書部のイメージ的にも玉藻にやってもらいたいし、ここは押してみよう。 ……俺も、和服を見てみたいし。 「これを着て、モデルをやってくれないか?」 「だから、その気はないと」 「部活紹介としては玉藻が適任なんだ」 「信頼できる図書部ってイメージを作るのが目的じゃないか」 「う、ううん……」 ためらっている。 「それに、下心満載みたいでアレだけど、玉藻の和服を見てみたい」 「似合うと思うんだ」 「いや、絶対似合う」 「似合わないとしたら、世界が間違ってる」 力強く押し切る。 「しかし、私なんかが……」 「そしたら、試しに写真を撮って、駄目そうなら別の人を探すってのはどう?」 「ふふ、譲歩したように見せて、心理的ハードルを下げる狙いか」 玉藻がおかしそうに笑う。 「バレたか」 「でも、本当に玉藻がいいと思うんだ」 一本取られた風を装いつつ、甘え気味に粘る。 「ま、まあ、和服を着るくらいなら、やっても悪くないかもしれない」 「やってくれるか」 玉藻の手を握る。 「京太郎には負ける」 「しかし、仮撮りしてダメならモデルを代えてもらうぞ」 「玉藻なら大丈夫。絶対誰よりも綺麗だ」 「まったく、口が達者で困る」 呆れたように、でも半分以上は嬉しそうに溜息をついた。 説得完了だ。 さっそくみんなにメールを飛ばし、撮影の段取りを決めよう。 「しかし、父にバレなければいいが……」 玉藻が、ぽつりと不安を口にした。 「そんときは、俺にゴリ押しされたって説明してくれ」 「いや、私が決めたことだ。京太郎のせいにはしない」 玉藻が微笑む。 こういう真っ直ぐなところが、いつも素敵だと思う。 この日の放課後、玉藻の撮影が行われることになった。 お茶を愉しんでいる和風美人、というコンセプトだ。 玉藻の和服姿が見られるとあって、部員は大はしゃぎである。 しかし、いざ和服に袖を通した玉藻が現れると、皆押し黙った。 「……ど、どうだろう?」 「……」 「京太郎、黙られると困るんだが」 「……あ、ああ……」 青紫の和服をまとった玉藻は、まさに花だった。 花とは言っても、バラみたいに派手なやつじゃない。 周囲に溶け込みつつ、それでいて存在感を失わず、密やかに笑顔を投げかけてくるような花だった。 「筧さーん?」 「……」 自分の女性に対する好みなどを、今まであまり意識したことはないが。 大和撫子と呼ばれる女性が、多くの男性を惹き付ける理由が、少しわかった気がする。 ブラボー! 絶望的なまでにファンタスティック! 「筧先輩、完全に見とれてます」 「それはそうだよ。お姫様みたいだもん」 「みたいじゃなく、本職のお姫様だしな」 「ほら、桜庭さんに何か声かけてあげてくださいよ筧さん」 「やっぱり写真はやめよう。他の男に見せたくない」 「おいおい」 「もっとちゃんと褒めてあげないと」 「せっかく勇気出して頑張ったんだから」 「ほらっ、筧さん」 女性陣に煽られるが、こっちも緊張している。 ただでさえ好みの女の子が、和服一つでさらに美しく変貌してしまうだなんて反則だ。 すぐには言葉が出てこない。 でも、玉藻が頑張って一肌脱いでくれたのだ。 「綺麗だ。すごくよく似合ってる」 「……」 無言のまま、玉藻が顔を赤くした。 髪をアップにしているため、うなじが赤く染まるのもわかる。 それが、何とも言えない色っぽさを醸し出している。 「和服って物自体が、玉藻のためにデザインされてるみたいだ」 「それは少し褒めすぎだ」 「だが、なんだその……ありがとう」 もじもじしながら、玉藻が呟く。 抱きしめたくなるいじらしさだ。 「ところで、記事の見出しはどうしましょうか?」 「撮った! プリンセスのマル秘おもてなし」 「吊り広告ですか」 「図書部の紹介なんだから、ちゃんとしないと」 「桜庭家の伝統に培われた美」 「図書部要素ないし」 「この美しさに、言葉なんて必要ない」 「え?」 「見出しなんていらない。過剰なソースは、素材の味を殺すだけだ」 「お、おお、そうかもしれないな、うん」 「(筧さん、骨抜きにされてるね)」 「(それだけ、桜庭先輩が綺麗ってことで)」 こうして、図書部紹介の写真は無事撮影された。 休日の朝、俺は玉藻の部屋に向かっていた。 今日は休みなので、2人で気晴らしにデートする予定だ。 最近とみに忙しい玉藻には、しっかり息抜きをしてほしい。 玉藻のマンションに到着。 インターホンを押すが、なかなか出てこない。 まだ寝てるのか? 30秒ほどしてから、もう一度インターホンを押す。 部屋に通されたのは、3度目のインターホンの後だった。 「京太郎……おはよう……」 完全に睡眠不足の顔だった。 「どうしたんだ、その顔」 「どうにも絵がまとまらなくて、ついさっきまで起きていたんだが」 徹夜か。 「ところで、朝からどうした?」 「いや、今日は一応デートの約束を」 「ははは、なるほど」 「つまり、私は絵にかまけてデートの約束を忘れていたというわけか」 玉藻が満面の笑みを浮かべる。 「そ、そうなるか」 「では、一足先にあの世で待っている」 言うなり、ベランダに突き進む。 「おいこら待て、やめろって」 「離してくれっ」 「私なんて女は、和服をちょっと褒められたからっていい気になって、家でもプチファッションショーを一人で開催するような女なんだっ」 「え? ああ、うん」 いきなりカミングアウトされても困る。 「ともかく落ち着け、デートはこれからすりゃいい」 「だから、一足先に行ってる」 「現世でデートしよう、な、現世デート」 「ま、コーヒーでも飲もう。よし、そこに座って俺がコーヒーを淹れるのを待つんだ」 玉藻を何とか座らせる。 徹夜明けのせいか、今日の玉藻は弾けているな。 「約束を忘れるなんて、彼女失格だ」 「別にいいさ。今日は家でゆっくりしよう」 「カップル限定、隠れ家マンションでのんびりおこもりプラン。これだ」 「限定スイーツまでついてきそうな勢いだろ?」 「言葉は恐ろしいな。見事に『なんかいい感じ』になっている」 無理矢理なフォローが功を奏し、玉藻がようやく笑ってくれた。 「絵も大事だけど、あんまり無理するなよ」 「ありがとう、注意するよ」 口ではそう言うが、どれほど効果があるか。 俺にしても、本気で無茶を止める気はない。 玉藻は、絵を描くことで戦っているのだ。 限界までやらねばならない場合もあるだろうし、やらなければ後悔する。 ただ、俺も協力できないのが少しだけ歯がゆい。 「ともかく、今日はゆっくりしよう」 「うん、そうしてくれると助かる」 「では早速、ゆっくりしながら絵の続きを」 懲りずに絵に向かおうとする玉藻。 仕方ないので、抱きついて拘束する。 「ひゃっ!? いきなり何をっ」 「今日は、おこもりデートだって言っただろ」 「というわけで、襲うことにする」 こうでもしないと、延々、絵を描きかねないのだ。 「ちょっと待て、朝からこんな……」 「玉藻」 首筋にキスをすると、玉藻の身体がぴくりと跳ねた。 「京太郎、そんな、いきなりは……」 「待てない」 「こら、嫌と言ってるわけじゃないんだ」 「でも、身体を綺麗にさせてほしい」 「ああ、徹夜だったか」 「そういうことだ」 玉藻が俺をなだめるように頬にキスをしてくれる。 「少し待っててくれ」 「わかった」 流れ上こうなったが、もちろん俺も嫌いじゃない。 などと考えていると、玉藻の携帯が鳴る。 「何だこんな時に」 仏頂面で携帯を手に取る玉藻。 びくりと身体が緊張するのがわかった。 「誰からだ?」 「……父だ……」 絞り出すように言う。 玉藻を抱く腕を解く。 立ち上がった玉藻は、裁判の判決を下されるような面持ちで携帯を耳に当てた。 「おはようございます、お父様」 詳しい内容までは聞き取れない。 だが玉藻の表情から、父親の重い口調が伝わってくるようだった。 「それで、あの……っ、お父様にお伝えしたいことがありまして、その……」 玉藻のおどおどとした視線が、俺と重なる。 俺との関係を打ち明ける気なのだろう。 「え……しゃ、写真って……」 玉藻の顔から血の気が引く。 「あ、あれは、部活の……」 「すみません、桜庭の名前を使ったことは謝ります」 「ただあれは、新聞部の人間が勝手に書いてしまったもので」 図書部の紹介に使った写真が、漏れたのか。 「いえ、気配りが足らなかったのは私です。軽率でした」 玉藻は完全に飲まれていた。 すでに自己主張をする余裕なんてないだろう。 玉藻の、俺に謝るような濡れた視線。 謝る必要なんてない。 「携帯、貸してくれ」 玉藻に手を突き出す。 「えっ……」 「あ、その、お父様……今のはその」 玉藻が言えないなら俺が言う。 こちらから堂々と名乗り出れば、父親も玉藻を責めることはないだろう。 「もしもし、突然電話を代わりまして申し訳ありません。私……」 「筧京太郎君だね」 重い声が、どすんと来た。 お見通しか。 玉藻は、俺のことを一切親に話してないと言っていた。 高峰ではないだろうが、学園にいる誰かが情報を提供しているのだ。 「はい、私が筧京太郎です。玉藻さんとお付き合い……」 「私は娘と電話していたのだ。代わってくれないか?」 重いナタで切り落とされるように、言葉を中断させられる。 「いえ、代わる前に一つ言わせて下さい」 「写真の件ですが、あれは私たちが玉藻さんに無理矢理頼んだもので、本人の意志ではありません」 「なるほど、玉藻の責任ではないと」 「はい、誠に申しわけございませんでした」 「では、そのようなことを強要する人間との付き合いは断ってもらわないといけないか」 「それは玉藻さん本人が決めることだと思います」 「ははは、威勢がいいな」 「後日、娘の顔を見にそちらへ行く予定だ。詳しいことはその時にでも聞こう」 「日時は後ほど連絡するので、娘にそのように伝えてくれ」 わかりました、と返事をする前に電話は切れた。 どっと冷たい汗が吹き出た。 「親父さん、今度顔を見に来るって言ってる」 「相変わらずだ……突然すぎる」 頭痛を堪えるように、玉藻が額に手を当てる。 「これは私の問題だ。京太郎が父に会う必要はないと思う」 「いや、会うよ」 先方には、詳しいことは今度と言われているから、逃げるわけにはいかない。 いや、そういう口約束がなかったとしても、直接会って自己紹介をしたい。 「すまない、巻き込んでしまったようだ」 「俺こそいきなり悪かった」 「いや、すごく嬉しかったんだ、私は」 玉藻が身を寄せてきた。 薄い肩を抱く。 そのまま唇を重ねた。 「ん……京太郎?」 「ちょうどいい機会だったよ」 「いずれ挨拶はしなきゃいけないんだ。ここでしっかり決めておこう」 玉藻が、無言で俺の胸に顔を押しつけた。 そのまま押し倒されるように横になる。 「ばか、これ以上格好良くなってどうするんだ」 「ただの読書馬鹿だ」 「だとしても、私にとっては最高にかっこよく見える」 「こんな立派な彼氏なんだ。早く父親に自慢しないと」 顔を上げ、玉藻が笑った。 「ああ、一緒に頑張ろう」 「京太郎」 玉藻の唇が近づいてきて、もう一度重なった。 放課後になり、メンバーが集まってきた。 俺はといえば、授業そっちのけで読書である。 「あれ、筧さん。読書なんて久しぶりですね」 「んー、そうな」 つい返事がおざなりになってしまう。 「なんか凄い集中力ですね、鬼気迫るというか」 「佳奈、本のタイトル」 「『挨拶の作法〜娘さんをください編〜』?」 「『義理の父と仲良くやるには』?」 「お前、早くも覚悟を決めたのか!」 「玉藻ちゃん、おめでとう」 白崎が玉藻の手を取る。 「あ、いや、別に結婚するわけではない。ただ単に親が来るだけだ」 「でも、挨拶するんだから真面目には考えてるんだよね?」 「真面目だが具体的には考えていない」 「おい筧、大事な話だぞ」 「……ビールを注ぐときはラベルを上に、か」 「聞けよおい」 騒がしくなってきたので、本を置く。 「俺だって真面目に考えてる。だから勉強してるんだ」 「ハウツー本なんかで効果あるんですか?」 「読まないよかマシだろ」 「玉藻ちゃんのお父さんって偉い人だよね。礼儀作法とか厳しそう」 「優しくはないな、決して」 「それは桜庭先輩を見ていればわかります。動きが綺麗ですから」 「いや、こほん、御園に褒められると恐縮するな」 妙なところでテレている玉藻。 「桜庭さんを基準にされると、私たち凡人は厳しいですね」 「元藩主の家柄だもんね」 「く……胃が……」 胃がキリキリしてきた。 「でも、筧先輩は高峰先輩と違って軽くありませんし、成績もいいから大丈夫じゃないでしょうか」 「私も、京太郎なら問題ないと思っているんだが」 「そりゃ自慢の彼氏だもんなあ」 「ああ、そうなんだ……」 「おい、高峰、何を言わせるんだ!?」 玉藻が真っ赤になる。 「……酒を注がれたら、まず一度は口をつけてから置く、か」 「筧さんっ、桜庭さんの最高に可愛いポイントをスルーしないで下さいっ」 「あ、悪い、もう一回頼む」 「やるか馬鹿」 玉藻が仏頂面になる。 「そりゃ自慢の彼氏だもんなあ」 「やらないと言ってるだろ」 「玉藻、悪かった」 「あ、いや、京太郎はわざわざ勉強してくれているんだ、私は責める立場にない」 「それより、胃が痛くなるほど思い詰めないでくれ。御園の言った通り、京太郎なら大丈夫だ」 玉藻が慈愛に満ちた言葉をくれる。 だからと言って甘えていたら、男がすたる。 「ありがとう、でも、できるだけ頑張ってみる」 「筧くん、男らしい」 「これは、私たちも何かお手伝いせねばなりません」 「ここで恩を売っておくのも悪くないですね」 玉藻を除く女性陣が、作戦会議を始める。 結局、礼儀作法の特訓が必要だという結論に至り、俺たちは白崎の家に向かった。 部室では床に座れないから都合が悪いということだ。 「さて、お義父さんに認められるためにはどうすれば、という議題ですが」 「この中で、恋人が父親に挨拶してくれた経験がある方はいらっしゃいますか?」 無言。 電車の音だけが響く。 「では、以上で会議を終了します」 「聞くまでもないよね」 玉藻は率先して俺の隣の席に座ってくれた。 話のネタにされているのが恥ずかしいのか、申し訳なさそうな目で俺を見てくる。 「ドラマとか漫画の知識じゃ駄目かな?」 「実戦経験がある人がいませんので、この際なんでもいいかと」 「投げやりだな」 「半分のろけ話ですし」 「なっ、私はそういうつもりじゃ」 「無自覚ならなおさらいただけないかと」 「あー、ちょっと待って待って」 女性陣がわいわい始める。 「なんか別の話題で盛り上がってんだけど」 「だな」 女子の黄色い話題についていけない同士、苦笑する。 「しかしまあ、筧も大変だよな」 「いざとなったら、姫と駆け落ちでもしてみるか?」 「極力したくないなあ」 「お、一応、選択肢としてはあるのか? いいねぇ」 「姫、筧がお前と駆け落ちしてもいいってさ」 いきなり玉藻に告げ口だ。 「ちょっと待て、荷造りに多少時間がかかる」 行く気満点かよ。 相変わらず議論がまとまらない集団だった。 「どうぞ、粗茶ですが」 白崎が煎茶を出してくれる。 「ああ、どうも」 「どうも、じゃないです。そんなフランクな返事がありますか」 「はい、すみません」 「それよりあぐらは駄目だよ。正座しないと」 「いや、正座は苦手で」 「苦手を克服するための特訓ですよ。さあ、さあさあっ」 しぶしぶ正座をする。 今までの人生でほとんど正座をしてこなかったので、これは堪える。 「背筋を曲げないで下さい」 「おう」 ぐっと胸を張る。 「つらい思いをさせてすまない」 「いや、これも親父さんに好印象をもってもらうためだ」 「しかし、礼儀作法の特訓などしなくても、京太郎は十分、その魅力的だ」 「玉藻……」 「(なんですかこの展開)」 「(ふふふ、ラブラブだね)」 「桜庭先輩、筧先輩に甘すぎます」 「では、正座をしたまま次のステップへ進みましょう」 「ザ・予行練習です!」 なんか怪しい雰囲気になってきたな。 「んじゃ、俺は殿様役な」 「では、私は桜庭さんの役で」 「かーけいさんっ♪」 佳奈すけが腕に絡みついてきた。 「本人がここにいるだろう、ここに!」 玉藻が佳奈すけを引きはがす。 「二股を掛けている時点で気に食わんっ、出直してこい!」 「高峰くん、まだ始めないで」 ぐだぐだの出足は気にせず、俺と玉藻は並んで正座する。 「さて、麻呂の娘を欲しいと申すは、そちか?」 「父はそんな言葉遣いはしない」 「じゃあ、やり直し……こほん」 「で、何だっけ? 娘が欲しいって?」 小指で耳を掃除しながら高峰が言う。 いきなりゲスになったな。 「はい、娘さんと結婚させていただければと思っています」 「大変申し上げにくいのですが、玉藻さんのお腹には、もう……」 「ごほごほごほっ!?」 「京太郎っ!?」 「ということはありませんので、まずはご安心を」 「……若いのに、肝座ってんじゃねーの」 高峰がやおら立ち上がる。 そして、ファイティングポーズを取った。 「来いよ。桜庭家は、外様とはいえ関ヶ原では数々の武勲を上げた家柄だ」 「どうしても俺の娘が欲しいってなら、俺を倒してからにするんだな」 「アホか」 早くもグダグダだった。 予行練習は早々に頓挫し、結局は正座特訓だけが残った。 もう、足の感覚がない。 目の前のテーブルでは、白崎お手製の鍋が美味しそうな湯気を上げている。 「しかし、あの筧が女の子のために特訓ねえ」 「あ、ポン酢取って」 「正座はいいが、頭の上のコップは何とかならないのか」 「特訓ですから」 「高峰先輩、お肉ばかり取らないで下さい」 「コップの中の水をこぼさないようにすれば、自然と姿勢が良くなるよ」 「灰汁取るから、ちょっと待ってね」 どっちかと言うと、みんな豚しゃぶ鍋に夢中だった。 「俺たちと鍋、どっちが大事だ?」 「答えにくいこと聞くなよ、デリカシーが足らんぞ」 「お前がな」 身体のバランスを崩さぬよう、豚肉を食べる。 緊張で味がわからない。 「敵を知り己を知ればって話もありますし、やっぱりお父さんのデータが欲しいですね」 「ドラマなどに出てくる厳格な父親を想像してもらえば、大体合っていると思う」 「筧先輩のお父さんはどうですか?」 「俺の? まあ、普通だよ」 と、言えるほど知らないが、適当に流しておく。 俺の過去は、みんなにもほとんど伝えていない。 「このお鍋の味付けは、お父さんに教わったんだよ」 「大学時代に、友達とよく鍋パーティーしてたんだって」 「へえ、楽しそうな学生生活だったんですね」 「うん。お父さんの若い頃の話なんかも、その時初めて聞いてびっくりしちゃった」 「親のことって、わかってるつもりでもぜんぜん知らないよね」 「私は、父には厳しいという印象しかないが……深く話してみれば変わるものかな」 「いや、話す前にこっちがプレッシャーに負けてしまうか」 一人言のように玉藻が呟く。 「そんなに厳しいご両親なのに、よく汐美学園に入学させてもらえたね」 「一人暮らしがほとんどだし、目が届きにくいと思うんだけど」 「私以外にも、父と定期的に連絡を取っている人間もいるらしい。しっかり監視されてるよ」 玉藻が苦笑する。 ちらっと高峰を見るが、はなっからこっちを見ていなかった。 「お父さん、攻略難しそうですね」 「ここは、むしろお母さんを狙ってみるのはどうですか?」 「それだ!」 「ちょっと陰のある文学青年は鉄板ですよ。この作戦で行きましょう」 「当然却下だ」 結局、父親攻略の糸口が見つからない。 とは言っても、最初から正攻法しかないのはわかっているのだ。 「んじゃ、買い出し行ってくるわ」 ジャンケンに負けた筧が、痺れた脚を伸ばしつつ1人買い出しに向かう。 扉が閉まったと同時に、残ったメンバーが顔を見合わせる。 「ふう、ちょっと緊張したね」 「何がですか?」 「筧くん、昔のこととかご家庭のことをほとんど喋らないでしょ?」 「まあガード固いわな」 皆が認識していることだった。 周囲も、本人が語らないことを掘り出す趣味はなく、結果的に筧の過去は未だ明かされていない。 「私は、京太郎に無理をさせているのだろうか」 「本人が嫌がってないんだから、いいんじゃない?」 「でも、いくら私のためだといっても、そのせいで京太郎を傷つけることになったら」 「つっても、姫、まんざらでもない顔じゃんか」 高峰の指摘に、桜庭は慌てて扇子で顔を隠す。 「ま、彼氏が一生懸命やってくれてりゃ、そりゃ嫌な気はしないか」 「ち、違う、私は京太郎のことを心配して」 「私は隠さなくてもいいと思いますよ。誰だって桜庭さんみたいな感情はありますし」 「しかし、なんというか、自分が下品な気がする」 彼氏が困っているのを見て嬉しくなるなんて、と桜庭は思う。 「玉藻ちゃんは、本当に筧くんを好きなんだね」 「そ、それはまあ……私にとって筧は、その……」 「……何ものにも代えがたい」 蚊の鳴くような声で言う。 「……」 「か、可愛すぎるよ、玉藻ちゃん」 「ええっ!?」 「よーし、現時刻をもって、桜庭さんを鈴木的世界遺産に認定します!」 白崎、御園、鈴木の三人が桜庭に抱きつく。 「なんなんだお前らは!? あ、こら、くすぐったい」 「俺も混ぜてー」 高峰が手をワキワキと動かす。 「ははは、こら、高峰、近づいたら殺すぞ」 「あっ、こらっ、死にたくなかったら、ははははっ、動くな……」 「笑顔で言われると、妙に怖いな」 一瞬でしゅんとなる高峰だった。 今日も今日とて、特訓は続く。 学園でも頑張っているが、やはり部室では集中できない。 「特訓どころか、遊んでばかりだった」 「まったくだ」 「しかしあれだな、正座ってのは結構来るな」 帰宅してから、ずっと正座だ。 足の感覚はゼロで、粘土の塊が膝下にくっついている気分だ。 「正座は慣れだ。少しずつ時間を延ばしていけばすぐ長時間耐えられるようになる」 「悠長に構えてられないわけだが」 「無理しなくていい」 「京太郎は京太郎のままで、私に合わせてくれなくても」 「それはもう何度も話しただろ」 玉藻は優しいのだ。 面倒事を人任せにして、黙ってはいられない。 いつも辛いことは自分だけで飲み込んで来た。 「まったく、もう一度言わなきゃ駄目か?」 「俺は……あたたっ」 立ち上がろうとしたが、正座のしびれで足元がふらつく。 「京太郎っ!?」 「きゃっ!?」 「悪い」 玉藻を巻き込んでコケてしまった。 「玉藻、大丈夫か」 「……」 「……玉藻?」 「あ、すまない」 謝るが、玉藻はなかなか俺の上からどこうとしない。 やや潤んだ目で、俺の瞳をじっと覗き込んでくる。 「やはり、私は京太郎が好きなんだ」 「いきなりどうした」 「いきなり言いたくなったんだ」 玉藻の心地よい重みが身体にかかる。 接している全ての部分が柔らかく、抱きしめたくなる。 「京太郎が父に会うと言ってくれたとき、私は本当に嬉しかったんだ」 「今日だって、京太郎が頑張ってくれているのを見て、内心満たされるものがあった」 「彼氏が胃を痛めているというのに」 「ははは、満足してもらえて何よりだ。彼氏としても嬉しいよ」 「怒るところだろ」 「まさか」 「彼氏がアホなことをやって彼女が喜んでるんだ。どこに怒ればいいかわからない」 「馬鹿」 苦笑して、玉藻がぎゅっと抱きついてきた。 俺の彼女は相変わらず可愛い。 こういうリアクションをされると、もっと頑張りたくなるな。 「彼女の前じゃ、いつまでもカッコつけたくてしょうがないんだな、男ってのは」 「もう十分だ」 「これ以上好きになってしまったら、私がどうなるかわからない」 玉藻の身体が熱を持った気がした。 「玉藻」 「京太郎」 お互いの気持ちを探る、特有の無言。 放っておくと、このままなだれ込みかねない。 「すまん、そろそろ起き上がらせてくれないか」 「……わかった」 玉藻の手が下半身に伸びる。 「いや、そっちを起こすんじゃなくて、このままだと理性が続かないから」 「あれだ、ほら、礼儀作法の特訓しないとまずいだろ?」 一瞬の沈黙の後、玉藻の顔が漫画みたいに真っ赤になった。 「あ、ああ! もちろん! そう、特訓しないと」 「わかってる、わかってるぞ。モチのロンだ」 はははは、と照れ隠しの高笑いをしつつ、玉藻がどいてくれた。 玉藻の体温を名残惜しく思いつつも、起き上がる。 「さて、そろそろ正座以外の作法も教えてもらわないと」 「もしかしたら、一緒に食事をするかもしれないし、箸の上げ下げからやってみよう」 上がった体温を冷ますように、練習の準備に取りかかった。 様々な礼儀作法の特訓を行い、数日が過ぎた。 「調子はどうだ」 「んー、そうだな……」 一緒に登校しながら、最近のことを振り返る。 まず正しい姿勢を徹底的に叩き込まれた。 背筋を伸ばす。 下を向かない。 重心をどうこう。 「玉藻は、子供のことからあんなこと仕込まれてたのか」 「昔は嫌で仕方なかったが、今は感謝しているよ。身につけておいて損することじゃない」 「付け焼き刃で大丈夫かな」 「意識しているのとしていないのでは、ずいぶん違うと思う」 玉藻が俺の立ち姿を眺める。 「うん、かなり良くなっている」 「そっか。効果出てるんだな」 逆に、今までの俺は玉藻の目にどう写っていたのだろうか。 聞かぬが花という奴か。 姿勢の他には、食事マナーや立ち居振る舞いなどを教えてもらったが、身についていることを祈ろう。 「どうやら、私の想像以上に成果が上がっているようだな」 玉藻がニヤニヤする。 「どういうこと?」 「いつもより、女子に見られていると思わないか?」 周囲を見回す。 目が合った数人の女子が、きゃっと声を上げ足早に去って行く。 「好意的な反応という解釈でいいのか?」 「もちろん。姿勢が良くなるだけで、人は3割増しはスマートに見える」 「まったく自覚ないけどな」 「ははは、作法というのはそういうものだ」 「(いやしかし、これ以上ライバルが増えるのは困るな)」 急に黙り込み、手を繋いできた。 「どうした?」 「いろいろあるんだ、事情が」 顔を赤くしつつ前を向く。 「ま、多少は効果が上がってるようで良かった。彼女の気も引けてるらしいし」 「何のことかわからないな」 「さ、行くぞ」 顔を見られないようにか、玉藻が俺の手を引いて歩きだした。 「うん、特訓の成果出てるよ。前よりシュッとした気がする」 「ですねえ。筧様って感じです」 図書部の女子にも割と好評だ。 「女装のクオリティも上がりますね」 「これで筧も若殿か」 「だといいが」 「おっ、早くも婿入り意識しちゃってる。いいねー」 考えたこともなかったが、玉藻と結婚するとなれば、俺は婿入りだろうな。 何しろあっちは元藩主の名家だ。 場合によっては、家柄が釣り合わないので『結婚は認められん』的な話になるかもしれない。 「私も礼儀作法とか頑張れば、女子力上がりますかね」 「ああ、誰だって上がる」 「じゃあ、今度、玉藻ちゃんに特別レッスンしてもらおうか」 「今からだってできるぞ。さ、まずは正座だ」 「えっと、今日はちょっと体調が優れないので」 挫折早いな。 「お前な、そんな覚悟で」 「さ、さーて、今日の活動を始めましょうか」 小言が始まる前に、書類の整理を始める佳奈すけ。 「まったく、仕方のない奴だ」 「ははは、いいじゃねーの」 「よし、筧、俺たちも依頼こなしに行くか」 「おお、そうだったな」 今日の活動は、園芸部の引っ越しの手伝いだった。 さっさと始めて、さっさと終わらせよう。 園芸部の引っ越しが片付いた。 お礼にもらった缶コーヒーを飲みつつ、部室を目指す。 「いやまあ、しかしアレだよな、筧もどうすんのよ」 「何が?」 「姫のことだよ」 「お義父さんにご挨拶ってことは、流れによっちゃ将来も考えておかないといけないかもだぜ」 「まさか。向こうだってこっちの年齢わかってるだろ」 「相手は名家だぞ。なんならガキの頃から許嫁がいたっておかしくない世界だ」 「余計なお節介だけどよ、何となくの勢いでご挨拶ってのはお互いのためにならないぞ」 高峰は、汐美学園に多数いる桜庭家のお目付役の一人だ。 そいつが言うのだから冗談じゃないのだろう。 「結婚、か」 コーヒーを飲みながらぼんやり考える。 まったくイメージが湧かない。 しかし、玉藻を好きなのは事実だ。 結婚が恋愛の延長線上にあるかは置いておくとして、俺は玉藻と離れたくない。 「わかった。考えとくよ」 「あ、考えるんだ」 高峰が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。 「自分で振っておいてそれかよ」 「結婚とかないわ、ははは……で終わるのかと思ってた」 「なめてもらっちゃ困る」 「いやー、あの筧君がねえ、そうですかそうですか」 満足げに顎を撫でる高峰。 「ちなみに、親父さんってのはどんな人?」 「真面目でいい人だぜ? ちょっと堅すぎるところもあるが、まあ藩主はあれくらいじゃないと」 「高評価じゃないか」 「外部の人間からはな。ご家族であらせられる姫がどうお考えかは、筧の方が知ってるだろ?」 「人間、誰しも内向きの顔と外向きの顔がある」 「外では立派だが、家族のこととなると熱くなっちまうってことか」 「一応補足しとくが、殿様は姫を大事に思ってる。そこは間違わないでほしい」 「なるほど」 今まで読んだ小説の登場人物から、性格が近そうな人物を検索し、イメージを固める。 俺の父親とは大違いだ。 「ちなみに、筧は親御さんに話通してるのか?」 「……ま、上手くやってるよ」 咄嗟にそう返した。 話を通すにしても、誰に通せばいいのかもわからない。 「なら良かった」 「筧の家のことって聞いたことなかったから、ちょっと気になったんだよ」 「あんま言ったことなかったしな」 結婚だの何だのの前に、玉藻には、まず俺の話をしなくちゃいけない気がする。 常識的に考えれば、玉藻も俺の家族や生い立ちは知りたいだろうし。 ないと信じたいが、最悪、玉藻に俺が敬遠される可能性もある。 「玉藻とも、いい感じにやっとくよ」 俺の返事に満足したのか、高峰は大きく頷いた。 高峰に指摘されなければ、俺は家族の話をスルーしたままだったかもしれない。 「高峰には世話になりっぱなしだ」 「は? 何の話?」 「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」 「いいよなー、彼女がいるって。俺もほしいわ、ホント」 そう言って、高峰は空いた缶をゴミ箱に投げ入れた。 家に帰ると、玉藻はすぐさまカンバスに向かった。 夜遅くまで描き続け、気が付くと明るくなっていることもままある。 俺は、家事を手伝いつつ傍で見守ることが多い。 無理をしすぎないようブレーキを掛けるためだ。 「玉藻、飯できたぞ」 「すう……すう……」 椅子に座ったまま寝ている。 「ん……また眠っていたのか私は」 「よく寝てたよ。飯できたぞ」 「ありがとう。さっそくいただこう」 二人で食事を始める。 「絵の調子はどう?」 「ボチボチだ。父が来るまでには仕上げてみせる」 「親父さん、絵を認めてくれると思うか?」 「わからない。でも、恐らく難しい」 「あの人にとって、絵は私の勉強を邪魔する要素でしかないだろうから」 「私の絵が上手いかどうかにも関心がないと思う」 親父さんにとっては、勉強だけが正解なのだ。 絵だろうがスポーツだろうが、遊びだろうが、勉強の邪魔になるものは例外なくNG。 どんな絵を描いているのか、上手いのか下手なのか、一生懸命なのか片手間なのか── そういうことには一切興味がないのだろう。 好きの対極は無関心、とはよく言われることだ。 絵をけなされるならまだしも、スルーされるのは、玉藻としちゃ一番堪えるだろう。 「でも、なんと言われようが、私は絵をやめない。好きでやっているんだ」 「だから、もしかしたら、父とは手と手を取り合って大団円とは行かないかもしれない」 「そのときは許してほしい」 「ああ。俺はいつでも玉藻を応援する。それだけだ」 玉藻は、かつてのように親の求める理想の子供になろうとしていない。 自分を保った上で、できるだけ親の期待に応える方向にシフトしている。 付き合い始めた頃から、ずいぶん変わったよな。 俺も負けてはいられない。 避けていたことに立ち向かおう。 「玉藻に言わなきゃいけないことがある」 「どうした急に?」 「俺の親のことなんだ。玉藻の親御さんの話ばっかりで自分のことを話してなかった」 「触れてはいけないことだと思っていた」 「実際、避けてたよ。普通の家じゃなかったから」 玉藻の表情が硬くなる。 「待て、私が聞いてもいいのか?」 「もちろん」 「玉藻には聞いてほしいし、話すなら玉藻が一番最初だ」 居住まいを正した玉藻に、俺は過去を打ち明けていく。 父親のこと、母親のこと、施設にいたこと。 そして、今現在、家族と呼べる存在がいないことを。 俺が話し終えると、玉藻は大きく息を吐いた。 そして、俺の手を握った。 今頃になって、自分の手が汗ばんで氷のように冷たくなっていたことに気づく。 自分ではすっかり受け入れた過去だと思っていたが、他人に話すとなると緊張するようだ。 「苦労したんだな、京太郎」 「どうかな」 肯定するのが恥ずかしく、曖昧にした。 そんな俺を、玉藻が優しい表情で見つめている。 何故か、不意に泣き出したい気持ちになった。 「話してくれて嬉しい」 「悪いな、楽しい話じゃなくて」 「いや、京太郎に関する話は何でも楽しいんだ」 「それに、楽しくない話を共有できてこその恋人だと思う」 「ありがとう、玉藻」 玉藻の真っ直ぐな愛情が嬉しい。 嫌われるかも、なんて懸念は杞憂だった。 「だが、どうして、いま話してくれる気になったんだ?」 「もしかしたらだけど、玉藻の親父さんが俺の家庭環境を調べてるかもしれないだろ」 「場合によっちゃ、今度会うときに指摘されるかもしれない」 「あの人ならやりかねない」 玉藻が懺悔するような暗い顔になる。 「その時になって玉藻が初耳だったら申し訳ないんで、いま打ち明けたんだ」 「将来のハードルになるかもしれないし」 「将来、か」 「……将来っ!?」 玉藻がまじまじと俺の顔を見た。 「いや、ダイレクトにそういう意味じゃなく、何となくの未来だよ」 「そ、そ、そうだな。ははは、思わず興奮してしまった」 慌てて咳払いをする玉藻。 「しかし、恥ずかしいな」 「京太郎がそれだけのものを一人で抱えていたのに、私は自分の家の話をしてばかりだった」 「いや、玉藻の苦労は現在進行形だろ。俺はもう過去の話だし、痛みが違う」 「比べるものじゃないだろう」 「はあ、せめて自分の子供は泣かせたくないものだ」 「そうだな」 笑い合ってから、思わずマジな顔になる。 「もしかして、できたりしたのか?」 「ば、馬鹿、もしもの話だ」 「だ、だよな。いや、ははは。びっくりした」 「露骨に安心されるのも複雑な気分だ」 「そういう意味じゃないって」 ぶすっとしながら飯を食べる桜庭をなだめる。 何はともあれ、過去を告白できて良かった。 あっという間に時は過ぎ、親父さん襲来の前日となった。 玉藻の絵は昨夜ようやく完成し、俺の正座耐久力もずいぶん伸びた。 「おう、筧、今日は1人か」 「玉藻は買い物があるんだとさ。購買に行ったよ」 「お義父さんとの勝負、とうとう明日だね」 「礼儀作法以外に、何か対策立てたんですか?」 「好みのお茶菓子を用意するくらいは」 「ぬるいっ」 佳奈すけが言い切った。 「ほう、じゃあ他に何かネタあるか?」 「ありませんっ」 「お前、帰れ」 「失礼しました」 「あ、そうだ、わたしたちで、お父さんに手紙を書くって言うのはどうかな?」 「筧くんはこんなにいい人なんですよって紹介するの」 「推薦文みたいなものですか」 白崎が嬉しそうに頷く。 「確かに、このままじゃただの礼儀正しい人で終わっちまうもんな」 「そういう認識かよ」 「では、筧先輩のいいところを挙げていきましょう」 恥ずかしい展開になった。 「食事はオニギリと水でOKなので、低燃費です」 「エコカーか」 「何でも知ってるから、辞書いらずだね」 「携帯か」 「ツッコミ体質なので、一緒にいると退屈しません」 「……」 「さあ、あとは何か出ますか?」 「優しいから女の子にモテる、とか」 「逆に不安材料なのでは」 「筧、今まで読んだ本の数は?」 「数えてない」 「困っているときに助けてくれる」 「助けたことあった?」 「あったよ。ミナフェスの時とか、ほら、一昨日だって」 白崎があれこれ説明してくれる。 なんともこそばゆい。 「白崎さんからすると、筧さんって、優しくて助けてくれて知識豊富な人なんですね」 「そうそう、すごい人なの」 「もう告白したらどう?」 「ちょっと! 筧くんは玉藻ちゃんの彼氏さんなんだよ」 「大丈夫大丈夫、今いないし。俺たちも内緒にしてるから」 「いるが」 「のわあああっ!?」 気がつくと、玉藻が入口に立っていた。 「た、玉藻ちゃん、いつからそこに!?」 「白崎が京太郎の良さを滔々と語っているところからだが」 「ち、違うの、わたし、筧くんをそういう目で見てたわけじゃ」 俺と関係ないところで修羅場になっていた。 「わかってる。人の長所をたくさん見つけられるのは白崎の美点だ。邪推などしていない」 「しかしまあ、そんな白崎を焚きつけようとするこの男はどうかと思うが」 玉藻が、閉じた扇子で高峰の首筋をピタピタ叩く。 「や、やだなあ、ちょっとしたパーティージョークじゃない」 「あー、ほら、高峰も、一応俺たちのこと心配してくれてたわけだから」 「わかってる。こっちもおふざけだ」 にやりと笑い、玉藻は定位置に座った。 「ちなみに、桜庭さんから見た筧さんのいいところは?」 「辞書いらず」 「やっぱそこかよ」 「冗談だ。全部いいところに決まってるじゃないか」 「外見、性格、すべていい」 玉藻が少し恥ずかしそうに笑う。 「参考になりませんね」 「もう少しこう、具体性のあるものを……」 などと、ごちゃごちゃ言いながら話し合いは続いた。 部活が終わり、俺と玉藻はマンションに向かう。 いよいよ、明日は親父さんとの勝負だ。 「何だか緊張してきたな」 「私もだ」 玉藻が手をぎゅっと握ってきた。 お互い緊張のせいか言葉は少ない。 「なあ、京太郎、一つ伝えておきたいことがあるんだ」 玉藻の表情はどこか覚悟を秘めている。 「先日は、半分冗談で『将来』の話をしたが、父がどのように思っているかはわからない」 「つまり、その……冗談ではなく……」 「結婚か」 「ああ、そうだ」 玉藻が大きく息を吐く。 「うちは古い家だ。考え方も古いし、みんなが驚くような行事が残っていたりもする」 「筧のことも、ただの彼氏ではなく、花婿候補として考える可能性が高い」 「仮に明日が首尾よく行ったとして……いや、逆に首尾よく行くと、もう後戻りはできないかもしれない」 「破談にはできるだろうが、京太郎に多大な迷惑を掛けることになる」 玉藻が、迷い迷いしながら言葉を繋ぐ。 何かを言い出しかけている。 「覚悟はしてるよ」 「ありがとう」 「でも、これは一生のことなんだ。冷静に考えてほしい」 「冷静だ」 「俺の中には、玉藻とずっと一緒にいたいかそうじゃないかって判断基準しかない」 「で、だ」 玉藻をしっかり見つめる。 「俺は、お前とずっと一緒にいたい。だから、そのために行動する」 「京太郎……」 ぼうっと発熱したような顔になる玉藻。 「いいのか、私なんかで」 「玉藻がいいんだ」 「信じられない」 玉藻が両手で顔を覆う。 みみたぶや首筋がどんどん赤くなる。 端から見たら、泣かせたみたいになってしまった。 「玉藻、ほら」 顔を覆う手をはずそうとすると、頑強に抵抗される。 「駄目だ、嬉しすぎて破裂しそうだ」 「顔見せてくれよ」 「絶対にひどい顔になっている」 「ふんっ」 手を外す。 「……」 「……」 火が出そうなほど紅潮した顔。 涙で潤んだ上目遣いの瞳が、俺をじっと見つめている。 ほつれた髪が2、3本、興奮で汗ばんだ頬に張り付いていた。 「大丈夫だ、可愛いよ」 「わあぁっ」 また顔を隠そうとするので、がっちり押さえる。 「ぐっ、何をする」 「落ち着け、話が進まない」 「そ、そうだな、話を進めよう」 玉藻が咳払いをする。 「つまり、俺は玉藻と一緒にいる」 「そこからやり直しか」 扇子を取り出し、顔をパタパタと扇ぐ。 「私だって、京太郎と死ぬまで一緒にいたいと思う。いや、いたい」 「なんで怒ってんだよ」 「こうでもしないと、抱きついてしまいそうなんだ」 「馬鹿」 「馬鹿とはなん……」 真っ赤になっている玉藻を、ぎゅっと抱きしめる。 周囲がざわつくのが、気配でわかった。 でも関係ない。 「京太郎……私とずっと一緒にいてほしい」 腕の中で、玉藻がかすれるような声を出す。 「俺もだ」 「親父さんに何を言われても負けない」 「私も、父から何を言われようとも自分を貫く」 「お前は笑うかもしれないが、これは、私の反乱なんだ」 「父に逆らったことのなかった私の、小さな反乱だ」 「俺が支えるよ」 「ありがとう、京太郎」 それっきり、玉藻は口を閉じた。 お互い将来を誓い合った後、若干だが変化はあった。 まず、玉藻の部屋に俺の歯ブラシが置かれた。 食器棚には2人分の食器、冷蔵庫には2人分の食材。 これは親父さん向けの同棲アピールなんだろうか。 インターホンが鳴ったのは13時ちょうど。 1秒の遅れもない。 初冬にしては暖かい午後だったが、室内の空気が一気に引き締まった。 「迎えに出てくる」 「よろしく」 軽く手を握り合ってから、玉藻はマンションのメインエントランスまで出て行った。 数分後、俺と玉藻の向い側には、壮年の男性が座っていた。 清潔感のある顔立ちで、瞳からは知性と強い意志が感じられる。 立ち居振る舞いには無駄がなく、かつ自然。 周囲を観察することもなく、どっしりと腰を下ろしている。 こっちがお客になったようだ。 「君が筧君か」 口調は穏やかだが、視線は鋭い。 身体の裏側まで見通されるような気がしてくる。 「はじめまして。玉藻さんとお付き合いさせていただいている筧京太郎です」 「最近の若者にしては姿勢が良い。努力の跡が見えるな」 「ありがとうございます」 努力を見抜かれるということは、俺の動きに不自然なところがあるということだ。 付け焼き刃じゃ駄目か。 「あの、お父様……」 玉藻が口を開いた。 極度の緊張のためか、身体が二回りも小さくなってしまったように見える。 「今日はその、お伝えしたいことが」 「私は筧君に会いに来たのだが」 「……っ」 「いえ、私からお伝えしたいことがあるのです」 向かい風に抗うように、玉藻が言葉を続ける。 「今、私は、絵画を始めています」 「やめたと思っていたが」 「最近、再開しました」 「学業と両立できるのなら、趣味を持つのは良いことだ。人としての幅を広げてくれると思う」 「ただ、今の成績で趣味を持つ余裕があるのかは考えなくてはならない」 「まだ成績が低いと仰るのですか?」 「少なくとも、そこにいる筧君を負かしてほしいものだ」 俺の成績も把握しているのか。 「私は、絵の道に進むことも考えています」 「一体どれだけの人間が、絵で食べていけるようになると思う?」 「私は、娘をそういう道に進ませたくはない」 「挑戦してもいいはずです」 「今まで、いくらでも挑戦する時間はあったはずだ」 「それは、勉強が」 「どうしても絵をやりたい、という熱意を感じたことはなかった。単に、勉強からの逃げ道にしたいだけではないか?」 「う……」 押しつぶされるように言葉を失う。 玉藻は、父親の要求に応えようと必死に勉強してきたのだ。 だからこそ、絵も控えてきた。 それを父親は、熱意がないと判断していたのだ。 理不尽だが、正論と言えなくもない。 「せめて、玉藻さんが描いた絵をご覧いただけませんか? 今日に合わせて一生懸命描き上げたんです」 「気が向いたら後で見よう」 「それより本題だ」 玉藻の話を素っ気なく横へどけ、親父さんは俺に視線を向ける。 「まず、君と玉藻の関係について説明してもらおう」 「私は玉藻さんと、交際させていただいています」 「桜庭家の長女と交際するということの意味はわかっているかな?」 「わかっているつもりです。玉藻さんとも将来の話をしています」 「そうは言われても、こちらにも事情がある」 「もう決めました」 這い上がるように、玉藻が言う。 「この誓いだけは、絶対に守ります」 「誰に何を言われても、曲げるつもりはありません」 正座した膝の上に置かれた拳が、小刻みに震えている。 どれだけの勇気を振り絞っているのだろう。 「難しいな」 新聞のページをめくるくらいの軽さで、玉藻の決意は流される。 「こういうものがある」 親父さんが、テーブルの上に一葉の写真を出した。 やや色褪せたそれには、無表情な子供が写っていた。 俺だ。 自分で言うのも何だが、ぞっとするような、底暗い目をしている。 よくこんなものを見つけたものだ。 「私の写真ですね」 「失礼だが調べさせてもらった」 「こういうやり口は、いかがなものかと思います」 「君たちの交際が遊びではないのはわかっていた。だからこそ、私も真剣に対応したのだ」 「私は構いません」 「過去は変えられませんし、今後のことを考えれば知っておいていただく必要があるかと思います」 「残念だが、今後はないと思ってもらいたい」 親父さんの、重量のある視線を受け止める。 この程度のやりとりは想定の範囲内だ。 「認めていただけるまで、何度でもお願いしたいと思っています」 「君の父親はいまどこにいる?」 俺の言葉には応えず、質問を投げてきた。 「わかりません。消息不明です」 「君には何人の母親がいた?」 「5、6人かと思います」 「ここ数年、実家に帰ったことは?」 「ありません」 そこで親父さんは質問を止めた。 これが現実だと、俺たちにじっくり認識させたいのだ。 「君が玉藻の婿では困る。君に責任はないが多くの人が困ることになる」 恐らく事実だろう。 「私も玉藻も覚悟の上です」 「認められない」 「それでもです」 「わかってくれ。これ以上辛辣なことは言いたくない」 真っ直ぐ親父さんの目を見る。 俺は決して折れない。 対決の意志が伝わったのか、親父さんは一つ小さく溜息をついた。 「君の育った環境は劣悪だ。そういう人間は内面に問題を抱える可能性が高い」 「異常な犯罪に走る者の多くは、問題がある家庭で育っている」 「なんてことを」 玉藻の目に怒りの炎が点る。 それでも親父さんは続ける。 「精神的な部分は遺伝するともいう」 「君も、お父さんと同じタイプの人間かもしれない」 「やめて下さいっ」 玉藻が立ち上がるが、親父さんは娘を一顧だにしない。 「母親が何人も替わったのだろう?」 「君もいずれは玉藻を捨て、どこかの女と蒸発するんじゃないか?」 「黙れっ!!!」 玉藻の絶叫が部屋を震わせた。 「……」 「……」 表情を変えぬまま、親父さんが玉藻を見上げる。 「親に対する口の利き方ではないな」 「あなたは恥を知るべきだ」 玉藻が親父さんをにらみつける。 「本人にはどうしようもない部分で人を貶めるなど、桜庭の人間のすることではありません」 「京太郎が、過去のことでどれだけ心を痛めてきたのか、推し量ることもできないのですか」 俺の顔のすぐ横に、玉藻の手がある。 血が噴き出そうなほどきつく握りしめられ、震えていた。 俺のために本気で怒ってくれている。 玉藻が彼女で本当に良かったと、心から思う。 「これ以上、あなたと話し合うことはありません。私たちのことは私たちで決めます」 「そういうことは、自活できるようになってから言うんだな」 「なら、もうお世話になりません」 きっぱりと言い置いて、玉藻が玄関に向かう。 「どこへ行く」 「この家はあなたの持ち物だ。私が出て行くのが筋だろう」 立ち止まることなく、玉藻は出て行った。 まさかこんな展開になるとは。 玉藻の気持ちは嬉しいが、今日は喧嘩をしに来たわけじゃない。 彼女を追いかけたいのは山々だ。 しかし、俺の仕事は親父さんを説得すること。 それに…… 「……」 娘に拒絶された父親は、意外と堪えた顔をしている。 ここは冷静に。 「お茶を淹れ直します」 「誠に申し訳ない」 お茶を淹れ直して一息つくと、まず頭を下げられた。 「どの件ですか?」 「君を貶める発言をした。しかも君の力の及ばぬ部分で」 「お気になさらないでください、間違ったことは仰っていないと思います」 「私が育った家庭環境はたしかに劣悪です。受け入れていただくのが難しいのは理解しています」 親父さんが頷く。 「婚姻ともなれば、私だけでなく様々な人間の了解がいる」 「時代錯誤と言われるだろうが、結婚は家と家の問題なのだ。特に私より上の世代にとってはな」 親父さんの顔に、苦労のにじんだしわが浮かぶ。 だから俺も、この程度のことで諦めちゃいけない。 耐えて耐えて、親父さんを味方にしなければ、その先にいるもろもろの人たちを納得させられないだろう。 駆け落ちでもすれば話は早いが、俺はみんなに納得してもらいたい。 「しかし、玉藻の行動には驚いた」 「ええ、私もです」 「あれには、いわゆる反抗期のようなものがなかったから、従順な性格なのだと勘違いしていた」 「いや、もしかしたら自分のものだと思っていたのかもしれない」 親父さんが、玉藻が出て行ったドアを見つめる。 恋人に出て行かれたような、打ちのめされた顔をしている。 それだけで、親父さんが玉藻をどれだけ大切に思っているかがわかった。 大切に思っているからこそ、強いことも言うし、怒りもする。 親から怒られた経験がない俺には、新鮮な光景だ。 「(何をやってるんだ私は)」 外に出て、がむしゃらに走っていたら頭が冷えた。 足を止めた途端に猛烈な後悔が襲ってくる。 二人で頑張ろうと約束したのに、京太郎を置いて逃げ出してしまうなんて。 今頃、父とどんな話をしているのだろうか。 「あれ、桜庭? 何やってんだこんなとこで」 「玉藻ちゃん、目が赤いけどどうしたの!?」 「お、お前達こそこんなところで何を」 遭遇したのは、図書部の面々だ。 「心配だから様子を見に行こうかって話してたの。筧くんは一緒じゃないの?」 「いや、まあ、うん」 「桜庭さん、もしかして脱走してきたんじゃ」 「鋭いじゃないか」 ぐうの音も出ない。 「何があったんですか?」 御園に乞われ、事情を説明する。 「みっともないことをしてしまった」 「ナイスファイトだよ玉藻ちゃん」 「アリです。大アリですよ、桜庭さん」 「お前達……」 行き詰まった時は、必ず傍にいてくれる友人たち。 彼らはいつも私に力をくれる。 折れかけた心が、再び立ち上がるのを感じる。 「大体さ、姫は反省してるフリじゃんか」 「どういう意味だ」 「また同じように筧が罵倒されたらキレるんだろ?」 「当たり前だ。2回目だからとお目こぼしできるものじゃない」 「じゃあ、戻らなきゃ。今頃筧くんが大変な目に遭ってるかもしれないよ」 「駄目だろ、将来の旦那を一人にしちゃ」 「うるさい。何で今日に限って能弁なんだお前は」 急に不安になって来た。 京太郎の所に戻らなければ。 「では、悪いが私は戻る」 「あ、玉藻ちゃん、これ」 白崎が差し出したのは、白い封筒だった。 「筧くんのいいところ、ちゃんとまとめたんだ」 「真面目に書いたから、もしよかったらお父さんに渡してみて」 「白崎……ありがとう」 鼻の奥がツンとした。 冗談だと思っていたが、本当に書いてくれるとは。 「では、行ってくる」 玉藻が戻ってきたのは、飛び出して20分ほどしてからだった。 気まずい顔で戻ってきた玉藻は、部屋の穏やかな空気に拍子が抜けたようだ。 「(一体どうなってるんだ)」 「(玉藻のお陰だ)」 「(わけがわからん)」 玉藻が首をひねる。 「先程は失礼なことを言った。お前の言う通り、恥を知るべきなのは私だ」 「あ、いえ……はい。こちらこそ失礼なことを」 困惑しつつ頭を下げる玉藻。 「ですが、私の主張は変わりません。京太郎も絵も諦めません」 「お父様の期待に応えるためには、全ての時間を勉学に費やしても足りないかもしれない」 「ですが、私はそのような人生は送りたくありません」 真っ直ぐな主張に、親父さんが沈黙する。 怒っているのではない。 成長した娘にかける言葉を探しているのだ。 「幼かった頃の玉藻は、私の言うことを素直に聞いてくれた」 「私を喜ばせるのが楽しくて仕方がないようで、こちらも浮かれてしまっていたのかもしれない」 「親の仕事を継いでくれると言ってくれた時には、柄にもなくはしゃいでしまった」 「お父様」 玉藻が目を見開く。 聞いたことがない話なのだろう。 「だからなのか、私は勘違いしてしまっていた」 「私と娘の目標が一致しているものだと、いつの間にか信じ込んでいた」 一人言のような述懐に、玉藻の表情から険が取れる。 父親が、今、一人の人間として話していることに気づいたのだろう。 「それは、私が周囲の期待に応えようと自分を抑えていたからです」 「もっと早くに、自分を主張すべきでした」 「絵に対する熱意を伝えていなかったのは事実です」 2人の話し合いを、俺はじっと聞いていた。 不謹慎だが、少しだけ笑っていたかもしれない。 それほど、父娘の会話とは新鮮だった。 「今日は説教するつもりでここへ来たが、どうやらあべこべになってしまったようだ」 親父さんが立ち上がる。 来たときより、10歳は老けたような気がした。 いや、ここへ来たときの親父さんは、悪い男から娘を取り返しに来た騎士だったのだ。 それが今は、普通の父親に戻ったに過ぎないのか。 「私と京太郎のことは認めていただけるのですか?」 「今日のところはな。また時間をとって話をさせてもらえればと思う」 「ぜひよろしくお願いします」 頭を下げる。 「少し疲れた。気晴らしに芸術など鑑賞できればいいのだが」 「え?」 玉藻が目をぱちくりさせる。 「このあたりに、どこか心当たりはないか?」 「はい、ありますっ」 すっかり日が暮れた頃、ようやく親父さんは帰ることになった。 帰る直前になって、親父さんは玉藻に『不自由はしてないか』『必要最低限の物を揃えろ』と言いだした。 どうやら、全く世話を焼かずに帰るのは親の沽券に関わるらしい。 見ていて楽しかったが、少し疲れた。 「それでは私は帰るが」 「早くお帰りください。お母様も心配しています」 「ふん、言うようになったな」 「言っておくが、絵についてはまだ保留だからな」 「わかっています。ですが私の結論は変わりません」 「まったく」 親父さんは、玉藻の絵を小一時間眺めていた。 玉藻が何やら絵の説明をしていたが、それも耳に入らないようで、ただじっと見つめていた。 そこにどんな思いがあったのか、俺の人生経験ではわからない。 「親に認めてほしければ、結果を出すことだな」 「それができない以上、絵だけを描いて生きるなど到底認められん」 「わかりました。必ず結果を出します」 絵については、半分認められたようなものだった。 『結果を出すための努力』を否定されたわけではないのだから。 「では、失礼する」 親父さんが、通りがかったタクシーを止めた。 「筧君、娘をよろしく頼むよ」 「はい、全力で守ります」 俺の返事に、ちょっと困ったように笑って肩をすくめる。 「お父様、よろしければ、帰りの車内でこれをご覧いただけませんか」 玉藻が白い封筒を差し出す。 「私たちの友人から、お父様への手紙です」 「お前の写真を撮った友人達か」 「はい、かけがえのない友人です」 「ちょうど良かった。電車の中で読む本を買おうと思っていたんだ」 親父さんは小さく笑うと、封筒を受け取り、ジャケットの内ポケットへしまった。 「玉藻、最近寒くなってきたから、風邪には注意するんだぞ」 「はい、お父様もご自愛を」 娘の頭に、父の大きい手が乗せられる。 「あ……」 「少しは大人になったじゃないか」 最後にそう言って、親父さんは車に滑り込んだ。 タクシーのテールランプを見送る。 涙ぐんでいる玉藻を見ていたら、こっちまで視界がぼやけてしまった。 ぼんやりとした赤い光が見えなくなっても、俺たちはしばらくそこに立ち尽くしていた。 「認められてしまった」 「今のところは、そうらしい」 「まだ信じられない。夢でなければいいのだが」 玉藻の手を握る。 「夢じゃない」 「昨日までは、駆け落ちする覚悟だったのに」 玉藻が俺の手を握りしめてくる。 込み上げてくる気持ちを押さえ込むよう、ぎゅっと強く。 「全部、京太郎のお陰だ」 「まさか、今日は玉藻のお手柄だ」 謙遜でも何でもない。 玉藻の成長が、親父さんの横っ面をひっぱたいたのだ。 「だが、私が変われたのは京太郎のお陰だ」 「もしそうなら嬉しいよ」 玉藻の目から大粒の涙がこぼれる。 その涙を拭いてあげる。 「さ、帰ろう」 「ああ」 玉藻がぎゅっと腕を組んできた。 玉藻の部屋に帰ると、まずコップに水を注ぐ。 今日一日、緊張の連続ですっかり喉が渇いていた。 「ふぅ……」 「私も喉が渇いた」 玉藻もコップを持って水を注ぎに来る。 俺の体に、わざとくっつくくらいの近さに寄り添って。 「さっきの手紙だけど、あれは?」 「白崎たちが書いてくれたんだ。おそらく京太郎の長所リストだろう」 「あいつら、本当に書いたのかよ」 物知りだの低燃費だの書かれていないことを祈る。 「ありがたいことだろ?」 「ははは、もちろん」 微笑した玉藻が俺に身体を寄せてくる。 「どうした」 「ん……何となく傍がいいから」 そういえば帰り道も、ずっと離れようとはしなかったな。 「少し休もうか」 立っているのもしんどいので、ひとまず座布団に座る。 すると、玉藻まですぐ隣に腰を下ろしてくる。 ……完全にマークされてるな。 「子供みたいだ」 「別に子供でもいい」 俺の肩に、ごろりと頭をのっけてじゃれてくる。 「今日だけは、ずっと近くにいさせてほしいんだ」 そのまま、至近距離で見つめ合う。 2人とも磁石みたいにくっつき合ったまま、目を離さない。 わずかな緊張と、期待に喉が鳴る。 「その気?」 「見ればわかるだろう」 「京太郎だって、さっきから私を見る目が……」 「私の勘違いでなければ、その……やらしい感じがする」 「勘違いじゃない」 「今日の京太郎、かっこよかった」 「私を大切だと言ってくれて、沢山認めてくれた」 「今日一日、ずっと求愛されていたようなものだ」 玉藻の顔のほてりは、俺が促したようなものらしい。 頭を撫でてやると、 「……っ」 玉藻は、安心とはまた別の、たかぶるような期待に体を震わせる。 俺達は恋人同士だ。 気持ちをたかぶらせたままじゃれ合って、ただで終わるわけなかった。 「京太郎……っ」 色っぽい声だ。 「ベットに行こう」 「はい……」 ベッドに移動すると、すかさず俺の真隣にくっついて座る。 玉藻はとっくに余裕がなくなっていた。 「大丈夫か」 「少しふわふわするけど……」 「疲れたなら明日でもいい」 「いやっ……今がいい」 「多分、明日は疲れて何もできない」 「今だって、京太郎が支えてくれなければこのままベッドに倒れ込みたいところだ」 「でも今日は、京太郎の胸がいい」 「今感じている幸せを、明日の朝まで2人で共有したいんだ」 「玉藻……」 抱きしめようとするが、玉藻はするりと立ち上がる。 「すまない、その前に少しシャワー浴びてきたい」 まさかのお預けを食らう。 寸前でかわされ、形勢が逆転した。 「……今からか」 「すまない……っていうか」 「京太郎も全然余裕ないな」 「当たり前だ」 「そういう欲情している京太郎の顔も、愛している」 大人の女性を思わせる笑みに、背中までぞくりとさせられる。 「すぐ戻る」 待たされる間が、とても長く感じた。 「……」 もう何度も玉藻と身体を重ねてきた。 でも、今日の気持ちは別格だ。 くっつきたいというより、離れているのが辛い。 「玉藻?」 なかなかこちらの部屋に戻ってこない。 時間にして数10分。着替えにしては長すぎる。 情けない話だが、我慢の限界だった。 「玉藻」 「用意は出来た。こっちに来てくれないか」 障子越しに映る玉藻を求めて、和室へ侵入する。 部屋の中央には、艶やかな和服に着替えた玉藻が座っていた。 「……どうかな」 「……」 「その……今日は大事な日だから」 「京太郎に喜んでほしいと思って」 目が離せない。 自然に体が吸い寄せられる。 「沢山求めてほしくて……きゃっ」 抱きしめる。 「玉藻を抱きたい、今すぐ」 「はい……」 「私も、今すぐあなたに抱かれたい」 照明を落とす。 玉藻の背後から抱きついたまま座らせ、和服の上から柔らかさを堪能する。 「んっ……んぁ、ふあ……んくっ、んんっ……」 「京太郎、もしかして……はぅ、んっ……興奮しているのか?」 彼女の襟を口でずらすと、うっとりするほど美しい首筋が現れる。 「ひゃうっ! んぁ……あ、首にいきなり口づけするなんて」 「んっ、うくっ……んっ、あっ……んうっ……」 「ふあぁ……あ、ひぅ……そんなところ、ばっかり……あっ、あぅ」 彼女の美しい和服姿に魅せられて、俺は興奮していた。 なのに玉藻の白い肌も欲しくて、つい脱がそうとしてしまう。 「んぁっ、あ、ああっ……くぅんっ、うぅっ……あんっ、ん……っ」 「あ、やぁ……そんな、首筋は……あぁ……、んんっ」 「きゃうっ……匂いなんか嗅がない、で……、はぁっ、ああぁ……」 「いい匂いだよ。なんか落ち着く」 「全然落ち着いてなんかないだろっ、むしろ……ひゃんっ、あぁ、ひぁ……ぁ」 ほのかなシャンプーの匂い。 それに混じって、俺のよく知ってる玉藻の甘い香りが鼻をくすぐる。 「そんなっ、あぅ……んんっ、ん……犬みたいに、くんくんする、な……ぁ」 「和服からも優しい匂いがする」 「一応、洗ってあるぞ……?」 「いいのか、こんな高そうな服を汚して」 「もう私が逃げられないくらいに強く抱き締めてるくせに」 「洗えば多分、大丈夫だ。それに……」 「愛した彼氏に、こんな情熱的に求められるなら、この和服も本望だろう」 了解が出たので、さっそく綺麗な首筋に舌を這わせる。 「ひゃあ!? やぁ、あっ、ああぁ……そんなところ舐めてもっ、美味しくないだろ……っ」 「美味しいよ」 洗いたての綺麗な白い肌を舌でなぞる。 するとわずかに汗の味がした。 「あぁっ、はぁ……ん、んくっ……んふ、んぁ」 首筋だけでは足りない。 さらなる肌色を求めて、胸元に手を挿し入れる。 「ああぁっ、んぁっ、うっ……そんな、焦らなくてもっ、はんっ」 「んぁ、あぁ……ふっ、あくっ、はんっ、はっ、んうっ……」 清楚で奥ゆかしい和服の中を、ゆっくりとまさぐる。 すると、胸元がいとも簡単にぱらりと開き、二つの膨らみが露出する。 「もう、そんなに胸が見たかったのか?」 「言ってくれれば、それくらい……んああぁっ、あぁ、ひゃぅ……んっ」 ぽろんと揺れる豊かな乳房を揉みほぐす。 「あぁっ、あぁ、あ、くっ、んうっ……んあっ、あ、ふあぁっ、うっ、んふぅ」 「あんっ、はあぁっ、うぅん……そんなに焦らなくても」 「ひゃあ、あっ、あぅ……んんっ、私の胸は、逃げない……んあぁっ」 生の乳房の温かさに触れた途端、思わずきゅっと掴んでしまう。 「んあぁ、あっ、あぁ……ふぁ、少し、強く握りすぎだ……ああぁん」 「あっ……んぁ、うぅっ、ふっ、ん……くぅんっ……うぁ、んんっ」 慣れない和服の中に腕を突っ込むのがもどかしい。 「脱がせると、やっぱり恥ずかしい」 「そんなの、あぅ、んっ……決まってるだろ」 「好きな男に胸を見られて堂々としていられる女がいるか」 「恥ずかしいけど、でも、んあぁ、あっ、はぅ……」 「京太郎が見たいなら、いっぱい触りたいなら、好きにしてくれ」 和服の正しい脱がせ方なんてわからず、少し乱暴な勢いで剥ぎながら揉む。 「んぁ、あ、あんっ、ひぃぁ、そんなにいっぱい揉むなんて……」 「あぁ、うぁっ……あ、あんっ、んくっ、ふぅ、んっ」 「あっ、んん……あぁんっ、んっ、ふあぁぁぁっ」 「玉藻こそ、胸触られただけで嬉しそうだ」 手にぴったりとフィットする膨らみを、執拗にこねる。 「はぁっ、あぁ、あんっ……はうぅっ、や、あ……あっ、あくぅっ」 「最近、忙しくてしてなかったから……欲しかったのかもしれない」 「今日は正直だな」 「隠してどうする。私の体も心も京太郎に全て捧げたんだ」 「我慢なんてしないからな」 ならこちらも容赦する必要はない。 情欲に任せて彼女の華奢な体を抱きしめると、上品な質感の和服にしわが浮かぶ。 「ああぁ……ふぁ、あぅ……京太郎がいつになく激しく抱くから、しわが……」 「この和服、ちゃんとクリーニングするまで表に出れないな」 「彼氏と……ふぅ、んんっ……卑猥なことしたのバレバレだ」 「もしかして結構高い?」 「ちゃんとした和服はそこそこの値段はする」 「家の行事で着るのは、ちょっと引いてしまうほどの額なのだが……」 「そういう服の方がよかったか?」 「今でも充分興奮してる」 玉藻の、上品ながらも、女性の尻の丸みをくっきり表す背面に、俺の股間を押しつける。 「うぅ……これ、すごい大きくなってる……ぅ」 「私の和服姿で、京太郎がこんなに喜んでくれるなんて、嬉しい」 自分から尻を押しつけて、求めてくれる。 「私の女は、京太郎に抱いてもらうためにある」 「毎日頑張っておしゃれするのも、綺麗な服を選ぶのも」 「もっと好きになってほしいからだ」 もう胸だけでは足りない。 玉藻の下腹部に手を添えると、太ももに緊張が走る。 「はぅっ、ふっ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……んぁ」 「大丈夫か」 「大丈夫だっ、んぁ……ふぁ、あぁ……んっ」 「でもやっぱり少しだけ、和服のまま触れられるのは、んっ……何か変な感じするっ」 耳の赤さは興奮だけが理由ではないだろう。 「小さな頃から、大事な席では和服だったから……なんかもやもやする」 背徳感を感じつつも、玉藻は俺の愛撫から決して逃げない。 「ここも、触るぞ」 服の合わせ目から、彼女の大事な秘所に向かって手を忍ばせる。 「ひぅ……んんっ、はうっ……んぁ、ああぁ……んくっ」 股間をまさぐられる羞恥に何度も足を閉じようとしては、ぎりぎりで我慢する。 「服の中に、京太郎の手が、入って……ふぁ、ああぁ」 「んうっ、んあぁっ、あふっ、ん……あうぅっ、んく、んあぁ……っ」 スカートよりも長い和服を、手探りではだけさせていく。 白く透き通る太ももと秘部が露わになる。 「あくっ、んぁっ、ひあっ……んくぅっ、んはっ、ふうっ、んんん〜っ」 「京太郎っ、あぅ、ん、できれば早く、んん……、済ませてくれっ」 「あっ、あぁ、あんっ……やっぱりこの格好で、胸も下も晒すのは恥ずかしい……っ」 秘所から、シャワーで温められた暖気がむわっと立ち上る。 「下の方は、ちゃんと下着はいてるんだな」 「それはっ……汚さないように……んっ、ああ、ああんっ、ひあっ」 下着の横から、指をつぷりと忍ばせる。 「ひあ、ああぁっ、あぁんっ、う、あぁっ……ひんっ」 「はぁんっ、くうぅっ、んっ、んあ……あくっ、や、うぁっ」 「ああぁ、や、ふあ、あっ……ひゃうっ……」 「京太郎のが、あんっ、あ、ふあぁ……中に入って、動いてるうぅ」 和服が全部はだけてしまうような勢いで体をくねらせ、全身で愛撫を感じる。 「んあ、あぁ、あうぅ……ふっ……くうぅっ、んっ、あはっ、んっ」 「ふぅんっ、あっ、あんっ、うああぁっ、ふっ、ふんっ、あんっ」 ずれた和服が胸元を隠すたびに、服を乱暴に剥いて胸を露出させる。 「うぁ、あぁ……、はぅ……あぁっ……や、んあぁっ、う、やぁんっ、んんんっ」 他に代えがきかない奇跡的な乳の柔らかさを、指で捕まえて揉む。 「ふあ、あん……ふぅんっ、くうぅっ……」 「京太郎に、おっぱい触られるの、好きぃ……んあぁ」 「やぁ、あ、あふっ、ん、んあっ、ううっ、あはぁっ」 お互いに荒い息を吐きながら、愛撫に夢中になる。 「体を触られてると、好きな人に抱かれてる感じがするから、好きなんだっ」 「あ、ふぁ、ひぅ……愛されてるって思えるから、ああぁ」 「だからもっと、して……! もっと触って……」 乳房の根元から掴み上げ、乳首に沿って伸ばすように揉む。 「あ、ふぁ、ううっ……あ、あ……んっ、いっ、んうぅ……」 「ひぃんっ、はっ……ああ、ううっ……んはぁっ、あ、あ、ああっ……」 和服をはだけさせた玉藻を愛撫していると、とてもいけない気分になる。 「あっ、んん……あぁんっ、んっ、ふあぁぁぁっ」 正装の厳粛なイメージを持つ和服を乱す行為に、妙な背徳感さえ感じる。 「玉藻、服によだれ垂れてる」 「ふあっ、んんっ……そんなのっ、あん、しょうがないだろっ」 「あ、ふあぁ、はぁっ……はうぅっ、や、あ……あっ、あくぅっ」 「これからもっと汚してもらうんだから、気にしないで……」 「やっ、ああぁ、あうぅっ、あんん……くぅ、ふぁっ、んん……っ」 玉藻の身体が熱を発し始めている。 秘所からも、準備万端とばかりにとろみのある愛液がこぼれ出ていた。 「あ、ひゃぅ、ふっ、んんっ、んあっ、んっ……んあぁっ、くぅっ」 濡れそぼった性器をまさぐりながら、乳房も欲張って揉みほぐす。 「ふあぁ、そんなにいっぺんに、あぁ、はあ、あんっ」 「やあぁ、駄目っ、ああ、あ、あんっ、まだ京太郎が入ってきてないのにっ、触られただけで、イッちゃ……! あああぁ! ふあぁ、ああんっ」 「何度でも気持ちよくなっていいよ」 「でもっ、でもぉ……今日は京太郎のためにっ」 秘部の突起をつまみ軽く擦って刺激すると、玉藻は切ない声を上げた。 「彼女に満足してもらうのが大事だ」 「んあああぁ、あうぅっ、あぁっ……あうぅっ、んっ、んあぁっ!」 「ひゃうぅ、あうぅ、ああぁ、ふあっ……、ひっ……んん〜」 「いい?」 「気持ちいいっ、京太郎の指だけでっ、ああぁ、もうっ、もう駄目になっちゃうぅ!」 「んあぁっ、あふっ、ん……んっ、くんんっ、はああぁっ、あんっ!」 上下の愛撫で、玉藻は悶えに悶えてくれている。 清楚な大和撫子を思わせた和服も、あっという間に淫らな形で崩れていた。 「あぁ、ふぁっ、あぁんっ、う、あぁっ……ひんっ、はぁんっ、くうぅっ」 「ああ、もっと、して……ぇ!」 「責められ放題だな」 「ごめんなさいっ、だって、気持ちよくて……ああぁ、はうぅ」 「大好きな京太郎にいっぱい触ってもらえて、幸せで」 「次は絶対私から奉仕するから、だから今日だけは、ああぁんっ! いっぱい、して……っ」 膣内に指を深く埋め、かき回す。 「あくっ、ふっ……くうぅっ、んっ、あはっ、ん……っ」 指を動かすたびに、ピチャピチャと水気が飛んでしまう。 「ひゃあ、あ、んぁっ、ああ……あんっ、うああぁっ」 「ふあっ、あんっ、ひぃんっ……あうぅっ、やっ、だ……だめぇっ」 「気持ちよすぎて、止まらないぃ……! 服に、垂れちゃううぅ」 玉藻の秘所から垂れ落ちた体液は、糸を引きながら落ちていき…… 和服の生地をじわじわと湿らせていく。 「もうっ、私……! 京太郎ぉ、あ、せつなく……っ!」 綺麗な乳房の形を崩され、秘所に指を入れられたままの玉藻。 哀願するようにしなだれかかってくる。 「もういきそうなのか」 「もうっ、駄目なのっ、ああぁ、あんっ! ごめんなさいっ、もう、我慢できない……っ」 「んあぁっ、やあ、もう、イクっ、ひゃああぁ、すごい、激しい……駄目……ぇっ」 「いっちゃ、イッちゃうぅ……! ああぁ、あああぁ〜〜! 変になっちゃううぅ」 「ああぁ! あああぁんっ、お願い、もう京太郎の指でっ、先にイカせてええ!」 「汚しちゃっていいから……! いっぱい汚してええぇぇ!!」 「あああああああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!!」 びくびくっ! びくっ……! 「はぁ、はぁ、あぁ……ふぁ……」 「やあぁ……ああぁ、ふあぁ……イッちゃったっ……こんな格好で、ひぅ」 「おっきい声出しちゃった……いやらしいことしちゃったぁ」 玉藻は全身を激しく震わせた後、疲れたように脱力してしまう。 「綺麗だったよ」 「ほんとうか……? んっ……こんなに、エッチな格好で、下も沢山濡らしちゃってるのに」 「俺で気持ちよくなってくれて、ありがとうな」 「んっ……すごく、気持ちよかった」 玉藻の柔らかい体を抱いて、そっと床に寝かせる。 「もう、するのか……?」 玉藻ははだけた胸を上下に揺らし、その瞬間を素直に待っていた。 「ああ、今すぐ繋がりたい」 「私も、京太郎と1つになりたい」 ばっちりと露出した胸元も、男を待ち受けて開く脚の付け根も、刺激的すぎる。 はやる気持ちを何とか抑えて、口づけする。 「ん……んちゅ……ん、んふっ……ふむっ……んちゅ……ん」 「ちゅぅ……んんっ、ちゅ、くちゅ……んんっ」 しとやかさを強調していた和服は淫靡に乱れている。 「綺麗だよ」 「ほんとうか? 嬉しい……」 「実は堅苦しい服は、そんなに好きではなかった」 「行事の度に窮屈な正装を着せられるのは抵抗もあった」 「でも褒められると、今日このためにあったんだって思えてくるから現金だ」 彼女と繋がるためだけに、乱れた和服をさらにはだけさせる。 「んっ……こ、この格好は見苦しくないか?」 「すごくやらしくて、我慢できなくなる」 「そ、そうかっ……なら、いいんだ……んんっ」 2人とも、心も体も準備は整った。 「入れるぞ」 肉棒を取り出して、彼女と結合するために入り口を探す。 「ふぁっ……んっ、んくっ……は、早く……くぅ、入れ、て……」 和服の優しい香りと、玉藻の汗の匂いに頭がくらくらする。 肉棒の先端を秘所にあてがった。 「うあぁ……あ、うくっ、んうっ……んあっ、ああっ……ふあぁ」 「もう、入れちゃったのか……? んんっ、んぁ……あっ、はうっ」 「まだ少しだけしか……くっ」 ゆっくりと挿入するつもりが、思いのほか膣の入り口までぬめっていた。 そのせいで、亀頭が中に隠れた瞬間。 「あああぁぁっ!? ああぁっ、一気に、中まで……んあああぁっ!!」 「くっ、悪い……痛かったか?」 ぬるりと滑った肉棒は、一気に8割ほど膣内に突き刺さってしまった。 「大丈夫……っ、あぁ、あはぁ……んぁ、あくっ……京太郎の、すっごく熱くて……っ」 「んぁっ、うっ……んふっ、あくっ……重なってるだけで、もうっ……」 豊かな乳房が、ふるふるとゼリーのように震えている。 「んあぁっ、はあぁ……くぅ、んっ……気持ちいい……から、痛くないから……っ」 「だから……っ、あぁ、あんっ……全部いれて……! 中に入って来てええぇ」 「あ、ああっ、んあぁ〜っ!!? ひゃああぁ、あああぁんっ」 腰を突き入れて、彼女の根元までぴったりと重なった。 「ひゃあっ、あうぅ、んあ、ふあっ……あぁっ、はぁっ……あんっ」 「んあっ、ううぅっ……ああっ……やんっ、んっ、はあっ……ひっ、あぁ…っ」 膣内に溢れる愛液を、ヌチャヌチャとかき分けながら出入りする。 「ああぁ、やあぁ、はぁ、あぁんっ……気持ちいいっ、京太郎と、また1つに、なれ……た」 「んあぁっ、はっ、ああぁ……ひんっ、んく、ああぁっ……」 「うあぁ、あっ、あんっ……す、すまないっ、私ばかりしてもらって……あんっ」 「彼女に触るのが嫌な男はいない」 「あっ……んうぅっ、ふっ、ん……くぅんっ……うぁっ、でもぉ、でもぉ」 「今日は京太郎に、んっ……気持ちよくなってもらおうと思っていたのに……ひゃんっ」 「やだっ……あ、あはぁ、んぁ……もう体に力が入らないぃ」 「んっ……あ、あ……んっ、いっ、んううぅぅっ……」 「ひぃんっ、はっ……ああ、ううっ……んはぁっ、あ、あ、ああっ……」 「もっと尽くしてあげたいのにっ、こんなに私ばかりっ、んああぁ、ああんっ、ふあぁ」 「もう充分、気持ち、いい……くっ」 膣内のとろけそうな温かさと、猛烈な一体感がやばい。 奥へ潜るほど、亀頭の先は女性器にきつく抱きしめられて嬉しい悲鳴を上げる。 「全然足りない、もっと京太郎にも尽くしたい……っ」 「私の足りなかったものや駄目なところ、全部補ってくれた京太郎に……」 「ああっ……んぁ、ふあぁ、はぅ……毎日を満たしてくれる京太郎に……っ」 「んあ、あ、あぁ、あんっ……沢山恩返ししたい気持ちでいっぱいなんだ」 「じゃあお願いだ」 「ああ、どんなことでも聞くぞ。絶対に首を振ったりしない」 「キスしたい」 「え……そんなの、んんっ〜!? んふ、ふむっ……んん、ちゅ、ちゅう」 彼女の赤い唇を奪う。 舌を絡ませ合いながら腰を振った。 「んふ、んちゅ、ちゅ……んっ、ぷはっ……」 「これでお願い1つ聞いてもらったな」 「ず、ずるいぞっ、そんなのしょっちゅうやってるし、私だってしたいっ」 「これ以上私ばっかり幸せにしてどうするっ」 「じゃあ明日デートしてくれないか」 一番奥を突きながらお願いする。 「んあぁ、あっ、あんっ! ふあぁ、また、そんなっ……ひああっ、デートなんてっ」 「あっ、んん……あぁんっ、んっ、ふあぁぁぁっ」 「んあ、はぁっ、あぅ……それも、駄目だ、そんなの私だってしたいから……っ」 「はうぅっ、や、あ……あっ、あくぅっ……そんなのお願いのうちに入らないぃ」 「デートしてくれないのか」 膣壁を執拗に擦りつけて、玉藻を気持ちよくさせてからお願いしてみる。 「ふあああぁ! ああぁ、やあぁっ……するっ、デートはするけどっ、ひゃああぁ」 「やあっ、んあ、うぅっ、あんん……くぅぅ、はうっ、んんん……っ」 「んっ、ああ、あぅっ……あっ、んっ……んあぁっ、くぅっ……」 玉藻と裸で絡み合って、生の粘膜を擦りつけ合う以上の快感なんてない。 愛しい彼女を強く抱くだけで、他に何もいらないくらい満たされてしまっている。 「あっ、ああぁ、はうっ、ふあっ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……んくっ」 「うあぁ、あぁっ、あっ、あ、ふああ……あうぅっ、んっ、んあぁっ」 「あぁ、あんっ……京太郎の、どんどん激しくなってる……うああぁ、あああぁ」 挿入するごとに勢いは増し、結合部はぱちぱちと悲鳴を上げる。 「ひゃあぁ、あぁ、あくぅっ、んっ、ひっ……んくぅっ、んはっ、んんん〜っ」 結合に合わせて、2つの膨らみも激しく揺さぶられ、形を変える。 「もっと玉藻と、強く重なりたい……っ」 「んあぁっ、ああぁ! あんっ、もっと、強く抱いて……奥まで来てえぇ」 「ふあっ、あん、ああぁ、んふっ……んっ、くんんっ、はああぁっ、あんっ!」 モデルのようにスリムなウエストを掴んで、ガクガクと揺さぶる。 「ふぁっ、あぁっ、んっ、う、あぁっ……ひんっ、はぁっ、んっ、くうぅっ」 「あはっ、んっ、あ、あくっ、や、うぁっ、はうぅ、ん、んふっ……ふあぁっ」 細身なウエストを強く抱きしめると、壊れそうな錯覚すら覚えてしまう。 「ああぁ、あ、あんっ、京太郎、強いぃ……今日はすごく激しいっ、ひああぁ」 「京太郎のが、あんっ……おなかっ、中でごつごつ叩いてきてっ、衝撃が、あああぁ」 「ああぁ、あくっ、ふあっ……くうぅっ、んっ、あはっ、んっ」 「ふぅんっ、あっ、あんっ、うああぁっ、ふっ、ふんっ、ひぃんっ」 欲望に任せた挿入に、玉藻の胸も尻もぶるぶると震える。 「ごめん、止まらない……!」 「謝らないで、求められるの、嬉しいから……んあ、あぁ、あんっ」 「もっと乱暴にして、もっと強く、ひうぅ、んんっ、抱き締めて……っ!」 「うくぅっ、はあぁっ……や、んあぁっ、う、やぁんっ、んんんっ」 「ふっ、あふぅんっ、くうぅっ……んっ、あふっ、ん、んあっ、ううっ、あはぁっ」 余裕のない行為に和服がさらに乱れる。 「んあっ、ふあっ……すごい、激しい……いっ……京太郎、京太郎っ」 「あぁっ、あうっ、んふぅっ、ひんっ、あっ……好きっ、大好き……!」 下にいる玉藻が、自ら俺にしがみつく。 性器からとめどなく溢れる蜜が、さらなる刺激を求めていた。 「ふぅんっ、んあっ、ああ、あんっ、うああぁっ、ふっ、ふんっ、ひぃんっ」 「もっとしてぇ、ああぁ、ふあ、あぁんっ……好きなのぉ……最後まで離さないでぇ」 「玉藻っ、玉藻……!」 玉藻の乱れた姿に興奮し、つい自分勝手に腰を振ってしまう。 「つらくないか……っ?」 「大丈夫だからっ、あっ、あぁ、んぁ……沢山抱いてっ、京太郎の好きにして……!」 「やっ、あうぅっ、あんん……くぅぅ、はうっ、んんん……っ」 「好きなんだ……っ、京太郎に抱かれるのが幸せなんだっ」 「いつも大好きな人に求められたくて、京太郎に襲われる妄想ばかりしてるくらいに……っ」 「ひとつになることが、私の一番の幸せなんだっ」 「ああぁ、ふあぁ、あんっ、ふあっ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……ああぁ」 「ひぅ、んんっ、んあ、あんっ、あ、あ、あぁんっあぁっ……ふああぁ」 玉藻の体を隠すように覆い被さる。 とろとろに熱い膣内の感触に、肉棒が火傷しそうだ。 「出そうだ……っ」 「中ぁ! 中にっ……んああぁ、あ、ふぁ……んんっ、絶対中にして……っ!」 即答。 「今日は最後まで離さないでっ……んああ、あ、あくっ……抜いたら怒るから……!」 「いいのか?」 「いつでも覚悟できてる……それに」 「あんっ、ああぁ! だ、駄目っ、絶対駄目だっ、あぁ、外に出すなんて……っ」 一度重なってしまったら、離れたくないのはお互い同じようだ。 「本当にいいんだなっ」 「今日は、もう、んあっ……聞かないで、もうずっと傍にいるって決めたんだから……!」 「最後まで離さないで、中に出して……あなたの愛を全部っ、中に……!」 「あぁ、あん、あは、うくぅっ、はあぁっ……や、んあぁっ」 膣内で肉棒が暴れる。 射精の前兆を無視して、そのまま玉藻の上にのしかかる。 「ああぁ、あくっ、ふっ、あふぅ、くうぅっ……んっ、あふっ、ん、んあっ」 「京太郎のがっ、中でっ、ああぁんっ……やっ、あ、もうっ、私もっ、またイク……ぅ!」 「はあぁっ、あうっ、んふぅっ、ひんっ、あっ、んうっ、やあぁんっ」 「んんんっ、あはっ、あ、やあぁ……ああぁ、もう止まらな……っ、あああぁ」 「あぁ、んああっ、イクっ、もうイクからぁ……! やあぁ、イッちゃうからああぁ」 「はあぁ、あぁ、あんっ、あくうぅっ……だめっ、あっ、あん、ああぁんっ」 「京太郎っ、ああぁ、好きっ、ひゃあぁ、イクっ、イっちゃ……ああっああああっ!!」 「んあああぁぁっ、あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」 びゅくっ! びゅるっ!! びゅうぅ……! 玉藻の中で、精の全てを吐き出す。 「ふあぁ……んっ、んぁ……中に、出てる……ぅ」 「京太郎の熱いのが、私のお腹に……くぅ、んっ……ああぁ」 「あぅ……んっ、んぁ……最後まで、抱きしめてくれて……」 玉藻の中に精を吐き続けながら、彼女をしっかりと抱きしめる。 「はぁ、はぁ、ふぅ……はあぁ……あぁ……」 「ねぇ……京太郎? このまま今日は……一緒に眠りたい」 「このままでいいのか」 「ん……今日だけでいいから、1人になりたくないんだ」 「これからずっと一緒だってわかってるけど……」 「でも……」 「わかった。朝まで一緒だ」 「でもシャワーは?」 「もう浴びた」 「わかったわかった、じゃあ一緒にお風呂入ろう。な?」 「それなら、いい……」 「ふふ、可愛いな」 「こんなわがままは、本当に今日だけだから」 「いいよ。何度でも」 「わがままくらい、何度でも聞いてやるさ」 「もう他人じゃないんだからな」 「うん……そうだった。もう私達は家族だ」 父との話し合いが終わってから、私は絵に没頭した。 「(今までは親に隠れてこそこそ描いていたからな)」 「(これでやっと、全力で打ち込める気がする……)」 「(私の大好きな道に向かって、全力で)」 「盛り上がってるところ悪いんだが、次のテスト勉強が先だ」 京太郎の指導のお陰で、成績も落とさずに済んだ。 部活にももちろん精を出した。 大切な仲間と過ごす時間は、私の大事な財産だ。 みんなが書いてくれた手紙は功を奏したらしく、お父様から『いい友人を持ったな』というメールが来た。 手紙の内容は、残念ながらわからないままだ。 そして迎えた展覧会。 締め切りぎりぎりに提出した私の絵は、なんと入選。 「入賞者が逃げてどうする。ほら早く」 「無理だ、自分の絵が大勢の人の前で晒されてるんだぞ」 「そりゃ、展覧会だからなあ……」 私の絵は、風景画と抽象画を混ぜたようなものだった。 森の中の小さな湖を描いた絵なのだが、湖面はパステル調の幻想的な色にしてみた。 京太郎と認められてからの、幸福な気分を込めたものだ。 京太郎本人にはなかなか言えないが。 「入選してるんだし、堂々としてればいいじゃないか」 「慣れてないんだ、仕方ないだろう」 展覧会の最中は、絵画関係の人に話しかけられたりした。 新しい世界への扉が、目の前でどんどん開いていくような、不思議な感覚だ。 もちろん、図書部の面々も見に来てくれた。 ……そして展覧会の終了直前。 一番見てほしかった人が来てくれた。 大遅刻だ。 『仕事が忙しいから10分で帰る』と雑に言って、私の絵を鑑賞してくれる。 「……なるほど」 「いかがでしょう」 「まだまだ素人の絵だな。これからも励め」 ばっさり斬って落としてくれた。 次こそは父を納得させたい。 展覧会の帰りに、玉藻と2人で街を歩く。 「結局お父様は何をしに来たんだ」 「人の絵を散々批評したあげく、一番大事な結論は先延ばしにして帰ってしまうとは」 「メール見る限りじゃ、割と好感触な気もするが」 「ちょっと待て、いつから父とメールをする仲になったんだ?」 「アドレス交換してるし」 「いつの間に……」 「まったく、お父様は最近京太郎とばかり話している気がする」 親父さんとは、週1くらいのペースでメールのやりとりをしている。 基本的には、玉藻の近況報告が多いが、最近は雑談も混じるようになっていた。 少しずつだが、距離が縮まっていると思いたい。 「そういや、親父さん、地元の人に俺のことしゃべってるみたいだ」 「え? まさか」 「この調子だと、玉藻の実家に行ったら大変なことになりそうだ」 「大変とは?」 「跡継ぎ的な?」 「お、おおぉ……」 玉藻が真っ赤になった。 「もう、完全に逃げられないかもしれない」 「逃げる気なんて最初からない」 玉藻が嬉しそうに微笑む。 こんな笑顔を見せてくれるんだ。 どんなハードルでも越えて見せよう。 「そうだ、京太郎」 甘えるように腕を組んでくる。 「私は、展覧会で良い結果を残しただろう?」 「ああ、頑張ったな」 「図々しいかもしれないが、何かご褒美はないか?」 「おお、そうだな。いいよ、何が欲しい?」 玉藻はポケットから大事そうに、一枚の写真を取り出す。 見覚えのある、古ぼけた写真。 「お前、それは」 「京太郎の昔の写真だ。父から譲ってもらった」 「これがご褒美なら一番嬉しいんだが」 「返してもらおう」 「本気で返してほしいならそうする」 玉藻が真面目な顔で俺を見た。 「こういうことを言うのは失礼かもしれないが、私はこの写真を見て、とても悲しくなった」 「この子の目は、子供のものには見えない」 「ひどい言いぐさだ」 図星でもあった。 暗く静かな老成した目。 人に対して、そして自分に対しても何の期待も持っていない目。 およそ子供のものとは思えない。 「お守りというんじゃないが、私が持っていたいんだ」 「京太郎に渡しておいたら、絶対捨てるだろう?」 「だろうな」 「ちなみに、もらってどうするんだ?」 「携帯の待ち受けに……」 「いやいやいやいや」 「まあ、待ち受けは冗談だとしても、持っておきたいんだ」 「できることなら、この子も幸せにしてあげたい」 「??」 「捨ててしまったら、この子は、悲しい顔のままこの世から消えてしまう気がするんだ」 「一緒に楽しい時間を過ごして、少しでも明るい気分にさせてやりたい」 「過去の京太郎までどうこうしようというのは、少々欲張りかもしれないが」 「玉藻……」 なぜか救われた気分になった。 もしかしたら俺は、過去を切り捨てようとしていたのかもしれない。 そうだな。 写真の頃の俺にも、今の幸せな生活を満喫させてやろう。 写真が本当に笑ったら気色悪いが、それでも何か、変えてやれる気がする。 「玉藻は、昔の俺も救ってくれるのか」 「ん?」 「いや、何でもない」 「写真、玉藻にやるよ」 「ありがとう、大切にする」 玉藻の笑顔が咲く。 「じゃあ、俺も親父さんからもらった玉藻の写真を待ち受けに……」 「それは駄目だ」 「ずるくない?」 「まったくずるくない」 くだらないやりとり。 でも、これが幸福なんだ。 「(だんだんわかるさ、世の中捨てたもんじゃないって)」 心の中で、写真の中の自分にそう伝えた。 10月上旬。 窓からの心地よい秋風に吹かれながら、俺は読書タイムを満喫していた。 読書の秋とはよく言ったものだ。 俺のページをめくるスピードも、通常の三割増しで速い。 こんなタイミングで来客だ。 仕方なく玄関へ向かう。 「どちらさん?」 「御園です」 「急にすみません。今、いいですか?」 「ああ、もちろん」 彼女の突然の来訪に、少し面食らいつつ扉を開けた。 「こんにちは」 「よう」 部屋に入ってきた千莉の視線は、ふらふらと落ち着かない。 微妙に顔が赤い気もする。 「体調でも悪いのか?」 「え? い、いえ。何でもないですよ」 にっこりと笑顔を作る。 「そっか、いつもと違うように見えたんだが」 「京太郎さんの気のせいです」 作り笑顔のまま言い切った。 何か陰謀がある気がする。 少し様子を見よう。 「お茶淹れるから、適当に座っててよ」 「あ、おかまいなく。ちょっと寄っただけなので」 そう言って、千莉は俺の部屋を見渡す。 やっぱ変だな。 何はともあれ、俺は台所で紅茶を淹れる。 千莉の好きな銘柄は、きっちり常備してあるから問題なし。 これも愛ゆえだ。 「お待たせ……って、おい!」 お茶を持って部屋に戻ると、千莉がベッドの下を四つんばいになってのぞいていた。 スカートの中が、しっかりとあらわになっている。 「え? あっ……? きゃっ!」 「あいたっ!」 ベッドに頭をぶつけた。 「いたたた……」 後頭部をさすりながら、千莉はようやく顔を見せる。 「大丈夫か?」 お茶をテーブルに置いて、俺は千莉の傍へ。 「は、はい……。もうそんなには痛くないです……」 少し涙目で、千莉はこくんと頷く。 「それは何より」 「じゃあ、本題に入ろうか?」 千莉にお茶を渡す。 「あ、いい香り、アッサムですね」 「ああ、良さそうなの商店街でたまたま見つけて」 「私のためにですか? 嬉しいです」 「いやいや、これくらい」 「で、本題に入ろうか?」 「あ、でも、少し温度が高いです」 「もう少しぬるめの方が、香りが立ちますよ」 「そうか、よく覚えておくよ」 「で、本題に入ろうか?」 「……」 千莉が目を逸らした。 「何も見なかったことにして下さいよ」 「いやいやいや、彼女がベッドの下を勝手に漁ってたら普通気になるだろ」 「漁ってなんかいません」 「そんな言われ方は心外です」 「俺はプライベートを侵害されたわけだが」 「上手いですね」 「ありがとう」 小さく拍手をされた。 「で、何を探してたんだ?」 「本当に悪気はなかったんです」 「でも、私、不安なことがあって……」 と、千莉が重い口を開く。 昨日の放課後。 京太郎さんと高峰先輩は依頼で外出していた。 部室は女の園だ。 「ねえねえ、千莉千莉」 ファッション誌を片手に、佳奈が私の傍にやってくる。 開いているページは星占いの特集だ。 「別に興味ないけど」 「そう言わないでよ。ほら、筧さんとの相性占ってみようよ」 「え? わたしにも見せて見せて」 「なかなか興味深いな」 私より他の人の方が興味津々だ。 あっと言う間に、私を中心に円陣ができあがる。 めんどくさいなあ。 「千莉ちゃんは、占いに興味ないの?」 「信じてませんから」 私は、どんな運命も自分の努力次第で切り開けるって信じたい。 「私は、わりとこの手の記事は好きだな」 「桜庭先輩が?」 「占いには夢があるじゃないか」 「こう見えても乙女なんだ、ははは」 扇子をパタパタ扇いでいる。 「でも、このページを担当してるマギーテレサ先生は、よく当たるって有名なんだよ」 「どんな悩みも、スピリチュアルにズバッと解決! ホロスコープでおしおきよ!」 「……が、信条の世界的占い師さんですから」 大丈夫なのかな、その占い師。 「それで、筧くんと千莉ちゃんの相性はどうなの?」 「私と京太郎さんじゃありません。牡牛座と水瓶座の相性です」 「細かいヤツだな。占い的には同じことじゃないか」 「そんな大雑把な区分け、すでに変ですから」 ついムッとしてしまう。 信じてないつもりでも、やっぱり気になっちゃう。 「えーっと、なになに……」 「おおっ!!」 佳奈がいきなり大声をあげる。 「な、何?」 「ど、どうしたの、佳奈ちゃん」 「いやぁ、これは」 と、佳奈が雑誌を閉じる。 「占いなんてつまらないですね、今日の活動に戻りましょう」 「ちょっと佳奈!?」 「佳奈ちゃん、見せてよ」 「駄目です、ほんと駄目です、子供が見たら目が潰れます」 「もったいぶるな」 桜庭先輩が雑誌を奪い取った。 「えーと、なになに……」 「なんだ、相性ばっちりじゃないか」 相性は☆5つ、満点だ。 「(……よかった)」 「あ、千莉ちゃん、いまよかったって」 「言ってないです、ぜんぜん言ってないです」 慌てて表情を引き締めるが、にやけてしまうのがわかる。 相性ばっちり……ばっちりかあ。 「あ、でも、男性の浮気には要注意だそうです」 「え?」 京太郎さんが浮気? いや、そんなことはありえない。 あの真面目で…… 「あのクソ真面目な筧が浮気なんてできるか」 私の気持ちを桜庭先輩が代弁した。 「わたしもそう思うけど……」 ちょっと白崎先輩が言葉を濁す。 「思うけど、何ですか?」 「ほら、男の人って心と身体が別だって」 「不倫は文化だとも言うな」 不安になってきた。 「筧さんって、最初の頃は女の子に興味があるのかわかりませんでしたよね」 「高峰とDVDの貸し借りはたまにしてたみたいだが」 「そ、そうなんですか?」 知らなかった。 ちょっとショック。 「あ、千莉、知らなかったパターン?」 一瞬で顔色を読まれた。 「男なんてそんなものだ、恋人ができても結婚しても、そういうものは隠し持っていると言うぞ」 「没収して、カラスよけにします」 「うわ、千莉厳しー」 「厳しくない」 「私がいるのに、そんなの……」 「わ、大人発言」 「白崎先輩に比べれば、いろいろ経験してますから」 「……そ、そうだね」 白崎先輩が涙目になった。 「……と、そんなことがあったんです」 「不毛だ」 軽く頭痛がしてきた。 「で、何か見つかった?」 「いえ、何も」 「そりゃそうだ。もともとDVDなんて持ってない」 「ほ・ん・と・うですか?」 まだ疑っていた。 「そりゃ、俺も健康な男子だし、その手のブツはいくつか持ってたさ」 「でも、もう捨てたよ。千莉がいるのに失礼だと思って」 「京太郎さん……」 頬を染めながら、俺を見つめる。 「安心した?」 「はい。疑って、すみませんでした」 しゅんとうつむく。 「いいって」 「嫉妬されなくなったら、彼氏としても寂しいからな」 俺は千莉の頭に手の平をのせて、優しく撫でた。 「あ……」 千莉の首筋や、耳まで紅潮しだす。 「あの……京太郎さん」 「ん?」 「本当は、私」 千莉は俺の身体に身を寄せると、背中に腕を回してきた。 「信じてなかったわけじゃないんです。でも、急に京太郎さんの顔を見たくなって」 「……ごめんなさい、変な子ですよね」 「そんなことない」 俺も千莉の腰に両腕を回しながら答えた。 「俺だって、いつでも千莉の顔は見たいよ」 千莉の耳の傍で囁いた。 「あ……」 ぴくん、と千莉の肩が震えた。 「京太郎さん……耳元でしゃべったら……」 「くすぐった……あっ」 予告なしに、首筋に唇を押し当てた。 「あ、ん、京太郎さん……」 「ダメですよ……」 言葉とは裏腹に、俺を抱く腕に力を入れる千莉。 華奢なその感触に、否応なしに興奮してくる。 「……千莉」 少しだけ身体を離して見つめた。 千莉の瞳は濡れている。 「京太郎さん……」 「ん、ちゅっ、ん……」 「んっ、あっ、んっ、ちゅっ……」 「大好き、京太郎さん……んっ……」 抱き合いながら、何度も何度もキスをする。 千莉の柔らかな唇の感触。 甘い髪の香り。 互いに唇をついばみ合う音。 それらの情報すべてが、千莉への愛おしさを増幅させる。 「千莉」 キスをやめて、彼女の両肩に手を添える。 「京太郎さん……」 「……いいか?」 「あ……」 千莉の視線が一瞬だけ、俺のベッドの上をなぞる。 「はい……」 真っ赤になってうなずいた。 俺の鼓動が、はっきりと分かるくらい速くなる。 「千莉……」 「……」 「……」 硬直する。 扉の向こうから、宅配便屋の声がした。 「許せないな」 「呪いをかけてあげたいです」 「いやー、そりゃ惜しかったな」 次の日の放課後。 先に部室にいた高峰に、昨日のことを話す。 「でもま、上手くいってるみたいでよかったよ」 高峰が缶コーヒーのプルタブを開け、美味そうに飲む。 「あの無愛想だった歌姫が、今じゃずいぶん笑うようになったし」 「お前の話してるときなんか、結構幸せそうな顔してるぞ」 「ほう」 「ほう、じゃねーよ。クールなふりしやがって」 「畜生……ちくしょう……」 「ぱお」 涙をこぼす高峰の前に、ギザがティッシュの箱を滑らす。 「彼女ナシの俺には、ティッシュがお似合いってわけか! ありがとうよ!」 「めんどくせえなおい」 「こんにちは」 「お邪魔します」 高峰と遊んでいると来客があった。 「よう、いらっしゃい」 「突然すみません」 「別に構わないよ、適当に座って」 「ありがとうございます」 と、千莉と芹沢さんが席に着く。 「あ、千莉は筧さんの隣じゃなくていいの?」 「部室でまでベタベタしてないから」 「へー、片時も離れたくないって言ってたのに」 「言ってないから」 まったくもうと膨れる千莉だが、二人の間にかつてのとげとげしさは微塵もない。 「で、芹沢さん。今日はどうしたの?」 「はい、鈴木さんにぜひお願いしたいことがありまして」 「佳奈すけに?」 「なるほど、台本の依頼か」 部員が揃ったところで、芹沢さんからの依頼を説明した。 「何とかって施設の子供達に見せる劇だそうだ」 「身寄りのない子供達のための養護施設です」 「毎年、ボランティア部と演劇部が合同で、主催してるとか」 俺が昔世話になっていた施設でも、そんな行事があったな。 「責任重大そうですね……」 「未来ある子供達が喜ぶ話なんて、この鈴木に書けるかどうか」 佳奈すけが、腕を組んで悩みだす。 「無理かなあ」 「人選ミスか」 「人を汚れた人間みたいに言わないで下さいよ」 「……そりゃまあヨゴレですけど」 ここまで一連の流れである。 「でも、とってもいい話じゃないかな」 予想通り、白崎部長は大乗り気だ。 「学園だけでなく、この世界をもっと楽しくできるよね」 「世界まで相手にするのかよ」 こいつはそのうち、どこかの大統領にでも立候補しかねないな。 「白崎さんが乗り気だと、断りにくいですね」 「でも、最近ちょっと断筆宣言気味なんですよね、ははは」 佳奈すけが乾いた笑い声を上げる。 「佳奈、自信ない?」 「う〜ん……千莉はどう思う?」 質問を返され、千莉は考え込む。 「佳奈、お話作るの好きだよね?」 「そりゃまあ、ええ、多少は」 「だったらやった方がいいよ」 「好きなことは遠慮しない方がいいと思う」 佳奈すけの目を見て、千莉が頷く。 相手のことを真剣に考えた上での言葉だとわかる。 「うーん、千莉にそう言われちゃうと」 照れたように佳奈すけが頬を指先でかいた。 「わかりました。この鈴木佳奈、折った筆を再び取りましょう!」 復活早いな。 いや、千莉の真剣な声に動かされた照れ隠しか。 「よし、話は決まりだな」 「芹沢からの依頼は受けると返事をかえそう」 「今日から、鈴木は台本の執筆、残りの者はできるだけサポートすること」 部員全員が桜庭の総括にうなずいた。 「佳奈、頑張ってね」 佳奈すけを応援する千莉。 以前の硬質なガラスを思わせた態度は、もうない。 ……成長してるんだな、あいつも。 千莉の成長に少しでも寄与できているなら、こんなに嬉しいことはない。 窓から強い日差しが差し込む。 10月といえど、残暑が厳しい日もある。 だが、もう衣替えは終わっている。 となると。 「ふぅ……」 「今日は異常気象だな……」 前の方に腰掛けている白崎と桜庭もグロッキー気味だ。 「Zzz……」 高峰に至っては、すでに夢の中。 「であるからして、この定理は……」 だが、ホワイトボードの前の教師は、そんな生徒達にお構いなしに快調に飛ばしている。 ただ座って講義を聞いてるだけより、話をしていた方がいいのだろうか。 「ん?」 携帯にメールが来た。 千莉からだ。 『急用で、今日のお昼いっしょに行けなくなりました。ごめんなさい』 「……」 残念だが仕方ない。 『了解。気にしないで。放課後、部室で』 簡単な返信をすぐに送った。 今日は購買でなんか買って済ますか。 昼休み。 購買でオニギリとミネラルウォーターをゲットして、早々に離脱した。 さて、どこで食うか。 まあ部室だよな。 「失礼しました」 「ふぅ……」 「千莉」 「あ」 偶然にも、教官室から出てきた千莉と鉢合わせした。 「急用って、呼び出しだったのか」 「え、ええ、まあ……」 言葉を濁す。 さっきはため息をついてたな。 「もしかして、また声楽科の先生?」 「ええ、そんなところです」 千莉の表情は硬い。 「怒られたとか」 ムッとして、軽く俺をにらんだ。 「ち、違います」 「別に怒られたわけじゃありません」 「ただ、まあ……いろいろです」 何かを言いかけたように見えたが、千莉は口をつぐんだ。 「本当に大丈夫?」 「……はい」 何かあるらしいが、いま強く押しても意固地になるだけだろう。 少し時間を置こう。 「京太郎さん、お昼は食べちゃいました?」 「いや、これから」 購買で買ったブツを見せながら、答えた。 「じゃあ、私も購買部で何か買ってきます。一緒に食べましょう」 「購買部まで付き合ってくれますか?」 「もちろん」 「じゃあ、行きましょう」 「うーむー」 「きゅいーっ!」 放課後の部室では、ノートPCを前に佳奈すけが奇声を発していた。 「おーい、誰か佳奈すけを病院に連れてってくれよ」 「いや、そういう病気じゃないんですが」 「だったらお前、原稿を『会いたい、愛したい』で埋め尽くすなよ」 PCの画面が気持ち悪いことになっている。 「それは真面目に引くから」 「やだなあ、ギャグですよ」 佳奈すけがマウスを動かすと、ぴっと文字が消えた。 スクリーンセーバーだったのか。 「もしかして、佳奈ちゃん暇?」 「いやもう何も思いつかなくて死にそうです」 さっそく原稿に行き詰まっているらしい。 「すみません、私、そろそろ……」 鞄を手に、千莉が席を立つ。 「ああ、今日は声楽の練習があったな」 「すみません、最近早退多くて」 「ううん、千莉ちゃんには千莉ちゃんにしかできないことがあるから」 「図書部のことは気にしないで、頑張ってね」 「私にしかできないこと……」 白崎の言葉に、千莉が一瞬、表情を曇らせた。 なんだろう? 昼休みのことと関係あるのだろうか? 「では、失礼します」 「千莉、その前に何かアドバイス」 「努力、友情、勝利」 にこっと笑って、千莉は部室から出て行った。 「参考になりそうか?」 「はーまー、一応」 佳奈すけがエンターキーを連打した。 「ところでさ、千莉のことで何か聞いてない? 相談事とか悩みとか」 ストレートに聞いてみる。 「特には聞いてませんけど」 「ていうか、悩みがあったらまず彼氏さんに話すんじゃ?」 「俺には話しにくいこともあるかと思って」 「うーん……やっぱり聞いてないですねえ」 「そっか」 佳奈にも話せないことなのか。 それとも、まだ一人で考えたいのか。 「御園がどうかしたのか?」 「あいつ、今日ずっと元気なかったろ?」 「あれ? そうだった?」 白崎と桜庭が首をひねる。 「ま、彼氏だからわかるんだろうな」 「千莉は幸せ者ですねぇ」 「ふぁーーー」 デブ猫もしたり顔で頷いている。 「ともかく、何か相談されたら力になってあげてほしいんだ」 「ついでに、それとなく教えてくれたらありがたい」 「千莉が、筧さんには内緒にしてって言うかもですよ?」 「そん時は任せるよ。信頼関係の問題もあるしさ」 みんなが頷いてくれた。 「相談してこないということは、深刻な問題ではないんじゃないか?」 「心配しすぎないでね、筧くん」 「ああ、ありがと」 時計を見ると、午後8時過ぎだった。 遅くなったけど、そろそろ飯にしよう。 今日は千莉もいないし、コンビニでも行くか。 上着を着ながら玄関に向かう。 「京太郎さん、いますか?」 「千莉か」 心配していたこともあり、勢いよくドアを開けた。 「開けるの、すごく早いです」 玄関先で、千莉が目を丸くする。 「早く顔が見たくて」 「ふふふ、たまたま出かけるタイミングだったんですよね?」 千莉が上着を見て笑っている。 「バレたか。さ、上がって」 「いいんですか? お出かけなんですよね?」 「コンビニ行くだけだから、後で構わない」 「あ、なら良かったです」 「間に合いました」 千莉は破顔して、白い買い物袋を掲げた。 ひょっこりと青ネギが顔を覗かせている。 「夕食、私作ります」 「いいのか?」 「嫌ならやめますけど」 「いやいやいや、ぜひぜひ」 「素直にそう言って下さい」 にっと笑うと、千莉は家に上がる。 「お台所、借ります」 千莉がパタパタと台所に向かった。 今まで料理を作ってもらったことは何度もある。 でも、そういうときは事前に連絡してきたものだ。 「(やっぱり、何かあったんだよな……)」 千莉は元々、感情をダイレクトにぶつけてくるような子ではない。 それは、付き合い始めても変わらない千莉のパーソナリティだ。 だから、こっちが汲み取ってやらないといけない。 食事の後に探ってみるか。 「京太郎さーん、ピーラーってないですか?」 「新品があるぞ、2年ものの」 「買ったきり使ってないんですね。本当にもう先輩は」 千莉が溜息をついてから、苦笑した。 「ご馳走様、美味しかったよ」 「良かったです」 嬉しそうに微笑む千莉。 千莉は元々、料理を作るタイプじゃなかった。 俺が外食漬けの日々を送っていると知り、密かに料理の勉強も始めたらしい。 彼女の思いやりには頭が下がる。 「じゃあ、食器を洗っちゃいます」 「あ、千莉」 「あ……」 立ち上がろうとする千莉を引き止めるように、手を掴んだ。 「どうしました?」 「ちょっと聞きたいことがあるんだ」 「あ、ああ……」 「いきなり食欲の次に走ったのかと思いました」 「そこまで肉食じゃない」 千莉が腰を下ろす。 「それで、なんでしょう?」 「昼間のことなんだけど」 「教官室で何があったか教えてくれないか?」 一瞬、千莉が動きを止める。 「気にしないで下さい、私のことですから」 「彼女のことだから心配なんだ」 「ありがとうございます」 千莉がにこっと笑う。 この笑顔は、距離を取ろうとする笑顔だ。 「一人で悩まないでほしいんだ」 「付き合ってるんだし、今まで言えなかったことでも相談してくれたら嬉しい」 何とか距離を縮めたい。 「やっぱり、先輩は先輩ですね」 「ん?」 「嬉しいです、心配してくれて」 目を細め、俺の手の上に手を重ねてきた。 「やっぱり決めました」 「私は、ずっと京太郎さんと一緒です」 「は?」 「私もすっきりしました。ありがとうございます」 「いや、ちょっと待って」 自己完結してしまった。 「わかるように説明し……」 「っ……」 抗議しようとしたところを、唇でふさがれた。 「ちゅっ、んっ、ん……」 深く、深く。 半ば強引なほどに、千莉に求められた。 覆いかぶさってくる千莉を支えるので精一杯だ。 結局、押し倒されるように、2人で床に倒れこんだ。 「京太郎さん……」 俺の胸にしがみついて、頬を擦り付ける千莉。 「いきなり甘えてくるな」 言いつつ、頭を撫でてやる。 「恋人なんだから、いいじゃないですか」 くすくす笑いながら、ぺったりとくっつく。 「まあ、な」 結局、千莉が落ち込んでいた理由は聞けなかった。 が、もう千莉の中で答えは出たようだ。 元気も出たようだし……これで一件落着か。 「京太郎さん」 「ん?」 「ずっと一緒ですよ」 「もちろん、俺もそのつもりだ」 「ふふ」 佳奈すけが台本の依頼を受けてから4日。 「私からの報告は以上だが、他に何か議題はあるか?」 「はい……」 佳奈すけが力なく手を挙げる。 表情が微妙に暗い。 というか、やつれているように見える。 「佳奈ちゃん、元気がないみたいだけど大丈夫?」 全員がすぐに心配する。 「えーっと、なんて言うか、その……」 言葉を濁す。 「上手く説明するのは、なかなか難しいんですが……」 「どうした?」 「いやあ、ちょっと言いにくくて」 「最近、セルライトができてるって話か?」 「佳奈、早くも……」 「高峰さん、適当なこと言わないで下さいよ、営業妨害ですよ!?」 「じゃあ何なんだよ」 「台本が全然進んでないんです!」 佳奈すけが、渋柿でもかじったような顔で言った。 「なんだ、そんなことか」 「ほーんと、心配しちゃった」 「待て待て、実は深刻な話題だよな」 佳奈すけを見ると、がくりとうなだれた。 「そうなんです、全然筆が乗らないんですよ」 「どうしたの? スランプ?」 「実は、スランプ以前の問題でして、劇の形態を決めかねてるんですよ」 「普通の劇じゃダメなの?」 みんなで首をひねる。 「確かに〈御伽噺〉《おとぎばなし》ちっくな話を、普通にやってもいいんですけど、それだと間が持たないと思うんですよ」 なるほど尺の問題か。 「演出で頑張るとかどうよ? 照明とかスモークとか爆発とか」 「会場が正式な舞台じゃありませんから、凝った演出はできないんです」 「小さな子供がいるんだ。危険なものは難しいだろう」 「でも、今の子はテレビやネットで派手な演出に慣れてるから、話の筋だけじゃ満足してくれないかもしれません」 「だから、普通でいいのかなって悩んじゃって」 「そのまま1週間経過したと」 「仰る通りでございます」 佳奈すけががつんと頭を下げた。 「すごいね、どうよ、この妥協なき精神」 「鈴木佳奈先生の次回作にご期待くださいって感じだ」 「いえー、連載終了!」 「いえー!」 何故かハイタッチをする二人。 意味がわからん。 「なら、今からアイデアを出し合おうじゃないか」 「派手な演出なしで、劇が盛り上がる方法だね」 どうしたもんだろう。 子供が喜ぶものといえば……。 「教育番組みたいに、着ぐるみを着るってのはどうだ?」 「はいはい、歌って踊る系ね」 「それだと、劇というよりミュージカルっぽいような」 「それですよ! ミュージカルにしちゃえばいいんだ」 佳奈すけが表情を輝かせた。 「子供、喜ぶかな?」 「喜ぶからこそ、昔からテレビでやってるんじゃない」 「だが、演劇部は了承するか?」 「それ以前に、演劇部の人って歌えんの?」 「歌のレッスンはしてるはずです」 「まずは相談してみます」 「それがいい。俺たちがごちゃごちゃ言っても埒が明かないしな」 「じゃ、早速行ってきます」 言うなり、佳奈すけは資料をまとめて部室を出て行った。 「ま、多少は元気になったようで良かった」 皆で頷くが、千莉だけは仏頂面をしている。 「嫌な予感がするんですが」 「ふふふ、見えたぞ」 桜庭が扇子を開く。 「おはちが回ってくると思ってるんだろう」 千莉が頷く。 「心配するな、御園」 桜庭が優しく微笑む。 「その予感は的中するだろう」 「ふぉふぉふぉふぉ」 千莉がますます仏頂面になった。 20分後。 「千莉、お願いがあるの」 「嫌」 「もうちょっと聞いてくれても」 「どうせ私に出演しろって言うんでしょ」 「正解! ご褒美に、ミュージカルへの出場権を……」 「いらない」 とりつく島もない。 「うわーん、筧さーん」 「演劇部の人、どうしても千莉に出てほしいって引かないんですよ」 こっちに泣きついてきた。 しょうがないな。 「千莉……」 「嫌です」 「まだ何も言ってないし」 「上手く口車に乗せて出演させるつもりですよね」 「どうして嫌なの? 千莉ちゃん」 皆の視線を受け、千莉も少し考える。 「……恥ずかしいからです」 ぽつりと答えた。 「前は大勢の前で歌っていたじゃないか」 「歌だけならいいですけど、踊りなんて」 「ただでさえ可愛い千莉が躍るんだ、最高に決まってる」 「なんなら、全席俺が買ってもいいくらいのステージだ」 「変なこと言わないで下さい」 「お前、意外と病気だな」 「すまん、取り乱した」 深呼吸をする。 「演技が無理なら、千莉の台詞を減らすよ」 「基本は歌うだけ。直立不動で歌っててもOKな役にするから」 脚本家が大幅な譲歩をしてきた。 よっぽど千莉の歌が欲しいんだな。 「う、う〜ん……」 佳奈すけにここまで言われて、さすがの千莉も考えだす。 「台詞が少ないなら大丈夫」 「そうそう、佳奈すけもここまで言ってるんだし」 「千莉ちゃん、人生は一度だよ」 「千莉〜」 8つの瞳に責め立てられる。 千莉は助けを求めるように俺を見てきた。 しかし、獅子は我が子に多額の保険金を掛けて崖から突き落とすという。 「演技の話は置いておくとして、子供の前で歌うってのは勉強になるんじゃないか?」 「昔から勉強嫌いで有名だったので」 「まあ聞け」 「子供には余計な知識がないから、純粋に歌声の勝負になる。本当の実力を試すには最高の舞台だと思う」 「……まあ、そうかもしれませんが」 「顔やミニスカートじゃ騙せないんだ」 「(そこで余計なことを言う意味がわからない)」 「(微妙に恥ずかしいんじゃないの?)」 周囲のツッコミはスルーしつつ。 「ひとつ、試してみないか?」 俺の視線を受け、千莉が黙る。 逡巡すること数秒。 「……仕方ないですね」 聞き取れないような声で答えた。 「え? 何?」 「出るって言ってるの」 ついに陥落である。 「難しいことはできないから、優しくね」 「わかってるって、大丈夫大丈夫っ」 佳奈すけが千莉をぎゅっと抱きしめる。 「こら楽しみになって来たな」 「うん、どうなるかな」 千莉が着ぐるみで踊るわけか。 ちょっと期待だ。 「ほら、この数式、整理するとさっき教えた公式が使えるだろ?」 「あ、そうですね」 図書部の活動が終わっても、俺と千莉はまだ部室に残っていた。 苦手だという数学を教えているのだ。 周囲が気を遣って二人にしてくれたのかもしれない。 「京太郎さん」 「ん?」 一通り勉強を終えた千莉は、パイプイスの上でリラックスしている。 シャーペンを置いて、一息つく。 「今日、ひどいです」 ぷくっと頬を膨らませる。 「ミュージカルのこと」 「そうです。味方してくれるのが普通じゃないですか」 「俺はいつでも千莉の味方だよ」 「……気持ち悪い」 心に響くコメントをもらった。 「後悔してるのか」 「どうですかね」 千莉が子猫のように目を細める。 口ではこう言っているが、ミュージカルは嫌じゃないようだ。 「子供に向けて歌うのは、きっと勉強になるよ」 「勉強したくて歌うわけじゃないですけど」 「佳奈すけのため? いや、子供に喜んでほしいのか」 「知りませんよ」 千莉が膝の間に顎を埋めた。 千莉はプライドが高い猫だ。 見透かしたようなことを言うのは良くない。 「京太郎さんが必死に頼んできたからOKしたんです」 「恥をかかせたら悪いですから」 「そらどうも」 「だから、何か下さい」 にっと笑う。 「何が欲しい?」 「自分で考えて下さい」 考えてみる。 「デートでもするか」 「それ、私がデートしたがってるみたいですね」 「俺の勘違いだったならショックだ」 「全額おごりなら考えてもいいですよ」 「うーん」 「おごってもいいけど、なら、ミュージカルの成功が条件だな」 「わかりました、乗ってあげますよ、センパイ」 「覚悟していて下さいね」 そう言って千莉は目を細めた。 舞台の方針が決まったことで、佳奈すけの筆は順調に進みだした。 「台本できました」 佳奈すけ、ノートパソコンを両手で掲げ、完成宣言。 「おめでとう、佳奈ちゃん」 「お疲れさん」 部員全員がどやどやと佳奈すけの傍へ。 「いやー、悩みがふっとんだら、一気に筆が進みまして」 「もう寝食を忘れてキーボード叩いちゃいましたよ」 「お陰でダイエット成功です」 「もう、身体壊したら大変だからね」 「大丈夫です。減っちゃまずいところは減ってませんから」 「ああ、そうだな。減ってない減ってない」 桜庭が優しい笑顔になった。 「で、台本の出来はどう?」 「まあまあ、落ち着いてください。まずは演劇部の人たちに読んでもらわないと」 出力した台本を持ち、席を立つ。 「好評だといいね」 「こっちとしては、ばしばし叩いてほしいくらいだけど」 「じゃ、いってきまーす」 出て行った。 「佳奈ちゃん、嬉しそうだったね。自信あるんだ」 「自信がなければ、自分で書いた話を他人に見せようなんて考えないだろう」 「凡才の私には、わからない領域の話だが」 桜庭が肩をすくめた。 「俺には桜庭が凡才とは思えないがな」 「そうそう、玉藻ちゃんがいるから図書部はやっていけてるんだよ」 「玉藻ちゃんにはリーダーの資質があるんじゃないかな」 「私もそう思います」 「桜庭先輩は、自己評価が低すぎます」 「そ、そう言ってくれるのはありがたいが、慢心は良くない」 扇子で顔をパタパタ扇いでいる。 「(相変わらず褒められると弱いな)」 「(それでいて、素直にありがとうと言えないんだ)」 厳しく育てられた人にはこういう性格が多い。 「ねえねえ、わたし達も行ってみない?」 全員が視線を白崎に向ける。 「佳奈ちゃんの様子を見てこようよ」 「そりゃ、また何で?」 「佳奈ちゃんの台本が大絶賛されるの見たいじゃない」 「一応、逆パターンもあるからな」 「そ、そうなったら、皆で慰めてあげないと」 あわあわと慌てる白崎。 優しいというか、お母さん体質だな。 「よし、鈴木を慰めに行くか」 「そっち方向に決め付けちゃダメだよ」 結局、全員で佳奈すけの後を追うことになった。 「すごーい! いい話〜っ!」 「鈴木さん、本気で天才だわ〜」 「いやいや、まあ、それほどでも……ははは」 演劇部に入ると同時に、俺達の心配は杞憂だったと知らされた。 ほっと胸をなで下ろす。 「あれ、皆さんどうしたんですか?」 「佳奈が泣いてるところを見に来たの」 「見られなくて残念でした」 二人がこづき合う。 「実際、ほとんど手直しの必要がないくらいですよ」 「喜んでもらえたなら、図書部としても嬉しい」 「んじゃま、帰りますか」 と、俺達が出口に向かうと。 「あ、待ってください」 演劇部員の人垣の中から、芹沢さんが顔をのぞかせた。 「良かったら、本読みに付き合ってくれませんか?」 「配役のオーディションも兼ねてますし、せっかく千莉も来てくれてるし」 「聞いていただいて、外部の方の客観的なご意見をいただきたいんですよ」 「今から台詞を読むの?」 「そうよ」 「時間もあまりないし、あなたは歌の練習もあるんだからやれる時にやらないと」 「面倒」 「喧嘩売ってるの?」 「なんて冗談、付き合うよ」 千莉の言葉を聞いて、芹沢さんがにこっと笑う。 「それじゃ、気合いを入れていきましょう」 そんなこんなで、本読みが始まった。 「ああ! ラメオ! あなたはどうしてラメオなの!?」 「親に聞いてよ」 全体的にコミカルな内容だ。 子供相手だし、これくらいがちょうどいいのか。 「本読みの見学というのもなかなか面白いな」 「うんうん、ライブ感があるよね」 「やっぱり、役者さんに演じてもらうと全然違いますね。セリフに魂が入りますよ」 見物人はご機嫌だ。 「……」 今回は役者である千莉は、いくぶん緊張した面持ちだ。 「ねえ、キミはボクのこと好きかい?」 演劇部員が、千莉に問いかける。 「特には」 「素で答えるなよ」 「あ、すみません……こほん」 「だいしゅきですっ」 「そうそう、それ。ブラボー、いい」 しかも可愛い声で良かった。 「なんか筧さんご満悦ですけど」 「大体、観客のあいつが、どうしていいの悪いのと言ってるんだ」 などと言いながら、本読みは進む。 「わわっ、びっくりです」 「えーっと、ここをこーして、えいっ」 幼女── ではなく、千莉が頑張っている。 どうやら記憶が退行してしまった天才歌手という設定らしい。 クライマックスでは、この歌手が記憶を取り戻すのだ。 「佳奈、ちょっといい?」 「何で子供みたいなセリフなの」 「仕様、仕様」 「セリフ、3つにするって言ってなかった!?」 「仕様変更、仕様変更」 「佳奈を許せないかもしれない」 「千莉ごめんー、書いてるうちにキャラが変わっちゃって」 佳奈すけが千莉にすがりつく。 「千莉、セリフが多いなんて嬉しいことでしょ」 「芸の幅を広げると思って、思い切ってやらなきゃ」 「だいしゅきです!」 「じゃあ、おにいちゃん、わたしにも、キスしてして! ちゅっ!」 「うわぁい! ほめられちゃった!」 「おお、神よ……」 高峰が胸の前で十字を切った。 思わず宗教を間違うくらい、芹沢さんの演技は板に付いていた。 「やはり本職は違うな」 「じゃなきゃ、本職やってられませんって」 堂々とそんなことを言う。 だが、それが嫌味には聞こえない。 それだけの実力を彼女は持っていた。 「わかった。頑張るよ」 千莉が表情を引き締めた。 ライバルの力を目にして、ヤル気が湧き上がってきたようだ。 「すっかり遅くなっちゃいましたね」 「最後まで、演劇部と練習するハメになったからな」 他の図書部員達は、さすがに先に帰った。 最後まで付き合った俺と千莉の二人で、校門をくぐる。 「本番は何とかなりそうか?」 「ええ、おかげさまで」 「子供たち、楽しんでくれるでしょうか?」 「千莉や演劇部が頑張ってるんだ、上手いこといくさ」 「完全に他人事ですね」 冷たい目で睨まれた。 「いやいや、本気で応援してるって」 「だといいですけど」 つーんと澄まして見せる。 「御園さん」 背後からの声に振り向く。 千莉の担当教師だった。 「こんばんは、ちょうど良かったわ」 「例の件だけど、もう一度、考え直してくれないかしら」 「もう、お断りしたはずです」 千莉はバツが悪そうに、視線を教師からそらした。 「もちろんあなたの考えは尊重しますが、大変いいお話なのよ」 「それは、私もわかってます」 「ですけど……すみません」 ペコリと頭を下げる。 何の話かわからないが、先生に対して攻撃的な姿勢は見えない。 昔は、つんけんしていたものだが。 「わかりました」 「ですが、先方へのお返事はまだしないでおきます」 「もし気が変わったら、私のところに来てください」 「引き止めて悪かったわね」 教師が去って行った。 「ふぅ……」 ひとつため息を落とす。 「今の何の話?」 「もう終わった話ですから、気にしないで下さい」 微笑む。 「いや、でもさ」 「終わったことですから」 にっこりと、また笑顔。 「さ、帰りましょう」 千莉は停留所へ向かって、さっさと歩きだした。 俺は仕方なく、その背を追う。 教師が持ちかけてきたのは、先日千莉が自己完結させていた話だろうな。 本当に解決しているなら話してくれてもよさそうなものだ。 直接話してくれないなら、外から攻めてみるか。 「え? 千莉の悩み事ですか?」 放課後。 佳奈すけと二人きりになったので、質問をぶつけてみる。 「昨日も電話しましたけど、何も聞いてないですね」 「ていうか、そのネタまだ引っ張ってたんですか?」 「いろいろあったんだよ」 教師とのやりとりを簡単に説明した。 「うーん、確かにその先生絡みでなんかありそうですね」 「だったら、声楽科の子達に聞いた方がよくありません?」 「そっち方面に知り合いがいないんだ」 「だから、ここは顔の広い佳奈すけに頼ろうと」 「いやいや、私、そんなに顔広くないですって」 「図書部以外だと、アプリオ関係くらいです」 「アプリオか……」 アプリオ関係と言われて、俺の頭にはとある人物の顔が思い浮かぶ。 「嬉野さんに頼んだら、あっさり調べてくれそうだよな」 俺には想像もつかない情報網を持ってるだろうし。 「でも、後できっととんでもないことを要求してきますよ、確実に」 「だよなぁ」 やっぱりボツだな。 「千莉、筧さんに教えてくれないんですか?」 「もう終わった話だと」 「だから、佳奈すけの力を借りたいんだ」 「うーん」 佳奈すけが腕組みをして考える。 「千莉がそういう調子なら、私もやれるだけやってみますとしか言えないですよ」 「まあそうだよな」 佳奈すけには佳奈すけの人間関係がある。 「筧さん、眉間に皺が寄ってますよ」 背後に回った佳奈すけが、肩を揉んでくれる。 「お客さん、随分こってますね〜」 「私もこの商売は長いんですが、ここまで凝ってる方は初めてですよ〜」 小芝居が始まった。 「そうですか、最近疲れが溜まっちゃって……」 のっかることにする。 「ほほう、それはいけませんね〜」 「特に、鈴木って後輩にはいつも苦労させられて……」 「うりゃあっ!」 「ぐあっ」 早速、反撃をくらった。 「あ……」 「あ」 間の悪いところに、千莉登場。 「……」 半眼で睨む。 もちろん、佳奈すけじゃなくて、俺を。 「お、おう」 努めて、爽やかに挨拶をした。 無言で出て行った。 そして、俺は速攻追いかける。 「ちょっと待った」 千莉の肩を捕まえる。 「なんですか、筧先輩?」 呼び方が、以前のものに戻っていた。 「誤解だって」 「何がですか?」 「だから、さっきのは佳奈すけとふざけていただけで」 「なら、言い訳する必要ありません」 立ち去ろうとする千莉。 「待った待った待った」 「俺が悪かった。要求を聞こうじゃないか」 両手を挙げて、降参のポーズをする。 「今度のデートのお食事ですけど」 「夜景の見えるレストランだろ? わかってるよ」 「デザートに、限定スイーツを追加で」 「……」 さよなら、福澤先生。 「OK、もちろんだ」 「ありがとうございます、京太郎さん」 呼称が戻る。 寿命が縮むかと思った。 「で、佳奈とは何を話していたんですか?」 「え? まあ世間話だよ」 「どんな?」 「に、人間関係?」 千莉の目が冷たくなった。 「あ、やっぱり浮気ですね」 「違うって、完全に違うから」 「ふふ、どうでしょう」 格好のおもちゃを見つけたとばかりに笑う千莉をなだめつつ、部室に戻る。 部室に戻ると、佳奈すけが何故かイスの上で正座していた。 今日は一日、この格好で過ごすらしい。 「自分なりのケジメですから」 「ちゃんと12時まで頑張ってね」 「……本気?」 「うん」 千莉の笑顔には容赦がなかった。 「あっと言う間だったな」 「ああ、早いものだ」 今日は、演劇部とボランティア部主催のミュージカルだ。 千莉の役者デビューの当日でもある。 席にはもう小さな子供達が、座っていた。 「今日はすっごい歌の上手なお姉さんが出るんだって〜」 「楽しみだね〜」 千莉のことがもう話題になってる。 さすが歌姫。 「何だか、わたしまで緊張してきたよ。千莉ちゃん、大丈夫かな……」 「昨日の練習では、かなりいい感じだったって言ってましたよ」 「舞台に上がってしまえば、きちんと形にするんじゃないか」 「御園が失敗しているところは想像できない」 千莉なら上手くやってくれるはず。 俺もそう思うが、だからといって不安は消えない。 「つっても、緊張してるんだろうなあ、筧、見てきてやったらどう?」 「そうするよ」 俺の不安を読み取ったのか、高峰が促してくれた。 「やっぱり彼女が心配なんだね」 「そうでなきゃ彼氏じゃないよ」 舞台袖では、制服姿の千莉がパイプ椅子に座っていた。 背筋を伸ばし、じっと舞台を見つめている。 「千莉」 「あ、京太郎さん」 「まだ着替えなくていいのか?」 「私の出番は後半ですから平気です」 千莉が微笑む。 緊張しているようには見えない。 「割とリラックスしてるみたいだな」 「実は、緊張してきてるんです」 千莉が客席を指差した。 「これで千莉の活躍を激写しまくりですよ」 高級そうな一眼レフを構える佳奈すけ。 「玉藻ちゃん、このビデオカメラ、大きいのにすっごく軽いよ」 「どこから持ってきたんだ、こんなもの」 「私が手配しました」 「ちなみに、本職もびっくりの解像度の逸品ですよ、えっへん」 どこのテレビ局だよ、とツッコミたくなるようなビデオカメラを構える白崎。 ていうか、嬉野さんいつの間に。 「身内のせいで緊張させられるなんて」 後で説教だな。 「あ、筧さん、どうも」 ひょっこり芹沢さんが顔をのぞかせる。 「おう、こんにちは」 「こんなところまで、彼女を心配して来たんですか?」 「千莉には過保護なんですね」 「別に過保護じゃないでしょ」 俺の代わりに千莉が反論した。 自分じゃよく皮肉を言うくせに、他人に言われるのは嫌なのか。 「はいはい、彼氏をからかってごめんなさい」 肩をすくめて、苦笑する芹沢さん。 「それより、楽屋で打ち合わせしたいんだけど」 「あ、ごめん。今行く」 千莉が俺に視線をよこした。 「俺は席に戻るよ」 「じゃ、頑張って」 「はい、ありがとうございます」 互いに手を振って別れた。 客席に戻り、高峰の隣に座る。 「お帰り。千莉ちゃんどうだった?」 「大丈夫そうだ」 「それは何より」 「激写! あるいは、劇写!」 佳奈すけがまだ始まってもいないのに、シャッターを切りまくっていた。 何がしたいんだ。 「賑やかね、図書部の皆さん」 遊んでるところに、望月さんがやって来た。 「望月さんも見学ですか?」 「招待状をもらったのよ、芹沢さんから」 「なるほど。よければ一緒に」 「ありがとう」 望月さんが隣に座った。 「ちなみに、私もいます」 「どうぞ」 「別にあなたの許可はいりませんが」 と、望月さんの隣に座る。 「あ、望月さん、席を変わって下さい」 「え? どうして」 有無を言わせず、俺と望月さんの間に多岐川さんが座った。 「ふふふ、思うようにはさせませんよ」 「何なんだ、あんたは」 招待状があったとはいえ、生徒会役員がわざわざ足を運ぶとは。 千莉の歌はやはり、多くの人を引きつける魅力を持っているようだ。 声楽科の教師が、千莉に入れ込むのもわかる気がした。 「ご来場の皆さん、大変ながらくお待たせいたしました」 「まもなく、汐美学園演劇部、ボランティア部主催による、チャリティーミュージカルを開演致します」 ついに本番だ。 全員、ピタっと口を閉じ、舞台の方を注視。 「うわあい!」 「早く早くっ!」 主賓の小さなお客様達も、お待ちかねだ。 千莉、頑張れよ。 「ああ! ラメオ! あなたはどうしてラメオなの!?」 「親に聞いてよ」 ミュージカルは順調に進行していた。 もちろん、演出には金がかかってはいない。 セットも衣装も安物感は否めない。 「あはは!」 「おかしい〜!」 だが、佳奈すけの書いた話は子供に大受けだった。 小さな子供達の、可愛らしい拍手や声援が舞台に花を添えた。 これ以上の援軍なんて、望めない。 役者達の演技にも、自然と熱が入る。 「そろそろ、御園の出番か」 「ばっちり撮るよ〜」 「私も準備OKです」 図書部撮影班も、スタンバイ。 「落ち着け、落ち着くんだ、千莉」 「お前がな」 小刻みに震えていた膝をパシッと高峰に叩かれた。 「ほら、彼女のご登場だ」 高峰の言葉に、全員が舞台に注目する。 「あ、あれ?」 白崎が驚くのも無理はなかった。 御園が姿を見せると、数人の子供達が舞台に上がってしまったのだ。 「……」 千莉も、目をまん丸に見開いている。 「ふふふ」 だが、千莉はまるで焦りもせず。 子供達といっしょに、音楽に合わせて踊りだした。 「きゃははは!」 「お姉さーん♪」 可愛らしい狼藉者が、千莉の踊りを一生懸命にトレースする。 「はい、そこで回って」 「はーい」 「そう、上手い上手い」 「わわっ!」 半そでの女の子が、足を滑らせる。 その瞬間、会場全体がざわっと声をあげる。 「はい、気をつけてね」 とっさに機転を利かせた千莉が、踊りながら腕をつかんで体勢を立て直す。 そのまま、二人で見事にターンを決めた。 その様子を見た、多くの人達が歓声を上げて、拍手をする。 会場全体が千莉の味方だった。 「え、えーと、ねえ、キミはボクのこと好きかい?」 苦笑気味に相手役の女子が台詞を。 「だいしゅき!」 「わたしも、だいしゅき!」 「あたしは、こっちのおねーさんが、だいだいだいしゅき!」 「ふふ」 千莉は、残りの台詞を口にすると、そのたびに子供達が真似をする。 会場がどっと沸く。 どんな凝った演出よりも、引きつけられる。 千莉の一挙一動に、魅せられる。 そして―― 千莉の独唱が始まった。 さっきまで沸いていた客席が、嘘のように静まり返る。 子供達も黙って、聞き惚れていた。 千莉の歌を傍で聴ける子供たちが、少し羨ましかった。 やがて、千莉の歌が終わる。 まだお芝居の途中なのに、客席からは拍手が上がった。 「もう終わったって、感じの盛り上がり具合だな」 「この後、演技するのやりにくいでしょうね。お気の毒です」 確かに。 「うう、玉藻ちゃん、わたし何だか感動して……」 「……ぐす、御園……お前は天使だ」 「すでに泣いてる!?」 「皆さん、本日はどうもありがとうございましたーっ!」 芹沢さんの号令で、チャリティーミュージカルは無事閉幕。 役者全員が舞台に上がって挨拶する。 「歌のおねえちゃーん!」 「だいしゅき!」 「ありがとう」 千莉への声援が一番多いようだ。 やっぱり凡人にはない何かを持ってるんだ。 それに、あの歌声。 改めて彼女のすごさに感心していた。 「さーて、後は打ち上げか」 「演劇部とボランティア部と合流して、ぱーっとやる?」 「佳奈ちゃんはともかく、わたし達は何もしてないけど?」 「いいからいいから、ここは細かいこと言いっこなし」 「ね、生徒会長」 「ごめんなさい、私たちは会議があるから」 「ああん、つれないわ……」 断わられたのに嬉しそうだった。 「そもそも、打ち上げなんてあるのか?」 「いや、わからん」 知らないのかよ。 「千莉に聞いてくる」 席を立ち、舞台袖に向かう。 「あれ? そういえば佳奈ちゃんは?」 「さっき出て行ったが……」 「千莉、お疲れ様。すごく良かったよ」 挨拶を終えて舞台袖に引っ込むと、そこでは佳奈が待っていた。 さっきまで客席にいたような気がするけど。 「子供と踊ってるとことか可愛いかったし、転びそうになった子をさりげなく助けたのも良かった」 「あと、もちろん歌もね」 「うん、ありがとう」 「あれ? 私の台本と関係ないとこばっかかも」 「気のせい気のせい。台本あってこそだから」 「そうだね、うん、大丈夫」 笑顔を作る佳奈。 「でも、今日は千莉の楽しそうなところを見られて良かったよ」 「筧さんも、これでやっとホッとできたんじゃない?」 どうして京太郎さんの名前が出てくるんだろう? 「どういうこと?」 「どうもこうもないよ」 「最近、千莉が悩んでるのに相談してくれないって、筧さんすっごい気にしてたんだよ?」 「……そっか」 心配してくれていたのは、やっぱり先生とのことだろうな。 そうに決まってる。 私が上手く嘘をつけないからこうなるんだ。 「彼氏だから何でも話せとは言わないけど、あんまり心配かけるのはよくないよ」 「それはわかってるんだけど、余計に心配させると思って」 「結局、心配かけてるから意味ないって」 痛いところを突かれた。 下手な嘘はたちが悪い。 「歌のことなんだよね?」 「それは……」 「……」 「……というわけで、困ってたの。終わった話だけど」 「はー、なるほどねー」 どうやら先客がいたようだ。 しかも、深刻な様子で語り合っている。 「京太郎さんには内緒ね」 「うーん、どうしようかな」 「はい、指切り」 「あっ、強制指切りはずるいって」 二人だけの話なのだろう。 もしかしたら、佳奈すけが例の件を突っ込んでくれているのかもしれない。 邪魔しない方が良さそうだ。 久しぶりの休日だ。 今日は、午後から千莉とデートの約束がある。 部屋の掃除でもしておくか。 ベッドから起き上がったとき、携帯の着信ランプに気づいた。 千莉からのメールだ。 『おはようございます。ちょっと早めにお邪魔してもかまいませんか?』 すぐに返信を書く。 『もちろんOK』 「……」 そこまで書いて、ふと頭に浮かんだ。 昨日の千莉の姿が。 『もちろんOK。そういえば、昨日、舞台袖で佳奈すけと何を話してたの?』 送信。 ちゃんと答えは返ってくるか。 返事はすぐに来た。 『乙女の秘密です』 かわされた。 しばし、千莉からの返事を見つめる。 「……」 さすがに教えちゃくれないか。 なら、佳奈すけに聞いてみよう。 もう一人の後輩に、メールを打つことにする。 『おはよう。もう起きてる?』 送信した。 すぐに返事が来た。 『おはようございます。おはようからおやすみまで、まあだいたい頑張る鈴木です。起きてます』 雑な奴だ。 『昨日、舞台袖で千莉と話してたのを見たんだけど、例の件でいいこと聞けた?』 すぐに第二陣を送った。 「……」 今度はしばし待たされる。 悩んでるのかもしれない。 来た! すぐにメールを開く。 『ダイオウイカは意外にメタリックでした』 何の話か。 強引に話題を変える気満々だ。 「佳奈すけめ……」 またメールを打つ。 「佳奈がどうしたんですか?」 「ぬおっ!?」 顔を上げると、玄関に不機嫌そうな千莉が立っていた。 「は、早かったな……呼び鈴鳴らしてくれれば良かったのに」 「何度も鳴らしました」 「で、佳奈がどうしたんですか?」 「ちょっとメールしてただけ」 何でもないさとばかりに、携帯を置く。 「朝早くから、おさかんですね」 「そういうんじゃないって」 「どうでしょう」 楽しそうに笑うと、千莉は台所に向かった。 「朝食、まだですよね。何か作ります」 「ありがとう」 もう機嫌は直ったようだ。 元々、本気で怒っていたわけじゃないのだろう。 「ん?」 携帯電話のランプの点滅に気がつく。 いつの間にか、佳奈すけからメールが来ていたようだ。 すぐに開いた。 『太田豊太郎って何の小説に出て来るんでしたっけ?』 ダイオウイカの次は小説の登場人物か。 気合いで話題を逸らす気らしい。 ちなみに、太田豊太郎は森鴎外の『舞姫』の主人公だ。 教科書にも載っているし、検索すれば聞くまでもないことだと思うが。 「……」 もしかして、何か意図があるのか? 舞姫のストーリーを思い出す。 主人公は所謂エリートで、国費で海外に留学するが、向こうで女を作ってしまい大火傷という話だ。 エリート……エリートか。 「あ……」 なるほど。 そういうことか、佳奈すけ。 『森鴎外の『舞姫』だ、ありがとう』 メールを返信した。 「ありがとう、佳奈すけ」 「京太郎さん、やっぱり浮気と言うことでいいですか?」 台所から、包丁より鋭い声が飛んできた。 さて、約束のデート。 「冬物の新作が出てますね」 「もうそんな季節か」 千莉とウインドウをのぞきながら、ぷらぷら歩く。 散歩の延長のような気軽さと、彼女と一緒にいることとの高揚感が共存している。 「京太郎さんの服を見ませんか?」 「は? 俺の?」 「京太郎さんは、もっとオシャレした方がいいです」 「あんま頑張る気はないなあ」 普通であればいいのだ、普通で。 「でも、この間言われたんです……」 「ねえねえ、千莉。筧さんってどんな人なの?」 「どんな人って……」 「優しくて、大人で、カッコ良くて……」 「あ〜、違う違う」 「恋人補正はなしで、正確な情報が欲しいの」 「補正じゃない」 「はいはい、わかりました。補正じゃない補正じゃない」 「だいたい、どうして水結がそんなことを聞くの?」 「私だけじゃなくて、割とみんな筧さんのこと知りたがってるし」 「え? どうして?」 「だって不思議な人じゃない、あの人」 「成績は常にトップクラスなのにガリ勉ってわけでもないし、何故か図書部なんかに入ってるし」 「大物感っていうか、得体が知れないっていうか」 「ま、まあ、普通の人とはちょっと違うけど……」 「顔だってすごくいいし、ファッションは……普通か」 「普通だね」 「もったいないよねー、もっとおしゃれすれば絶対いいのに」 「そうかな?」 「そうそうそう。これはもう彼女の役目だって」 「というわけで、京太郎さんはもっと素材を活かしましょう」 「大していい素材じゃないぞ」 「過度な謙遜は嫌味になりますよ」 「謙遜じゃないって」 「それに、一応服装には人並みに気を遣ってるつもりだが」 「コンセプトは?」 「本を買って余った金で買える範囲で」 「……」 千莉の目が三角に尖りだした。 「今日は徹底的に指導しないといけないみたいですね」 千莉が腕をぎゅっと組んできた。 逃げられないようだ。 「いい服買えて良かったですね」 「あ、ああ……」 結局、千莉の熱意に押されて買ってしまった。 この冬、筧京太郎、オシャレデビューである。 「これでもう素材を活かしてないなんて水結に言わせません」 「そんなこと気にしなくても」 「ダメです」 ぴしゃりと、言う。 「京太郎さんのこと、誰にも悪く言われたくありません」 「そりゃどうも」 「あ」 千莉が赤くなる。 「わ、私が恥ずかしいですから」 慌ててそっぽを向くが、首筋は赤いままだ。 「服、大事にするよ」 「どうぞご自由に」 「モテるようになっても、調子に乗らないで下さいね」 ぶすっとした顔で言って、さっさと歩いて行く千莉。 照れ隠しであるのはもちろんだ。 小走りに追い掛け、千莉の横に並ぶ。 機嫌が悪いような、それでいて楽しそうな、複雑な顔をしている。 「お腹空きましたね」 「昼食にするか。どこがいい?」 「お任せします」 まだ紅潮したままの千莉が、視線を泳がせながら言った。 「わかった。じゃあ、行こう」 千莉に手を差し出す。 「こっちがいいです」 千莉が腕を組んできた。 気分が高まる。 「行きましょう」 腕を千莉の両腕で抱かれた。 柔らかい、千莉の体の感触と髪の匂いがふわっと漂ってきた。 気恥ずかしい。 でも、それ以上に嬉しい。 「ふふ、緊張してますね」 「そっちこそ」 「私はしてません。大きなステージに何度も立ってますから」 そう言いながらも、千莉の体温はいつもより高いように感じられる。 「京太郎さん」 千莉が俺を見上げる。 「ん?」 「私達、恋人同士に見えるんですね」 「どこからどう見ても恋人同士だよ」 「そうですね」 「ふふ」 俺の腕を抱く、千莉の力が強くなった。 食事の後、喫茶店で休むことにした。 予約したディナーの時間までは、まだまだ時間がある。 「この後だけど、映画でもどう?」 「内容によりますが」 「恋愛物なんだけど、ミュージカルっぽい演出がたくさんあるらしい」 「ミュージカルですか」 「千莉の舞台を観て興味が出たんだ」 「本当はミュージカルに行きたかったけど、なかなかチケットが取れなくて」 「有名な劇団のは、あっという間に完売しますからね」 「値段も学生じゃ厳しいですし、無理しないで下さい」 「ありがと」 「でも、そのうち何とかしてみるよ」 アイスティーを手にする。 氷がカランと涼しげな音を立てた。 「……」 このまま雑談を楽しんで、映画を見て、その後、ホテルでディナーか。 それもいい、きっと楽しいだろう。 でも、俺には千莉に言わねばならないことがあった。 声楽科の教師との件だ。 「なあ、千莉」 意を決して、再び話しかける。 「はい」 「俺、この間の千莉の舞台を観て思ったんだけど……」 「ん? 筧に御園じゃないか」 「あ、本当だ、こんにちは」 「……」 このタイミングか。 「こ、こんにちは」 「よう」 仕方なく、俺も挨拶をする。 「デートなの? ふふ、そうだよね、休日だし」 「そっちもデート?」 「もう、そんなんじゃ……」 「デートだ」 扇子を広げ、ズバリ言い切った。 「邪魔をするのは野暮というものだ。私たちは店を変えよう」 「うん、お邪魔虫は退散退散」 二人はそろって、店を出て行った。 途中、白崎は何故か満面の笑みを浮かべて、サムズアップしていた。 エールを送ってくれたようだ。 「あの二人、本当に仲がいいんですよね」 「片方は、その先を狙ってるようだが」 「え?」 「いや、何でもない」 この話題は止めよう。 「ところで、さっきの話の続きだけど……」 仕切りなおして、再チャレンジ。 「この間の千莉の舞台を観て思ったんだ」 「あ」 「あら、こんにちは、御園さん、筧くん」 「…………」 再度失敗。 俺はがっくりと頭を垂れる。 「京太郎さん?」 「おやおや望月さん、筧くん、急に元気がなくなってしまいましたよ?」 「? どうしたのかしらね?」 「今日はありがとうございました」 「いや、こっちこそありがとう」 ホテルでの食事を終えて、千莉をマンションの前まで送ってきた。 結局、話せなかった。 楽しそうな千莉の笑顔を見ると、〈躊躇〉《ためら》われた。 「楽しい休日だったよ」 「また行きましょう。次は私が奢っちゃいますね」 「楽しみにしてる」 しかし、言わねばなるまい。 意を決して切り出す。 「一つ聞きたいことがあるんだ」 「はい」 千莉が表情を硬くする。 「前に声楽科の先生と会ったときの話だけど」 「もしかして、留学の話が来てるんじゃないか?」 千莉の目を見ると、向こうは目を逸らさなかった。 数秒、挑むように俺を見たあと、小さく溜息をつく。 「佳奈ですか?」 「違う。俺の勘だ」 「内緒にしてって言ったのに、もう」 「あいつじゃないって」 「いいんです」 俺の言葉は聞かず、断定した。 「佳奈すけを責めないでやってくれ」 「あいつは、ヒントはくれたが答えは言わなかった。千莉との約束を守ったんだ」 「わかってます。佳奈は約束を守ってくれる子です」 「それに、佳奈に話した時点で、私も期待してたのかもしれません」 「京太郎さんに伝わればいいって」 そう言いながら、千莉は道を歩く野良猫に目をやった。 「留学は本当なんだな」 千莉が首を縦に振る。 「そうか」 深い溜息が出た。 「でも、もう断りました」 「やっぱり」 大したことじゃないとでも言うように、千莉はにこっと笑った。 「せっかくの話だと思うけど」 「私、京太郎さんと一緒にいたいんです。それに、図書部の活動も続けたいですから」 「もう結論は出てます」 「なら、どうして俺に隠そうとしたんだ?」 「自分で納得できてるなら、堂々と言ってくれれば良かった」 「京太郎さんは、留学しろって言いますよね?」 「もちろん」 俺のせいで彼女の将来が危うくなるなんて、彼氏としては看過できない。 遠距離は辛いが、我慢しなきゃいけないこともある。 「留学した方がいいと思う」 「絶対に損はしないだろうし、俺は待ってるよ、ずっと」 俺の言葉を受け、千莉は泣きそうな顔で笑う。 「だから、嫌だったんです。京太郎さんに知られるのが」 そう言った段階で、千莉は負けているようなものだった。 反対されるのが嫌ということは、まだ迷いがあるということだ。 「千莉も、心のどこかじゃ行った方がいいって思ってるんじゃないか?」 返事はなく、千莉は空を見上げた。 輝く星に問いかけるように、2、3度小さく唇を動かす。 「私、留学が嫌だったんじゃないんです」 「ただ、毎日が楽しすぎたから決心がつかなかっただけで」 「それに、怖かったんだと思います。京太郎さんに、あっさり留学しろって言われるのが」 「みっともないです」 自嘲ぎみに付け加えた。 「俺だって離れるのは不安だよ」 「でも、やっぱ歌ってるときの千莉は綺麗なんだ」 「歌から離れる方に進むのは良くないんじゃないかって思う」 千莉が小さく頷く。 「メールもあるし、PCがあれば顔見ながらしゃべれるんだし、距離なんて関係ない」 「いや、メールがなくても電話がなくても、俺は変わらないよ」 「千莉が戻って来るまで、ずっと待ってる」 「ずっとですか?」 「ずっと」 「私なんかずっと待っててもいいことないと思いますけど」 「いいだろ別に、俺の趣味だ」 千莉がくすりと笑う。 小さな悪戯をしているかのような、笑顔。 「では、京太郎さんには頑張ってもらうことにします」 「ああ、行ってこい」 柔らかい髪を撫でると、千莉は気持ち良さそうに目を細めた。 「京太郎さん」 「……大好きです」 かすかな声でそう言うと、千莉は俺の首に腕を回した。 危うく転びそうになるのを慌てて支え、そっと背中に腕を回す。 「俺も好きだ」 「留学しても頑張れよ。ずっと待ってるから」 腕の中で千莉が頷く。 俺達は夜の闇に紛れて、ずっと抱き合っていた。 千莉が留学すれば、こんなこともできなくなる。 「留学のこと、みんなに言わないといけないですね」 「出発はいつ?」 「3日後です」 「マジか……」 急すぎる。 何の根拠もなく2ヶ月後くらいとか思っていたが、まさか3日後とは。 今日、この話をして本当に良かった。 「じゃあ、明日、部室でみんなに伝えよう」 「こういうのは、直接言ったほうがいい」 「わかりました」 出発までに送別会をやらないとな。 盛大に送り出してやろう。 明日から、忙しくなりそうだ。 次の日。 「は? もう一回言ってくれ」 「留学? 明後日!?」 皆に切り出すと、部室の空気が固まった。 「いや、おじさんびっくりだな」 たいていのことは軽く笑い飛ばす、高峰まで神妙な顔をする。 「決めたんだね。千莉」 千莉がはにかむ。 「いろいろありがとう。決心できたの佳奈のお陰だから」 「ん? 別に私は何もしてないよ」 佳奈すけが、すっとぼけた顔をする。 「そっか、そうだね」 微笑む千莉に、佳奈すけは小指を立てて見せた。 佳奈すけは約束を破っていない。 そういうことでいいのだ。 「しかし、留学か」 「御園の実力なら、当然だろうし、喜ばしいことではあるんだが……」 そっとハンカチを取り出して、目頭を押さえる桜庭。 「今まで、御園には小うるさいことを言ってしまったな……悪かった」 「私は、御園の才能に嫉妬していただけなのかもしれない」 本気お別れモードに入ってしまう桜庭。 「私こそ、桜庭先輩には生意気なことを言いました」 「本当はわかっていたんです。私のためを思って言ってくれてるって」 「御園……」 桜庭が声を詰まらせる。 「楽しかった」 「学園生活」 「先輩と悪口を言い合ったのも」 「いい思い出です」 「やめろ、お前ら……」 泣き崩れた。 自分たちの仕事に満足したのか、佳奈すけと高峰が大きく頷く。 「千莉ちゃん、身体に気をつけてね」 「風邪を引かないように、薄着の時は上着を忘れないで」 「はい」 「食事はちゃんとバランスよく摂って」 「は、はい」 「あと、もしものために、常備薬を……」 「お母さんですか!」 「だって、だって、心配なんだもん」 「できれば、わたしもついて行って毎日面倒見たいくらいだよ」 目を潤ませている。 観音様か何かか。 「白崎先輩には、ずっと前に看病してもらいました」 「先輩がいなかったら、私は図書部には入らなかったと思います」 「つまり、今の私があるのは白崎先輩のおかげです。ありがとうございました」 ペコリと頭を下げる。 「ぐすっ……千莉ちゃあん……」 「盗んだバイクで走りだしたのも」 「いい思い出です」 「もういいから」 二人がネタに走りがちなのも、しんみりしているからだろう。 「筧も泣いていいんだぞ」 「めでたい話なんだ、泣くこたないだろ」 泣くなら、千莉が出発した後にしようと思う。 彼氏がめそめそしていたら、千莉も離れにくくなるだろう。 「男共は、笑って送り出せばいいのさ」 「ああ、違いない」 「ところで、送別会をやろうと思うんだが、明日はどうだ?」 女子たちが、涙を拭きながら頷いた。 「ありがとうございます、皆さん」 涙を拭って、笑ってみせる千莉。 「よーし、泣くのはここまでだ、子猫ちゃん達」 「明日は、盛大に千莉ちゃんを送り出そう」 「誰が子猫だ」 桜庭の鋭い視線に、高峰が身を震わせる。 「罰として、高峰はひとついい感じの芸を頼む」 「よし、任せとけ」 「下ネタはやめて下さいね」 「大丈夫、大丈夫、すぐ慣れるから」 「ゴミですね」 「あはは、相変わらず千莉ちゃんは毒舌だね」 公営放送ドラマのようなセリフに、みんなも笑う。 今まで見てきたありふれた光景。 それももうすぐ、無くなってしまう。 あと二日か。 寂しくなるな。 「送っていただいて、どうも」 「いや……」 部活を終えて、千莉を寮まで送ってきた。 本当は送らなければならないほど遅くはない。 一秒でも長く千莉の傍にいたかったのだ。 「……」 「……」 お互い、その場に立ち尽くして見詰め合っていた。 いつもなら、ここで別れる。 でも、なかなか言い出せない。 「……じゃあ、まあ」 「……」 「また明日」 何とか口にして、背を向ける。 「……」 シャツの裾を、つと、掴まれた。 「あの……」 「良かったら、少し上がっていきますか?」 「……」 躊躇する。 今夜、二人きりになったら、俺はみっともないことを言い出しかねない。 俺だって一人の男だ。 彼女と離れたくはないのだ。 「今日はよしとくよ」 「明日は送別会だし、そこでいっぱい話せばいい」 「……そうですね」 ちょっとしゅんとさせてしまった。 「じゃあ、また明日」 「ああ、また明日」 俺は踵を返して、その場を去る。 また明日、か。 それは明日会うことのできるもの同士が使える言葉。 もうすぐ、俺と千莉はその言葉を使えなくなる。 いつだって、時間は残酷だ。 苦しい時はゆっくり進み、楽しい時は瞬く間に過ぎ去る。 すぐに日が変わり、授業が終わり、 送別会の時間になってしまった。 「時間だ」 全員の顔を見渡した後、桜庭が立ち上がる。 「それでは、これから御園の送別会を行う」 「思えば、私達はほぼ同時期にあの部室に集い、行動を共にしてきた」 「本当に、色々なことがあった」 「大変なこともあったが、それさえも今ではいい思い出だ」 「今日は、皆でそんな懐かしい思い出話に花を咲かせ……」 「……」 桜庭が口ごもる。 瞳が潤んでいた。 「あ、すまん、湿っぽいのはいけないな」 「では、部長の白崎、乾杯を」 「う、うん」 白崎がグラスを手に立ち上がる。 皆も、同じようにグラスを持って、白崎に注目する。 「それでは、私達の大切な後輩の……」 「御園千莉さんの、門出をお祝いして……」 「か、かんぱ……」 白崎のグラスを持った手が、弱々しく上がる。 「ぐす……」 でも、『乾杯』の言葉は形にならないまま。 白崎は泣き出してしまう。 「白崎……」 「白崎さん、泣かないでくださいよ……」 「白崎さんが、そんなじゃあ、私まで……」 ぽろぽろと佳奈すけの頬を涙の粒が。 「……突然すぎたからな」 高峰も肩を落としたまま、息を吐く。 送別会はまだ始まってもいないのに、まるでお通夜のようになってしまう。 「千莉」 「……はい」 千莉も赤い目をしていた。 「お前から、元気でやってくるって、心配ないって、言ってやってくれ」 「このままじゃあ、皆、ずっと落ち込んだままだ」 「……わかりました」 千莉はハンカチで、強めに目元を拭う。 そして、唇を真一文字に結び、表情を引き締めて立ち上がった。 「皆さん、聞いてください」 凛とした、涼やかな声が、響く。 思わず全員が、千莉を見た。 「私が、皆さんにお会いした頃」 「コスプレをして、ビラを配ったことを覚えてますか?」 「あの時、私は思いました」 「何て変なことをする人達なんだろう。絶対に関わり合いになりたくない」 「ですよね」 「ですけど、皆さんの学園をもっと楽しくしようという想いは本物で」 「最初は、そんな大それたこと私達にできっこないって思ってましたけど」 「いつの間にか、たくさんの生徒達が図書部を頼り、楽しい学園生活を送っていました」 「そして、気がついたら、いつの間にか」 「私の学園生活も……」 「皆さんのおかげで、とても楽しくなってました」 出会った頃、いつも一人でいた千莉。 歌うことが好きなのに、純粋すぎるがゆえ、周囲と衝突していた千莉。 そんな千莉を俺達は、救っていたのだ。 ああ、それだけでも、充分だ。 「千莉は楽しい学園生活を送れたんだな」 「はい」 千莉は言い切ってくれた。 「今までお世話になりました」 強い意志を宿した瞳で、千莉は俺達を見た。 その姿は、もう出会った頃の千莉ではない。 「千莉、毎日メールするからね」 「向こうのヤツらに、目にモノ見せてやりな」 「身体にだけは、本当に気をつけてね」 「ありがとうございます。気をつけます」 「二ヶ月の留学の間に、きっと気温もかなり下がるでしょうし」 「そうだね、日本も冬だもんね……」 「……」 何か、不穏な単語を聞いた気がする。 「……」 「……」 「……」 全員が黙り込んだ。 「え? あれ? 急にどうしたんですか?」 千莉だけが、きょとんとした顔をしている。 「高峰、御園に確認してくれないか?」 「いやいや、俺には現実を受け止めきれないよ。ここはつぐみちゃんに」 「わ、わたし? わたしにはちょっと……」 「やっぱりここは、彼氏に」 「来ると思った」 仕方あるまい。 「千莉、一つ確認していいか?」 「はい、何ですか?」 「お前の留学期間ってさ」 「二ヶ月だけ……なの?」 「はい、そうですけど」 さらりと言われた。 「何じゃそりゃーっ!?」 叫んだのは佳奈すけだけではない。 「あれ? 言ってませんでしたっけ」 千莉が首をひねる。 「聞いてない、ぜんぜん聞いてない」 「あ、ごめん」 「御園、もしかしてだが、意図的に黙っていたのではないか?」 「まさか、事故ですよ」 くすりと笑う千莉。 この笑顔、わかってて隠してた気がする。 「……二ヶ月なんて、長期間の海外旅行みたいなものじゃないか」 「私の涙はなんだったんだ」 桜庭がテーブルにつっぷして、ぐったりとしてしまった。 「桜庭先輩、お水どうぞ」 「ありがとう」 「……いや、問題の元凶が涼しい顔をしてるんじゃない」 と言いつつも水は飲む桜庭。 「じゃあ、千莉ちゃんは二ヶ月したら戻ってくるんだね?」 まだ不安げな顔をしている白崎が、千莉に尋ねた。 「もちろんです」 「まだまだ図書部で楽しい学園生活を送りたいですから」 笑顔で答える千莉。 「良かった!」 白崎が千莉を抱きしめた。 「白崎先輩……」 千莉も白崎の背中に腕を回して、白崎にぴったりとくっつく。 親子が愛情を確かめているような、微笑ましい光景だった。 「しかし、千莉ちゃん、人騒がせすぎるぜ」 「人騒がせなんてひどいです」 「二ヶ月も皆さんに会えないんですよ。これはもう大事件です」 力説している。 どうやら、千莉は本気で寂しがっていたようだ。 その気持ちは嬉しい。 「よし、わかった」 「確認を怠った筧が悪いということでいいんじゃないか?」 「筧には、私たちの涙に対し、それなりの誠意を見せてもらおう」 さらりと、伝票が俺の方に寄せられた。 「いやいやいやいや」 伝票を押し返す。 「まあまあまあまあ」 伝票が戻ってきた。 無念だ。 諦めて伝票を受け取る。 「で、送別会はどうします?」 「さすがに二ヶ月で戻ってくるのに、送別会は……」 「留学おめでとうの会にすればいい」 「うんうん、そうしようよ!」 「よし、いろいろあったが、この会は御園の激励会ということにしよう」 意見がまとまり、全員でもう一度乾杯をする。 もう誰も泣いてはいない。 全員笑顔。 楽しい学園生活の想い出が、またひとつ刻まれた。 激励会の後、昨日と同じように千莉を送る。 「あの、京太郎さん」 「ん?」 「今日は、私の部屋にあがってくれますか?」 「ああ、寄らせてもらうよ」 もう躊躇する理由もない。 「良かった」 「出発の前の夜は、一緒に過ごしたかったから……」 「俺もそう思ってた」 言葉少なに手を握り合う。 互いの手は熱く、しっとりとしている。 二ヶ月の間とはいえ、この手が握れなくなるかと思うと少し寂しい。 「お茶淹れてきますね」 「お……」 「ちゅっ」 返事をしようと思ったら、いきなりのキス。 心臓の鼓動が、たちまち速くなる。 「くす、少し待っててください」 千莉は照れながらもキッチンの方へ。 俺は、ぽかぽかした気分でソファーに腰を下ろす。 「お待たせしました」 「いい香りがする」 「京太郎さんの好きなハーブティーがあったので」 テーブルにトレイを置く。 細い手首や、指先が気になった。 「ありがとう」 ティーカップを手にして、唇をつけた。 ハーブの香りが、鼻腔を通して、胸に染みていく。 「どうですか?」 「いい香りだ。俺じゃこんな風に淹れられないよ」 「良かったです」 微笑んで、千莉が俺の隣に座る。 わずかに爽やかな香りが流れてきた。 いつもは香水なんてつけていないのに。 「どうしました?」 俺の顔を下から覗き込んでくる。 いたずらっ子のような、微笑を浮かべて。 「いや、千莉がいない間は美味いお茶はお預けかと思って」 「自分で淹れて下さい」 「千莉が淹れてくれるから美味しいんだ」 「そんなにありがたがってくれるなら、今度から有料にします」 千莉が笑う。 だが、すぐに真顔に戻る。 「嘘です」 「帰ってきたら、私が毎日でも淹れますよ」 「京太郎さんのためにお茶を淹れるの、すごく幸せです」 少し寂しそうに笑う。 胸がぎゅっと絞られた。 「千莉」 ティーカップをテーブルに置き、千莉の肩を抱いた。 「あ……」 千莉の頬が微かに染まる。 「少し待っててください」 「え?」 「すぐに戻ります」 「あ、それまで、目を瞑っていてください」 「いいと言うまで、絶対、目を開けないで」 昔話を思い起こさせる台詞だ。 「了解」 素直に従うことにする。 物音から判断すると、千莉はすぐに奥の部屋に入った。 もう出てきた。 一体、何を企んでいるんだろう? 足音がこっちに近づいてくる。 止まった。 すぐ傍に、千莉の気配を感じる。 「失礼します」 え? 「あ」 甘い刺激に、思わず声が漏れた。 唇に、しっとりしたものが触れたのだ。 俺は思わず、隣にいるはずの千莉を抱きしめた。 「目を開けていいですよ」 「……」 目を開けると、ソファの上には千莉がいた。 でも、驚いたのはそのことじゃない。 千莉の服装だ。 「その服は?」 「ステージ衣装です」 「初めて見る気がする」 「当然ですよ、私も着るの初めてです」 「おいおい、いいのか」 「……特別な夜ですから」 千莉がはにかむ。 「京太郎さん、こういう服好きですよね?」 「え? ま、まあ」 どこ情報だろう? 「はっきり言わないと、普通の服に着替えますよ」 「好きだ」 「くす、いい子ですね」 「今夜は、お互い忘れられない夜にしましょう」 「ああ、そうだな」 今日は大事な夜なのだ。 「顔を上げて」 「はい……」 迷わず、唇を奪う。 「んっ、ちゅっ……」 「ちゅっ、ん、京太郎さん……んっ……」 「千莉……」 「あっ、んっ……」 一瞬だけ離れ、すぐにまた千莉の唇を塞いだ。 電話やチャットじゃ、話すことはできてもキスはできない。 千莉の匂いも、感触も、二ヶ月間お預けになる。 「あっ、はぁっ、んっ、ちゅっ……」 「んっ、京太郎……ちゅっ、んっ……さぁん……」 「は、激しいです……んっ……」 それでも、互いに唇は離そうとしない。 一心不乱に温かな感触を追い求める。 「はぁ、はぁ……」 どれだけ繋がっていたのか、ようやく距離を取る。 「京太郎さんでも、こんなに激しくなっちゃうことあるんですね」 ちょっとイジワルな笑み。 「恋人が二ヶ月も外国に行くんだ」 「俺だって寂しいし、千莉を二ヶ月分、感じたいさ」 「ですよね」 「……いいか?」 「え……っ、あ」 スカートを、裾からめくっていく。 千莉の細い、かといって細すぎない太ももが露わになる。 身をかすかによじるが、動けないよう少しだけ力を込めて千莉の身体を抱く。 「んん……ぅ……」 太ももの内側を撫でると、千莉はくすぐったそうな声を出す。 その声には、少しだけ艶っぽいものも混じっていた。 「あ……京太郎……さん……」 触れるか触れないかギリギリくらいのところで、そっと指を這わせる。 ふるふるっと、千莉の身体が震えた。 「ぞくぞく、します……」 「んっ……ちゅ……っ」 千莉の口を塞ぐ。 そして、背中に回した手で、胸のカップを下から持ち上げるように揉む。 「んちゅ……んんっ……」 ふにふにと柔らかい千莉の乳房。 指を食い込ませると弾力も感じる。 「んぁ……っ……ちゅ、ちゅ……っ」 太ももを撫で、胸を揉み続けていると、徐々に千莉の身体から力が抜けてきた。 うっすらと汗をかき、鼻からの呼気も熱くなってきた気がする。 「ふぁ……んっ、んんっ……」 何かを求めるように、舌を伸ばしてくる。 俺もそれに応え、舌を絡ませていく。 「あ……んん……あ、ん……っ」 互いの唾液が混ざり、舌同士がねっとりとまとわりつく。 千莉が高まってきたのを確かめ、左手を脚の付け根に伸ばしていく。 「んん……っ!」 下着の上から性器に触れると、一瞬びくんっと身体が跳ねた。 それに構わず、俺は筋に添って優しく撫でる。 「んあ……はぁ……っ……ああぁ……」 一気に、千莉の吐息が甘い響きを持つ。 「んちゅっ、ちゅ……っ」 性器に打ち寄せる快楽を振り払いたいかのように、激しいキス。 貪るように、俺の唾液を吸ってくる。 「ぢゅっ……はぁ、はぁ……ちゅ……っ!」 千莉の口腔に舌を入れる。 同時に、左手の中指を割れ目の部分に強く沈める。 「ん……んぅ……っ!」 声にならない喘ぎ。 ぢゅっ、と千莉の下着に液体が染みる。 「千莉、もうこんなに濡れて……」 「ぅ……言わないで、ください……」 ちょっと指を押し付けただけでこれだ。 このままかき回したらどうなってしまうんだろう。 再び唇で千莉の口を塞ぎ、もう少し強く指を沈めてみる。 「んっ、んふんんっぅ!!」 今度は、布地越しに俺の指までぐっしょり濡れるほど、液体が染みてきた。 そのまま指を滑らせ、今度はクリトリスのあたりを丸く撫でる。 「んんーっ! く、んんんっ、ん……っ」 反射的に脚を閉じようとするのを押しとどめる。 そして、愛液を十分に含んだ布の上から、執拗にクリトリスを愛撫し続けた。 「ん、ん……んん……っ、ふ、あぁ……ぁ……」 御園の口が力無く開き、舌だけが絡み合う状態に戻る。 右手で乳首のあたりをつまんでみると、さっきより固さを感じる気がする。 「千莉、こっちも……」 「んっ……はあぁ……ぁ……あ、んん……っ!」 千莉の目がとろんとしている。 もう、身体全体が敏感になって、快感の波に流される寸前のようだ。 徐々に指に力を入れ、撫で回す速度を上げる。 「はぁっ……あぁっ、ん……っ! くぅっ! んんっ!」 息が荒くなってきた千莉。 もう、愛液で下着はぐちゃぐちゃだ。 「あっ……んあっ、はぁ、はぁっ、んくっ、あ、あぁ……っ!」 ぎゅっと乳房を握ると同時に、クリトリスを押しつぶすように激しくこする。 「くああぁっ! はあっ、あぁっ、んくっ……あっ……あ、あぁ……っ!」 「ぅあっ、ふっ……あっ……あっ、ああっ、あぁっ! ゃあああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」 全身をこわばらせ、小刻みに震える千莉。 軽く達したらしい。 「んぁあ……あ、はあぁ……ふあ、はぁ……あぁ……」 千莉の舌も、俺の唇の間でぷるぷると脈打っている。 クリトリスのあたりをきゅっとつまんでみた。 「ひゃあうっ!」 びくん、と大きく身体を揺らす。 「や……だめ、です……」 「ごめん、敏感になってるよな」 「ぅあ……はぁ……あぁ……」 肩を揺らし、呼吸を整える千莉。 「でも、まだどんどん濡れてきてる」 「はぁ……京太郎、さん……」 熱く潤んだ瞳に見つめられる。 これは……そういうことなんだろう。 「この衣装で……しちゃっていいのか?」 「……はい」 「だって、今日は忘れられない夜にするんですから」 そう言って、少し挑発的に微笑む千莉。 「あっ、きゃっ!」 歌姫をお姫様だっこし、有無を言わさずベッドに連れて行く。 「き、京太郎さん……」 「恥ずかしいです……あっ!」 千莉の言葉に耳を貸さずに、お尻にそっと触れた。 そのまま軽く撫で回す。 「あっ、あ……」 「いやっ、京太郎さん……」 下から上へ撫で上げる。 「あんっ!」 千莉の身体が敏感に反応した。 背筋を少し反らし、お尻が揺れる。 「千莉、もっと、脚を開いて……」 「恥ずかしいです」 「さっきとは別人みたいじゃないか」 「さっきのは……ひゃっ!」 千莉が話し終わるのを待たずに、愛撫を再開する。 十分潤っている股間を指でさする。 「あっ、あっ……」 「ひゃっ、あっ、んっ、はぁっ……」 千莉の声がまた艶っぽくなってきた。 二本の指の腹で、下着の上から性器を撫で回す。 「あっ、んっ、ひゃっ、あっ、んん……」 「んっ、嫌っ、んっ、ダメ、京太郎さん……」 「ダメ?」 割れ目に沿うように、擦りながら尋ねた。 「だ、だって……」 「私、感じすぎて……んんっ!」 千莉が可愛らしい声を上げながら、股間に手を伸ばす。 本気で抵抗してるわけじゃない。 構わず、下着の上から千莉の性器を愛撫する。 「ああっ!」 ぴくん、と千莉の片手が俺の手を押さえた。 「あっ、んっ、京太郎さん……」 「恥ずかしいですからぁ……」 いやいやとお尻を振る。 その行為はかえって、俺を興奮させる。 ぐっしょり濡れた下着越しに千莉の性器を何度も愛撫する。 「あっ、あっ、ああっ!」 「んっ、あっ、ひゃっ、んっ、あっ、んん……」 「京太郎さん、そんなに、そこばかり……ああんっ!」 俺の行為に耐え切れなくなったのか、千莉の脚がまた微かに震えだした。 「じゃあ、今度は……」 手を伸ばす。 「はぁ、はぁ……え?」 「きゃっ」 まだ息の荒い千莉の隙をついて、胸を出した。 千莉の頬がさらに朱に染まる。 慌てる千莉をよそに、千莉の胸を包み込むようにして触れた。 「え? あっ、はぁんっ!」 人差し指と中指の間に乳首をはさみながら、乳房をゆっくりと揉む。 「あっ、んっ、あっ、はっ、ああ……」 千莉の乳首の固さを確かめるように、こりこりといじった。 「んっ、ぁっ、そんなに、先っぽを……ひゃっ!」 刺激に、千莉が背筋をそらす。 「あっ、くっ、やっ……!」 指が乳首を刺激するたびに、背中が微かに震えた。 そんな反応が可愛い。 夢中になって、汗ばんだ千莉の乳房を揉む。 「千莉の胸、可愛いな」 「そ、それは、んっ!」 「ち、小さいって、意味、ですか……? くぅんっ!」 喘ぎながらも、憤慨していた。 「違うって。形もいいし、すごく手に馴染むってこと」 「はぁ、はぁ、さ、触りながら、冷静に……あっ!」 「ぶ、分析しないで、ください……んんっ!」 胸を触る手に伝わる千莉の体温。 身体が熱を帯びてきたようだ。 「もしかして、すごく興奮してる?」 「そ、そんなの」 「当たり前じゃないですか……」 「聞かないでください、馬鹿……」 千莉がもじもじと、腰を揺らした。 自然に、手が千莉の股間に伸びる。 「あぁっ」 濡れそぼって、下着が張り付いた割れ目に指を当てる。 「ひゃっ!」 「ダ、ダメです、いやっ……」 「感じすぎる?」 ぬちゃぬちゃと音を立てながら、愛撫をする。 「あっ、だから、聞かないで……んっ! くぅんっ!」 続けても良さそうだ。 俺は指の動きをより大胆にする。 くちゅくちゅと、千莉の膣から水音がした。 「あっ、はぁっ、んっ、はぁ……」 「き、京太郎さん、んっ、あっ、はぁっ、んっ、あっ、京太郎さぁんっ!」 水音が大きくなった。 愛液が、どんどん溢れてきている。 もう、下着は下着としての機能を満たしていない。 半透明な、ただの布キレだ。 「あっ、はぁっ、んっ、あ……!」 「んっ! あっ! はぁんっ! あっ、ああっ!」 敏感になっているところを攻められ、どんどん大きくなる千莉の艶っぽい声。 自分がどんどん興奮していくのがわかる。 「下着ずらすよ」 俺は千莉のパンツにもう指先をかけていた。 「はぁっ、はぁっ、ううっ……それは……」 彼女の返事も待たずに、パンツをずらす。 「あっ!」 「うう……」 ふと、姿見に俺たちの姿が映っていることに気がついた。 もちろん、濡れそぼった彼女の性器も綺麗に見える。 「千莉は、鏡に映ってる」 「そ、そんなにじっと見ないでください……」 「綺麗だよ」 両手の指先で、膣口を広げる。 赤く充血した内部が、鏡の中で口を広げる。 淫靡な光景に股間が硬くなっていく。 「うう……」 「京太郎さん、ダメぇ……」 言葉とは裏腹に、またじんわりと液が。 千莉は感じていた。 指を少しだけ膣口に差し入れる。 「ひゃあっ!」 ぴくん、と、千莉の身体が跳ねる。 「あっ、はぁっ、んっ、あ……」 「んっ、あっ、やっ、んっ、あっ、ああ……」 「京太郎……さん、あっ、はぁっ、ん、はぁ、はぁ……」 千莉は何度も何度も腰を揺らした。 決して嫌がってるわけじゃない。 むしろ、自ら腰を動かして快感を得ようとしていた。 「気持ちいいんだな、千莉」 「んっ、はぁ……ん……」 「わ、わかりません……」 恥ずかしいのか、嘘をついている。 こんなに濡れて、喘いでいるのに。 「じゃあ、ここは?」 「ああっ!?」 空いた親指で、一番敏感な突起に触れた。 ぬるぬるとした千莉の愛液を、指でなすりつけるように撫でる。 「んっ、あっ、はぁっ!」 「あっ、んっ、ひやっ、んっ、あっ、んんっ!」 「あっ! あっ! き、京太郎さんっ……!」 千莉の膣が収縮した。 「あ……!」 「はぁっ、あっ! はっ、入って……!」 指先がぎゅっとくわえ込まれた。 まるで、意志を持つかのように、もう離さないと主張する。 千莉の膣壁の抵抗を感じながら、浅めに指先を出し入れする。 「ああっ! んっ、あああっ!」 「き、京太郎、さんっ! あっ、いっ、いい……!」 「はぁっ、はぁっ、き、気持ちいいです……」 「じゃあ、もっと気持ちよくするぞ、千莉」 「はぁ、はぁ……は、はい……」 千莉はぐったりとして、もうすっかり身体の力を抜いていた。 空いてる方の手で、再びクリトリスを刺激しだす。 「あああっ!」 「い、いまの、はぁっ、ダ、ダメですぅ……」 「も、もう少しで、私……」 達してしまいそうだったのか。 「いいよ、我慢しないで」 愛撫を続けながら、背中にキスをした。 そのまま、千莉の素肌を舌で味わう。 「あっ! んっ! はぁっ、んっ、あっ、あっ、ああっ!」 「き、京太郎さんっ、やっ、あっ、そんな、激しく……んっ!」 「ダメぇっ! あっ、わ、私、あっ、はぁっ、んっ、イッちゃう……!」 「本当に、イッちゃい、ま、す!」 千莉の身体に力がこもる。 可愛い恋人の、一番淫らな瞬間に否応なしに興奮する。 「ああっ! 京太郎さん、んっ、あっ、はぁっ、んっ、ああ……!」 「ひゃっ、んっ、あっ、はぁっ、んっ、あっ! あっ! あっ!」 「ああっ……!」 千莉の膣が強く、俺の人差し指を噛む。 そして、千莉の身体がぴくん、と踊った。 「ああああああああああああああああっ!」 千莉が絶頂に達した。 潮を吹くかの勢いで、愛液が溢れ出す。 周囲に液は飛び散り、微かな匂いを漂わせる。 「あっ、はぁ、はぁ、あ……」 千莉は肩で息をしていた。 まるで、長距離走を走り終えた後のようだ。 「すごく気持ち良さそうだった」 背中を撫でながら、話しかけた。 「だ、だって……」 「京太郎さんが、あんなに激しく、私を……」 「千莉が可愛いから、つい」 「……ついイジメたくなったんですか?」 「嫌だったなら謝るよ」 「……まあ、いいです」 「それより……」 「京太郎さんの、それが気になります」 千莉は照れながら、指差した。 俺の股間で、そそり立つモノを。 「やっぱり?」 「だって、私だけ気持ち良くなるなんて、ダメじゃないですか」 「……もしかして、今日はもうおしまいですか?」 「そんなの……」 「大丈夫」 そっと千莉に口付ける。 「しばらくは離れ離れになるんだ。最後までしよう」 「はい……」 とたんに、千莉の機嫌は直った。 ころころと猫のように、感情がすぐに変化する。 そんなところも、千莉の可愛らしさだ。 「じゃあ、力を抜いて」 自分のペニスを持ち、千莉の花弁にそっと触れさせた。 「は、はい……」 はい、と言っているのに、少し身を固くする。 まだ、性行為にそんなに慣れてないのだ。 ゆっくりと、千莉の膣を押し広げていく。 「あああっ!」 「はぁっ、んっ、あっ、あっ! あっ!」 「京太郎さんっ! あっ、はぁんっ!」 膣壁を掻き分けるようにして、千莉の中にペニスが侵入していく。 きつい。 指先一本でも狭かったのだから、当然か。 「千莉、もっとリラックスして」 「はっ、はい……!」 「はぁっ、んっ、あっ、はぁ、はぁ……」 「あっ、はぁっ、んっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 懸命に呼吸を整え、力を抜こうとする千莉。 でも、性的な刺激に耐えられないようで、喘ぎが混じってしまう。 「痛い?」 「い、痛くはないです……」 「ただ、すごく……ああっ!」 「……」 千莉は一瞬、押し黙る。 「……す、すごく気持ちいいんですっ!」 「い、言わせないでくださいよっ……!」 「もう京太郎さんの、バカっ! エッチです!」 冤罪だ。 ともあれ、痛くはないのなら、動いてもいいだろう。 「動くよ」 「……はい」 千莉が頷いたのを確認し、ピストン運動を開始する。 「あっ! あっ! ひゃあんっ!」 千莉は俺の腰の動きに合わせて、喘ぎ声をあげる。 「あんっ! くぅっ! ああっ!」 「京太郎さんっ、んっ、あっ、ひゃんっ!」 千莉の反応が目に見えて、強くなる。 それにともない、俺のペニスにかかる抵抗も強くなっていく。 膣口から溢れる愛液が充分でなかったら、きっと痛かっただろう。 それくらい、千莉の中はキツかった。 「すごく感じてる……」 「はっ、はい!」 「今夜で、き、京太郎さんと、お別れかと思うと、ひゃんっ!」 「わ、私、切なくて……!」 「千莉」 「京太郎さん、京太郎さぁんっ!」 「す、好き、ですっ!」 「だ、誰よりも、せっ、世界中で誰よりも大好きですっ」 その告白とほぼ同時に、千莉の膣が大きく蠢いた。 カリ首を強く刺激する。 俺は背中が震えるのを感じた。 「俺もだ。千莉が誰よりも好きだよ」 「千莉がいない間、毎日、千莉の無事と幸福を祈るよ」 気がついたら、俺は夢中で腰を振っていた。 お互いの身体を激しくぶつけ合う。 「嬉しいですっ! 嬉しいです! 京太郎さん!」 「私も、ずっと毎日、京太郎さんのことを想ってます……!」 「毎日、心の中で、大好きだって……!」 睾丸から、白濁液が尿道へ送り込まれるのを感じた。 「き、京太郎さんっ!」 「ぎゅっと、抱いてくださいっ!」 「千莉っ!」 千莉の身体を力いっぱい突き上げた。 「あっ……!」 「あああああああああああああああああっ!」 千莉の膣内に、思い切り精子を解き放つ。 腰が抜けそうな快感。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 快感が走り去った。 まだ身体を震わせる千莉を、ぎゅっと抱きしめる。 彼女の体内で俺のペニスが何度も痙攣する。 まるで、千莉に全ての精液を吸い出されているかのようだった。 「あ……」 ペニスが、千莉のヴァギナから自然に抜け落ちる。 鏡に映った女性器。 広がった膣口から、白く泡立った液体がコポコポと垂れている。 赤と白のコントラストに、頭がくらくらしてきた。 「大丈夫だった?」 千莉にくっついたまま、尋ねた。 「はい」 「何だか、とても満たされました……」 「良かった。俺もだよ」 そのまま裸で抱き合い、眠りにつく。 「すー、すー」 俺の腕枕で眠る千莉。 安心しきった寝顔を見ると、何とも穏やかな気持ちになる。 明日から二ヶ月か。 「(短いようで、長いよな)」 一人の期間を想像すると、少し寂しくなった。 でも、こういう気持ちになるのも、千莉を好きになったからこそだ。 彼女を好きになって本当に良かったと思う。 「(頑張れよ、千莉)」 二ヶ月後――。 「イベントのフォロー2件に、また鈴木への脚本依頼か」 「はあ、猫の手も借りたいとはこのことだな……」 「ふぉふぉふぉふぉ」 「いや、普通の猫の手が借りたい」 「にゃ〜ん♪」 「はあ、疲労感ばかりが募るな」 「ただいま〜」 「あー、お堅い会議は疲れるね〜」 「お疲れ様でーす」 「お疲れ様。どうだった、生徒会との会議は?」 「どうもこうもない。いつも通り前向きに検討します、だ」 「意訳すると、面倒なので放置します、ですね」 「もう、そういう言い方したら駄目だよ」 「ところで、筧はもう帰ってきた?」 「あーいや、もうすぐだと思う」 「まっすぐ部室に来ると言っていたのに、わざわざ迎えに行くとは」 「筧くん、今頃、感動の再会だね」 「おかえり! 千莉!」 「ただいま、京太郎さん!」 「ドラマなら、その後エンドロールだな」 「よし、今日は早めに切り上げて、歓迎会でも開こう」 「……」 本当は空港まで行くつもりだった。 でも、千莉が予定より早い飛行機に乗れたということで、駅前で待ち合わせることにした。 「遅いな」 先程の電車の降車客が、どんどん改札を抜けていく。 千莉の姿はない。 「……」 それでも、辛抱強く待つ。 やがて、人波は徐々にまばらになった。 もう改札を通る人はいない。 「どうしたんだろ?」 飛行機が遅れたのか? 携帯に連絡してみるか。 「……」 「どうしたんですか?」 「……え?」 背中に声。 懐かしい、声。 慌てて振り返った。 「改札口の傍で立ってたら、通行の邪魔になっちゃいますよ」 「あ……」 千莉がいた。 たった二ヶ月。 そう、たった二ヶ月だ。 なのに見違えた。 落ち着きが出たというか。 「少し背が伸びました?」 「かもしれない」 「成長したんですね」 俺も成長したかもしれないが、千莉ほどじゃない。 出発の時は、あんなに泣いていたのに。 「予定より早く着いて良かった」 「はい、一本早いのに乗れたんです」 「どう? 久しぶりの日本は」 「なんか変わった匂いがします」 「え?」 「何の匂いだろう? お漬物?」 「いやいやいや、さすがにそれはないだろう」 「いえ、本当なんですよ。すごく懐かしい匂いです」 千莉が目を細めて深呼吸する。 外から来た人が言うんだから、その通りなのかもしれない。 「毎日、メールしてたけど、やっぱり顔を見ると安心する」 「ふふ、これから毎日見れますよ」 「見飽きないでくださいね」 くすくすと笑う。 「いや、ずっと見ていたいくらいだ」 「……」 「すごいです、京太郎さん」 「パリでも、そんな恥ずかしい台詞を囁いてくれた人はいませんでした」 「ずいぶんパリを楽しんでたみたいだな」 「ふふふ、大丈夫ですよ。お誘いは全部断ってましたから」 「お陰様で、鉄壁の歌姫という二つ名をいただきましたけど」 「ぴったりじゃないか」 「そういうこと言われると、京太郎さん相手にも鉄壁になりますけど」 何かを企む子猫のように、ニッと笑う。 見慣れた可愛らしさもきちんと残っていたようだ。 「お手柔らかに頼む」 「それじゃ、部室に行くか」 「あ、待ってください、京太郎さん」 「どうした?」 「まだ、ちゃんと、おかえりって言ってもらってません」 「これだけ話して、今更感満載なんだけど」 「ダメです」 「ドラマのエンディングみたいな感じでお願いします」 ハードルが高い。 「ぐずぐずしていると、行きますよ」 「ちょっと待て、心の準備が」 「待ったなし」 こっちの戸惑いもどこ吹く風、千莉が両腕を広げて駆け込んできた。 舞い上がった髪が、きらきらと輝いている。 こうなったら、思いっきり派手にやってやるさ。 周囲の人が驚くくらいの勢いで。 思い切り、息を吸う。 そして、かなり無理をして、 両腕を思いっきり広げて、 「お帰り、千莉」 「ただいま、京太郎さん!」 「筧さん、夕ご飯の準備できましたよ」 「お皿並べるの手伝ってもらっていいですか?」 御園からもらったというお気に入りの部屋着を身にまとい、佳奈がキッチンから声を掛けてきた。 すらりとした手足が目に眩しい。 「もちろん」 読みかけの文庫を置いて、すぐに立ち上がる。 「おお、すごいですね」 「何が?」 皿を取り出しながら、佳奈を見る。 「以前の筧さんは、本読んでたら火事になっても気づかない人だったじゃないですか」 「それが、こんなに素早く反応するなんて」 「俺にとって、もう読書は二の次なんだ」 「ちなみに。第一は何ですか?」 「さあ……佳奈かな」 「や、やですよもう」 照れてクネクネしている。 「さーて、幸せな気分が逃げないうちにご飯にしましょう」 佳奈と同棲を始めて、そろそろ一月が経つ。 最初は、俺に同棲なんかできるのか不安だった。 ずっと人と深く関わらずに生きてきたからだ。 「今日は、筧さん好みの味付けになってると思うんですよ」 「いかがですか?」 「うん、美味しい」 「良かった〜」 でも、俺の心配は杞憂に終わりそうだ。 それくらい、佳奈との生活は楽しかった。 「ごちそうさま」 「はい、お粗末様でした」 「洗い物は俺がやるよ」 「すみません、よろしくお願いします」 「ほいっ」 洗った皿を食器置きに立てて置く。 「ほいさっ」 それを佳奈が布巾で拭く。 「あのさ、前から思ってたんだけど、一ついい?」 「私が可愛いとかですか?」 「いやまあ、可愛いのはもちろんだ」 「そうじゃなくてさ、いちいち食器拭く必要なくないか?」 「食器置きに置いとけば、水も切れるし自然に乾くと思うんだ」 我が家の食器置きは、四角い金網のカゴの下にプラスティックのトレーが敷いてある。 濡れた食器を立てて置けば、水はトレーに落ちるわけだ。 しかも、トレーに傾斜がついているため、落ちた水が自動的にシンクへ流れる優れものだ。 「何となく気になるんですよねえ。実家だと必ず拭いてたんで」 「拭く手間を省くためのアイテムだよな、これ。布巾も後で洗わなくて済むし」 「便利グッズを、あえて不便に使う意味がわからん」 「それはそうなんですけど、なんていうか儀式みたいなものなんです」 「きれいになーれ、つるつるきゅっ♪ みたいな」 「バイバイキーングじゃないか? 布巾なんて雑菌の巣窟だし」 「それ言っちゃダメですよっ」 冗談半分で佳奈に首を絞められる。 基本楽しい同棲生活だが、一緒に暮らして初めてわかることも多い。 人それぞれ、意外とたくさんの『自分流』を持って生活しているということだ。 そういや、昨日も同じようなことがあったな。 「筧さん、今日のお昼ってどうします?」 「いつもの」 「またオニギリと水ですか? そのうち解脱しちゃいますよ」 歯ブラシを咥えた佳奈が渋面を作る。 「やっぱり、私がお弁当作らないと駄目かなあ」 「佳奈には朝も夜も作ってもらってるんだ。そこまでされたら申し訳ない」 「旦那様の体調管理は妻の務めですよ」 「バイトもしてるんだから、あんま無茶するなって」 同棲を始めてからというもの、佳奈はすっかり主婦気分だ。 「あ、そうだ。昨日はゴミ捨てやってもらっちゃってすみません」 「いいっていいって。これから俺がやるよ。全部任せっきりじゃアレだし」 「駄目です、駄目駄目。私に任せて下さい」 どうやらパーフェクトワイフを目指しているらしく、佳奈はこんな調子だ。 「はい、次は筧さんの番ですよ」 口をゆすぎ、洗面台を譲ってくれた。 佳奈と入れ替わり、洗面台の前に立つ。 「あ、歯磨き粉切れてるの忘れてた」 愛用の『激塩クリア』のチューブは、完全にぺったんこだ。 「私の貸しましょうか?」 「おう、ありがとう」 手渡されたのは、白とピンクの見事なストライプが目に眩しい奴だ。 「佳奈、こんなアメリカンなの使ってるのか?」 「ずっとこれなんですよ。なんとも言えない甘さがいいんです」 「歯磨き粉が甘いって本末転倒な気が」 「別に砂糖入ってるわけじゃないですから」 「まあそうか」 試しに使ってみよう。 「……」 ダメだ。 肥った白人少年がゼリービーンスを頬張って、コーラで流し込んでいるビジョンが浮かんでしまう。 「やっぱり、もうちょっと頑張ってみる」 絞りすぎてくたくたになった塩歯磨き粉のチューブに、さらに高負荷をかける。 「いいですって、買って来ますよ」 「じゃあ、指に塩つけて磨くから」 「昭和ですか! 高血圧になりますよ!?」 「筧さん、どうしました?」 「あーいや、歯磨き粉のこと思い出してた」 「それなら、ちゃんと塩のやつ買って来ましたよ」 「おお、ありがとう。助かった」 いろいろな好みの差はあるものの、どっちかが譲れば上手くいく。 これが人と暮らすってことなのだろう。 「というわけで、同棲も楽じゃないんだ」 「言ったら苦労の方が多いかもな。はあ、辛い」 「なるほど、よくわかった」 桜庭がぱちりと扇子を閉じた。 「よくわかったよ。お前らが幸せ一杯だということが」 「いやいやいや、今の話聞いてたか?」 「些細な行き違いをネタに、筧と鈴木が毎日いちゃついているという話だな」 「どういう要約だよ」 「え? 私もそういう話だと思ってた」 「私もです」 放課後。 佳奈のいない隙に同棲の苦労話をしたところ、この対応だ。 「完全に自慢になってました」 「見ろ、高峰など、羨ましすぎて泣いているぞ」 「く……同じ人間なのに……人間なのに……」 嘘くさい。 「これでも真剣に心配してるんだ」 「小さなすれ違いが大きな亀裂を生むなんてこともある」 「筧くん、本気で言ってるの?」 「夜は仲良く一緒に夕食、朝は仲良く一緒に歯磨きだ」 「そんなお前達のどこに亀裂が入るんだ? 馬鹿馬鹿しい」 「私が佳奈から聞いてる以上に、ベタベタなんですが」 「二人が行きすぎないかの方が心配です」 御園に冷たい目で見られた。 「筧くん、成績は大丈夫?」 「俺は問題ない」 「元々、家では勉強なんてしないし」 「く……お前いつか首を取られるぞ、筧」 「誰に?」 「この私に代表される凡人一同にだ」 桜庭が、閉じた扇子で首をぴたぴた叩く。 「ま、筧は心配ないとして、鈴木の面倒は見てやることだ」 「同棲したせいで成績が下がったりしたら責任取れないだろう?」 ちくちく責められる。 多少はやっかまれているのか。 「結婚しろって意味なら、取れるんじゃないかな」 なので、少し俺も余裕を見せてやる。 「なっ……!? けっ、結婚だと!?」 「そこまで考えてるんですか?」 女子二人が目を見開く。 「遊びじゃないし。結局はそうなると思うが」 同棲を始めた時点で、将来は想定していた。 「ダメだ、筧と鈴木は、もう私達の手の届かないところまで行ってしまった……」 「帰ってこなくていいです」 「筧くん、爆発する?」 白崎が笑顔で言う。 でも、目は笑っていなかった。 「ただいま戻りました」 しばらくして、他の部の手伝いに出ていた佳奈が戻ってきた。 「ちょっと皆さん聞いて下さいよ」 言いながら、佳奈が指定席に座る。 「さっき、図書館の外で知らない人に声かけられたんですよ」 「いきなり、あなたは文学賞を目指した方がいいとか言われまして」 「何者だよ」 「男性なんですけど、顔が全然思い出せないんですよね、印象薄くて」 「向こうは佳奈ちゃんのこと知ってたんでしょ?」 おそらく、と佳奈が応じる。 「鈴木が台本を書いた舞台を観た人じゃないか?」 「きっとそうだよ。舞台に感動したんじゃないかな」 「ですかねえ。ならいいんですけど」 腕を組み、身体を左右に揺らしている。 「あ、わかった。それって、羊飼いじゃないかな?」 「きっと佳奈ちゃんが頑張ってるからアドバイスをくれたんだよ」 白崎はあくまでニコニコ顔だ。 「羊飼いのお墨付きがあるんだし、ここは一発文学賞行っちゃいなよ」 「大丈夫大丈夫、できるできるできる」 「雑っ!? 応援が雑過ぎますから」 「ともかく、文学賞なんて畏れ多くて無理ですよ」 「文学賞でもレベルはいろいろあるぞ。そりゃ、いきなり芥川賞は無理かもしれないが」 「む、そう言えば……」 桜庭がPCを操作し、画面をこちらに向けた。 画面には── 「『文学賞を目指そう』?」 「国内の主だった文学賞の情報を集めたサイトだ」 「応募規定、〆切、その他の条件が明記されている」 「へー、いくつ賞があるんだこりゃ」 有名なものから聞いたことのないものまで、賞がずらずら並んでいる。 純文学から、SF、ミステリー、はては童話までジャンルも様々だ。 「佳奈、どれにする?」 「普通に無理だよ。賞なんて取れないって」 「落ちたら落ちたで、自分の実力がわかっていいんじゃないか?」 「別に文章で食べていきたいわけでもありませんし」 「でも、佳奈ちゃんの脚本はよくできてたよ」 「いやいや、たまたまです。私なんて苗字も普通ですし、大したことありませんよ」 「佳奈はもう少し自信持っていいと思うよ」 「あと、苗字関係ないし」 「そうそう、もうすぐ筧佳奈だしね」 「ぶっ!?」 白崎のハイブローなギャグに佳奈が噴き出した。 「結婚後の苗字はゆっくり考えるとして、自分で自分に限界を作るのはもったいない」 桜庭は本気で応募を勧めたいようだ。 「筧さーん、止めて下さいよ」 俺に助けを求めてきた。 よしきた。 「俺も、佳奈が書いた小説を読んでみたい」 「ですよねー」 「って、ここは止めるところじゃないんですか!?」 「いや、嘘でもギャグでもなく読んでみたいんだ」 「筧さんにそう言われたら……」 進退窮まった、という顔になる。 「無理強いはしないけど、挑戦したことは絶対プラスになる」 「うう……」 「佳奈、書いて、読ませてくれ」 「わかりました……」 呻くように言い、顔を上げた。 「大切な彼氏にそこまで言われては、素敵な彼女としては絶対に退けません」 「ベストセラー作家になって、筧さんがヒモ生活を送れるように頑張ります!」 「佳奈ちゃん、頑張って!」 「よっ、筧っ、ヒモっ」 「うるせえよ」 「筧さん、楽しみにしていて下さいね。絶対失望させませんから」 ぐっと拳を握る。 そこには、強い決意が充ち満ちている。 「気合い十分だな。あんま飛ばしすぎると最後まで持たないんじゃねーの」 「なめていただいては困ります。期待には応える女、それが鈴木です」 佳奈の気迫に、高峰が肩をすくめる。 「よし、作品が書き上がったら、盛大に焼き肉パーティーでもやろう」 「おおっ、俄然燃えてきましたよ」 「さあ、筧さん、今日はもう帰ってプロット考えましょう」 「よし」 佳奈と腕を組んで立ち上がる。 「今夜は頑張るか」 「ええ、朝まで寝かせませんよ」 「頑張っていい作品書いてね」 白崎に送り出され、俺と佳奈は部室を出た。 「佳奈ちゃん、筧くんにいいところを見せたいみたいだね」 「健気じゃないか。頑張ってほしいものだ」 「そうねえ……」 「どうした、浮かない顔をしてるな」 「いや、何でもない」 「筧さん、ここの台詞、感情をこめて読んでもらえませんか?」 佳奈がノートPCの画面を指差した。 ちなみに、このPCは嬉野さんのお下がりだったりする。 「『佳奈は本当に可愛いな。世界を敵に回してもお前を守りたい』」 「ありがとうございます」 ほわーっとした顔になった後、佳奈は作業に戻った。 「今のにどんな意味があったんだ?」 「私が幸せな気分になりました。私が幸せだと作業が捗るかもしれません」 読まされただけかよ。 「ちなみに、今回はどんなジャンルで行くんだ?」 「児童文学です」 「へえ。じゃあメルヘンチックに、動物が戯れたりする奴か」 「児童文学をなめちゃいけませんよ、奥深いジャンルなんですから」 「今は大人が楽しむ児童文学も増えてますよ」 「出来上がりが楽しみだな」 俺は児童文学をほとんど読んでいないし、新ジャンルの開拓になるかもしれない。 「佳奈って、前に書いた台本がデビュー作だっけ?」 「ですね。ちょっとした短編みたいなのは書いたことがありますけど」 「どんなの書いてたんだ?」 「え? いや、まあ……」 口ごもる。 「若気の至りの結晶みたいなものです」 「試しに見……」 「絶対にダメです」 力強く否定された。 「あれは、爆弾処理班が必要なくらい危険なものなんです」 「読むというのなら、私を倒してからにして下さい」 佳奈がボクシングの構えを見せる。 「たしかに、他人に見せたいもんじゃないよな」 「よしわかった。じゃあ、ジャンケンで俺に3回連続で勝ったら見せなくていいってことで」 「いや、何もわかってもらえてないですよね」 引っかからなかった。 「でも、作家のインタビューとか読むと、若気の至りの中こそに創作の核があるって言うぞ」 「作品の方向性を決めるには役立つと思うけどな」 「自分でこっそり確認しますんで、お気遣いなく」 「残念」 しょげたふりをしてみる。 「ぐ、そんな顔をされると……」 「いや、いいんだ、気にしないでくれ」 「もう、筧さんには敵いません」 「あれですよ『もうひとりの自分がいる』とか『教室の空気はどこか透明な膜が張ったみたいで』とか」 その他にも、爪で引っ掻いただけで破けてしまいそうな文例が並べられた。 「とまあ、そんな感じの青春ポエムをちょこっと書いてたこともあるんです」 佳奈が苦笑する。 彼女が過去に渋い体験をしたことは聞かされていた。 ポエムを書きたくなってもおかしくない。 「恥ずかしがることないって」 「そうでしょうか?」 「むしろ、明るくて悩まない奴は作家に向かないって言ってもいいくらいだ」 「それは、私が暗くてウジウジしているという意味なのでは……」 「いやまあ実際そうですけど」 嘆息する佳奈の頭を撫でる。 「違うって。神経が細やかな人じゃないと書けないって話」 「精神的に助かります」 「というわけで」 佳奈の隣に座り、PCに手を伸ばす。 「中身を検索させてもらおう」 「せっかくいい話になりかけたのに、駄目ですって」 ひょいっとPCをよけられた。 「どうしても見たいなら、私が寝てからこっそり見て下さい」 「それじゃ面白くないし」 「悪党ですね。嬉野さんみたいなこと言ってます」 「恥ずかしがってる顔を見るのがいいんじゃないか」 「あれあれ? 筧さん、実はSでしたっけ?」 猫のような目をしてから、胡座をかいた俺の脚の上に寝転がってきた。 「こう見えて、結構Sだぞ」 「どうでしょうか、ごろごろごろ」 膝の上で身をよじる佳奈。 誘っているのか? 「俺がどれくらいSかと言うとだな……」 「たとえば、ここに1枚のティッシュがある」 「これをクルクル丸めると、何になる?」 「こより、ですね」 「正解。で、これを、彼女の鼻の穴に……」 「わああっ、やめて下さい、やめてやめてっ」 ジタバタする佳奈の頭を押さえつける。 「観念するんだな」 「ほら、穴に入ってくぞ」 こよりの先端を出入りさせる。 「ふぁっ、駄目ですっ、出ます、くしゃみ出ちゃいます」 「出ちゃったら、液がいっぱい出て、筧さんが汚れちゃいますよ」 「いいから、ほらほらほら」 「ふぁっ、だめっ、あああああっ、わああああああっ!?」 「ぎゃおっ!?」 がごんっとテーブルが揺れた。 「ぐ……あ……テーブルに……脚を……ぶつけ……」 痛みにぴくぴく身体を震わせている。 「どうやら、達したらしいな」 「ははは、頭が真っ白になりました。衝撃で」 佳奈が起き上がる。 お遊びは終わりだ。 「脚、大丈夫か?」 「ええ、怪我はしてないです。平べったいところにぶつかっただけなんで」 「なら良かった」 「さーて、息抜きもできたので、作業に戻りますね」 「おう、頑張れよ」 「う〜ん、こうじゃないな〜」 「台詞の感じが……う〜ん……」 方向性が定まったところで、佳奈は早速話のあらすじを考える。 しかし、あらすじと言っても、ところどころに台詞が書いてあったりする。 書き方のスタイルなんて、十人十色だ。 「筧さん、ちょっといいですか?」 「ん?」 すぐにそばに行く。 「ちょっとこの台詞を読んでもらえません? 感情込めて」 「またか」 PCに並んだセリフを追う。 「『君のすべてが欲しい』」 「『君のすべてが愛おしい。あますことなくキスしたい』」 「あっ、嫌、京太郎、そんな目でまた私を見て……」 「……」 びっくりするほどの三文芝居だ。 協力すると言った以上、仕方ない。 「なんて綺麗な髪なんだ」 言いつつ、本当に佳奈の髪に触れる。 「え? あっ、ダメよ、京太郎、いけないわ」 「小さな耳も愛おしい」 指先で、くすぐるように撫でる。 「あっ、ちょっ、あはっ、くすぐった……」 「筧さん、本当に触らなくても、台詞だけでいいんで」 笑いながら耳を押さえる。 俺の胸の中に、すとんと身体を預けてきた。 ぎゅっと抱きしめ、キスをする。 「んっ、ちゅっ、あっ、筧さん……」 早くも佳奈の頬が、火照りだす。 その熱が俺の手の平に伝わってくる。 俺はゆっくりと、唇を放した。 「筧さん、やっぱり……」 潤んだ瞳で見つめてくる佳奈。 「やっぱり?」 「現実は小説を凌駕しますね!」 「ダメじゃん、その結論」 今は小説を肯定しないと。 「いや〜、それにしても、筧さんいきなりですもん」 「どうしたんですか? この鈴木にときめきましたか?」 「俺はいつでも佳奈にときめいているよ」 「うわっ、また小説を超える台詞きましたね」 「私、愛されてます。いやっほーっ」 「いえーい」 ハイタッチ。 「いやいやいや、そういう話してませんから。これじゃ小説書けませんよ」 「りょーかい」 おふざけはやめ、佳奈の執筆を見守ることにする。 本心を言うと、ぜひ完成させて賞を取ってほしい。 いや、一生懸命にやってくれればそれでよかった。 結果はどうあれ、本気で取り組めばきっと力になるのだから。 「鈴木の原稿が進まない?」 佳奈が小説に取りかかってから4日。 最初の頃こそ軽快にキーボードを叩いていた佳奈だが、ここ2日はまるで進んでいない。 産みの苦しみというやつか、唸ったり寝転がったりしている。 「筧先輩、ちゃんと協力してますか?」 「ネタ出しには協力したぞ」 「千莉、筧さんは悪くないよ」 「今はもう本文を執筆してるから、私一人の仕事なの」 佳奈がフォローしてくれる。 「だから、進まないのはもう全部私のせいなんです」 「応募締め切りは大丈夫か?」 「あと10日くらいありますね」 「わたしにはわからないんだけど、それは余裕があるのかな?」 「めちゃんこ余裕ですよ、はははははは」 きらりと白い歯を輝かせた。 「駄目なのか」 「正直、分身の術を覚えたいくらいです」 むう、と全員が腕を組んだ。 「演劇部の台本の時はすんなり書けたのに、どうしちゃったのかな」 「プレッシャーというかなんというか、筧さんにいいものを見せたいと思うと頭が熱くなっちゃって」 「筧先輩、しっかりしてください」 「俺かよ」 佳奈のせいにするわけじゃないが、どっちかというと本人が過剰に背負い込んでる印象だ。 「あとはまあ、家事もありますから」 「そこは同居人が全面的に協力すべきだ」 「いや、協力したいんだよ」 「なんだ、鈴木が拒否しているとでも言うのか」 「その通りなんです。だから、半分くらいはお願いしてます」 「半分では足りないということだ」 「でも、全部お任せするなんて申し訳なくて」 今日までの4日間で、俺は何度も家事の全負担を申し出た。 だが、結果は50%負担といったところだ。 佳奈としては、家事も小説も上手くこなしたいのだ。 「佳奈、小説が完成するまで一人暮らしに戻ったら?」 「え……?」 奇想天外なプランを提案されたような顔になった。 「一人なら家事も適当でいいし、筧先輩のプレッシャーもないし」 「駄目駄目、それじゃ完全に負けだって」 「何に負けるんだ。締め切りに間に合わなかったら元も子もないじゃないか」 「自分です、自分に負けるんです」 ずどんと言い切る。 佳奈のやつ、どこまで理想が高いんだ。 いや、違うな。 図書部の活動をしている時の佳奈は、どちらかと言えば現実主義者だ。 目標達成のために、いろいろな手段を柔軟に選択する。 理想をびしっと決めて揺るがないのは、桜庭のキャラだ。 「すみません。自分、何か面倒な子になってますね」 「姫みたいだな」 「高峰、私が面倒だと?」 「いや、確かに面倒な性格をしているな、私は」 自覚はあるようだ。 しかし、なぜ佳奈は頑張りまくるのか。 家事と小説を両立させる誓いでも立てているのか? だとしても、今は小説を頑張ってほしい。 「……」 同時に別の考えもあった。 俺が家事を手伝おうとすることが、佳奈にとってはストレスなのかもしれない。 俺も佳奈も、相手に合わせるのは得意だが、誰かに合わせられるのは苦手である。 何となく申し訳なくなってしまうのだ。 共に一匹狼タイプで、人と助け合うのに慣れていないからだろう。 ただ単に、人と関わることに臆病なだけか。 おそらく、ベストの選択は小説が完成するまで別居することだ。 だが、佳奈はその道を素直に選べない。 自分がもっと頑張っていれば、同棲しながら小説も家事もこなせたのに、と考えるはずだ。 俺にしても、自分がもっとサポートできていれば佳奈に負担をかけずに済んだのに、という風に考えてしまう。 これはもう性格だし、すぐには直らない。 お互い、一度どん詰まりまで行った方がいいと思う。 「家事は俺が全部引き受けるから、佳奈は小説に集中してくれ」 「だから、申し訳ないですって」 「非常事態なんだし俺を頼ってくれよ。それとも、俺じゃ頼りない?」 「そういうわけでは……」 佳奈が困ったように笑う。 「よし、決まり。今日から家事は俺がやる」 多少強引に話をまとめた。 「うう、すみません」 「二人で暮らしてるんだ。協力して最高の結果を目指せばいいじゃないか」 「そうそう、最強カップルを目指せばいいんだよ」 白崎はニコニコしながら俺たちを見ている。 「二人でハードルを越えて見せようじゃないか」 「わかりました」 「……ですね、勝利を目指しましょう」 がっちり握手をする。 「(勝ち負けかねえ)」 ぽそりと呟いた。 高峰のことだ、俺たちの行く先を何となく察しているのだろう。 でもまあ、それでもいいじゃないか。 「高峰さん、水を差さないで下さいよ」 「へいへい。まあ無理しない程度にな」 「無理をさせないように、俺が頑張るんだ」 「おっ、決まりましたね」 「筧くん、かっこいい!」 「佳奈、風呂沸いたから、好きな時に入れよ」 「ありがとうございます、すみません」 「佳奈、コーヒー淹れたぞ、あとクッキーも」 「頭が疲れた時には、何といっても甘いものだ」 「気を遣わせて、すみません」 「いやいや」 「佳奈、マッサージしよう」 と、佳奈の背後から、両肩に手を置く。 「筧さん、そこまで気を遣っていただかなくても大丈夫ですって」 「……あ、ああ……でも気持ちいい」 俺のマッサージにより、佳奈は声をもらす。 「口では遠慮してても身体は正直だな」 「その台詞、本当に言った人初めて見ました」 俺に身体を預けながら、気持ち良さそうな吐息を漏らす。 「小説は順調?」 佳奈の肩越しにPCを覗く。 文章量はあまり増えてないようだ。 「お世話してもらっていて申し訳ないのですが、順調じゃないんです」 「冒頭が全然決まらなくて、もう10回は書き直してます」 素晴らしい粘りだ。 俺なら3回くらいで音を上げるな。 「読んでいい?」 「どうぞ」 ざっと目を通す。 「どうですか? 読書家の筧さんとしては」 「綺麗な文章だと思う、無駄もないし」 必要な情報が過不足なく盛り込まれ、自然に頭に入ってくる。 文法も正確だ。 「キレイって、読みやすいってことですか?」 「ああ、引っかかりなく、するっと読める」 「でも、そのままするっと忘れそうな文章ですよね」 「……」 俺も同じ感想を持っていた。 佳奈自身わかっているらしい。 「いいんですよ、自分でもわかっていたんですから」 「ずばっと言っちゃってください」 「美文が必ずしも、小説においていい文というわけじゃない」 「むしろ、多少文法的に怪しい悪文の方が、心地よかったりすることもある」 「佳奈の文章は、キレイだけど、キレイすぎて印象に残らない」 「ぐ……」 渋い顔をする。 「自分でもわかっていたことですけど、面と向かって言われるとやっぱり凹みますね」 眉を八の字にして、苦笑する佳奈。 「でも、独自の文体なんて一朝一夕にできるもんじゃない」 「そうですけど……」 「う〜ん……」 佳奈は画面をにらみがら、うなる。 そして。 「えい、ぼっしゅーっ!」 自らの手で、書きかけのテキストをゴミ箱に捨てた。 11回目のボツである。 「もうちょっと頑張ってみます」 「冒頭が決まったら、もうそれが基点となって物語が動き出すと思うんです」 「ここで妥協すると、あとは妥協し続けるのが見えているので」 微笑しつつ、再びテキストエディターを起動する。 真っ白な画面が、俺達の眼前に広がる。 「よし、鈴木いきますっ」 佳奈は元気に執筆を再開した。 この根性があれば、本当に佳奈は作家になれるかもしれない。 午前3時まで頑張った佳奈だが、結局文章は進まなかった。 明日のことも考え、俺たちは床につく。 「ねえ、筧さん」 「ん?」 「筧さんは先に寝ててくれて良かったんですよ?」 もそもそと隣で佳奈が動く。 「今は佳奈を応援したいんだ」 「ははは、わたし愛されてますね」 「もちろん」 「すみません、いろいろ家事をやってもらっちゃって」 「できる奴がやればいいじゃないか」 「そうなんですね、ええ、はい」 「小説ができるまでなんだから気にするなよ」 「ほら、そろそろ寝ないと寝不足になるぞ」 佳奈がもぞもぞ頷く。 「あ、筧さん」 「どうした?」 「手、繋いでもいいですか?」 布団の中で、佳奈の細い指先が俺の手の甲に触れた。 「もちろん」 そっと握る。 「おやすみなさい、筧さん」 「おやすみ、佳奈」 「はあ? 手を繋いで寝たせいで、首を寝違えた?」 放課後、佳奈のことを報告する。 「佳奈ちゃん、ひどいの?」 部員達が心配そうな表情で、佳奈の顔をのぞきこむ。 「いえいえ、皆さんお気遣いなく」 「朝、ほんのちょっと、痛んだだけですから」 ニコニコと笑顔を振りまく佳奈。 「えい」 つん、と御園が佳奈の首筋を人差し指で突く。 「あ痛たたたたたたたっ」 涙目で部室を右往左往。 「重症だな」 高峰が大きく息を吐き出した。 「これじゃあ、小説書くどころじゃないでしょ」 御園も嘆息。 「筧、お前がついていながら」 「すまん」 さすがに寝違えは予想できなかった。 「締め切り間に合わないんじゃない」 「スケジュールに余裕がある賞に切り替えたらどうだ?」 「でも、もう少しなんです」 いつになく真剣な顔で佳奈が言う。 「まだ冒頭も完成してないじゃないか」 「確かにファイルサイズはまだ0です」 「だけど、何度も書き直してるうちに、書きたい文章のイメージが見えてきたんです」 「今書かないと、このイメージが逃げちゃいそうで、ちょっと怖いんです」 今度は苦笑い。 そう言われると、書くのをやめろとは言えない。 「なら、ますます筧くんが頑張ってサポートしないとね」 「ああ、頑張るよ」 「いいもの書いて、絶対に筧さんのご恩に報います。見てて下さい」 佳奈がぎらりと目を光らせた。 しばらく後、購買に行くのを口実に一人外に出た。 「(あーあ、参ったな……)」 心の中で盛大に溜息をつく。 原稿が進まないのに参った。 そして何より、原稿が進まない原因に一番参った。 原因は筧さん……というより、今の同棲生活にある。 一緒に住んでいれば、気を遣ったり遣われたりが当然出てくる。 気を『遣う』のは嫌いじゃないんだけど、『遣われる』のは苦手なんだよなあ。 「(なんでかなあ、筧さんのこと、こんなに好きなのに)」 素直に甘えられるタイプの人が羨ましい。 「(え、家事やってくれるの? ラッキー、やさしー。じゃあ、私は小説頑張っちゃうね)」 とか言えればどんなに楽か。 いや、言えるけど、自分は騙せない。 「(小説諦めちゃおっかな。もしくは、締め切りがゆるい賞にするとか)」 「(ああ、駄目駄目駄目!)」 私は、筧さんにいいものを見せるって誓ったのだ。 ここで妥協すると、ずるずる行ってしまう気がする。 なら、残された手段は── 別居。 原稿が上がるまで、自分の家で気楽に原稿を書く。 至極妥当で、当たり前の選択だ。 でもなんだろう? 滅茶苦茶怖い。 原稿が終わって筧さんの家に戻ったとき、何かが変わってしまうんじゃなかろうか? 『思ったんだけど、俺たち一緒に住まない方がいいんじゃね?』とか言われるかもしれない。 筧さんを信じてないわけじゃないけど、不安が消えない。 筧さんが好きすぎて、失敗するのが怖くなってる。 パーフェクトな自分でいようと頑張りすぎてる。 やばいよなー、完全に面倒な女になってる。 「(……うう、限界かもしれない)」 午前1時。 家に帰ってから、佳奈はほとんど無言でキーを叩き続けていた。 集中してもらえているなら、俺が家事をやっている甲斐がある。 「う……む……」 佳奈が首を手で叩く。 だいぶ痛そうだな。 「佳奈、あんま無理しない方がいいぞ」 「私も無理はしたくないんですが、全然進んでないんです」 「何か集中できなくて……ははは」 力なく笑う。 かなりストレスが溜っているようだ。 「よし、寝ましょう!」 「やっぱり、集中できないときは寝た方がいいですね」 「俺もそう思う」 「それじゃ、私、お風呂入ってきます」 元気よく言って佳奈が立ち上がる。 パジャマに着替えて、明かりを消した。 昨日と同じように、同じベッドに入る。 「おやすみなさい、筧さん」 「おやすみ」 「あの、筧さん、また手を……」 「首に負担掛かるぞ」 治りかけの患部に負担がかかる。 「……そうですね」 佳奈の声色が微かに沈んでいた。 お互い何度も寝返りを打つ。 「佳奈、眠れないのか?」 「え? ああ、はい。大丈夫です。すぐ寝ます」 佳奈が布団をかぶる。 だが、気持ちが休まっていないのは明らかだった。 そろそろ同棲も限界か。 「もう朝ですよ」 「起きてください、筧さん♪」 「ん……」 カーテンを開ける音がして、同時にまぶたを朝陽に焼かれる。 「佳奈、もう起きたのか、おはよ……」 はっきりしない頭のまま、朝の返事を返す。 結局、昨日はあまり眠れなかった。 「はい、おはようございます」 「朝食作っちゃいましたから、筧さんの準備ができたら一緒に」 「あ、ああ」 佳奈が小説を書き上げるまでは、俺が飯当番だったはずだ。 俺がなかなか起きないから、気を遣わせたのか。 「悪い、すぐに起きるよ」 慌てて布団から出た。 「……」 佳奈の足元に、大きめのボストンバッグが置いてある。 これから旅行にでも行くような……。 「昨日、ずっとベッドの中で考えていたんですが」 「やっぱり、ここは小説が書き上がるまで、一時撤退ということで」 「家に帰るのか?」 佳奈が申し訳なさそうに頷いた。 とうとう、どん詰まりまで来たか。 俺は家事を手伝わずにはいられなかったし、佳奈は手伝われるのに負い目を感じていた。 お互いが感情に従った結果だ。 「俺がいろいろ気を遣うのが、負担になってたんだよな?」 「いやいや、気を遣っていただいてすごく嬉しかったです」 「家に戻りたいっていうのは、ほんとに私のわがままですから」 佳奈は笑顔で本音を隠した。 ここで本音を言ってもらえるようになろう。 それが、俺の次の目標だ。 「俺も別居は賛成だよ」 「こっちのことは気にしないで、小説を頑張ってくれ」 「え……?」 佳奈が、はっと顔を上げた。 突き放されたように感じたのか、表情には不安が浮かんでいる。 「でも、小説が書き終わったら戻ってきてほしい」 「今更、一人暮らしには戻れそうもない。俺は佳奈が好きなんだ」 俺の言葉に、佳奈の表情が柔らかくなった。 「もちろんです」 「私がいない間に浮気とかしないでくださいよ、筧さん」 「わかった、気をつけとく」 佳奈の冗談を冗談で流し、二人で笑う。 「さあ、朝食にしましょう」 今朝、二人で俺の家を出たところで同棲は一時解消。 俺の胸にあるのは、喪失感が少々と、来るべきところまで来たという妙な安堵感だった。 「よう、別れたんだって?」 「別れてない」 「だったら、なんで筧ちゃんは暗い顔してるんだ?」 「そう見える?」 「ああ、俺が女だったら母性本能に火が付きそうだね」 ショックがないといったら、もちろん嘘になる。 お互いの性格がわかっていながらソフトランディングさせられなかった。 俺があれこれ家事をしなければ、佳奈はストレスを溜めなかっただろう。 彼女を静かに見守る勇気がなかったのは事実だ。 そこは反省しなくちゃいけない。 「本音を言うと、俺は佳奈すけよりお前の方が心配だったんだ」 「ほら、何のかんの言って女性は逞しいしさ」 「か弱い俺たちに、無理は禁物だ」 冗談めかして肩をすくめる高峰。 相変わらずの慧眼に、こっちの身がすくむ思いだ。 「お前は頭がいいから要注意だぜ」 「上手くやろうとしすぎると、周りがついてこなくてイライラするばっかだ」 「何事もあるがままに」 「ありがたいお言葉です」 こっちから合掌すると、高峰も合掌した。 「せっかく一人になれたんだし、久しぶりにのんびり本でも読めよ」 「ありがとよ」 気遣いに感謝しつつ、人生の先輩であろう高峰の言葉には頷いておく。 「しゃべりすぎたし、俺もそろそろお休みの時間だな」 高峰の言葉に応えるように、チャイムが鳴った。 昼休みになった。 部室に行く気にならず、今日はアプリオで昼飯を食べることにした。 高峰の言葉通り、のんびり本でも読もう。 「あらあら、筧君じゃないですか? お一人様ですか?」 通りがかった嬉野さんが声を掛けてきた。 「ああ、ご覧の通り」 「鈴木さんと別れたという話は本当だったんですね」 耳の早い奴が多い学園だ。 「一時的に同棲解消しただけだって」 「そう言って、二度と戻らなかったカップルをたくさん知ってますけどね」 「恋愛なんて、些細なすれ違いで壊れるもんです」 「ははは、俺たちは違う」 「ふふふ、どうでしょうか」 「でも、どうして別居することにしたんですか? あんなに仲良かったのに」 興味津々という顔なので、さらりと説明してやる。 「ははあ、なるほど、そういうことでしたか」 「筧君のことですから、こうなることはある程度予想していたんでしょう?」 「多少は。恐らく佳奈もね」 「そうでしょうそうでしょう。似たもの同士ですもの」 「わかっていても止められない。いいですねー、ロマンですねー」 なぜか喜んでいる。 「思い切って別れてみるのはどうでしょう」 「おいおいおい」 「二人でいると面倒くさいことになるなら、私は迷わず自由に生きる道を選びますね」 「そりゃ人による。嬉野さんが極端なだけだって」 「別に誰かと付き合うのが最終目標じゃありませんし、面倒なら別れるでいいと思いますが」 あっさりと言う。 いろいろ振り切った人だ。 「俺はそう思わないが」 「でも、やっぱり相性ってありますよ」 「お互い相手のことを気にして、前に進めなくなっていたわけですよね」 「あれです、二匹の犬がお互いのしっぽに噛みつこうとしてぐるぐる回ってるみたいな」 「最後はバターにでもなるとか」 「あはは、それは虎ですよ」 まさに今日、俺たちはバターになった。 しかし、ここからバター人間として生まれ変わるのだ。 「私の見立てでは、二人とも孤独な方が面白いことできるタイプです」 「いますよね、結婚した途端につまらなくなる芸人とか」 「ここはぜひ孤独に戻って、もっと私を楽しませて下さい」 「結局そこか」 「そうなんです、下衆でしょう?」 「人生、楽しくなくっちゃいけません、はっはっはっ」 高らかに笑い、嬉野さんは去って行った。 さすが嬉野さんと言うべきか、彼女の観察は正確だった。 そもそも、俺と佳奈が付き合えたのは、似たもの同士だからって部分が強かった。 俺たちを結びつけたものが、ある時点では障害になる。 何となく皮肉めいている。 「思い切って別れてみるのはどうでしょう」 答えは決まっている。 困難な道だとしても、俺は佳奈と歩いていきたいのだ。 佳奈が好きだから。 ともかくも、俺にも佳奈にもクールダウンが必要だ。 気持ちを落ち着かせてから、また新しい関係を作っていこう。 夜11時過ぎ、携帯が鳴った。 佳奈からだ。 「よう」 「こんばんは」 佳奈の声は今朝より明るかった。 安心した。 「どう? そっちは順調?」 「はい、ついにさっき冒頭を書き終えました」 「おお、進んだじゃないか」 今までの足踏み状態から前進だ。 「筧さんはどうですか? ちゃんとご飯食べてますか?」 「もちろん」 テーブルには、カップラーメンの空容器が置いてある。 「そんなこと言って、ほんとはカップラーメンとか食べてたりして」 「ばれたか」 「まともなもの食べないと駄目ですからね」 「わかってる」 会話がスムーズに進む。 調子がいいときの俺たちの会話だ。 「筧さん、なんだか楽しそうですね。もしかして自由を満喫してます」 「いやいやいや、寂しいよ」 「いやいやいや、は図星の時も使うんでしたっけ」 にやりと笑う佳奈の顔が見えそうだ。 「それ言ったら佳奈も元気そうじゃないか。小説も順調みたいだし」 「いやいやいや、寂しくて死にそうです」 「いやいやいや」 ひとしきり冗談を言い、ふと言葉が途切れる。 「じゃあ、筧さん、私、小説に戻りますね」 「ああ、無理するなよ。お休み」 「あ、あの」 「え? 何?」 耳から離しかけた携帯を引き戻す。 「筧さんからも、電話くださいね」 「小説の邪魔にならないか?」 「なりませんよ、もう、嫌だな」 「筧さんは、私に対して、そんな遠慮は不要です」 「わかった。するよ」 「ありがとうございます。お休みなさい、筧さん」 「ああ、佳奈もなるべく早くお休み」 5秒ほど、名残惜しさに電話を切りかねたが、思い切って終話ボタンを押した。 なんやかんや言って元気そうだったな。 小説も順調そうだし、やっぱり別居は正解だったみたいだ。 昼休み、いつも通り部室に顔を出す。 一番乗りか。 椅子に座り、本を開く。 昨晩もがっつり読書して、今日ものんびり読書。 癒やされる。 同棲してから、いろいろ神経使うことばっかりだったしなあ。 「はっ!?」 さらっと癒やされていたが、癒やされるってことはストレスがあったってことだ。 そりゃそうか。 俺も佳奈を大切にしたくて、いろいろ気を遣っていたのだ。 「こんにちは。あ、今日は筧くんが一番だ」 「あ、おう……白崎」 「どうしたの、変な顔して? お化けにでも遭ったみたい」 顔に出ていたか。 「いや、実は出たんだよ」 「え? うそ」 「最初に部室に来たら、昼間なのに妙に暗いんです」 「黒い霧が立ちこめてるみたいで、窓が閉まってるのに、ひゅーっと首筋が寒い」 「で、怖いなー、嫌だなーって思いながら、電気のスイッチを入れたら……」 「ぎにゃーーーーーっ!」 「きゃああっ!?」 白崎を恐がらせて遊んだ。 「もう、ギザ様、いいタイミングで出てこないで。ただでさえ怖いんだから」 「シット」 日頃から怖いと思われていたらしい。 思いがけず傷を負うデブ猫。 「ところで、今日は佳奈ちゃん来るの?」 「聞いてないな。小説完成するまでは顔出さないんじゃないか?」 「あ、わかった。さっき怖い顔してたの、佳奈ちゃんに会えないからだ」 「お化けが出たからだって」 「寂しくて佳奈ちゃんの幻を見たんだね」 どうしても寂しいことにしたいらしい。 「電話でもしてあげたら?」 「筧さんからも、電話くださいね」 昨夜の佳奈の言葉が頭に浮かぶ。 「やっぱりやめとくよ」 文庫本を閉じながら答えた。 「えー、どうして?」 「あいつの邪魔はしたくないんだよ」 「佳奈ちゃん、絶対邪魔だなんて言わないよ」 「言わないと思うけど、今はかけなくていいんだ」 クールダウン、クールダウン。 「むー、その子供にはわからないだろうなって顔が悔しい」 唇を尖らせ、部長が拗ねた。 「筧先輩、いるみたい」 「そ、そっか」 予感的中。 いつもは遅く来る筧先輩が、今日に限って部室にいた。 「じゃあ、入ろう」 千莉がドアノブに手を伸ばす。 「ちょっ、ちょっと待って」 慌てて引き止める。 「何で?」 「見つかっちゃうって」 「悪いことでもしたの?」 「してない」 「ケンカしてるの?」 「まさか。相思相愛ですよ、私たち」 私は先輩のおかげか、最近ちょっと大きくなった(かもしれない)胸を張って答えた。 「だったら入ればいいのに」 一刀両断された。 「いやー、その、何と言いましょうか」 両手の人差し指の先をくっつけながら私は逡巡する。 「まだ顔を見る勇気がなくて」 「え? どうして?」 「千莉も、大人になればわかるかな、ははは」 「怒るよ」 もう怒っている。 「ごめん、まだ会わない方がいいの、きっと」 「あれ? どちら様ですか?」 まずい、白崎さんに気づかれた。 「緊急離脱!」 忘れ物は諦めて駆けだした。 「ちょっと、佳奈!」 「さて諸君、集まってもらったのは他でもない」 筧が帰宅した後、残りのメンバーは部室で頭を付き合わせていた。 「白崎と御園の報告によれば、どうもKSラインにほころびが見られるようだ」 「そうなの、筧くん、佳奈ちゃんに電話もしないって」 「佳奈は、部室の前まで来て逃げちゃいました」 「ゆゆしき事態と言えよう」 ぱしりと扇子を閉じる桜庭。 シリアスな顔をしている女性陣をよそに、高峰はデブ猫を構って遊んでいる。 「高峰、聞いているのか」 「聞いてる聞いてる。なあ、デブ?」 「ふぉふぉふぉふぉふぉ」 雄2匹に冷たい視線を投げかけた後、桜庭は白崎と御園に視線を戻した。 「私たちで、何か力になれないかな」 「はい。佳奈が悲しむところなんて見たくありません」 「まずは相談に乗るところからか」 「あの二人のことだ、口にはしないが深い悩みを抱えているに違いない」 3人が頷く。 「では、私、今夜電話してみます」 「いや、明日くらいの方がいいだろう。まだ熱くなっているはずだ」 「わたしも電話したいけど……ちょっと自信ないかも。相手、筧くんだし」 「では、私が引き受けよう」 「必ずや筧の口から問題点を引き出してみせる」 「刑事かよ」 「何か言ったか?」 「いえいえいえいえいえ」 「何も言ってないですよねー、猫ちゃん」 「おういえ」 まるで人の言葉を解するような猫の鳴き声に、桜庭は盛大な溜息をついた。 佳奈が出て行ってから2日が過ぎた。 昨日は佳奈に電話もしなかったし、今日も一切接触していない。 そのせいか、本を開いていても佳奈のことばかりが気にかかる。 小説は進んでいるか? 体調は問題ないか? 親みたいに心配をしてしまう。 どうやら、佳奈のいない寂しさが身体の中で盛り上がっているらしい。 まだ夜の10時だから、電話でもしてみるかな。 もう2日経ったし、冷静に話せるだろう。 着信履歴から『鈴木佳奈』を選んだ。 無機質な発信音が聞こえる。 「……」 『通話中』の文字がディスプレイに浮かんだ。 話し中か。 30分後、再度電話をするが、やはり話し中。 こりゃ今日は駄目か。 「ねえ千莉、聞いてる?」 「聞いてるって。さっきから同じ話ばかり」 「結局、佳奈は筧先輩に嫌われるのが怖かったんだよね」 「ぐす……そうなの」 私と筧さんはラブラブで、同棲したらそりゃもう楽しい毎日になると思ってた。 いや、楽しいは楽しいけど、生活の色んなところで好みはズレるし、家事も上手くできない。 いい小説を書いて喜んでもらおうと思ったけど、それも失敗。 筧さん、きっと呆れてるよね。 「佳奈は頑張り過ぎ」 「いきなり完璧な人になんてなれるわけないよ」 「うう、でも、少しでも気に入られたくて。失敗したくないし」 「筧先輩、そんなに厳しいの?」 「優しいよ」 私が小説に集中できるように、家事だっていろいろやってくれた。 でも、それが申し訳なくて不安になってしまうのだ。 「筧先輩を信頼しないと」 「信頼してるよ」 「筧さんを疑ってるんじゃなくて、ただ自信がないだけ」 「でも、佳奈の気持ちもわかるな。好きな人には嫌われたくないよね」 「そうそう、そうなの」 「だから、ちょっと息苦しくなっちゃって」 「こういうこと言ったら良くないと思うけど、家に戻って少し安心したの」 「ジャージでポテチ食べてもいいんだーって」 「……あ、イメージね、食べてないよ」 「ふふふ、くすくす」 電話の向こうで、千莉が笑う。 「佳奈、幸せそうだね」 「えっ!? どこが!?」 「いいのいいの、幸せなの」 勝手に話を終わらせてしまった。 「それで、先輩の家には戻るの?」 「戻りたい気もするけど、怒ってるかもしれない」 「絶対怒ってないって」 「今頃電話くれてるかもしれないよ」 「でも、嬉野さん情報だと、筧さんは自由を満喫してるって」 「そんなの気にしちゃだめ。はいはい、元気出して」 「う、うん」 「じゃ、またね」 「大丈夫、筧先輩は佳奈のこと大好きだから」 「うん、ありがとう。またね」 電話が切れた。 ふと、着信を知らせるLEDが点灯していることに気づく。 まさか。 「筧さんだっ」 思わず声に出し、すぐさま折り返す。 ウザがられるとか気にしていられない。 すぐにでも、声が聞きたい。 よくよく思い出したら、今日は一度も筧さんの声を聞いてない。 「早く早く早く……」 私は小さなスマホの画面を凝視する。 電波の発信画面が続く。 「筧さん……」 話し中だった。 「いや、差し出がましいのはわかっているんだ」 「だが、お前は大切な友人だし、鈴木も可愛い後輩だ」 「だから、もし、私の提案のせいで、お前達が良くない方向にいってると思うと」 佳奈へ電話した後、すぐに桜庭から電話が入ってきた。 桜庭の責任感が炸裂し、ひたすら謝り攻勢である。 「桜庭は何も悪くないって。責める気なんてないから安心してくれよ」 「責める責めないではなく、鈴木と仲良くしてくれ。それが一番だ」 「わかったわかった」 もう30分もこの調子だ。 「よし、なら今すぐ電話……」 「いや、今から鈴木の家に行ってくれ」 「気が向いたらな」 「おい、私の話が……」 電話を切る。 本当に正義感が強いやつだ。 多少疲れるが、桜庭の気持ちは真っ直ぐで気持ちがいい。 溜息をつきつつ携帯を見ると、着信履歴が残っていた。 佳奈からだ。 しかし、時刻はもう午前1時近い。 さすがに遅すぎるし、今日はもう諦めて寝るか。 おあずけを食らったような気分になりつつも、就寝の準備を始めた。 「……」 身体は眠りたいのに、頭は冴えたまま。 悶々と寝転がっているうちに、時刻は5時近くになった。 電話が繋がらないだけでこれか。 俺、どんだけ佳奈が好きなんだろう。 ……眠れそうもないし、散歩でもするか。 外に出ると、東の空はかすかに白んでいた。 夜明け前のひんやりした空気を吸うと、気分がすっきりする。 ストーカーっぽいが、佳奈の学生寮にでも行ってみよう。 外からでも佳奈の部屋を眺めれば、落ち着いて眠れる気がする。 林立する建物の間を抜け、佳奈の部屋が見える場所まで来た。 当然のように、部屋の電気は消えていた。 この時間まで小説を書いてたら心配だったが、まあ一安心だ 明日、少し話でもしてみるか。 心の中でおやすみを言い、家に戻ることにする。 駅前まで戻ってきた。 始発電車が動き、広場には早朝練習に向かう運動部らしき生徒の姿が見えた。 「……」 ジャージ姿ばかりの人影の中に、一人、制服姿の女子がいる。 佳奈? 明け方の街が見せた幻か。 目を擦りつつ歩を進めると、その姿が明らかになる。 ふわふわの髪に、なだらかな丘陵。 滑らかな肌に、なだらかな丘陵。 すらっとした手足に、なだらかな丘陵。 幻ではない。 「佳奈」 「え?」 佳奈が、化け物にでも遭遇したかのように目をしばたたかせた。 「会いたかった」 「私も会いたかったです」 佳奈が満開の笑顔を見せてくれた。 やっぱり佳奈が好きだ、と改めて思う。 「こんな時間にどうしたんだ?」 「いや、まあ、その、執筆の合間にちょっとお散歩を」 「それより、筧さんは?」 「俺も散歩」 「昨日電話で話せなかったら、なんとなく眠れなくて」 「あ、筧さんも」 佳奈が嬉しそうに微笑む。 向こうも同じ気持ちだったのか。 「じゃあ、もしかして、学生寮まで行ったりしちゃいました?」 「悪いな、気持ち悪くて」 佳奈が激しく頭を振る。 「いいんです、私も同じことしましたから」 「今、ちょっと筧さんの家を見てきたんです。あ、もちろん外からですよ」 二人で微笑み合う。 同じタイミングで、同じ行動を取っている。 「ほんと似たもの同士ですね」 「ああ、そうだな……似たもの同士だ」 似たもの同士だから、出会い、同居はちょっと上手くいかなかった。 そしてこれからは── 「率直に聞くけど、俺が家事してるのって結構ストレスだったんじゃないか?」 「え……」 珍しくぎょっとした顔になる。 「自分で言うのもなんだけど、逆の立場だったらストレスだったと思う」 「う、うーん、どうなんでしょう、ははは」 ばつが悪そうな佳奈。 「逆に聞きますけど、筧さんは、私と好みが違ったりしてイライラしませんでしたか?」 「むしろ、佳奈が合わせてくれるのが申し訳なかった」 「家事もすごく頑張ってくれてたけど、あれも正直申し訳ないと思ってた」 「うう、やっぱりそうですか」 佳奈が俯く。 「私、筧さんにがっかりされるのが怖かったんです」 「だから100点を取ろう取ろうってなっちゃって」 「自分でも止めどころがわからなくて、わーってなってました」 「俺も、彼氏なんだから彼女を支えるべきだと思ってて、とにかく何でもやろうとしてた」 「佳奈が負担に感じてるのは気づいてたんだけどな」 二人で苦笑する。 「それに、途中からは別居した方がいいってわかってたんだ」 「でも、言い出せなかった」 「私もですよ」 「自分に負けるーとか言ってましたけど、単に怖かっただけなんです」 「お互い、臆病なんだよな」 「ですね。人に嫌われたくなくて、何でも自分でやろうとしちゃうんです」 たはは、と情けない顔で笑う。 お互い、先が見えていながら軌道修正する勇気がなかった。 「俺は今でも佳奈が大好きだし、また一緒に暮らしたいと思ってるよ」 「え? でも」 「佳奈はもう冷めた?」 「いえいえいえいえいえ」 佳奈が激しくかぶりを振る。 「大好きです! 大好きすぎて、大変なくらいです」 言い切ってから、少し頬を赤らめる。 「大好きだから、少しでもいい彼女になろうとしたんじゃないですか」 拗ねたように上目遣いで見てくる。 「俺だって頼れる彼氏になりたかったんだ」 「筧さん」 ぽすん、と佳奈が俺の胸に額をつけた。 「今日から、筧さんの家に戻っていいですか?」 「小説が完成してからじゃなくて?」 「はい、今日からです」 佳奈が顔を上げる。 「今なら、大丈夫な気がするんです」 俺の不安は、佳奈の明るい表情で吹き飛んだ。 「言われない限りは放置だけど、それでいいか?」 「もちろんです。それが一番楽です」 「私もズボラなところがあると思いますけど、スルーして下さいね」 「もちろん」 俺が微笑むと、佳奈も微笑んだ。 同時に、ビルの向こうから朝日が射した。 佳奈の表情が明るく照らされる。 久しぶりに見る、心から安心したという笑顔だった。 「帰ろう、佳奈」 「はい、私達の家に」 「ねえ、筧さん」 「ん?」 「重くないですか?」 「全然」 佳奈と二人で、家路をたどる。 ただし、歩いているのは俺だけ。 「あのー、確かにおんぶしてほしいとは言いましたけど」 「そのまま、歩いて帰らなくても……」 俺の背中の上で、佳奈がごにょごにょ言ってくる。 「こういうシチュエーションが、佳奈の小説に出てくるんだろ?」 「せっかくだから、体験できることは全部体験しとけよ」 佳奈を背負い直し、そのまま歩く。 背中に感じる彼女の体温が、心地よい。 「何かすみません……」 「いいって、遠慮するな」 「俺達はこれから、たくさんの時間を共有するんだ」 「おんぶくらいで恐縮してたら、身がもたないぞっと」 いきなりくるっと回ってみせる。 「あはは、そうですね」 佳奈は子供のように喜んだ。 「お互いを思いやる気持ちは大切だけど、気にしすぎるのはなしだ」 「俺達の仲はそう簡単には壊れない」 「ですね!」 ぎゅっとしがみつかれる。 佳奈の髪の匂いが、ふわりと漂った。 「じゃあ、早速お願いがあるんですけど」 「おう、いいとも」 「今の回るの、もう一回お願いします」 「お安い御用だ」 くるくる 今度は二回転してやった。 「おわーーー!?」 「喜んでもらえたようで何よりだ」 「ちゃんと小説のネタにしてくれよ」 「もちろんですよ」 「じゃあ、次は三回転お願いします」 「え? まだやるの?」 「小説の主人公は、三回転してくれるんですよ」 「マジか」 ならば、俺も負けてはいられない。 華麗にトリプルアクセルを決めてやる。 「しっかり掴まってろよ」 「はーい」 「とりゃ!」 〈裂帛〉《れっぱく》の気合とともに、回転開始。 くるくるくる 「あはは! 筧さん、すごーい!」 俺の背中の上、作家の卵は大はしゃぎだ。 「これはオマケ」 くるくるくるくる 四回転の快挙に挑戦だ。 「あははは!」 「……って、うう」 「え? どうした?」 「回転しすぎて、気持ち悪くなっちゃいました……」 「お前な」 二人でふざけながら、早朝の道を歩く。 佳奈を絶対に幸せにしよう。 清々しい朝焼けを見ながら、俺はそう誓った。 「うりゃ」 「とりゃ、とりゃ」 「こんなものこんなもの」 早朝、何故か佳奈は書きかけの原稿を破りだした。 せっかく半分くらいできていたのに。 「ちょっと待て、何やってんだ」 「ボツだから捨てたまでです」 鼻息荒く言う。 「大作家先生かよ」 とはいえ、佳奈が破ったのは推敲のためにプリントアウトしたものだ。 PCにはまだデータが残っている。 「ま、データが残ってるならストレス解消にはいいかもな」 「データも捨てました」 「正気か……」 ここに来て、また0キロバイトの悪夢再び。 「お前、締め切りまで5日しかないんだぞ」 「大丈夫です、今の私は創作意欲の塊です」 「5日? 上等です! どんと来いですよ」 「ていうか、もう5日しかないって本当ですか!」 「ちょっと待て、なんで確認した」 「じょ、上等じゃないですか、ええ」 震えている。 「ともかく、創作意欲満々なのは事実です」 「筧さんがモデルの登場人物が出るのは変わりませんけど」 「もっと深く、筧さんの抱えた闇を掘り下げたお話を書きたいんです」 「俺は何者なんだよ」 そりゃ過去には色々あったが。 「でもまあ、佳奈は人の心理を書く方向がいい気がする」 「ですかね」 「ああ、絶対そうだ」 佳奈は人を観察する能力に優れている。 俺の過去を闇と言えるのがその証拠だと思う。 長所を活かさない理由はない。 「で、問題は5日しかないってことだが」 「寝ずにやれば終わります」 「時間もないし、できる限り登場人物を絞った方がいい」 「いろいろ書こうとして書き切れないより、一つのことを深く書いた方が完成度は上がると思う」 「私だと客観的に見られない部分もあると思うんで、筧さん、たまに見てもらっていいですか?」 「ああ、もちろん」 「よし、やれる気がしてきました」 ならば、俺としては…… 「俺も全力で佳奈を応援する」 まさに一択だった。 「ありがとうございます、筧さん」 佳奈のスーパースマイルLサイズが久しぶりに出た。 この笑顔は裏切れない。 「あ、早速、ひとつお願いが」 「おう、どんと来い」 こうして、俺と佳奈は小説完成に向けて、再スタートを切った。 で、俺が佳奈に頼まれた最初のミッションはというと―― 「鈴木さんのシフトの調整ですか?」 「なんとか、今日から5日間だけは休ませてやれないかな?」 登校してすぐ、アプリオに顔を出す。 「できなくもありませんが……」 「なぜ鈴木さん本人ではなく、筧くんが言ってくるんです?」 「本当なら、彼女が私の靴をなめながら懇願するのが筋なのでは?」 冗談か本気かわからないのが怖い。 「鈴木さん、電話もできないほどのご病気とか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」 「ただでさえ時間のない時に、嬉野さんに頼みごとなんかしたら、もっと時間がかかるようなことを言われるに決まってます」 「すみませんけど、筧さん、何とか上手く話をつけてくれませんか?」 などと頼まれたとはさすがに言えない。 「佳奈も本当は自分で言おうとはしてたんだけど、緊張して無理かもっていうから俺が代理でね」 「はあ、筧君、過保護ですねえ」 にっこりと微笑みながら言う。 「うーん……」 じっと俺を見つめながら、考えごとをする嬉野さん。 「調整して差し上げたいのは山々なんですが、代理で入ってくれる子がいないんですよ」 「鈴木さんは2、3人分は働いてくれますから、穴を埋めるのが大変なんです」 「さっき、できなくもないって言わなかったけ?」 「風向きが変わりました」 しれっと言い切った。 「私、また京子さんに会いたいです」 「俺にシフトに入れと……」 「いえいえ、誰もそんな無体なことは言ってませんよ?」 「あくまでも、京子さんです」 鬼だ。 「さすがに俺……京子がアプリオの制服を着るのはマズイんじゃ」 「ほら、スカート短いし。あいつ、脚にはあんまり自信がないって言ってた気がする」 「大丈夫ですよ。無駄毛の処理等は私が責任を持って行いますから」 「嬉しいでしょ? 泣いてもいいですよ」 「心はもう泣いてる」 ダメだ。 もうどうあっても回避できそうにない。 「それでは、交渉成立ですね」 「では、参りましょうか」 俺の腕を掴む嬉野さん。 「え? 今から?」 「はい、今朝から早速入ってもらいますよ」 「高峰くんが、いらしたらご注文とってくださいね」 「もうどうとでもしてください……」 ともかく、佳奈の執筆時間は確保できた。 まさに身体を張って。 「結局、元鞘か」 放課後。 俺と佳奈は図書部に顔を出して、今までの経緯を説明した。 「佳奈ちゃん、同棲しながら小説は書けそうなの?」 「ええ、まあ大丈夫です」 佳奈が恥ずかしそうに、微笑む。 「ていうか、別居したらかえって、筧さんが気になっちゃって……」 「何それ」 「結局、ノロケに戻るのかよ、困ったヤツらだ」 御園と高峰が深い深いため息を。 「そんなわけで、〆切までもう時間がないんだ」 「それで勝手言って悪いんですけど、小説が完成するまで私、図書部の活動を」 「ああ、わかった、皆まで言うな」 佳奈の言葉を桜庭の扇子を開く音が、遮る。 「鈴木と筧は、来週いっぱい図書部は休みだ」 「いいだろう? 白崎」 「もちろん!」 あっという間に話が通る。 「休みは佳奈だけでいい。俺は佳奈の分も活動するよ」 「いや、鈴木には筧が必要だろう?」 「筧もここまで付き合ったんだ。最後まで見届けたいだろう?」 「うん、筧くん、佳奈ちゃん、ラストスパートだよ」 「最後まで、サポートしてあげて」 「みんな、悪いな」 「ありがとうございます!」 手を合わせて拝んだ。 「いいって、ことよ」 「その代わり、もし賞金が入ったら全員に奢りな」 「あ、それいいですね」 「佳奈、大賞の賞金はいくらなの?」 「五十万だけど……千莉、大賞はさすがにないから」 ぶんぶんと首を横に振る。 「佳奈、何言ってるの」 「筧先輩だけじゃなくて、これだけ私達を巻き込んだんだから」 「それなりの結果は期待してるから」 御園がちょっとイジワルな笑いを口元に浮かべる。 「当然だな」 「期待してるね、佳奈ちゃん」 全員がにまにまと。 「プ、プレッシャー……」 佳奈はすでに重責に押しつぶされそうになっていた。 「結果の発表はいつ?」 「十一月の初旬」 「いいね! 全員で鍋でもつつきながら祝勝会だ」 「あ、わたし、美味しいお鍋のお店知ってるよ」 「よし、筧、もう予約しておこう」 「いやいやいや!」 取らぬ狸もいいところだ。 だが、ともかくも図書部のバックアップは得ることができた。 あとは、佳奈の気合いに期待するだけだ。 部屋に軽快なキーボードの打鍵音が響く。 すごいペースで進んでいる。 この間までのスランプが嘘のようだ。 水が流れるような音の連なりを聞きながら、俺は本を読む。 頼まれれば手伝うが、俺は俺なりに時間を過ごす。 俺たちにとっては、それが適した距離感なのだ。 「筧さん、ちょっといいですか?」 本から顔を上げる。 「何?」 「ここの流れ、どう思います?」 佳奈に指差された箇所を目で追う。 主人公の心理が細密に描かれている。 よくぞここまで書けるものだと思うが。 「心理はよく書けてるけど、ちょっとくどいかな。文章量を減らした方がいいかも」 「どの辺が削れますかね。自分の文章だから、わからなくなって来ちゃって」 もう一度見直し、やり過ぎかというくらいバッサリ削る。 最初は驚いていた佳奈だが、何度か読むうちに納得できたようだ。 「うん、よくなったと思います。ありがとうございました」 「やっぱり筧さんは頼りになります」 「ははは、将来は編集でも目指すかな」 「私がもし大先生になったら、専属になって下さいよ」 「喜んで」 「さ、先を進めないと」 佳奈の背を叩く。 「よし、この調子でガンガン行きますよっ」 「間に合いそうか?」 「そうですねー、推敲の時間も考えると……」 「あと、1週間あれば」 「完全にダメだろ」 〆切まであと4日だ。 「というわけで、すごいわがままを言っていいですか?」 「というと?」 「小説を書く以外のことは、筧さんに全部やってほしいんです」 「いいですか? 筧さん」 「いいけど、具体的には?」 「ご飯は毎食、筧さんに作ってもらいます」 「まったく構わないが」 「そして、毎食、筧さんに食べさせてもらいます!」 「それ、余計に時間かかるだろ」 「筧さんポイントを補充するためですから」 よくわからないが、求められるなら応えよう。 「あと、お風呂も毎回、筧さんに沸かしてもらいます」 「ああ、いいよ」 「そして、筧さんに身体を洗ってもらいます」 「……」 それはどうか。 「完全に変態を見る目になってますが」 「よくわかったな」 「冗談ですよ、もう」 パタパタと手を振る。 「まあいいや、風呂とトイレ以外は引き受けた」 「お前は燃え尽きるまで突き進んでくれ」 「了解です、よろしくお願いします」 「……」 部屋に差し込む朝焼けに起こされる。 「いかん、寝てた……」 目を擦りながら、ふらふらと立ち上がる。 昨夜、佳奈は〆切前日のラストスパートをかけた。 俺も付き合いで徹夜しようと思っていたのだが、途中から記憶がない。 そんなことより佳奈だ。 「すう……すう……」 テーブルの下で爆睡していた。 どういう寝方をしたら、こんな風になるのか。 PCの画面と、赤入れをした原稿を交互に見比べる。 どうやら、チェック箇所の修正は終わってるらしい。 あとは印刷して最終チェックをすれば完成だ。 「……ん?」 「ふわぁ〜」 佳奈があくびをしながら、もそもそと起き上がる。 「おはよう、鈴木先生」 「え? あ、おはようございます」 「あ、寝ちゃってましたか」 「大丈夫。修正は終わってた」 「これから、最新版を印刷するから最終チェックを頼む」 プリンターから吐き出されたばかりの原稿を佳奈に手渡した。 「すみません、何から何まで」 佳奈は俺から原稿を受け取り、読み始める。 もう何十回と読み直した話だ。 それでも、佳奈の目はゆっくりと吟味するように文字を追う。 「うん、これでOKです」 「後はこれを、送るだけ……」 「あ、あれ?」 勢い良く立ち上がった佳奈が急にふらついた。 倒れそうになる佳奈を、危うく支える。 「佳奈は今日一日寝てろ。俺が出してきてやるから」 「ううっ、本当に何から何まですみません」 「私がこんな身体じゃなかったら……」 言いながら、ソファーに沈んだ。 「すかー」 疲労困憊だ。 さて、郵便局に行くか。 封筒に原稿を入れ、外出の準備をする。 「お、筧じゃん」 ちょうど小太刀と鉢合わせた。 「おう、おはよう」 「はあ? 何言ってんの?」 思い切り怪訝な顔をされた。 朝だから挨拶をしたまでだが。 周囲を見回す。 近隣の家に明りが点っている。 おまけに、カレーの匂いまでしてきたり。 どう見ても早朝の景色ではない。 「いま何時?」 「携帯持ってないの?」 小太刀が自分のスマホを俺に突きつけた。 『17時16分』 「またまたー」 「携帯料金払ってなくて、時計が狂ってるとか?」 「なめてんのか! 携帯代くらい払っとるわ」 ですよね。 「小太刀、郵便局って何時まで?」 「5時」 「……」 終わった。 「あー、駅前の郵便局は6時だったかな?」 「小太刀、最高っ!」 「あ、ちょっと!?」 全速ダッシュだ。 「ただいま……」 佳奈を起こさないように、そっと扉の開閉をする。 「あ、お帰りなさい、筧さん」 でも、佳奈はもう起きていた。 「もう起きてたのか。ゆっくり寝てていいんだぞ」 「いえ、もう大丈夫です」 にこっと笑う。 いつもの佳奈の笑顔だった。 「あれ、何で制服?」 「へへ、たぶん筧さんと同じです」 苦笑しながら言う。 そうか、佳奈も朝と間違えて学園行こうとしたのか。 「はい、これ」 俺はポケットから、とある用紙を取り出して佳奈に渡した。 「え? 何ですか?」 「簡易書留の受領証明」 「佳奈の初めての投稿作だろ? 記念になるんじゃないか?」 「あ……」 「ありがとうございます!」 佳奈は受領証明書を受け取ると、にっこりと微笑んだ。 「これはいい想い出の品になりますね」 「そうだ、アルバムに挟んどきましょう」 佳奈のテンションがダダ上がりだ。 「なら、写真撮らないか?」 「どうせなら、写真と一緒に保管すればいい」 「ですね、じゃあ」 「せっかく写真撮るなら、上に行きませんか? 筧さん」 佳奈と一緒にマンションの屋上へ出た。 「はーい、いいですよ」 「ああ」 ピースをする佳奈を何枚もデジカメに収めた。 「次はこのポーズで」 頭と腰に手を添えて、気取っていた。 「何でモデル立ち?」 「セクシーかなって」 「ああ、うん、セクシーセクシー」 「投げやりすぎます」 「ははは」 いつの間にかただ遊んでるだけになった。 まあ、いいか。 こんな空気、こいつとでないと作れない。 「じゃあ、次は筧さんを撮って差し上げます」 「いやいいから、俺は」 「もう佳奈の写真はいっぱい撮ったし、戻ろう」 「えー、まだ戻るのはもったいないですよ、筧さん」 「これから星がキレイになるのに」 言われて、俺は空を見上げた。 確かに、今日はよく星が見える。 空気が普段より、澄んでいるのだろうか。 「じゃあ、もう少しここで星を見ていくか」 「はい。そうしましょう」 「あ、ちょっと待っててくださいね」 佳奈は一人でいったん、部屋に戻ると、すぐに何かを手にして戻ってきた。 「じゃ〜ん、どこでもランタ〜ン」 アウトドア用ランプを持ち上げて、得意げになる。 「ここで使うのか?」 「ちょっとしたキャンプ気分です」 「ま、悪くないか」 ランプに火をつけると、大して寒くもないのに身を寄せ合って座った。 佳奈の体温を感じながら、見上げる星空。 何とも癒された。 「ふふ、筧さん」 ぴったりとくっついてくる佳奈。 俺は佳奈の肩を抱く。 「……」 しばらくそうしてると、佳奈がごそごそと身体を動かしだした。 落ち着かないのか。 「どうしたの?」 「あ、あの……」 「うん」 「キスしてください……」 「いいよ」 「あ、ん……」 ゆっくりと、佳奈の唇に俺の唇を押し当てた。 「ん、ちゅっ、ん……」 「筧さん、もっと……」 いつもよりも激しく求められる。 最近、お互いずっと、してなかったからな。 正直、俺もいつもよりずっと興奮していた。 「ちゅっ……はぁ、はぁ……」 「筧さん……」 唇を離した後、お互いじっと見つめあう。 佳奈の瞳は潤み、頬は紅潮している。 淡いランプの光でも、それが容易にわかった。 そして、俺も佳奈が欲しかった。 「佳奈」 「はい……」 佳奈を抱きしめた。 「ぁ……」 佳奈がいつもネタにしている胸を揉む。 「なんか……すみません」 「何が?」 「あ、いえ、何ていうか」 「あんまり揉み甲斐がなくて申し訳ないというか」 「佳奈の胸だから揉んでるんだ」 「そうですよね。でも、ありがとうございます」 「その愛で、大きく揉み育てていただければと」 「保証はできん」 「ですよねー」 馬鹿話をしつつ、軽く指で先端をつねってみた。 「っ!」 それだけで、佳奈は強く反応した。 「痛い?」 「痛くはないです」 「むしろ、その逆というか」 佳奈は、快感に背筋が伸びてしまっていた。 「久しぶりだから?」 「そう、かもしれないです」 「少し緊張してるのかも」 あんなに何度も身体を重ねたのに。 しばらく交渉がなかっただけで、身体の刺激に対する耐性は低くなるのかもしれない。 「じゃあ、最初はゆっくり」 「はい」 上着をめくり、ブラを露出させる。 「ん……」 布越しに、温かい感触が伝わってくる。 懐かしいと思ってしまった。 「なんか……久し振りですね」 「あ……っ」 つつましやかな双丘の先端部分を、優しく撫でる。 「佳奈……」 佳奈の身体に触れたかった。 少しでも佳奈を感じたい。 「ん……っ」 「あっ、うぅ……ん……」 ブラのすぐ下のお腹や脇腹の皮膚が、少し汗ばんできている。 吐息も少しずつ熱を孕んできた。 佳奈も胸に意識を集中させているようだ。 俺は、今すぐにでも直接触りたいのをこらえ、じっくりと佳奈の胸を揉みほぐしていった。 「うぁ……はぁ……筧さん……」 可愛らしい。 俺の名を呼ぶ様子が、たまらなく愛おしい。 「んっ、はぁ、はぁ……筧さぁん……」 「どうした?」 「あの、そろそろ……」 「その、直接、触ってほしいな……って」 潤んだ目で言われて、焦らし続けられるほど、俺も理性が強いわけじゃない。 ブラジャーを、ゆっくり上にずらす。 ワイヤーが、乳首にかすかに引っかかる。 「んっ……」 ぴょんと乳首が跳ねた。 そして、外気に直接晒される佳奈の乳房。 「ひゃ……」 「寒かったら言ってくれ」 「大丈夫、そうです」 「なんか身体も火照っちゃってますし」 屋上というシチュエーションがそうさせているのか、佳奈の顔は赤くなっていた。 「じゃあ……」 「……どうぞ」 直接、佳奈の乳房を手のひらに包む。 ふっくらした、女の子らしい膨らみを掌中に感じる。 中指の付け根あたりには、ぴんと自己主張する乳首も。 「うあ……」 「こんなところで、手ブラされてると……なんかすごく卑猥なことしちゃってる感じ、しません?」 「……そりゃ、少しは」 実際、ここは誰でも入れる場所で、今にも誰かが来る可能性はゼロではない。 でもそれが、俺も、佳奈も、互いをより興奮させている気がした。 「でも……こんなに固くなってるし」 乳首をつまむ。 「んん……っ!」 「続けても……?」 「うぅ……言わせないで下さいよ」 OKっぽい。 また俺は佳奈に快楽を送り込むことに集中する。 「く……ぅ……っ」 手のひらにすっぽり収まるサイズの乳房。 それを、横から寄せたり、下から持ち上げたり。 「ひゃっ……あ、あっ……筧さんて、こんなにテクニシャンでしたっけ……?」 「いや、俺は佳奈の反応を見ながらやってるだけだけど」 「んんっ、でも、なんか、上手くなって……うぅ……」 いろいろな揉み方を試し、佳奈の反応がいい動きを探り出していく。 じっくりと、飽きずに。 「あっ……んんん……」 「大きさはともかく、佳奈って感度はいいんじゃないか」 「そんな……あっ……わかりませんよぅ……」 「ほかの子と比べて言ってるんですか……?」 「いや、そんなわけじゃないんだけど」 指の動きにいちいち反応し、身体をくねらせる佳奈。 その中でもいちばん反応の良かった、乳首を優しくつまんでみた。 「ひゃんっ!」 佳奈の身体が一段と大きく跳ねる。 びくびくっと震えが走った。 「やっぱり、ここが一番?」 「それは……そうです……んんっ……よ……」 乳房に沈み込むように乳首を押したり。 突起の周囲を指の腹でそっと丸く撫でたり。 俺の動きのいちいちに、佳奈はふるふると反応した。 「や……っ、すごく……いいです……」 「なら良かった」 乳房全体が成長途上なら、乳首も成長途上なのか、固くなっても突起自体がそんなに大きくない。 俺はその健気な肉芽を、転がすように撫で続けた。 「うぁ……んん……切ないです……」 「どうしてほしい、とかある?」 「や……筧さんの好きなように……いじってもらえれば……」 佳奈の返事を聞かずに、乳首をつまんで引っ張ってみたり。 「あぅんっ……!」 乳房の下側の、膨らみに添って指を這わせてみたり。 「はぅ……う……」 俺の指の動きによって、敏感に変わる佳奈の反応。 その一つ一つが愛らしくて、俺は飽きることなく胸を弄り倒す。 「もう、筧さん……私の弱いところ、全部知ってますよね……」 「いや、多分まだ知らないと思う」 「そんなこと……んぅ……っ、ないです、よ……」 抵抗するのは無駄だと悟ったのか、佳奈はもう俺のなすがまま、快感に身を委ねているようだった。 「……佳奈、エッチな顔になってる」 「え……」 そう言いつつ、乳房の両脇を撫で上げる。 「んんん……っ!」 「筧さんの、せい、です……よぅ……あぁ……」 「佳奈の胸、温かいな」 「いや、温かいっていうか、もうすごく熱い」 「だからそれも……筧さんの、あんっ、せいですってば……!」 『たゆん』でも『ぽよん』でもなく、『ふに』。 佳奈のおっぱいは、俺の指の動きに従順に、ふにふにと形を変えている。 その光景は、じっくりと見ていると、想像以上に俺の脳髄を刺激した。 「あぅ……っ!」 俺は、ふと嗜虐心に囚われて、佳奈の胸を揉む手に力を込めてみた。 佳奈の薄い胸肉に、指先が食い込む。 「あ、ごめん」 力を緩める。 「や、びっくりしただけで……」 「実は、そんなに嫌じゃないかも、です……」 俺はもう一度、今度はゆっくりと指に力を入れて、佳奈の乳房を揉んだ。 絞るように。 「あ、あぁ……あっ……んんっ……!」 首を振りながら、悶える佳奈。 これは……気持ちいいんだろうか。 「ふぁ……っ、あ、筧さん、いいです……っ」 その言葉に勇気づけられ、俺は佳奈の胸を立て続けに、乱暴に揉みしだく。 佳奈の小さい胸は、小さいなりに弾力があった。 「はぁ、ああ、んっ、筧さんっ、あああっ」 「とっても、いい、です……!」 もしかしたら、少し乱暴にされている感じもいいのかも知れない。 ……俺は、佳奈の胸を、これでもかというくらい味わい尽くすつもりで〈弄〉《もてあそ》んだ。 「佳奈、今、とってもかわいい顔してる」 「そんな……」 佳奈の顔色にまた一段と朱が差した。 再び、佳奈の胸を寄せ上げるようにカップを下から支える。 時折、指を乳肉に食い込ませると、佳奈は面白いくらいにびくんっと反応した。 「や……こんな……」 「佳奈、すごく反応が良くなってる気がする」 「そんなこと……ない、ですよ……ああんっ」 右手と左手で交互に揉む手に力を込めると、佳奈の反応も左右交互に現れた。 「自分で揉んでもこんなに気持ちよくなるものなの?」 「そんなわけ、ないじゃないですか……」 「好きな人に……筧さんに揉んでもらってるから、こんなに気持ちいいんですよ」 俺はその言葉には返事をせずに、指の動きに専心した。 佳奈の言葉が嬉しすぎたのだ。 お返しに、というわけじゃないけれど、佳奈にはもっともっと気持ちよくなってもらいたかった。 何度も何度も。 まるで、子犬がじゃれてボールを弄るように。 「あっ、んあぁ……っ、か、筧さぁん……」 ぞわぞわとした感触が背中に走ったのか、佳奈の身体がぴくぴくと震える。 「はぁ、はぁ、筧さん……あぁ……はぁぁ……っ!」 「すごい、こんなに胸が感じたことって、初めて……です……っ」 佳奈は途中で刺激に慣れるどころか、どんどん快感が累積していくようだった。 「あ、ダメ、筧さん……」 「あんまり、見ないでください……」 「それは無理だ」 佳奈のそんな姿を目の当たりにして、見てみないふりができる男なんていない。 「佳奈、こんな場所だけど……どうする?」 「もう……」 「もう?」 「私、部屋に戻るまで我慢できそうに、ないです……」 「誰か来るかも」 「でも、私、まだ……」 明らかに満足してない、欲求が満たされてない感じの瞳が俺を見上げてきた。 これに逆らえる男はいないだろう。 「わかったよ、佳奈」 「俺も同じ気持ちだ」 「嬉しいです、筧さん……」 言って、俺の股間を見る。 佳奈の色っぽい姿に反応したペニスは早くも最大限の硬度となっていた。 「あっ、何かすごく筧さんが積極的……」 佳奈が顔を真っ赤にした。 それでも、構わず押し迫る。 「強引っぽいのは嫌?」 「い、いえ……」 「いつもは筧さん、穏やかな感じだから」 「これはこれで、いいかもです」 「好きだよ、佳奈」 「はい、私も……あ、ん、ちゅ……」 佳奈の返事も待たずに、唇を奪う。 強引な男を俺なりに演出してみた。 「ちゅっ、ん、ん、ちゅっ……」 「はぁ、はぁ、ん……」 「筧……さん……」 唇をゆっくりと離すと、佳奈は俺をとろんとした瞳で見つめ返してきた。 「もっと、もっとキスしてください……」 もじもじしながら、俺の腕をつかむ。 「わかった」 佳奈のあごの下に手を。 そして、また強く佳奈の唇に俺の唇を押し当てた。 少し痛いくらいのキス。 「あっ、んっ、ちゅっ、んっ、あっ、す、すごい、です……」 「筧さんのキス、いつもより、激しくて……ああっ!」 佳奈の口から離れた唇を、そのまま首筋に這わした。 ぴくん、と佳奈の身体が可愛らしく揺れた。 「あっ! んっ、あっ……!」 指先で佳奈の花弁に触れる。 「はぁ……んっ!」 佳奈がのけぞる。 「佳奈……」 俺の唇は首筋から、上へとのぼり、佳奈の耳へ。 「可愛いよ、佳奈」 囁きながら、耳たぶにキスを。 「あっ、やんっ、か、筧さん、ダメ、それダメ……」 「そんなこと言いながら、耳を噛むの……はあんっ!」 佳奈の反応がまた大きくなる。 耳だけじゃなく、性器の愛撫も忘れない。 佳奈の割れ目にそって、指の腹でゆっくりとこすりあげた。 「あっ、んっ、ああっ……」 「あんっ、あっ、やっ、筧さん、の指……あっ!」 「んっ、あっ、ダメ、また濡れて……」 「ああ、すごく濡れてる」 そっと耳元でささやきながら、恥丘に手で触れた。 「ああっ、言わないで筧さん……」 「でも、佳奈のパンツもうぐしょぐしょだ」 「ううっ、さっきから筧さん、私を少しイジメてません?」 「若干」 「ひどいですよー」 可愛らしく唇を尖らせる。 「ごめんごめん」 佳奈の頬に軽くキスをした。 「あ……」 「……嬉しいですけど、キスでごまかしてません?」 「まだ、私の股間をイジる手は止まってませんし……あっ!」 パンツ越しに、膣口に軽く指先を沈める。 ぬるぬるとした感触。 円を描くようにして、刺激を与えた。 「あっ、はぁっ、んっ、あん……!」 「筧さん、あっ、はぁ、はぁ、あん、ダメですよぉ……」 「そんなに、私の弱いところばかり……」 「なら、別のところにしようか」 手を佳奈の胸にのばす。 「あ……」 「佳奈」 「あ、ん……」 胸を再び愛撫しながら、唇を吸う。 乳首はまだ勃起したままだった。 「ん、んん……」 「ちゅっ、んっ、んんん……」 「あんっ、ちゅっ、んっ、んん……ぷはぁっ。はぁ、はぁ……」 唇のキスの後、また耳を唇で責める。 「あっ、また、耳……」 もちろん、手は佳奈の胸から離れない。 指と指の間に乳首を挟んで、擦るようにして刺激を与える。 「ああっ! んっ、あっ、筧さん……」 「先っぽをそんなに、イジら……ああっ!」 乳首を愛撫すると、佳奈の性器から透明の液が面白いように溢れ出す。 とろとろだった。 指先でいくらすくいとっても、追いつかない。 「佳奈……」 佳奈のパンツの隙間に指を滑り込ませ、直接花弁をいじった。 「あっ! あああああっ!」 予告なしにいきなり、直に触れられたことに佳奈は戸惑っているようだった。 「はぁっ、んっ、あっ、あああ……」 「あっ、あああ……!」 「筧さん、すご……すごい、です……」 佳奈は下半身をぷるぷると震わせながら、俺にしがみつく。 充分すぎるほど、佳奈は準備万端だ。 俺自身も、これ以上ないくらい固くなっていた。 「佳奈」 「は、はい……」 「そろそろ、いいか?」 「……はい」 涙の浮かんだ目で、俺を見つめて、こくんと頷いた。 「じゃあ、いくぞ」 佳奈の下着に手をかけて、ゆっくりとずらしていく。 「うう、筧さんに脱がされるの、何か恥ずかしいです……」 「こっちは、ちょっと楽しい」 「変態さんですね……」 嘆息されてしまった。 「ん……あ、ああああっ!」 佳奈の膣口にペニスを押し当て、一気に挿入した。 充分濡れていた佳奈の中は、心地よい抵抗をしながらも、俺をスムーズに受け入れていく。 「あっ、か、筧さんの……」 「え?」 「少し大きくなったような……」 「久しぶりだから、そう感じるだけじゃないか?」 「そ、そうなんでしょうか……」 「痛いなら、いったん抜くけど」 「いえ、平気です」 「お腹の中で、筧さんを感じられて、素敵です……」 「温かいです……」 「俺も温かいよ。それに、すごく嬉しい」 「ふふ、喜んでいただけて何よりです」 「ところで、筧さん」 「ん?」 「そろそろ動いていただいても大丈夫ですよ」 「私を気遣って、我慢してません?」 バレたか。 「本当に、平気?」 「はい。それに……」 「私としても、そろそろ動いてほしいなって」 「わかった」 佳奈が大丈夫そうなのを確認して、俺はゆっくりと腰を動かしだす。 「あ、ああ……っ!」 佳奈は俺のペニスの動きに如実に反応した。 俺も亀頭にからみつく、佳奈の膣壁の心地よさに身体が震えそうになった。 スピードを上げすぎたら、すぐに終わってしまいそうだ。 「ゆっくり、いくな」 俺は快楽の波に流れそうになりつつも何とかふんばって、腰を前後に。 「あっ! ひゃっ! あっ、くうっ!」 「はぁ……はぁ、んっ、あっ、んん……!」 「んんっ、あっ、あっ、あああんっ!」 佳奈の甘い声が、屋上に響く。 その声だけでも、すごく興奮する。 だが、誰かに聞かれたりしないかという考えも浮かんだ。 「佳奈、もう少し声落とせる?」 「そっ、そ、そんなこと言ったって……」 「無理ですよぉ……あ、んんっ!」 「じゃあ、これで」 「んっ、ちゅっ、んん……」 キスで佳奈の唇を強引にふさいだ。 そのまま、ピストン運動も続ける。 「あっ、あ、んっ、ちゅっ、ん……!」 「ん……っ、ちゅっ、んん……」 「ふあっ、ちゅっ、ん、んん……っ」 「はぁ、はぁ、か、筧さん……」 「ん、あぁ……、好き、です……」 「俺もだよ、佳奈」 愛液の量が増えたのか、膣内の滑りが良くなった。 佳奈のヒダを押すようにして、ペニスを沈めていく。 「あっ、ああああ!」 「私の奥の方で、筧さんのが……!」 ぎゅっとしがみつかれる。 「感じる?」 「はい、すごく感じます……」 「俺も今、佳奈の中をすごく感じてるよ……」 「んっ、あっ、はぁん!」 腰を引く。 俺のペニスのカリの部分が、佳奈の膣壁を擦るようにして刺激を生み出す。 お互いの性器の接触では、お互いが快感を得る。 ずっと浸っていたくなる感覚だ。 「筧さん、あっ、んっ、筧さん」 「筧さんは、気持ちいい、ですか?」 「いいよ」 「こんなに気持ちいいのは、佳奈とこうしてる時だけだ」 「すごく興奮してるけど、同時にホッと安らぐような感じだ」 「や、安らぐんですか?」 「きっと、佳奈と一番、近くにいられる瞬間だからかな?」 「あ……」 佳奈が声を漏らした瞬間。 きゅっと佳奈の膣が、きつくなった。 「佳奈、今、少し締まった」 「うっ……」 「筧さんが、嬉しすぎること言うからですよぉ」 「今、言葉で感じちゃいました」 「佳奈は感性が敏感だな」 髪を撫でながら、頬や首筋に口付けをする。 「あ、ダメ、筧さん……」 「感じすぎちゃいますから……ああっ!」 佳奈の言葉だけの静止を振り切り、俺は腰を動かしながら佳奈を愛撫する。 こりこりした乳首をつまんだ。 「ああっ! あっ、んっ!」 「はぁ、んっ、あっ、筧さん、またおっぱいを……」 「私のおっぱい、好き、なんですか?」 「好きだよ、とっても」 「お、大きく、ないですよ?」 「でも、上品なんだろ?」 強めに揉みしだきながら、指先で乳首を刺激し続ける。 「うっ、でも、それは半分負け惜しみで……」 「佳奈のおっぱい、俺は好きだよ」 「キスしたいくらい」 「あっ!」 俺は乳首を口に含み、舌先で転がすようにして刺激した。 「あっ、はぁっ、んんっ!」 「筧さん、あっ、んっ、ひゃっ、あっ、ああん!」 「ダメ、私、だんだん、頭が真っ白に……ひゃあん!」 乳首への愛撫に佳奈は、背をそらして反応する。 じゅぷじゅぷと、俺達の下半身は互いの体液を混じり合わせながら嫌らしい音を立てていた。 興奮を駆り立てられる。 俺の腰の動きは、知らず知らずのうちに速くなる。 「あんっ、んっ、はぁんっ!」 「んっ、はぁ、はぁ、んっ、ああんっ!」 「ああん、すごい……すごいです、筧さん……!」 佳奈の膣内がきゅっきゅっとリズミカルに締め付けてくる。 抵抗がまた強くなるが、愛液の潤滑油のおかげでピストン運動はそのままだ。 「佳奈、すごくいい顔してるな」 俺は腰を動かしながら上気した佳奈の顔を見る。 恥ずかしさと快感に翻弄された佳奈の表情。 少女と大人、両方の間で揺れている。そんな今の佳奈。 「か、筧さんだって、今とってもいい表情ですよ」 「普段のクールな筧さんも好きですけど……」 「今のエッチな筧さんも、いいです」 「俺、そんな顔してる?」 「はい」 「性をむさぼる野獣のようです」 「あんまり嬉しくない表現だな」 「ふふ、ウソですよ」 「私の筧さんは、いつも素敵です」 「それは、どうも」 「もう一度、キス……いいですか?」 「ああ」 ぐっと佳奈に近づき、唇を重ねた。 佳奈も積極的に舌をからめてくる。 「んっ、ちゅっ、ん……」 「ちゅっ、んっ、はぁっ、んっ、ちゅっ……」 「筧さん、筧さん……もっと、もっと……」 「あんっ、ちゅっ、んん……」 キスをしきりにねだってくる佳奈。 それに応えるように、深く、強く、佳奈の唇に吸い付いた。 「んっ、ちゅっ、んん……」 「はぁっ、んっ、ちゅっ、はぁ、はぁ……」 佳奈とキスをしてる間にも、俺のペニスは佳奈の中でぎゅうぎゅうと圧迫される。 カリも、裏スジも、とことん佳奈の性器と刺激し合った。 下半身の根元あたりに、もやっとした感覚が走る。 「佳奈、俺……」 「はい」 こくんと頷く。 「一緒に、イキましょう、筧さん」 「ああ」 佳奈の腰をしっかり支えると、今までで一番深く、強く佳奈の中にペニスを沈めた。 「ん、あ、あああああああっ!」 「はぁっ、んっ、はぁっ、んっ、あああっ!」 「筧さん、んっ、あっ、はぁっ、ああああっ!」 「んっ、ああっ! 筧さん、んっ、ああんっ!」 佳奈の声に艶っぽさが増した。 愛液がどんどんあふれてくる。 佳奈の丸出しの大陰口が、いやらしく濡れていた。 「佳奈、佳奈!」 「筧さん! 筧さんっ!」 その言葉が、とどめになった。 背中を駆け巡る、電流のような快感に身体の制御を奪われた。 「くあっ、や、あぁっ、ぅあぁっ、だめっ、んく、はんっ、あああぁ……っ!」 「私も、あっ、もう……ああんっ、あ、あんっ、んっ、だめっ、あぁっ、はあぁっ!」 「んっ、ああっ、くぁ、んああっ……もう、イきます……んあああぁぁっ」 「あ、あ、あ、あっ、ぅああっ、ん……ああああああぁぁぁぁぁっ!!!」 理性のタガを外し、思い切り佳奈に精液を吐き出した。 「ぅあ、ああああああああああああぁぁっ!」 どくどくとペニスが大きく脈を打つ。 「あっ、あ、ああ……」 白い液が、佳奈の中に注ぎ込まれる。 佳奈の狭い膣では、収まりきらなくて、あふれ出すほどに多い。 自分でも驚いた。 それほど溜まっていたということか。 ……いや、違う。 それだけ、強い快感を得たということだ。 佳奈との交わりは、それだけすごかった。 「……はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ……」 二人とも、大きく脱力していた。 力が一気に抜ける。 自然に、佳奈の膣口から俺のペニスが抜けた。 「……あ、ひゃんっ」 抜けた時に少し刺激されたのか、佳奈が小さく声を上げる。 どろっと、俺の精液が膣から滴り落ちた。 「佳奈、大丈夫? どっか痛いとか」 「い、いえ、平気ですよ」 「どこも痛くはありません」 「なら、良かった」 ホッと息をつく。 「誰かに見つかるとヤバいし、服着るか」 「ですね」 「エッチするの、久しぶりでしたね」 「ああ」 「私、良かったですか?」 「佳奈はいつだって、いいに決まってる」 「あははは、久しぶりに恥ずかしい台詞きましたね」 俺は佳奈と二人、星空を見上げながらしばらく屋上に残った。 色々な話をした。 毎日、あれほど話しているのにまったく話題はつきない。 幸福だった。 佳奈と末永く一緒にいられますようにと、星空に祈りたくなってしまう。 ……こんな臭いことを思いついてしまうあたり、俺は小説家にはなれなそうだ。 毎年思うのだが、秋という季節はすぐに立ち去っていく。 ついこの間まで、残暑に苦しんでいたはずなのに、今はもう眠るのに毛布が必要だ。 「筧さーん、お茶淹れましたよ」 「おう、悪いな」 そんなわけで、俺と佳奈も同棲を開始してそろそろ三ヶ月。 二人で居ることが、すっかり日常と化していた、そんな頃。 「あ、出版社からメールです」 不意をつくかのように、非日常がやってきた。 「出版社って、あの?」 「はい、前に応募したところですよ」 佳奈の表情に緊張が走る。 メールのタイトルは、『構文社中篇文学賞 結果通知』。 「来たな」 「スパムメールですかね」 「いやいや、今月下旬に結果が来るって言ってただろ」 「お、おう、そうでした」 笑おうとしているが、完全に笑えていない。 「ど、どうしましょう? 破棄ですか?」 「いやいやいや、破棄する意味ないから」 相当混乱してるな。 「ほら、メール開いてみろ」 後ろに回って、軽く背中を押してやる。 「は、はい」 佳奈の操るマウスカーソルが、〈件〉《くだん》のメールに近づき、 止まり、 また、ちょっと近づき、 そして、離れる。 「しっかりしろって」 「いやー、緊張しちゃって」 たははと笑う佳奈。 「勝負は時の運だって。結果は気にするなよ」 「は、はい」 ようやく佳奈の肩から力が抜けた。 「もし駄目だったら、また頑張りますね」 「俺も協力するよ」 佳奈は、静かに微笑むとマウスをカチリとクリックした。 「……」 「……」 メールに目を走らせる。 そこには『佳作』の文字があった。 「ど、どうですか、筧さん?」 佳奈はしっかり目をつぶっていた。 さっきの微笑みはなんだったのか。 「さすがに自分で読もうや」 「で、ですよね」 佳奈は観念して、まぶたを開ける。 「えーと、この度は、構文社中篇文学賞にご応募いただきありがとうございます」 「厳正な審査の結果、貴殿の作品は……」 「佳作っ!?」 佳奈が素っ頓狂な声を上げた。 「か、筧さん……私の、私の作品が……」 「佳奈だけに、佳作に……」 興奮のあまり、つまらないことを口走っている。 「よかったな、おめでとう」 正面から佳奈を抱きしめた。 「初めての投稿で佳作なんてすごいじゃないか」 「やっぱり、佳奈には才能があるんだ」 「か、筧さん……」 嬉しいのやら悲しいのやら、何とも微妙な表情をしている。 「いや、佳作っていうのが私らしいというか何というか」 「漫画とかなら、ここは最優秀賞なんですが……申し訳ありません」 「何言ってんだ、お前はよくやったって」 「それに、オチがついた感じがしていいじゃないか」 「あ、そういう観点もありますね」 「よし、鈴木やりました」 佳奈が芝居がかった調子でガッツポーズを。 本当は、飛び上がるほど嬉しかったのだと思う。 ただ、どうにも恥ずかしくて、ストレートな感情表現ができないのが佳奈なのだ。 そういうシャイなところが、また気に入っていたりもする。 「お、講評もあるな」 メールの下の方には、選者の短評が載せられていた。 ざっと読んでみると、佳奈の小説は心理描写に光るものがあるということだった。 反面、ストーリーの構成については工夫が必要とのことだ。 「やっぱり筧さんの言う通りでしたね。心理描写で攻めて良かったです」 「これからも、アドバイスをガンガンお願いしますね」 「ああ、厳しいこと言うかもしれないけど、折れるなよ」 「これでも、Mの自覚があるんで大丈夫です」 今までの読書がこんな形で役立つなんてな。 俺と佳奈は、こういうところでも相性バッチリだったのだ。 佳奈大先生の編集者になるってのも、真面目に考えてもいいかもしれない。 「さあ、今日はぱーっと行きましょう」 佳奈の提案で、賞金を使ってお祝いをすることになった。 「佳奈の賞金なんだし、俺の分は自分で払うよ」 「図書部のみんなにもおごる約束だったし、足りなくなるだろ?」 「何言ってるんですか、原稿ができたのは筧さんのお陰ですよ」 「私からのお礼でもあるんですから、遠慮しないで下さい」 笑顔で言ってくる。 あんまり断ると、お祝いムードに水を差してしまうか。 「よし、じゃあスキヤキにするか」 「待ってました、こういう時には肉ですね」 佳奈が俺の腕を、両腕で抱きしめる。 佳奈が良い結果を得られて本当に良かった。 いや、仮に結果がダメだったとしても、きっと後悔しなかっただろう。 今回のことを通して、新しい関係を作ることができたからだ。 相手に気を遣うばかりの同棲を続けていたら、俺たちは遠からず破綻していたかもしれない。 「ところで、スキヤキは関東風が好きですか? 関西風ですか?」 「関東風かな」 「えっ!? 私、関西風が好きなんですが」 「今日は関西風でいいよ。佳奈のお祝いなんだし」 「ありがとうございます。じゃあ、明日は関東風にしましょう」 「明日も食うのかよ」 「もしかしたら、私が関東風に目覚めるかもしれないじゃないですか」 「よし、じゃあ明日は関東風だ」 「では、お肉屋さんに行きましょう」 佳奈と手を繋ぎ店を目指す。 恋人とはいえ、俺たちは違う人間だ。 相手を大事にしつつ、自分も大切にする。 今回学んだことを大切にしていけば、俺たちの関係はもっともっと深くなるはずだ。 そう思うと、俺の胸は将来への希望でいっぱいになった。 ぼんやりと昔のことを思い出していた。 図書部を作ろうと目論んでいた頃のことだ。 当時、私は図書部関係者全員の未来をチェックしていた。 図書部を作る目的は、京太郎が羊飼いになるのを阻止することで、そのために誰かを不幸にするのは避けたかったからだ。 いやー、私ってほんといい人よね、はっはっは。 調査の結果、図書部を作れば、かなりの確率で京太郎は羊飼いになれないことがわかった。 彼は誰かとくっつき、羊飼いへの道は閉ざされる。 京太郎も女の子も不幸にならないし、私も目標を達成できる。 図書部の創設は、みんなが得する素晴らしい計画だったのだ。 考えてみりゃ、あいつはほんと恵まれている。 どう転んでも誰かとラブラブになれたのだ。 「洗濯物、干し終わった?」 背後からの声に振り返ると、私の彼氏がいた。 そう、モテモテの京太郎が選んだのは、図書部の誰でもなく自分だったのだ。 「あーうん、全部干した」 「ぼーっとしてたけど、大丈夫か?」 「うん、ちょっと昔のこと思い出してただけ」 「そっか」 優しい京太郎は、それ以上詮索してこない。 お互い過去にはいろいろあった。 そういう呼吸が共有できるから、京太郎とはどれだけ一緒にいても息苦しくならない。 最高のパートナーだった。 京太郎のお陰で、私はようやく未来に進むことができた。 もう過去は振り返らない。 私たちの前には明るい未来が広がっているのだ。 「昼飯何がいい? 俺が作るよ」 「いーのいーの、今日は私が作るよ」 「ご機嫌じゃないか、どうした?」 「別に、なんでもないよ」 「さーて、ラーメンとチャーハンとパスタ、どれがいい?」 「今日はチャーハン気分だ」 「おっけー」 腕まくりをして台所に向かう。 自分が作ったもので京太郎が喜んでくれる。 それだけで幸せを感じてしまう自分は病気かもしれない。 治す気ないし、治らなくて結構だけどね。 「ふう、美味かった」 飯を食って一息つくと、胡座をかいた俺の膝の上に、凪がごろにゃんと頭を載せてきた。 柔らかな髪を撫でながら、ぼんやりとテレビの画面を眺める。 同棲を始めて2ヶ月。 特に理由はなくても、俺たちはこうしてくっついている。 何となく落ち着くからだろうか。 「うわ、すっごい。何あのケーキ。もう芸術品じゃん」 「どっから食べるか迷うだろうなあ」 テレビでは、いろんなジャンルのプロフェッショナルを紹介する番組をやっている。 今日は金髪のパティシエが主役だ。 「凪さあ」 「んにゃ?」 ごろんとこっちを見た。 「ケーキとか焼いたことある?」 「あるように見える?」 だろうと思ったので、返答はしない。 「ああいう几帳面な仕事って、私に向かないと思うのよね」 「絶対途中で、あーってなって、ぎゃーってなって、どーんよ、どーーん」 何かが爆発する仕草をした。 デコレーションに失敗したケーキが爆発したのだろう。 「凪ってどういう仕事が向いてるんだろうな」 「んーそうねえ、楽で儲かって残業がない仕事?」 「そんな仕事あるか。ヤクザさんでさえシノギが厳しくなってるご時世だぞ」 「真面目に考えろ」 「わかったわよ」 凪が膝の上で唸る。 「くっ、糖分不足で頭が回らない」 「ほれ」 テーブルにあったチョコをひとかけら、口に入れてやる。 「むぐむぐ……うーん、思いつかないなあ」 「ずっと羊飼いになろうと思ってたから、他のこと考えてなかったのよね」 「羊飼い?」 「……あ、ああ、そうだったな」 さくっと思い出せなかった。 ナナイさんや羊飼いに関する記憶は、だいぶ薄くなっていた。 小太刀と生活しているお陰でなんとか覚えているが、一人だったらすでに忘れ去っていることだろう。 「職業はまだいいにしても、専攻とか進路くらいは考えておいた方がいいかもな。もう3年だし」 「やーね、せっかちさん」 今度は小太刀がチョコを俺の口に入れてくる。 「バイトでもしよっかな」 「進路とかはわかんないけど、自活くらいできても罰は当たらないでしょ」 「この家を出てくつもり?」 小太刀が目をまん丸にして俺を見る。 「はあ? 違うって」 「今は京太郎に頼りっきりだから、生活費の半分は自分で払えたらなって思ったの」 「ああ、そりゃありがたい」 金に困っているわけじゃないが、凪が何かを始めるなら応援したい。 今まで人と触れ合ってこなかった奴だから、バイトも社会勉強になるだろう。 「あらあら。もしかして、私が出てくと思ってびっくりしちゃった?」 「ごめんねー、京ちゃん」 膝の上に寝転がったまま、小太刀が俺の顔に手を伸ばしてきた。 「びびってないって」 「んふふーー、ちゅっ」 顔を寄せキスをする。 「んむっ……あ、こら、舌入れないでよ……んちゅ、んっ……」 舌を絡めると、凪の息がすぐに熱くなる。 こいつはスイッチが入るのが早い。 キスをしたまま乳房に手を這わせる。 「あっ、んっ……やだ、京太郎……まだお昼なのに……こらぁ……」 「嫌?」 「やなわけないじゃん……ちゅっ……」 カーテン越しの穏やかな陽の光を感じながら、凪に体を重ねた。 「たのもう!」 小太刀と二人、早朝のアプリオに赴いた。 「いらっしゃいませーっ」 「あ、小太刀姐さん、おひとり様ですか?」 「あらやだ、目が覚めること言ってくれるじゃない」 凪がこれ見よがしに、俺と腕を組む。 「目を覚ますのもモーニングサービスですから」 「ところで、今日は朝ご飯ですか? 珍しいですね」 「違うの。面接をお願いできるかしら?」 「はあ? なんの面接ですか?」 「バイトよ、バイト。ここでバイトしたいの」 「よろしくね、まな板先輩♪」 「別に今ここで不合格にしてもいいんですよ」 にっこり笑う佳奈すけ。 「佳奈すけ、悪いけど店長に話してみてくれないか?」 「うーん、筧さんの頼みでは嫌とは言えませんが」 佳奈すけが、持っていたボールペンの頭を顎に当てて考える。 「姐さん、本気ですか?」 ちょっと真面目な顔になる佳奈。 「本気よ、もちろん」 真意を探り合うように視線を合わせる二人。 「わかりました。じゃあ、面接の時間が決まったら連絡します」 「うちも慢性的な人手不足なんで、本気なら歓迎されると思いますよ」 笑顔で言って、佳奈すけはバックヤードに向かった。 「よーし、まずは第一関門突破ね」 「余計なこと言わなきゃ、すぐ話は通ったと思うが」 「まあまあ。それじゃ、面接の成功を祈って朝食といきましょうか」 「いらっしゃいませ、アプリオへようこそ」 同日の昼休みに面接が行われ、放課後にはめでたく新人ウェイトレスが誕生した。 まずは仮採用で、2週間くらいかけて適正をチェックするらしい。 「2名様ですね、こちらのお席へどうぞ」 凪が、きらきら輝く笑顔を振りまいている。 いつもとは別人のように見えて胸が高鳴る。 「ういす、様子見に来たぜー」 「おう」 高峰が隣の席に座る。 「おー、こだっちゃん、ちゃんとやってんじゃん」 「意外とな。あいつヤル気みたいだ」 「どれ、ちょっくら適性試験と行くか」 高峰が凪に向かって手を振る。 「お待たせしましたー」 「ああん? 面倒なのが来たわね」 「おいおい、これでもお客なんだぜ?」 「はいはい、ご注文はお決まりですか?」 水を置きつつ凪が言う。 「スマイル1つ」 「またかよ」 「はい、スマイルですね。サイズはどうしましょう?」 高峰と顔を見合わせる。 この返しは佳奈すけ仕込みか。 「じゃあ、Lで」 「はい、スマイルいきますよー」 「くっ、デカっ!?」 「……」 「いかがでしたでしょうか?」 「いいね、凪ちゃん、いいね」 「はち切れそうで最高だったよ」 「笑顔と関係ないだろ」 「死ね、産廃」 「ありがとうございます」 合掌して一礼。 「んじゃ、高峰は一番高いメニューにしとくかんね。ちゃんと払って帰りなよ」 「え?」 止める間もなく、凪はバックヤードに向かった。 「マジかよ、今月厳しいのに」 「サービス料だな」 「しゃーない、味わって食うことにするさ」 「ま、なんにせよ、ちゃんとやってるようで良かった」 「心配してくれてたのか」 「うんにゃ、別に」 肩をすくめる高峰。 「あー、そうそう。生徒会の仕事だけど、バイトのためなら放課後は抜けていいって」 「おう、助かる。俺からもみんなにお礼言っとくよ」 「筧も、凪ちゃんの保護者みたいになっちまったな」 「同棲してるわけだし。それに、あいつは危なっかしいとこあるから」 「愛に溢れてるねえ」 「しかしあれだ、凪ちゃんの胸を思うと夜も眠れないよ。やっぱいろいろしてんの?」 「人並みには」 「あれやこれや?」 「あれこれしてるさ」 「ちっくしょう……うらやましい……」 魂の呻きだった。 生徒会室で仕事に励んでいると、携帯が震えた。 凪からのメールだ。 「ごめん、バイト終わるのが1時間くらい遅くなりそう。先帰ってて」 予定では、午後8時くらいに凪の初仕事は終わるはずだった。 何かあったのだろうか? 「なあ佳奈すけ」 「凪のバイトが終わるのが1時間くらい遅くなるらしいんだが、そういうことってある?」 「たまにありますけど、今日が初日ですよねえ。普通なら延長はないと思うんですが」 アプリオの先輩である佳奈すけが首をひねっている。 心配だな。 凪は先に帰れと言っているが、一緒に帰ることにしよう。 「小太刀さんの制服姿、どうだった?」 白崎がニコニコしながら話を振ってくる。 「そりゃまあ、可愛かったよ」 「照れもせずによく言えますね」 書類から顔も上げずに御園が言う。 「今度、みんなでアプリオに行きましょうよ」 「悪くない。1時間くらいなら時間も取れるだろう」 凪のことだ、みんなで押しかけたら嫌な顔をするだろう。 でも、内心は嬉しかったりするのだ。 「じゃ、あいつが仕事に慣れてきた頃に行ってみるか」 1時間ほど仕事をしてから、アプリオに向かう。 凪が心配で仕事が手につかなかったのは内緒だ。 「あれ?」 店に入ると、学生服姿の凪がフロアでモップをかけていた。 さすがに疲れたのか、元気がないようだ。 「凪、お疲れ」 「あ、京太郎? 帰ってなかったの?」 「初日くらいは一緒に帰ろうと思って」 「それより元気ないな。大丈夫か?」 「大丈夫」 肩をすくめて笑う。 「ちょっと待ってて、もうすぐ終わるから」 凪は俺から離れると、てててっとモップをかけて走る。 15分ほどして、凪のバイト初日は終了した。 「お疲れさん、よく頑張ったな」 「いやー、ホント疲れた。接客って大変だわ」 マラソンを走った後のような顔になっている。 「上手くやってけそう?」 「どうかなあ。今日も罰掃除くらっちゃったし」 「は? 罰掃除だったのか。それで1時間延長と」 「そーなのよー、もー聞いてー」 俺の腕にぶら下がりつつ、凪が顛末を語ってくれる。 話は簡単で、少しばかりたちの悪い客に対し、沸点の低さに定評がある凪は即ギレしたらしい。 「いやー、だって、わざとらしくフォーク落とすしさあ」 「それで調子狂っちゃって、お皿を3枚割って罰掃除ってわけ」 「同情はするが、もうちょい沸点上げないとこれから大変だぞ」 「えー、私の味方してくれないの?」 「そりゃいつだって味方だよ」 「じゃー、ちゅーして」 「んーー…………ちゅっ」 軽くキスをする。 「メニューとか、マニュアルは覚えられそうか?」 「そっちは大丈夫。物覚えは悪くないから」 「でもさー、やっぱ接客がね」 昨晩、何のバイトを始めるか相談したとき、凪は苦手な接客をあえて選んだ。 成長したいという気持ちが強かったのだ。 「忍耐だな、忍耐」 凪の頭を撫でる。 「京太郎が応援してくれたら頑張れる」 「よし、じゃあ今日は俺が飯作ろう」 「ホント!? ラッキーっ」 そもそも凪は人付き合いが上手くないし、接客のストレスはかなりのものだろう。 仕事に慣れるまでは俺がサポートしよう。 「ういー」 午後8時過ぎ、ぐったりした様子の凪が帰ってきた。 「お疲れさん」 「ホント疲れた」 言うなり、崩れ落ちるように自分の席に座った。 「お客さん多かったんですか?」 「お客さんはそうでもなかったんだけどさあ、ちょっとトラブっちゃって」 と、凪が今日の出来事を語る。 「(ふう、今日もあとちょっとね)」 バイト終了まであと10分。 昨日は全部が手探り状態だったけど、今日はそこそこ上手くいったわよね。 京太郎に言われたように、この仕事は忍耐が大事だ。 胸ばっかり見られても、忍耐。 向こうの顔が気に入らなくても、忍耐。 特に理由もなしにイライラするときにも、忍耐。 押して忍ぶと書いて、〈押忍〉《おす》。 ウェイトレスの道とは、押忍の道である。 「あらあら、あなたが噂の新人さんですか?」 声をかけてきたのは、ちびっこいウェイトレスだった。 「どもども、新人の小太刀です」 「マネージャーの嬉野です」 「アンタ、マネージャーだったんだ」 「誰がロリですかっ!?」 いきなり帽子を床に叩きつけた。 「誰もそんなこと言ってないでしょ」 「心の声が聞こえました」 当たり屋みたいな女だ。 ともかく、ここは忍耐忍耐、押忍。 「それで、マネージャー様がどういったご用で?」 「筧君の彼女だということですから、様子を見に来たんです」 「こう見えて私、筧君とはながーいお付き合いですから」 「ほー、ながーい付き合い」 「はい、ながーーーーい、お付き合いです」 ニコニコしながらなぜか煽ってくる。 「それはそれは、これからも京太郎をよろしくお願いします」 こちらも笑顔で返してやったが、向こうはどこ吹く風だ。 この人とは生理的に合わない気がする。 「ところで、お仕事は今日で二日目ですが、調子はいかがですか?」 「昨日はお客様にご不快な思いをさせてしまったようですけど」 「昨日のは事故。今日はしっかりやったわよ」 「この仕事で一番大事なのは忍耐だって悟ったし」 「先程からの言動を見る限り、あなたの忍耐力は限りなく低そうですが」 「はあ? アンタが意味なく煽って来るからでしょ?」 「意味はありましたよ」 「たとえば、あなたの忍耐力をチェックするとか」 「ぐ……」 ニコニコ顔にはめられた。 「黒ロリが」 「はい?」 向こうが一瞬真顔になった。 しかし、すぐに笑顔になる。 「心配ですねえ、この先大丈夫でしょうか?」 「だ、大丈夫に決まってるでしょ。こんな仕事くらい一週間でマスターしてやるわよ」 「では、マスターしていただきましょう」 「え?」 「一週間後に試験を行います。その上で、あなたを本採用するかどうか決めましょう」 「通常の方なら研修に2週間取っていますが、あなたほどの方なら半分でも問題ありませんよね」 「ととと、とーぜんよ。私の力を証明してあげるわ」 「ふふふ、筧君の顔に泥を塗らないように頑張って下さいね」 ご機嫌な笑顔で言い、マネージャーはバックヤードに消えた。 えーと。 これって、完全にやらかしたってやつ? 凪が一部始終を語り終えたとき、生徒会室は静寂に包まれていた。 まさか嬉野さんとガチでやり合うとは。 「一番喧嘩を売っちゃいけない人に喧嘩を売りましたね」 「はっ、あんなブラックロリータ、怖くないわよ」 ふくれっ面で腕を組む凪。 再びの静寂。 同情に近い視線が凪に集まっている。 「やだもー、どーしよー」 凪が抱きついてきた。 「甘えるな!」 「えっ!?」 凪が目を見開く。 「今度ばっかりは自業自得だ」 「だって、あのちんちくりんマネージャーが煽ってくるから」 「言い訳は聞きたくない」 「そんな……京太郎……」 凪の身体から力が抜けた。 「罰として、今日から俺と特訓だ」 「え?」 「一緒に頑張ろう、凪」 凪が俺を見つめる。 大きな瞳に、じわっと涙が浮いてきた。 「うん、京太郎っ!」 がばっと抱きついてくる。 「ははは、こら、苦しいだろ」 「京太郎、大好き」 これから特訓すれば、きっと大丈夫だ。 二人で乗り越えてみせる。 「素敵だね、恋人同士って……ほろり」 「いや、明らかに茶番ですが」 「私たち、どうしたらいいんでしょう?」 「仕事をしよう、仕事」 こうして、俺たちの特訓が始まった。 「ブレンドが150円、カフェラテは180円、エスプレッソは150円……」 夕食後、凪はメニューの暗記を始めた。 ここ1時間ほど、メニュー表を見ながらブツブツ言っている。 「よーし、だいぶ覚えた気がする。京太郎、問題出してよ」 「はいよ」 メニュー表を預かる。 「ブレンドコーヒー」 「150」 「アイスレモンティー」 「170」 「ケーキセットA」 「400」 「全部正解だ。やるじゃないか」 「このくらい、ちょろいちょろい。はっはっは」 胸を反らして得意がっている。 「じゃ、次はフード編な。間違ったら罰ゲームってことで」 「え? 罰ゲーム?」 「ちょろいんだろ?」 「も、もちろん。小太刀さんに敵なしですよ」 小太刀の表情が硬くなる。 「では、定食のAセット」 「500」 「Bセット」 「550」 「卵焼き単品とホウレンソウのおひたし単品に温泉卵を載せたら?」 「さ、370?」 「はい残念、360でした」 「わかるかそんなもんっ!」 凪がテーブルを叩く。 「ちょろいって言ったのは凪だろ」 「だからって、問題がマニアック過ぎるわよ」 「負けは負けだ。罰ゲームを受けてもらおう」 「ぐ……どうするつもり」 なぜか胸を抑える凪。 「いや、胸をどうこうしようってわけじゃ」 「わかった、上じゃなければ下半身ね」 「スカートをめくってパンツ見せろって言うんでしょ?」 「京太郎……変態過ぎるわ」 完全に引いた顔をしているが、俺はまだ何も言っていない。 「想定としちゃ、くすぐるくらいだったんだが」 「あ、そうなの? なーんだ、つまんないの」 「じゃあ、やっぱパンツ」 凪の下半身に襲いかかる。 「ぎゃー、だめだめだめだめっ」 というのはフェイントで、脇の下をくすぐり攻撃だ。 「わひゃっ、だめっ、だめだめだめっ、わああああっっ!」 「ごほっ、ごほごほっ、だめっ、ごほっ、ギブギブ……」 むせてピクピクしている。 身もだえしている間にパンツが見えたが、趣も何もない。 「くすぐりってのは、なんやかんやで一番きつい拷問らしい」 「なるほどねぇ……」 「てかさ、んなこと彼女にするなっ」 「のわっ」 凪に足を掴まれた。 「マッサージしてくれるのか?」 「まさか、さっきのお返しよ」 「待て、話せばわかる」 「問答無用っ」 「あ、あ、のあああっっーーーーー!?」 「はぁはぁ、いやー、疲れたわね」 「ああ、ぐったりだ」 10分ほどくすぐり合い、俺たちは疲労困憊で床に倒れ込んだ。 「これじゃ特訓にならないじゃんよ」 「罰ゲームに仕返しするからだ」 「悪かったわね」 「あー、汗かいたからお風呂沸かしてくるわ」 小太刀が風呂場に向かう。 ふう、思わず盛り上がってしまった。 凪と暮らしてると本当に退屈しない。 「ひゃあああっっ!?」 凪の悲鳴が聞こえた。 今度はなんだろう。 急いで風呂場に向かう。 「うう、きょうたろー」 「蛇口からお湯出そうと思ったら、シャワーが降ってきたのー」 「ああ、そういうことか」 たまにやるんだよな。 シャワーと蛇口の切り替えレバーを確認しなかったのだ。 「最後にシャワー使ったの、京太郎でしょ?」 「ちゃんとレバー戻しといてよね」 「悪かった」 確認しない方もどうかと思うが、言い合いをしても仕方ない。 こういうトラブルは同棲につきものだ。 「あーあ、モロにかぶっちゃった。もう、びっちょびちょ」 凪が衣服を確認する。 ブラウスが濡れ、下着が透けて見える。 「ちょっと待ってろ、すぐカメラ持ってくる」 「タオルでしょタオル!」 「おっと間違った」 「一文字も合ってないわよ。ばっかじゃないの、もう」 「あ、もしかして、セクシーすぎてスイッチ入っちゃった?」 イラズラっぽい顔で挑発してくる。 「ああ、もう我慢の限界だ」 手をワキワキしながら凪に迫る。 「きゃー、襲われるー」 「冗談だよ」 脱衣所からタオルを持ってきて、凪に渡した。 「早く拭かないと風邪引くぞ」 「はーい」 特訓を開始して3日が過ぎた。 たまにスキンシップも混じるが、凪は熱心に取り組んでいる。 昼休み、ちょっくら凪の様子を見に行くことにした。 外から覗くと、元気よく働いている姿が見えた。 日頃は見せることのない真剣な表情をしている。 「あらあら、いくら彼女が大切でも覗きはいけませんよー」 店内から、嬉野さんが出てきた。 「中に入ったらどうです?」 「これから生徒会室に行くんで、時間がないんだ」 「それに、凪の邪魔したくないし」 「いじらしいことですね。きゅんきゅんしちゃいます」 いやーん、というポーズでくねくねしている。 「どう? 凪は試験に通りそう?」 「さーて、どうでしょう?」 「今日も試験官であるこの私に、暴言を吐きましたからねえ」 「何言ったんだ、あいつ」 「ロリとか幼女とか」 「なるほど、もうちょっとオブラートに包んだ方がいいな」 「そうなんですよ、信じられません」 「って、ロリってところを否定して下さいよ」 「むきーっ、筧君まで私を幼女だと思ってるんですねっ」 「思ってない、思ってない」 「じゃあ、今ここで性的に興奮して下さい。きっちり動画に収めてネットに流しますから」 「社会的に殺す気か」 「物理的に人を殺すなんて素人のやることです。大体、処理にお金がかかるでしょう?」 相変わらず無茶苦茶な人だ。 「ともかく、あいつが暴言吐いたことは謝るよ」 「ただ、試験についてはそのへんのことは差っ引いて、純粋に接客能力を見てやってほしい」 頭を下げる。 「筧君に謝られても困るんですが」 「そりゃまあそうだと思うけど、気持ちの問題でさ」 「さてさて、どうしたものでしょうか」 「彼女が、他人の身体的特徴をどうこう言うタイプの人間だということは、客観的事実ですからねえ」 「あいつは基本いい奴なんだ。口は悪いが」 「口が悪い人は接客に向かないと思うんですが」 「仰る通り」 「ただ、そこがたまらないという奴もいるだろ、高峰とか」 「無茶苦茶言いますね。筧君らしくもない」 嬉野さんが肩をすくめる。 「でもま、彼女が大切ってことはわかりました」 嬉野さんが微笑む。 「私は別に小太刀さんを落としたいわけじゃないんですよ」 「力のある方を不合格にするのは、全体の利益に反しますしね」 「ひとつよろしく」 「すべては神のみぞ知るところです」 「それでは、仕事に戻りますので」 ぺこりと頭を下げ、嬉野さんはアプリオに戻っていった。 試験まであと二日だ。 なんとか合格してほしい。 などと思っていると、店内で凪と嬉野さんがさっそく言い合いを始めていた。 端から見れば、仲よく喧嘩しているようにしか見えないんだがなあ。 いよいよ試験前日。 凪はメニューを完全に暗記したが、接客にはまだ難がある。 欠点を克服すべく、俺たちは練習に励んでいた。 「いらっしゃいませ、一名様ですね」 「席、窓際でいいですか?」 「申し訳ございません、ただいま塞がっておりまして」 「空きましたらご案内しますので、しばらく他の席でお願いします」 にっこり笑って頭を下げる。 「グレイト、素晴らしいよ凪」 「やだー、ほんとー?」 「大マジだ」 ぎゅっとハグしてあげる。 「じゃあ、次はテーブルに着いてからの練習ね」 「よし」 テーブルの前に座る。 すかさず凪が水を持ってきた。 「こちらメニューになります」 「あーうん、ありがとう」 メニューに見立てた本を開く。 「定食のAって、今日は何?」 「鮭の塩焼きです」 「Bは?」 「豚肉のショウガ焼きです」 「Cは?」 「肉じゃがです」 「Dは?」 「D定食なんかないでしょ!? つーか、一種類ずつ聞かないでよめんどくさいっ」 さすがの低沸点。 「違うだろ凪」 「ここは、Aを聞かれた段階でBとCも教えてあげるのが正解だ」 「ぐ……言われてみればそうか」 凪がうなだれる。 「じゃあ続きな」 「うーん、色んな種類があるなあ。君のオススメは?」 「うふふ、全部オススメですよ」 にっこり笑う小太刀。 「違う、違うんだ」 「その『上手く返しました、私、慣れてます』感がイライラするんだ」 「京太郎、嫌な経験でもしたの?」 「ない」 「いいか、ここの正解は、ちゃんと考えて答えを出すこと」 「お客は考えるのが面倒なんだよ。だからオススメを聞いてるんだ」 「あーもー、面倒くさーー」 ストレスが許容範囲を超えた。 ごろりと床に転がる凪。 「おわっ」 その拍子に水入りのコップが倒れ、俺の脚を濡らす。 「あっ、すみません、お客様っ」 凪がすぐに布巾で拭いてくれる。 「……」 「こういう展開、漫画によくあるよね」 「大人向けのやつにな」 「大人向けか……」 ごくりと唾を飲み込む凪。 太ももを拭いていた布巾が、徐々に足の付け根に近づいてくる。 そして、上目遣いで俺を見上げる。 「ど、どうした?」 「お客様……わたし、試験に受かるためなら……何でも……」 「何でもできるなら、練習してくれ」 「何よその返し」 「だーもー、駄目駄目駄目っ」 凪が再び床に転がった。 「こんなんじゃ、嬉野に落とされちゃう」 「意地悪しすぎたよ、悪かった」 「実際、今みたいな客なんていないだろ?」 「そうだけどさー、やっぱ私は接客向かないと思うんだよね」 「ほら、元々、人間嫌いなんだしさ」 凪が後ろ向きだ。 「せっかく新しいこと始めたんだ、すぐに諦めるなよ」 「だけどさあ……」 「あーあ、羊飼いがサポートしてくれれば一瞬で解決なのに」 「……」 「あ、ごめん。駄目だねこういうこと言っちゃ」 ぺろっと舌を出す凪。 「あ、ああ、そうだな」 羊飼いってなんだっけ? たしか、この学園の七不思議みたいな話だよな。 ああ、そうだ、思い出した。 「ん? どうしたの?」 「何でもない」 「ともかく、凪は大丈夫だ。ちゃんと前進してるから」 動揺を隠すように、凪の頭を撫でてやる。 「もうちょい頑張ろう」 「頑張るけどさ、何かこう燃料が欲しいよね」 何かを期待するような視線。 「じゃあ、試験に合格したらお祝いでもしよう」 「デート?」 「ああ、デートして食事して楽しくすごそう。もちろんおごる」 「あー、なんかすっごいヤル気出てきた」 凪が立ち上がる。 「京太郎、今度はすっごい嫌なお客でお願い」 「よし、任せておけ」 特訓が一段落し、凪は風呂に入った。 その間、俺はベランダへ出る。 胸にわだかまりがあり、外の空気が吸いたくなったのだ。 「(羊飼いか)」 羊飼いは、言わずと知れた学園七不思議上の有名人だ。 汐美学園の生徒なら、ほとんどの奴が知っている。 ……あれ? 違うな。 「(何か忘れてないか?)」 月を眺めながらしばらく考えていると、頭の中に他人事のような記憶が浮かんできた。 そうだ、俺は羊飼いになりかけていたんだった。 羊飼いに関する記憶は、短期間で急速に消えていく。 誰にも記憶されることなく、ひっそりと人を見守り続けるのが羊飼いという存在なのだ。 それは神のようでもあり、亡霊のようでもあった。 誰かを草葉の陰から見守るのもいいが、俺は好きな人と苦楽を共にしながら生きていきたい。 だからこそ、俺は凪と共に生きていくことを選び、羊飼いへの道を捨てた。 その選択に後悔はない。 時が経てば、俺は羊飼いのことはもとより、羊飼い見習い時代の記憶も失うだろう。 そこには、俺と凪の恋愛の記憶も含まれている。 忘れるのは辛いが、自分で選んだ道だし仕方がない。 「……」 今の俺たちには、明るい未来があるじゃないか。 夜10時過ぎ。 閉店後のアプリオが試験会場だ。 昨晩は遅くまで接客の特訓をしたし、凪も自信をつけてくれたように思う。 「では、試験を始めます」 「試験内容は簡単です。これから入ってくるお客様に対し接客を行っていただきます」 「お客様に満足してお帰りいただければ合格です」 嬉野さんが宣言する。 「凪、頑張れよ」 「任せといて」 一つガッツポーズをして、凪が店の入口に向かう。 俺と嬉野さんは離れたところから観戦だ。 頑張れよ凪。 入口の扉が開いた。 「こんばんはー」 「げっ!?」 入ってきたのは生徒会役員の面々だ。 一瞬ひるんだ凪が、表情を作り直す。 「いらっしゃいませ。6名様ですね」 「おお、凪ちゃんが相手してくれるんだ、ラッキー」 「はい、よろしくお願いします。お席にご案内しますね」 きびきび動く凪。 悪くないぞ。 全員が席に座り、水とメニューが配られた。 「ふむ、今日は何をいただこうか」 それぞれがメニューをめくる。 御園が凪を見上げた。 「A定食ってなんですか?」 「はい、本日のA定食は鰆の西京焼き、B定食はポークソテー、C定食はぶり大根となっております」 御園を含め、全員に視線を配りながら小太刀が話す。 これで説明は一回で済むわけだ。 「では、私はBで」 「私はCだ」 みんなが次々とメニューを決める。 練習通りの流れだ。 「では、Aが1つ、Bが3つ、Cが2つですね」 「あ、俺やっぱ、Aにして」 「では、Aが2つ、Bが2つ、Cが2つですね」 高峰のちょっとしたイタズラにも無事対応。 誰が何を頼んだのかきちんと覚えていたのだ。 「よろしくね、凪ちゃん」 「はい、少々お待ち下さいませ」 「あ、ついでに、お水のお代わりいいですか?」 「私は熱いお茶にしてほしいのだが」 「はい、少々お待ち下さい」 凪がキッチンに下がる。 いいぞ、非常に和やかな雰囲気だ。 そりゃそうか、みんな仲間だもんな。 しばらくして、凪が料理をサーブした。 メニューの取り違えもなく順調だ。 「あの、すみません」 背筋を伸ばして座っていた多岐川さんが、軽く手を上げる。 「はい、どういたしましたか?」 「フォークが汚れているのですが」 「え? 申し訳ございません、すぐにお取り替えいたします」 凪が一度バックヤードに下がる。 「ふふふ、ようやく動き出したようですね」 隣にいた嬉野さんがほくそ笑む。 「彼女こそ私の最終兵器、多岐川葵さんですっ」 「嫌がらせをさせたら、彼女の右に出るものはいませんよー」 嬉野さんが、個人的に頼んだのだろう。 「多岐川さん、完全に貧乏くじだよな」 「さあ小太刀さん、正式採用されたければ、多岐川さんを見事倒してごらんなさい!」 ノリノリである。 「大変失礼いたしました」 凪がフォークを取り替える。 多岐川さんは、それをどこぞの姑みたいにチェックし、ようやく手元に置く。 「学生向けの食堂とはいえ、今後気をつけて下さいね」 「はい、失礼しました」 神妙な顔で頭を下げる凪。 「では、いただきます」 食事が始まる。 すぐに多岐川さんが手を止めた。 「このポークソテーは美味しいわね」 「ありがとうございます」 「この豚肉、産地はどこ?」 「え? えーと」 凪が困惑する。 「出している素材の産地もわからないの?」 「すみません、こちらは学生食堂でして」 「言われてみればそうね。私が悪かったわ」 「いえ、調べて参りますので、少々お待ち下さい」 そう断り置いて、凪がキッチンへ向かう。 「多岐川、今のは嫌がらせじゃないか。産地など知っているわけがない」 「私だって覚えてませんし、聞かれたこともないですよ」 「でも、私みたいに尋ねる人がいるかもしれないでしょう?」 多岐川さんは悪びれもしない。 高級レストランならまだしも、学食で産地聞かれてもなあ。 「大変お待たせしました」 しばらくして凪が戻ってきた。 「こちらの豚肉は、鹿児島県産ということでした」 「有機飼料で飼育されているので、安心してお召し上がりいただけます」 「そう、ありがとう。調べてもらえて嬉しかったわ」 「ありがとうございます」 凪が頭を下げる。 「むきー、『何が調べてもらえて嬉しかったわ』ですかっ」 「あんなにあっさり改心するなんて、多岐川さんには失望しました」 嬉野さんが、スカートの下からサブマシンガンを取り出す。 「彼女は用済みです」 「物騒なもの出すなって」 銃口を握って天井に向ける。 テコの原理が働き、嬉野さんの力じゃ銃口を下げられない。 「あぅ、くううう〜」 「部下は大事にしないと駄目だぞ」 「ふん、余計なお世話ですよ」 「何でもいいから、ちゃんと試験監督してくれよな」 「くっ、仕方ないですね」 嬉野さんが悔しそうに銃を収めた。 などと言っている間に食事は終わり、お会計タイムとなった。 「本日はありがとうございました」 「いえ、美味しかったです」 「姐さん、これなら絶対正式採用ですよ」 「だといいけど」 凪が肩をすくめる。 「最後まで気を抜かない方がいいわよ」 「失礼しました」 姿勢を正す。 「お会計は三千円になります」 「では、こちらで」 多岐川さんがお金を払う。 「はい、七千円のお返しになります、ありがとうございました」 「ではこれで、ごちそうさま」 桜庭を先頭に、みんなが出て行った。 遠ざかる後ろ姿をしばし見送ってから、凪が大きく息をついた。 「はあ、終わったー」 「お疲れ様でした。これで試験は終了です」 「お疲れ、凪」 「やーん、きょうたろー、どうだったー」 凪が抱きついてくる。 「最高だったよ」 「ほんとー? よかったー」 頭を撫でてやる。 「ああ、こんな殺意は久しぶりです」 「おっと失礼」 凪と離れる。 「で、結果はどう?」 「そうですねえ」 何やら含み笑いをしつつ、嬉野さんがレジに向かう。 「何よ、はっきり言いなさいよ」 「注意力不足です」 「はあ? 言いがかりはよして」 「言いがかりじゃありませんよ」 嬉野さんがレジを開けた。 「多岐川さんから受け取った一万円札ですが」 レジからお札一枚を取り出す。 「偽札です」 「はあっ!?」 「あなたは、一万円の偽札をもらって七千円のお釣りを出したわけです」 「食い逃げまでされて、大変な損ですよこれは」 凪が黙る。 たしかに注意力不足と言えばそうだが、責められることじゃない気もする。 「ちゃんと注意していれば、これが本物かどうかなんてすぐわかるはずです」 「見せてくれ」 偽札を受け取り、まじまじと観察する。 よっぽど精巧にできているのか、素人目には本物にしか見えない。 「これ、偽物なのか?」 「真っ赤すぎる偽物ですよ」 「さわやか銀行券って書いてありますし、福澤さんもぐったりしてるはずです」 「いや、めっちゃ健康そうなんだけど。日本銀行券って書いてあるし」 「え? そんな馬鹿な」 嬉野さんがお札をひったくる。 数秒眺め、プルプル震えだした。 「多岐川さん、裏切りましたね」 「あのさ、もしかして、あいつが偽札出す段取りだったの?」 「そうですよ。で、最後に私が『やーいやーい』と小太刀さんをからかう予定でしたのに」 「あんた、もしかして暇?」 「毎日大忙しですよっ」 嬉野さんが帽子を床に叩きつけた。 「まさか、飼い犬に手を噛まれるとは」 「途中で殺処分しようとするからだ」 ふん、と鼻息を荒くついて、嬉野さんが帽子を拾う。 「まあいいです」 「小太刀さんについては本採用ということにしましょう」 「え? ホント?」 「研修期間が半分しかなかった中でよくやってくれました」 「やったじゃないか」 「京太郎のお陰ー」 再び凪と抱き合う。 「主戦力として期待してますから、まあせいぜい頑張って私を失望させないことですね」 「素直じゃないわねー。かわいいじゃない」 「ブチ殺しますよ」 凪にからかわれ、キレ気味の嬉野さん。 「はいはい、今日はもう解散です。イチャイチャの続きは家でやって下さい」 「あ、後で正式にシフトを決めますので、要望をまとめておいて下さい」 「はーい」 嬉野さんにお礼を言い、俺たちはアプリオを後にした。 2日後、約束通り合格記念デートをすることにした。 右腕にぶら下がる凪は、朝っぱらから終始ご機嫌である。 「そういや、バイトのシフトはどうするんだ?」 「鈴木と一緒に、朝シフトにしてもらおうかと思ってるのよね」 「やっぱ、放課後は京太郎と一緒にいたいじゃん?」 「生徒会の仕事がしたいわけじゃないのか」 「それもあるけど、やっぱり彼氏と楽しまないと」 ともかくも、凪は新生活の第一歩を上手く踏み出せた。 バイトに合格したのはもちろん嬉しいが、一番嬉しいのは凪が前向きに行動してくれたことだ。 「今日は二人でのんびりしようよ」 「バイトの特訓で、ぜんぜん遊べなかったでしょ?」 「よし。じゃあ、何か食べたいものある?」 「あるある、めっちゃ考えてたから」 凪が明るく笑う。 見慣れた笑顔なのに、改めて可愛いと思える表情だ。 姿勢が前向きになって、凪は更に魅力的になった気がする。 理屈じゃなく、オーラが少しずつ外向きになってきているのだ。 「これこれ、これが食べたかったの」 凪がオーダーしたのは、スパゲッティ・ハンバーグ・グラタンというメニューだった。 立ち上る湯気に、肉汁とチーズの香り。 まだふつふつしているチーズの隙間から、ハンバーグが顔を覗かせている。 ザ・濃厚。 どんなに意志が強いダイエッターも一撃で沈めるビジュアルだ。 ちなみに、俺はただのナポリタンだ。 「ほわああ……美味しい……美味しすぎて旅立ちそう」 一口食べた凪がトリップする。 「そんなに美味い?」 「最高。私が死んだら棺桶に入れてほしい」 「どんだけだよ」 「いやほんと、絶対そのくらい美味しいって。京太郎も食べてみてよ」 スプーンでグラタンの欠片を突き出してくる。 「どれ……あぢっ」 唇を火傷したかもしれない。 「あれ? そんな熱い?」 「……じゃあ、お姉さんが冷ましてあげるね」 「いえ、結構です」 「なんでよっ!?」 気合いで熱いグラタンを食べる。 「おお、こら美味い」 「でしょー。もう最高なの」 同意を得てご満悦の凪。 「今日は気が済むまで食べてくれよ。もっと頼んでもいいし」 「ありがとー、じゃあ遠慮しないからね」 本当に遠慮がなかった。 グラタンの後はパンケーキ、そしてパフェとガンガン食べる。 「よく食うよなあ。そんな身体のどこに入って……」 ああ、そうか。 「何で包容力ある笑顔になってるのよ」 「何となく」 「はいはいお客さん、まだ明るいですからね」 凪がパフェのアイスをスプーンで食べる。 こっちは、食後のコーヒーを楽しみながら幸せそうな彼女を眺める。 「京太郎って、ホント小食よね」 「食いもんにあんま興味ないからなあ」 「でも、コーヒーは好きなの?」 「読書にコーヒーはつきもんだろ」 「そんなもんか」 ぽつりと言って、凪は喫茶店のマスターの方を見る。 ちょうど、カウンターに並んだサイフォンでコーヒーが作られていた。 ひょうたんみたいなガラス器具の中を、琥珀色の液体が上下している。 「化学の実験みたいね」 「サイフォンは、実際そんな感じだよ」 「へえ」 どこかぼんやりした様子で、凪はサイフォンを見つめている。 「やってみようかな」 「何でまた」 「いいじゃん別に、面白そうだし」 「アプリオで借りたりできるかな」 「今から買いに行こうよ」 冗談かと思ったら、本気の顔をしている。 「問題ないじゃん。京太郎はコーヒー好きだし、私も興味あるし、お金払うのは京太郎だし」 「最後の奴は不服だが」 「……まあいいや、バイト採用祝いってことで」 「きゃー、ありがとー」 生活雑貨店でサイフォンやコーヒーミルを購入。 飯を食った喫茶店で、コーヒー豆も買ってきた。 新しいおもちゃを手に入れた凪は、早く試したくて仕方がないらしい。 「京太郎は本でも読んで待っててよ。私が淹れるから」 「やり方わかる?」 「説明書の日本語くらい読めるわよ。はいはい、向こうに行って」 キッチンを追い出される。 思うところがあるらしいので、大人しく従うことにする。 リビングで本を読んでいると、コーヒーの香りが漂ってきた。 見ると、凪がコーヒーを木のヘラでかき回している。 表情は真剣そのものだ。 「いい香りだ」 「あーこら、こっち見ないでよ。できるまで待ってて」 「はいよ」 「はーい、レギュラーコーヒーお待たせしましたー」 新人ウェイトレスが、コーヒーをテーブルに置く。 「ご注文にお間違いないですか?」 「おう、ありがとう」 「ほらほら、冷める前に飲んでみて」 「いや、お前が立ったままだと飲みにくいんだが」 「もー、早くしてよ」 凪が隣に座ったので、コーヒーを飲んでみる。 「ほー、すっきりして美味いよ」 「ホント? 喫茶店とどっちが美味しい?」 「そりゃ店だ。素人に負けたらマスターも商売あがったりだ」 「えへー、だよね」 ぺろっと舌を出す。 「でも、すごく美味いよ。凪が淹れてくれたコーヒーだし」 「ありがと」 凪も自分のコーヒーを飲む。 苦かったのか顔をしかめた。 「うお、苦……ブラックは駄目だな」 「ミルクと砂糖入れたら?」 「それじゃ、コーヒーの味わからんでしょ。美味しく淹れなきゃいけないのに」 「そりゃそうだが、何でまた急にコーヒーに目覚めたんだ」 「京太郎が好きだから」 「俺を?」 いきなりどうした。 「違うわよ。アンタがコーヒー好きだから」 「そりゃ、私も京太郎のことは好きだけどさ」 「お、おう」 「だからさ……そんだけ」 恥ずかしそうに言う。 俺のことを考えてくれたのか。 「ありがとう」 「うん」 凪が俺の肩に頭を載せる。 「京太郎は単純って思うかもしれないけど、思いついたことはやってみたいの」 「何かを始める動機なんて、単純な方が長続きすると思う」 「そうだよね」 「これから、もっと美味しいコーヒー淹れられるように頑張るね」 見つめ合うと、凪の瞳が潤んだ。 そういう気分らしい。 「京太郎」 唇を近づける。 コーヒーの芳醇な香りがした。 「ちゅっ……んっ、ふぅっ……」 唇が触れ、吐息が漏れる。 とろんとした舌が、すぐにお互いの間を行き来する。 「んっ、くちゅ、ぴちゅ、京太郎……ちゅっ、んっ」 凪の髪を撫で、頬、肩、胸と手を下ろしていく。 「あっ、んっ、んんっ、あっ」 凪も、俺の膝においていた手を脚の間に移動させる。 ざわざわとした刺激が股間に集まる。 「凪……」 押し倒そうとしたところで、外から音がした。 見ると、干していた洗濯物が風でベランダに落ちたらしい。 「あーもー、何よこんなタイミングで。気が利かない洗濯物よね」 「まったくだ」 二人でベランダに出る。 洗濯物についた埃を払い、物干し竿に戻す。 「よかった。ほとんど汚れてない」 小太刀が目の前で洗濯物を干す。 背筋が伸ばされ、豊かな胸が嫌でも目立つ。 後ろから腰に手を回してみた。 「こーら、干せないでしょ」 「何となく抱きたくなった」 「まだスイッチ入ってる?」 「かもしれない」 凪も嫌がってはいないようだ。 洗濯物から手を放し、こちらに体重を預けるようにしてくる。 「エッチだね、京太郎は」 「男だから」 「違う違う、京太郎がエッチなの」 「固くなってるの、わかるよ」 「バレたか」 実は、さっき触られたときから収まっていなかった。 「こういう所でする方が興奮する?」 「けっこう」 「やだやだ、これだから変態は」 悪戯っぽい顔で微笑む。 「ねえ、座って」 「ここに?」 「いいから早く」 ベランダに腰を下ろす。 すかさず脚の間に凪がしゃがんだ。 「さてさて、変態さんのご機嫌はいかがかしら」 凪の手がベルトに伸びる。 「本気で?」 「京太郎の希望でしょ? 私は嫌なんだけどね」 するりとベルトが外された。 固くなったものが外気に触れる。 「あーあ、こんなにしちゃって」 凪の手がペニスをさわさわと撫でる。 腰がぴくんと跳ね、より股間が硬くなる。 「反応してる。気持ちいいんだ」 俺の微細な反応まで探しだし、凪がいたずらっぽく笑う。 「京太郎は、どこが気持ちいいのかなー?」 細い指が、根元から先端までをゆるゆるとしごいていく。 「あ、ここでぴくっとした。出っ張ってるところが敏感なんだ」 輪っかのようにされた指が、カリ首を包む。 そして、もどかしいほどゆっくりと動かされる。 「ほら、どう? ほらほら」 「気持ちいいよ」 「なんか冷静。納得いかない」 「なんで怒ってんだよ」 「気持ちよくなってもらえないのは、彼女として残念でしょ」 「よーし、じゃあ、これはどう?」 数秒、凪がペニスを口に含む。 ぬるりとした熱い感触が先端を包み、ざらりとした舌が亀頭をくるくると這い回る。 「ふふふ、エッチな感じになったね」 顔を上げた凪が唇をぺろりとなめた。 妖艶とも言える表情に興奮が高まる。 凪の手指が、まぶされた唾液をペニスに馴染ませるように動く。 「く……」 「ふふ、こうすると気持ちいいでしょ?」 「ねえほら、硬いのがにゅるにゅるしてる」 凪の手の中を、ぬるぬるになった肉棒が行き来するたび、くちゅっ、ぴちゅっと粘液質な音が響く。 刺激的な光景と音に、ペニスはこれ以上ないほど硬直した。 「さあ、京太郎君は、どこまで我慢できるかな?」 「楽しんでるだろ」 「だって楽しいし」 手の動きが速くなった。 すぼめられた指がリズミカルにカリ首を撫でる。 甘い刺激に思わず腰が浮いた。 「京太郎、遠慮しなくていいからね」 「実はSっぽい趣味だったんだな」 いつの間にか凪の顔が上気していた。 触れられてもいないのに、かすかに息も荒くなっている。 「京太郎が可愛い顔するのが悪いの」 「もっと見せて、ほらほら」 「……」 出そうになる声をこらえる。 「我慢してる顔もいいよ、カッコイイ」 うっとりした目で、凪が胸を押しつけてきた。 柔らかい乳房が俺たちの間で形を変える。 相変わらずの大きさだ。 「どこ見てるの?」 「わかるだろ」 「触りたい? でも、まだお預けだからね」 「まずはこっち」 凪が握っていた手を離す。 自由になったペニスがびんっと反り返った。 恥ずかしいほどに硬直した肉棒は、唾液でぬらぬらと光っている。 「京太郎……カチカチ」 人差し指一本で、凪が先端を押さえる。 ゆるゆると揺すられると、尿道の内側が指の腹で刺激される。 ぴりっとした刺激に、また腰が動く。 「凪」 「ふふふ、またしてほしい?」 指先が亀頭の裏側をくすぐってきた。 「こら、そこは敏感だから」 「知ってるって。だから触ってるの」 「京太郎が喜ぶ場所、ちゃーんと覚えてるんだから」 「嬉しいような怖いような」 「素直に喜びなさいよ。こんな尽くす彼女、他にいないっしょ?」 「ああ、そうだな」 「そうそう、素直が一番」 にっと笑うと、凪は再び俺のペニスを握った。 「気持ちよくしてあげるね、京太郎」 凪の手が動きだす。 緩急をつけ、ときに強くときに弱く。 ぎゅっと絞られたかと思うと、次は優しく。 他人にされるのは、自分でするのの何倍も気持ちがいい。 「凪、上手だ」 「嬉しいよ、京太郎」 気をよくしたのか、動きが更に激しくなる。 「ぐ……」 上り詰めそうになるのをこらえる。 「我慢しなくていいからね」 凪が潤んだ目で見つめてくる。 気がつくと、凪自身も腰を微妙に揺らしていた。 凪も感じている。 そう思うと、ペニスが更に硬くなるのがわかった。 「ごめんね、エッチで」 「京太郎の触ってたら、私、何だか熱くなってきちゃって」 視線を察したのか、凪が言う。 しかし手は休めず、むしろスライドのペースを上げていく。 「ほら、京太郎。我慢しないで」 粘ついた音が激しくなる。 擦られた唾液が泡立ち、手の動きを更にスムーズにしていく。 ペニスはこれ以上ないほどに怒張し、熱く弾けそうだ。 「そろそろヤバい」 「いいよ、遠慮しないでイッて。ほらほら」 カリ首がぎゅっと握られる。 それでも手の動きは止まらず、突き抜けるような刺激が迫る。 「凪っ、タオルかなんか」 「このままでいいよ、かかってもいいから」 凪が、空いた手で俺の乳首をきゅっと摘む。 予想外の快感だ。 「ほら、イク? イッちゃう? いいよ、京太郎、京太郎っ」 「ほらっ、ほらほらほらっ」 せき立てるような声に理性が弾けた。 びゅくっ、どくっ、びくんっ! 「わっ、きゃっ!?」 白濁液がほとばしった。 快感に腰が震え、頭の奥が真っ白になる。 どくんっ、びくっ、びくびくっ!! 再度、快感が突き抜けた。 「……」 声も出なくなる。 「ふふ、イッちゃったね。可愛い」 「ねえほら、見て。こんなに出てる」 スカートとソックスが、俺の精液で汚れている。 黒と白のコントラストがなんとも淫靡だ。 「もしかして、屋外で興奮しちゃった?」 「そうかも」 「いけない子ですね、京ちゃんは」 「真昼のベランダで、彼女に擦られてイッちゃったんだ」 「ほら見て、白いのでベトベト。こんなにぬるぬるになってる」 そう言いながら、凪は精液まみれの手でペニスをゆるゆるとしごく。 一瞬萎えかけたそれが、あっという間に硬直する。 射精後の熱さも相まって、じんじんと脈打っている。 「これ、どうするの?」 「皆まで言わすのか」 「じゃあ、もう終わりね。お疲れ様でした」 ぷいっとそっぽを向く。 どうやら俺に言わせたいようだ。 今日は徹底してSキャラ気分か。 「今度は凪とさせてくれ」 「どうしよっかなー」 ニヤニヤしている。 「頼むよ」 「しょうがないわね。こんなになったら収まりつかないか」 収まりがつかないのはどっちなのか、凪がにっこり微笑む。 「じゃあ、中で……」 立ち上がった凪を、後ろから抱く。 「え? ちょっと」 「ここでいいから」 「え? え? え?」 ベランダの欄干に手を着かせる。 反抗される前に、胸と下半身を露わにした。 「きょ、京太郎」 「大丈夫、見えないって」 「嘘、嘘だよ」 向い側は、別のマンションの裏側だ。 キッチンやバスルームの小さな窓はあるが、まあ大丈夫だろう。 ……多分。 「本気?」 「割と」 凪の右の乳房を手のひらでいじる。 指の動きに合わせ形を変える果実は、たとえようもなく柔らかい。 そして、外気に触れて幾分ひんやりした肌が心地よかった。 「だ、駄目だって」 「大丈夫」 「何が大丈夫なのよ、意味わかんない」 甘噛みのような非難はスルーして、両手で乳房を包み込む。 数度優しく撫でると、小太刀の喉の奥から早くも吐息が漏れた。 「ん……あ、もう、今日だけだからね」 「ああ、わかった」 快感の灯が点り始めた凪は、すぐに同意してくれた。 安心して行為に意識を向ける。 「今日も相変わらず大きいな」 「気に入ってもらえて嬉しい」 いつもとは違う甘えるような声だ。 愛おしさを感じながら、大きな両の乳房を愛撫する。 たぷりたぷりという音が聞こえてきそうな感触だ。 胸の中身を温めるように揉みしだいていくと、先端の突起が固さを帯びてくる。 それを、人差し指だけでコロコロと刺激する。 「ん、あ。京太郎。すごく胸が温かくなる。きゅっとなるような感じ」 「触ってると気持ちいいよ」 「そう? 私もすごく……いいよ」 冷たかった肌も、刺激に応えてしっとりと汗ばんでくる。 「こっちは固くなってる」 人差し指と親指で、乳首を軽く潰すようにする。 ゆっくりと揉みしだきながら突起を刺激すると、小太刀の背中に軽く震えが走った。 「あんっ、んっ、そこ、ぴくってなっちゃう」 「なんで触られてるだけなのに、気持ちいいんだろう」 うっとりとした声で言う。 もう屋外であることは忘れているようだ。 胸をたぷたぷとゆすり続けると、凪はもぞもぞとお尻を動かし始めた。 「そろそろこっち?」 片手を凪の局部に持っていく。 予想以上に濡れたそこは、ぴちゅりと指の第一関節までを飲み込んだ。 「すごい濡れてる」 「だって、それは……しょうがないじゃん」 「外でするの嫌がってたじゃないか」 「そりゃ誰だって嫌がるでしょ。もう、意地悪言わないで」 指を抜き、割れ目を上下になぞる。 温かい蜜がすぐに指を包み込む。 同時に、ぴちゅっという小さな水音も聞こえてきた。 「んっ、あっ、いい、すごく気持ちいい、外なのに。私、変態なのかな」 「普通だって」 「うそー、絶対嘘だよぉ」 もそもそしている凪の秘所に、指を差し入れていく。 たっぷりの愛液に潤され、抵抗はない。 侵入してきた俺の指を、内部がきゅっと締め付ける。 「あっ、んっ、入ってきた。あっ、あっ、ああっ」 「痛くない?」 「全然、大丈夫。気持ちいいよ、京太郎」 「ここは」 指の腹で、膣口の上側をなぞる。 「ひゃうっ!? そこは、いつも気持ちよすぎるからって」 「好きだろ、ここ」 押したり引いたりを繰り返すと、凪の身体が面白いほど反応する。 性器を潤していた液体は、もう溢れて太ももの内側を伝って落ちていた。 もっと気持ちよくなってもらいたくて、手の動きを速める。 「んっ、京太郎、ああっ、んんっ、いいっ。お腹の中が、どんどん熱くなってく」 「すごくいい声してる」 「んっ、あっ、京太郎、指じゃ切ない、切ないよぉ」 「このままじゃ、イッちゃうから、ねえ、ほら、お願い」 凪の艶めかしい声に、こっちも興奮してきた。 彼女と一つになりたくて、股間はさっきからガチガチだ。 「入れるぞ、凪」 「うん、お願い、京太郎」 性器への愛撫をやめ、自分のペニスを掴む。 驚くほど熱くなったそれを、濡れそぼった凪の蜜壺に向ける。 あっちはぬるぬるだ。 先端をぴちゅりとつける。 今から入れられると思うと、興奮がどんどん高まってくる。 「京太郎、じらさないで、ねえ」 潤んだ瞳を向けられ、俺は一気に腰を突き出した。 「んああっ!」 凪の背中が反る。 膣内の熱さに、ペニスが凪の中に溶けていきそうだ。 「すごいよ、京太郎。ずっしり入ってる」 「俺も気持ちいいよ」 「一緒になってる感じするね」 凪とは何度も身体を重ねたが、挿入した瞬間の喜びは何度経験しても色褪せない。 「好きだよ、凪」 「私も好き。外でしたがる変態でも好き」 幸せそうな表情に嬉しくなる。 「動くぞ」 スタートラインに立つような気分で、凪の腰を掴む。 「ん……あ……」 ゆっくり腰を引くと、凪の性器から濡れたペニスが姿を現わす。 それをまた、ゆっくりと凪の中に収めていく。 昼間だけに、すべてが丸見えだ。 かわいらしい後ろの穴が、ひくひくと動くのまで鮮明に確認できる。 「やだ……あんまり、見ないでよ……いやらしいから」 「すごく綺麗だ」 「絶対嘘。もう、馬鹿なんだから」 「ほんとだって」 刺激的な光景に、ペニスは限界まで硬くなっていた。 いつまで保つかわからないが、少しずつ抽送のペースを上げていく。 「ああっ、京太郎……いいよ、もっと動いて、京太郎の気持ちいいように」 「私、京太郎が気持ちよくなってくれたら……すごく、嬉しいから」 健気な言葉に、腰の動きで応える。 粘液が掻き混ぜられる音と肌がぶつかり合う音がベランダに響く。 「んっ、あっ、京太郎の、すごいっ、すごいよっ」 「奥まで響いて、あああっ、んっ、気持ちよくなっちゃう、だめっ、どうしようっ」 ガチガチになったペニスが、幾度となく凪の性器へ滑り込み、姿を現わす。 掻き出された愛液は床に飛び散り、いくつもの染みを作る。 ビジュアルだけでも興奮がどんどん高まっていく。 「凪……凪っ」 「んふっ、京太郎、京太郎っ」 名前を呼び合いながら行為に没頭する。 「あああっ、ふああっ、やぁっ、だめっ、感じすぎて、ああああっ」 「外でされてこんなにっ、ああっ、私っ、私っ、ふああっ、ああっ、ああああっ!」 凪の声が高まる。 近所に聞こえてるかもしれないが、もう腰を動かすことしか考えられない。 「ふああっ、絶対聞こえてるっ、でもっ、ああああっ、京太郎の、気持ちよくて」 「だめだめだめっ、あああああっ、やっ、来るよっ、もう来ちゃうっ、来ちゃう来ちゃうっ!」 凪が髪を振り乱し、乳房が激しく揺れる。 俺にも限界が近づいてきた。 「俺もイクぞ」 「うんっ、来てっ、出してっ……私にいっぱい出して気持ちよくなって」 「京太郎、京太郎、京太郎っ!?」 「ああっ、イクイクイクっ! ああああっ、あああああっ、もうだめっ!」 「一緒にイこっ、ああっ、あああっ、来ちゃうよもう、くるっ、くりゅっ、あああああああああっっっっ!!!!」 一気に膣が収縮し、ペニスが押し出される。 「くっ」 びゅくっ、どくどくっ、びゅくんっ! 吐き出された精液が凪の丸いお尻を汚す。 背徳的な映像に、ペニスは更に高まり何度も欲望に震えた。 「……っ」 気持ちよさのあまり言葉も出ない。 「っ……っっ…………」 絶頂の波に、声のない声を上げている。 ペニスが抜けた凪の蜜壺は、泡だった愛液を滴らせていた。 「はあ、はあ……んっ……はぁ……あ……」 「凪……」 半ばもたれかかるように、凪の背中に覆い被さる。 「京太郎……私……すごい、大きな声……」 「大丈夫、聞かれてないって」 「ごめん、私、途中からよくわからなくなって」 荒い息の下から凪が謝ってくる。 俺だって頭は真っ白になっていた。 「凪、すごい可愛かった」 「どこがどう可愛いのよ、馬鹿」 「感じてくれるところ」 「バッカじゃないの、もう」 凪が苦笑する。 「ところでさ、どこに出したの? 中じゃないよね」 「お尻とか、服とか……すまん、汚した」 「それはまあ、いいんだけど……何だか寂しいかも」 付け加えるように、そして恥ずかしそうに言った。 意図はもちろんわかる。 「大丈夫?」 「じゃなきゃ言わないから」 「だな」 右手で肉棒を小太刀の秘部にあてがう。 「んっ……あ……」 先端に愛液を馴染ませると、こっちはまた驚くほどに硬くなる。 「ねえ、早く」 「ああ」 乞われるまでもなく、腰を突き出す。 「あああっ、あっ、あっ……」 小太刀が歓喜に背筋を反らす。 軽く達しているのか、2度3度と身体を震わせた。 「やっぱり、京太郎の、すごくいいよ」 「俺も気持ちいい」 二度目だというのに凪の膣内は緩んでいない。 絶妙に波打ち、俺を締め上げてくる。 「行くぞ」 「ひあっ、みゃっ、京太郎、激しっ、激しいよぉっ」 「んああっ、ああっ、京太郎のが、奥まで来てる、だめっ、だめだめっ」 快感に翻弄されつつ、凪は手すりにしがみつく。 そのせいで腰の動きがベランダにまで伝わり、ガタガタと音を立てる。 凪を貫いているという実感が、俺の興奮を高めていく。 「京太郎っ、私、すごく感じてるっ、いいよ、もっと激しくしてっ」 「壊れちゃってもいいから、京太郎の好きにしてっ、ああっ、にゃあああっ!」 渾身の力で腰を振る。 愛液が飛び散り、俺の股間を濡らしていく。 「凪っ」 両手を乳房に持っていく。 たわわな果実の先端をきゅっとつまむ。 「にゃあああっ、らめっ、そっちもされたらっ!」 「私すぐ、すぐイッちゃう、イッちゃうから、ふぁああっ、みゃあああああっ!」 凪の声が高まる。 「ふぁあっ、壊れるっ、壊れちゃうよっ、きょうたろっ、らめっ」 「あそこが熱くて、もうっ、もうっ、らめっ、京太郎、一緒にっ、一緒にっ」 切羽詰まった声を上げ、凪が腕を握ってきた。 ラストスパートだ。 一層熱くなった蜜壺を渾身の力で突き上げる。 「うあ、あああっ、やっ、だめっ、イクっ、やあああっ!」 「もう、もうもうもうっ、イクよ、イクよっ……みゃあああっ、ひゃっ、京太郎っ!」 「にゃあっ、イクっ、イクイクイクっ……にゃああああっ、みゃあああああああっっっ!!!」 凪が身体をこごめた。 膣内が強烈に締め上げてくる。 どくどくっ! びゅくっ! びくんっ! びゅるっ! 欲望が爆ぜる。 ペニスがビクビクと痙攣し、快感の塊を凪の身体に放出していく。 「あああっ……出てる……京太郎の、出てる……」 「あっ、ああっ、んあっ」 ペニスの動きに合わせ、凪も身体を震わせた。 お互いがお互いを高め合い、視界が狭くなるほどの快感が身体を走り抜ける。 「はあ……はあ……だめ……もう、何も……考えられない」 凪が脱力した。 それでも、周期的な震えが凪の身体を揺らしている。 「凪、気持ちよかった」 「うん……私も……すごく……」 性器を結合させたまま、背後から凪を抱きしめる。 露出した肌がじっとりと汗で濡れている。 甘酸っぱい香りを吸い込むと、達成感と幸福感に満たされた。 しばし肌を密着させ、身体の熱が下がるのを待つ。 「ん……あ……」 凪が腰を動かす。 柔らかくなった男性器が、凪から抜け落ちた。 愛液と精液の混合液が、ぽたぽたとベランダに落ちる。 「うわ、結構出したわね」 「3回目なのにな」 「凪となら、いくらでもできる気がする」 「ふふふ、うれし」 凪をぎゅっと抱く。 爽やかな風が、さっと皮膚を冷やす。 さすがにいつまでも半裸というわけにはいかない。 「そろそろ中入るか」 「んだね。あ、そうだ、一緒にお風呂入ろうか」 「いいね。久しぶりに」 最後に口づけを交わし、俺たちは室内に戻った。 入浴を済ませた後、並んでコーヒーを飲む。 「まさか、ベランダで最後までしちゃうなんて」 「お互い止められなかったな」 「お互いじゃなくて、主に京太郎でしょ」 「そういうことにしとくよ」 「やだやだ、すかしちゃって」 そう言いながらも不機嫌な様子はなく、凪は俺に体重を預けてきた。 「ねえ、京太郎」 凪の声がわずかに緊張した。 「突然だけど、羊飼いのことって思い出せる?」 「ああ、もちろん」 「うちの学園の七不思議みたいな話だろ?」 「そのリアクションが答えか」 凪が溜息をついた。 間違ったことでも言ったのか? 「私が元羊飼いだって言ったら、どう思う?」 「え? どういうこと?」 意味不明だ。 眉間に皺を寄せていると、急に違和感がなくなってきた。 そうだ、凪は元羊飼いだったはず。 そして、俺と何かがあって今があるんだ。 「なんで忘れてたんだろう」 「羊飼いに関する記憶は、時間と共に薄れていくの」 「ああ、たしかそんなこと言われた気がする」 しかも俺は、10日くらい前に羊飼いのことを考えていたはずだ。 恐ろしいほどの速度で記憶が失われている。 「凪の記憶はどう?」 凪は何も言わず、少し寂しそうに微笑んだ。 俺たちの中から、過去がこぼれていっている。 「ま、昔のことはさておき、私らには未来があるじゃない」 「これからの記憶はぜんぜんなくならないわけだしさ、前向きに行こうよ」 凪が、モヤモヤを吹き飛ばすように伸びをする。 「それにさ、羊飼いの記憶をなくすのって罰なんだと思うんだよね」 「ずっと、テキトーに生きて来た私への」 自嘲する凪だが、なぜこいつが自嘲するのかがわからない。 いや、今の俺にはわからない。 ──忘れてしまったのだろう。 そして、やがては凪も発言の真意を忘れるのだ。 俺たちの過去は無かったことになる。 「お茶、冷めたな」 「座ってて、私がコーヒー淹れるよ」 凪がさっさとキッチンへ向かう。 後ろ姿を見ながら、凪との過去を思い出そうとする。 実家や施設にいた頃のことは思い出せるが、生徒会選挙が始まったあたりからの記憶は曖昧だ。 凪といろいろとやってきたはずだが、はっきりしない。 「なあ凪、記憶がなくなった後ってどうなるんだ?」 「忘れたことすら忘れるみたいだから、何も気にならなくなるんじゃない」 「ちょっとした擦り傷が治るようなもんよ」 「傷痕もなくなって、ついでに怪我したことも忘れるってわけ」 「よくできてる」 「でも、過去のことって、ちょっとした擦り傷ぐらいのもんなのか?」 凪が肩をすくめる。 「大事なのって、過去より未来じゃない?」 「そらそうだけど、本当にそう思ってるやつは、記憶をなくすのが罰だとは言わないと思う」 「ったく、面倒臭いこと覚えてるわね」 「……あちちっ」 何か熱いものに触れたのか、凪が耳たぶを指先でつまむ。 「熱い思いした記憶があるから、触ってもいいもんと危ないもんの区別が付くようになるわけだ」 「うっわ、超ドヤ顔」 「そりゃ覚えてるに越したことないけどさあ、どうしようもないじゃん」 「何か方法ないのか?」 「さあ? ボスに会って頼み込むとか?」 「ボスっていうと……ああ、ナナイさんか」 辛うじて名前はわかったが、顔はもう思い出せない。 「連絡取れるのか?」 「無理よ、もう縁切られてるのに」 「靴下に願い事でも書いた紙を入れとけば、クリスマスに来てくれるかもね」 「駄目臭いな」 「ま、私のコーヒーでも飲んで元気出してよ」 凪がコーヒーを持ってきてくれた。 「サンキュー」 「どういたしまして」 また隣に座る。 「昔話でもする? たまーに思い出しておけば、忘れずに済むかもしれないじゃない」 凪の困ったような笑顔につられ、俺たちはかつての記憶を辿り始める。 欠けた記憶は互いに補い、パズルを解くように朽ちた記憶を埋めていく。 「私がどうして図書部を作ったか覚えてる?」 「ボランティア精神に目覚めただっけ?」 「ぶっぶー。私はそんなに殊勝な人間じゃありません」 「なんで一番肝心なとこ忘れるのよ」 凪にデコピンされる。 「私はそもそもアンタに憧れてたの」 「なのにそっちは私を覚えてないし、羊飼い候補として期待されてるしで、邪魔したくなったってわけ」 「ああ、そうだった。俺が誰かとくっつけば羊飼い試験に落ちるんだったな」 「そ。だからハーレムに放り込んであげたの」 「お前、ロクでもないな」 「うっさいわね」 「一応、全員が不幸にならないように配慮はしたんだから」 ぷりぷりしている。 可愛いヤキモチを妬かれたと思おう。 「と思ったら、俺は図書部のメンバーとはくっつかなかったわけだ」 で、俺は羊飼いの二次試験とやらに進んだ。 「だから、京太郎を誰かにくっつけようとしたのに、ぜんぜん駄目だし」 「つまり、俺と凪は付き合う運命だったんじゃないか」 「やだもー。京太郎ったら、わかってるって」 そう言うと、凪は俺の胡座の上に頭を載せた。 凪と話しているうちに、昔のことを少しずつ思い出してきた。 不思議な隣人としての凪、いつもキレてる図書委員としての凪、そして羊飼い見習いとしての凪。 懐かしいな。 「でも、あの頃はホント厳しかったよ」 「自分が京太郎に惹かれてるのはわかってたけど、それを認めたら自分は羊飼いになれないし」 「じゃあ、自分は何のために生きてるんだろうって」 あの頃のことが思い出され、俺は自然と凪の髪を撫でていた。 凪は、人を嫌うが故に人を越える存在になりたがっていた。 だから俺は、人間も捨てたもんじゃないって教えたかったんだ。 そして、一緒に生きていくことを誓い、今がある。 振り返ればすべてが繋がっている。 大袈裟に言えば、凪と俺との人生の軌跡だ。 未来が変わらないとしても、間をすっぽり抜くなんてアリなんだろうか? 「やっぱり、捨てられない」 「え? 何のこと?」 「昔の記憶だよ」 「忘れたことすら忘れるとしても、今の凪の話、俺は忘れたくない」 不意を突かれたような顔をした後、凪は目を細める。 「気持ちだけで嬉しいよ」 凪が俺の膝をぽんぽん撫でる。 「諦めるなよ」 「どうしろってのよ」 「ナナイさんに返した栞があればいいんじゃないか?」 「どうやってボスに会うの?」 「そうだな……」 渋い顔の凪と見つめ合う。 吸い込まれそうな、美しく大きな瞳。 かつて、図書部メンバーの未来を見ようとしたときのことを思い出す。 能力を使えば、意識だけは祈りの図書館に飛ばすことができたはずだ。 俺に能力が残っていればの話だが。 「一つ方法を思いついた」 「未来を見る力を使うんだ。そうすりゃ、意識だけでも祈りの図書館にたどり着けるかもしれない」 「私も京太郎も、もう力なんて残ってないじゃない」 「仮に行けたとしたって、ボスに会えるとは限らないでしょ」 「試してみるだけならタダじゃないか」 「なんでそんなやる気なのよ」 凪が身体を起こす。 「嫌なもんは嫌ってだけで、理屈じゃない」 「理屈無視なんて、それこそ京太郎らしくない」 「俺は変わったんだ、凪と出会って」 「よくそんな恥ずかしいこと言えるわね」 「お前こそ、もうちょい正直になれよ」 にらめっこになる。 俺に引く気はない。 「OK、京太郎の気の済むようにしましょ」 凪が溜息をつく。 「で、どうするの?」 「俺が凪の未来を見る。そっちは俺の未来を見てくれ」 「えーと、つまり、こういうことね」 凪が俺の顔を両手で固定して、目の奥を覗き込んでくる。 こっちも同じことをする。 「前もこんなことしたね」 「ほっといたら、そういう思い出も消えるってことだ」 「わかってるわよ」 「京太郎との思い出をなくすのは、私だって嫌」 「でも、何となくボスに会うのが怖い。またあの頃に戻っちゃう気がして」 凪が視線を落とす。 彼女からすれば、過去に閉じ込められていた牢屋を訪ねる気分なのだろう。 「今の凪は前向きに頑張ってる」 「祈りの図書館に行ったって、もう魅力的には見えないんじゃないかな」 「もし、図書館に惹かれるようだったら、俺を見てればいい」 「うわ、くっさ。ばっかじゃないの」 凪が嬉しそうに苦笑する。 「さ、挑戦だ」 「オッケー」 凪の瞳を見つめ、その奥へと意識を向ける。 「……」 何も起こらない。 「うーん、やっぱだめか」 「まだ諦めるなって」 頬に当てていた手を放し、凪の手を握る。 「もう一度試そう」 「うん」 手をぎゅっと握り合う。 キスの前にように、慈しみの気持ちを込める。 「ねえ、京太郎?」 「ん?」 「大好きだよ」 「……俺も」 春の光に溢れていた周囲が、しっとりとした闇に覆われた。 鼻孔に入り込んでくる本の香り。 だが、かつてほどの親しみは感じない。 「来ちゃった」 「ああ」 だが、視界は不明瞭だ。 床を踏みしめる感覚も遠く、長居はできなさそうだ。 「京太郎」 不安そうな目をしている凪の手を握る。 「ナナイさんを探そう」 雲の上を歩むように、おぼつかない足取りで周囲を探す。 「いないか」 凪は無言で周囲を眺めている。 アルバムを見るように、過去に思いを馳せているのだろうか。 「人の人生って、こんな本1冊に収まるものなんかな」 「収まってるんだろ、実際」 「将来のことを知らなければ、人生って無数の未来があるような気がするじゃん」 「それって、すごく楽しいよね」 頷いて答える。 「わからないからこそ、いい結果が出たときは嬉しいし、頑張る価値があるんじゃないかな」 「だね。アプリオの試験とかドキドキしたもん」 凪が嬉しそうに腕を組んできた。 「また会えるとは思っていなかったよ」 穏やかな声に振り向いた。 いつからそこにいたのか、スーツ姿のおっさんが椅子に座っていた。 そう、たしかあの人がナナイさんだ。 「ボス……あの……」 「ここは君達の来るところではない」 凪の言葉を打ち消すように、ナナイさんが口を開く。 静かだが、有無を言わせぬ口調だ。 「今日はお願いがあって来ました」 「俺たちが羊飼いに関わっていた頃の記憶を残してほしいんです」 返事はなく、ナナイさんは目を閉じてしまう。 これ以上は聞かないと言っているようだ。 「羊飼いの秘密がほしいわけじゃないんです。ただ、過去を失いたくなくて」 「ボス、お願いです」 凪が頭を下げる。 その頭頂部を、ナナイさんは静かに見つめている。 物音一つしない空間で、自分の心臓の音だけが聞こえた。 「帰りたまえ、聞くに価しない話だ」 ナナイさんは、出来の悪い彫刻でも眺めるように俺たちを見ている。 「ボス、わがままを聞いて下さい」 そしてまた、ナナイさん自身も彫像のように表情を動かさなかった。 「お願いします、ボス」 「京太郎といた時間は、私の宝物なんです」 凪の声がかすれた。 哀切な残響は、図書館を埋め尽くす本に飲込まれ、瞬く間に消えた。 「……」 ほぼ同時に、視界が揺れた。 意識の輪郭がぼやけ、図書館にいるという感覚が薄くなっていく。 もう、時間がないのか。 ナナイさんは、凪の声を聞いても微動だにしない。 虫がいい話なのはわかっている。 所詮は俺たちのわがままだ。 だが、聞き分けよくなるくらいなら、最初からこんなところへは来ない。 「ナナイさん、お願いです」 「無茶苦茶なことを言っているのはよくわかっているつもりです」 「それでも、俺は過去を捨てられません」 「さて、そろそろお別れの時間のようだね」 「ナナイさん、お願いします」 頭を下げた。 「なぜそこまで執着するのですか? 一時は捨てて良いと考えた記憶でしょう」 「過去は自分の一部です」 「たとえどんな過去でも、捨てられないものだとわかりました」 「悲しい過去でもかい?」 ナナイさんの表情が動いた。 細い目の奥から、静かな視線が俺を窺っている。 「もちろんです」 「俺の過去はナナイさんも知ってる通りですが、それでも捨てたくはありません」 「そうですか」 「く……」 視界が更に歪んだ。 歪みの向こうで、ナナイさんが微かに微笑んだように見えた。 「私も同じ考えです」 「ずっと過去を捨てたいって思って来ましたけど、今はどうしても残したいんです」 「京太郎と私の人生なんです」 「お願いします、お願いしますっ」 凪の悲痛な声。 ここに来るのに消極的だった凪が、必死に叫んでいる。 俺との思い出を大切に思ってくれている。 「お疲れ様、二人とも」 「ナナイさんっ、お願いします!」 「ボスっ!」 鋭い頭痛と共に、歪んでいた視界が戻る。 目に飛び込んできたのは、涙をいっぱいに溢れさせた凪の顔だった。 「京太郎……」 瞬きを一つすると、凪の大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。 「泣いてる」 「だって、ボスが……」 俺の手を握ったまま、凪が手の甲で涙を拭う。 「あ、京太郎だって泣いてるじゃん」 「まさか」 「鼻水出てるし、きったな」 凪が泣きながら俺の鼻を拭いてくれる。 「私との思い出を、大切に思ってくれたんだね」 「当たり前だ」 でも、俺が一番心打たれたのは、凪の必死な声だった。 過去を振り切ろうと生きてきた凪が、自分の過去を守るために叫んでいたのだ。 あの声を聞けただけでも俺は満足だ。 「でも、ボスは駄目そうね。ほとんど無視されたし」 「ま、無茶なお願いだったな」 「ほんとケチよね。羊飼いなら私たちをサポートしてくれたっていいじゃんねえ」 ふくれっ面で悪態をつく。 さっきまで泣きながらお願いしていた人間とは思えない。 「サポートする価値がないんだろ、おそらく」 「腹立つわねえ。暇そうにしてたくせに」 二人で溜息をついた。 「どうしよっか、諦める?」 「まさか」 「能力が尽きるまでトライしよう。そのうち向こうも折れるだろ」 「ライター持ってって、図書館に火を着けるとかいって脅したりね」 強気な冗談を言って笑う。 それは望みを絶たれた悲しさの裏返しでもあった。 今日のように互いの記憶を補っていくとしても、やがて忘れる日は来る。 「そのうち、あの頃のこと忘れちゃうかもしれないけどさ、私たち、変わらないよね」 「ああ、変わらない」 不安げな凪の手を握る。 「消えちまうもんは仕方ない」 「むしろさ、これからいい思い出をどんどん積み上げていこう」 「んだね。ぐずぐず言ってても仕方ないか」 「ちょっと高い授業料だったってことで、すっぱり切り替えなきゃね」 そりゃあ残念だし未練はある。 しかし、泣いても笑っても明日は来るのだ。 未来がもっと楽しくなるよう、凪と二人で歩いて行こう。 「ま、いっちょ頑張ろうや」 「おっけ。よろしくね」 胸の中でわずかな痛みを転がしながら唇を重ねる。 今日の経験が、俺たちをもっと強くしてくれると信じながら。 「いらっしゃいませ、3名様ですね。こちらへどうぞ」 「あ、はい、お水ですね。少々お待ち下さいませっ」 凪がバイトを始めて1ヶ月半が過ぎた。 初心者マークはついたままだが、仕事ぶりはベテラン顔負けだ。 ワルツを踊っているかのように、テーブルからテーブルへ華麗に飛び回っている。 「あら筧君。また彼女の観察会ですか。生徒会のお仕事はいいんですか?」 「その前に、ちょっとだけお茶を飲みに来たんだ」 「なるほどなるほど。まあ何でもいいんですけどね」 雑な返しだ。 「凪の奴、どう?」 「よくやってくれてますよ」 「お陰様で、私も安心してシステム構築に専念できてます」 「ああ、最近新しいゲーム出たんだってな」 「人聞きが悪いですね。システム構築ですよ、大変なんですから」 俺の言葉に気を悪くすることなく、嬉野さんは凪を見つめる。 「最近は、あの子を目当てに通ってくるお客さんもいるみたいです」 「私や鈴木さんにはない魅力がありますからねえ」 「あるなあ」 ブラウスの窮屈感が段違いだ。 いつボタンがはじけ飛ぶかとヒヤヒヤする。 「脂肪の話じゃないですからね」 にっこり笑う嬉野さん。 「他に凪ならではの魅力があるのか?」 「言ったらほら、私とか鈴木さんはそつがないタイプじゃないですか」 「そこ行くとですね、小太刀さんには隙があるんですよ」 「わーっ、すみません、すみませんっ。すぐお取り替えしますので」 言ってる傍からフォークを落とした。 「ああいうところが、その筋の方にはたまらないみたいですねえ」 「ま、いい意味での『うっかりさん』です」 「そういうとこあるよな、アイツは」 「あらあら、私としたことが、釈迦に説法でしたね」 家事をしていても、凪は微妙にうっかりさんだ。 そこが可愛かったりするのだが。 「そうそう、先日はカフェの経営なんかについて聞かれましたよ」 「どうも興味があるみたいですね」 「家でも毎晩コーヒーの練習してるよ」 「実を結ぶといいですねえ」 いつか凪の店で、お手ずからのコーヒーを飲める日が来るのだろうか。 楽しみだ。 「さて、そろそろ行くわ」 「これからも、凪のことよろしくな」 「ええ、せいぜいかわいがることにしますよ」 嬉野さんなりの愛情表現だと解釈し、俺はアプリオを後にした。 赤々とした西日が学園を照らしていた。 用事を終えた俺は、生徒会室に向かっていた。 「こんにちは」 最初は風の音かと思った。 そのくらい、さらりとした確たる輪郭のない声だった。 やはり人に呼び止められたのだと思い、周囲を見る。 まったく気づかなかったが、すぐ近くのベンチにスーツ姿のおっさんが座っていた。 知らない人だが、なんの用だろう? 「こんにちは、何かお困りのことでも?」 一応生徒会役員なので、マイルドに話しかける。 「一つ迷ってることがありまして、話を聞いていただけますか?」 「え? はい、あまり時間はありませんが」 「ありがとう、時間を取らせて申し訳ない」 おっさんは、ベンチに座ったまま俺を見た。 笑っているようにも泣いているようにも、無表情にも見える顔だ。 普通、人の顔には人生を感じさせる奥行きのようなものが少なからずあるが、この人にはそれがない。 「私、実は一度離婚をしていまして、別居している元妻のところに、ちょうどあなたぐらいの息子がいるんです」 「は、はあ」 「離婚したのはずいぶん昔で、息子は私のことを覚えていません」 「それでも何か息子の役に立ちたくて、直接接触しない形で今まで色んな手助けをしてきました」 「ご苦労されてるんですね」 見ず知らずの人間にする話じゃないだろ。 俺は何を期待されてるんだ? 「私がやってきたことは、間違っていると思いますか?」 「は?」 いささか拍子抜けた。 投げかけられた質問が、想像していたより単純だったからだ。 「あの、お子さんはあなたのことを知らないんですよね?」 「ええ、顔も知りません」 「奥さんは、あなたが手助けしていることを知ってるんですか?」 「知らないでしょう」 たとえば、子供が道を歩いていて、前方に危険な石が転がっているとする。 このままではコケて怪我をするかもしれない。 物陰からその様子を見ていた父親が、こっそり石をどかしてあげ、子供は何事もなくそこを通り抜ける。 父親はそれを見て、俺グッジョブと内心ガッツポーズをするわけだ。 しかし、子供からすれば、そもそも何も起こっていないのと同じである。 完全に父親の自己満足だ。 とはいえ、はっきり言いにくいな。 「息子さんから感謝されるってのは難しいかもしれないですが、手助けする意義はあると思いますよ」 「お父さんも、それで気が楽になるって部分もあると思いますし」 当たり障りなく答える。 「そうですか」 気に入った答えだったらしく、おっさんが微笑む。 この先も、おっさんは謎の手助けを続けるのだろうか。 気持ちはわかるが、おっさんのこの先の人生を思うとちょっと可哀相にも感じた。 「でも、お父さんはもう少し自分のために時間を使っていいように思います」 「次の恋愛のチャンスもあるでしょうし」 「でも、これは私への罰でもあると思うのです」 なるほど、自分で自分に罰を科して、自分を救ってるパターンか。 誰もおっさんにそうしろと頼んでいないわけだし、楽しいのは当人だけのお遊戯だ。 妙にイラッとくる。 息子さんの境遇が俺に近いからだろう。 そもそも、子供からすりゃ、まともな家庭さえ築いてくれてればなんの問題もなかったのだ。 本当に罰が欲しいなら、被害者である息子さんに罰を決めてもらうのが妥当じゃないか。 「率直な意見を言っていいですか? お気を悪くされないでほしいんですが」 おっさんが頷く。 「いろんな事情があるとは思うんですが、もし本当に罰を受ける気があるなら、息子さんや奥さんに相談してみるのがいいと思いますよ」 「話し合いが成立するかどうか」 「そこは頑張るところじゃないですか」 「少なくとも、相手に気づかれないように手助けしてるよりは格好いいと思います」 少し声が高くなってしまった自分自身に驚いた。 おっさんも、少し意表を突かれたように俺を見た。 「すみません、生意気なこと言って」 「いや、意見を求めたのはこちらなんだから、気にしないで下さい」 「むしろお礼を言うのはこちらです。率直な意見をありがとう」 おっさんが頭を下げた。 「じゃあ、俺はこれで失礼します」 「時間を取ってくれてありがとう」 おっさんと別れる。 妙なモヤモヤが胸の中でうごめいている。 それを振り払うように、俺は早足で距離を取った。 ようやく振り返る勇気が出たのは、事務棟が近づいてからだった。 見れば、遙か彼方にベンチが見える。 写真についた黒いシミみたいに、おっさんは座っていた。 ふっと吹けば飛んで消えてしまいそうで、どことなく哀れみを覚えた。 まったく変なおっさんだった。 ドラマだったら、実は彼が本当のお父さんで……なんて流れもあるが、実際にそんなことはないだろう。 仮にあの人が親父だったら、俺はどうするだろうな。 「……」 しばらく考えて頭に浮かんだのは、とりあえず文句の一つも言ってやろう、というだけのことだった。 その日の午後、俺と凪は買い物に出ていた。 凪が、バイトの初任給でプレゼントをしてくれるというのだ。 「何をくれる予定?」 「内緒内緒、楽しみにしてて」 家を出たときからこんな調子で、凪は俺の手を引いていく。 凪がとある店の前で足を止めた。 芳醇な香りが、店の外まで漏れ出している。 「コーヒー豆の店か」 「そ、アプリオのコックさんに教えてもらったの」 ずいずい店に入っていく。 おしゃれな雑貨店みたいな店内には、麻袋に入れられたコーヒーの生豆が所狭しと並んでいた。 ざっと見ただけでも30種類はありそうだ。 「バイト代が出たら、京太郎には最高の一杯をプレゼントしようと思ってたの」 「そう、これこれ。これが欲しかったのよ」 凪が一つの麻袋を見て、瞳を輝かせた。 『ブルーマウンテン・ナンバー1』と書かれている。 「ああ、缶コーヒーのCMとかでよく言ってるな」 「ちょっとちょっと、一緒にしちゃ駄目。あんなん、ちょびっとしか入ってないんだから」 「大体、値段見てよ値段」 「えーと……ぬお、高っ!?」 100グラム300〜500円の豆が多い中で、こいつは1500円もする。 断トツの高級品だ。 「普通じゃ絶対買えないけど、ま、お祝いだからさ」 「美味いんだよな?」 「わかんないわよ、私も飲んだことないし」 「ともかくさ、コーヒーを始めたら絶対一度は試してみないとね」 るんるんしながら豆をオーダーする小太刀。 そんな姿を見ていると、こっちまで嬉しくなる。 豆を買い、帰途についた。 「そういや、嬉野さんにカフェ経営のこととか教えてもらってるんだって?」 「え、知ってたの?」 「嬉野さんから聞いたけど」 「もー、なんで言うかなー。口止めしとけば良かった」 「悪いことじゃないんだし、いいじゃないか」 「だってさあ、『これが私の夢』とかいう感じになっちゃったら恥ずかしいじゃん」 「まだ、なんとなーく興味があるってレベルなのに」 「俺はいい夢だと思ったよ」 「本気でそう思う?」 「ああ、自分の店を持つなんて格好いいじゃないか」 「実現するのはかなり先かもしれないけど、俺も絶対お茶を飲みに行きたいね」 「ふふふ、あんがと」 凪がにっこり笑う。 お得意のシニカルさがない、素直な笑顔だった。 「でも、一つ勘違いしてるところがあるんだけど」 凪が人差し指を立てた。 「私の夢は、『自分のお店』を持つことじゃなくて、『私たちのお店』を持つことなの」 「きょーちゃん、理解できるかしら?」 「……」 なぜかすぐにリアクションができなかった。 俺たちの店……つまりは共同経営ってことだ。 凪がそこまで考えててくれたなんて。 何とも言えない温かな気持ちが湧いてきた。 「ま、私の勝手な妄想だけどね」 「いいじゃないか、実現しよう」 「ちょっと、なんでいきなりやる気になってるのよ」 「勘だよ。楽しくなる気がする」 凪の提案は、根拠もないのにめちゃくちゃ楽しそうに聞こえた。 本当にそれだけだ。 「それじゃ、京太郎にもコーヒーを淹れる練習してもらわないとね」 「今日からスパルタで始めるから、覚悟しといて」 悪戯っぽく笑う凪。 「よろしく」 手を繋ぎ、マンションの玄関に入る。 「あ、郵便来てるな」 「アンタさ、このハッピーなノリをブチ壊さないでよ」 「日常はどこにでも忍び込んで来るもんだ」 郵便受けを開ける。 中には、何も書かれていない茶封筒が一つ入っていた。 「何かのチラシかな?」 「カッターの刃が入ってたりしてね」 「人から恨まれる覚えはないけどなあ」 封筒を逆さにすると、ポロリと何かが落ちてきた。 直径10センチほどの円形の厚紙だ。 喫茶店で出てくる紙のコースターに見えるが。 「それ、コースターだよね」 「みたいだな。じゃなきゃメンコか」 「今時メンコはないっしょ。でもさ、コースターにしてはデザインが微妙じゃない?」 コースターには、古代文明の文字みたいなものがびっしり書かれている。 というより、謎の言語で書かれた新聞紙で作ったコースターといった方が正確か。 「喫茶店の話をしてたらコースターって、タイミング良すぎだよな」 「コーヒー淹れたときに使えって話か?」 「お店開いた時に使ってね、とか?」 「英字新聞にしてくれれば使えるのに、これじゃあねえ」 「いや、それより、誰がくれたんだこれ」 「喫茶店を作りたいって話、俺の他に誰が知ってる?」 「今んとこ嬉野さんだけかな」 「でも、あの人、こんなのくれるタイプじゃないわよね」 「まあ違うだろうな」 とすると、誰だ? 不気味だ。 犯罪臭がしてきた。 凪と二人、かわるがわる謎のコースターを観察する。 「あのさ、気のせいかもしれないんだが……」 「これ、どこかで見たことない?」 「そう、まさにそれ。いま同じこと考えてた」 何か大事なことを忘れている気がする。 本当に大事なことだ。 「羊飼い……」 凪が呟いた。 それが、記憶の水面に投じられた一石となった。 「……」 おもちゃ箱がひっくり返されたかのように、頭の中を色とりどりの記憶が乱舞する。 いつの間にか忘れていた。 忘れたことすら忘れていた。 あれほど、なくしたくないと願っていたのに。 突然のことに、言葉も発さぬまま立ち尽くす。 「京太郎……私……」 凪が呆然と俺を見つめていた。 俺も同じ顔をしているに違いない。 「このコースター、俺がナナイさんからもらった栞と同じ模様だ」 「つまり、祈りの図書館にある本のページだよね」 「だから記憶が戻ったのか」 そうとしか考えられない。 「でも、どうして今になってこんなことを」 「お願いしたときは、聞く耳ゼロだったくせに」 「さっぱりわからん」 ヒントを探して封筒を確かめると、中に一枚のメモ用紙が入っていた。 取り出し、急く心を抑えて目を走らす。 「『努力をするには、すべてが遅すぎるのかもしれません』」 「『しかし、いつか二人が素晴らしいお店を持てるよう、心から祈っています』」 几帳面な文字で、そう書かれていた。 「ボスの字だ。でも、努力をするには遅すぎるってどういうこと?」 心当たりはない。 前振りなしに努力とか言われてもなあ。 「いろんな事情があるとは思うんですが、もし本当に罰を受ける気があるなら、息子さんや奥さんに相談してみるのがいいと思いますよ」 「話し合いが成立するかどうか」 「そこは頑張るところじゃないですか」 「少なくとも、相手に気づかれないように手助けしてるよりは格好いいと思います」 不意に夕日の光景が思い起こされた。 今この瞬間まで忘れていた光景だ。 あの時、俺はナナイさんと話していた。 間違いない。 俺はナナイさんのことを忘れていたが、向こうは当然こっちを知っていたはずだ。 なぜ俺の前に現れ、過去の話をしたのか。 そして、あの時の話を受けてコースターをくれたとするなら── 「……」 まさか、そんな……。 身体の中で、感情の奔流がごうごうと音を立てている。 ナナイさんが俺の父親なのか? 彼の話した過去は、俺の過去とも合致するが、まだ確証は持てない。 確認しよう。 またあの人に会おう。 「どうしたの、京太郎?」 「あ、いや……ナナイさんの気が変わった理由を考えてた」 「何か思い当たることあった?」 「ぜんぜん」 「まったく、使えないわね」 どすんと、ちょっと乱暴に身体を預けてきた。 「今度、ボスに会えたら聞いてみようよ」 「そうだな」 微笑み合いながら、蘇った記憶をかみしめる。 シーンごとに、温かな気持ちが指先まで広がっていく。 「ごめん、私、泣きそう」 凪が目を閉じる。 触れあった手は、ぽかぽかと温かい。 「どうしてこんなに嬉しいんだろう。忘れちゃってたのに」 「俺も同じ気持ちだよ」 ナナイさんが俺の親父なら、言いたい文句は山ほどある。 でも、コースターをくれたことについてだけは、お礼を言わなくちゃならない。 「私、これから頑張るね。いつかお店が持てるように」 「羊飼いが応援してくれてるんだ、きっと達成できる」 「でもさ、やっぱ本人が頑張らなくちゃ」 「羊飼いは、いつだってそっとサポートしてくれるだけだから」 そう言って微笑む凪の顔は、太陽に向かう花のように明るく輝いていた。 かつては過去に縛られていた彼女が、今はこうして未来を見つめている。 でも今の笑顔は、暗い過去があってこそのものだと思う。 人は、未来だけを見て生きてはいけないのだ。 「じゃ、まずは俺に最高のコーヒーを淹れてくれよ」 「任せなさいって、私の腕を見せてあげるわ」 彼女と一緒に歩いてきた過去があるからこそ、笑顔一つにも心動かされる。 どんなに辛い過去でも、捨てていい過去などないのだ。 ありがとう、ナナイさん。 心の中で礼を言い、俺は凪の手を引いた。 「必要な資料はこの棚に全部あると思うわ」 「私はあっちで作業をしているから、帰るときは一声かけてね」 「わかった。ありがとう、真帆」 真帆が小さく笑んでから身を翻す。 俺は部室関連の書類の詰まった棚から、必要なものを抜き取った。 内容を確認しながらもつい、彼女の方を見てしまう。 真帆は手元に視線を落とし、黙々と書類の整理を続けていた。 時折髪をかき上げる仕草が色っぽい。 「いかんな」 気を引き締め、手元の資料に集中する。 彼女と一緒に仕事ができる期間は、残り少ない。 今月の後半には、形式ばかりの選挙があり、真帆は普通の生徒に戻る。 後任となるのは、もちろん多岐川さんだ。 生徒会長としての仕事のほとんどは、既に彼女に任されている。 本来なら真帆はもう、この部屋にいる必要はあまりないのだが……。 真帆から見れば、多岐川さんはまだまだ危なっかしいのだろう。 引き継ぎ業務と今年度分の資料整理の傍ら、仕事の指導に余念がなかった。 そんな多岐川さんの姿も、今はない。 つまり二人っきりだ。 この部屋で、身体を重ねた日のことを思い出してしまう。 「どうしたの? 私の方をじっと見て」 「いや、何でもない」 真帆の頬が赤い。 「真帆、少し休憩しないか?」 「そうね、一息入れましょう」 そう微笑んで、イスの背もたれに身体を預けた。 「そっちの仕事はどう?」 「まだ資料を調査してる段階だよ」 「なかなかやっかいな仕事みたいね」 真帆が俺の隣に来て、書類を覗き込んできた。 図書部に持ち込まれた依頼は、簡単に言うと『部室探し』だ。 汐美学園には山ほど部活があるため、全ての部活に部室が行き渡っていない。 俺たちに依頼してきたのは、そんな部室ナシの部活だった。 部室を持っていない部活は、学食の席や中庭のベンチなど、非公式なたまり場を持っている。 俺たちへの依頼は、たまり場として使われていない場所を探すことだった。 ……というわけで、生徒会に提出された部活の活動記録に目を通している。 「学食の席を活動場所にするのは、公式には認めていないのだけれど」 「だから、図書部に依頼が来たんだよ」 「グレーな仕事を生徒会には依頼できないから」 「筧君一人で大変なようだったら、私も少しなら手伝えるわよ?」 「大丈夫。真帆も忙しいんだろ?」 「ええ、まあ。それはそうなんだけど」 寂しげに語尾を濁す真帆。 望月真帆が、生徒会長でいられる期間は残り少ない。 それは確かに彼女にとっても俺にとっても、寂しいことだと思う。 だが一方で、喜んでいる俺がいるのも事実だった。 彼女が会長を引退すれば、二人でいられる時間がもう少し増える。 俺と真帆が付き合い初めてから、もう2ヶ月。 忙しい合間に幾度かデートはしたものの、ゆっくりできたとは言いがたい。 朝から次の日まで一緒……なんてデートもしてみたいものだ。 「真帆」 「ん? 何?」 書類を見ていた真帆が俺を見る。 顔が近い。 互いに顔を寄せれば、キスできてしまいそうな距離。 「キス、しよう」 「あっ……」 肩を抱くと、真帆はそっと瞼を閉じた。 艶のある唇に、そっと自分の唇を寄せた。 「ん……」 唇を触れ合わせるだけの、軽いキス。 「もう……突然なんだから」 頬を赤らめながら、拗ねたように言う。 何とも可愛らしい。 普段は凛々しい彼女のこんな姿を知っているのは、きっと俺だけだ。 まさか、生徒会長とこんな関係になるとは。 「いきなりで何だけど、真帆はどうして俺のことが好きになったんだ?」 「ほ、本当にいきなりね」 「そ、それは……その、自然によ」 「でも、何かきっかけぐらいは」 「え、ええと……」 誤魔化すように視線をそらす真帆。 「あら、もうこんな時間」 「多岐川さん遅いわね。会議が長引いているのかしら」 「彼女が戻ってくるまでには、今日の分の仕事は終わらせておかないと」 そそくさと席に戻ろうとする。 真帆はいつもこうだ。 「待った待った」 彼女の手を引く。 「か、筧君?」 「言わないなら、俺にも考えがある」 「え、ちょっと」 細い肩を抱く。 大きな瞳が俺を映して揺らめいている。 「身体に聞いてみよう」 もちろん冗談だが、真面目な顔で言ってみる。 「ちょ、ちょっと、筧君……? 一体何を……」 彼女の細いあごに指を添え、俺の方を向かせた。 「あっ……」 再び頬を赤く染める真帆。 潤んだ瞳が熱を孕んでいる。 「かけい、くん……」 真帆が目をつぶる。 こっちは冗談だったのに、雰囲気的にOKになってしまった。 嘘から出た実じゃないが、いや、これはこれで……。 「ただいま帰りました」 「!?」 キスの体勢のまま、全身が硬直する。 「思ったよりも会議が長引いてしまって、遅くなりました」 「まったく、余計な面倒は起こさないでほしいものです」 幸い、手に持った書類に目をやっている多岐川さんは、まだ俺たちの様子に気づいていない。 「(ま、真帆! 退避、退避!)」 「(はいっ!)」 弾かれたように離れて、瞬時に二人とも着席。 「……こほん。多岐川さん、お疲れ様。大変だったわね」 「私が不在の間、何か変わったことはありませんでしたか?」 多岐川さんが俺たちを見た。 「い、いいえ。何も」 自分の席に座った真帆が、優雅な仕草でカップを傾けた。 「ねえ、筧君?」 「ああ、何もなかった」 「そうですか」 真帆と俺に、いぶかしげな視線を交互に投げかけてくる多岐川さん。 視線をそらしつつ、何度も自分の髪を撫でている真帆。 俺もハーブティーを飲んでいるフリをしているが、実はカップの中はカラである。 「まあ、いいですけど……」 多岐川さんが、自分の席に座り会議の書類を確認しはじめる。 危ないところだった。 「そろそろ図書部に戻ります。資料ありがとうございました」 「どういたしまして。お役に立てたかしら」 「お陰で何とかなりそうです」 「そう、良かった」 いくぶん名残惜しそうな笑顔を浮かべる真帆。 書類上での部活の活動実態調査はおおかた終わった。 後は実地で調べてみるだけだ。 「やっと終わりましたか。でしたら可及的速やかにお引き取りを」 冷たい表情でシッシッ、と手を振るジェスチャーまでしている。 ここまで露骨にされると、いっそ清々しい。 「ハーブティーごちそうさま。カップ洗わないとな」 「私が片付けておくから、そこに置いておいて」 「望月さん、後片付けぐらい自分でさせないと癖になりますよ」 ふふん、と意地悪そうな笑みを浮かべて俺を見てくる多岐川さん。 「男という生き物は、そうしないとすぐにつけあがるものですから」 「男の生態に詳しいんだな、知らなかった」 「べ、別に、経験があるわけではありませんっ」 真っ赤になって反論する多岐川さんをスルー。 「そうだ、明日も来ていい?」 「えっ? でも、もう調べ物は終わったんじゃないの?」 「さすがに一日じゃ、全部調べるのは無理だったよ」 「あと何日か通わせてもらえると嬉しい」 「え、ええ! 全然構わないわよ!」 「いいわよね、多岐川さん?」 「ま、まあ、仕事に必要なら断る理由はないですが」 「よかった」 満面の笑みを浮かべる真帆。 対照的に、苦虫をかみつぶしたような表情の多岐川さん。 「じゃあ、また明日」 「くっ……」 「また明日ね、筧くん」 「……」 親の〈敵〉《かたき》のように睨まれているが、気にしない。 謎の満足感を胸に、俺は生徒会室を後にした。 「ただいま」 「おかえりなさい、筧くん」 部室では、メンバーがそれぞれの事務作業をしていた。 「そちらはどうだった?」 桜庭がノートPCから顔を上げる。 「ぼちぼちだな。とりあえず必要そうな書類は借りてきた」 「でも、あと何回か生徒会室に行くことになりそうだ」 抱えていた資料の束を机にドサリと置く。 案外量が多くて重かった。 「私が聞いたのは、依頼ではなく彼女のことなんだが」 「は? いつも通りだが」 何かあったのだろうか。 「不穏な噂が流れてるんですよ、筧さん」 「具体的には?」 「それがなんというか……言いにくいのだが」 「ズバリ言ってくれ」 「別れそう、という話です」 「ぶっ!?」 本当にずばり言われた。 「オブラートとかないのかよ」 「注文が多いですね」 御園に冷たい目で見られた。 「ちなみに、どこ情報だそれ」 「私たち全員の議論の結果だ」 「背中から刺されるとはな」 むしろそこを隠してほしい。 「で、どこをどう見たら、俺たちが別れそうってことになるんだ?」 「筧さん、付き合ってもう二ヶ月ですよね」 「なのに、彼女を家に呼んだことないって言ってたじゃないですか」 びしっと指差された。 「余計なお世話だ。真帆は忙しいんだから仕方ない」 「忙しい忙しいと言っているうちに、二人の心は……」 「ぶふぉふぉふぉふぉ」 デブ猫が。 「彼女が家に来ないと別れるってのは、初めて聞いたが」 「いや、一緒に歩いているところも見かけないので、皆で心配していたんだ」 「もしかしたら、図書部の仕事が忙しすぎるのかもしれないし」 白崎に茶化す様子はない。 「心配してくれてありがとうな。本当にやばくなったら俺から言うよ」 一応、みんな心配してくれているのだ。 「しかしもったいないよな」 「俺に彼女がいたら、ソッコー家に呼んで料理とか作ってもらうけどね」 「年上の彼女に飯作ってもらうとか……ふう」 みなまで言わず、遠い目になった。 「望月さん、お料理も上手そうだよね」 「シェフ顔負けですよ、絶対」 「失敗しているところは想像しにくいな」 「……」 そう言われると想像が膨らむ。 真帆が俺の家で料理を作ってくれたら、そりゃ嬉しい。 味がどうこうじゃなく、一緒に食卓を囲んだら幸せな気分になれそうだ。 今度誘ってみるか。 帰宅後、シャワーを浴びて一息ついた。 部室でみんなに言われたことが頭を離れない。 俺と真帆が別れる? ないないない。 「……」 そういや、今日は強引にキスしてしまったな。 謝っておこう。 携帯を取り出し、メールを打つ。 『生徒会室では、ごめん』 すぐに返信が来る。 「『少しびっくりしましたが、平気です。全然気にしていないから謝らないで』」 まずは一安心の返事だ。 メールには続きがあった。 「『それに私の方こそ、ごめんなさい』」 「『生徒会の仕事にかかりきりで、最近あまり時間を作ることができなくて』」 「『近いうちに、二人きりでゆっくりできる機会を作れればと思っています』」 「『そのときは、筧君も時間をあけてちょうだいね』」 向こうも寂しく思っていてくれたようだ。 いい感じに時間が空けばいいんだが。 いや、『近いうちに』『そのうちに』は待っていてもやってこないのが相場だ。 積極的に時間を作りにいかないと。 次の日の午後、生徒会室には俺と真帆だけがいた。 新生徒会発足の準備のため、多岐川さん以下生徒会役員のほとんどは出ずっぱり。 俺たちは、半分留守番を仰せつかっているようなものだった。 「昨日は、わざわざメールをありがとう」 「怒ってないから心配しないで。ちょっと驚いただけだから」 真帆が微笑む。 生徒会長としての自信に満ちた笑顔とはどこか違った、優しい笑顔。 その笑みを向けてもらえるだけで、俺の心は幸福感でいっぱいになるのだった。 「ならよかった」 「それで、一つ相談なんだけど、今度時間が作れたら俺の家に遊びに来ない?」 「筧君の家に?」 真帆が少し目を見開いた。 「いや、その、家でのんびりしたことなかったし、そういうデートもいいかと思って」 「真帆の手料理とかも食べてみたいしさ」 「あ、料理、そうよね」 珍しく真帆の視線が泳いでいる。 「でも、今はまだ無理よ」 「引き継ぎ作業が終わっていないし、多岐川さんに教えたいこともあるし」 「あとはそうね、資料整理もしなくちゃいけないし」 引き継ぎや資料整理に、そこまで時間がかかるのだろうか。 「……」 いや、余計な想像をしてる暇があったら、真帆の仕事を手伝おう。 仕事が早く終われば時間ができる。 「仕事、俺も手伝うよ」 「ええ、それは助かるけれど……筧君はいいの?」 「こっちは大丈夫。あとは実地で確認するだけだから」 昨日図書部に持ち帰った分は、今日白崎たちが確認してくれている。 今から図書部に戻ったところで、他のメンバーの帰還を待つことぐらいしかすることがない。 飛び入り参加でかけずり回ってもいいのだが、今は他にやりたいことができた。 俺自身のノルマはこなしたのだ。 多少他のことをしたとしても、誰もとがめはしないだろう。 「だったら、お願いしようかしら」 「是非やらせてくれ」 真帆と話しながら、適当に綴じられたラベルもないファイル達に名前と属性を与えていく。 「筧君は飲み込みが早くて助かるわ」 「もっと早く一緒に仕事ができるようになれば良かったのに」 もっと早く付き合えていれば良かったのに、ということだ。 真帆の気持ちには、ずっと前から気づいていた。 にもかかわらず、するりするりとかわしていたのだ。 「ずっと態度を曖昧にしてて悪かった」 「責めてるわけじゃないの。今でも十分に嬉しいから」 くすぐったそうな笑みを浮かべる真帆。 肩や髪が触れ合いそうな距離での作業。 こうやって、二人で何かの仕事をするのは心地良い時間だ。 「なあ、真帆」 「この仕事が早く終わったら、そのぶん時間取れるかな」 「だ、だからそれは」 「俺も手伝うから、抱えている仕事があったら全部終わらせよう」 「筧君……」 「うん。わかった。二人で頑張りましょう」 「よし」 二人でガンガン書類整理を進める。 机に積まれていた書類の山が、みるみる低くなっていく。 「本当に今日中に終わっちゃいそうね」 「ははは、今日中は言い過ぎだって」 「でも、明日か明後日には行けるかも」 ふと隣を見ると、真帆の手が止まっている。 心ここにあらずといった風だ。 「どうした?」 「いいえ、何でもないわ。ちょっと考え事を」 いつもの笑顔になり、真帆は書類整理に戻った。 多岐川さんが戻って来るまで、真帆と書類整理を頑張った。 今日中に終わらせるのは無理だったが、目処は立った気がする。 携帯が鳴った。 真帆からのメールだ。 「『今日は手伝ってくれてありがとう。お陰で予定よりも早く終わることができそうです』」 返事を出す。 『今週末、時間が取れるといいな』 「『明日で仕事が終われば、週末は空けることができると思います』」 『良かった。明日も、図書部が終わったら、そっちに顔出すよ』 「『ええ、それではまた明日』」 「『おやすみなさい、筧君』」 『おやすみ、真帆』 放課後、真帆と部室棟の調査にやってきた。 先日、図書部のみんなで部室棟の調査をしたところ、地下に忘れ去られた物置を発見したのだ。 掃除すれば、新しい活動スペースになるかもしれない。 そこで、真帆に頼んで鍵を持ってきてもらったのだ。 「忙しいのに悪いな」 「いいのよ。一般の生徒に鍵は預けられないから」 「無駄な部屋があるのは、生徒全体の利益を損なうことだし」 目的の部屋を検分した。 やはり、しばらく人が立ち入った形跡がない。 ガラクタを撤去したところで誰も怒らないだろう。 「では部屋の使用許可はこちらで出しておくから、あとは図書部でお願い」 「部屋の掃除は、依頼をくれた部活にやってもらうよ」 部室の件は、これで一件落着だ。 「生徒会室に戻る?」 「ええ。事務棟で2、3お遣いをしてからね」 「わかった。それじゃまた」 「では、お疲れ様」 真帆が立ち去る。 さて、俺は部室に戻るか。 と、言いつつ生徒会室にやってきた。 「〈生憎〉《あいにく》ですが、望月さんは不在です」 「それは知ってる」 スタスタと真帆の机へと向かう。 「あ、ちょっと。勝手に入ってこないでください」 「真帆から仕事の手伝いを頼まれてるんだ」 「むっ……」 不満そうにしながら口をつぐむ多岐川さん。 ちなみに、頼まれたというのは嘘だ。 真帆がいない隙に、彼女の仕事を片付けてしまおうという魂胆である。 デスクに載っている書類をざっと改め、仕事を開始する。 「ちょっといいですか、筧さん」 仕事の途中で声を掛けられた。 「昨日、望月さんに何か言いませんでしたか?」 「今日の望月さん、様子が少しおかしいように見えるんです」 「さっきは特に変じゃなかったけど」 「ティーカップをじーっと見つめていたかと思えば、急にため息をついたり」 「同じファイルに同じ書類を差したり抜いたり」 「とにかく変なんです。あんな望月さん見たことがありません」 じっとりとした視線を俺に注いでくる。 「心当たりはないが」 「ふうん……」 多岐川さんはあまり信じていない様子だったが、それ以上の追及はしてこなかった。 日が傾いたころ、ようやく真帆が帰ってきた。 「お疲れさん。思ったより遅かったな」 「筧君、図書部の活動は?」 真帆が目を見張る。 「そっちは大丈夫」 「書類整理の仕事、一通り済ませておいたよ」 「あとは真帆が確認してくれれば終了だ」 目の前のファイルの山をぽん、と叩く。 「本当に困った人ね」 一瞬あきれたような表情を浮かべたが、観念したようにため息をついた。 真帆が俺の仕事を確認してくれる。 「問題ありません。さすが仕事が正確ですね」 「目の前にニンジンがぶら下がってるから」 「これで、うちに来てもらえそうだな」 「筧君には負けました。明日は断れそうもないですね」 真帆が苦笑する。 これで明日の予定は決まった。 一日中、真帆と一緒にいられるなんて久しぶりだ。 「なるほど、そういう話だったんですね」 「バレたか」 「隣でしゃべっておいてバレたも何もないでしょう」 「というより、私に聞かせて嫌がらせをしたかったんですね」 「あなたの目論見は成功です。大変不愉快ですから」 「まさか、望月さんがあなたなんかの家に行くなんて!」 天を仰ぎ、多岐川さんは顔を手で覆った。 「あ、あのね、多岐川さん、家に行くと言っても深い意味はないのよ」 「ただ、お料理したり、お茶を飲んだりするだけで」 「望月さんにその気がなくても、男なんてわかりません」 殺し屋の目で俺を見る多岐川さん。 「安心してくれ。やましい気持ちなんて、普通の男性程度にしか持ち合わせていない」 「完全にアウトですっ」 「食欲を満たすだけじゃ済まないじゃないですかっ」 多岐川さんがデスクを叩く。 「……こほん」 「私だって、キャベツから生まれてきたわけではありません」 「お二人が節度を持ってお付き合いする分には、野暮を言うつもりはないです」 まさかのお墨付きが出た。 「あ、ありがとう。多岐川さん」 「あなたにお礼を言われる筋合いはありません」 「それにです。あ・く・ま・で! 学生らしく節度を守ってくださいね!」 「節度を守るって、具体的にはどこまでOK?」 「電話にメール、食事、登下校ぐらいは認めましょう」 「どこの聖人君子だよ」 「望月さんは聖女なんです」 どーん、と言い切った。 まあ、その聖女と俺は肉体関係を持っているわけだが。 「もし、節度を超えてしまったら……」 にっこり微笑む多岐川さん。 「私の権限の全てと生徒会の総力をあげて、筧さんを社会的に抹殺します」 「……」 節度を守らせるために法を犯しかねない勢いだ。 ここは真帆に応援を頼もう。 助けを求めるべく、彼女の方を見る。 「ふぅ……」 窓の外を眺めてアンニュイなため息をついていた。 「女の気持ちも知らないで、単純なものですね」 多岐川さんが俺に冷ややかな視線を注いでいた。 「どういう意味?」 「あなたには教えません」 ぷいっ、と顔を背ける多岐川さん。 「仕事が終わったのなら、さっさと帰って下さい」 多岐川さんに、ぐいぐい背中を押される。 「では、ごきげんよう」 目の前で無慈悲にドアが閉じられた。 多岐川さんの態度が気になるが、ともかくも明日は真帆とゆっくりできる。 お茶でも飲みながら事情を聞いてみよう。 約束の時間ちょうどに、インターホンが鳴った。 真帆が来てくれたのだ。 「こんにちは、筧君」 「いらっしゃい」 真帆の頬が赤く見えるのは、夕日のせいだけではないだろう。 「今日はその、お招き頂き、ありがとう」 「こちらこそ、来てくれてありがとう」 「本気で来てくれないんじゃないかと思ったよ」 昨夜、真帆からメールが来た時は思わずドキリとしたものだ。 「『明日のことですが、ごめんなさい』」 「『ちょっと外せない用事ができてしまって、夕方から伺います』」 「さ、遠慮しないで入って」 「おじゃまします」 やや緊張した様子で、真帆が靴を脱ぐ。 「ここが筧君の部屋なんだ」 興味深そうに、キョロキョロと見回している。 「散らかってて申し訳ない」 「ううん、大丈夫よ」 「素のままの筧君の部屋って感じがして、こっちの方が嬉しいわ」 「適当に座っててくれ。お茶持ってくるよ」 「ええ、ありがとう」 真帆の手からスーパーのビニール袋を受け取る。 中には、いろいろ食材が入っていた。 「料理をしようかと思って買って来たの。迷惑かしら?」 「嬉しいよ」 「でも重かっただろ? 電話してくれたら迎えに行ったのに」 「いいの、こういうのは私の仕事だと思うから」 意外と古風な考え方をするらしい。 「ペットボトルで悪いけど、お茶どうぞ」 「ありがとう」 冷やしておいたペットボトルのお茶を手渡す。 「うん、おいしいわ」 「良かった」 一息ついた真帆が、自分の近くに積まれている本を手に取る。 ハインラインの『夏への扉』だ。 「筧君、こういう本を読むのね」 「ずいぶん前に読んだやつだ」 「真帆はSFとか読まないよな」 「『月は無慈悲な夜の女王』を読んだことがあるわ」 「意外。実用書を読んでるイメージだった」 「私だって小説くらい読むわよ」 怒ったように腰に手を当てる真帆。 「悪かった」 「ふふ、冗談よ、もう」 「SFは他に何か読んだ?」 「有名どころだと、『われはロボット』とか『幼年期の終わり』なんかかな」 古典と呼ばれる物は一通り読んだつもりだ。 「アシモフにクラークね」 「作家がすぐ出て来るなんてすごい」 女性で古典SFがわかるなんて珍しい。 「真帆は、どういうジャンルがメイン?」 「日本文学なら、有名な物は読むようにしているわ」 「最近読んだのは『婦系図』ね」 「あれは読み応えがあるよなあ。着物の柄なんかの描写が細かくて面白い」 しばらくの間、読書話に花を咲かせた。 さすが、生徒会長ともなると趣味も幅広い。 「そろそろ、晩ご飯の準備をしようと思うの。時間がかかるかもしれないし」 「おっと、そうだった」 つい時間を忘れていた。 「俺も手伝うよ」 「一人で大丈夫よ。筧君はゆっくり待っていて」 真帆がキッチンに立つ。 行事での挨拶より緊張してるように見える。 ともかくも、俺にできるのは待つことだけだ。 床に腰を下ろし、文庫本を開く。 全然集中できない。 キッチンで動く真帆の後ろ姿。 綺麗な髪がその動きに合わせて揺れている。 何とも胸がほっこりする。 料理している彼女の後ろ姿が、こんなにもいいものだとは。 愛おしすぎて、抱きしめたい衝動に駆られる。 例えば、真帆を両手でぎゅっと抱きしめて── 「もう、駄目よ。悪戯しないで。料理が作れないわ」 とか叱られてみるのも悪くない。 真帆と結婚したら、毎日こんな感じなんだろうか。 いやいや、家事は分担しないといけないな。 などと妄想していると、油が弾ける音と、ケチャップの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。 この匂いはナポリタンだろうか。 いや、チキンライスを作っていて、最終的にはオムライスに? 匂いをヒントに料理を想像するのも楽しい。 「熱っ……!」 真帆の悲鳴に、慌ててキッチンへ飛び込んだ。 「大丈夫?」 「ええ、大丈夫。油がはねただけだから」 「火傷なら水で冷やさないと」 「大げさなんだから。ホントに平気よ」 「平気じゃない」 真帆の手を取る。 「あ……」 蛇口をひねり、ぽつんと赤くなった患部を冷やす。 「もう、大丈夫だから……」 「跡が残ったら大変だろ」 「じゃなくて、一人でも大丈夫って意味」 真帆の顔を見ると、頬を真っ赤に染めている。 「……」 気づくと、真帆の手を、両手で握りしめていた。 「お、おお……失礼」 「くすくす」 「筧君、顔が真っ赤よ」 「真帆だって真っ赤だ」 「仕方ないじゃない、急に私の手を握ってくるから」 見つめ合って笑う。 「……」 「えっと……何か焦げているような……」 「あ、火が!」 「きゃああっ!」 色々トラブルはあったものの、しばらくして料理が完成した。 「どうぞ……」 真帆が申し訳なさそうな顔をしている。 出てきたのは、赤いチキンライスの上に焼いた卵が乗っている料理。 オムライスのアレンジバージョンだろう。 「……」 チキンライスはこげているし、卵も焼きすぎてぱさぱさだ。 見た目は良くない。 しかし味はどうだろう。 「いただきます」 「は、はい、どうぞ」 スプーンですくい、口に運ぶ。 「……」 思わず無言になった。 見た目に反し、味は抜群── だと良かったのだが、この味を何と表現するべきか。 香ばしさの中に香ばしさがあり、香ばしさと香ばしさがお互いを引き立て合ったような。 「ごめんなさい」 「いやいや、美味いよ」 「でも、チキンライスは焦げているし、卵も焦げているし……」 だがそれは、これが外食だったのなら、という話だ。 彼女が作ってくれた料理に失敗も何もない。 「作ってくれたってことが一番だよ。それだけで美味い」 感謝を伝えるが、真帆はふるふると首を振る。 「今日もギリギリまで練習していたのに、上手くできなくてごめんなさい」 「練習? わざわざ?」 「ええ……実は、料理が得意ではなくて」 真帆がポツポツ事情を話してくれる。 なんでも、真帆が住んでいる寮には食堂があり、料理をする必要が一切ないらしい。 その上、彼女は生徒会活動で多忙だった。 自然、料理から遠ざかる。 「いつかしっかり練習する機会を持ちたいとは思っていたのだけれど、なかなか時間が取れなくて……」 「がっかりしたでしょう、彼女が料理できないなんて。しかも年上なのに」 「真帆にも弱点があったんだ」 「ええ、残念ながら」 真帆は凹んでいるが、俺には微笑ましく思えた。 「がっかりなんてしてない」 「むしろ何て言うか、ほっとしたよ」 何事にも完璧な真帆のことだ。 料理ぐらい朝飯前だと思い込んでいた。 でも、その思い込みが彼女へのプレッシャーになっていたのかもしれない。 「前にね。筧君の食事を見た時に思ったの。私が何とかしてあげられたらって」 「変なもん食べてたっけ?」 「おにぎりにミネラルウォーター」 「ああ……」 「時間がないにしても、あれはちょっとどうかと思ったわ」 そういえば、いつだったか生徒会室で注意された記憶がある。 「完全食だと思ってたんだがなあ」 「もう、身体壊すわよ」 ため息をつく真帆。 「だから私、あの日から料理の練習を始めたの。本当に少しずつだけど」 「それ、付き合う前の話だよな」 「え? あ、そうね」 真帆が恥ずかしそうにする。 付き合う前から料理の練習なんて、だいぶドリームが入っている。 「ま、まあ、仮に筧君と付き合えなかったとしても、料理のスキルはあって損しないでしょう」 「いいじゃない、別に」 ぷりぷりしている。 「まだまだ料理の腕は未熟だけれど、いつかきっと上手くなってみせるわ」 「だからそれまで、待っていて。筧君」 「お断りだな」 「……そうよね。こんな料理、二度と食べたくないわよね」 「違うって。練習なら俺もつきあうって意味だ」 「味見ならいくらでもできるから、どんどん俺を使ってくれよ」 「筧君……」 俺を見上げる瞳が、熱く潤んでいる。 「ん……」 彼女の頬に手で触れ、引き寄せられるように唇を重ねた。 「ケチャップの味がするわ」 真帆が小さく笑む。 「悪い味じゃないだろ?」 「ふふふ、そうね。美味しいかもしれない」 「もっと食べる?」 「でも、一つしか作っていないし……スプーンだって、一つしかないわ」 「こうすればいい」 スプーンでチキンライスをすくい取り、真帆の口へと運ぶ。 「ちょっ、筧君、これって何だか恥ずかしい」 「恋人と言えばこれだよ」 「も、もう!」 少し怒ったような顔をしたものの。 「あ、あーん……」 観念したのか、口を開けてくれる。 恥ずかしいのだろう、目をつむったままだ。 しばらく放置してみる。 「あの、筧君、早くしてくれないと恥ずかしいんだけれど」 「おっと、失礼」 真帆の口にオムライスを入れる。 「どう?」 「ん……美味しい」 「だから美味いって言ったんだ」 「二人で食べているからかしら」 「きっとそうだ」 「さあ、もう一口どうぞ。あーん」 さらに勧めてみる。 「もう、何度も恥ずかしいわ」 「あ、あーん……、んむ……」 頬を赤らめながらも素直に食べてくれてた。 「筧君、すごく楽しそうね」 「何でだろうな」 真帆とこんなことをして楽しくないわけがない。 「それじゃ、今度は私の番ね」 スプーンを奪われてしまった。 「筧君だけ楽しむなんてずるいわ」 にっこり笑顔を浮かべる真帆。 「はい、あーんして」 チキンライスをすくって、俺の口元に持ってくる。 「あーん」 ぱくりとスプーンを咥える。 「あれ? 恥ずかしくないの?」 「甘いな」 これぐらいで俺が恥ずかしがるとでも思ったのか。 しかも俺の反撃はこれでは終わらない。 「このチキンライス、さっきと少し味が違うな」 「焦げていたかしら」 「キスの味……いや、真帆の味がするから、かな」 あえて、より恥ずかしく言い直してみた。 「わ、私の味って……」 かぁぁぁっ、と顔を真っ赤に染める真帆。 「さあ、おかわりをくれ」 さらに追い打ちをかける。 「や、やめてよ。そんなこと言われたら恥ずかしすぎて……」 『あーん』を促されながら、逆に相手を恥ずかしがらせるという高等技術が、今ここに完成したのだった。 食事の後は、借りてきた映画を見ることにした。 二人で映画館に行ったことはあったが、家と映画館じゃ状況が違う。 何せ二人きりなのだ。 しかも借りた映画が、サイコサスペンスと来ている。 「……」 真帆が俺にぴったりと寄り添って、固唾をのんでいる。 「!!」 殺人鬼の登場シーンで、声こそ上げないもののビクリと跳ね上がる。 真帆の肩をぎゅっと抱き寄せる。 「あ……」 彼女の身体から力が抜け、頭を俺の肩に預けてきた。 真帆の体温がしっかりと伝わってくる。 お陰で映画の内容はさっぱり頭に入ってこなかった。 映画を見終わっても、二人でお茶を飲みながらテレビを眺める。 時計は午後9時を回ったが、真帆は帰る気配を見せない。 明日は日曜日。 時間を気にする必要はない。 誰かが来ることを心配する必要もない。 「俺、食器洗ってくるよ」 「真帆はシャワーでも浴びる?」 「う、うん……」 一瞬虚を突かれたように目を大きく開いた真帆だったが、頬を赤らめてコクリと頷く。 「これ使ってくれ」 おろしたてのバスタオルを真帆に手渡す。 やがて、バスルームからシャワーの音が聞こえてきた。 洗い物が終わってテレビでも見ようかと思ったが、全然集中できない。 水音が俺の想像力をたくましくさせている。 冷静になるんだ。 むしろ、萎えることを考えよう。 あー、これは萎えるわ。 完全に世界の終わりの景色だ。 もし世界に終わりが来るなら、その時は真帆と一緒にいたいなあ。 「……」 そろそろシャワー上がったかな? 予備のタオルがあって良かった。 もしなかったら、俺のタオルを渡す羽目になっていた。 あのタオル、このまま真帆専用にするか。 専用といえば、カップや歯ブラシなんかもあったほうがいいかもしれない。 ……すぐに真帆のことを考えてしまう。 不意にシャワーの音が途切れた。 テレビを見ているフリをしながら、耳が捉えているのは真帆の立てる物音。 「ごめんなさい、長かったかしら」 部屋に再び現れた真帆は、しっかりと服を着込んでいた。 頬が上気していて、少し色っぽく見える。 「じゃあ、俺もシャワー浴びてくる」 「あ、うん」 入れ替わりにバスルームに入る。 バスルームに満ちているのは湯気と、いつものボディソープの匂いに混じる彼女の香り。 当たり前のことだが、たった今まで真帆が全裸でここに立っていたんだよな。 彼女の香りを吸い込みながら、俺もシャワーを浴びる。 夜は長い。 朝まで真帆と一緒だと思うだけで、胸が苦しくなってくる。 呼吸できなくなるぐらいに幸せだ。 今夜は何回、彼女と愛し合うことができるだろう。 下半身が早くも戦闘態勢に入りたがっている。 焦る必要はない。 真帆は部屋で待ってくれている。 部屋に戻った。 テレビが点きっぱなしだが、彼女の姿はベッドの上にあった。 「真帆?」 声をかけてみるが、身じろぎ一つしない。 「……すぅ……すぅ……」 聞こえてくるのは規則的な寝息の音。 顔を覗き込んでみると、無防備な寝顔がそこにあった。 ベッドに腰を下ろして髪を撫でてみるが、目を覚ます気配はない。 疲れてるんだろうな。 連日、俺が帰った後も作業していたのだ。 最後に一度だけ、髪を撫でる。 「ん……すぅ……すぅ……」 安心しきった真帆の寝顔。 つい眠り込んでしまうほど、油断してくれているのが嬉しかった。 体を重ねなくても、気持ちが満たされるのがわかる。 「お休み、真帆」 せっかくぐっすりと眠っているのだ。 起こすのも可哀想だろう。 真帆に毛布をかけてやり、自分は固い床に身体を横たえた。 真帆が傍にいてくれるからだろうか。 睡魔は意外なほどたやすく俺を飲み込んでいった。 「ん……んん」 真帆の小さなうめきが聞こた。 ベッドの上で毛布がごそりとうごめく。 「あれ……わたし……」 真帆が手の甲で目元をこすりながら身を起こす。 ぽやんとした、どこかあどけない表情だ。 「起こしちゃったか」 「私、もしかして寝ちゃってたの?」 「よく寝てたよ」 「そっか……」 寝ぼけているのか、ぽわぽわしている。 こんな真帆はかなり珍しい、というか初めて見た。 実は低血圧とか。 「今何時かしら」 キョロキョロと辺りを見回して、窓の外に気づく。 「あれ、明るい……」 「まあ、午前7時だから」 「7時……」 言葉を反芻するように目をしばたたかせる。 「おはよう、真帆。今日は日曜日だ」 「えっ!!」 「ごめんなさいっ、筧君!」 がばっと頭を下げる。 「謝らなくてもいいって。疲れてたんだよ」 「で、でも、せっかく筧君の家に来たのに寝ちゃうだなんて……本当にごめんなさい」 「気にするなって」 「とりあえず顔でも洗ってきたら?」 新しいタオルを手渡す。 「あ……! わ、私、もしかして髪もぐちゃぐちゃ……」 「ご、ごめんなさい!」 謝罪を連発しながら、慌てて洗面所に駆け込んでいった。 真帆があんなに慌てるなんて、なんか可愛いな。 「はあ……」 溜息と共に、真帆が戻ってきた。 髪も顔もさっぱりしている。 「私ったら、なんて姿を筧君に見られちゃったのかしら」 「取り乱してしまって、ごめんなさい」 「あら? この香りは」 「真帆が買ってきたコーヒー、勝手に淹れさせてもらった」 昨日の買い物袋の中に、ドリップコーヒーが入っていたのを見つけたのだ。 二つあったから、一緒に飲むつもりで買ったのだろうと思ったのだ。 「え、ええ。一緒に飲むつもりだったから」 「はい、どうぞ」 湯気を立てるマグカップを差し出す。 「ありがとう……」 両手で包み込むようにして受け取る真帆。 「ん……」 カップを小さく傾ける。 俺も自分の分のコーヒーを口に含む。 今まで飲んだコーヒーで一番美味しく感じた。 「何か食べる? パンくらいはあるけど」 「昨日、クッキーを買ってきたから、食べない?」 「おう、ありがとう」 買い物袋からクッキーを出す。 「ふふ……」 真帆が笑みをこぼす。 「私、今すごく幸せ」 マグカップを見つめたまま、独り言のようにつぶやく。 「起きた時に筧君が傍にいてくれて、朝一番に筧君の顔を見ることができて」 「それからこうやって、筧君とモーニングコーヒーが飲めたらなってずっと思っていたの」 「夢がいっぺんに叶っちゃったわ」 眩しい笑顔を見せてくれる真帆が愛しい。 俺は彼女の肩を、後ろから抱きしめていた。 「ふふ、なに? 甘えているのかしら」 「嫌だった?」 「嫌じゃないわ……嬉しい」 真帆が俺の腕に手を乗せてくる。 「真帆が望むなら、これから何度だってこんな風に一緒にコーヒーが飲める」 「筧君……」 「俺だって、真帆とコーヒーが飲めて幸せだ」 「いつまでも一緒にいてくれ」 真帆が俺の手をそっと握った。 「ええ、ずっと一緒にいたいわ。私も……」 まぶしく差し込む朝日の中で。 俺たちはいつまでも抱き合っていた。 コーヒーとクッキーが胃袋を刺激したのだろう。 急に食欲が湧いてきて、二人で外に出かけることにした。 軽く食事を取った後、真帆のリクエストで海水浴場へ向かう。 秋口の海水浴場は閑散としている。 犬の散歩をしている人が、ちらほらいるぐらいだ。 街の喧騒もここまでは聞こえて来ない。 寄せては返す波の音だけがBGMだ。 「どうして急に海に……」 「図書部の人たちと来たって聞いたから、ちょっと羨ましかったの」 「そんな理由じゃダメかしら?」 すねたように言う真帆。 妬いているらしい。 「大歓迎だ」 「よかった」 輝くような笑顔を見せてくれた。 「せっかく来たんだし、海に入ってみましょうよ」 「風邪引くぞ」 「大丈夫、大丈夫」 チロッと舌を出し、真帆は靴を脱ぐ。 「早く来ないと、おいていっちゃうわよ」 それをぽいっと砂浜へ放り、波打ち際へ駆けてゆく真帆。 その奔放な様子は、普段の彼女からは想像もできない姿だった。 慌てて彼女の後を追う。 「あははっ。うん、気持ちいいわよ、筧君」 波が彼女の足を洗う。 「ほら、筧君も来て。一人じゃつまらないわ」 俺に手を振る真帆。 こんな無邪気な姿も真帆の一部なのだ。 「よーし、行くぞ」 靴を脱いで波打ち際へと進む。 水温は冷たいが、むしろそれが心地よかった。 「それっ!」 真帆が水をかけてくる。 「おっ、そう来たか」 俺も軽く応戦する。 「あははっ! もうっ、やったわね〜!」 「それっ、それっ!」 ふざけながら反撃して来た。 「どうやら俺を本気にさせたいようだな」 腕まくりをする。 「きゃっ、怖い」 おどけたように身をすくめる真帆。 「でもちょっとだけ見てみたい気もするわね、筧君の本気」 悪戯っぽい輝きを宿した目で俺を見つめてくる。 「余裕をかませるのも、今のうちだぞっ!」 「それなら私だって! え〜いっ!」 お互い、子供のように水を掛け合う。 何とも素直というか、単純というか。 そこには凜々しい生徒会長の面影はなく、一人の少女の本来の姿があるように思えた。 周囲の人も、まさか彼女が生徒会長だとは思うまい。 「なあ、真帆」 「どうしたの、降参?」 「いや、濡れてるぞ」 「それは筧君が攻撃してくるからでしょ?」 「じゃなくて、スカートだよ」 真帆のロングスカートの裾が、水に浸かってしまっている。 「あっ!?」 スカートの有様にようやく気づいたようだ。 「ああ、大変。じゃあこうやって、と」 ひょい、とスカートの裾を持ち上げる真帆。 健康的な肌色が目に飛び込んできた。 それまで隠されていた太ももが大胆にはだけて見える。 「あーあ……筧君に濡らされちゃった」 「でも、私だけ濡れるなんて不公平よ」 「真帆のはほとんど自爆だろ」 「問答無用! ええいっ!」 スカートを持ったせいで真帆は片手がふさがってしまっている。 そんな彼女が取った手段とは。 「キック!」 脚で水を跳ね上げた。 「うわっ」 派手な水しぶきと共に、チラリと何かが見えてしまっていた。 「あら、反撃しないの? でも私は容赦はしないわよ」 真帆が再度、水を蹴り上げる。 「ちょっとコツが掴めたかも」 「えいっ! おりゃっ! シュートッ!」 豪快に水しぶきが上がる。 「どう? もう降参する?」 「いや、見えてるんだけど」 さすがに注意せずにはいられなかった。 「え、見えてるって……」 「キックのたびに、まあなんと言うか」 「きゃあっ!」 可愛い悲鳴と共にスカートの裾を握りしめる真帆。 「ど、どこ見てるのよ!」 俺のせいか。 「もう……筧君のエッチ……」 「……ごめんなさい」 見せてきたのはむしろ真帆の方だろうとも思うのだが。 頬を赤らめて俺を非難する顔があまりに可愛すぎて、思わず謝罪していた。 はしゃぎすぎたせいで、お互いに結構濡れてしまった。 「少し経てば乾くだろ」 「じゃあ、それまで砂浜を散策しましょう」 「オッケー」 靴を持ったまま、ぷらぷらとビーチを歩いていく。 海岸には色々なものが打ち上げられていた。 名前も知らない海藻。 角が取れて丸くなったガラスのかけら。 テンションが上がっているせいか、そんなガラスすら宝石のように見えてくる。 「真帆と一緒だと、真珠くらいは拾えそうだ」 「流石にそれはないとは思うけれど……」 「あ、ほら、筧君。何かしら、これ」 真帆がしゃがんで拾い上げる。 「綺麗……」 真帆が拾ったのは、薄く透き通ったピンク色の小さな貝殻だった。 当たり前だが、龍涎香ではない。 「桜貝みたいだな」 「でも、丸い穴が開いてしまっているわ」 「他の貝に食べられた跡だ」 貝殻に穴を開け、中身を食べてしまう肉食の貝がいるのだ。 「ドリルみたいに穴を開けるのかしら」 「どっちかというと、ヤスリかな」 「ふぅん……」 貝殻を太陽に透かしてみている真帆。 「筧君って、物知りよね」 「そうかな」 「そうよ。博識さでは筧君には敵わないわ」 「そんなことないって」 博識という点において、俺が真帆に勝てるわけがないのだ。 何せ彼女はクイズ大会優勝者なんだから。 「……」 何だか、前にもこんな会話をした気がする。 あれはいつだったか……。 「前にも、こんな風に筧君に驚かされたことがあったわね」 「私と初めて会ったときのこと、覚えてる?」 そうか、初めて会った時のことか。 「ああ、覚えてる」 去年──俺が一年だった頃のことだ。 図書館で真帆と話した記憶がある。 「確か……そうだ、真帆が落とした本を拾ったんだった」 しかも何故か、クイズの問題集。 書かれていたクイズの答えを何気なく口にしたら、 「『あなた、すごく物知りなのね』」 と真帆に感心されてしまったのだった。 そのときは、たまたま本で読んで知っていただけだと答えた記憶がある。 「筧君、私が筧君を好きになった理由が知りたいって言ってたでしょ」 「あの時のことがきっかけで、私は筧君のことが気になりだしたの」 「クイズがきっかけかあ」 しょぼいような、しょぼくないような。 ともかく、人生、何が役に立つかわからないものだ。 「私、博識な人もいるものだなって素直に感心したのよ」 「それに、あの時のことは好きになるきっかけに過ぎないの」 それから、真帆とは図書館で会話をするようになった。 クイズの話がほとんどだったが、たまに生徒会の話題が出ることがあった。 その当時、真帆は難しい仕事を抱えていたらしく、第三者の意見が欲しかったらしい。 「『あなたの個人的な意見が聞きたいわ』」 「『まあ、超個人的な意見で構わないなら』」 そんなやりとりをして、何度か自分の考えを伝えたこともあった。 「話せば話すほど、筧君は生徒会にとって必要な人材だと感じたわ」 「そういや、最初は相談だったのに、いつの間にか勧誘されてたんだった」 「あはは……」 視線を泳がせる真帆。 「でも、筧君を生徒会に勧誘したいっていうのは、多分自分への言い訳で」 「そのときにはもう、あなたのことが好きになってしまっていたのね」 彼女の気持ちにはしばらく前から薄々気づいていたが、ずいぶん放置してしまったな。 今思えば申し訳ないことをした。 「片思いが片思いのままで終わらなくて、本当に良かった」 微笑む真帆。 そんな彼女が眩しくて、その手を握っていた。 「二人でまた、海に来ような」 「まだ海にいるのに、気の早い話ね」 「今度は秋の海じゃなくてさ。夏の海に来よう」 「夏って……」 「今年はもう無理でも、来年があるよ」 「……ええ、そうね」 海から戻り、俺と真帆は街をぶらぶらと歩き回った。 「筧君。ちょっと、あのお店に寄ってもいいかしら」 真帆が指さしたのは雑貨屋だ。 「今朝も、タオルとかカップとか筧君のを借りちゃったでしょう」 「自分用を買ってもいいかなって思って」 恥ずかしそうに言う。 それはつまり、またうちに来る気があるということだ。 「おう、寄ってみよう」 「せっかくだから、お揃いのデザインにしましょうよ」 「新婚みたいじゃないか」 「筧君が嫌なら違うのにするけれど」 「まさか、嫌じゃないよ」 「良かった」 お揃いを買う。 それだけのことなのに、真帆は本当に幸せそうに笑う。 「気に入ったものが見つかってよかったわ」 嬉しそうに包みを抱えている真帆。 「なあ、俺もホントにあのカップを使うの?」 パンダの形とかしてたんですけど。 「可愛いじゃない。筧君によく似合ってるわよ」 パンダがよく似合う男って一体なんなんだ。 それにしても、真帆って結構ファンシーなのが好みなのだろうか。 「もしかして、真帆の部屋ってぬいぐるみとか沢山あったりして」 「ぬいぐるみはありません」 「ぬいぐるみは、ってことは、何か他のファンシーグッズはあるんだな」 「全然ないとは言わないけれど……」 「さて、何があるでしょうか? 博識な筧君にクイズです」 「そうだなあ……」 「わかった、パジャマだ。パンダ柄のパジャマを持ってるとか」 当てずっぽうで言ってみる。 「さて、どうかしら」 「答え合わせは、私の部屋に来たときにしましょうね」 笑みを浮かべる真帆。 答えを知る時が、二重の意味で楽しみになった。 真帆の買い物に付き合った後は、俺の買い物だ。 俺が買うものといえば決まっている。 「筧君は何を買ったの?」 「興味と気の向くままに」 買った本のカバーを見せる。 俳句集だ。 「筧君の趣味にどうこう言いたいわけじゃないんだけど、どうして急にそんな本を」 怪訝そうに首をかしげている真帆。 「何となく気になったからだよ。意味も流れもない」 本読みなんて、そんなもんじゃないんだろうか。 「真帆は何の本を買った?」 「私のは、息抜き用のミステリよ。有名タイトルだけど、まだ読んだことがなくて」 見せられた本の表紙には英語が並んでいる。 というか、英語しかない。 「洋書?」 「ええ。読みやすそうだったから買ってみたの」 さらりと洋書を購入するとは。 「筧君も読んでみる?」 「せっかくだし借りてみるか。辞書があれば何とか読めるだろ」 「真帆、英会話は?」 「ええ、それなりには」 「将来のことも考えて、少し勉強しているの」 「すごいな。一緒に海外旅行に行っても安心だ」 「ふふふ、いつか一緒に行きましょうね」 気がつくと、太陽がだいぶ傾いていた。 昨日、真帆が俺の家に来たのも夕方だったから、大体24時間一緒にいることになる。 明日は月曜日だが、祝日だ。 連泊も可能である。 「今夜はどうする?」 「今夜は帰るわ。明日は生徒会の用事があるの。書類整理以外にもやることが残ってて」 会長を引退する身だから暇だろう、というのは外部の人間の思い込みらしい。 「もしかして、今日は無理して時間を作ってくれたりした?」 「いいえ。筧君が頑張ってくれたお陰で時間が作れたというのは本当よ」 「私一人だったら、今日も書類整理で終わっていたと思う」 「ありがとう、筧君」 「いやいや。ずっと一緒にいられて楽しかったよ」 「んじゃ、寮まで送るよ」 「ありがとう。でも……」 真帆が上目遣いに俺を見る。 「もう少し歩かない? もう少しだけでいいから」 「もちろん。俺は何時まででも大丈夫だから」 学園敷地内に入っても、なかなか寮方面へは足が向かなかった。 真帆も帰る素振りは見せない。 敷地内をゆっくり歩き、湖畔の公園にたどり着いた。 「少し疲れたわね」 「ベンチで休もう」 二人で腰を下ろす。 「……」 「……」 学園に入って1時間。 結局、二人で散歩してしまった。 正直言って名残惜しかったし、真帆も同じ気持ちでいてくれているようだった。 隣に座ったまま、何も言わずに水面を眺めている。 俺の手に重なる、温かい感触。 真帆の手が、俺の手に重ねられていた。 「真帆」 視線が交わる。 「ん……」 真帆が目を瞑る。 自然と唇が重なった。 「……ちゅ……んっ……」 目をつむり、唇を味わう。 ふっくらとした感触と、かすかに漏れてくる熱。 とろけそうになる感覚に身を委ねると、幸福感が湧き上がってくる。 「んっ……ふぅ……」 どのくらいキスをしていたのか、ようやく離れる。 「すごく長いキスだったわね。最長記録かも」 「苦しかった?」 「少しだけ」 「でも、息が続いていたら、ずっとキスしていたかったわ」 「鼻で息すればいいのに」 「い、いやよ。恥ずかしいし」 「はは」 恥じらう真帆の様子が可愛くて、思わず笑みが漏れる。 「もう、笑わないで。鼻息荒くしてたら、何だか意地汚いみたいで……って聞いてる?」 「ああ、聞いてるって」 「どうだか。笑い続けるなんてひどいわ」 「もう笑ってないよ」 俺も呼吸の続く限り、真帆とキスしていたかった。 「筧君。今日は、楽しかったわ」 「こんなに長い時間、一緒にいられたのって、多分初めてよね」 「そうだな」 「寝ていた時間も合わせたら、生徒会室で会っていた時間を全部合わせたのよりも長いかもしれない」 「そう言えば、そうかも」 真帆が笑う。 今、このまま一緒に俺の家に行こうと言えば、もしかしたら真帆は頷いてくれるんじゃないだろうか。 いや、それこそわがままというものだ。 時間を作ってくれた彼女に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。 「昨夜は、その……ごめんなさい」 「どうしたいきなり」 「もう一度、ちゃんと謝っておきたかったの。昨夜、私が先に寝てしまったこと」 「いいんだよ、いつも遅くまで仕事してるんだから」 「でも……」 「俺は、真帆の寝顔が見られただけで嬉しかったよ」 「それだけ俺に気を許してくれてるんだって思えてさ」 「筧君……」 真帆が頬を赤らめる。 「でも、それだけじゃ、私の気持ちがおさまらないの」 「だから、私に……お詫びをさせてくれないかしら」 「その言葉だけで十分」 「ダメ。私自身の言葉と行動で、伝えたいの」 真帆には、案外頑固なところがある。 「わかった」 「目、瞑って」 言われた通りに目を瞑る。 真帆の両手が、俺の頬に添えられたような気がした。 「ん……」 俺の唇を塞ぐ、濡れた感触。 「……ふ……んん……」 吐息がこそばゆい。 目を開けると、彼女はじっと俺の顔を見据えている。 「だめよ、目を開けたら恥ずかしい、って言ってるでしょ」 「んっ……んむ……」 再び、唇が重ねられた。 「ちゅ、んっ……ちゅ……」 俺の上唇を、真帆の唇が吸っている。 「……ちゅ……ちゅっ」 熱くて柔らかいものが、俺の唇を割って侵入してこようとしている。 「ん……ちゅぅ……ちゅ……っ」 真帆の舌だ。 動きに応えるように、俺も舌先で彼女を迎える。 「んむっ……んっ……あ、ちゅ……ぅ」 初めは驚いたようだったが、お互いの動きに合わせるように舌先を触れ合わせていく。 「……んっ……はあっ……」 呼吸が続かなかったのか。 真帆の熱い吐息が、俺の顔に触れた。 「……驚いた」 「私も、ちょっと……驚いてるところ」 「なんだ、どうしたんだよ」 「ううん。筧君のためなら、私、もっと大胆になれるのかなって……そう思ったの」 彼女の“お詫び”は、これで終わりではないようだった。 しゅる、しゅっ 布が滑る音。 何をするつもりだ。 「じっとしててね」 「ま、真帆、そこは……」 真帆の手が俺の下半身へと伸び、ズボンの上から部分に触れてくる。 「……動かないで」 ジッパーが下ろされる感触。 真帆の柔らかい指先が、俺自身に直接触っていた。 「よいしょ……」 真帆がペニスを引きずり出す。 狭い場所から解放された俺自身が、ぶるんと立ち上がった。 「こんなに大きくなってる……」 「それに、熱い」 「真帆が触るからだ」 しかも、真帆は上半身をはだけている。 興奮しないわけがない。 「昨夜はね、私だって期待してなかったわけじゃないの」 「シャワーを浴びた時までは、そのつもりだったし」 「疲れてたんだ、仕方ない」 「ええ……だから、昨夜のお詫びを今ここでさせてほしいの」 「だめ、かしら?」 上目遣いで見上げてくる。 いつもとは違う、艶っぽい視線に胸が高鳴る。 「ダメじゃない。それに、俺も真帆としたい」 「よかった」 真帆が微笑む。 「じゃあ、続けるわね」 そっと俺のペニスに添えられる繊細な指。 俺も、真帆の股間に手を伸ばした。 「あっ……」 薄い布地の上から、大事なところを包み込むように手のひらをあてがう。 「ん……ぁ……」 嫌がる様子は見られない。 ゆっくりと、恥丘から下へ続く溝の上を撫で始めた。 「ちゅ、う……っ」 時折、思い出したようにキスも繰り返す。 絡まる唾液。 真帆の指が俺の肉棒を撫でるにつれて、固さが増していくのが分かる。 「俺も真帆を気持ちよくしたい」 「え……あ……」 具体的に想像したのか、顔が一層赤らむ。 そんなところも、可愛くて仕方ない。 「いい?」 「う、そう……ね」 ちょっと目を逸らし、でも素直に肯定する。 「あ……」 「真帆……」 指先で、下着の上から性器に触れる。 彼女の敏感なそこを傷つけないように、そっと指の腹で撫でた。 「んっ……あはぁ……っ」 切なげな吐息。 俺はその口を再びキスで塞ぐ。 「んちゅ……んむ……ぅ、ちゅ」 あの真帆が。 学園全体から認められている生徒会長、望月真帆が。 こんな場所で脚を開いてキスをしている。 「ちゅっ……ちゅっ、ちゅ……」 キスは一度では済まない。 何度も何度も、舌を絡め、唾液を交換し続ける。 「ちゅ……ちゅう……」 そして、再度真帆の秘裂に指を這わせる。 真帆もそれに応えるように、俺の竿を優しく握ってきた。 それはまるで、ペニス全体を愛してくれるかのように。 「……どう、筧君……」 根元を圧迫しながら、真帆が俺を見つめてくる。 「こんなこと、一体どこで」 真帆がまさか、こんなエッチな振る舞いを知っているとは。 「ふふ、自分で言うのもなんだけど、私、勉強は得意な方なのよ」 艶然と笑む真帆。 彼女の能力は、こちらの方の学習でも遺憾なく発揮されているようだ。 「でも、実践は初めて。教えてくれるかしら、筧君」 「気持ちいいのはどこ?」 細い指がペニスに絡みつく。 彼女の指の小刻みな動きが、再度俺の敏感な部分を刺激してくる。 「く……」 俺だけじゃなく、真帆を気持ちよくしてやりたい。 なぜか半分意地になって、そんなことを考えていた。 「んあぁ……っ!」 ぢゅんっ、と真帆の下着が濡れてきた。 そのぬめりを指に載せ、少しずつ動きを早めていく。 「んっ……ちゅっ、あぁ……んくっ」 互いの温かな舌が、ぬるぬると絡み合う。 「私……だけじゃなく、筧君、も……んちゅ……」 ペニスを慈しむように、丹念に撫で上げる真帆。 かと思うと、指を輪のようにして根元をしごきあげてくる。 「くっ……」 快感が走り、思わずペニスが跳ね上がるのを止められない。 「あっ。今、ぴくんって……ここがいいの?」 カリ首を指の間に挟んで、こする。 「また、ぴくってしたわ」 「感じてくれているのね。ふふ……嬉しい」 「筧君のこと、もっと感じさせてあげたい」 「真帆も、気持ちよくなってくれ」 俺は、周辺部を這わせていた指先で真帆のクリトリスをつまんだ。 「あっ! うああ……んっ」 「やっぱり、ここ、いいんだ?」 「んっ……はぁ、ふぁ……んちゅっ」 返事をする代わりに、今度は真帆から俺に口付けてきた。 「はぷ……んんんっ……」 俺の舌を飲み込み、強く吸う。 「……んふ……んんっ……んんん……」 そして、俺のペニスへの愛撫も一生懸命に続けてくれているのが嬉しかった。 「ちゅ……ん、なあ、真帆、無理してないか?」 こんなことを外でするなんて、普段の真帆からは考えられないことだ。 彼女がここまでする理由は、昨夜の負い目からだろうか。 果たして、それだけか。 「大丈夫。もっと、気持ち良くなってね……」 「ん……ちゅ、ちゅっ……」 もう何度目か分からないキスを交わしながら、互いに相手を快感に導こうと性器を愛撫し続ける。 「く……」 快感の波が下半身へと広がっていく。 些細な疑問なんて、どうでもよくなってくる。 「んっ……あっ、はぁっ……ちゅっ……」 互いの唇の間で舌がうごめく。 もうどっちが自分の舌で真帆の舌かわからなくなってくる。 「真帆」 「筧君」 俺の肉棒を握る彼女の姿が、愛らしくて、愛おしくて。 真帆の膣内に、下着ごと指を押し込んでいく。 「んっ、ふあ、ああっ……」 首を振って悶える真帆。 もう一度キスをして、顔をこっちに向かせる。 「んちゅ……ん、あ、んん……っ」 もう片方の手で、真帆の胸に触れる。 「やっ……胸は……」 「だって触ってほしそうにしていたからさ」 「そ、それはっ……」 「筧君だけ、出していたら恥ずかしいかなって思って……んんっ……!」 柔らかい乳房の中、ツンと立った部分を指先でつまみ上げる。 「ダメ、よっ……。今は、私がしてあげるんだからっ……はっ……」 「固くなってる」 乳首をコリコリと指先で転がした。 「はぁっ……」 熱い吐息が顔にかかる。 「それは筧君が触ってる……からっ……あ……!」 触る前から固くなっていたのは明らかだ。 今さら興奮を隠そうとしている真帆が、たまらなく可愛かった。 真帆の乳房を、手のひら全体で愛撫してやる。 「ふあっ……」 さすがに、片手には収まらない。 手に吸い付きそうなほどになめらかな肌が、かなり汗ばんできているのを感じる。 親指で乳首をこねながら、手のひらで乳房を揺らすようにして愛撫する。 「あ、あ、あっ……んんっ……もうっ……ダメだってば……」 抗議の声を上げる真帆の口を舌で塞ぐ。 「んんーっ!」 そして、膣内に潜らせた指を少しずつ早く動かしていく。 「んっ、んっ! んっ、ん……っ」 俺の指の動きに合わせて、真帆の鼻息が荒くなる。 もう、息を我慢しているような状況ではなくなってきた。 「ちゅ……んむ……んんっ! はんっ……んく……っ!」 指を曲げ、真帆の中をかき回す。 同時に、親指の先でクリトリスを愛撫する。 「んんっ! んっ! んっ、んっ、んちゅっ、あんっ、んっ、ん……っ!」 俺もかなりガチガチになっているが、真帆も高まっている。 俺の手は、しみ出した愛液でぬるぬるだ。 「んっ……あんっ! ちゅっ、あ、あっ、ああっ、んっ、ちゅっ、んくぅ……っ!!」 「ぁっ……ふぁあぁっ……ぁはああああぁっっ……っ……だめ、だめ、……あぁんっ!」 キスをしていた口が離れ、真帆が助けを求めるように俺のペニスを握りしめた。 「んあっ……もうっ……んあっ、あっ! ああっ、はああぁぁぁぁ……っ!!」 真帆の身体がびくんびくんと波打つように震える。 「はあぁっ、ああっ、んく、んんんっ、うぁ……っ!」 同時に、割れ目の奥から大量の愛液が溢れてきた。 「ふあ……あぁ……ん、くぅ……んんっ、あ、あぁ……はぁ……」 潤んだ目は、焦点が合っていない。 俺の肉棒を握った手も、そのまま動かなくなっていた。 激しい呼吸に合わせて、乳房が揺れる。 俺は、真帆が落ち着くまでそっと抱きしめて待つことにした。 「……」 真帆が、じっとりと俺を睨んでいた。 「一生懸命な真帆を見てたら、真帆にも気持ちよくなってほしくて」 「もう、私が筧君に気持ちよくなってもらうつもりだったのに」 小さく頬を膨らませる。 「本末転倒じゃない」 「次はそうしてもらうことにする」 「次って?」 「……あ」 まだまだ固いままの俺の部分を、再度真帆の指先が握る。 「これ、どうにかしないといけない、ってことよね」 うっとりした瞳。 真帆の指が、射精をこらえて敏感なペニスをいたぶるようにうごめく。 俺たちは、再びどちらからともなく唇を重ね合わせた。 一度達しただけでは、真帆の気持ちは収まらないようだった。 むしろ、俺をイかせられなかったことで、気持ちが強くなっている。 だが、流石にここで身体を合わせるのは抵抗がある。 さっきの行為だって、誰かが来ていたらマズかっただろうし。 俺と真帆は人目につかない茂みの中で、身体を横たえた。 「真帆……」 俺の上に真帆がまたがる。 「今日は、私に任せて……んっ……」 下着ごしに、真帆の部分がペニスに触れている。 「すごい格好だ」 「い、言わないでよ。私だって、恥ずかしいんだから」 「でも、相手が筧君だから……」 「筧君のためだから、こんなこと、できるんだから……はぁっ……」 滑らかな下着の感触と、布越しに感じる真帆の熱。 「筧君の、またこんなに大きくなってるわ。ほら……」 真帆が腰を動かす。 愛液が染み込んだ下着が、俺の亀頭をぬるぬると擦る。 「真帆のも……熱い」 「そ、それは……筧君のが触れてるから……はっ……あ……」 すりすり。 「くっ……」 真帆が腰を上下させると、濡れそぼった割れ目にペニスが食い込んでゆきそうだ。 「気持ち、いい?」 「ああ……」 「素直な返事ね。そんな筧君は、これから私にどうしてほしい?」 それを俺に言わせたいのか。 「ふふ。言わないとしてあげません」 「おいおい」 とんだ女王様気質を開花させてしまったものだ。 「真帆にこんな趣味があったとは」 さっきまで恥ずかしがっていたのに。 「筧君が悪いのよ。私に攻められて、可愛い声を上げるから」 「んんっ……こうやって……いじめたくなっちゃうの……」 真帆が下着を脱ぎ去る。 「うっ……」 ペニスに感じる、ぬるりとした温かい感触。 真帆の部分が、直接触れている。 「はぁ……はぁ……筧君の、いっぱいに膨らんでて……もう破裂しちゃいそう……」 「真帆だって、こんなに濡れてるじゃないか……」 わずかに差し込んだ街灯の明かりを、女性器がぬらぬらと反射している。 「私が欲しい?」 「ああ、真帆の中に、入りたい」 「もう、そんなに素直に言われたらつまらないわ」 「抵抗した方が趣味なんだ」 「趣味って……別に、そんなつもりじゃ……」 「もういいわ。筧君がそんなこと言うのなら、ここで止めちゃおうっと」 ここで止められたら生殺しだ。 「なんて言ったら……ふふっ、どうする?」 真帆らしからぬ、意地悪な笑み。 背筋がゾクゾクしそうなくらいにセクシーだった。 「真帆を押し倒す」 「ふふ、怖いんだ」 「割とマジだ」 そのぐらい、真帆のことが欲しかった。 「わかってる。私も、筧君のことが……欲しいから」 「だから……入れてあげる……」 真帆が俺のペニスを指でつまむようにして持ち上げる。 そのまま、自らの性器に導いていく。 「あ……んんっ……!」 熱くぬかるんだ膣口に、ぷちゅりと先端がめり込んでいく。 「はっ……! あ……!」 真帆が腰を沈ませると、ペニスがスローモーションのように埋没していく。 「ふあっ……! あ……はぁぁっ……!」 プリプリとした弾力を持った膣壁がペニス全体をみっちりとくわえ込む。 「……奥まで、一気に……入っ……た……ああっ……」 「んっ……はぁぁ……あっ……あああ……」 真帆が全身を小さく震わせる。 軽く達したようだ。 「動いてくれないか、真帆」 「ん……待っ……て……」 「まだ……もう少し、身体……落ち着いて……からっ……ぁ……はぁっ……」 深く呼吸する真帆。 それなら。 「んあっ……!?」 揺れ動く、大きな乳房に向かって手を伸ばした。 「はぁっ……!」 むっちりとした胸に、指が深く食い込む。 柔らか過ぎる。 その中でも固く尖った部分を見つけ出し、指先でつまんでやる。 「あはっ! だ、だめっ……そこぉっ……!」 「やぁぁぁっ……!」 真帆の全身がビクンと震え、肉襞がペニスをきゅううっと締め付けてきた。 「真帆のここ、敏感なんだな」 むにむにと指でおっぱいを揉みながら、乳首を尖らせるようにしごいてやる。 「そ、な、ことっ……なっ……あああっ……!」 俺が愛撫するたびに、きゅっ、きゅっ、と膣内が収縮する。 「はぁっ……はぁっ……私だって……」 真帆が、ゆっくりとペニスを膣から抜いていく。 「はぁあぁぁっ……」 「くっ……」 複雑な形をした襞がペニスをこすり、全身に鳥肌が立ちそうなほどの快感が駆け抜ける。 「んっ……抜けちゃい……そうっ……」 膣圧に負けてペニスが押し出されそうだ。 「大丈夫。そのまま、腰を下ろして……」 「こ、こう……?」 真帆が再度腰を下ろすと……。 「んくっ、ふああああっ……!!」 ぬるぬるの内部が、一気に根元までペニスを飲み込んでしまった。 ペニス全体が、真帆の熱い性器に包み込まれている。 「ひっ……あっ……! ま、またっ……! 奥……までっ……!」 ガクガクと膝を震わせる真帆。 内壁が連続的に締まり、たまらず射精してしまいそうになった。 「大丈夫か、真帆」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 苦しそうな呼吸を繰り返す真帆。 「う……うんっ……。気持ちよかった……だけだからっ……」 「筧君は、どうっ?」 「俺も、いい」 そう答えるのが精一杯だった。 「よかった……。なら、続けるわねっ……」 真帆が腰を持ち上げていく。 粘りつくような襞が、俺のペニスを引き抜かんばかりの力で絡んでくる。 「ふぁあっ……あ……あぁ……」 膣から抜けそうなくらいのところで、再度腰を落とす真帆。 「ん、はぁぁんっ……!」 肉のぶつかり合う音が、夜の公園に響く。 二度……三度……四度。 そこから先は、数えることなどできなかった。 「あふっ……! はぁっ……! ああっ……あんっ……あんっっ……!!」 リズミカルに真帆が腰を動かし続ける。 あふれ出た愛液が俺の太ももまで濡らし始めた。 「ふっ、うぅっ、くっ、んっ、くうっ……!」 真帆が歯を食いしばる。 「くぅっ……」 俺も下半身に力を込める。 射精感が高まっている。 熱い塊が行き場を求めて俺の中で荒れ狂う。 「んくっ! くっ……ふっ……ふぁっ……あっ……ああっ……!」 「筧くっ……! わ、私……だめっ……来ちゃう……来ちゃう……!」 真帆が熱く潤んだ目で俺を見つめてくる。 「俺も……もう少しで……」 「ふぁっ! あっ……! ああっ……!」 「はっ……うっ! うっ! うくっ! ふううううっ……!」 「んあああっ、はあぁっ、んく、あっ、あ、あ、ああっ、ああああっ」 「筧君っ! 好きっ! 好きっ! 好きぃっ……!! あっ、ああっ! あああああぁっ!!」 「うあっ……! ふああああああああああぁぁっっ……!!」 真帆の全身が大きく震え、内壁がぐねぐねとうねる。 「ふあぁっ! ああっ! んく、あっ……! ああっ……! あああっ……!」 背筋を仰け反らせ、震え続ける真帆。 絶頂を迎えたのだろう。 「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」 ずるずると崩れ落ちそうになる真帆の身体を支えてやる。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 真帆がとろんとした顔で視線をさまよわせる。 「あっ……ふ……ふぁっ……」 「大丈夫?」 「う、うんっ……ごめん、なさい。筧君、まだ、イッて、ないのに……」 「私だけ、また先にっ……はぁっ……はぁっ……」 「落ち着いてきた?」 「はぁ……はぁ……。ふぅ……」 「ええ……なんとか、落ち着いて……」 「身体、自分で支えてみて」 「うん……大丈夫……」 「なら……いいよな」 「えっ……」 真帆の腰を持ち上げる。 「ふえっ……筧君……」 俺の動きに合わせて真帆も腰を浮かせた。 そのスペースを利用して、ペニスを突き上げる。 「ふあぁっ!?」 肉のぶつかる音が再び響き、根元までペニスが打ち込まれる。 「あ……かはっ……か、筧君……」 驚いたような目で俺を見る真帆。 「わ、私、今、イッたばかりで……。だ、だめっ、だめぇ……っ!」 「ごめん、真帆。我慢できそうにない……!」 いい感じに緩んだ内壁に、先端をめり込ませるように腰を突き出す。 「ふあああんっ……!!」 「だ、だめ、まだ、イッたばかりっ……だからっ……!」 「そんな、動かれるとっ……! はあっ……ああああっ……!!」 「ふあっ! はぁっ! はぁんっ! あんっ!!」 俺の上にいる真帆の身体がたやすく揺れ、翻弄される。 「だ、だめって、言ってるのにぃっ……!」 「んんっ! ふあっ! ああっ! あっ! あっ! あっ!」 俺の動きに合わせて、熱くとろけた膣壁がうねる。 「うう……っ! あっ、くうっ! うっ……! ふっ……!」 何度も何度も彼女の最奥へと、亀頭を打ち付ける。 「あっ! はっ……! あっ! やだっ! だめっ!」 「わ、わたしっ! ま、また、イクっ……!」 真帆の身体がビクビクッ! と大きく跳ねる。 「やあっ! ダメッ! あっ! イッちゃう! イッちゃう……!」 「だめっ! だめ、だめ、ああっ、んああっ! も、もう、だめえぇぇぇぇぇぇっっ……!!」 同時に内壁が強烈に俺を締め付けた。 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」 びくんっ!! どくっ、どくっ、びゅくっ! それまで圧縮されていた膨大な熱が、真帆の最奥で弾けた。 「あはっ……! はぁっ……! はあっ……!!」 まるで精液を飲み込もうとするかのように、貪欲に真帆の内壁がうごめく。 その動きに誘われるかのように、幾度となく射精した。 「あぁ……出てる……っ!」 「何度も、何度もっ……! はっ……ああっ……あ……!」 俺の身体を握る、真帆の爪が肌に食い込む。 「はっ……! はあっ……! あっ……! あぁ……! あ……」 「あ……は……はぁ……」 再び、ずるずると崩れ落ちそうになってしまう真帆。 「真帆……」 身体を支えてやるが、俺の方も息も絶え絶えといった感じだ。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「え、ええ……。大丈夫……」 「でも、もう、限界かも……」 「身体に力、入らないわ……」 そう言って微笑む。 「……俺もだ」 全身がだるいが、それは心地よい疲労だった。 「んっ……」 「あっ、で、出ちゃう……」 ぬるっとペニスが抜け出るのと同時に、白濁した液体が膣口からあふれ出る。 「すごい量だ」 「全部、筧君が出したのよ」 「真帆の愛液もあるよ」 「い、言わないでよ。恥ずかしい……」 「……全部、筧君が悪いんだから」 「あんなに、激しくするから……」 「真帆の可愛いところが見られて、俺は嬉しかったけど」 「……もう、ばか」 口では怒ったようにしながら。 「好きよ、筧君」 「俺もだ」 「んっ……」 二人の唇が重なる。 夜気が火照った身体を冷やしていく。 もう少しだけ、二人でこうしていたい気分だった……。 行為が終わった後も、真帆と二人でベンチに寄り添っていた。 「そろそろ、寮に戻らないと……」 スカートの裾を正しながら、真帆が立ち上がる。 「真帆」 その手をつかんだ。 「真帆が言いたくないなら、無理には聞かない」 「だけど、何か……俺にも力になれることがあったら、遠慮なく言ってほしいんだ」 今日はずっと様子がおかしかった。 無理をしてはしゃいでいるような、そんな感じがしていた。 さっきのことだって……真帆らしくないといえば、らしくない。 「別に、悩み事なんて……」 一瞬言いよどむが。 「ううん、筧君に隠し事はできないわね」 真帆は、柔らかい苦笑を浮かべた。 「どうして私は、一年早く生まれてしまったのかしら」 「同い年だったら、もう一年一緒にいることができたのに……」 「来年卒業しなくて、済んだのに」 やっぱり、か。 「卒業したって、会えなくなるわけじゃない」 「電話だってメールだってあるし、その気になれば会いに行くことだってできるんだ」 「海のことを気にしてるんなら、別に今日のビーチじゃなくてもいい」 「真帆と一緒に行けるのなら、俺はどこだって……」 「私ね」 「卒業したら、アメリカに留学したいって思っているの」 留学、か。 唐突なその言葉を、時間を掛けて飲み込む。 「一昨日、事務棟で留学試験の申込書を貰ってきたわ」 「そっか。真帆なら留学ってのもありだよな」 何しろ、秀才中の秀才だ。 しかも、洋書を読みこなす英語力もある。 考えてみれば、留学を見据えて英会話を学んでいたのだろう。 「ちなみに、どこの大学を受けるんだ?」 「私が志望している学校はね……」 真帆が口にしたのは、誰でも知っているアメリカの大学名だった。 大統領やら何やらを輩出している大学だ。 「でも……まだ迷っているの」 彼女が、俺を見つめている。 真帆を迷わせているのは、俺だ。 電話やメールで連絡する手段はある。 だけど、物理的な距離はいかんともしがたい。 「私、どうすればいいのかしら」 「……」 留学は、彼女にとってプラスになる。 その結果、真帆は俺なんかには手の届かない存在になってしまうかもしれない。 でも、そりゃ俺の努力不足だよな。 「留学するべきだ」 「悩む必要なんかないだろ」 「……」 真帆の目が見開かれる。 まるで、信じられない言葉を聞いたかのように。 「留学は絶対プラスになる」 「真帆には力があるんだ。広い世界を見てきた方がいい」 女心としては、止めてほしい部分もあるのかもしれない。 でも、ここで止めるのは彼氏としてどうかと思う。 「筧君……」 真帆の目に、涙が溜ってゆく。 「どうしてそんなことを言うの」 「筧君が行くなって言ってくれたら、私はどこにも行かないわ」 「私は筧君のことが好き、大好きなのに」 「真帆……」 「留学をやめたら、親をがっかりさせてしまうかもしれない」 「でも、それでも私は、筧君の傍を離れたくない」 「ずっと想っていたのに。その想いがせっかく叶ったのに」 「あなたと離ればなれになるだなんて、私には耐えられない」 涙が、頬を伝う。 去る者は日々に疎し、という言葉がある。 離れて暮らしていると、ただそれだけで心が次第に離れていってしまうという意味だ。 どんなに想っていようと、距離が、時間が、人の心を変えていってしまう。 「ねえ、言って、アメリカなんかに行くなって」 「勘違いしないでほしい」 真帆の両肩に手を置く。 「俺は、真帆と離ればなれになるつもりなんてない」 「一年だけ、待っていてくれ」 真帆に留学を諦めさせることもなく、彼女と離れて暮らす期間も最小限に食い止める方法がある。 「俺も来年の留学試験を受けるよ」 それまで、自分の将来のことを深く考えたことはあまりなかった。 しかし、今この瞬間、それは明確な形を持った。 俺は真帆と一緒にいたい。 真帆はすごい女性だ。 放っておいたらどんどん遠くに行ってしまう。 なら、追いかけるのみだ。 引き留めるなんてことはしたくない。 「……あ……」 真帆を抱きしめる。 「だから、真帆は先にアメリカに行っててくれ」 「一年経ったら、必ず俺も追いつくから」 「本当に……来てくれるの?」 「ああ」 「嘘をついたら一生恨むわよ」 「はは、それは怖いな」 「私は本気よ」 「わかってる。俺は絶対に裏切ったりしない」 「絶対に?」 「ああ、絶対にだ」 真帆が見つめてくる。 「筧君のこと、信じるわ」 「あなたに……私の全てをゆだねます」 「絶対に、絶対に……追いかけてきてね」 「誓うよ」 誓うべき神など、俺は知らない。 だけど、彼女に誓おう。 絶対に君を裏切らない。 「これは、約束の〈印〉《しるし》だ」 真帆の唇に、己の唇を重ねる。 これは誓いのキスだ。 「んぅっ……」 涙の味がするキス。 その味を、俺は絶対に忘れない――。 「卒業式の段取りは以上になりますが、何か問題ありますか?」 「ううん」 真帆が首を横に振る。 「完璧だと思う」 「そうですか、ありがとうございます」 満足そうに、そしていくぶん寂しそうに、多岐川さんが頷いた。 「お疲れ様、多岐川さん。私があなたに教えることはもう何もないわね」 「そ、そんなことありません! 私はまだまだ未熟です!」 「だから、ずっとここにいて……私達を見守っていてください……」 「……ごめんね」 真帆が、多岐川さんの頭を抱く。 「私がいなくなっても、生徒会長として頑張るのよ」 「はい……! はい……!」 何度も何度も頷いていた。 「筧君も、多岐川さんのことをよろしくね」 「任せてくれ。図書部として、協力は惜しまないよ」 「あなたのお世話になんてなりません」 ああ、こういう場面でも態度は一貫してるのか。 卒業式まで、あと3日。 真帆は無事、留学試験に合格した。 入学は少し先だが、卒業とほぼ同時にアメリカに渡ることが決まっている。 当然と言えば当然の結果なのだが、我がことのように安堵していた。 「大体、筧さんは図書部の活動よりも大事なことがあるのでは?」 「両立を目指してるよ」 それまで流れでしかやっていなかった勉強というやつに、本腰を入れて取り組んでいた。 一流大学への留学試験は相当な難関だ。 まず、語学が相当レベルにできなければ話にならない。 会話は当然、英語で優れた小論文を書ける必要がある。 他にも、リーダーシップや芸術的才能を証明できる実績が必要となるなど、日本の大学受験とは基準がまったく違う。 「筧君なら大丈夫」 真帆には時々、英会話の指導をしてもらっていた。 「今の調子で一年間しっかり勉強すれば、きっと合格できると思うわ」 太鼓判を押してくれるが……。 「長い一年になりそうな気がするな」 「筧君ならできるわよ」 勉強に部活。 そして、バイト。 この一年間、三足の草鞋を履きこなさなければならない。 アメリカに行くためには、留学試験に受かるばかりではなく、とにかく金が必要なのだった。 最低限の学費や生活費は親戚に援助してもらっているのだが、留学となると話は別。 俺の方から連絡を取れば、もしかしたら援助してもらえるのかもしれない。 だが、必要以上に頼りたくはない。 これは俺自身の問題なのだから、できる限り自分の力でやり遂げたいのだ。 それに真帆だって、生徒会の仕事をしながら留学試験に合格した。 バイトくらいで音を上げるわけにはいかない。 「筧さんが泣いて頼むのなら、生徒会から図書部に人的な援助しても構いませんよ」 「それだけは御免被りたい」 真帆にならまだしも、なんで多岐川さんの世話にならなきゃいけないんだ。 「ふふっ、どうやらお願いする相手が逆だったみたいね」 「多岐川さん、筧君のことをお願いね」 「お断りしたいのは山々ですが……」 「望月さんたってのお願いとあらば、検討はしましょう」 「いや、いいって。マジで」 「そうですか、残念ですね」 まったく残念そうじゃなかった。 「ねえ京太郎」 多岐川さんが出かけていった後、真帆が嬉しそうに話しかけてきた。 「今日の放課後は空いている?」 「もちろん」 今夜は、俺の部屋で手料理をご馳走してもらうことになっている。 真帆はあれ以来、メキメキと料理の腕を上げていた。 「下ごしらえ済ませてから行く予定だから、すぐに食べられると思うわよ」 今ではこの手際の良さだ。 チキンライスを焦がして半泣きになっていただなんて、信じられない。 「真帆の失敗料理が懐かしい」 「もう、下手な方が良かったの?」 呆れたようにため息をつく。 「一生懸命なところが可愛かったんだよ」 「まあ、今はもう可愛くないみたいな言い方ね」 「失礼。真帆はいつも可愛い」 「軽々しく言わないで、ありがたみがないわ」 真帆が笑う。 「じゃあ、今夜は真剣に言うようにするよ」 「ふふ、楽しみにしてる」 手を絡める。 「真帆」 「京太郎……」 自然と、距離が狭まった。 彼女の頬に触れる。 「……あ」 真帆が凍り付く。 「……」 何だか視線を感じるような……。 「視線で人が殺せるのなら、私はもう100回以上筧さんを殺していると思います」 多岐川さんが、絶対零度の視線を俺に注いでいた。 「た、多岐川さん、いつからそこに!?」 「さっき出ていったはずじゃ」 「忘れ物を取りに戻ってきたんです」 「参考までに一応聞きますが、この生徒会室で一体何をするつもりだったのでしょう」 「あはは……」 「な、なんだろうなぁ」 二人で笑って誤魔化した。 講堂から出てきた卒業生達を、在校生の大きな拍手が出迎えた。 例年にはなかったことだ。 卒業生も最初は何事かと戸惑っていた様子だった。 だが、集まった生徒達の中に見知った顔を見つけたのだろう。 駆け寄って抱き合ったり、お互いの肩を叩いたり。 涙ぐんだり、大泣きしたり。 そんな光景が、そこかしこで生まれている。 「こんなに集まってくれるだなんて、盛観だわ」 卒業生の中には、勿論真帆の姿もあった。 「ご卒業、おめでとうございます、望月さん」 「おめでとうございます」 図書部の面々も、真帆の晴れ姿を祝う。 「みなさん……ありがとう」 「お陰で、とてもすばらしい卒業式になったわ、白崎さん」 「そんな。私はただ、拍手で見送ろうって提案しただけで」 「集まってくれたのは、みんなに卒業生を祝福したいって気持ちがあったからです」 元々、汐美学園には、卒業生を見送る行事は存在していない。 在校生にとっての卒業式は、知らないうちにどこかで行われている行事だった。 「『でも、そんなの寂しいじゃない』」 「『ほんとは見送りたいって思ってる生徒も多いんじゃないかな?』」 白崎のそんな一声から、在校生が集まって卒業生を見送るプロジェクトは始動した。 「これで私も安心して卒業できるわ」 「図書部と生徒会、二つの組織で協力し合って、学園をより良くしていってね」 「はい!」 真帆と白崎ががっちり握手をする。 そんな光景を、俺は少し離れたところから見つめていた。 「おい、筧よ。お前こんなとこで何してんの」 「ただ草葉の陰から見守ってるだけだ」 「いやー、つぐみちゃんも成長したなあって?」 「違うだろ、お前はもっちーに会いに行けよ」 「ほら、可哀想にきょろきょろしちゃって。絶対お前のこと探してるぞ」 「わかってる」 「しかし、いざ卒業式となると感慨深いな」 「寂しがりやがって」 「ははは」 「んじゃま、行ってくるわ」 ゆっくりと真帆の下へ向かう。 その姿は、群衆の中にあって一際輝いて見える。 一年後には、俺もあんな風に輝けたらと思う。 「京太郎っ!」 俺の姿を見つけた真帆が、小走りで近づいてくる。 「卒業おめでとう、真帆」 「ありがとう」 晴れやかな門出であるはずなのに、どこか寂しそうな笑み。 それは俺も同じだ。 「今にも泣きそうな顔をしてるわよ」 「それは真帆の方だろ」 「そうね……そうかもしれない」 でもね、と続ける真帆。 「私、悲しくはないの。むしろ嬉しいのよ」 「あなたがいてくれたから、傍にいてくれたから、自分の道を見失わずに済んだ」 「だからありがとう、京太郎」 「俺は何もしていない。全部真帆自身の力だよ」 「うん……。でも、ありがとう」 「あなたはいつもそうやって私のことを支えてくれたわね」 俺は、彼女の力になることができたんだろうか。 ま、彼女がそう言うんだから多少は役に立ったのだろう。 これからも、できることを一つずつこなしていこう。 それだけが、唯一彼女に追いつくことのできる道。 「京太郎」 真帆が俺の腕を掴み、背伸びをする。 「……ん」 顔を上げた途端頬に触れる、温かい感触。 「んっ……」 「ひゃーっ! いったー!」 「見せつけますね」 「望月さん、だ、大胆だね……」 「うむ……見ているこっちの方が照れてしまうな」 「なっ……! なんて、うらやまけしからん……!」 「あれ? 多岐川さんってそっち方面?」 「ち、違います! 私は望月さんを尊敬しているだけでっ!」 外野がうるさいな。 「私のこと絶対に追ってきて」 「一年以上は待たないから、そのつもりで」 真帆の瞳が俺をまっすぐに見つめてくる。 「待たせないよ。俺の居場所は真帆の隣しかないからな」 その視線を受け止め、ぐっと抱き寄せる。 「好きよ、京太郎。大好き」 「俺も好きだ。真帆」 今度は、俺の方から唇を重ねた。 外野から再び歓声が上がる。 仲間達の笑い声。 そして青空に木霊する生徒達の歓声と拍手が、俺達の未来を祝福しているかのようだった。 深夜0時前、テレビの前に陣取った。 「さあ、オンエアーですよ、筧さん」 テレビ画面にアニメーションが流れはじめる。 水結が、このアニメの台本を読んでいたのはしばらく前のことだ。 声の収録が終わってからも、放映までにはいろいろな人の努力がある。 そんなことを知ったのも、水結と付き合ってからだ。 「『ご主人様、紅茶とスコーンの用意ができましたよ』」 「『いえいえ、ご主人様に喜んでいただければ、それだけで私は幸せです』」 画面の中で、可愛らしいメイドが微笑んでいる。 「『ご主人様、お加減はいかがですか?』」 「『少々お待ちくださいませ、何か簡単なものをお作りしてまいります』」 「……」 テレビから彼女の声が聞こえてくるってのは、何とも不思議な気分だ。 本当に声優なんだな、水結は。 そうこうしているうちに、シーンは風呂場に移った。 「『ご主人様、お背中をお流しいたします』」 「『大丈夫ですよ、私はバスタオルを巻いてますから』」 映像はご主人様そっちのけで、メイドさんを執拗に追っている。 気まずくなるが、隣の水結は真剣そのもの。 自分の声をチェックしては、台本にメモを書き込んでいる。 「『ご主人様、シャンプーを流しますよ』」 「『って、わあっ! バスタオルがっ!?』」 「……湯気か」 ご主人様がぱったり気を失ったところで、CMに入った。 画面に現れたのは、水結本人。 真っ白なドレスをまとい、アニメの主題歌を激しく歌い上げている。 「これ、水結だよな」 「当たり前です。先日発売したファーストアルバムのCMですよ」 「本物の歌手みたいだ。いや、声優が本職?」 「断じて声優です」 画面の中の水結は、衣装やメイクもあってかキラキラと輝いて見える。 改めて水結の可愛さを実感した。 「嫌ですか、こういう仕事してる彼女は?」 「まさか、仕事は気にしてないよ」 仕事の内容は関係ない。 俺は、いつも目標に向かって突き進んでいる水結を好きになったのだ。 こっちの目まで覚ましてくれるような外向きのオーラは、俺が接したことのないものだった。 たまに頑張り過ぎるのが玉に〈瑕〉《きず》だが、そこは俺がサポートできればと思っている。 「ふふふ、良かったです」 「ん〜〜、ごろごろごろ」 妙に上手く猫の真似をして、俺の肩に頬をこすりつける。 頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。 普段はアイドル然とした水結も、ここにいる時だけは普通の女子に見える。 俺を信頼してくれてる証だと思えば、こんなに嬉しいことはない。 しばらくして、アニメが終わった。 キャストには、水結の名前がしっかりクレジットされていた。 「(うーん、後半はバテ気味だったなあ)」 「(お芝居も微妙に合ってなかったかも)」 水結は、台本にメモを取りながらぶつぶつ言っている。 番組終了後は、いつも一人反省会が始まる。 邪魔しちゃいけない時間だ。 「あ、そうだ、ちょっとリサーチいいですか?」 「お風呂のシーンって、どうでした?」 上目遣いに窺ってくる。 「どうって?」 「ドキドキしたとか、あざとくて萎えたとか、いろいろあるじゃないですか」 「湯気と光が邪魔で絵が見えなかった」 軽い冗談ではぐらかしてみる。 「画面の話じゃなく、演技のことです」 「冗談だって。お芝居はけっこうドキッとしたよ」 「どのくらい?」 「どのくらいって、スカイツリー2本分?」 「ああ、私もまだまだですね」 「筧さんの興奮度はスカイツリー2本分、と」 適当な発言をそのままメモされたらしい。 「水結はさ、ああいうシーンに抵抗ないの?」 「最初は少し動揺しましたけど、今は楽しんでますよ」 「というより、皆さんの期待に応えなきゃって気持ちの方が強くて、恥ずかしがってる暇ないですから」 「今回の作品、後半はもっと過激なシーンもあるみたいですし」 「シャワーシーン?」 「いえいえ、もっともっとです。キスシーンとか、その先とか」 「お風呂のシーンの100倍くらいドキドキさせますから、楽しみにしてて下さいね」 水結が笑う。 「それとも、私がああいうシーンをやるのが嫌ですか?」 「そういう台本なら仕方ないよ」 「でも、お芝居をしているうちにご主人様を好きになっちゃうかも」 「俳優が、ドラマでカップル役を演じたのがきっかけで結婚とかありますよね」 「そしたらまあ、スタジオ燃やしに行くしかないな」 「冗談ですよね」 「冗談に決まってる」 「ふふふ、こっちも冗談ですけどね」 「私が筧さん以外を好きになるわけありません」 水結が俺の腕にしがみつく。 「一つ聞こうと思ってたんですけど、私と付き合ってみてどうですか?」 「どういう意味で?」 「ほら、私、お休みも合いませんし、あんまり彼女らしいことできませんし」 「せっかくデートの計画立ててくれても、急な仕事でダメだったりしますし」 水結の生活は、普通の学生とは違う。 平日の昼間から仕事があるし、土日もほとんど仕事で埋まっている。 「最初からわかってたから大丈夫」 「でも、会えない時間が増えると、私、考えちゃいけないこと考えちゃうんです」 「筧さんが、図書部の誰かとどうこうとか……」 「そりゃないって」 「でも、皆さんとっても可愛いじゃないですか」 「水結が一番だって。そもそも比べるもんじゃない」 「ほらだから、そういうことさらりと言うから不安になるんじゃないですか」 水結が不満げな顔になる。 「大丈夫だって」 水結をぎゅっと抱きしめる。 「ふふふ、ありがとうございます」 「筧さんは私の彼氏なんですから、よそ見禁止ですよ」 水結は小悪魔っぽく微笑んだ。 こういうお茶目なところも、水結の魅力の一つだ。 付き合っていくうちに、どんどん新しい面が見えてきて本当に飽きない。 「筧さんは、本当に優しいですよね」 「普通の人だったら、私の彼氏なんてやってられないと思います」 「あんま自覚はないが」 「包容力抜群ですって。だから私も筧さんのことを好きになったんです」 「私みたいのを受け止めてくれる人なんていないって思ってました」 真っ直ぐに俺を見つめて言う。 水結がそう思ってくれているなら嬉しい。 お礼の気持ちを込め、水結の頭を撫でる。 「ところで、今度の休みっていつぐらいに取れそう?」 「あ、はい」 頬を紅潮させていた水結が、表情を曇らす。 「そのことなんですが、残念なお知らせがありまして」 「実は……」 「実は?」 「今度、初のソロライブがあるんです」 「ファーストアルバムの発売記念ライブなんですが、そのレッスンが……」 「謝ることじゃないって。ライブができるなんてすごいじゃないか」 「ありがとうございます」 部屋の片隅に視線を向ける。 そこには、水結からもらったアルバムのサンプル品が飾られていた。 初回版は即日完売だったらしく、今では買えないレアものだ。 「初回版にはシークレットライブの応募ハガキが付いてたんです」 「200名限定のところに、1万通くらい応募があったみたいです」 「おお、結構来るんだな」 「えーと、反応薄くないですか?」 「あ、いや、売り上げ枚数から考えたら妥当な数だと思ったよ」 「そこは冷静に分析しないで、素直に驚くとこです、もう」 「まあ、でもいいです」 「現状で満足していたら、先には進めませんから」 自分に言い聞かせるように言って、何度かうなずいている。 「まずはファーストライブを成功させて、一歩一歩活動の幅を広げていきます」 「夢はでっかく武道館ですよ」 明確な目標を持っている人とそうでない人では、将来に大きな格差ができるそうだ。 水結なら、数年後には本当に武道館のステージに立っていそうな気がする。 「ちなみに、ライブはいつ?」 水結の答えは恐るべきものだった。 8日後……つまり、22日である。 「もうすぐじゃないか。まさか、これから練習始めるとか?」 「いえいえ、ずっと練習してましたよ。最近忙しかったのはそのせいです」 「ああ、そういうことだったのか」 「この忙しさもライブまでです。ゴールまでは全力疾走ですよ」 ぐっと水結は拳を握り込んだ。 「じゃ、休みはライブ後だな」 「はい、すみませんけど」 「いいって、いいって。気にするなよ」 自身初のライブだ。 どーんと行ってほしい。 「あ、そうそう」 水結が自分の鞄を漁る。 取り出したのは、白い封筒だ。 「これ、ライブのチケットです」 「私が自由に使えるのはこれだけなので、ぜひ筧さんにもらってほしいんです」 俺に封筒を差し出し、がばっと頭を下げる。 「貴重なチケットだよな、いいの?」 「だからこそ筧さんに」 「ありがとう、死んでも行くよ」 チケットを受け取った。 実は、ライブというものに行ったことがない。 初体験が、彼女のライブになるなんて想像もしていなかった。 「大変だと思うけど頑張れよ。楽しみにしてる」 「はいっ!」 輝くような笑顔を浮かべる。 「アーティストとしての芹沢水結、初お披露目だな」 「はい。私にとってもファンの皆さんにとっても、特別なライブにしなくちゃダメです」 「必ず、皆さんに満足してもらえるライブにしますので!」 元気いっぱいに宣言する水結。 「自分で頑張れって言っておいてアレだけど、無理はしないようにな」 「彼氏としちゃ、やっぱり身体は心配だから」 「ええ、この仕事は身体が資本ですからね」 俺は純粋に身体を心配したのだが、そこは水結だ、全部仕事に直結している。 水結のそういうところが好きなのだが、やはり苦笑してしまう。 「何がおかしいんですか?」 「いや、ステージが楽しみだと思って」 「はい、精一杯頑張りますよ」 俺はふと読書を中断し、隣を見た。 「すー……、すー……」 ライブのタイムテーブルを手にしたまま、水結は眠ってしまっていた。 規則正しい寝息が鼻と口から漏れている。 体力的にも精神的にも疲れているんだろう。 「さて、と……」 俺はそっと水結の首の下と膝の裏側に手を入れた。 そのまま持ち上げて、お姫様のように抱き上げる。 そしてベッドに運び、寝かせた。 「すー……、すー……」 少し開いた襟元から、水結の滑らかな首筋が見えている。 ため息が出そうなほど綺麗な、練り絹のような肌。 鎖骨の形がくっきり浮き上がって、ボリュームのある胸がゆっくり上下している。 髪はサテンみたいにきらめき、本当に美しい。 ライブ前に風邪なんかひいたら大変だ。 毛布を首元までかけてやる。 「……」 ライブに向けて、水結はより一層忙しくなる。 余裕があるときはなんとでもなるが、多忙な時ほど二人の関係性が問われる。 今後ずっと上手くやっていくためにも、この機会に自分の立ち位置をしっかり確認していこう。 「ちゅっ……」 朝の目覚めは、柔らかな感触。 まぶたを開けると、寝覚めの〈靄〉《もや》の向こう側、ふいに目の焦点が合う。 そこには、水結の顔があった。 頬をほんのり上気させ、はにかみながら俺に微笑みかけている。 「おはようございます、筧さん」 「ん……おはよう、水結」 ついさっき寝たと思ったばかりで、まるで熟睡感がない。 頭は半覚醒状態で、いま目の前で何が起きているかもよくわからない。 「筧さん、寝言いってましたよ。千莉がかわいくてどうこうって」 「ま、まさか」 寝言だけに否定できない。 「あはは、顔が青くなってますよ。冗談ですって」 そう言って、悪戯っぽく笑う。 「寝言でいじるのは卑怯だぞ」 お返しにキスをする。 「あの、昨日の夜ですけど、ベッド占領しちゃってごめんなさい」 「あー、いや、別にいいって」 「でも、筧さんを床に寝かせちゃうなんて」 水結は恥ずかしそうに視線を泳がせた。 「筧さん、風邪なんてひいてないですよね?」 「もちろん。それより水結は?」 「このとおりピンピンしてます」 力こぶを作ってみせる。 「ならよかった。ライブ前の水結に風邪なんかひかせられない」 「うちのマネージャーさんと同じこと言ってます」 「あ、朝食を用意しておきましたよ」 「おお、ありがとう」 テーブルを見ると、おにぎりと卵焼きができていた。 「あと、お味噌汁は温め直してお願いします」 「それでは、私は一足先に出ますね」 「仕事? 学校?」 「仕事です。お昼には学校戻りますから」 「大忙しだな」 「お仕事があるのはありがたいことですよ」 「夜もまた収録とライブのレッスンがあったりします」 まさに東奔西走。 社会人でもここまで忙しいのは稀だろう。 「それで、ええと……」 水結は携帯を取り出し、操作した。 「次は、明後日の夜……10時くらいに来ていいですか?」 「もちろん」 「その時間じゃなくても、いつでも来てくれよ」 「ありがとうございます。それじゃあ、お仕事行ってきます」 「おう、頑張ってな」 午後10時過ぎ、インターホンが鳴った。 「ただいまです」 「おう、お疲れ様」 「まだまだ余裕です」 さわやかな笑顔で水結が部屋に入ってきた。 彼女の方が絶対疲れてるはずなのに、こっちを元気にしてくれるような笑顔だ。 「今まで働いてて、よく笑う元気あるな。すごいよ」 「お仕事してると、なぜかテンション上がっちゃうんですよね」 「ランナーズハイみたいなものかもしれません」 笑う水結のお腹が鳴った。 「ランナーにも補給ポイントが来たみたいだな」 「ですね、ご飯にしましょう」 水結が持っていたビニール袋を掲げた。 中から出てきたのは、半額シールがついたパック寿司だ。 「この時間、半額になるんですよね。狙ってたんです」 「お手柄、お手柄」 パックとは言え、寿司は高嶺の花。 半額でもなければ手が出ない。 いそいそと皿や醤油を用意し、テーブルに着く。 「やっぱり、お寿司はありがたみがありますね」 「なかなか食べられないからなあ」 寿司を裏返し、ネタだけに醤油をつけた。 「あっ、その食べ方、通っぽいですね」 「私もやってみますね」 水結が俺の真似をする。 「むむ、美味しくなったような変わらないような」 「こっちの方が上品ってことでしょうか」 「ご飯が崩れないようにするためらしいけど、あんま気にしなくていいと思う」 「そうですね。いつか回らないお寿司に行けるようになったら、板前さんに聞いてみます」 そう言って、水結は幸せそうに食べ続ける。 半額のパック寿司でここまで幸せなら、回らないやつに行ったら昇天してしまいそうだ。 食後、水結はVチェックを始めた。 ……なぜか俺の膝の上で。 Vチェックというのは、収録前の映像を見て、お芝居の確認をする作業らしい。 収録の予行練習みたいなものだ。 「でさ、なんで膝の上?」 「イチャイチャしたいんですが、お仕事もしないといけないんです」 「しかし、時間は限られているという現実がありまして」 「ああ、納得した」 テレビに音声のないアニメが流れる。 それを見ながら、水結は台本にメモを取ったり、実際に声を出したりする。 頭からDVDを見ること2回、水結はTVの電源を落とした。 「筧さん、ちょっと私のお芝居を見てほしいんですが」 「いいよ」 「それでは……」 水結が深呼吸する。 「『ご主人様、ここは学校ですよ。そういうことは、家に帰ってからでないと困ります』」 「お、おう」 「『ね、ねえ。今はメイド服着てないんだから、名前で呼んでくれてもいいんだよ……ほら、昔みたいに』」 「……」 「どうでしょう?」 「え? ああ。なんかすごく可愛かった」 なんだろう、単に可愛いというだけではない、この感じ。 胸の奥が弾むような、きゅんきゅんするような。 とにかく、何かを叫びながら高いところから飛び降りたい気分だ。 「ふふふ、萌えてしまったようですね」 「これが……萌え……」 テレビでよくやってるアレか。 「もっとこうした方がいいとかありますか?」 「この話、家に帰ってから二人に何があるんだ?」 「普通にストーリーに食いつかないで下さい」 「おっと、すまん」 「うーん、そうだな。メイド服を着てる時と着てない時で、もう少し声に差がある方がいいかもしれない」 「なるほど、参考になります」 真面目な顔でメモを取る水結。 俺みたいな素人の意見でもしっかり聞いてくれる。 「じゃあ、別のところやってみますね」 また深呼吸する水結。 「『待ってよ、〈伊織〉《いおり》っ!! ……あ、す、すみません、ご主人様』」 「『ぐす……ねえ、やっぱり無理だよ、ずっとメイドを続けるなんて。……だって私……ごめんっ!』」 走り去るメイドさんが確かに見えた。 そして、宙に舞う涙の粒さえも。 「すごくいい。絵が頭に浮かんできたよ」 「なら良かったです。これなら自信を持って収録にのぞめそうです」 嬉しそうに微笑み、水結は息を吐いた。 「ふう、今日はもう終わりにしますね」 「お仕事お疲れさん」 俺に背中を預けている水結の身体が、ふっと柔らかくなった気がする。 仕事モードからプライベートモードに切り替わったのかもしれない。 「筧さん、メイドさんのこと好きになりました?」 いたずらっぽい目で俺を見てくる。 「水結の声を聞いたら、急に魅力的に見えてきた」 「あーあ、自分のキャラに筧さんを取られちゃったかも」 水結が俺の首に手を回してきた。 「水結のお芝居がすごいってことだよ。変な意味じゃない」 「でしたら、証拠見せて下さい」 言葉の真意を察し、俺は唇を水結に近づける。 「ちゅ……んっ……ぴちゅ……」 ついばむようなキスから、すぐに濃いキスへ。 互いの口の中を、熱い舌が行き来する。 「ん……ちゅ……」 「筧さんのキス、すごく上手です」 「誰と比べて?」 「あ、意地悪仕返されちゃいました」 嬉しそうに抱きついてくる。 「キス以外も上手だったりしますか?」 「それは、水結自身に判断してもらった方がいいかな」 目を細めて見つめ合う。 水結の瞳が、すっと潤むのがわかった。 「水結」 「筧さん」 水結の身体を、優しく床に横たえた。 昼休み。 いつものジングルが流れ、水結のお昼の放送が始まった。 「残暑も過ぎ去って、いよいよ秋めいた気候になってきましたね」 「少し冷たい風に吹かれると、なんだかセンチメンタルな気持ちになります」 「こんな日は、彼氏と街を歩きたいな。なーんて」 「歩けばいいと思う、堂々と」 「ね、どーんと歩けばいいじゃない……ういー、ひっく」 やけ酒風に、佳奈すけが紅茶を呷る。 水結は俺の存在をまったく隠さない。 「芹沢さんとラブラブみたいで羨ましい」 「いやあ、別に」 「シット」 「その猫に同感だ」 桜庭が満足げにぱちりと扇子を閉じる。 実際のところ、水結とはラブラブである。 先日もVチェックの後、身体を重ねてしまった。 向こうも積極的だったし、体力的には問題ないのだろうが、最近のハードスケジュールは少し心配だ。 仕事を手伝えればいいのだが、そればっかりは難しい。 ならせめて、精神的に何かできないだろうか。 ライブ記念でプレゼントを用意するのはどうだろう? 楽しみが増えれば、水結のやる気も100%から110%くらいになるかもしれない。 言い方は悪いが、鼻先につけるニンジン的な。 「おい筧、どうした?」 「あーいや、水結向けのニンジンをな」 「お前、ニンジンはいかんだろ、ニンジンはっ! どこに行こうとしてるんだっ!」 桜庭が扇子でバシバシ机を叩く。 「いや、桜庭さん、恐らくそういう意味では……」 「……失礼、取り乱した」 桜庭は自殺しかねない顔になった。 「筧さん、そのうちファンに刺されたりしないですよね?」 「お陰様で、水結のファンは理解があるらしい」 「下手に隠さなかったのが良かったんだろうな」 企業のリスク管理じゃないが、ヤバイ話はきちんと公表するに限る。 ファンから好奇の目で見られることはよくあるが、今のところ実害はない。 「芹沢さん、勇気あるよね。私なら絶対言えないよ」 「はい、アイドルにとってはかなり危険な賭けだと思います」 「それだけ筧さんに本気ってことですよね」 「……まあ、かもな」 「ふぁっ……くぅ」 「うむ、まったく猫に同感だ」 桜庭がご満悦な様子で扇子を扇いだ。 「ところで、私のファーストアルバムはお楽しみいただけていますか?」 「実は、アルバムの発売を記念して、ライブの開催が決定したんです」 「わ、ライブだって。私たちも行ってみようよ。いつやるのかな?」 「言いにくいんだけど、応募者限定のライブらしい」 水結から聞いた話を繰り返す。 「そっかあ、アルバム買った人しか行けないんだ……残念」 心底残念そうな顔をしている。 「ちなみに、ライブはどこでやるんですか?」 「当選者だけにメールで知らされるんだと」 「じゃあ、通りがかりも無理ですね」 「筧くんも、今や人気声優さんの恋人かあ」 「大切な恋人の記念すべきファーストライブですが、心境はいかがでしょう?」 「すごいなあと、ぼくはおもいました」 「子供の作文ですか」 「いやいやいや、実際、すごいって言葉に尽きるんだ」 日頃の仕事に加え、今はライブの練習もこなしている。 そして、どんなに忙しくても仕事の手を抜かず、いつも向上心を持っている。 「ふふふ、筧君、もうメロメロだね」 「はあ、あの筧先輩がこんな風になるなんて」 「さ、カップルをうらやむのもこの辺にしよう」 「私たちの仲間のことだ。良い関係が続くことを祈ろうじゃないか」 話を終わらせたかったのか、桜庭はまとめるように言って扇子を閉じた。 昼食を終え、解散となった。 それぞれ午後の授業がある教室に向かうが、俺は小さな背中を追いかけた。 「御園、ちょっといい?」 「はい、どうしました?」 怪訝な顔でこっちを見てくる。 「水結のことで相談があるんだけど、時間大丈夫?」 「のろけ話なら間に合ってますが」 「いやいや、真面目な相談だって」 「ま、聞くだけ聞きますけど」 素っ気ない風だが、目は興味に輝いている。 「水結がさ、最近かなり忙しいんだ」 「だから、少しでも励みになるように、何かプレゼントをしたくて」 「素晴らしい心がけですね」 珍しくにっこり笑う御園。 やはり、水結のことは気に掛けているのだ。 「水結が喜んでくれそうな物に心当たりない? 物じゃなくてもいいんだけど」 御園は、何か考え込むような顔になった。 「一つ、質問したいんですが」 「筧先輩が水結のことを好きになったのって、結局のところ、水結が声優だからですか?」 「それ、プレゼントと関係あるの?」 「ちゃんと答えてくれないと協力できませんので」 親友としての確認か。 ここははぐらかさずに答えよう。 「水結を好きになったのは、声優だからじゃない」 「いつも前向きなあいつに惹かれたからだ」 「仮に好きになった時はそうじゃなかったとしても、今はいかがでしょう?」 「人気声優の恋人だっていう特別感に舞い上がってませんか?」 御園はいつになく真剣だった。 「誇らしく思うことは、あるかないかで言えばあるよ」 「でも、水結の人気がなくなったら嫌いになるなんてことは絶対ない」 「今は一応信用しておきます」 御園が小さく頷く。 「水結はきっと、いつも心配しています」 「安心させてあげることが、一番のプレゼントだと思いますよ」 「そうか……そうだな」 御園の真摯な言葉は胸に届いた。 御園自身、かつてはTVでちやほやされた経験があるらしい。 辛い思いをしたのだろう。 「まあ、それはそれとして、形のあるプレゼントは欲しいでしょうけど」 「あ、やっぱり」 「じゃあ話は戻るけど、プレゼントは何がいいと思う?」 「うーん、水結が喜ぶ物ですよね」 再び思案する御園。 「私が水結なら、大好きな彼氏さんに考えてほしいですね」 「安易に答えを求めちゃいけないと思います」 「じゃあ、答えじゃなくて、ヒントを一つ」 「口が上手いですね」 御園がにっと笑う。 「私ならって話ですけど、コンサート明けは、ぱっと解放されたいですね」 「一度頭を真っ白にした方が、新しい気持ちになれますから」 「そうすると、仕事とまったく関係ないのがいいな」 「デートでテーマパークに行くとかかなあ」 「いいと思いますよ。あとは日帰り旅行なんかどうでしょう」 「面白そうだ」 水結と旅行なんて、想像しただけで楽しそうだ。 とはいえ、先立つものも必要である。 頭の中で算盤を弾いてみる。 「お財布が厳しいということでしたら、バイトを紹介できなくもないですよ」 「本当に?」 一瞬喜びかけて、はたと固まる。 「佳奈すけ経由で、アプリオじゃないだろうな」 「アプリオでもいいですけど。京子ちゃんやりますか?」 「やらん」 「ですよね」 御園がくすくす笑う。 「実は、『ラストノート』で、清掃のアルバイトを募集しているんです」 「筧先輩さえ良ければ、田崎さんに話をしてみますけど」 「ありがたい。ぜひ頼む」 「では、面接の時間が決まったら連絡しますね」 勢いで話を進めてしまったが、ともかくやってみよう。 バイトをすれば給料がもらえる。 金があれば、旅行にせよデートにせよ選択肢が広がるだろう。 水結には、思い切りリフレッシュしてほしいのだ。 御園から話をもらったその日にバイトの面接を受け、今日は仕事の初日だった。 慣れない労働でくたくたになり、部屋に戻る。 「えーと……」 帰り道で買った旅行雑誌をめくる。 どこに行ったら水結が喜んでくれるだろう? 携帯が鳴った。 水結からのメールだ。 「ライブの練習が終わりました。晩ご飯の確保もできました」 「筧さんのおうちに直行しますので、お腹を減らして待っていてくださいね」 「……了解、と……」 短く返事を打ち、雑誌に目を戻した。 デートか。 そう言えば、前はパック寿司で喜んでたな。 頑張って回らないやつに行ってみるのもいいかもしれない。 更に頑張って、寿司が出る旅館に泊まれたら最高に贅沢だ。 雑誌のページをめくりながら、気になる記事に付箋を貼っていく。 しばらくして、水結が帰ってきた。 今日の夕食は、有名チェーン店の牛丼だ。 オンラインクーポンがあったとかで、卵とサラダまでついている。 「筧さん、クーポン使う女ってどう思います?」 「ネットで見たんですけど、クーポン使うなんて貧乏くさいって思う人もいるらしいです」 「どうもこうも、お得ならそれでいいと思う」 「ですよね。筧さんが優しい人で良かった。牛丼買ってから急に気になっちゃって」 嬉しそうに牛丼を食べる水結。 「そんな優しい筧さんに、お願いがあるんですが」 「どうした?」 水結が姿勢を改める。 「勉強を教えて下さい」 「は?」 予想外のお願いだった。 「学校の勉強のことだよな」 「ええ。実は、気がついたら数学の小テストが明日だったんです」 「仕事ですっかり忘れてまして」 何か吹っ切れているのか、にやりと笑う水結。 「教えるのはいいけど、どのコースにする?」 「赤点脱出コース? 50点を70点にするコー……」 「赤点からの脱出です」 きっぱり言った。 同時に、緊急を要することがわかった。 「よし、飯食ったら早速勉強しよう」 「ありがとうございます、筧さん」 律儀に頭を下げてきた。 「こっちも、手伝えることがあって良かったよ」 「水結がどんだけ忙しくても、見てるだけだったから」 仕事とライブで息つく暇もない水結の力になれる。 こんなに嬉しいことはない。 テスト勉強が始まった。 赤点は100点満点中40点未満ということだった。 易しい問題だけ解ければ、まず問題ないだろう。 「赤点を脱出したいだけなら、基礎問題を覚えれば大丈夫」 「本当に?」 「大丈夫大丈夫」 「小テストなんて、確認問題の数値を変えたくらいの問題しか出せないんだ」 「じゃないと、クラスの平均点が下がりすぎて、先生が面倒なことになる」 「そういう見方もあるんですね。世知辛いというかなんというか……」 「じゃあ、基礎問題をしっかり覚えていこう」 「はい、頑張ります」 「なあ、水結」 「ふぁい、頑張ります」 「あのさ」 「ん……ふぁい……頑張り、ます」 「いや」 「……ふぁい……すう……」 駄目だこれは。 こっくりこっくり舟を漕いでいる。 寝かせてやりたいが、試験は待ってくれない。 残酷だが、強い手段に出ねばなるまい。 「許してくれ」 薬箱から虫さされの薬を取り出す。 塗るとすーっとするそれを、水結の目の下に塗った。 「うひゃああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」 午前5時前。 ようやく勉強が終わった。 よっぽどのことがなければ、赤点は取らないだろう。 「ありがとうございます。なんとかなりそうな気がしてきました」 正座で頭を下げる水結。 「お礼は赤点回避してからでいいよ」 「はい、頑張って回避します」 疲労困憊の笑顔で言ってから、水結は教科書類を鞄にしまう。 「もしかして、帰るの?」 「ええ、明日、10時から収録なんです」 ということは、8時くらいには起床しないといけない。 3時間睡眠はきついな。 「仕事の道具を持ってるんだったら、泊まっていけよ」 「家帰ったりなんだり、時間がもったいないと思う」 「でも、着替えがありませんし」 「あ−、そうだな」 「そしたら、今度来る時に着替えなんかを持ってきたら?」 「うちに置いておけば、いざって時に泊まれるし」 水結が意外そうな目で俺を見る。 「本当にいいんですか?」 「俺は全然構わないけど」 「でも、それって、なんていうか、いわゆる同居っていうか」 「いえ、もっと進んで、同棲というかなんというか」 恥ずかしそうにモジモジしている。 ここまで意識されるとこっちが恥ずかしくなる。 「俺は水結と同棲してもいいと思ってるよ」 「それで時間のロスも少なくなるなら、いいことずくめだ」 「筧さん」 「やめとく?」 「いえ、ぜひよろしくお願いします」 「よし、じゃあ、水結用の衣装ケースも用意しとくよ」 「ありがとうございます。では、今日は取りあえずこれでっ」 ビシっと頭を下げ、水結が玄関に向かう。 「同棲もいいけど、テストもしっかりな」 「はい、任せて下さい」 スキップでもしそうな勢いで、水結は帰っていった。 俺が恋人と同棲か。 4月には、本ばっかりの人間だったのにな。 そう思うと、妙に感慨深い気持ちになった。 その日の夜、水結は睡眠不足を感じさせない笑顔でやってきた。 「お疲れさん。テストはどうだった?」 「手応え抜群でした。赤点は回避できた気がします」 「なら良かった」 水結の頭を撫でる。 「荷物を持つよ」 水結が持参したキャリーを室内に運び込む。 着替えなんかが入っているのだろう。 「クローゼットに新しい衣装ケースを入れておいたから、自由に使って」 「ありがとうございます、筧さん」 俺の頬にちゅっとキスをして、水結は荷物の整理にかかる。 キャリーの中には、案の定衣類が入っていた。 水結は、それらを嬉しそうに衣装ケースへ収めていく。 満たされたような表情に、こっちも嬉しくなった。 「あ、これも持ってきたんです」 衣装をしまい終えると、今度は洗面用具を取り出す。 洗面台に俺たちの歯ブラシが並ぶ。 一気に同棲感が出てきた。 「これでもう、いつでもお泊まりできますね」 「ああ」 水結の照れが伝染してきた。 こそばゆい気持ちになりながら、水結の肩を抱く。 「今日もこれから仕事?」 「ええ、台本のチェックをしないと」 「でも、その前に……」 水結が俺を見て背伸びをした。 「これからもよろしく、水結」 「よろしくお願いします、筧さん」 桜色の唇に、静かにキスをした。 今日の水結は、ダンスの練習に取り組んでいた。 歌詞を覚えるだけでも大変なのに、その上振り付けまでだ。 曲を聴きながら身体を動かす水結を、頭の下がる思いで見守る。 「最近、ウェストが締まってきたと思いません?」 「いい感じになってると思う。ダンスの成果だな」 もともと均整の取れたプロポーションだが、更にメリハリがついた気がする。 「もうちょっと痩せられると、衣装がいい感じなんですけどね」 「どういうステージ衣装着るんだ?」 「ズバリ、アイドルっぽいやつです」 「フリフリミニスカの?」 「フリフリミニスカですっ」 気合いを込めて、くるっとスピンする。 短いスカートがふわりと舞い、ちらりとパンツが見えた。 「当日は見せパンはくよな?」 「はきますよ、もちろん」 「ふう、休憩休憩」 動きを止めた水結に、タオルと飲み物を渡す。 「心配しなくても、彼氏以外の人には見せませんから」 汗を拭きつつ、いたずらっぽく笑う水結。 「独占欲が強い人間だと思われてるのか、俺?」 「逆ですよ」 「さらっとしすぎてるから、もう少し私を縛ってほしいです」 「でも、独占欲が強い男は水結に合わないんじゃないかな」 「あはは、だと思います。申し訳ないんですけど」 水結が飲み物を飲んだところで携帯が鳴った。 「マネージャーからですね」 「……あら、ライブの次の日の収録が伸びたみたいです」 水結の話によると、ライブの翌日には仕事が入っていたらしい。 ところが、アニメの絵を作っている人の都合で収録が伸びたということだ。 収録が伸びたことよりも、翌日が休みじゃなかったことに驚いた。 「売れっ子さんだと、ライブ明けでも当然のように仕事してますよ」 「私は、残念ながら2日間オフになっちゃいましたけど」 「初ライブの後なんだし、休んでも罰は当たらないよ」 「よかったら、久しぶりにデートでもしない?」 「え?」 弾かれたように顔を上げる。 その表情が、満面の笑みに変わる。 「ええ、ぜひぜひ!」 「私が忙しいせいで、デートらしいデートができませんでしたしね」 「水結を責めてないって」 「ただ、ライブのためにこんだけ頑張ってるんだし、何かあってもいいんじゃないかと思ってさ」 「2日あるなら、旅行も行けるし」 「ありがとうございます、筧さん」 水結が俺の手をぎゅっと握る。 「あの雑誌、そのために買ってくれたんですね」 水結の視線の先には本の山。 そのてっぺんには、旅行雑誌『にゃらん』が乗っていた。 「隠しとく予定だったんだけどな」 水結と同棲する前に掃除をして、表に出してしまっていた。 「もしかすると、サプライズを潰しちゃいましたか?」 「いや、いいんだ」 「じゃ、じゃあ、一緒に行き先を考えましょう、ね」 「にゃらーん、にゃらん♪」 謎の歌を歌いながら、水結が雑誌を拾う。 「よし、二人で考えよう」 お茶を飲みつつ雑誌を眺めること30分。 「定番だけど、テーマパークとかはどうかな?」 「新アトラクションが稼働中で、人気沸騰って書いてあるけど」 「そこ、土日はすごく混んでるって友達が言ってましたよ」 「1日並んで、2つくらいしかアトラクション乗れなかったって」 「それじゃ、時間もったいないな」 混雑してそうな場所はNGかな。 貴重な休みだし、時間は大切にしたい。 「美術館は?」 「いいんですけど、お堅いものよりは、柔らかめが好きかなーと」 趣味が違うようだ。 「じゃあ、公園デートなんてどうです?」 「いいね」 弁当でも作って、公園でデート。 水結となら楽しいに違いない。 と、思ったけど。 「でも、雨降ったら計画が潰れるぞ」 「言われてみれば。お天気関係なく遊べるところがいいですね」 「そこで、老舗の温泉旅館ですか」 学園から近すぎず、遠すぎず。 予算的にも、稼いだバイト代を注ぎこめば、なんとかなる範囲だ。 しかも、夕食に近海で取れた魚介類をふんだんに使った寿司が出る。 これだ。 何かがこれだと告げている。 「ここにしてみよう」 「スケジュール的には問題ありませんけど……」 水結が、指先で『各部屋、露天風呂つき』という文字を指す。 「で、でも、現実には湯気とか光とかないんですよ?」 「何を言っているんだ」 水結が動揺していた。 「ま、まあ、やめとく……」 「入ります」 水結が俺の手を握った。 「あーいえ、行きます、温泉行きましょう」 「お、おう」 水結の勢いに気圧され、さっそく旅館に電話をする。 予約が直前になってしまったため、高いプランになってしまったが、きっと大丈夫。 だぶん、おそらく。 「では、2名でお願いします。はい、同室で」 「え? いや、そういうわけじゃ」 旅館から、記念日かどうかと尋ねられた。 「どうしました?」 「いや、何かの記念日なのかって」 「別に記念日ってわけじゃないよなあ……誕生日でもないし」 「(……初旅行記念)」 「は?」 「いえ、何でもないです」 「じゃあ、その日が未来の記念日になるんだと熱く主張して下さい」 「どういう罰ゲームだよ」 「そうですよね、はあ」 しょんぼりしている。 「あ、すみません。いえ、なんでもないです」 「はい、特に記念日ではないんで。ええ、そうです」 「あ、でも、彼女との記念の旅行なんで、よろしくお願いします」 電話を切った。 予約完了だ。 「……」 「……」 水結が、うるうるした目で俺を見つめている。 「素敵です」 「何が」 気恥ずかしくて目を逸らす。 「筧さんっ」 「のわっ!?」 水結が、がばりと抱きついてきた。 まあなんだ。 喜んでもらえたようで何よりだ。 頬を胸にこすりつけてくる水結の頭を撫で、俺たちはベッドに座った。 昼休みの図書部部室。 「こんにちは」 放送を終えた水結が、部室にやってきた。 「あ、芹沢さん、いらっしゃい」 「どうした?」 「息抜きに来ました」 「そうたびたび来られても困るが」 と言いつつ、桜庭も本気で嫌がりはしない。 空いている席をそれとなく勧めている。 「失礼しまーす」 「ととっ……と……」 若干もたつき、椅子に座る水結。 「芹沢さん、コーヒー、紅茶?」 「あ、紅茶でお願いします」 白崎が嬉しそうにお茶の準備を始める。 「ライブ、明後日だね。調子はどう?」 「やれることは、まだいっぱいあるかな。あと2日できっちり仕上げるつもり」 「思い切りやって」 「言われるまでもありません」 おどけて答える水結。 同棲を始めてから、ライブの練習は更に熱を帯びていた。 自宅への移動時間がなくなった分を、そのまま練習につぎ込んでいるのだ。 「ふぁんふぁんふぁーん」 何を思ったか、ギザが水結の前でムーンウォークをする。 「君もライブに出たいの?」 「おいデブ猫、人の彼女に色目使うな」 水結の前で、腰をくいっとさせたデブ猫を横にどける。 「可愛らしい猫ですね」 「どこがだよ。ゴールデンじゃ流せないようなキワモノだぞ」 近い距離で水結と会話すると、違和感があった。 いつもより肌の血色が悪い。 そのくせ、目が妙に熱っぽく見える。 朝、家を出た時には何ともなかったんだが。 「水結、体調悪いんじゃないか?」 「え? 大丈夫ですよ」 「ちょっと、おでこ出して」 水結の額に手を伸ばす。 「いえ、いいです。健康です」 すっと身をかわされる。 「触れば健康かどうかわかるだろ」 「大丈夫ですって、遠慮しておきます」 水結ににじり寄る。 このパターン、オチが見える。 「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」 「さ、触らないで下さい」 「すぐ済むから」 「やっ、駄目ですっ」 「昼間からいい加減にしろっ」 桜庭が扇子で机を叩いた。 「まったく、人目も憚らずなんということだ」 溜息を一つついて、桜庭が立ち上がる。 「どれ、調子を診てやろう」 「あっ!?」 桜庭が、すばやく水結の額に手を当てた。 「ん、熱があるので家で安静にするように」 「診断早っ」 「誰が触ったってわかるレベルだ」 「いやいやいや、漫画じゃないんですから、そんな熱くなりませんって」 「もー、大袈裟なんですから桜庭さんは」 今度は佳奈すけが水結に触れる。 「ぅあつっ!?」 脊髄反射で手を引っ込めた。 「一連の流れ、もういい?」 「オーケーです」 満足したらしい佳奈すけ。 やはり、水結は熱があるようだ。 一緒に生活しているのに、全く気づけなかった。 なんてこった。 「芹沢さん、少し休んだらどう?」 「いえ、本当に熱なんてありませんから」 「さーて、練習頑張らないと」 お茶ができるまえに、水結がさっさと席を立つ。 「待て芹沢、触ってわかるほどの熱だぞ。休んだ方が身のためだ」 「ありがとうございます」 「様子を見ながら練習しますので大丈夫です」 笑顔で言う水結。 水結以外の全員が、不安だなーというオーラを出している。 しかしまあ、ライブ直前だし休むわけにもいかないだろう。 「ライブ、延期したりはできないの?」 「できますが、私みたいなぺーぺーが体調不良で延期なんてしたら、もう終わりです」 「うう……そうだよね……」 「心配して下さってありがとうございます。でも、大丈夫です」 「それではまた」 水結はそそくさと部室から出て行った。 何も言わず、すぐに後を追う。 「水結」 廊下に出て、水結の肩を捕まえる。 やっぱり身体が熱っぽい。 「ここに来なければよかったです」 「みんな心配してるんだ」 「だからこそ申し訳ないです」 顔を伏せる水結。 逃げる様子もないので、掴んでいた肩を離す。 手のひらには水結の熱が残った。 「体調崩してるのに気づかなくてすまん」 「何言ってるんですか、筧さんのせいじゃありません」 「体調管理も仕事のうちです。私が甘かったんです」 水結がきっぱり言う。 「水結ならそう言うと思ってた」 「でも俺は、できるだけ水結のサポートができればって思ってたんだ」 「仕事の面じゃなんにも手伝えないから」 「気持ちは本当に嬉しいです」 水結が申し訳なさそうに笑う。 「でも、今回ばかりは本当に私の責任なんです」 と、事情を説明してくれる。 なんでも、昨日スタジオへの移動中に、雨に降られたのだという。 コンビニで傘を買うことも考えたが、時間がなかったのでダッシュ。 濡れた挙げ句、スタジオの冷房が強く、身体が冷えまくったとのことだ。 「私も、筧さんに気づかれたくなかったので、隠してたんです」 「絶対に自分の責任だって言うと思いましたから」 「読まれてたか」 「彼女なんだし、それくらいわかりますよ」 「私が忙しくなってから、たくさん気を遣ってくれてますよね?」 「家事だって率先してやってくれますし、練習にも付き合ってくれますし、他にもいろいろ……」 一気に言って、くらりと立ちくらみを起こす水結。 慌てて身体を支えた。 「すみません、ほんと雑魚です」 「それ言ったら、こっちは深海魚レベルで目が悪いよ」 「ありがとうございます、筧さん」 苦笑すると、水結はぎゅっと俺を抱いた。 少しの間、彼女の高い体温を感じる。 「仕事は休めないよな」 というより、水結は休まないだろう。 しかし、倒れてしまっては元も子もない。 体調管理が仕事のうちなら、計画的に休むことも必要だ。 「授業を休んで、そのぶん休養に回したらどう?」 「保健室で休んだらいい」 俺の提案に、水結が表情を曇らす。 彼女は、極力授業をサボらないようにしているのだ。 「嫌かもしれないけど、今はライブを優先した方がいい」 「もし、倒れたらたくさんの人に迷惑かけるぞ」 水結が唇を噛んだ。 「今夜の仕事、何時に出れば間に合う?」 「18時に出れば」 なんとか4時間くらいは休めそうだ。 「必ず起こすから保健室に行こう」 「すみません」 「ここは休むが勝ちだ」 落ち込み気味の水結の背中を押し、保健室に向かう。 気がつけば、水結は俺の手をぎゅっと握っていた。 昼休みの部室。 部屋のスピーカーからは、水結の明るい声が流れている。 体調は万全ではないが、声には影響が出ていないようだ。 いや、出ないように努力しているのだろう。 「皆さん、昼食は学食派ですか? お弁当派ですか? それともコンビニ派ですか?」 「私はコンビニが多いんですが、なんと今日はお弁当です」 「よかった。無事にお弁当作れたんだね」 「ああ、何とかな」 「初めてだったから、いろいろ教えてもらえて助かったよ」 「いやー、芹沢さん、お仕事で忙しいのにお弁当も作ったんですね」 「って、あれ?」 みんなが、まじまじと俺を見た。 「では、いま芹沢が食べている弁当は……」 「俺が作った」 「へっくしょんっ!」 ……。 …………。 「俺が作った」 「2回言わなくていいです」 「筧くん、頑張ったんだね」 まともな料理は初体験だったので、コンビニ弁当の方が10倍美味しかったかもしれない。 「さーて、お味は……もぐもぐもぐ」 「あ、すごく美味しいです。やっぱり手作りは元気が湧いてきます」 「筧さん、何かヤバいものを入れたりしてないですよね?」 「入れたとすりゃ愛情だな」 「うわ……」 御園が、胸焼けしたような声を出し、机に突っ伏した。 「しかしまあ、芹沢もなかなか粋なことをする」 「自分で弁当を作ったことにして、放送を通して筧に感想を伝えるとは」 「筧さんも、さっきからニヤけっぱなしですしね」 「馬鹿な」 奥歯をぎゅっとかみしめる。 言われてみれば、頬がゆるんでいた気がする。 「筧先輩はどうでもいいとして、水結、元気になってくれるといいですね」 机にぶつけた額をさすりつつ、御園が言う。 「保健室で休んだのが良かったみたいで、多少は持ち直したみたいなんだけどな」 「何とか、ライブが終わるまでは保たせてやりたいよ」 思わずスピーカーを見上げる。 ライブが延期になんてなったら、水結はどれほど落ち込むだろうか。 「筧くん、マネージャーさんみたいになってるね」 「いやいや、筧は仕事でやってるわけじゃないだろう?」 「二人の間にあるのは、相手を思いやる崇高な心だ」 「おおーっ」 俺の思いが崇高かどうかは知らないが、どっちかと言えば、マネージャーになってしまいたかった。 マネージャーなら、水結の傍にいてサポートできるだろう。 ついでに、俺にお芝居の知識でもあれば最高なんだが。 うーん、この機会に勉強してみるか。 昼食後、俺はすぐに事務棟へ向かった。 今日はライブ前日。 水結は俺の家には来ない。 午後は仕事に向かうと言っていたから、学園にいる時間は限られている。 ライブ前に会えるとしたら今しかないのだ。 事務棟の入口で水結を待つ。 10分ほどすると、マネージャーらしき女性と早口で話しながら、水結が事務棟から出てきた。 「え、午前様コースじゃないですか。大丈夫かな、振り付け間に合うかな」 何かトラブルがあったようだ。 話しかけない方がいいだろう。 「筧さんっ」 踵を返したところで、呼びかけられた。 「お、おう」 マネージャーさんから離れ、水結が俺の前に来た。 ちらりとマネージャーを窺うと、『アンタが彼氏か』という視線で俺を見ている。 「お弁当美味しかったです。ありがとうございました」 「食えるレベルに達しててよかった」 「それより、体調はどう?」 「ばっちりですよ」 と、力こぶを作ってみせる。 疲労の色は濃かったが、そこは口にしないのが心遣いというものだ。 「明日、見に行くからな」 「はい、目の覚めるような公演にしますから覚悟していて下さい」 「無理してメールとかしなくていいから、俺のことは忘れて全力で行ってくれ」 「わかりました、ありがとうございます」 そこで、マネージャーが俺たちに見せるように、腕時計を気にした。 「終わったら旅行に行こう」 「はい、楽しみにしてます」 「それじゃ、失礼しますっ」 水結は、ぴしっと敬礼すると、マネージャーと共に遠ざかっていった。 最後に会えて良かった。 あと、俺にできるのは祈ることだけだ。 会場内の温度は、外より明らかに高かった。 観客のテンションは、音楽を聴きに来たというより、祭りに御輿を担ぎに来たといった感じだ。 歌を聴くのになぜ準備体操をするのか、まったくわからない。 開演までの間、ライブ初体験の俺は会場を見物して回る。 「あ」 「お」 意外な顔と遭遇した。 「御園も来てたのか」 「ええ、まあ」 恥ずかしそうに視線を逸らす御園。 わざわざ水結のアルバムを買って、ライブに応募したのだ。 「なんやかんや言って、水結のことが……」 「や、やめて下さいよ」 御園が、慌てて俺の口を塞ごうとする。 「水結には、来ること伝えてある?」 「言ってませんよ。プレッシャーになったら困りますから」 御園らしい配慮だ。 視点が演者側なのだ。 「こんばんは、芹沢水結です」 水結の声が流れると、会場はぴたりと静かになった。 自分でアナウンスもやるなんて、手作り感があるライブだ。 「本日は、私のファーストライブにお越し下さいまして、誠にありがとうございます」 「間もなく開演となりますので、そろそろお席についてお待ち下さい」 放送に従い、御園と並んで席に座った。 水結が積み重ねてきた努力が、今日ようやく形になる。 何一つ見逃さないよう、心していこう。 照明が落ちた。 ピンスポットの照明が、ステージ中央を照らし出す。 そこには、ステージ衣装に身を包んだ水結がいる。 「皆さん、こんばんは! 芹沢水結です! 私のファーストライブへようこそ!」 「奥の席の方、聞こえてますかーっ」 「手前の席の方も、聞こえてますねーっ」 「よーし、今夜は全速力で駆け抜けますよっ。ついてきて下さいねっ!」 続けて2曲が終わって、音楽が止まる。 観客は皆立ち上がり、座っているのはごくわずかだ。 「ふぅ、歌うのって本当に気持ちいいですね」 「皆さんは、楽しんでくれてますか?」 「こんなステージに立てるなんて、何だか夢みたいです」 「今から言っちゃうのも変ですけど、今日は私の人生で絶対に忘れられない一日になると思います」 「いえ、思いますじゃなくて確定です」 「皆さん、もっともっと暴れ回って、今日を最高の事件にしちゃって下さい!」 水結が客席を煽る。 たき火に灯油をまいたみたいに、ファンが燃え上がる。 しかし。 「……」 「うーん」 御園と同時に唸った。 緊張のせいだろうか、水結の動きにキレがないように思う。 今も、顔は満面の笑みだが、足下を見ると妙に力が入って見える。 体調が悪化しているのだろう。 「(水結、おかしいですね)」 御園が耳打ちしてきたので、頷いて返す。 他の客には聞かれたくない話だ。 「(まだ2曲なのに、もう声が疲れてきています。かなり調子が悪いみたいです)」 歌の専門家が言うのだから間違いないのだろう。 「(最後までいけそう?)」 「(私には何とも言えません)」 そう言いながらも、御園の表情は『NO』だと語っていた。 ライブ前半が終了し、10分間の休憩になった。 関係者通用口に向かい、スタッフに用件を告げる。 舞台袖では、水結が椅子に座ってドリンクを飲んでいた。 その様子は、ノックアウト寸前でゴングに救われたボクサーのようだ。 「水結」 「あ、筧さん」 水結が顔を上げた。 慌てて笑顔になるが、疲労が隠せていない。 「ライブ、楽しんでくれてますか?」 「今夜は最高です。配管工のゲームみたいに星を取って無敵になってる気分です」 水結がガッツポーズを見せる。 が、どうも身体の軸が安定していない。 「しんどそうだな」 「平気ですよ、このくらい」 真面目な顔で水結を見ると、彼女もまた笑顔を消した。 「ペース配分をミスっちゃったみたいです。完全に経験不足です」 ペース配分以前に、そもそも最初からパワーがなかったのだろう。 「後半、大丈夫そう?」 「駄目かもしれませんが、やらないといけません」 水結には珍しい、素直な敗北宣言だった。 それほど状況が切迫しているのだ。 「マネージャーさんには相談した?」 「気合いと根性だけが友達だって言われました」 マネージャーさんとしても祈るしかないのだろう。 「曲を減らすとか無理?」 「できなくはありませんが、やりたくはないです」 「もちろん、ステージで倒れないのが最優先ですが」 水結は水結で、冷静に考えているようだ。 「演者が二人いたら、何とかなるかな」 俺の背後から御園が姿を現わした。 「千莉……来てたんだ」 水結が気まずそうな顔になる。 ライバルにこんなところを見られるのが嫌なのだ。 「くじ運いいんだね」 「そこかよ」 友情とかじゃないのか。 「運も実力のうちだから」 「それより、後半はどうするの? もう体力ないよね」 御園がズバリ言う。 「協力できないかな」 「特別ゲストとか理由をつけてステージに上げてもらえれば、できる限りサポートするから」 水結が御園を見た。 逡巡しているのか、せわしなく瞬きをしている。 「今日は私のライブだから、お客さんが驚いちゃうかも」 「でも、一人でやって倒れたら最悪だよ」 最悪、返金騒ぎになるかもしれない。 水結のキャリアにも大きく傷がつく。 「水結が一人でできるのが一番、それは当たり前」 「でも無理なら、次善の策を考えないと。どんなときもベストを尽くすのがプロだと思う」 水結が唇を噛んだ。 「悔しいの、すごくわかる」 「だからこそ、アシスタントは私にやらせてほしい」 御園が真っ直ぐに水結を見つめる。 「曲、わかるの?」 御園が微笑む。 「私、これでも水結のファンのつもり」 「アルバム発売日から、毎日何度も聞いてるよ」 「千莉……」 水結が声を詰まらせた。 「上の人に、話してみる」 「皆さん、お待たせしました」 「ライブの後半は、シークレットゲストの登場です」 「私の一番の親友、汐美学園の歌姫、御園千莉ちゃんですっ」 御園の登場に、会場には戸惑いと期待が混じった声が上がる。 同業者がゲストで登場するなら話はわかるが、御園は一般人だ。 「千莉ちゃんは、声楽界で活躍中の歌手さんです」 「子供の頃からの友人であり、ライバルであり、私が目標にしている人でもあります」 「私の半分は、千莉ちゃんでできてるって言ってもいいくらいです」 「だからこそ、ファーストライブという特別な日に、皆さんにご紹介したかったんです」 水結の説明に、会場のムードは好意的なものに変わった。 「こんばんは。ご紹介にあずかりました、御園千莉と申します」 「水結はなんだか持ち上げてくれてますけど、今夜の主役は水結です」 「皆さんにより楽しんでいただけるよう、ほんの少しだけお手伝いさせてもらいます」 「どうかよろしくお願いします」 「というわけで、ここから先は私たちふたりで頑張ります!」 メインヴォーカルはもちろん水結だ。 御園は、バックコーラスを務めたり。 水結が息切れしたと見るや、すっとメインヴォーカルを引き受けたり。 必要以上に前に出ず、個性を一切出さず。 ただただ、水結を引き立てることに徹してサポートする。 歌いながら、水結は驚いたような目でパートナーを見る。 御園はぶっつけ本番だ。 にもかかわらず、歌詞にミスはなく、水結との連携もできている。 長年活動してきたユニットのように、あうんの呼吸で曲を進めていく。 成功だ。 俺の意見がどうこうじゃなく、観客の盛り上がりがそれを物語っていた。 一糸乱れぬコールに、会場が揺れそうなほどのジャンプ。 御園を含め、会場は完全に一体となっていた。 「芹沢水結メドレーを聴いていただきました! ありがとうございました!」 ぺこりと頭を下げ、御園はさらりと舞台袖に下がる。 「今日は、本当に最高の一日です!」 「業界の門を叩いたあの頃の私は、こんな日を迎えられるだなんて、想像もしていませんでした」 「私を普段から応援してくださっているスタッフの方々に」 「私を支えてくれた最高の友達に」 「そして、今日この場に集まってくださった皆さんに」 「すべての方にお礼を言いたいと思います」 水結はゆっくりと、マイクを口元から離した。 「ありがとうございますっ」 水結の叫びが反響し、会場に吸いこまれていく。 次の瞬間、会場は歓声に揺れた。 「それでは、最後の曲聞いてくださいっ」 「♪〜♪〜♪〜」 「……はっ!?」 ベッドに寝転びながら、鼻歌を歌っていた自分に気づく。 この俺が鼻歌を……。 割とショックだ。 いや、それほどに水結のライブが良かったということだ。 身体の中には、まだ興奮が残っている。 気がついたら、観客が曲に合わせてやる謎の振り付けも覚えてしまった。 ライブ終了後。 関係者や取材の多さに、俺と御園は早々にライブ会場を後にした。 水結は今頃どうしているだろう? 取材の対応? スタッフと打ち上げ? なんにせよ忙しいに違いない。 「ただいまー」 「お帰り」 「……って、帰ってきていいのか!?」 「会いたかったので」 てへ、と舌を出す。 「いやだって、取材とか打ち上げは?」 「全部終わりました。あとは……」 水結が、とととっと、足をもつれさせながら俺の方に近寄ってくる。 「おっと」 ベッドの上で水結を抱き留める。 「寝るだけ……です」 水結はもう返事をしなかった。 ぴくりとも動かず、規則正しく呼吸をしている。 精も根も尽き果てたのだ。 「お疲れさん」 今日は心ゆくまで寝かせてやろう。 「ん……」 携帯のアラームが鳴った。 今日は水結との旅行の日。 午前7時に起きる予定なのだ。 アラームを止めると、鳥の声と水結の寝息が聞こえてきた。 「水結、朝だぞ」 「すぅ、すぅ」 「水結」 「ん……」 水結が身じろぐ。 そして、眠り姫が目を覚ますように、ゆっくりと瞼を上げた。 「あ……筧、さん……」 「水結、起きられる?」 「もちろんです」 にっこり笑い、水結が上半身を起こす。 「今日は、待ちに待った旅行……」 「……あ、あれ? れ? れ?」 ぐらりと水結の上体が揺れた。 慌てて支える。 身体がじっとりと熱い。 「お前、熱あるぞ」 「ははは、ライブの余韻ですかね」 「そんなことより、出る準備しないと」 「アホか」 起き上がろうとする水結の頭を抑える。 「旅行はキャンセルにしよう」 「そんな、駄目ですよ」 「じゃあ、体温測って平熱だったら旅行に行こう」 「ふっふー、望むところですよ」 「すみません、私のせいで」 体温は38度4分。 完全に病人であった。 「ライブだって、旅行があるって思えたから頑張れたのに」 「俺だって、楽しみにしてたさ」 「だ、だったら、今からでも行きましょうよ」 起き上がろうとする水結を、再度押さえる。 「もうキャンセルした」 「いけず過ぎますよー」 吐き出すように言って、水結はもう抵抗しなくなった。 「行きたかったなあ、旅行」 「筧さんと一緒に貸し切り温泉に浸かって、おいしいお寿司を食べて……」 「まあまあ、楽しみが先に延びたってポジティブに考えとこうよ」 「うう……次は絶対に行きましょうね、二人で」 「ああ、約束する」 やっとのことで水結は笑ってくれた。 「さ、まずは病気を治そう」 「はーい」 芹沢が、目の下まで掛け布団に潜る。 俺は、ベッドの傍を離れ氷枕の準備を始めた。 「ん……あ、あれ?」 お昼過ぎ。 眠っていた水結が目を覚ました。 「どう、調子は?」 「少し楽になりました」 そう言うものの、水結の息はまだ熱っぽい。 「5時間も寝てたんですね」 「ああ。今日は時間なんて気にしないで、ゆっくり休めよ」 俺の言葉を聞いて、水結はまた目を閉じる。 部屋が静かになった。 今日はテレビも音楽も流していない。 聞こえるのは、かすかな呼吸の音だけだ。 「静かですね」 「なんだか、世間に取り残されてしまったような気分です」 「昨日までが忙しすぎたんだ。その反動だよ」 「ですね、きっと」 水結が言葉を切る。 気がつくと、水結は布団の下から手を伸ばしていた。 手を握ってやる。 「ずっと傍にいてくれてありがとうございます」 「ロクなことできない彼女なのに」 「これはこれで楽しませてもらってる」 「普通の人と付き合っても、できない体験だろうし」 「その代わり、普通に楽しいことがあんまりできてないです」 「旅行も駄目にしちゃいました」 水結は、自分に休みがないことや、俺と時間が合わないことをいつも気にしている。 それらが原因で、俺との関係がまずくなることを懸念しているのだろう。 「俺のために仕事を減らすとか絶対にやめてくれよ」 「水結は、どこまでもガンガン進んでくれ」 「俺はずっと傍にいるよ」 「私なんかには、もったいないお言葉です」 手がぎゅっと握られた。 熱く感じるのは、水結の発熱のせいだけではないだろう。 「俺が水結のマネージャーなら、もっといろんなサポートができるのにな」 「ふふふ、会える時間も増えますね」 水結がうっとりと目を閉じる。 「さあ、もう少し眠った方がいい」 「……一つ、お願い、いいですか?」 「ああ」 「手を握っていて下さい。私が眠るまで」 もちろんOKだ。 声に出す代わりに、俺は手に力を込めた。 それで安心したのだろう。 水結は、ものの数分で再び眠りに落ちた。 翌日、水結が復調したので、二人で街に出た。 旅行の代わりに、今日は近場でショッピングだ。 目当ての場所もないので、ただ手をつないでぶらぶらと歩く。 それだけでも、水結はご機嫌だ。 「わー、このミュール可愛いですねー」 「あのジャケット、筧さんに似合うと思います」 「へえ。携帯、また新機種が出たんですね」 水結は、あちらこちらのショーウィンドウを覗きこんで、はしゃぐ。 それにしても、すれ違う男が立ち止まったり、こちらを振り返ったりしている。 みんな、水結を見ているのだ。 「……」 水結が急に足を止める。 視線の先は宝飾店。 ガラスケースの内側では、指輪が神々しい輝きを放っていた。 「……」 値札を見ると、ゼロが6つ並んでいた。 「すっごい綺麗ですよね」 水結が悪戯っぽく俺を見ていた。 「ええ、はい」 「あんな指輪、つけられたら幸せだろうなー」 「でも、私みたいな女じゃきっと無理だろうなー」 「……」 ライブ終了記念のプレゼントくらいは買ってやりたいが、こいつはヘビーすぎる。 いや、海外に渡って内臓でも売れば……。 「あはは、冗談です」 「筧さん、真顔になってましたよ」 「腎臓っていくらになるんだっけ」 「ちょっと待って下さい、冗談ですよ、冗談っ!?」 「お気持ちだけで十分です」 水結に背中を押されながら、商店街を進む。 「わ、きれーい」 次に足を止めたのは、アクセサリーを並べた露店だった。 テーブルクロスが敷かれた台の上に、色とりどりの宝石や、指輪、ペンダントなどが置かれていた。 値札を確認すると、ゼロの数は3つか4つ。 そこそこ財布にきついが、何かプレゼントしてあげたい。 「気に入ったのあったら、プレゼントするよ」 「え? そんな、いいですって」 「ライブ終了記念だって」 「いえ、本当にすみません。私がさっきあんなこと言ったから」 「いいっていいって」 「う、あ、うーーん……」 押し切られる形で、水結が品定めを始める。 「これ可愛い……あ、こっちも綺麗……」 「うーん、やっぱりこっちかなあ」 躊躇していたのは最初だけで、水結は楽しそうに指輪を眺めている。 「試しにつけてみたら?」 「肌の色との相性もありますしね」 と、水結が右の薬指に指輪をはめる。 恋人の証が一つ増えたような気がして、何だか嬉しくなる。 「似合ってるよ。それにしたら?」 「はい、では、すみませんけど」 プレゼントの指輪を、水結はさっそく装着した。 商店街を歩きながら、何度も太陽に透かし、キラキラした反射をうっとりと眺める。 「この指輪、ずっとつけたままにしますね」 「仕事の時は、つけてても大丈夫なの?」 「もちろんですよ」 「彼氏がいるってことは、オープンにしてますし」 「お昼の放送でも、ときどき筧さんの話してるじゃないですか」 水結が屈託なく笑う。 「あれ、けっこう緊張するんだよ」 「そういや、前は放送中に弁当まで食べてたな」 「美味しくいただきました」 「収録するとこって、飯食ったりして平気なのか?」 「自由には食べられませんけど、放送に必要なら全然OKですよ」 「よかったら、今から見学してみます?」 「いいね。入れるなら見てみたい」 水結が働いてる場所だ、一度くらいは見てみたい。 「この時間は収録もやってないでしょうし、大丈夫ですよ」 事務室で鍵を借り、俺たちは収録ブースへ向かった。 図書部の活動で何度か来た場所だ。 分厚い2重扉を進んだ先には、8畳ほどの部屋があった。 部屋の中央には会議机が2本に、イスが4つ。 卓上にはマイクが一本据え付けられている。 向かい側の壁面はガラス張りになっており、その先の部屋にはスピーカーやたくさんの機械が並んでいる。 「ここでいつもラジオをやってるんです」 「私の席はここですね」 と、水結がマイク前に座る。 「で、向かい側に作家さんが座るんです」 「一人でやってるんじゃないんだな」 「作家さんと会話をする感じで進めるんですよ」 「完全に一人言だと、やっぱり話しにくいですから」 いろいろ説明を受けつつ、ブースを一通り見て回る。 壁の材質からして普通の部屋とは違い、興味深い。 「座っていいのかな?」 「はい、もちろん」 水結の隣に座る。 「一日歩き回ったし、ちょっと疲れたよ」 「でも、すごく楽しかったです」 「普通のデートしたの、久しぶりでしたね」 水結の笑顔は輝いている。 本当に可愛い。 「指輪、ありがとうございました。大事にしますね」 「ああ」 会話が途切れる。 密室に二人きりだ。 静かになると妙な空気が流れる。 水結が忙しかったせいで、このところキスすらしていない。 意識すると、水結に触れたくなってきた。 幸い誰もいないし。 「水結」 「筧さん?」 同時に口を開いてしまった。 「あ、いえ、そちらからどうぞ」 「いやいや、水結から」 「え、ええと……その……いい天気ですね」 「おう、まあ、そうな」 確かに快晴ではあった。 「で、筧さんの話は?」 「あー、いや、いい天気だと思って。ははは」 「はははは、はは……」 静寂、再び。 「あのさ」 「は、はい」 水結も何故か緊張している。 「最近、こんな風に二人っきりになったことがなかったな」 「忙しくしてましたからね」 水結の手に触れる。 「筧さん」 水結がじっと俺を見る。 その瞳は、俺を誘うように潤んでいく。 「水結」 顔を近づける。 手をぎゅっと握り、唇を重ねた。 「ん……ちゅ……」 「ちゅ……んっ……」 久しぶりのキスに、頭がしびれる。 空いた方の手を、水結の豊かな乳房に載せた。 「か、かけいさん……ここで?」 「駄目?」 「だ、駄目ですよ」 「誰か来る?」 「来ない、ですけど……でも……」 「じゃあ」 「も、もう……」 水結の抵抗が弱まる。 「水結」 再び唇を近づける。 お互い、自然に鼻柱を傾けた。 まず吐息が触れ合う。 「んっ……」 お互い、口づけを交わす。 「ちゅ、ちゅ、ちゅっ……」 二度、三度と。 回数を重ねるうちに、キスに熱がこもる。 舌先を水結の口内に押し込んだ。 そして、歯をなぞりあげる。 「ん、んんっ」 水結はくすぐったそうに、俺の腕の中で身悶えする。 その肌がみるみるうちに上気し、ピンク色に染まる。 俺は唾液をとろとろと流し込んだ。 「ん、く」 小さな喉がこくこくと上下する。 水結の目が恍惚となり、焦点を失う。 「ん、んんんっ」 水結は貪るように俺の唇に吸いついてきた。 お返しとばかりに、唾液を流し込んでくる。 「んっ、ん、くちゅ、ちゅっ、ぴちゅっ」 口の中に広がる、甘い味。 頭の芯がぼうっと痺れたようになる。 俺は自分の舌先で水結の舌をつついた。 「っ……!」 水結はゾクッとしたように、身を震わせた。 今度は水結の方からも、俺の前歯に舌先を擦りつけてきた。 俺達は一生懸命、お互いの舌を愛撫し合う。 快感の電流に、頭がくらくらする。 「ちゅ、ちゅっ……」 「んちゅ、ちゅ、ちゅっ」 キスに没頭する。 「はぁん、ちゅ、ちゅっ……あぁ、ふぁん……」 思う存分にお互いの舌を味わう。 やっとのことで、唇と唇が離れる。 「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 輝く水結の唇を見つめながら、呼吸を整える。 「か、筧さん……」 そっと手を動かした。 服の上から、形を確かめるようにして水結の胸を触る。 服と下着のごわごわした手触りの奥に、とても柔らかい二つの感触がある。 「どう?」 「うっ……な、何がですか?」 「気持ちいい……かな?」 「……そ、それは、そのっ……」 消え入るような声で水結が答える。 耳に息を吹きかける。 「ひゃああっ」 水結がぞくぞく震える。 「本当に可愛い」 「ど、どこがですか」 「そうやって恥ずかしがるところ」 耳たぶを軽く噛む。 「ひゃああ、ああ、あああん……筧さん、筧さん……」 「じゃあ……」 俺は水結の服に手をかけた。 ゆっくりと、ブラジャーをたくし上げていく。 「あ、ああ……か、筧、さん……」 「だ、ダメ、ですっ、そ、そんなことされたらっ、わ、私っ……」 豊かな乳房がこぼれる。 「あっ……」 水結の頬がかぁっと火照る。 俺は両手で、露わになった乳房を揉みしだく。 「うぅ、あ、ああん……!」 「んっ、あぅ、はぁはぁ、うぁ、あぁあん……!」 いくら揉んでも飽きない。 揉めば揉むほどに、手応えがしっかりと指先を押し返してくる。 「ああん、はぁう、あ、ふぁ……んぅ、あっ、んく、うぅ、あぁう……」 両手に食い込む乳房の感触。 指と指のあいだにこぼれる肉も、とてもボリュームがある。 「ん……ぁんっ……ふくっ……あう、はぁう……」 「はぁはぁ、ああ……ふぁあっ、あくぅ……んん、ああぁっ……」 バランスのいい大きさで、柔らかくて、弾力もあって。 「どう……かな? まだ、気持ちよくならない?」 「はぁ、はぁっ、あああぁん、くはぁ……」 「ああ、はぁはぁ、はうっ……わ、私っ、私っ……」 水結はぎゅっと目を閉じて快感に堪えている。 必死な姿がいじらしい。 指で乳首をつつく。 「あっ! あうぅ……っ」 水結はたちまち敏感に反応して、身震いした。 「ああ、んはぁっ、あう、はぁう、んん……!」 「ん、んんっ、あっ、う、ああぁっ、くぅ……!」 水結の乳首はピンと立って、可愛らしく自己主張していた。 「そ、そこは、ぅあ、あああっ……!」 「わ、私、よ、弱くてっ……あっ、んああっ……!」 乳首をころころと指先で転がし、ピンク色の乳輪をなぞる。 「う……ああっ、んうっ、あう、ああっ、ふああっ……」 「うぁ、んんん、あうぅ、んくぅ……!」 「はぁはぁ、ああ、筧さん、筧さぁん……!」 水結はびくびく震えている。 今度は指の腹で乳首を押し潰して、くにくにといじった。 「ああっ、んく! あう、あふっ、あううっ〜!」 「あああっ、んあああ! あう、はぁあぁっ……!」 水結のパンツに手を伸ばしていく。 「あ、だ、ダメですっ……!」 「ああん、はぁはぁ……はぁ、あぅっ……!」 布地に触れたとたん、ちゅく……と水音が立った。 「濡れてる」 「う、うう……恥ずかしすぎます」 水結は快楽を押し殺した声を出す。 みるみるうちに布地が湿っていく。 「は、はう、ああう、ううっ」 水結は明らかに感じているが、それでも必死で声を上げまいと堪えていた。 「あ、ん、んんっ……か、筧さんっ……」 「あぅ、ああっ、そ、そこは、そこはぁっ……!」 しみ出してくる愛液を指に絡めつつ、下着の上から縦溝をなぞる。 下着の上からでもわかるほど、そこは熱を帯びている。 ちょっと力を込めると、下着ごと指が入ってしまいそうだ。 「んんっ、くうっ、うあ、ああぁっ……」 「うあ、あ、んん……っ、あう、はぁはぁ、はぁうっ……!」 下着をずらし、水結の性器に人差し指をあてがった。 ゆっくりと第一関節まで沈めていく。 「あっ、ああっ! ひぁっ、ぅあぁぁ……っ!」 水結の膣内は敏感に反応し、愛液をじゅくじゅくと迸らせた。 襞の一枚一枚が歓喜している。 埋めた指先が噛みちぎられるのではないかというほどの、強烈な締めつけ。 「あふぁっ、あ、ああぁん! や、やぁあん! も、もうガマンできません!」 「わ、私っ、も、もうこれ以上っ、エッチな声、我慢できませんっ……!」 「我慢しなくていいから」 「か、筧さぁん……!」 助けを求めるように俺を見上げる水結。 俺は淡いスリットをなぞりながら、水結にキスをした。 「んんっ、ちゅ、ちゅう……っ、あ、筧さん、筧さぁん……!」 切ない声を上げて、水結の方からも積極的に唇を重ねてくる。 「ちゅ、ちゅっ……んちゅっ、んんんっ、んぅ……」 「んう、あぁん、んんんっ……んく、あんっ……!」 指先をクレバスの上端まで持っていく。 「あ、あっ! そ、そこは……あぁぁ……」 ぷっくり腫れたようになっている陰核を指で弾く。 「うぁっ、んっ、んくっ、あ、ぅああぁん!」 「あうっ、んあっ、はうっ……!」 「はぁん、あ、あっ、あ、んぅ、うぅ……、んあぁっ……!」 「うあぁっ、あん、あっ、んんっ、ああぁ……っ!」 「か、筧さん、そ、そこ、そこは……ダメです……っ!」 水結の声が切迫しはじめた。 俺は陰核を転がし、縦筋を撫でる。 水結の身体が痙攣しはじめた。 「あああぁっ……! わ、わた、私、私っ……!」 「も、もうダメ、ダメっ、ダメえっ……!」 「あっ、ああっ、あう、んんんっ、あっ、んくっ、ああああああああぁぁ……っ!!」 「ぅあ、ああぁっ……はあっ、ああっ、んんっ、んっ、くあぁー……っ」 水結は白い喉をそらし、絶叫した。 その瞬間、膣口から愛液が噴き出す。 絶頂に達し、水結はくたっと脱力した。 「あぁ……、はあ、はぁう、はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ……ふあ、あぅ……」 秘裂は震えて、とろとろと透明な愛液を吐き出す。 椅子の上に液体がこぼれて、なんとも淫靡にコーティングされていく。 俺はまだ息の荒い水結を持ち上げ、テーブルに横たえた。 水結は両の太腿を開き、しどけない格好で横たわっている。 ピンク色の淡い縦筋は不随意にわなないて、透明な雫をこぼしている。 「綺麗だよ、水結」 「う、うう……は、恥ずかしいです……」 「一人だけこんな風にされるなんて、嫌すぎです」 「じゃあ」 水結と目と目を合わせる。 「次はふたりで」 「ふふ、はい」 心の底から嬉しそうに笑った。 水結の脚の間に身体を入れ、ペニスの先端を入口に添えた。 亀頭のサイズに合わせてゆっくり膣口が広がる。 「あぁ……ぁ……んぅ、あぁう……!」 愛液を先端になじませてから、ゆっくり挿入を開始する。 「はぁう! あああぁっ、あぁ……!」 「筧さんが……入って……来、たぁっ……! ああう、ううっ……!」 ぐっと体重を掛ける。 ひどく窮屈な襞の間を、みちみちと押し広げていく。 「ああっ、んっ、あ、あぁ……あああっ……!」 ビクンビクンと痙攣を繰り返す肉棒を、蕩けそうなほど熱い媚肉がゆっくり包み込んでくる。 「あ、うぅ、あつ……熱い、です……うぅっ」 「ん、熱くて、あぁ……う、おお、大きいっ……」 潤滑油の助けを借りつつ、抵抗を押し割っていく。 こつん、と先端が固い壁に当たった。 「全部入った」 「は、はい……はぁ、はぁ、んはぁ……」 「嬉しい、です……はぁ、ふぅ……筧さんと一つになってます」 肉襞の一枚一枚が異物の侵入にざわめいている。 ただこうしているだけでも気持ちいい。 「動くけど、大丈夫?」 「は、はい……もちろんです……」 「ふぅ、ふぅ……筧さんの好きなように動いてくれて、構いませんよ?」 水結の言葉に促されて、俺は前後運動をはじめた。 「はぁん、あ、あっ、ああっ……!」 「んんん、んあぅ、あん、はぁ……はぁ、ああん……っ」 「く、あっ、んんっ、あ、ああっ、はぅ……うあっ、あぁ……あん、くぅ……っ!」 水結のそこは、とても狭く、きつい。 腰を動かすたびに、わななく膣の凹凸が亀頭にまとわりついてくる。 「あっ、ひあっ、うぅ、く、ああっ……」 「ひぅ、あう、んあっ、うぁ、うああっ……」 引いた分だけ、押し込んだ分だけ。 ぴったり襞が吸い付いてくる。 同じ面積をひたすら擦りつけ合う。 「あっ、やっ、ああっ、あ、あぁん、はあぁぁ、ぅああぁん」 「うぅっ、あぁ、うっ、あっ、んんっ、んく、あっ、あっ、あっ」 「ふあぁ……う、あっ、んんんっ、んくぅ、ふあぁっ、あふぅ……!」 快楽の反復に、水結は鼻にかかった声を上げる。 一突きごとに俺は少しずつ角度を変えた。 水結の蜜壺を、余すところなく塗り潰していく。 「うっくぅ、ああっ、うぅっ、あっ、ひぁっ、あふっ、ああっ」 「ああっ、あふぅ、んんっ、か、筧さん、筧さぁん」 「んふぅ、んああっ! あ、あっ、あぁんっ、んんぁ……っ!」 どんどん俺の動きが激しくなる。 より深く、水結が感じるポイントめがけて、突き込む。 粘膜が擦れ、卑猥な水音がブースに溢れる。 「ああっ、うぁあっ! あっ、ああっ、ひくっ、あんっ、んんっ、ああぁ」 「んくぅ、ああっ、い、いいですぅ、気持ち、ああっ、気持ち、よすぎますっ」 溶けていく。 どこまでも、わかちがたく、ひとつに。 「あああっ……! か、筧さぁん! あっ、ああっ、んああっ」 「ふぁっ、あ、あ、あんっ、わ、私、もう、ダメっ、ですぅ! んうっ、んああああっ」 「俺も、もう」 「は、はいっ! わ、私と、筧さんは、いつまでも、一緒ですっ!」 脳髄がじりじりっと痺れ、下半身が疼く。 「ううっ、あ、あ、ああっ、んっ、く、ああっ、あう、くっ、んあ、ああぁ……っ!」 「ああ、ああっ、もう、だめっ、いきっ、ますぅっ、あ、あ、イっくうううううううーっ!」 水結の膣内が激しく収斂し、俺の肉棒に絡みついてくる。 「んんっ、あっ、くっ、んああぁ、あっ、ああっ、う、んっあああああああぁぁっ!!!!」 びゅくっ、どくどくっ! びくんっ! ギリギリのところで引き抜いた肉棒から、精液が勢いよく迸った。 次から次へ欲望の粘液が吐き出され、水結の肌に降りかかっていく。 「あああ……出てる、筧さんの、精液……」 「ああ、私の、身体に……あはぁ、あぅ……はぁ……あぁ……」 なおも射精は止まらず、さらに水結の身体を汚す。 「ふぅ……はぁ、はぁ、んはぁ……はぁ、んん、んぁ……」 「ああ、あああ……はぁ、はぁ……すごく、ドロドロしてます、ね……」 水結は身体に付着した精液を指ですくった。 そして、液体が垂れる様子を恍惚と眺めている。 「はぁ、はぁう……筧、さん……」 「水結……」 お互いに、見つめ合う。 出したばかりなのに、俺の下半身に再び血液が集まってくる。 「その……水結さえ、よかったらだけど」 「はい」 「ええと……もう一度、いい?」 「え、あ……くすっ……ええ、いいですよ」 「何度だって、筧さんがしたいだけ」 携帯の着信メロディが割って入った。 ふらつく手で水結は携帯電話を拾い上げ、発信者表示を見た。 「誰から?」 「……ええと、その」 「マネージャーから、です……」 「じゃあ、出た方がいい」 「(もう……いいところで……)」 口の中でもごもご言いながら、水結は携帯を耳に当てた。 15分ほどして、身支度を整えた俺たちは事務棟を出ていた。 「はあ、今日は完全オフって話だったのに」 「ま、ぼやくなって。代理登板でも大事な仕事だろ?」 「それはそうですけど」 マネージャーからの電話は、急な仕事の話だった。 急病で倒れた声優さんの穴埋めだ。 「まさか、筧さんがあっさり裏切るなんて」 「俺だってもう少し一緒にいたかったよ」 「でも、これだってチャンスの一つだし」 「わかってます。お仕事が来るなんてありがたいことです」 「でも、今日だけは愚痴は言いたいんです」 ぶーぶー言いながら、水結は俺の腕にぶら下がった。 「そういえば、筧さんの部屋に演劇とかお芝居の本が積んでありましたよね」 「急にどうしたんですか?」 「ちょっと勉強してみようと思ったんだ」 「こっちに知識があれば、多少はマシな意見が言えるようになるかもしれないから」 「じゃあ、私のために……」 水結は、ひたすら真っ直ぐに走り続けている。 俺はそんな彼女を好きになったし、傍で支えていきたいと思う。 なら、俺も置いていかれないように走らねばならない。 水結の背中を、指をくわえて見ているだけの男にはなりたくないのだ。 「これからは、面白そうなお芝居とかあったら誘ってくれると嬉しい」 「今まで一人で黙って観に行ってたよな」 「そりゃあ、お芝居のチケットって安くないですし、筧さんを巻き込むのは悪いと思って」 「俺も勉強したいし、これからは一緒に観に行こう」 「はい、ありがとうございますっ」 「前から、お芝居デートができたらなって思ってたんです」 心底嬉しそうに微笑むと、水結は俺の腕に力を込めた。 正門に着くと、電話で呼んだタクシーがちょうど滑り込んでくるところだった。 「間に合わないから、タクシー呼んでおいたよ」 「ありがとうございます」 「ふふふ、何だかマネージャーさんみたいですね」 「そう言ってもらえると光栄だ」 「俺は、これから先もずっと、水結の一番傍にいるマネージャーでいられたらって思ってるよ」 「仕事じゃなく、パートナーとして」 「筧さん……」 水結が瞳を潤ませる。 近づきかけた俺たちの前にタクシーが停車した。 「行ってきます」 「ああ、頑張ってこい」 「はい、頑張ってきます」 「と、その前に」 「ん?」 「忘れ物がありました」 「何を忘れた? 取ってくるよ」 と、踵を返そうとしたとき。 「筧さんっ」 気づくと、すぐ傍に水結の顔があった。 柔らかくて温かいもので唇を塞がれている自分に気づく。 「っ……」 やがてお互いに唇を離し、見つめ合う。 「……」 「……」 「大好きです、筧さん」 水結が笑顔を向けてくる。 控えめに水結が示す右手の薬指。 そこでは、プレゼントしたばかりの指輪が輝きを放っている。 「自分勝手な私ですけど、今後ともよろしくお願いしますね」 「……ああ。俺の方こそよろしく」 「はい、頑張って、二人で幸せになりましょうね」 「では、行ってきます」 元気よく言って、水結は眩いばかりの笑顔を浮かべた。 俺たちの道がどこへ続いているかはわからない。 でも俺は、水結と共に歩き続けたい。 行く先がどんなに険しくても、迷路みたいに入り組んでいても、彼女とならきっと楽しいはずだから。 「そっち、敵が湧いてます。あ、回復キット拾っておいてください」 「焦らず、ゆっくり回復していいですよ。ちゃんと待ってます」 「……よし、大丈夫だ」 「じゃあ進みますよ。私のあとに、しっかり付いてきて下さいね」 「ああ」 今日はレフト・フォー・グール2というゾンビFPSを紗弓実と遊んでいる。 いつもの対戦FPSとは違う、味方と一緒にゾンビを倒しながらステージクリアを目指す協力型のFPSだ。 「あの実績まだ解除してないんですか? じゃあついでに取っちゃいましょう」 「ゴルフクラブでゾンビの頭を18回ぶん殴るだけです」 銃で撃つとゾンビの血が飛び散ったりする、なかなかにスプラッターなゲームだ。 心臓の弱い方やお子様にはとても見せられない。 「ホントL4G2は癒やし系ですよねー」 「コープゲーは素晴らしいです。心が洗われるというか、癒やされるというか」 ゾンビをバリバリ撃つゲームをしながら癒やされてもなあ。 「最初から助け合い前提の、こういうゲームもたまにはいいものですね」 「まったりまったり」 とか言いつつ、ゾンビにヘッドショットを決めていく。 「わお、今の見ました? ファンタスティック!」 紗弓実がガスタンクを撃つと、爆炎と共に大量のゾンビが吹き飛んだ。 「ちょっとした打ち上げ花火といった感じですか。癒やされますねー」 ゾンビを吹き飛ばしながら癒やされる女。 それが俺の彼女だった。 そんなエキセントリックな部分も含めて好きなんだと思う。 「やばい、囲まれた!」 「落ち着いて下さい!」 紗弓実が、俺のキャラにまとわりついていたゾンビ達を撃ち倒していく。 「助かった……」 「大丈夫。京太郎は私が絶対に護りますから」 ゲームの世界では異様に格好いい。 惚れ直しそうになる。 「でもダメですよ、油断したら。もっと集中してください」 「京太郎、さっきから注意が散漫です」 「いや、だって」 身じろぎしようとするが、やっぱり動けない。 「この体勢さ……いい加減なんとかならないのか?」 あぐらをかいた俺の足に、膝枕よろしく紗弓実が寝そべっているこの体勢。 紗弓実の頭部が、ちょうど俺の足の付け根の位置……有り体に言うと股間の真上にあるのだ。 「ならないですね。これが一番落ち着くんですよ」 「さいですか」 移動しようという意思が全くないようだ。 仕方なく、このままの体勢でゲームを続けていく。 「ああっ、捕まりました!? 京太郎、助けてください!」 「任せろ!」 このゲームは、基本的には一人じゃクリアできないように作られている。 敵に捕まった紗弓実を、今度は俺が助ける番だった。 「見えてはいたんですが、反応が間に合いませんでした……ありがとうございます、京太郎」 「紗弓実のことは俺が護るからな」 「ふふふ、それでこそ私のパートナーです」 二人で助け合いながらゲームを進めていく。 「二人で助け合うゲームで遊ぶだなんて、私達なんだかカップルっぽいですよね?」 「ゾンビFPSだけどな」 女の子と一緒に遊ぶようなゲームじゃない気がする。 いや紗弓実相手なら、逆に自然だと言えるのだろうか。 ひとしきり遊んでいたら、小腹が空いてきた。 ゾンビゲーで遊んだ直後に腹が空くなんて、俺も結構ゲームに毒されているのかもしれない。 時間的に飯を食べるには早かったので、紗弓実が買い込んで来たお菓子を開けることにする。 「だって部屋にいたって、食べ物もなんにもないですからねー」 ぱりぱりとスナックを食べながら答える紗弓実。 紗弓実は土曜日から、毎日俺の家に遊びに来ていた。 昼前に来たと思ったら、日が暮れるまでずーっとゲーム三昧。 夜になると一度帰るものの、翌日またやってくる。 「どうせなら泊まっていけばいいのに……」 これまでだって、睡眠のためと称して泊まることは結構あった。 「あ、あんまり泊まったらあれじゃないですか。ほら、あれになっちゃいますから」 「具体的に言うと?」 「同棲……みたいな?」 みたいというか、そうなるのか? 「そんなに私の身体を蹂躙したいんですか?」 「私の豊満なボディの虜になってしまっているのはわかりますが」 「幻聴?」 「誰が幼女ですかっ!」 重いのを一発ボディにもらった。 一言も幼女とは言ってないんだが。 「京太郎と一緒に快楽を追求するのも面白そうですが、今はちょっと忙しいんですよ」 「ですから、しばらくはゲームだけで我慢して下さいね」 スナック菓子を食べながら忙しいとか言われても困るが、紗弓実なりに事情があるらしかった。 「ところで、家に食べ物もなんにもないって本当か?」 「カップ麺と水道水ぐらいはあるかもしれませんね」 一体どうやって生活しているんだろう。 まあ、俺もあまり褒められた食生活をしているわけではないが。 「普段の食事は基本、アプリオのまかないとコンビニで済ませていますから」 「まかないなんてあるのか」 「ええ、従業員割引があるんです」 「私の場合、ドリンクもフードも基本タダですけどね」 マネージャー特権というものがあるらしい。 無料になるのはあくまで自分で飲食する分だけですけど、と紗弓実は付け加えた。 「むしろアプリオに住んだ方がいいんじゃないのか?」 食生活に関しては、学食で食べた方が断然いいだろう。 「あら、いい勘してますね」 「?」 「まあ、それはそれとして……」 「コンシューマで遊ぶのもそろそろ飽きてきましたね。たまにはPCで遊びたいですよ」 「特にFPSはキーボードにマウスじゃないと、どうにも落ち着かなくて」 「でもPCじゃ、二人で一緒に遊べないだろ」 部屋にPCは一台しかないし、画面も小さい。 「それもそうですか……」 「では、こうしましょう。私は自分の部屋から接続します」 「これなら二人で遊べますよ」 「オンライン上ではな。でも俺はオフラインで紗弓実と一緒にいたいんだけど?」 「……そ、そうですか。なら仕方ないですね」 言いながらも、頬が少し赤い。 照れているのかもしれない。 「一緒にいれば……ほら、こうやって触れ合えるしさ」 「ぐう……だから頭を撫でないでください」 「まあまあ」 「何がまあまあですか。何だかモヤモヤします」 そう言いながらも、抵抗はない。 柔らかい髪を撫でながら抱き寄せる。 「ちょ、ちょっと、京太郎……。私、まだお菓子食べてますよ」 「別にいいよ」 「ん……」 唇を重ねると、ほんのりコンソメ味。 「京太郎って……ドMっぽく見えるのに、たまに強気なんですよね」 「誰がドMだって?」 「あらあら、メイド服を着て喜んでいたのは、どこのどなたでしたっけ」 「それはもう忘れてくれよ」 記憶から抹消しかけていたのに。 ていうか、別に喜んではいない。 「私はわりと嫌いじゃなかったですよ。京子ちゃん」 「あいつは死んだよ、訓練中の事故でな」 「あらまあ、それは残念ですね」 そう言いながらも笑っている。 「ところでPCの件ですが」 前置いて、スマホを取り出す紗弓実。 「いっそのこと、新しいのを組んじゃいましょうか」 「組むって……PCをか?」 相当気軽に言われたが。 「自作って案外簡単なんですよ。好みのパーツを入れる楽しみもありますしね」 スマホの電卓アプリをいじる紗弓実。 「ご予算このぐらいでいかがでしょう。これで大体ミドルレンジなイメージです」 ぽちぽちとやってから、画面を俺に見せてくる。 「……たかっ!」 想像をはるかに超える数字が並んでいた。 数ヶ月分の食費に相当する額だ。 「ゲーム用のPCはグラフィック関係にお金がかかるんです」 「これでも結構妥協した方なんですよ」 本当なら、これの倍ぐらいの予算をかけたいらしい。 生活費を削っても絞り出せる数字じゃないし、分割払いをする気にもなれない。 「こんなには出せない。普通に使う分には今ので十分だし」 「仕方ありませんね」 「私のお古で良ければ今度一台あげましょう。一世代古いですが、十分現役です」 「いや、悪いって。けっこうするだろ」 「いいですいいです。PCなんか暖房がいらないほどありますから」 「なんでそんなにあるんだ?」 「なんででしょうね。気がつけば勝手に増えているんですよね」 わけがわからん。 「ともかく、欲しかったら家まで取りに来て下さい」 紗弓実の部屋か。 一体どんなところなんだろう? 付き合い初めてもうじき2ヶ月だが、未だに紗弓実の私生活には謎が多い。 今みたいにダラダラと俺の部屋に入り浸る時もあれば、何日も連絡が取れない時もある。 寝る所も何ヶ所か確保してあるとかうそぶいていたし。 「そんなにたくさんPC買って、何に使ってるんだ?」 「色々ですよ、色々」 「ああ、安心してください。京太郎にあげるのはクリーンなやつですから」 ……微妙に曖昧じゃなくなっていた。 「紗弓実さ、自分の彼女が犯罪者になるとか全然洒落にならないからな」 「ふふふ、大丈夫ですよ。私がそんなヘマをするわけないじゃないですか」 「それにもちろん、すべて合法ですから♪」 にっこり微笑む笑顔は天使のそれだ。 まあ、合法ならいいか。 いいのか? うーん……。 「そういえば、ひどい話があるんです」 「今度、体育の授業で持久走のテストがあるんですよ」 「ああ、俺の方もあるって言ってたな」 「1年中、バドミントンか卓球やってれば単位をくれるっていうから選択したのに……」 「急に持久走やるとか言い出したんですよ、あの教師!」 「そういうこともあるだろ」 一口に体育と言っても、球技や陸上、ダンスなど色々な種類がある。 俺が取っているのはごく普通のやつだが。 紗弓実の方は、球技メインの比較的ソフトなやつらしい。 運動が嫌いな人向けの授業だ。 「しかも6キロですよ!? 6キロ走るなんて人間の機構上無理なんです」 「いやまあ……そうか?」 ちなみに男子は8キロ走らされることになっている。 確かに、わりと気の滅入る話ではあるが。 「しかもタイムが50分を切らないと落第とか、不可能にもほどがあります」 「私に光の速度を超えろと言ってるのでしょうか」 何やらぶーぶー言っていた。 「普通に走ればいいんじゃないのか?」 50分で6キロ走るには、まあ1キロ8分のペースで行けばいい。 早歩きとテレテレ走りの間くらいのイメージだ。 だいぶ緩い基準である。 「はあ……このままだと単位落として留年です」 「体育なんて、顔出してれば単位取れるだろ」 「体育の授業は最低限しか取っていないので、テストを落とすとかなり苦しいんです」 肩を落とす紗弓実。 この学園に追試や補習はない。 単位が足りない=留年だ。 しかし体育の単位が足りなくて留年だなんて聞いたことがないぞ。 「そんなに心配なら、自主練してみたらどうだ? 俺も付き合うからさ」 「えー? イヤですよそんなの。大体そんなにヒマじゃありませんし」 ベッドの上でゴロゴロしながら答える紗弓実。 寝転んだまま、テーブルの上のスナック袋に手を伸ばす。 「ん……奥の方に届きません。食べさせてください、京太郎」 「……」 駄目な人種だ。 その場から動くのすら億劫だったようだ。 持久走とか練習とか、それ以前の話のような気がする。 「でもまあ、どうせ学生なんですし。あむっ」 俺が差し出したスナックを、ぱりっとかじる。 「精一杯頑張りました的なポーズを見せておけばきっと単位ぐらいもらえるはずですよ。ゆとり万歳です」 前向きなんだか後ろ向きなんだか。 「はー、でもどうにかしてサボれないものでしょうか……」 「どうせ単位をもらえるのなら、より楽ちんな方がいいですよね」 走る努力はしないが、走るのを回避する努力には抵抗がないらしい。 全力で後ろ向きだな。 「お待たせしました。BLTサンドイッチとアイスコーヒーになります」 「ありがとう」 サンドイッチの乗った皿とアイスコーヒーを俺の前に並べる紗弓実。 紗弓実がシフトを入れている日は、大抵学食で昼食をとることにしていた。 取っている授業もほとんど被っていないので、こうでもしないと一日顔を合わせずに終わってしまう。 少しでも彼女と一緒にいられる時間を作りたい。 とは言っても、昼の学食は混雑する。 フロアマネージャーの紗弓実は、いつも忙しくて俺の相手どころではない。 「はーあ。私が勤労しているというのに、京太郎はのんびりお昼ご飯ですか」 今日は比較的空いているので、紗弓実にも余裕があるようだ。 「いいですねー。私もお腹空きましたよ。ぐっすん」 泣き真似をしている。 「サンドイッチ、一切れ食べてくか」 「いえ、流石に遠慮しておきます。従業員がテーブルで食べる訳にはいきませんし」 「じゃ、もう少しこっちに来てくれよ」 「はい?」 近づいて来た紗弓実の帽子を取り、頭を撫でてやる。 「なでなでなでなで」 「わっ、ちょっ、京太郎……!?」 紗弓実が俺から帽子をむしり取り。 「人前で撫でないでくださいっ!!」 床に叩きつけた。 「オーバーなやつだな」 二人きりの時は大丈夫なのに。 「取り乱しました」 「うん、何か久しぶりに見た気がする」 「京太郎が悪いんですよ。あんなことするから」 「付き合ってることがバレたら恥ずかしいじゃないですか」 もごもご言いながら、帽子をかぶり直す。 俺たちの関係を知っているのは、図書部のみんなと、ごく一部の人間だけだ。 俺は誰に知られようと構わないのだが、紗弓実がどうしても嫌がる。 意外と……というと悪い気がするが、これで結構ナイーブなんだよな。 「今日の仕事、もうすぐ終わり?」 「ええ。あと30分ぐらいでしょうか」 「それじゃ、終わったら俺の部屋に来ないか? 午後が休講になって時間が空いたんだ」 「ナイスタイミングです。私もちょうど空いてたとこでした」 「いくつか抱えていた仕事も一段落しましたし」 ということは、午後は二人でゆっくりできそうと。 「その話を聞いて、少し元気が出てきました」 「それじゃあ、もう一頑張りして来ましょうか。京太郎はここで待っていてくださいね」 「ああ」 「二人でお話しているところ、ごめんなさい。ちょっといいかしら」 振り向くと、見知った姿がそこに立っている。 「こんにちは、筧君。それに嬉野さん」 「あらあら、珍しい。お食事ですか? でしたら空いている席にご案内しますけれど」 「ありがとう。でも、今日はあなたに用があって来たのよ」 「はい? 私にですか」 「ええ、今朝もらった報告なんだけれど……」 声を潜める望月さん。 「ああ、アセットマネジメント研究部の不正経理の件ですか?」 「しっ、声が大きいです」 「失礼。でも学生の分際でよくやりますよね。逆に感心してしまいました」 「あなたが感心してどうするのよ?」 「まあ投資内容自体も相当無茶でしたからね。むしろプラスが出て良かったレベルです」 「下手したら何人か吊る羽目になっていたかもしれませんからね。何をとは言いませんが」 何やら物騒な話が漏れ聞こえてくる。 「ことが大きくなる前にわかって本当に良かったわ。お陰で早めに手が打てました」 「ありがとう、嬉野さん。大いに助かりました」 「いえいえ。この私を差し置いて儲けようだなんて気に入らな……」 「じゃなくて、これも学園のためですから」 ふふーん、と小さな胸を張る紗弓実。 「これで、貸し借りなしですね♪」 「私は別に貸しだなんて思っていなかったわよ?」 「そういうわけにはいきません。望月さんに借りがあるかと思うと快眠できませんので」 「ずいぶんな言いぐさね」 「気のせいですよ。私は誰に対してもこんな感じですから」 「まあ、あなたの気が済むのなら、それでいいけれど」 「……」 物騒な話は忘れるに限る。 「すいませーん。注文したいんですけどー」 遠くのテーブルで他の客が手を振っている。 「はーい、ただいま」 「それじゃ、私はこれで失礼しますね。京太郎はまたあとで」 にっこり微笑んでから、ぽてぽてと去っていく紗弓実。 相変わらず小動物じみて可愛らしい仕草だ。 今の今まで物騒な会話をしていたとは誰にも想像できないだろう。 「ごめんなさいね。何だか二人の邪魔をしてしまったみたいで」 望月さんが申し訳なさそうに言う。 「いいんですよ。俺は食事に来ただけですし」 「二重の意味でお邪魔しちゃったわね」 「気にしないでください」 二人が話している間に、ほとんど食べ終わっている。 「それにしても嬉野さんと筧君が付き合うことになるだなんて」 「世の中、何が起こるか本当にわからないものですよね」 「あら、そんな風には思ってないわ」 「あなた達はどこか似ているように見えたし、結構いいカップルなのかもしれないって思っているのよ」 望月さんには、俺と紗弓実が付き合っていることはバレてしまっていた。 「あなたと付き合うようになったからかしら。あの子も少しずつ変わっているみたい」 「変わっている?」 「ええ。前よりも人当たりが柔らかくなっているわ」 そうだろうか? 素直じゃないのは相変わらずだし、気を抜けばチクリとトゲで刺されてしまう。 望月さんだけにわかる何かがあるのだろうか。 「俺は何もしていないですよ」 俺はただ、彼女と一緒にいるだけだ。 「私が言うのも変な話だけれど、彼女のことをよろしくね」 「ああ見えて、色々と危ういところのある子だから」 「でも、筧君なら……彼女のことをうまくサポートできるかもしれないわね」 遠くのテーブルで仕事をする紗弓実を眺める望月さんの視線は、どこか優しく見える。 「聞いてもいいですか」 望月さんが、視線で先を促してくる。 「望月さんと紗弓実って、古くからの知り合いなんですか?」 以前から気になっていたことだった。 前に紗弓実が見せた、あの写真。 望月さんと紗弓実がこの学園で初めて会ったのだとしたら、あんな古い写真を持っているのはおかしい。 「そうね、なんて言ったらいいのかしら……うーん」 珍しく歯切れが悪い。 「まあ、色々と、ね」 曖昧に笑った。 「あまり長居しても学食に迷惑ね。私はこれで失礼します」 「それじゃ、また」 「あ、はい」 詳しく聞くことはできなかった。 あまり言いたくないことなのかもしれない。 「一体何を話していたんですか?」 「いや、大した話じゃないよ」 「ふーん……そうですか」 疑わしそうな目を向けてくる。 「ま、いいですけどね。今日の夕飯は京太郎がおごってください」 「いいけど、なんで急に」 「なんででもです!」 ご機嫌斜めになっていた。 「よう、佳奈すけ」 「あ、筧さん、いらっしゃいませ」 今日は、昼の時間帯に佳奈すけの姿があった。 ヘルプでも頼まれたのだろう。 「お昼でしたら、今日はオーガニックランチプレートがオススメですよ」 「いや、悪いんだけど飯じゃなくて」 「紗弓実って、今日、シフト入ってたよな?」 見たところ、フロアに姿はない。 実は、ここ数日、紗弓実と会えないでいた。 家にも来ないし携帯も繋がらない。 メールにも返信はなかった。 誘拐でもされたのではと心配になったのだ。 「えーと、それがですね……。いることにはいるんですが」 言い渋る佳奈すけ。 「緊急の用事があるとかで、バックヤードにこもっちゃってるんですよね」 「アプリオの仕事で?」 「さあ、どうなんでしょうね」 「バックヤードの嬉野ルームには、誰も入れてもらえないんですよ」 要は、仕事もせずに『嬉野ルーム』に立てこもっているということか。 謎すぎる。 「店長に内緒でパソコンやら何やら、色々持ち込んでるみたいなんですよね」 「中で一体何をしてるんだか……」 紗弓実のやつ、もしかして住んでるんじゃないか。 住んでいるかどうかは別としても、拠点の一つなのかもしれない。 ま、顔でも見ていくか。 仕事してないってのも気になるし。 「悪いけど、嬉野ルームに案内してもらえるか?」 「一応、バックヤードは関係者以外立ち入り禁止になってるんです」 「それに嬉野さんが入れてくれるかどうか」 「頼むよ、佳奈すけ」 「うーん、まあ、筧さんの頼みなら」 「もしかしたら〈天岩戸〉《あまのいわと》を開いてくれるかもしれませんし」 佳奈すけが俺を連れてきたのは、やたらと重そうなドアの前。 「紗弓実?」 ノックしつつ声をかけるが、返事はない。 何度か続けても結果は一緒だ。 「集中してるみたいで、誰が声をかけても無反応なんですよ」 「その上、平気で何時間もこもってるみたいですし」 ノブに手をかけてみるが、内側から鍵でもかかっているらしく開かない。 「こうなったら、〈天岩戸〉《あまのいわと》作戦だ」 「佳奈すけ、何か面白いこと頼む」 「無茶振りすぎます、ストリップでもやれって言うんですか」 「じゃあ、一発芸」 「無理ですって。それに、嬉野さんがヘッドホンでもしてたら、私完全に火傷します」 「言われてみればそうか」 ノックに反応しないのは、聞こえていないのかもしれない。 参ったな。 ポケットの中で携帯が震えている。 取り出して見ると、メールが着信していた。 差出人は紗弓実だ。 『外で騒いでいるのは京太郎ですか?』 「おい、聞こえてるなら返事しろ!」 ドアを叩くが、無反応。 代わりに携帯が再度メールの着信を知らせる。 『今、人と話す気分ではありません。集中力が途切れます』 『端的に言うと、さっさと帰って下さい』 「……」 とりつく島もない。 「メール、嬉野さんからですか? なんて言ってます?」 「さっさと帰れって」 「やっぱり……」 肩を落とす佳奈すけ。 「筧さんでもダメでしたか……期待してたんですが」 まあ、少なくとも元気でいることだけはわかったのだ。 「オーガニックランチプレート、食べていきます?」 「頼もうか」 今日はこれで退散することにした。 「おっと」 夜の11時過ぎ、携帯が鳴った。 紗弓実からだ。 一体なんだろう。 「京太郎? よかった、起きててくれましたか」 「なんだ、どうしたんだ?」 「急で申し訳ないんですが、今からアプリオに来てほしいんです」 「……はい?」 こんな時間にか。 「お前、まだアプリオにいるのか?」 「作業に集中していて、気づいたらこんな時間でした」 どんだけ集中してたんだよ。 「って、時間はどうでもいいんです。すぐに来てくれませんか?」 「別にいいけど、何でまた?」 「その……ですね。実は、出られなくなってしまっていて」 「はあ? バックヤードから出られないのか?」 「ええ、何故かドアが開かないんです」 「他の店員は? 助けは呼んでみたか?」 「もう営業時間が終わってるんです、誰もいませんよ」 「鍵でもかけられたのか」 「鍵なら内側からも開けられますよ。開かない理由はわかりません」 「念のためセキュリティを解除してみましたが、当然開きませんでしたし」 「そいつは困ったな」 「う……く……」 突然、紗弓実の声が苦痛に歪んだ。 「あ、おい、紗弓実!?」 「……と、とにかく……すぐに来て下さい。事態は急を要します」 「どうした? 具合でも悪いのか?」 「全てが間に合わなくなる、その前に……早く……」 突然通話が切れてしまった。 「紗弓実?」 こちらからかけてみるが、繋がらない。 やばいな。 「くそっ」 部屋を飛び出す。 マンションを出たところで、アプリオが閉店しているという事実を思い出した。 行ったところで、店の中に入れなくては意味がない。 誰か鍵を持っていそうな人物は……。 佳奈すけ……は、流石に持っていないだろうな。 普通のバイトだし。 だとすると、他に誰か頼れそうな人は……。 携帯のアドレス帳を見てみるが、心当たりはない。 ……待てよ? ある人物のところで指が止まる。 望月さんの番号。 彼女なら、何とかしてくれるかもしれない。 ダメ元でかけてみよう。 「はい、もしもし?」 「望月さん? 遅くにすいません」 「どうしたの、こんな時間に」 事態を簡潔に伝える。 「あの子、何をしているのかしら」 呆れたように溜息をつく望月さん。 都合上、紗弓実がバックヤードを勝手に占拠していることも話したのだ。 「ともかく事態はわかりました」 「鍵はなんとかしますので、アプリオの前で待っていて下さい」 「ありがとうございます」 「お礼は後よ」 アプリオに来てみるが、やはりと言うべきか、鍵がかかっている。 「待たせてしまってごめんなさい」 丁度、望月さんがやってきた。 しかも制服姿だ。 もしかして、まだ生徒会の仕事をしていたのだろうか。 「すぐに開けるわね」 アプリオに入る。 バックヤードの位置はわかっている。 昼間、案内してもらっておいて良かった。 「これは、一体」 「……」 バックヤードのドアの前には、大量の段ボールが積まれていた。 これじゃ開かないわけだ。 食材が入っているようで、段ボールは結構重い。 本来バックヤードに搬入されるものだろうか。 置き場所がなくて、とりあえずここに積まれたのかもしれない。 だとしたら紗弓実の自業自得か。 「紗弓実?」 「京太郎……? 来てくれましたか……」 ドアの向こうから紗弓実の声が聞こえてくる。 どこか弱々しい。 「待ってろ。今、助けるから」 望月さんに手伝ってもらいながら、段ボールをどかしていく。 待ちかねたように、ドアが開いた。 「紗弓実っ」 「京太郎」 紗弓実がおぼつかない足取りで出てきた。 「ありがとうございます……助かりました……」 「あなた、何してるのよ」 望月さんが呆れたように言う。 「あら、どうして望月さんが?」 「アプリオの鍵を開けてもらったんだよ。俺だけじゃここにたどり着けなかったぞ」 「うう……私としたことが、また借りを作ってしまうだなんて……最悪です」 「お礼を言われると思ってたんだけど、甘かったみたいね」 腰に手を当て、紗弓実を見下ろす望月さん。 「あ、いえ、ありがとうございました」 「それで、何故こんなことになったのか説明してちょうだい」 有無を言わせないような雰囲気だ。 だが……。 「……そ、その前に……」 小さくなっていた紗弓実が、もじもじと内股をこすり合わせた。 「い、いかせてください……」 「え?」 「……はい?」 「もうゲージが満タンですっ!?」 言うが早いか、アプリオの奥にダッシュで消えた。 ああ、急を要する事態ってのはこれか。 「で、説明を聞かせてもらえるんだよな」 「可能な限り簡潔に、そして明瞭にお願いできるかしら」 「……」 最初は黙り込んでいた紗弓実だったが、無言で通すのは無理だと感じたのだろう。 「バックヤードを勝手に占拠していた件については謝ります」 「今回の一件も私の自業自得です。なるべく早い内に私物を撤去したいと思っています」 口早に謝罪の言葉を述べる。 だが、俺達が聞きたいのは……。 「で、PCで見てたデータについては?」 「勝手に見ないで下さい。乙女のですよ」 「あなたがトイレから戻ってこないからよ」 「そ、それは長時間我慢していたからで……なかなか止まらなくて……」 紗弓実がトイレに行っている間、俺と望月さんはバックヤードの中を覗いてみたのだ。 別に何か予感があったわけではなく、その時は単なる好奇心だった。 部屋の中にはPCが所狭しと置かれ、大量のモニターが薄暗闇の中で光を放っていた。 なるほど、確かに山ほどのPCがあった。 しかし、問題はそこじゃない。 「これ、体育の先生のデータだな」 「職員名簿のデータね。顔写真もある」 望月さんと顔を見合わせた。 ヤバイ予感しかしない。 「実は、体育の先生のファンなんです」 「なわけあるか」 「通りませんか」 「通らないな」 「通らないわね」 紗弓実が肩をすくめる。 「あのデータ、何に使うつもりだったんだ?」 「別に何でもいいじゃないですか、興味本位ですよ」 「持久走のテストをどうにかしようとしてたんじゃないのか?」 「違いますよ」 「何だか頭痛がしてきたわ……」 望月さんが目頭を押さえる。 俺も頭が痛い。 つまり、娘さんの映像でもネタに、体育の単位をもらおうとしてたってことか。 さすがだ、ほれぼれする小ずるさだ。 「嬉野さん」 望月さんが一歩前に出る。 厳しい視線が紗弓実に注がれていた。 「こんな手を使って卑怯だと思わないの?」 「これが私のやり方なのです」 薄い胸を張って言う。 「得意な方法を使って弱点を克服して、何が悪いんですか」 「それは克服とは言わないわ。単に逃げているだけじゃない」 「逃げている? この私が? ……ご冗談を」 紗弓実が小さく笑うが、目が笑っていない。 当然、望月さんもだ。 「正直に言いなさい。持久走でビリになるのが恥ずかしいのでしょう」 「ふん、馬鹿らしい」 望月さんの強い言い方に、紗弓実が気色ばむ。 だが、怒気を見せたのは一瞬だけだ。 「あーあ、いいですよねぇ。いつでも何でもトップの人はそうやって他人のことを見下せて」 「なら、自分もトップになれるよう、少しは真面目に練習でもしてみたら?」 「こんなことをするよりも、よっぽど建設的だわ」 「余計なお世話」 望月さんの言っていることは正しい。 そして時に正論は、痛みを伴うものだ。 「紗弓実」 「俺は、紗弓実が自分の技術をどんな風に使っても文句は言わないつもりだ」 「でもなあ、これはやりすぎじゃないか」 「京太郎まで私を責めるんですか」 紗弓実は俺に裏切られたように感じるだろうか。 それでも言わなきゃならない。 「タイムが遅くたっていいじゃないか。誰も笑ったりしない」 「京太郎は私が落第してもいいんですか」 「一生懸命やりゃ、遅くても単位くらいくれるって」 「大事なのは、真面目にやることだろ」 「筧君の言う通りよ」 「自分の力で頑張ることが大事なの。手段を選ばずに勝つことじゃないわ」 「何ですか、二人でグルになって。仲がおよろしいことで」 「そうね、やっぱり筧君とは意見があうわ。嬉野さんにはもったいないかもしれないわ」 望月さんらしからぬ、意地悪な笑みだった。 「馬鹿馬鹿しい、お話になりません」 やれやれ、と首を振る紗弓実。 「お説教はもう終わりましたか? ならさっさと帰りましょう、京太郎」 「私は着替えてきますから少し待っていてください」 更衣室に向かおうとする。 「あなたは一生そうやって、色々なものから逃げていなさい」 その足が止まった。 「聞き捨てなりませんね、私は逃げも隠れもしません」 振り返り、望月さんを睨み付ける。 今度は怒りを隠していない。 その視線を真正面から受け止め、望月さんが笑みを浮かべる。 「いいことを聞いたわ」 言いながら、一瞬だけ、ちらりと俺の方を見る。 「……」 小さく、頷き返す。 「一つ、私と勝負をしない?」 「あなたが勝ったら、今日の一件は不問にしましょう」 「バックヤードの件も含めて、私は何も見なかったことにしてあげます」 「ですが、私が勝ったら……」 「そうね、何か一つ生徒会の仕事でもしてもらいましょうか。もちろんタダで」 「ふうん。存外悪い話じゃなさそうですね」 「で、どんな勝負をするんですか?」 「持久走で勝負をしましょう」 「はあ? ギャグですか?」 あからさまに警戒感を露わにする紗弓実。 怪しい手段を講じてまで持久走をサボろうとした紗弓実が、こんな勝負を受けるだろうか。 「お話になりません」 紗弓実が切り捨てるが、望月さんは余裕ありげに微笑んだ。 「あの時のように逃げるのね」 途端に紗弓実の視線が鋭くなった。 「あなたには関係ないことです」 「ええ、関係ないわね」 「このまま何も変えられないまま生きていくのは、あなただから」 紗弓実が望月さんを睨む。 こんな顔は見たことがない。 やはり、二人の間には俺の知らない何かがあるらしい。 望月さんは、そこを突っついて挑発しているのだ。 「私は、あの頃とは違います」 「それを証明して見せて」 「面倒です。どうしてあなたに」 「面倒なんじゃなくて、負けるのが怖いんでしょう?」 「6キロが嫌なら3キロでもいいですよ」 「それとも1キロにしましょうか? なんなら、10メートルでもいいわ」 「なめるのもいい加減にしてください」 望月さんの言葉をはねのけるように紗弓実が言う。 「いいですよ、くだらない挑発に乗ってあげましょう」 「3キロ付き合ってあげますよ」 紗弓実が挑発に乗った。 普通に考えれば、紗弓実は勝てない。 そこをあえて乗ったのは、やはり相手が望月さんだからだろう。 「いい返事です」 望月さんが満足げに頷く。 「勝負は一週間後。場所は、公園のランニングコースでいいかしら」 「ええ。いつでもどこでも構いませんよ」 「私は一度生徒会室に戻ります。それでは、おやすみなさい」 「今日はありがとうございました」 望月さんの後ろ姿を見送る。 やっぱり、こんな時間まで仕事をしていたんだな。 「さて。私達は帰りましょうか」 「ああ」 「ふふ〜ん♪」 さっきまでの重い雰囲気は何処へやら。 紗弓実は鼻歌まで歌って、機嫌がいい。 「持久走対決、受けたんだよな?」 「もちろんです、聞いてなかったんですか? たかだか3キロですよ」 「6キロの持久走を、全力でサボろうとしていたのにか」 「人聞きが悪いですね。別にサボろうとしていたわけじゃありません」 「私は走りたいのに、先生が持久走をやめるって言いだすんです、不思議と」 「鬼か」 悪質すぎる。 「冗談ですよ、冗談。私がそんな悪どいことをする人間に見えますか?」 「まあ、そうだな」 くりくりとした瞳で俺を上目遣いに見上げてくる紗弓実。 その愛くるしい仕草を見るに、とてもそんなことをするような人間には見えない。 見えないが、実績から言うとやりそうだった。 「半分は冗談ですよ」 「もう半分は?」 「綺麗なバラにはトゲがある。常識ですよね」 天使のような微笑みを浮かべていた。 天使は天使でも堕天使だ。 「で、さっきから機嫌がいいみたいだが」 「ふふふ。なぜかわかりますか?」 さっぱりだった。 「京太郎も、なかなかどうして面白いことをしてくれるじゃないですか」 「それでちょっと嬉しくなってしまって」 「な、何のことだ」 とぼけてみる。 「しらばっくれちゃって。いつまで我慢できますかね、もう」 可愛い笑顔で俺の頬をプニッと突いてくるが、セリフが全然可愛くなかった。 「何を企んでいるんですか、京太郎」 「望月さんと共謀して、持久走勝負を受けさせたのでしょう?」 「……バレていたのか」 「当たり前じゃないですか」 なかなか騙しきれないものだ。 嬉野ルームでPCを見た時、紗弓実の企みは大体察しがついた。 「相変わらず姑息なことを考えているのね」 「まあ、本気じゃないと思いますけどね」 「本気じゃなくても悪趣味だわ。負けず嫌いにもほどがある」 負けず嫌い、とは少し違う気がする。 紗弓実が好むのは、勝利そのものではなく相手を翻弄することだ。 スナイパーのように姿を見せず、狙撃する。 相手と同じ立場で競うこと自体を嫌っているようにも見えた。 根底には人嫌いがあるのだろうし、そういう意味では俺に似ている。 でも、俺は図書部に入ってから変わった……と思っている。 誰かと触れあう楽しさを知ることができた。 できることなら、紗弓実にも変わってほしいが。 「紗弓実には、変わってほしいんですよね」 「筧君になら、あの子を変えられるんじゃないかしら」 「ならいいんですが」 「できるわ。あの子が恋人を作ったということ自体、大きな変化なんだから」 「私には、きっと無理だろうけど……」 そう言う望月さんは、少し寂しそうに見えた。 ここは一肌脱ぎたいところだ。 「一つプランがあるんですけど、聞いてもらえますか?」 と、計画を説明する。 「……なるほど、確かに私はうってつけかもしれないわね」 「私は彼女に嫌われていますから」 「そうでもないと思いますが」 紗弓実は、嫌いな相手のためには時間を使わない。 むしろ、望月さんと話している紗弓実は生き生きとしているように見える。 「でも、このことは自分が一番よくわかっていますから」 紗弓実を挑発して勝負することにすればいいと言ったのは、望月さんだった。 強大な敵(望月さん)に、愛する男女(俺と紗弓実)が協力して挑むという王道的な筋書きを彼女は提示してきた。 「でもそれじゃ、望月さんが悪者みたいになってしまう」 「いいのよ、私は」 そう苦笑する。 「勝負の内容は、持久走にしましょう」 「そうすればあの子も練習するでしょうし、一石二鳥よね」 「まったく、あの女は」 「人を見透かしたようなところが、昔から大嫌いなんですよ」 なら、勝負を受けなければいいはずだが、紗弓実は受けた。 彼女の中にも、単純ではない心理があるのだ。 「紗弓実と望月さんって、いつから知り合いなんだ?」 「ノーコメントです。面白い話じゃありませんから」 「……そうか」 「それにしても、相変わらずな女です」 「いつもお節介を焼いて、上から目線で許せません」 「京太郎もずいぶんお節介のようですけれど」 「本当に嫌なら、やめてもいいんだぞ」 「やると言ったからにはやりますよ。勝てば今日の借りもなくなりますしね」 「二人の計画に乗ってあげたのですから、京太郎にも付き合ってもらいますからね、練習」 「ああ、もちろんだ」 幸い明日は土曜日だ。 早速、公園で練習することになった。 「それじゃ、また明日」 「ああ。明日な」 手を振って、マンションへ足を向ける。 「あ、京太郎」 「あの……ありがとうございました。その、今日は助けにきてくれて……」 もじもじと手を合わせながら、恥ずかしそうに言った。 「俺のことは別にいいから、望月さんにもちゃんとお礼を言ってくれよ」 「ぐぬ……」 黙ってしまう紗弓実。 そのままぷいっ、ときびすを返す。 「さよなら、京太郎」 トコトコと去って行ってしまった。 俺には、紗弓実が望月さんを嫌っているとは思えない。 二人がもっと素直に話し合えるような機会が作れればいいんだがな。 「い、痛いっ……京太郎、もっと、優しく……」 「えーと、こうか」 「あっ……ん……。だめです、まだ、きつ……い……」 「大丈夫か、紗弓実? もう少し弱く……」 「ええ、このぐらいなら……んっ……! あ……!」 真っ昼間の公園に艶っぽい声が響く。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「ひどいです、京太郎。私にこんな場所で、こんな格好をさせるだなんて……」 「とは言っても、こうしないとできないからなぁ」 「ほれ、もう一回」 「いたたたたっ! 折れます折れます! もしくは裂けます!」 「お前、身体固すぎじゃないか」 持久走の練習をする前に、まずはウォーミングアップから始めることにした。 まずは軽いウォーキングと柔軟体操。 急に走ると筋を痛めるから、非常に重要なのだ。 ……という話を、昨夜本で読んだ。 「そうは言っても……む、無理です。構造上、これ以上曲がりません」 柔軟からしてこの調子だ。 先が思いやられる。 「別にサボってなんか、いないですよ」 「あー、うん、そうね」 「私の言うこと、全然信じてないですね!?」 「信じてる信じてる。ちょっとずつやれば、慣れていくから」 背中を押す。 「あっ……くぅ……」 吐息がいちいち色っぽかった。 それにしても紗弓実は小さいな。 肩も細いし、肉付きも薄い。 紗弓実のことを『人形みたいに可愛い』と形容する人もいるが、確かにしっくりとくる。 同級生というよりは、年下の女の子に触っているかのようだ。 いや、触ったことはないが。 「ちゃんと柔軟体操をしておかないと、怪我のもとだぞ」 小さな肩に手を置いて押してやる。 「んくっ……」 「まさか京太郎に持久走インストラクターのまねごとができるだなんて……」 「昨日教本を読んだんだ。知識だけは完璧だぞ」 「自信満々に言う台詞じゃないですけどね」 「そうな」 「ウォーキングの後に、こんな体操までして……走る前に疲れちゃいますよ」 どんだけ体力がないんだよ。 「柔軟はもう必要ないです」 「二人でやれば、すぐに終わるから。ほら、今度はこっちにひねって」 「……ひゃっ!?」 脇に触れた途端、ビクッ! と紗弓実の肩が跳ねる。 「どうした?」 「い、いえ。ちょっとくすぐったいですよ、そこ……」 「くすぐったいって、ここが?」 「うひゃっ!? だ、だめですよ、そこ、ふあっ!」 身をよじって逃げようとする紗弓実。 「動くなってば」 「で、でも、あははっ、そこだめ、だめです、ひゃあっ!」 身を震わせながら上体をよじる紗弓実だが、俺が押さえているので逃げられない。 「はぁ、はぁ、はぁ……だ、だめですってば……」 涙目で見上げてくる様子が可愛すぎる。 「じゃあ、ここは」 「あはははははっ!」 何だかだんだん楽しくなってきた。 「こっちはどうだ」 「きゃはははははっ!」 大声を上げて笑う紗弓実は、結構珍しい。 いや、相当珍しいんじゃないんだろうか。 「お客さん、こっちもこってるんじゃないですか」 「別にこってないですっ……あはははっ! そこ、ひゃはっ、あふんっ!」 既に言葉にすらなっていなかった。 面白すぎる。 「……はぁ……はぁ……はぁ……」 ひとしきり触ってみた。 小柄な肉体を十分に堪能した。 「って、人の身体で遊ばないでください!」 「いやいや、体操だって」 「絶対違います!」 「私が逃げられないのをいいことに、ぐぬぬ……」 「な、何のことかな……」 「まあいいです。練習に付き合ってくれと頼んだのは私の方ですから」 「おお、ありがと……」 目の前に銃口があった。 「これくらいで許してあげます」 「ははは」 「いだだだだ!!」 「あらあら京太郎。ステップがなっていませんよ」 「あだだだだ!!」 「ほらほら、もっとしっかりダンスしないと、沢山当たっちゃいますよ?」 「あででででで!!」 「あらあら、だからゴーグルをつけないと危険だっていつも言ってるじゃないですか」 「ストップストップ!」 「そうそう、自然に還るバイオ弾ですから安心してくださいね♪」 「人は殺しても地球は守るんです」 「も、もうしません……」 散らばる無数のBB弾の上に倒れた。 柔軟を終え、いよいよジョギングだ。 目標は3000メートル。 紗弓実の様子を見るために、俺も併走してみる。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 「どうしたー、もっと本気出してもいいんだぞ」 俺も自慢できるほど体力がある方ではないが、これはあまりにも遅い。 「はぁ、はぁ、私の、どこが、はぁ、本気じゃ、ないって、いうんですか、はぁ、はぁ……」 うわあ……。 何というか、絵に描いたような女の子走りというか。 紗弓実は実に可愛らしい仕草でテコテコと走っている。 当然、ものすごく遅い。 かろうじて、俺の早足程度だ。 「はぁ、ひぃ、はぁ……」 フラフラになりながら、何とか3キロを走りきった。 もちろん、途中でけっこう歩いている。 「おふ……おうふ……」 ギザみたいな声を出し、紗弓実は芝生に崩れ落ちた。 言うまでもないが、タイムは散々だ。 「アプリオで働いてるから、体力はある方かと思っていたのに」 「接客業は走りませんから」 「あーもう、無理です無理。絶対勝てないです。もう練習なんてやめましょう」 「待て待て、勝負するんだろ?」 「面倒ですから、当日は適当にちんたら走って負けることにします」 「いえ、ちんたらっぷりで世界を目指してやりますよ」 完全に投げた。 「最初から諦めてたら、勝てるものも勝てなくなるだろ」 紗弓実が不満そうな顔で俺を見上げてくる。 「結果が同じなら、私が何をしたって自由じゃないですか」 「全力でぶつかったって、負けてしまったら無意味ですよ」 「大体、京太郎は私が望月さんに勝てるって思ってるんですか?」 「もちろんだ」 「本気ですか」 身を起こし、俺の目をのぞき込んでくる。 「本気に決まってる」 「……と言いたいところだけど、実際は半々ってとこかな」 「あう」 ガクッとこけた。 「そこはウソでも『紗弓実のことを信じてる』ぐらいのセリフは言えないのですか?」 「紗弓実のことを信じてる」 「今じゃないですよ!」 帽子を叩きつけようとして、頭に何もないことに気づく。 「うううう、どいつもこいつもです」 「何でこんな勝負を受けてしまったんでしょう」 紗弓実が天を仰ぐ。 「望月さんに煽られて、思わず熱くなってしまいました」 「望月さんとは、いろいろあるみたいだな」 「別に何もないですよ」 「ま、結果はどうあれ、頑張ってみたらどうだ? 努力は無駄にならないだろ」 かつて、世の中や他人から逃避していた俺が言えた義理ではないのだが。 真っ直ぐに努力することでしか、得られないものもあると思うのだ。 「京太郎ともあろう者が、そんな凡庸なことを言って」 「結局負けてしまったら、単なる馬鹿じゃないですか」 「馬鹿で何が悪い」 「望月さんが逆の立場だったら、正々堂々と勝負するだろうな」 「……でしょうね」 「あの子は馬鹿な生き方が人の形になったようなものですよ、昔っから」 「ねえ京太郎」 と、紗弓実がちょっと真面目な顔になる。 「世の中には、必ず裏道というものがあるんです」 「それを知っている人間だけが得をするというのが、世の中の仕組みです」 「どうせ同じ努力するなら、裏道を知る努力をした方が効率的ですよ」 「かもしれない」 紗弓実の言いたいことはわかる。 「でも、正面から挑んでくる望月さんに、裏技をぶつけるのはどうなんだ」 「む……」 やはり、望月さんの名前には反応する。 紗弓実にとって、彼女は意味がある人なのだ。 「はーあ、京太郎はいつの間に熱血キャラになったんでしょう」 立ち上がり、ぽんぽんと尻についた芝を落とす。 「休憩も十分したことですし、もう一本走りますか」 「気が変わってよかった」 「別に練習がしたいわけじゃありません」 「京太郎風情に説教されてストレスがたまったので、発散したいんです」 「ほら、走りますよ」 トテトテと先に走りだす紗弓実。 「よしっ」 その小さな姿を追って、俺も駆けだす。 連日の練習を経て、持久走対決当日となった。 天気も良く、風も涼しい。 絶好の持久走日和だ。 「ふっふっふ……待っていましたよ。よくぞ逃げずに来ましたね」 ベンチに座って、スポーツドリンクをワイングラスで飲んでいる紗弓実。 黒幕っぽいポジションが何故か似合う。 「勝負を申し込んだのは私の方よ」 後から来た望月さんが呆れていた。 「私達、どっちを応援したらいいのかな?」 「そりゃ、嬉野さんでしょ」 「佳奈はそうだろうけど。私は別にどっちでもいいんだよね」 「どっちか応援しないと楽しくないよ」 「じゃあ、望月先輩にしよ。佳奈が嬉野さんだしね」 「私は二人とも応援するよ。望月さんも嬉野さんも、頑張ってくださいね!」 「勝負に集中できるよう、審判やらサポートやらは私達に任せてくれ」 「どちらも悔いのないようにな」 爽やかな表情で言う桜庭を、紗弓実がジト目で見る。 「なんでギャラリーがいるんですか?」 げんなりしている紗弓実。 「まあなんだ、ギャラリーが多い方が燃えるだろ」 「燃えませんけどね」 図書部のみんなに声をかけたら、二つ返事で来てくれた。 「いやー、嬉野さんが走るって聞いたら、いてもたってもいられなくてな」 「昨日も興奮して眠れなかったよ」 「シット」 「物騒なこと言ってるぞ、お前の彼女」 「空耳だろ」 「望月さんも何か言ってやって下さい。こんな状態じゃ、勝負に集中できないですよ」 「賑やかでいいと思うけれど」 「フレー! フレー! 嬉野! ガンバレガンバレ嬉野!」 「やかましいです」 「すいません……」 この一週間で、できることはやったと思う。 紗弓実は運動が苦手なだけで、下地になる体力はそこそこあったのだろう。 フォームを改善しただけで大分早くなったし、タイムもそれなりになった。 紗弓実も口ではぶーぶー言いながらも、ちゃんと毎日練習してくれた。 あとは望月さんの実力と、紗弓実の頑張り次第か。 望月さんは文武両道を地で行く人だ。 すらっとした手足を見るに、足も速そうだ。 わかっていたことだが、紗弓実は分が悪いだろう。 「フフフフ、京太郎も人が悪いですね。秘策の話を知っておきながらこんなに人を集めるだなんて」 「なかなかの鬼畜っぷりです。惚れ直しました」 何だが黒い笑みを浮かべている。 「ズルはなしだからな」 「わかってますよー」 ぶー、と頬を膨らませていた。 「嬉野さん。お互い、精一杯頑張りましょうね」 さわやかな微笑を浮かべる望月さん。 「まあ、そこそこにやりますよ」 普段と変わらない様子で小さく肩をすくめる紗弓実。 二人とも軽い柔軟をしてスタート位置につく。 湖畔のランニングコースは1周500メートル。 6周の勝負だ。 「準備はいいか?」 審判役の桜庭が手を上げる。 「ええ」 「構いません」 「……」 紗弓実がちらり、と俺に視線をよこしたのが見えた。 「……」 こくりと頷き返してやる。 頑張れよ。 心の中でつぶやく。 紗弓実が表情を引き締め、前を向いた。 「位置について。よーい……」 号笛が公園に響く。 同時に、二人が飛び出した。 「……」 数秒後。 望月さんは、既に紗弓実の前にいた。 彼女の性格そのままといった美しいフォームで、滑るように前に進んでいる。 対する紗弓実は── 「(速いっ……!)」 望月さんの背中がぐんぐん遠ざかっていく。 「(短距離走のつもりですか!?)」 序盤で突き放す作戦なのかもしれない。 必死に足を運ぶが、距離は開くばかりだ。 まるで敵わない。 一週間の特訓なんて、これっぽっちも意味がなかった。 「(これは……負けですかね)」 半周もしていないのに、早くもリタイヤしたくなってきた。 どうせ負けたって、生徒会の仕事を手伝わされるだけだ。 学食のPCルームは惜しいが、他の場所だってあるし。 さっさと降参してしまえば、残りを走る必要もなくなる……。 「がんばれー! 嬉野さーん!」 不意に声が聞こえて来た。 「嬉野さん、がんばー!」 「まだまだ始まったばかりだぞー!」 ちらり、と目をやると、図書部の連中が手を振りながら応援しているのが見える。 「(くっ、こういうことですか……)」 「(やってくれましたね、京太郎)」 ギャラリーが多すぎる。 これでは、下手に手を抜けないし、ズルもできない。 あっさり降参してしまっては、格好もつかない。 人に弱みを見せるのが、何よりイヤな私の性格。 それを見越して彼女らを応援に連れてきたのなら、京太郎も大した策士だと思う。 ドヤ顔でサムズアップしている京太郎が見えた。 「(ファックです)」 だが、それらの声援も、次第に遠ざかっていく。 木立に隠れて図書部の姿も見えなくなっていく。 唯一見えるのは、自分の前を走る望月さんの背中だけだ。 遠目にもわかる綺麗なフォーム。 伸びやかな動きで、ぐいぐい進んでいく。 それにひきかえ、私はどうだろう? 短い両足を必死で動かして、なんとか前に進んでいる。 マグロと金魚の競争のようだ。 「(なんで私が、あの子の背中を追わなくちゃいけないんですか?)」 彼女から距離を取ったのは、私の方なのに。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」 1周走って、2周目に突入。 苦しい。 喉の奥が熱くて焼けそうだ。 明らかに練習の時よりもペースが速い。 このまま6周するのは無理かもしれない。 疲労のせいか、早くも意識がボンヤリし始める。 図書部の声も、もはや耳に入ってこない。 「(あー、ここで倒れるのも格好悪すぎですね)」 意識を集中させなければ。 その対象は一つしかない。 彼女の後ろ姿だ。 「(そうやって、いつも人の前を走って……)」 そんなところがムカつくのだ。 昔から。 そう。 昔からそうだった――。 小さな頃から、親の都合で転校ばかりしていた私には友達がいなかった。 話し相手がいたのは、ネットの上だけ。 本名は明かさず、アバターやハンドルネームを通して交流するだけの、〈上辺〉《うわべ》だけの付き合いだ。 もともと人間嫌いの気があったのだろう。 私にとっては、そのぐらいの距離感がちょうど良かった。 それに、ネット上なら引っ越ししても影響はない。 リアルの友達なんて無意味だと思っていた。 当然リアルではいつもひとりぼっちだったが、何の問題もない。 だから、私はどんどんネットとPCにのめり込んでいった。 「『あなた、一人で遊んでいるの?』」 彼女と出会ったのは、4度目の転校をした時のこと。 一人で携帯ゲームをやっていた私に、話しかけてきたのだ。 ……望月真帆。 一歳年上の女の子で、高学年でもないのに生徒会役員に任命されるくらい、勉学や生活態度に秀でた子だった。 周囲の誰よりも優秀な彼女は、いつも目立っていた。 内気でネットばかり見ていた私とは大違いだ。 本来接点などまるでない私達のただ一つの接点。 それは、ただ単に、家が隣同士だったということだ。 「『それじゃ……私と一緒に遊びましょう?』」 何度も無視したのに、彼女はめげずに話しかけてきた。 気がつけば私と彼女は、一緒に登校したり、家に呼ばれて食事をしたりする仲になっていた。 年上なのに、どうして彼女は私に構うのだろうか。 何の取り柄もない私に、どうして構うのだろうか。 理由は何となくわかった。 彼女はきっと、教師か親に言われて私と仲良くしているのだ。 でなければ、孤立している私を哀れんだのかもしれない。 そう思ったが最後、彼女の全てが私を苛立たせるようになった。 だから――自分から拒絶した。 彼女との接触を断って約半年、私はまた転校することになる。 連絡先は教えなかった。 もう二度と会うこともない。 人と人との繋がりなんて、所詮そんなものだと思った。 だけど、今にしてみればわかる。 私は、彼女のことが好きになりかけていたのだろう。 だから、離れることを恐れた。 遠くない将来、また転校するのがわかっていたから。 彼女を悪者にすることによって、自分が傷つくのを避けたのだ。 彼女は突然態度を変えた私をどう思っただろうか? その答えを知ることはない。 ──そう、思っていたのに。 数年経った、ある春。 私たちは、再び出会ってしまった。 この、汐美学園で──。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」 何週目だろう? 何周走った? あやふやで覚えていない。 頭がぼーっとしている。 全身が心臓になってしまったかのように、熱く脈打っている。 「あと少しだぞ!」 誰かの声が聞こえてくる。 「頑張れ、紗弓実!」 京太郎? もしかしたら、最終周回なのかもしれない。 よくわからない……いや、多分そうだ。 あと1周……。 望月さんの背中は相変わらず遠い。 それはまるで、心の距離のようだった。 自分から遠ざけたというのに、追いかけている。 なんて皮肉なことだろう。 真っ直ぐな彼女。 それに比べて、私はずいぶんひねくれてしまった。 現実は、真っ直ぐに走るだけでは上手く渡っていけない。 隙あらば他人の足をすくおうとしている連中がわんさかいる。 それも知らずに真っ直ぐ走る奴は、必ず馬鹿を見るのだ。 「『馬鹿で何が悪い』」 京太郎の言葉が蘇る。 「(何が悪いって、言わないとわからないんですか?)」 「(端的に言って……全部悪いですよ)」 「(京太郎は馬鹿です。もう少し賢い人間だと思っていました)」 「(人から一歩引いていて、遠くから眺めているような……)」 「(私達は似たもの同士だと思っていたのに)」 「(いつから熱血キャラになってしまったんでしょう?)」 馬鹿だと自覚しながらも馬鹿でいるには、相当馬鹿である必要がある。 馬鹿が馬鹿なことを言うほど馬鹿馬鹿しいことはない。 馬鹿がゲシュタルト崩壊しそうだった。 「(でも、まあ、せっかくの彼氏の言葉です)」 「(人生で一度くらい、馬鹿をやってみるのもいいかもしれませんね)」 疲れていたはずの身体が、ふっと軽くなったような気がした。 まだ、走れる。 全力を出す。 全力でぶつかる。 「嬉野、諦めるなー!」 「頑張ってくださーい!」 図書部の連中が手を大きく振り、声を張り上げる。 私の名を呼んでくれている。 それに後押しされるように足が進んでいく。 残っていた力を振り絞る。 まだこんなに体力が残っていたのが信じられない。 あんなに遠かった彼女の背中が、もう目の前だ。 もしかして、私にもできる……? 「!」 望月さんが私の接近に気づいた。 ぐんと速度が上がり、また背中が遠くなる。 だめか……。 やっぱり、多少頑張ったくらいじゃかなわない。 あの子は、ずっと真っ直ぐ走り続けてきたんだから。 「紗弓実っ、行けるぞ!」 うるさいなあ。 「まだ負けてない、諦めるな!」 うるさいって。 「頑張れ頑張れ、できるできるできるっ! もっと熱くなれよっ!」 「うるさいわっ!」 他人事だと思って、気軽に言いおって。 「(馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ーーーっ!)」 絶叫したその瞬間── 身体がふっと風に乗った。 まだ足は動く。 もっと前に……前に。 遠ざかっていた彼女の背中が、どんどん大きくなる。 行ける! 抜ける! 白崎さんと鈴木さんがゴールテープを握っているのが見える。 余計な理性を燃やし尽くせ! 風の壁を突き抜けろ! 「(行っけええええーーーっ!)」 最後の瞬間。 ゴールテープを胸で切ったのは── 私だった。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」 振り返る。 彼女が立ち止まり、額の汗をぬぐう。 その顔に浮かんでいるのは、驚いたような表情。 「はぁっ……! はぁっ……! 勝った! 勝ちましたよ、京太郎!」 気づけば叫んでいた。 だけど、図書部のみんなが戸惑ったような顔でお互いを見ている。 「……」 私が勝ったというのに、京太郎の表情は冴えない。 曖昧な笑顔を浮かべているだけだ。 どうして……? 「その、非常に言いにくいんだが」 肩に手を置かれる。 「嬉野。もう1周、残っているぞ」 「え?」 「……紗弓実。望月さんはゴールだけど、紗弓実はラスト1周残ってるんだ」 つまり、それって……。 「………………え?」 周回……遅れ? あれこれ考えている間に、1周抜かされていたということ? つまり……負けたと。 「……」 意識が一瞬途切れて、芝生に頭から突っ込んだ。 「う、嬉野さん!?」 「わわわわわっ!」 「紗弓実! 大丈夫か!?」 ばったり倒れた私を京太郎が抱き起こしてくれる。 「はぁ……はぁ……はぁ……ダメです……。死にました……」 「まったく、なんて無様なんでしょう……」 「抜き返したと思ったら周回遅れだったなんて……」 「一瞬でも勝ったなんて思った自分が恥ずかしいです……」 しかも勝ったとか、みんなの前で叫んで。 めちゃ嬉しそうに。 ……死にたい。 「……嬉野さん」 見上げると、彼女が傍らに立っていた。 「この勝負、私の完敗です。煮るなり焼くなり、好きにしてください」 というか、むしろ死なせてほしい。 「いいえ、今回は引き分けにしましょう」 「え?」 「正直言って驚きました。あんなに真剣な表情を見せてくれるなんて初めてよね」 「私は常に真剣ですよ。真剣と書いて“うれしの”と読むくらいです」 「話の腰を折らないように」 「はーい」 「最後の追い上げは、本当に見事でした」 「あの一瞬だけは、私も自分が負けたのかと錯覚したほどです」 「それは悪かったですね……」 よほど鬼気迫る顔をしていたらしい。 周回遅れなのに。 「だから、今回は引き分けにしましょう」 「言ってることの意味がわからないです」 「なら、こう言えばいい?」 「私の本当の目的は、あなたに本気になってもらうことだった」 「目的は達成できました。その意味では、私の勝ちです」 「でも、あなたの見せた頑張りは、私の予想を大きく超えていたわ。その意味では私の負けです」 「だから、引き分けなのよ」 言いながら、手を差し伸べてくる。 「そういう青春ドラマみたいに優等生ぶったところが嫌いなんですよ」 彼女の手を、握り返す。 手を引かれて立ち上がる。 「あの時だって……親か何かに頼まれて、私と遊んでくれていたのでしょう?」 「あの時?」 一瞬考えるが、すぐに小さく笑みを浮かべた。 「私もひとりぼっちだったから。友達が欲しかったのよ」 「え……」 今でも覚えている、彼女の言葉を思い出す。 そうだ……少し違っていた。 「『あなたも、一人で遊んでいるの?』」 あなた『も』、か。 誰よりも秀でていた彼女は、いつも目立っていた。 一際高い山のように。 そして周囲には……誰もいなかった。 「やっぱり、馬鹿を見てるじゃないですか」 真面目すぎる生き方もまた、人を遠ざけてしまうのだろうか。 「私のやり方だもの。変えられないわ」 彼女らしい、真っ直ぐな言葉。 「それに……」 「私が馬鹿を見そうになったら、あなたが助けてくれるでしょう」 「そういうところが馬鹿だって言うんですよ」 そう言いながら、私は笑っていたのかもしれない。 「つーかーれーたー」 紗弓実がぽてりとベッドに倒れ伏した。 自分の家よりも近いからと紗弓実が言いだし、俺の家に寄ることになった。 「はあ、今日は一生分走りましたよ」 「ほんと、お疲れさんだったな」 「まったくですよもう。アホらしくてやってられません」 げんなりしている。 「京太郎、起こしてください」 自分で起きる気力もないらしかった。 助け起こして、背中から抱いてやる。 「すや……」 「寝てる!?」 「冗談ですよ。少し眠いのは確かですが、さすがにまだ眠れません」 言いながら、俺の胸に頬をこすりつけてくる。 甘えるような仕草だ。 片手で抱きながら髪を撫でてやると、くすぐったそうに身をよじる。 さっき浴びたシャワーのせいか、いい匂いがするな。 「また、そんな風に撫でて」 「モヤモヤするか?」 「モヤモヤというよりムカムカでしょうか」 「そんなに嫌ならやめるけど」 「だから冗談ですよ。本気で嫌なら、こんな風にするわけないじゃないですか」 身体を抱いた俺の手に、自分の手を重ねてくる紗弓実。 「今日は無理させて悪かったな。まさか倒れるとは思わなかったんだ」 「私は自分の意志で走ったんです。別に京太郎のせいじゃありません」 「でも、図書部を連れてきたのは許せません」 「私が手を抜けないようにしたかったんでしょう。信用されていないんですね」 「純粋に応援に来てもらっただけだって」 「どうでしょうか。まあ、京太郎が案外策士だってわかって、私は嬉しかったですけどね」 「俺も嬉しかったよ。紗弓実が全力を出してくれて」 「結局、負けちゃいましたけど」 「望月さんは引き分けって言ってたが」 「私の負けですよ。生徒会の仕事をタダでこなさないといけません」 「疲れるし足は痛いし、全然いいことないです」 「後悔してたり?」 「そういうこと聞かないで下さい」 紗弓実がふてくされた顔になる。 内心はそこそこ楽しかったようだ。 「あーでも、個人的なご褒美がないのは不満ですね。折角頑張ったのに」 「バックヤードの件はチャラにする。そもそも未遂だしな」 「そういう話じゃありませんよ」 「彼氏として、可愛い彼女が頑張ったのに何もないのかって話です」 「お、おお」 「まさか、何も準備していなかったんですか?」 「でも、紗弓実はかけがえのないものを得た」 「そっか……言われてみればそうですね」 「京太郎のお陰で、私は大切なものを手に入れることができました」 紗弓実が微笑む。 「……なんて言うわけないじゃないですかっ」 蜂の巣にされた。 「はあ、京太郎にはがっかりです」 「すまん、今度埋め合わせする」 「別にいいですよ。その代わり、お仕置きさせてもらいます」 言うなり、ごそごそとバッグをあさり始める。 「……」 また撃たれるのか。 せめてゴーグルをさせてほしい。 「何を身構えているんですか?」 「いや、撃たれる流れかと思って」 紗弓実が取り出したのは、何故かアプリオの制服だった。 「いや、それでどういうお仕置きを」 「どんなお仕置きだと思います?」 何だろう? 「女装して、ウェイトレスをさせられるとか」 「ああ、それもいいですね。じゃあチェンジで」 ぽん、と手を打つ紗弓実。 「いや、今のなし」 「遠慮しなくてもいいですよ、京太郎が女装好きだってことは知ってますから」 「いやいやいや、違うから」 「紗弓実が考えたお仕置きで頼むよ、ビシバシ決めてくれ」 静かに正座する。 「ふう、ちょっと待っていてください」 紗弓実は、何故か衣装を持ってバスルームに向かった。 「……おーい」 「お待たせしました」 戻ってきた時には、アプリオの制服に着替えていた 「……」 「京太郎に質問です」 「ウェイトレス姿の私を、いつもいやらしい目で見ていましたよね?」 「いや、そんなことはないが」 わざわざ着替えて言うのはそのセリフか。 大体、学食でウェイトレスをエロい目で見ていたら不審者過ぎる。 「可愛いウェイトレス姿の私と、あんなことやこんなことをしたいと常に思っていましたよね?」 「いやいや。そんなことは……」 待て、本当にそうだと言い切れるのか? 常に思ってはいなくとも、少しも考えなかったと言い切れるのか? 「ホントはですね、今日は京太郎の望みを叶えてあげようと思っていたんですが……」 「やっぱり、やめることにしました」 「それがお仕置きです」 「……ぐ」 自分でも想像していなかったぐらいのショックを受けていた。 逃がした魚は大きいと言うが……。 急にアプリオの制服が光り輝いて見えてきた。 「やっぱりいやらしい目で見ていたんですね?」 「……」 今度ばかりは、否定しきれなかった。 アプリオの制服は可愛い。 自分の彼女がそんな制服を着ているのだ。 エロい想像をするのはもはや義務だ。 「ですが、残念ですね京太郎」 にんまりとした笑みを浮かべる紗弓実。 「京太郎は一生、ウェイトレス姿の私に手を伸ばすことは叶わないのです」 「どうです? このスカートのひらっと具合」 スカートを翻してくるりと回る紗弓実。 可愛らしい。 ちなみに性的な意味はない。 「白い裏地と黒いストッキングのコントラストが刺激的でしょう?」 スカートを持ち上げ、ちらりと足を見せてくる紗弓実。 可愛らしい。 ちなみに性的な意味はない。 「なんですかー。その授業参観に来た父兄のような表情は」 「紗弓実も大きくなったなぁ」 「だっしゃーっ!」 「うおふっ」 頭突きが〈鳩尾〉《みぞおち》に決まった。 「なんなんですか! 私が精一杯アピールしてるっていうのに、その腑抜けた表情は!」 俺をベッドに押し倒しながらわめく。 「いや、改めて可愛いなと思って」 「そこは、エロいとかセクシーとか言うところでしょうが」 「いいんだよ、紗弓実は可愛いで」 その身体を抱きしめてやった。 「わわっ……」 ふにゃりと紗弓実の身体から力が抜けていく。 「ずるいですよ、そんなの。急に……」 「お、お仕置きだって、言ってるじゃないですか」 そう言うが、抵抗はない。 「悪いけど、お仕置きは受けられない」 「どうしてですか」 「紗弓実が可愛すぎるからだ」 「可愛いって言っても、ダメなものはダメです」 「わかったよ。紗弓実が嫌ならもうしない」 「え……」 途端に寂しそうな顔になる。 「冗談です」 両手で俺の身体に抱きついてくる。 「本当は、報酬なんて何もいらないんです」 「こうやって、二人でいられる時間が、私は一番嬉しいんですよ……」 「紗弓実……」 熱く潤んだ瞳が、俺を見上げてくる。 「今日はいっぱい頑張ったんですから。いっぱいご褒美が欲しいです」 それって……。 「もっとぎゅっとしてください」 「ああ。いくらでも抱いててやる」 「それだけですか?」 「それだけじゃない。紗弓実。顔、もっと……」 「ん……」 紗弓実が俺に頬を寄せてくる。 「ちゅっ……」 キスをしてきたのは、紗弓実の方からだった。 「……んっ……ちゅ……ちゅ……」 俺の唇を貪るように口づけしてくる。 「はぁっ……。ふふ。こうやって相手を蹂躙するのもいいものですね」 蹂躙というには、あまりに可愛い蹂躙だったけどな。 「京太郎はドMですから」 「ドSの間違いだろう?」 「あらあら、生意気なことを言って。どこまで続くか見物ですね」 「……紗弓実……?」 挑発的な顔をした紗弓実が、俺の下半身に手を伸ばす。 「わ……」 紗弓実がズボンのファスナーを下げると、中で膨張していたものが飛び出した。 「ふふふ、もうこんなにして、はしたないですね」 抱き合って、紗弓実の温かさを感じているうちにこうなってしまったのだ。 「さてと、どうしてあげましょうか。京太郎はどうしてほしいですか?」 「どうって、そりゃ」 「ちゃんと言ってくれないと、わからないですよ?」 にんまりとした笑みを浮かべる紗弓実。 「手で触ってくれ」 「はい、触りました」 ぴとっと指先で俺に触れた。 「これだけでいいんですか?」 「……あのなぁ」 本当に全部言わせないと気が済まないのか? 「あ、怒っちゃいました? 冗談ですよ」 「心配しないでください。全部わかっていますから……」 指先でペニスを持ち、顔を近づけていく。 「ん……」 紗弓実の吐息が先端にかかる。 「あはは、こうしてるだけでどんどん固くなってます。いろいろ想像してるんですか?」 「く……」 「京太郎は読書家だけあって、さすがに妄想が得意ですね」 「ほら、どうされたいですか? ほらほら?」 紗弓実が、肉棒を手でゆっくり擦ってくる。 「知ってます? こういうのが言葉責めって言うんですよ?」 「豆知識はどうでもいいって」 「さっさと舐めろと。なるほど、ドS宣言するのも頷けます」 紗弓実がやけに饒舌なのは、照れ隠しからなのだろうか。 「ですけど、いつまで大きな口を叩いていられますかね?」 「ぺろ……」 小さな口から覗いた舌が、俺の部分に触れる。 「くっ……」 頬を寄せ、ペニスの側面に舌を這わせてくる紗弓実。 「……ん……ん……ぺろ……れろ……」 温かくて小さなモノがぬるぬると這い回る。 それだけで、背筋にゾクゾクとした震えが走った。 さらさらとした感触は、紗弓実の髪が俺のモノに絡められているからだ。 「ぺろ……れろ……んむ……ちゅる……ちゅぷ……ちゅ……」 紗弓実の頭を撫でている時も、手触りが気持ちいいと思っていた長い髪。 それが男性器に絡みついているという光景。 なんだか紗弓実の髪まで犯しているような気分になってくる。 「……なんで髪まで絡ませているんだ?」 「それはですね、私の全部を使って、京太郎をいじめてあげたいからですよ……」 いじめるって、これが? だが、何も言わずに甘んじよう。 紗弓実なりの照れ隠しなんだから。 「んっ……しょ……」 片手で俺の先端をこすりつつ、もう片方の手では髪と一緒に竿をこすりあげる。 「……ちゅ……ちゅ……ちゅ……」 大きく膨らんだペニスの側面に、キスの雨を降らせる。 「はむ……んむ……んっ……れろ……れろ……」 キスの次は、舌と唇での愛撫だ。 側面を唇で優しく咥えながら、舌をうごめかせる。 「んんっ、んっ……ちゅ……ちゅ……」 紗弓実の小作りな顔に対して、ペニスがやたらと大きく見えるのは対比によるものなのか。 紗弓実と繋がった時、これが彼女の中に入ったのかと思うと。 そして、これからそうなるのかと思うと、妙な背徳感を感じてしまう。 「ふぁむ……んむ……ひもち、いいれふか?」 ペニスを横から咥えたまま、モゴモゴと言う。 「なんて言ってるのか、わからないぞ」 「んふ……京太郎のここ、カチカチになっちゃってますね」 紗弓実の熱い吐息が亀頭にかかる。 「わかりますよ。ここがいいんですよね……れろっ……」 カリ首をなぞるように舌で触れてくる。 「くっ……」 ぬるぬると小さな感触が、俺の鋭敏な部分を這い回る。 「れろ……れろ……気持ち、いいですか……? んむ……ちゅ……」 首を巡らせ、傘の周囲に沿って丹念に舐めてくる。 「……ああ」 ゾクゾクとした快感が下半身に広がっていく。 「素直でいい子にはご褒美をあげちゃいましょう」 「はぷ……んぷ……」 先端部分にキスをする。 「……んむ……んちゅ……ちゅ……ちゅ……」 腰が浮きそうなくらいに気持ちいい。 「ん……ちゅ……ちゅぷ……ちゅ……ちゅ……」 「はぁっ……イきそうですか?」 「全然平気だ」 平気なそぶりをしてみせる。 「むっ……集めたデータによると、男の人はここを責められるのが弱い筈なんですが……」 一体何のデータを集めたのやら。 舐める位置を先端から側面に移動していく。 「ぺちゃ……ぺろ……ぺろ……」 片側を舐め尽くすと、今度は反対側を同じように舐め上げる。 「ん……ふ……ちゅ……ちゅぷ……ちゅく……」 舐めながらも、髪で竿をしごくのも忘れない。 もう片方の手では、指で亀頭をつまむようにして、くりくりと撫で回している。 「……ちゅぱ……ちゅぱ……ちゅく……ちゅく……」 おいしいものでも舐めるかのように、ペニス全体に舌を這わせる紗弓実。 「はぁっ……。ん……ちゅ……ちゅ……ちゅ……」 裏側を下から上へと丹念に舐めあげる。 「ん……ふ……はむ……ちゅぷ……ちゅぷ……」 強い刺激はない。 だが、紗弓実が頭を動かして懸命に舐めてくれているのを眺めていると……。 下半身の奥で徐々に射精感が高まっているのを感じる。 「んん……近くで見ると結構大きいですね……お口に入るか心配です……」 「はーむっ……」 紗弓実が口を大きく開け、俺の先端を含む。 「……あむ……んん……」 先端が粘膜に包まれる。 「っ……」 柔らかくて熱い、紗弓実の口の中。 「んんっ……んっ……ちゅ……んぷ……んく……んっ……」 首を振り、唇で竿をしごこうとするが、奥まで入っていかない。 歯がカリ首に当たり、甘い刺激となって下半身を駆け抜ける。 「んぷっ……んむっ……んんっ……ちゅむ……」 僅かに感じる歯の感触が、ペニスをひっかいていく。 「紗弓実……歯、当たってるっ……」 「んぷ……。ぷはぁっ……。痛いですか?」 「いや、このくらいなら大丈夫……だと思う」 「ふふ……じゃあ、怖いですか? 私がここを噛んだりしたら、大惨事ですものね」 「おいおい」 冗談でもちょっと怖いぞ。 「大丈夫、安心してください。別に食べたりなんかしませんから」 「でも困りました。咥えようとするとどうしても歯が当たっちゃいますね……はむ、はむ……」 言いながら、かぷかぷと歯を立ててくる。 「わざとやってないか?」 「……んふ……ばれましたか。あむ……はむ……」 「っ……」 甘噛みの刺激が、ペニスから背筋を貫く快感に変わる。 「ふふふ……どうです。ドMとしては最高のご褒美でしょう?」 にんまりとした笑みを浮かべる紗弓実。 別にMのつもりはなかったが、新たな感覚に目覚めてしまいそうな気もしている。 「でも痛かったら、言ってくださいね」 「ぺろ……れろ、んちゅ……」 全体をくわえ込むのは諦めたのか、舌で竿を丹念に舐めあげる。 「れろ、んむ……んん……ちゅっ、ちゅ……」 強い刺激ではないが、確実に追い詰められている。 内圧が高まり、熱い塊が逃げ場を求めて荒れ狂っている。 「はぁっ……あむ……ん、んっ、れろ……ちゅ……っ」 ペニス全体を愛でるように舌を動かす紗弓実。 「ん……ちゅ……ちゅっ、ちゅぷ……ちゅう」 紗弓実の唾液に濡れていない部分はもうないだろう。 「……んぷ……ぺろ、れろ……」 「はぷ……はむ……んんっ、ちゅう……」 舐めながら、指で亀頭を撫で回す。 唾液と先走りで、先端と紗弓実の指はぬるぬるだ。 「紗弓実……そろそろ……」 限界が訪れそうだった。 「なんれふか……今、忙しいんれふ……」 「れろ……ちゅ……ちゅ……」 紗弓実が先端に口づけをする。 「……はむ……んん……。もう少し、で……ちゅ……ちゅうっ、ちゅ……っ!」 「んむっ……んっ……んくっ……んんんっ……!」 小さな口で懸命に俺の部分を含もうとしてくれている紗弓実。 「んっ……! んっ……んんっ……んぷ……んん……!」 苦しそうにしながら、俺の先端を飲み込んでいく。 「あむ……んむ……んんっ、んっ、んっ、んんん……!」 先端がほとんど、口の中に入っただろうか。 歯がカリ首を刺激し、小さな舌がカリ裏をくすぐる。 「んむっ、んっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……!」 「ぱふっ……んんっ、んっ、んっ、んっ、んぅぅぅっ……!」 「くっ」 限界だった。 どくっ、びゅくっ、びゅぅっ! 「ふわっ……!?」 「なっ……急に跳ねてっ……何か、出て……? んんっ……!」 吐き出された白い液体が、紗弓実の顔にかかる。 「わぁっ……! 熱くて、ねばねばしててっ……」 「これ、京太郎の精液じゃないですか……!」 ペニスが何度も跳ね、熱い液体が紗弓実の顔と髪を汚していく。 それを止める術は、俺にはなかった。 「……」 何度も射精して、ようやく収まってくれた。 「……京太郎」 紗弓実が低く俺の名を呼ぶ。 「な、なんだ?」 精液で顔を汚したまま、じっとりと俺を見上げてくる紗弓実。 「びっくりしたじゃないですか、もう……!」 「出そうになったら言ってくれないと困りますよ!」 「いや、言ったって」 「聞こえませんでした」 頬を膨らませている。 「京太郎がイクところ、ちゃんと見たかったのに……」 「まったく、髪も顔もどろどろになってしまいました。どう責任取ってくれるんですか」 「俺がシャワーで洗ってあげるよ」 「そうですね、しっかり洗って下さい……」 「って、一緒に入るつもりなんですか?」 「どうせ、エッチなことも続けるつもりなんでしょう」 「うん……それもまあ、悪くはないですが……」 だが、その前に……。 「わわっ!? 京太郎!?」 紗弓実の小さな身体を、抱き合うようにしながら持ち上げる。 「こ、こんな体勢で……何をするつもりなんですか」 「悪い。シャワーもいいけど、紗弓実ともっと強く繋がりたいんだ」 紗弓実の奉仕は気持ち良かった。 だけど、刺激がまだ物足りない。 「あっ……ん……。今出したばかりなのに、京太郎の……凄く固くなって……」 「私のところに、当たっちゃってますよ……」 「んんっ……」 紗弓実が腰を動かすと、布越しに彼女の部分と俺の部分がこすれ合う。 ストッキングの滑らかな生地が気持ちいい。 「……エッチですね、京太郎」 「野獣なもので」 「……ふふふ。嫌いじゃないですよ……」 両手を首に回して、ぎゅっと抱きついてくる紗弓実。 キスをしようと顔を寄せるが、紗弓実が顔をそらす。 「ん……ダメ……」 「どうして?」 「……だって、さっきまで京太郎のを舐めてたんですよ……?」 「別に構わない」 「もう……んっ……ちゅっ」 紗弓実の唇を貪る。 「んっ……ふっ、ちゅ……ちゅ……ぅ」 彼女の柔らかい唇をなぞるように、舌で触れる。 「……はぁ、ん……れろ……ちゅ……」 つるりとした感触の粘膜側から、温かくて柔らかな何かが応えてくる。 「……んっ……はあっ、はぁ……」 紗弓実の舌先が俺の舌に触れていた。 「ふう……ん……んっ、ちゅ……ちゅぷ……」 遊ぶようにお互いの舌先を絡め合う。 「んん……ちゅう……ちゅ……っ」 俺の舌を唇でついばむように咥えてくる紗弓実。 「ふ……んっ、んん……」 その唇ごと食べてしまいたいぐらいだ。 「……紗弓実」 「んくっ……はい?」 「入れてもいいか?」 「……私も我慢の限界ですよ」 「してください、京太郎……」 「……あっ……」 紗弓実の下着をストッキングごと下ろす。 「はっ……あ……!」 脱がすのももどかしく、紗弓実の部分に先端を差し入れた。 「ふああああっ!!」 ぬるりと俺の部分が熱い粘膜に包まれる。 「はあっ……!! あっ……! く……! い、いきなり、こんな……深くまでっ……!?」 体勢のせいだろう。 俺のペニスが一気に根元まで埋まってしまっていた。 「はぁっ……! あぁっ……! はぁっ……!」 狭い膣内を、ペニスが一杯に広げている感触。 「大丈夫か、紗弓実?」 それだけで、ギチギチと俺を締め付けてくる。 「あっ……はあっ……!」 「大丈夫、です……。でも、こんなに深いの、初めてで……少し怖いです……」 やはり、体勢に無理があるんだろうか? 「でも、嫌いじゃない、ですよ……」 「京太郎と深く繋がってる感じがして……嬉しいです」 「だから、もっとぎゅってしてください、京太郎……」 「ああ……わかった」 紗弓実を抱きしめながら、腰を動かしていく。 「あ……ん……」 紗弓実の腰を持ち上げる。 「……はっ……はぁっ……」 半ばまで引き抜いたところで、再び奥を目指す。 「ふあああぁっ……!!」 抜くときとは違い、入れる時は一瞬だ。 すぐに、紗弓実の深い部分にまで達する。 「はあっ……! あっ……ああ……!!」 「これ……凄い、ですっ……!」 「はぁっ……はぁっ……深すぎてっ……壊れちゃいそう……!」 俺の先端が、紗弓実の一番深い部分を突き上げている。 「体勢、変えるか?」 「……ううん、平気です。もっと動いていいですよ、京太郎」 「ああ……」 紗弓実の腰を持ち上げる。 紗弓実は小さい分、軽い。 体格の差があるからこそ可能な体位だろう。 「んくうっ……! んっ……! は……っ! あ……あああっ!」 ゆっくりとした動作で、紗弓実の最奥を何度も突く。 「はぁっ……! あっ、あ、あっ……んんんっ……!」 熱く起伏に富んだ内壁が、その都度ペニスをきゅっと締め付けてくる。 紗弓実の身体も熱い。 熱の塊のような彼女の身体を抱きしめながら、動く。 全身から汗が噴き出し、紗弓実の汗と混じり合う。 身体を動かすたびに、にちゃにちゃと二人の汗が音を立てていた。 「んっ、んんんっ……!」 紗弓実が目を瞑り、俺の身体を抱きしめる。 膣壁が断続的に締まり、ペニスを刺激してくる。 「い、いいっ……気持ちいいです、京太郎……!」 「京太郎の熱くて、固いのが……私の奥を、ごりごりって……!」 「ふあっ! あっ! ああ……っ!」 俺の腕の中で翻弄されている紗弓実。 行為の主導権を握っているのは俺だ。 抱き上げられた紗弓実は、僅かに腰を動かすことぐらいしかできない。 「はあっ……! んっ……! んっ、あっ……んんっ……!」 紗弓実の肉付きの薄い尻を持ち上げながら、熱くぬかるんだ部分にペニスを打ち込んでいく。 「んあっ! あっ! ああっ! あ……っ!」 「京太郎っ、そこ、気持ちいい……です……!」 「あっ! あ、あっ! ああっ、はう……っ、あうんっ!」 熱い衝動に突き動かされ、幾度となく紗弓実の部分に突き入れる。 淫猥な水音が部屋に響く。 「はっ、京太郎っ、私、そんな、激しくされたらっ!」 「くっ! ううっ! うああっ! あ、あ、あぁぁぁぁぁぁっ……!」 「はぁーっ! はあぁ、あっ、はぁっ、あああ……っ!!」 「すごっ、はげしすぎて、私っ、おかしくなっちゃいそうです……!」 「もう、何もわからないですっ! 京太郎のことしか、感じられない……っ!」 「私達、一つになってますよね!? 熱くなって、溶け合って、混ざり合って……!」 「ああ、一つだ」 「嬉しいです、京太郎っ! もっと、私と溶けて、一つになって……!」 「好き……好きです、京太郎っ……!」 「俺も、好きだっ」 「もっと……名前、呼んで下さいっ……!」 「好きだ、紗弓実!」 「はっ! ああっ! あ、あ、あんっ! うんっ! ううんっ!!」 獣のような〈滾〉《たぎ》りが俺の中で暴れだす。 「紗弓実……!」 彼女の柔肌に指を食い込ませる。 「……京太郎っ!」 紗弓実が俺の腕を握る力も強い。 身体の奥底からせり上がる熱の塊が行き場所を求めている。 もう、限界だった。 「はあ……、あっ! ああっ! あっ! はああああっ!」 「あっ、ああっ、あっ、あっ、んっ、あっ、あっ……!」 「もうっ、私、イくっ、イっちゃいます……! ふぁっ、あっ、あぁあああっ!!」 「京太郎、京太郎……っ! んんっ、んっ、んぁぁあぁっ!!」 紗弓実の身体を抱きしめる。 「んぐっ! ううっ! うっ! あ、あっ、あっ、あっ、あっ、ぅあああああああっ!!」 びゅくっ! びゅくっ! びゅるっ! どくんっ!! 「くはっ! あっ、ふああああああああああああああっっっ!!」 彼女の最奥で、熱を解き放った。 「ああっ! はっ! はあぁ、あっ、ああっ! はあああっ……!!」 紗弓実の小さな身体が俺の腕の中で跳ねる。 「はぁっ! あぁっ! ふぁっ、はぁぁ、はぁ……っ」 最後の一滴まで絞り出そうと、彼女をぎゅっと抱きしめる。 「んっ! あっ……! はぁっ……!」 「出てるのっ……わかりますっ……! 京太郎の精液、私の中でっ……沢山、出てる……!」 「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」 紗弓実の身体から力が抜けていくのを支える。 「はぁ……はぁ……あぁ……んく、ぁぁ……」 「大丈夫か?」 「ふぁ……ふぁい……。しゅごすぎて……ふぁ……」 なんだか呂律が怪しいぞ。 「ん……身体、まだふわふわしてて……力、全然……入らないですよ……」 「悪い……」 途中から欲望の制御が効かなくなっていた気がする。 「激しすぎます、京太郎……」 「んんっ……」 固さを失ったペニスが、紗弓実の中から抜け出る。 どろりとした熱い粘液が紗弓実の女性器からあふれ出し、俺の足を汚す。 「はぁ、はぁ……。すごい量……出し過ぎですよ、京太郎……」 「私が妊娠しちゃったら、どうするつもりなんですか?」 「そのときは、責任を取るさ」 紗弓実のお腹が大きくなる……。 ……想像するだに凄いビジュアルだ。 「ふふ、そんなに簡単に言っちゃっていいんですか?」 小さく笑みを浮かべる紗弓実。 「自分で言うのも何ですが、私は面倒くさい女ですよ」 「そこも含めて好きなんだ」 「京太郎はマニアックですからね。まあそれもいいでしょう」 「やけに他人事みたいに言うな」 「そんなことありませんよ。京太郎がマニアックで良かったなって思っていたところですから」 「今日は自分でもびっくりするぐらい、乱れちゃいました」 「こんな姿を見せるのは、京太郎にだけですからね」 「嫌だったか?」 「嫌なわけなんてないです。ですから、その……また……しましょう」 「ああ」 「好きですよ、京太郎……」 「紗弓実……」 「んっ……」 抱き合いながら、もう一度キスをした。 「みなさん、ようこそいらっしゃいました」 笑顔満開の紗弓実が出迎えてくれる。 「今日はお招き下さいまして、ありがとうございます。嬉野さん」 どもどもと頭を下げる白崎。 「堅苦しい挨拶はなしにしましょう。早速席の方にご案内しますね」 ぞろぞろと図書部のメンバーを引き連れ、奥の席へと向かう。 「飲み物をお持ちしますから。どうぞくつろいでお待ち下さい」 「ありがとう」 「お、見ろよこれ。ご予約席だってさ。VIP待遇だな」 「ホントですよ。お昼時に席を予約するとか、どこの王侯貴族かって感じです」 奥まった位置にあるこの席は、他のテーブルより少し離れていて周囲が静かだ。 席の間隔もゆったりしていて、この学食で一番いい席だと言える。 しかもテーブルにはご丁寧に『ご予約席』と書かれたプレートが置かれていた。 「昼は結構混むんだろう? 何だか悪い気がするな」 「落ち着かないですね」 「紗弓実がみんなを招待したいって言ったんだ。ゆっくりさせてもらおう」 紗弓実と望月さんの持久走対決が終わった翌週のこと。 全員の携帯に、紗弓実から『お食事会のご招待』と書かれたメールが届いたのだ。 メールには、応援のお礼に学食でランチをごちそうしたいとの旨が記されていた。 メニューは何を頼んでもいい上に、料金も気にしなくていいらしい。 相当太っ腹なお礼だった。 「あら、賑やかね」 背後から聞こえる声に振り向くと、そこには望月さんの姿があった。 「望月さんも招待されたんですね」 「こっちの席、空いてますよ。筧の隣じゃなくて申し訳ないが」 「お気遣い無用です」 「いらっしゃいませ、望月さん。お待ちしていましたよ」 丁度、飲み物を持った紗弓実が戻ってきた。 「ちょっと待っていてください。今もう一つ飲み物を持って来ますから」 「ありがとう。でも、あなたのおごりだなんて、ちょっと後が怖いわね?」 小さく笑う望月さん。 「酷い言われようですね」 「これは純然たる感謝の気持ちの表れなんですから、裏なんてありませんよ」 「感謝ですか。面と向かって言われるとなんか照れますねー」 「あ、鈴木さんの分のお茶を忘れてしまいました」 佳奈すけの前に出していたお茶を、望月さんの前にスライドさせる。 「悪いですけど、自分の分は自分で取ってきてくださいね」 「うはっ。ここだけ深刻な感謝不足です……」 「だがまあ、実際、私達は大したことはしていないんだが」 「はい、応援しただけです」 「ゴールテープで勘違いさせちゃいましたし」 「盛り上がるかと思ったんだけど……迷惑、かけちゃいましたよね」 「そんなことはありませんよ」 「みなさんの応援があったからこそ、私も頑張ることができたんです」 「だから感謝感謝です」 言いながら頭を下げる紗弓実。 「わっ、頭を上げてください、嬉野さん」 紗弓実がこんな風にお礼を言っている姿を見るのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。 「今日は存分にお食事を楽しんでいって下さいね」 「何を頼んでもオーケーですよ。一番高いメニューだって、どんと来いです」 「マジかよ! 迷うなぁ〜。それってスマイル込み?」 「込みでオーケーですよ」 「じゃあ、スマイルLも一緒にお願いするわ」 「かしこまりました。スマイルは食前ですか? 食後ですか?」 「食前で」 「はい、どうぞっ!」 「おわっ!? 目が、目がぁ!」 大天使嬉野スマイルに高峰が悶絶していた。 「京太郎は何にしますか?」 「いつもので」 「いつもの……っと」 他のメンバーはまだメニューを決めかねているようだ。 「……京太郎」 紗弓実がささやく。 「ありがとうございます。全部……京太郎のお陰ですね」 「どうした急に」 「私、変われたような気がするんです。まだほんの少しですけれど」 「でも京太郎の傍で、もっと変わりたいなって……そう思っています」 「そうか」 妙に嬉しくなった。 図書部に入ってから俺が変われたように、俺が紗弓実の変化のきっかけになれた気がしたからだ。 「ずっと私の傍にいてくれますか?」 急に何を言い出すんだ、紗弓実は。 しかもみんなの前で。 「ずっと一緒にいるよ、紗弓実」 「ありがとうございます、京太郎」 柔らかな笑顔。 Lサイズのスマイルとはまた違った輝きを宿しているように見える。 確かに紗弓実はどこか丸くなったのかもしれない。 「……」 やばい、顔が熱い。 「筧くん、照れてる照れてる」 「これが青春か」 「ふふふ」 望月さんは、何も言わずに目を細める。 「そういえば、望月さんには、お耳に入れておきたい情報があったんでした」 「あら、何かしら」 「新生徒会長……多岐川さんについて、ちょっとした噂が」 望月さんの表情が引き締まる。 先日、対立候補のいない選挙があり、多岐川さんが新生徒会長として選ばれていた。 「ちょっとしたスキャンダルと言いますか、彼女がとある人物の写真を肌身離さず持ち歩いているという情報が流れてるみたいなんです」 「あら、興味深いわね」 「ほー、青春だね」 「誰の写真なんですか?」 「皆さんの前では言えませんよ、当たり前でしょう? ねえ、望月さん」 意味ありげな笑みを浮かべる紗弓実。 対する望月さんは、お手上げの仕草をする。 「誰かの写真を持ち歩くのが問題なのか?」 「普通の写真なら問題にはならないでしょうね。でも、非常に興味深い人物の写真なんです」 「新聞部あたりが嗅ぎつけると、やっかいなことになるかもしれませんね」 にんまりとした笑みを浮かべる紗弓実。 実にイキイキとしている。 「私としては、嬉野さんの力に期待すればいいのかしら?」 「それで、あなたの要求は?」 「どうしましょうかね〜」 やけに勿体ぶっている紗弓実。 てっきり望月さんとは仲直りしたのかと思っていたのだが……俺の勘違いだったのか? 「なーんて、冗談ですよ」 紗弓実が微笑む。 「持久走で負けたら、仕事を一つタダで受ける約束でしたね」 「でも、引き分けだったでしょう?」 「私の負けです。勝負は勝負ですから」 「全力を出した結果を受け入れられないほど、私は腐っていませんよ」 「嬉野さん……あなた……」 紗弓実なりの意地なのだろう。 「だから、今回のスキャンダルは私がもみ消しておきます」 「ありがとう、嬉野さん」 望月さんが紗弓実の手を取ろうとするが。 「お礼は仕事が終わってからで結構です。成功すると決まったわけではありませんから」 ひらりと避け、悪戯っぽく言う。 「それにこれは、借りを返すだけのことですから。お礼なんて必要ありません」 「借り? そんなのあったかしら?」 「前に、バックヤードに閉じ込められたのを助けてもらった件です」 「あの時は……その、ありがとう」 「そういえば、勝負の発端になったのはあの事件だったわね」 忘れていたのか、意外そうに望月さんが言う。 「でも私は、別に貸しだなんて思っていないわよ」 「友達が困っていたんだもの、助けるのは当たり前でしょう」 「恥ずかしいセリフをさらりと言いましたね」 モゴモゴとつぶやく紗弓実。 照れているようだった。 「なら……そうですね。私もこう言い換えます」 「あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたを助ける番なんです」 「だから、黙って助けられていてください」 「ふふふ。なら、黙って力を借りようかしら」 改めて、手を差し出す。 「構いませんよ」 「……友達みたいなものですからね」 二人は今度こそ、しっかりと握手を交わした。 しばらくして、ご馳走を食べ終えた。 高級ランチにみんな満足な様子だ。 「空いた器はお下げしますね」 「食後のコーヒーをお持ちしますので、少々お待ち下さい」 「佳奈すけのやつ、結局働いてるぞ」 「嬉野からのプレッシャーが半端なかったからな。あれは普通折れる」 「なんか悪いな」 「いえいえ。慣れてるんでお気になさらず」 「っていうか、嬉野さん一人に働かせてる方が精神衛生上よくなかったですから」 元気にテーブルの上から器を回収していく佳奈すけ。 「望月さんと嬉野さんって幼なじみだったんですね。びっくりしました」 「ほんの少しの間だったのだけれどね」 「汐美学園は生徒数も多いからな。そういう話は案外他にもあるのかもしれない」 「ありえるかもしれません」 図書部のメンバーと望月さんが、同じテーブルを囲んで雑談しているという光景は結構レアかもしれない。 そんな感慨にとらわれながら、水を飲む。 「そういや、紗弓実ちゃんはどこ行った?」 「食器下げてから出てきてないな。奥で休んでるんじゃないか」 「一緒に食えばよかったのに」 「従業員は、お客と同じ場所で食べちゃいけないんだと」 「あー、なるほどね。ちゃんと気を遣ってんだな」 今は勤務中なんだろうし、俺達だけに構っているわけにはいかないのだろう。 紗弓実の姿を探して、学食の中を見回す。 ちょこまかと動き回る白い帽子が目印だ。 ……見当たらない。 バックヤードに引っ込んでるのだろうか? 突然、食器の割れる音が響いてきた。 「お、誰かやらかしたか」 「か、筧さん!」 「どうした?」 「その、う、嬉野さんが!」 「紗弓実がどうした」 「嬉野さんが急に倒れちゃって」 「えっ、マジか!?」 「と、とにかく来て下さい!」 フロアの奥に駆けつけると、床に紗弓実が倒れていた。 「大丈夫か、紗弓実、紗弓実っ!」 「……ううん」 「急にめまいがして……持久走の練習のしすぎでしょうか……」 「持久走は6日前だろ」 「そんなことどうでもいいんです!」 「すぐに医務室に運ばないと! 筧さん、お願いします!」 「わかった」 紗弓実の身体を抱き上げて、医務室を目指す。 佳奈すけが何故かこちらを拝むようなジェスチャーをしていた。 「??」 すれ違う通行人が目を丸くする。 ウェイトレスをお姫様だっこした男が飛び出して来たんだから、当たり前だ。 学食前の通りを、医務室目指して走る。 かなり目立っているが、気にしている余裕はない。 「大成功です」 「は?」 腕が首に絡みついてきた。 「紗弓実? 大丈夫なのか?」 「ええ、まあ。急いで医務室に向かってくださいね、京太郎」 「でないと、アプリオからウェイトレスをさらった男子生徒として有名になっちゃいますよ?」 「はい?」 「あ、ほらほら、立ち止まらない。みんなこっちを見てますよ。やっほ〜」 ひらひらと手を振っている。 「……倒れたの、演技だったのか」 「はい、そうですよ」 悪びれた様子もなく言う。 「ああ、学食に残った皆さんのことは心配ありません」 「今頃、鈴木さんが事情を説明をしている頃でしょうから」 あのジェスチャーは、そういう意味だったのか……。 「前に言ったじゃないですか、京太郎にはお仕置きが必要だって」 これがお仕置き? っていうか、その話題は先週のことだろう? 「結局うやむやになってしまいましたからね。でも、けじめはしっかりつけないと」 「望月さんと共謀して私をはめようとしたり、図書部の皆さんを巻き込んで私を無理矢理走らせたり」 「私、やられっぱなしじゃないですか。このままだと腹の虫が治まりませんから」 「いや、それは全部紗弓実のためで……」 にっこり微笑む紗弓実。 「やられた分はしっかり返しますよ。それが私のやり方ですから」 にしても、これは強引すぎるだろ。 「身体が大丈夫なら、ここに下ろすぞ」 「へぇ〜、体調不良の女子を道ばたに捨てた男として有名になりたいんですね?」 「鬼かお前は」 「私がマスコミにどう答えるかで、京太郎の今後の学園生活がどうなるのか決まりますね」 にやりと笑みを浮かべている紗弓実。 痴漢されたとか誘拐されそうになったとか証言された日には、身の破滅だ。 「そこまでやるか普通!」 しかも彼氏相手に!? 「大々的に熱愛宣言するのも楽しそうですね〜」 「付き合ってることを知られるの、恥ずかしいんじゃなかったのかよ」 「それについては、少々考えが変わりました」 「これから色々オープンにしていくのもいいかなと思いまして」 「そしたら、気兼ねなくデートもできますしね」 どっちにしろ、穏便には終わりそうにない。 こんなエキセントリックな彼女のことが、俺は好きになったのだ。 これからも彼女に振り回されっぱなしの人生になるのかもしれない。 少なくとも、退屈することはなさそうだ。 望むところだ。 紗弓実と一緒なら、どんな無茶なことにだってチャレンジできるだろう。 彼女が変われたように、俺もきっと、もっと変わってゆける。 「さぁ、走って下さい京太郎」 嬉しそうに言う紗弓実。 ぎゅっと俺の首に抱きついてくる。 「このまま地の果てまで行きましょう。京太郎と一緒ならどこにだって行ける気がします」 「紗弓実が望むなら、どこまでだって行ってやる!」 「まあ、さしあたっては医務室ですか。ほら、人が集まってきましたよ」 「ぬおっ……!?」 わらわら集まってくる生徒達から逃げるように走り出す。 「しっかり掴まってろよ!」 「はいっ!」 紗弓実が笑顔で首っ玉にしがみついてくる。 ──これが後日、学内ウェブニュースを賑わせることとなる『アプリオウェイトレス誘拐事件』。 ──その、知られざる真相であった。 夏休みの昼飯時、俺は多岐川さんと二人で席に座っていた。 「俺もその定食、よく頼むんだよ」 「はあ、そうですか」 向かいに座った多岐川さんが、呆けたような声で答えた。 目はうつろで、うっすらとクマができているようにも見える。 だいぶショックを受けているようだ。 「昨日も同じのを食べたんだ」 「では、次からは別のメニューにします」 「え、いや、そんなつもりは」 「筧さんと同じメニューを頼むだなんて恐れ多い」 「私なんかは、冷凍ご飯を凍ったまま食べているぐらいで丁度いいんですよ」 廃人の顔をしている。 いたたまれなくなり、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーをすする。 「……はぁ……」 明るい店内において、このテーブルだけが暗く沈んでいた。 「おっす、筧ー」 そんな暗い空気を打ち破るように、明るい声が背後から響く。 「なんだ、小太刀か」 「ご挨拶じゃない。人がせっかく声をかけたげたってのに」 小太刀が、俺と多岐川さんの顔を交互に見る。 「なんか珍しい組み合わせね」 「成り行きだよ」 小太刀が目に入っていないのか、多岐川さんはぼんやりと鮭の切り身を分解している。 「フフフ、あなたはもう用無しなの」 「死んだ魚のような目をしてる。私みたい」 「なにこの子、危なくない?」 「精神的にやられてる」 普段はあんなに気の強い多岐川さんが、こんなになっちまうとは。 「何があったの?」 「まあ、話せば長いんだが……」 と、俺は一部始終を語る。 ことの始まりは、ミナフェスが終わって数日経った頃のことだ。 ミナフェスが成功裏に終わり、期末試験も無事終了した。 学園全体の空気もどこか和らいでいる。 部室では、高峰とデブ猫が机に突っ伏して呑気に寝息を立てていた。 小説のページを繰っていると、ドアがノックされた。 「失礼します」 現れたのは、微笑を浮かべた望月さんと、無表情な多岐川さんだった。 「いらっしゃいませ、図書部へようこそ」 ガバリと起き上がった高峰が、ファストフード店の店員みたいな声を出す。 「他の部員の方は?」 「今いるのは、俺とこいつだけです。依頼ですか?」 「ええ、今日は折り入って相談があって」 「白崎さんには連絡しておいたのだけれど、来るのが早かったみたいね」 「連絡くれてたなら白崎もすぐ来ると思います。よければ待ってて下さい」 「では待たせてもらおうかしら」 「来客用のパイプ椅子でよければ、どうぞ」 高峰が恭しくパイプ椅子を二つ広げた。 「ありがとう、高峰くん」 「ありがとうございます」 二人が腰を下ろす。 生徒会長〈御自〉《おんみずか》ら、一体どんな相談を持ってきたんだろう。 待っている間に、コーヒーを出す。 望月さんが両手でカップを包み込むようにして持ち、こくりと一口飲んだ。 「おいしいわ」 少し、はにかんだような笑顔を浮かべている。 インスタントを入れただけだが、喜んでもらえたようで何よりだ。 「……」 多岐川さんは無言でコーヒーを飲みつつ、俺の方をじっとりと睨んでいるように見える。 「どうかした?」 「いえ、何でも」 何かに耐えているように押し黙る。 「筧君、すみませんが、砂糖とミルクをお願いできるかしら」 「おっと、気が利かなくてすみません」 ミルクと砂糖を二人の前に置くと、望月さんは自分の分を多岐川さんの前に移動させた。 気まずそうにそれを受け入れる多岐川さん。 「ああ、多岐川さんは甘いのが好きだったのか」 「出先だといつもやせ我慢するのよ」 「望月さん、わざわざ言わなくても」 恥ずかしそうに顔を伏せながら、多岐川さんは2倍量のミルクと砂糖をコーヒーに投入した。 「恥ずかしがらんでもいいじゃんか」 「望月さんがブラックで飲んでいるんです。私も見習わなくてはなりません」 「好きに飲みゃいいのに」 高峰と肩をすくめると、望月さんも苦笑した。 何かとつんけんしている多岐川さんだが、突っつくと面白いところが出てくるのかもしれない。 白崎と桜庭が部室に来たのは、10分ほどしてからだった。 「お待たせしてすみません」 「いえ、早く来たのはこちらですから」 生徒会長が優雅に微笑む。 「ご相談があるということでしたが?」 「詳細は私からご説明します」 使い込まれた分厚い革製の手帳を開き、多岐川さんが説明を始める。 ミナフェスの成功を受け、先日、生徒会役員の間で議論が持ち上がったのだという。 議題は、汐美祭のステージについて再検討すべきかどうかだ。 部活の実績だけで集客力が決まるわけではないことを、ミナフェスは証明した。 「マイナーな部活の寄せ集めで、どうしてあんなに集客できたのでしょうか?」 「寄せ集め?」 「多岐川さん、失礼よ」 「申し訳ありません」 多岐川さんが澄ました顔で軽く頭を下げる。 「認知度の低い部活だけで開催されたミナフェスが、なぜ成功を収めることができたのか」 「図書部としては、どのように分析されているのでしょうか?」 「分析って言われても」 白崎が俺に助けを求める。 「広報戦略と有名司会者の起用が大きな要因だと思うけど、俺たちも詳しい検証はしていない」 「悪いね、力になれなくて」 「優れた分析を期待していたわけではありませんから。お気になさらないでください」 多岐川さんの発言に、部室の空気が硬くなる。 「おほっ、言うねえ。お兄さんびっくりしたよ」 「なるほど、今日の相談は生徒会役員の人材不足についてか」 多岐川さんに、桜庭が応戦する。 「何ですって?」 「多岐川さん」 腰を浮かせた多岐川さんを、望月さんがたしなめる。 「彼女が失礼なことを言って申し訳ありません」 望月さんが頭を下げた。 「望月さんが謝ることはありません」 「いや、生徒会長が謝るのは立場上正しいと思う」 「あまりに配慮を欠いた発言をすると、尊敬する上役の顔に泥を塗ることになるぞ」 「ぐ……失礼しました」 ぴしゃりと言われ、多岐川さんが頭を下げる。 「わたしたち、多岐川さんを怒らせるようなことしたのかな? だとしたら謝ります」 「図書部はまったく悪くありません」 「ただ、多岐川さんは、筧君が私の誘いを断ったのが気に入らないらしいの」 「も、望月さん、やめて下さい」 多岐川さんが、わたわたと慌てる。 「なんだ、妬いていたのか」 「違います!?」 「ミナフェスの前に、あなた方は望月さんの協力を断ったでしょう」 「にもかかわらず、ミナフェスで大成功を……」 各方面との交渉を円滑にするため、書類上のミナフェスの主催を生徒会にしたらどうかと提案されたのだ。 介入される懸念があったので断ったが、悪い話ではなかった。 「結局、妬いてるんじゃないか」 「かわいい、ふふふ」 「と も か く で す」 スタッカートをつけ、俺たちの顔を睨む。 「我々としては、ぜひともミナフェスの成功の理由を確かめたいのです」 「ついては、参加者や観覧者の皆さんから意見の聞き取りをしたいのですが、ご協力いただけないでしょうか?」 要するに、ミナフェスの事後調査ってことか。 「具体的には何を協力すればいいんだ?」 「参加団体のリストをいただければ嬉しいです」 「あとは観覧者のアンケートなどあれば拝見させて下さい」 「そういうことでしたら、お力になれると思います」 笑顔で頷く白崎。 参加団体は当日配布したパンフレットにも掲載されているし、ネットで調べればすぐわかる。 アンケートには個人情報は書かれていないし、問題ないだろう。 「そうだ、これも何かのお役に立つかもしれません」 丁度テーブルに置いてあった紙束を多岐川さんに手渡す。 「図書部に寄せられたミナフェスの感想メールです。玉藻ちゃんがまとめてくれたんです」 「ありがとうございます、大いに役立つと思います」 その後、今後の段取りをざっと話し合う。 まずは各団体にアポを取り、週明けから直接出向いて話を聞くことになった。 「じゃ、アポ取ってくるわ」 高峰が携帯片手に外へ出て行った。 「申し訳ないのですが、聞き取り調査の際は図書部から応援をいただけませんか?」 「顔を知ってる人がいた方が話はしやすいだろうな」 「筧くん、お願いできるかな」 「俺?」 「適任だと思うな」 多岐川さんと一緒か。 胃が痛くなりそうな予感しかしない。 「お願い。いま手が空いてるのは筧くんと高峰くんしかいないし」 そして高峰は逃げていた。 あの野郎。 「わかった。俺が行くよ」 「筧さんですか」 「多岐川さん」 「何でもありません、すみませんでした」 「ちなみに、望月さんも来てくれるんですよね」 「この件は、多岐川さんに一任してありますので」 「え?」 「一任してありますので」 マジか。 放課後、部室に顔を出したが、まだ誰も来ていない。 席に座って本を取り出したところで、ドアが叩かれた。 「失礼します」 ぺこりと一礼して入ってきたのは多岐川さんだった。 約束の時間より15分も早い。 「ずいぶん早いな」 「こちらを返しておこうと思いまして」 多岐川さんが机に置いたのは、先週末に貸し出したアンケートの集計結果だった。 「読みやすい資料で助かりました。桜庭さんは優秀な方ですね」 「あいつはこういうの得意だから」 「……生徒会にはやらないぞ」 「こちらには私がいますので」 ニコリともせずに言う。 「で、読んだ感想は?」 「好意的な意見が多いみたいですが、多くは今後への期待といった感じですね」 「甘い評価も多かったですが、これは最初のイベントだからでしょう」 「あとは電源トラブルに結構痛烈な意見が少々」 「耳が痛いな」 かなりしっかり読み込んだようだ。 ページ数が多い上に、内容が結構細かいから、読むのは骨が折れただろうに。 「にゃーん」 ギザが自分で窓を開けて入ってきた。 「あら、猫。器用な子ですね。図書部の猫ですか?」 「前から部室に住み着いてるんだ」 「少し肥満気味です。餌を控えた方がいいのでは」 床に降り立ったデブ猫を見て、多岐川さんが目を細める。 「その顔は猫好きの顔だな」 「いえ、別に」 きりっとした。 「にゃーん、にゃーん」 デブ猫が、猫みたいな声を出して多岐川さんに近づく。 こんな猫っぽいギザは初めて見た。 畜生ですらも生徒会役員には媚びを売るというのか。 「さすがに人なつこいですね」 「触ってみる?」 「いいんですか?」 「いえ、結構です。遊びに来たわけじゃありませんし」 再度きりっとする。 「にゃうん☆」 ちょこんと座って顔を洗うデブ猫。 「はわ……」 はわ? 「遠慮しなくていいって。猫好きなんだろ?」 「いえ、そんな。私などは嗜む程度で」 「そいつ、触ってやると喜ぶんだ。どうぞ」 「こほん……では、失礼して」 真面目ぶった顔で、ギザの前にしゃがむ。 「こんにちは、猫ちゃん。こんにちは〜」 ニコニコ顔になり手を伸ばす。 「パーリーナイッ!」 刹那、俊敏に直立するギザ。 とどめとばかりに、ジャコンと腰を振った。 「ひゃあああああっ!?」 高速で後ずさり、壁に背中を貼り付ける多岐川さん。 これはメンタルに傷を負ってもおかしくない。 一方、ひと仕事終えた顔のデブ猫は、謎の歌を歌いながら外へ出て行った。 「……あ、あれは……いったい……」 「しがない猫だ」 「トラウマになりそうです」 「(ああ、今日は『世界ネコある記』を見て癒やされなくては)」 何やらブツブツいいながら、多岐川さんは額の汗を拭いた。 15分後、俺たちはアポを取った団体のたまり場に向かっていた。 俺との間を一人分空けて座った多岐川さんが、小さな手帳に何やらメモし始める。 内容は、俺の位置からは見えない。 「(卑猥なネコを操って嫌がらせをする)」 「(一見、人当たりがいいが、何を考えているか読めない……と)」 「何書いてるんだ?」 「あなたには関係ありません」 パタリと手帳を閉じてしまう。 「ところで、これから会うのは落語研究会でしたか」 うなずいて返す。 「確かミナフェスでは失敗したんですよね」 「アンケートにありましたよ。落語研究会の一年生が舞台で失敗して泣いていたのが可哀想だったと」 緊張のあまり、必死で覚えた噺が頭から飛んでしまったらしい。 「お金を取っているのにひどいものです」 「一年生だし仕方ない」 「ならば、二年生以上を出演させるべきでは」 「出たい人は全員出られるってのがミナフェスのテーマだったんだ」 あんたはヘボいから参加不可じゃ、人気がある人しか出られない生徒会のステージと同じだ。 元々、生徒会のステージに出られない人のためのイベントだったのだから。 「それに、金返せと言ってるアンケートはほとんどなかったはずだ」 「それはそうですが……」 多岐川さんが押し黙る。 気がつくと、周囲の生徒が俺たちをチラ見していた。 多岐川さんはもちろんだが、俺も多少は顔が売れている。 その二人が、何故かスペースを開けて並んで座り、議論しているのだ。 変な噂が立ってしまうかもしれない。 「(周囲の視線が気にならないか)」 俺の声に、多岐川さんが周囲を見回す。 「(言われてみれば)」 「(変な噂を立てられるかもしれないぞ。生徒会と図書部の対立とか)」 「(まさか、無理があります)」 「(……いえ、ここの生徒のゴシップ好きを忘れていました)」 と、多岐川さんは俺との隙間を埋めた。 「(どうです、これで問題ないでしょう)」 「(そ、そりゃそうだが、これじゃただの仲直りしたカップルだぞ)」 「ああっ!?」 ズバッと席から立ち、俺と距離を取る。 一気に視線が集まった。 「そんなことを言って、私を隣に座らせる作戦ですねっ」 「くっ、こんな手で望月さんも籠絡したわけですか」 びしっと言われ、更に注目されるハメになった。 どうしたいんだこの人は。 ……その後、目的地までの約5分。 多岐川さんは、やっぱり間を空けて隣に座り、顔を真っ赤にして俯いていた。 落語研究会の聞き取りが終わった。 次は、アプリオで観覧者の生徒から話を聞くことになっている。 再びの路電。 多岐川さんは、また手帳に何か書き込んでいる。 落語研究会の生徒に話を聞いている時も、熱心にメモをとっていた。 非常に几帳面な性格のようだ。 でなければ、メモが趣味なのだろう。 「楽しそうでしたね」 多岐川さんが、ぽつりと言う。 「誰が?」 「ステージで失敗した生徒です」 俺たちにミナフェスの感想を聞かせてくれたのは、例の失敗落語少女だった。 トラウマになっているかと思いきや、あの時の失敗をバネに練習に励んでいるらしい。 多岐川さんの質問には、苦笑しつつしっかり答えていた。 「メンタルが強かったんだろ」 「見たところ内気なタイプの生徒でした」 「なら、周囲のサポートかな」 多岐川さんが俺をじっと見ている。 「もしかして、適当に答えていませんか?」 「当事者じゃないんだし、理由なんてわからない」 「まあ、それはそうですが」 不満げな顔をしつつ、また何やらメモをする。 アプリオでの聞き取りが終わった。 多岐川さんのテキパキした進行のお陰で、予定よりだいぶ早い。 「もう1件行けそうだな」 「今日は2件の予定だったのでは?」 「時間余ってるし、津軽三味線同好会にも行ってみよう」 「アポなしで行くつもりですか?」 「そりゃ連絡はするよ」 元々、津軽三味線同好会に話を聞くのは明日の予定だった。 いきなり押しかけるのは、さすがにない。 携帯を取り出し、電話をかける。 「もしもし? 図書部の筧です」 「はい、そうです。あ、時間ありますか。じゃあこれから行きます。ありがとう」 電話を切り、多岐川さんに向き直る。 「大丈夫だってさ。丁度練習が終わるところらしい」 「行き当たりばったりですね」 不満げな声を漏らす多岐川さん。 「向こうがOKって言ってるんだから問題ないだろ」 「急に予定を変更するだなんて、迷惑以外の何者でもありません」 「時間の有効活用って発想はないのか? 向こうに確認も取ってるのに」 「津軽三味線同好会のための時間は、きちんと確保してあるのです。前倒しする必要性はないでしょう?」 「それに、先方が気を遣ってこちらの都合に合わせてくれたのかもしれません」 「生徒会の名前を出した場合、そういうことが往々にしてあるのです」 それは考えていなかった。 生徒会から聞きたいことがあると言われたら、断りにくいだろう。 「生徒会には生徒会なりの気遣いがあるんだな」 「図書部とは違いますから」 多岐川さんが、何かを手帳にメモする。 「それ、結局何のメモなんだ? 仕事のことだけじゃないよな」 「筧リストです」 「は?」 「あなたの長所短所のリストですよ」 俺を見て、口元に意地悪そうな笑みを浮かべる多岐川さん。 「望月さんに、筧さんからいろいろと学ぶようにと言われているのです」 「何でも、図書部には生徒会にないものがあるとかで」 そんなもんありゃしないよ、という口ぶりだ。 「あなたの非常識な行動は、逐一、望月さんに報告させていただきます」 「本当の姿を知れば、望月さんも考えを改めてくれるでしょうから」 どうやら、俺の悪いところを望月さんに吹き込んで、心変わりさせようと考えているようだ。 やはり、俺が生徒会役員に誘われているのが気に入らないらしい。 ご苦労なこった。 「多岐川さん、性格悪いとか言われないか?」 「言われますね」 ですよね。 「いいんです。私はしょせんそういう人間ですから」 そう言って笑う表情の奥には、かすかな諦念が見えた。 誰しも過去はあるか。 「というわけで、あなたの悪事はバッチリ記録済みです」 「ご自由にどうぞ」 さっさと先に行く。 「ま、待って下さい」 多岐川さんが慌てて追いすがり、隣に並ぶ。 「歩く速さは女性に合わせるものだと思いますが」 「そりゃ悪かった」 歩調を緩める。 「望月さんは、こんな人のどこが気に入ったのかしら」 「聞こえてるぞ」 「あら、口に出ていましたか?」 「こほん……失礼しました」 言いながらも澄ました顔である。 「望月さんを取られたのが悔しいんだな」 「……なっ!?」 一瞬で多岐川さんの顔が赤くなる。 「顔に出てるぞ」 「望月さんがそんなに大事?」 「出会ったときからずっと、私のような人間を本当に熱心に指導してくれました」 望月さんのことを語る多岐川さんの顔は、いつになく穏やかだ。 「しかるにです」 「しかるに望月さんは、貴方に心を奪われて……あああっ」 多岐川さんが手で顔を覆う。 「元気出せよ、そういう日もあるさ」 「ありがとうございます」 「違います、問題なのは貴方です」 肩で息をしている。 面白い人だな。 「筧京太郎……虫も殺さないような顔をして……」 「ますますもって望月さんには相応しくありません」 ぶつぶつ言いながらメモを書き込んでいる。 十分に楽しんだので、悪口を書かれるぐらいは許そう。 多岐川さんのメモで望月さんが判断を変えるとは思えないしな。 そう思うと、むしろ多岐川さんの努力が微笑ましく見えてきた。 「お疲れ様でした。多岐川さん筧君」 三日間に及ぶミナフェスの調査が終わり、ねぎらいの言葉をいただいた。 「レポートは翌朝には提出します」 「それで、何かわかったかしら?」 「はい? 詳細はレポートにまとめますが」 多岐川さんが首を傾げる。 「いえ、調査の話ではないの」 「筧君と仕事をして、葵には何か見えたかしら?」 「それなりには」 澄ました顔で答え、多岐川さんが例の手帳を開く。 ザ・筧リストだ。 「こちらの方もレポートにして提出する予定です」 「楽しみにしています」 望月さんもリストの存在を知っていたのか。 一体どんな風に楽しまれるやら。 「それと、もう一つ」 「新たなイベントの企画書も、一緒に提出してよろしいでしょうか」 「どういったイベントかしら?」 「はい。ミナフェスに代わる生徒会主催のイベントです」 「どういうこと?」 「言葉通りの意味ですよ」 「ミナフェスは大変好評でしたが、突発的なイベントです」 「ですから、今後は生徒会がミナフェスに代わるイベントを継続的に開催できればと考えました」 「おいおい、そりゃみんな怒るぞ」 「何故ですか?」 「ミナフェスは俺たちが作ったもんだ。横からかっさらうのは問題ありだろ」 「人聞きが悪いですね」 「ミナフェスの前にもお話ししましたが、あの規模のイベントを部活一つが運営するには負担が大きいと思います」 「イベントの価値と継続性を考えた場合、生徒会が引き継ぐのが妥当だと思うのですが」 「仮にそうだったとしてもだ、物事には進め方ってのがある」 「まず関わってる人の気持ちを考えないと、トラブルになることも多い」 「私の主張に間違いがなければ、みな納得してくれるでしょう」 「正しい意見でも、いきなりぶつけたら反発されることもあるって言いたいんだが?」 「それは聞く側の問題かと」 駄目だこりゃ。 肩をすくめ望月さんを見ると、にっこりと笑って返された。 どうやら、望月さんも多岐川さんのヤバさには気づいているようだ。 「多岐川さんさ、その調子でやってると、望月さんがいなくなった後が大変だぞ」 「どういう意味です?」 「苦労するかもな」 仲間が離れていったり、生徒の支持を失う可能性がある。 「私には力がないというわけですね。ご意見ありがとうございます」 「ならば、新しいイベントの企画を成功させることで、私の力を証明するまでです」 ぎらりと目を光らせる。 変なスイッチが入ってしまったらしい。 視界の端で、今度は望月さんが肩をすくめた。 「で、新企画ってのはどんなイベントなんだ」 取りあえず先を促すと、多岐川さんが説明を始めた。 それは、夏休み中に行う、汐美祭のプレイベントのような位置づけの催しらしい。 汐美祭メインステージへの出場権をかけて、参加団体が発表を行う。 参加に制限はない。 平等に発表の機会を与えると同時に、運がよければ汐美祭のメインステージに立てるかもしれないのだ。 要は、ミナフェスにメインステージ出場権という賞品をつけただけのイベントである。 生徒会の公認イベントとなれば、参加希望者も多く集まるかもしれない。 概要だけ聞くと、案外悪いイベントではないように思える。 「ただし、出場希望団体には一年間の詳細な活動報告の提出を求めます」 「有象無象に参加されたのでは、イベントがパンクしてしまいますから」 ステージの内容も、いわゆる『学生らしさ』が求められるらしい。 生徒会が主催である以上、何でもありとはいかないからだ。 そのへんの縛りがどう出るか、というところだが。 「ミナフェスは、来るものは拒まないイベントだったようだけれど?」 望月さんが疑問を挟む。 「今後のことを考えれば、参加者の質の向上が重要になってきます」 「調査の結果、今回のミナフェスの成功は、広報の巧みさによるところが大きいと判断しました」 「しかし、毎回、広報が上手くいくとは限りません」 「ステージのクオリティが低ければ、そういったときに大きなダメージを受けます」 「継続的な開催は難しくなってくるでしょう」 そこは多岐川さんの言う通りだ。 さすがに生徒会役員だけあって、見るべきところとは見ている。 もう一つ驚いたのは、基本的なスタンスの違いだ。 継続を前提にし、将来を見据えてイベントを守っていこうとしている。 生徒会役員ならではの責任感だと思う。 しかし、イベントの内容には懸念がある。 「ちなみに、勝敗はどうやってつける予定?」 「観客の投票がいいかと思っています」 「そうすると、ウケがいい団体ばっかりが勝つことになると思う」 「たとえば、尺八とバンドのライブじゃ明らかにバンドの方が有利じゃないか?」 「そこまで含めて実力かと」 「乱暴すぎる」 「それを認めると、不利なジャンルの団体はイベントから離れていくぞ。勝ち目ないんだから」 「熱意の問題ではないでしょうか? 機会は平等なはずです」 聞く耳持たずか。 「私も別の観点から賛成できません」 望月さんが口を開く。 「参加団体を制限するのなら、汐美祭メインステージの予選会にしかならないわ」 「制限を設けているわけではありません。一定のハードルを設けただけです」 意見を曲げない。 議論するだけ無駄というものだ。 「ま、やってみるのが一番じゃないか」 望月さんも溜息をつく。 「そこまで言うのなら検討してみましょう」 「はい、是非!」 「詳細は企画書を見てみないとわからないけど、様子を見る意味で、意見交換会を開いてみるのがいいかもしれないわね」 「わかりました。さっそく諸々の準備を始めます!」 意気揚々とデスクに戻る多岐川さん。 俺と望月さんは、顔を見合わせ溜息をついた。 その後、多岐川さんのゴリ押しで、意見交換会は開かれることになった。 学園で一番広い階段教室まで借りて、相当気合いが入っていたようだ。 だが、当日。 意見交換会に現れた団体は10に満たず。 数人の生徒が一旦教室に入りかけたらしいが、ガランとした室内を見て、 『来る教室間違えちゃいました』 みたいな素振りで、そそくさと立ち去ったという。 一人でぽつりと立ち尽くした多岐川さんは、広い壇上で呆然としていたそうだ。 夏休みが始まったが、図書部は忙しい。 ミナフェスの成功で知名度が大幅アップしたため、大量に依頼が舞い込んでいるのだ。 土日は原則休みにしようという話だったが、さっそく今日から例外適用である。 依頼の合間を縫い、通りがかりのアプリオで飯を食うことにする。 店に入ってすぐ、多岐川さんの存在に気がついた。 客が少なかったのではなく、彼女の周囲だけ色が違うくらい空気が沈んでいたのだ。 遠目に観察してみる。 表情はうつろで生気ゼロ。 テーブルには焼き鮭定食が運ばれているが、ほとんど手をつけていない。 「いらっしゃいませ」 声を掛けようか逡巡していると、ちっこい人がこっちに来た。 「今日も図書部の活動ですか? 夏休みなのに大変ですね」 「まあ貧乏暇なしって言いますし」 「それ、謙遜して自分に言う言葉だからな」 「あ、そうでしたそうでした」 相変わらずキツイ冗談が好きな人だ。 「ところで、多岐川さんっていつからここにいるの?」 「あのお客様なら45分くらいでしょうか。食事を冷ますのが趣味みたいですね」 「まさか」 「実際のところ、張り切って企画したイベントが爆死して凹んでるみたいです」 「詳しいな」 「割と有名な話ですよ。生徒会ウォッチャーはかなりいますから」 「それに、筧君の方が詳しいんじゃありません?」 ニヤニヤしている。 いろいろ詳しいようだ。 「イベントは当然中止、彼女はショックで3日も休んだらしいです」 「そうだったのか」 意見交換会が失敗だったのは知っていたが、休んだのは初耳だ。 最初から駄目そうなオーラは出ていたが、いざ凹んでる姿を目にするとちょいと可哀相だ。 「(今なら確実に落とせますよ)」 「狙ってないから」 「まあまあ、そう言わず、一緒にご飯食べてあげて下さいよ」 嬉野さんが、強引に俺を多岐川さんの傍に連れて行く。 俺は俺で、同情心が働いたのか、嬉野さんに抵抗できない。 数日一緒に活動した縁もあるし、適当に慰めてみるか。 「俺もその定食、よく頼むんだよ」 「はあ、そうですか」 向かいに座った多岐川さんが、呆けたような声で答えた。 目はうつろで、うっすらとクマができているようにも見える。 だいぶショックを受けているようだ。 「昨日も同じのを食べたんだ」 「では、次からは別のメニューにします」 「え、いや、そんなつもりは」 「筧さんと同じメニューを頼むだなんて恐れ多い」 「私なんかは、冷凍ご飯を凍ったまま食べているぐらいで丁度いいんですよ」 廃人の顔をしている。 いたたまれなくなり、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーをすする。 「……はぁ……」 明るい店内において、このテーブルだけが暗く沈んでいた。 「おっす、筧ー」 「……というわけで、多岐川さんと喋ってるところにお前が来たわけだ」 「はー、なるほどね」 何も知らない小太刀に、ことの顛末を説明した。 目の前では、相変わらず多岐川さんが呆けている。 「つまり、ミナフェスをパクろうとしたらコケたと」 「長い割には面白くない話だったわ」 「悪いな、お気に召さなくて」 小太刀がアイスティーを一口飲む。 「筧も止めてあげれば良かったのに。失敗するって薄々わかってたでしょ?」 「予感くらいは」 どうだか、という顔で笑う小太刀。 「まあ、鼻持ちならない副会長ちゃんをヘコませることもできたし、いいんじゃない?」 「図書部の方が優秀だってことも証明できたみたいだし」 身も蓋もない言い方をすればそうか。 多岐川さんはまったくの自業自得だ。 携帯が振動する。 桜庭からのメールだ。 「おっと遅刻だ。すまん小太刀、俺は部室に戻るよ」 「あーうん、お疲れー」 「私もアイスティー飲み終わったら帰る」 席を立つ。 多岐川さんは相変わらず凹んでいる。 うなだれた多岐川さんの頭頂部を見ていると、さすがに憐憫の情が湧く。 「多岐川さん」 無言のまま、多岐川さんが顔を上げる。 こりゃ、捨てられた犬の顔だ。 「それじゃ」 「ええ、お疲れ様」 小太刀が、空になったグラスを置く。 氷が小さく音を立てた。 「私の何が間違っていたんでしょうか」 独り言のようにつぶやいた。 「あん? そんなの人に聞かなきゃわかんないわけ?」 「じゃあ、あんたも所詮、その程度の人間だったってことね」 「……」 多岐川が小太刀を見る。 初めてその存在を認識したように、ゆっくりと目が見開かれる。 それまで、どこか小馬鹿にしたような様子だった小太刀の表情が、不意に引き締まった。 「生徒会長が何て言ってたのか、思い出してみたら」 「望月さんが?」 多岐川の脳裏に望月の顔が浮かぶ。 「図書部には、今の生徒会にはないものがあると私は思うの」 「筧君と一緒に仕事をすることで、多岐川さんにはそれを学び取ってもらえたらと思うわ」 「生徒会には、ないもの……」 「この三日間、筧君と一緒に仕事をして、葵には何か見えたかしら?」 「葵、あなたは図書部から……筧君から一体何を学んだつもりなのかしら?」 その声が心の中で反響し、染みいっていく。 「私に足りないものを、彼らが持っている?」 多岐川の言葉に満足したように頷くと、小太刀は立ち上がった。 「んじゃ、私はこれで」 テーブルに代金を置いて背を向ける。 「あ、あの、あなた」 小太刀の足が止まった。 「アドバイスをありがとう」 「どーいたしまして」 ひらりと手を振って、去って行く後ろ姿。 それは、学食に集う生徒達に紛れて、すぐに見えなくなってしまった。 「筧さんっっ!!」 大きな音と共に、図書部のドアが開け放たれた。 走ってきたのか、肩で息をしている多岐川さん。 「よ、よう」 「筧さんっ!」 強い力のこもった瞳が、俺を見据えている。 「まあ落ち着……」 「筧さんの下で勉強させて下さい!」 がばりと頭を下げた。 「はぁ!?」 「え? え? ど、どういうこと?」 部室が浮き足立つ。 「あのさ、多岐川さ……」 「筧さんの下で勉強をさせてください」 また頭を下げられる。 「何を?」 「何でもです」 「お、おい、何でも勉強するなんて……昼間から」 「桜庭さん、さすがです」 そういう話じゃない。 「いきなり言われてもなあ。どんな風に勉強するんだ?」 「付き人として一緒に活動させて下さい」 「必要なら図書部に入部しても構いません」 一体、多岐川さんに何があったのか。 「許可してもらえるまで、ここを動きませんから」 ドアの前にぺたりと正座してしまった。 膝の上でぎゅっと両手を握り、目を瞑っている。 一同で顔を見合わせる。 「筧、何とかしてくれ」 「会長に続いて、副会長まで虜にしちまったのか。恐ろしい男だ」 「馬鹿言え」 「いいじゃないですか、先輩が増えるのは嬉しいですよ」 「そうです。私たちは困りませんし」 当然のごとく、雑に押しつけられる。 付き人とか言われてもなあ。 しかし、ここで断ると、多岐川さんが廃人に逆戻りしてしまうかもしれない。 所詮は他人事だが、さっきの光景を思えば可哀相でもある。 「じゃあ1日だけ」 多岐川さんが片目だけを開ける。 「短すぎます」 「3日」 「もう一声」 「一週間。これ以上は無理だ」 カッと目を見開く多岐川さん。 「わかりました」 「よろしくお願いします、筧さん」 立ち上がりがばっと頭を下げた。 「おめでとう、二人とも」 何がめでたいのか、拍手が起こる。 「お二人とも、お幸せに」 「おめでとうございます。あれ、やだな、涙が……」 何だか面倒なことになった。 これからどうなるんだ。 「桜庭さん。データ分析は終わらせておきました」 多岐川さんが、USBメモリを桜庭に手渡す。 「ありがとう、明日やろうと思っていたんだ」 「多岐川さんがいてくれると、本当に助かるね」 「ありがとうございます」 「でも桜庭さんの事務処理能力は素晴らしいですね。ぜひ生徒会に欲しい人材です」 「おいおい、ここでスカウト行為はやめてくれよ?」 冗談めかして桜庭が言う。 「ふふ、失礼しました」 多岐川さんが図書部に出入りするようになってから、数日が経った。 以前は想像すらできなかった光景が、目の前で展開している。 相性が悪そうに見えた桜庭と多岐川さんだが、お互いの実力を認め合ったらしい。 「すごいよね、多岐川さん。生徒会の仕事も忙しいはずなのに」 「私たち、やることなくなっちゃったね」 手持ちぶさたの二人。 それほど、図書部の事務処理能力はアップしていた。 「ふいー、お疲れー」 外で仕事をしていた高峰が、汗だくで帰ってきた。 「お疲れ様です、高峰さん。冷たい飲み物ありますよ」 持参の保冷バッグから飲み物を取り出す多岐川さん。 その飲み物も多岐川さん自腹だ。 「おー、葵ちゃんサンキューな。いいのかよ、これ自腹だろ?」 「図書部でお世話になるお礼です。遠慮なく」 多岐川さんの言葉を受け、気持ち良さそうにジュースを飲み干す高峰。 「ふふふ、わたしの仕事なくなっちゃったね」 「いや、そこは笑い事じゃないですよ」 キャラかぶりは置くとして、多岐川さんは数日で図書部に馴染んでいた。 「にゃごーん」 ギザが多岐川さんの前でゴロリと寝転がり、腹を見せている。 しかし、多岐川さんは反応しない。 「もう騙されませんよ。わたしの中で、あなたはすでにネコではありません」 「ふぁう?」 「ただの醜い肉塊です」 「おふっ!?」 びくんと身体を震わせた。 「ふふふ、ギザ様、嬉しいんですね」 「あーくそ、誘い罵倒か、やるじゃねえかうらやましい」 「え? 言っていることがよく……」 こいつらにはまだついて行けないらしく、少し安心した。 「さーて、今日はミニライブの警備手伝いか」 「筧さん、お供します」 席を立つと、当然のように多岐川さんも立ち上がった。 移動中の路電内、多岐川さんは躊躇わずに俺の隣に座った。 座るとすぐに手帳を開き、予定などを確認している。 「(まつ毛が長いな)」 ふと目に入った横顔に目を奪われた。 陽に当たらないせいだろうか、肌は白磁のように澄んで見える。 まなざしは理知的だし、唇は自然な桃色だ。 服装もぴしっとしているし、動かなければ人形のようだ。 「……?」 多岐川さんが俺の視線に気づいた。 「そういや、最近こっちばっかりだけど、生徒会は大丈夫なのか?」 「ご心配なく。今日の分は午前中に大体終わらせておきました」 「大体?」 「残った分は、寮に帰ってから処理しますので」 「生徒会にも図書部にも迷惑はかけません」 本当に生徒会活動と図書部を掛け持ちしているようだった。 「そこまでして、俺から学ぶことなんてあるのかね」 「まだ私にもよくわかりません」 手元の手帳に視線を落とす多岐川さん。 昨日ちらりと内容を覗き見たのだが、俺の仕事のやりかたや相手の反応などを事細かに書き込んでいるようだった。 「筧リストだっけ。前とずいぶん内容が変わったよな」 「そうですか?」 顔を上げて俺を見る。 「前は悪口ばっかり書いてあった」 「い、いつ見たのですか!?」 「いや、自分で言ってたじゃないか」 望月さんに報告するために、俺の悪いところを書いてあると言っていた。 それが今では、まるで良いところを探して書いているようにも見える。 「って、今は見てますよね!?」 慌てて手帳を抱く多岐川さん。 「悪い、もう見ないよ」 「人の手帳を盗み見るなんて、やはり非常識な人ですね」 怒ったように言う多岐川さん。 だが、口ぶりとは裏腹に、表情はむしろ楽しんでいるように見えた。 少しずつ多岐川さんが変わってきている。 ミニライブの警備が終わり、再び移動となる。 今度は座れず、出口際に並んで立つ。 「今日まで見てきて思ったのですが、筧さんのやり方は、誰かに丸投げにすることが多いですね」 「餅は餅屋って言うし。いや、少し違うかな」 言ってしまうと何だが、図書部はゼネラリスト集団ではない。 それぞれができる仕事は、おのずと限られる。 俺の場合はフォローと潤滑剤がメインだ。 自分の割り当てはある程度少なくしてもらって、全体の流れを見る。 フリーな人間を作ることで、不測の事態に備えることができるのだ。 「ただ単に手を抜いているだけではないのですか?」 「そう見えることもあるかもしれないが、別に何もしていないわけじゃない」 「一人でできることは限られているから、みんなで協力して上手く回しているんだ」 「仰ることはわかりますが、協力作業では意見のすりあわせに多くの時間がかかります」 「一人でこなせる方がより良いと思います」 「多様な意見を取り入れることで、失敗のリスクを減らすって考え方もある」 「話し合った方がよい結論が出るというのは、幻想だと思います」 「時間がかかるのはもちろんですし、責任の所在が曖昧になったりと、デメリットは少なくありません」 「大体、他人を説得するための材料を集める時間ほど、無駄な時間はありません」 むっつりとした顔で言う。 一理あるとは思う。 ただ、日頃の多岐川さんの言動を考慮すると、他人と話し合うのを避けているようにも見えてしまう。 将来、生徒会長になったとき彼女はどうなるのだろう? 孤立し、生徒会役員たちをまとめられない、なんてことにならないだろうか。 「まあ、多岐川さんの好きなようにやってくれ。俺も説教なんてしたくないし」 「あ……」 多岐川さんが取り残されたような顔になる。 「すみません、私は教わる身なのに反論ばかりして」 路電が速度を落とす。 停留所に止まると、テニス部の集団が乗り込んできた。 車内はぎゅうぎゅう詰めになる。 俺と多岐川さんも、向かい合って密着する形になった。 「……」 「……」 「っ……」 多岐川さんが身を固くした。 ふわっと体温が上がるのを感じる。 「う……」 「どうした? 気分でも悪くなったか?」 「いえ……その……」 「(触られているかもしれません)」 小声で囁いてきた。 「マジか」 「筧、さん」 密着した多岐川さんが、困り切った顔で見上げてきた。 すぐに周囲を確認する。 男子生徒は多岐川さんの背後に一人、左右は女子生徒だ。 男子生徒は、両手で文庫本を開いて持っており、触る余裕はなさそうだ。 「(あれ?)」 よく見ると、女子生徒のバッグから伸びたテニスラケットが、多岐川さんのお尻に当たっている。 これが原因か。 「おっと、すみません」 バランスを崩したふりをして、多岐川さんとラケットの間に身体を入れる。 側面から多岐川さんを抱くような形になるが、この際仕方ない。 「これでどう?」 「あ、もう大丈夫です。犯人は?」 「荷物が当たってただけだった」 「そうだったんですか」 安堵の溜息をつく多岐川さん。 本気で怖かったようだ。 「筧さんが冷静でよかったです。冤罪なんて相手に悪いですから」 「ありがとうございます。こういうとき、やっぱり男性は頼りになります」 「いやいや、問題解決してよかった」 残る問題は多岐川さんとの密着感だが、こればっかりは仕方ない。 「いつも、反論ばかりしてすみません」 「性根がねじ曲がっているので、何か言われるとすぐ言い返してしまうんです」 「困ったもんだな」 「はい、私もそう思っています」 多岐川さんが静かに言う。 「おふっ!?」 路電が揺れ、女生徒のラケットがいい角度で俺のケツを突いた。 「え? どうしました?」 「ちょっとしたラブゲームさ、テニスだけに」 「今のオヤジギャグ、メモしていいですか?」 「駄目、死んでも駄目」 「どうしましょう」 「いや、ほんと駄目だから、絶対駄目」 本気で懇願した。 陽がだいぶ傾いた頃。 今日の仕事が二件とも終わり、部室に戻ることになった。 手帳を取り出した多岐川さんが急に立ち止まる。 「どうした?」 「メモリーカード、ここに挟んでおいたはずなのに」 手帳の中やカバンを探り始める。 次第に顔が青くなっていく。 「重要なデータでも入ってたのか?」 激しく頷く。 「ああ、どこに落としたんだろう」 「すみません、探してきます」 「俺も手伝う」 「私の責任ですから結構です。筧さんは先に戻って下さい」 言うなり、来た道をキョロキョロしながら戻って行く。 今日は路電で移動することが多かった。 車内に落とした可能性もある。 念のため、路電の管理局に電話してみるか。 地面を探している多岐川さんのところへ行く。 「いま電話したんだけど、路電の中には落としてなかったってさ」 「え? 電話したんですか?」 キッと睨まれた。 「私一人で大丈夫だと言ったはずです。これは私の責任ですから」 「もう日も暮れるし、一人じゃ厳しいだろ」 「大丈夫です。自分のミスは自分で取り返します」 「いやでも」 「もう帰って下さい」 ぴしゃりと言うと、探索作業に戻ってしまう。 俺はともかく、こんな言い方されたら怒る人もいるだろうなあ。 多岐川さんは、そこらが改善できればもっといい生徒会役員になると思うんだが。 「(さて、どうしたもんか)」 よほど大事なデータが入っていたのか、多岐川さんはしゃがみ込んで探している。 もうじき日暮れだ、一人じゃ効率も上がるまい。 協力したいが、多岐川さんは拒否ってくる。 彼女がどこで落としたのか、考えてみよう。 手帳に挟んでいたのなら、落としたのは手帳を出した時だ。 さっき、路電を降りた時も手帳を見ていたはず。 ……停留所を探してみるか。 陽が沈み、辺りは薄闇に包まれていた。 灯り始めた街灯の下で、多岐川さんは地面にかがみ込んでいる。 「ない……ない……どうしよう……」 押し殺したような声。 少し泣きそうになっているようにも聞こえた。 「多岐川さん」 びくりと顔を上げる。 「探してたのはこれじゃないか?」 「え?」 拾得物を多岐川さんに見せる。 小さなメモリーカードだ。 「これです! どこにあったんですか!?」 「路電の停留所。あそこで手帳出したから」 「ありがとうございます、助かりました」 ずばっと頭を下げる。 メモリーカードを渡そうとして、一瞬考える。 最初から素直に助けを求めてくれれば、俺も気持ちよく渡せたのだ。 そういう人の気持ちを理解することが、彼女の将来にとって大切だ。 おこがましいとは思うが、今後のためにちょっといたずらしてみよう。 「でも、これ本当に多岐川さんの?」 「もちろんです。疑うのならデータを確認させて下さい」 「そりゃまずいだろ。違ったらどうするんだ」 「で、でも」 「学生課に届けるよ。受け取りたいなら学生課を通してくれ」 「どうしてそんな回りくどいことを」 「手伝うなって言われてたし、やっぱ余計なお世話だったかと思って」 「意趣返しですか、大人げない」 「いやいやいや、最初から協力してればお互い気持ちよく探せたんじゃないかって話」 「昼間に話が出たじゃないか。協力した方がいいこともあるって」 「失敗したところを見られるのが嫌なのはわかるけど……」 「違うんです、私は筧さんに迷惑を掛けたくなかったんですっ」 「毎日つきまとっているだけでもストレスをかけているのに」 「だから、こんなことで時間を取らせたら申し訳ないから……」 語尾を濁し、多岐川さんが俯く。 口下手なだけで優しいところもあるんだな。 「気を遣ってくれてたのか。気づかなくて悪かった」 「え、いえ……」 「ありがとう」 「……」 俯いた多岐川さんが真っ赤になる。 「……がいます」 「は?」 「違います、気を遣ってなんかいません」 「よく見たら、私の落としたメモリーカードじゃありませんでした、失礼しますっ」 言うやいなや、猛ダッシュで走り去る。 えええええっ!? ぎこちないフォームの後ろ姿が遠ざかる。 「あ……」 こけた。 しかし、すぐに立ち上がって走りはじめる。 最初はつっけんどんな奴だと思ってたが、どうも不器用と言った方が正確なようだ。 根がまともなら、何かのきっかけでいい方向に変化するかもしれない。 「筧、多岐川の所在を知らないか?」 「知らんよ」 「多岐川さん、今日は顔出してないよね、筧君?」 「ああ、そうかもな」 「多岐川さん、今日は来ないんですか?」 「どうしたんでしょう?」 女子全員が俺に訊いてくる。 「生徒会の仕事でもしてるんだろ。そのうち来るんじゃないか?」 「連絡がないのはおかしい」 「ここに来るようになってから、あいつはいつも一番乗りだったし、遅れるにしても連絡があった」 その通りだ。 となれば、連絡できない状況になったか、連絡したくないかだ。 まあ、後者だよな。 落とし物の件でからかったのが悪かったか。 「心当たりがある顔をしていますね」 「さすが佳奈すけ、バレたか」 ざっと昨日のことを説明する。 「筧くん、やりすぎたんじゃない?」 「私は、筧先輩の方が根気強いと思います」 正反対の評価を同時にもらった。 「私なら、即喧嘩になっているところだ」 「私も厳しいですねえ」 どうやら俺の味方が多いようだ。 「しかしアレだな、葵ちゃんも乙女なところがあるじゃん」 「相手を気遣いつつも素直に言えない、何ともくすぐられる部分だ」 扇子をパタパタさせてご満悦である。 「しかも、重要なデータを筧に預けたまま帰っちまうなんてさ」 「そこは、筧さんならちゃんと持っていてくれるだろうって信じてくれてるんですよ」 「なるほど。つまり安心したうえで、ちょっと拗ねて見せたわけか」 「筧先輩になら、甘えていいと思ってるんですね」 「あほか」 一体、多岐川さんをどういうキャラに仕立て上げたいんだ。 「筧くん、メモリーはちゃんと持ってるんだよね」 「いや、もう新聞部に売っちまった」 「ええっ、なんてことするの!?」 「冗談だ、ちゃんと持ってる」 「あたりまえだよ、もう」 白崎がぷりぷりしている。 「さっさと返して、仲直りしてくれよ」 「ああ、部内でもめ事は勘弁してほしい」 「わかったわかった」 こっちとしても悪役にされたらたまらない。 「じゃ、ちょっと、出かけてくる」 「ああ」 「うん。行ってらっしゃい」 「青春だねぇ」 「若いって、いいですよねぇ」 「佳奈の方が年下じゃないの」 図書部のみんなに見送られ、部室を後にする。 生徒会室に行けば会えるだろう。 「もう帰った?」 生徒会室にいたのは、望月さんだけだった。 「つい数分前にね。途中ですれ違わなかったかしら?」 「いえ」 「おかしいわね。ここの構造なら、どこかで会うはずなんだけれど」 望月さんが首をひねる。 「じゃあ探してきます」 望月さんに一礼して、生徒会室を出る。 「あの、筧君……」 「電話してあげてもよかったのに」 筧が訪れる10分ほど前のことである。 「はあ」 多岐川は、望月に気づかれないようため息をついた。 「(ああ、なんて大人げないことを)」 多岐川の胸の中を後悔が駆け巡る。 もちろん、先日の筧への態度についての後悔だ。 礼を言ってしかるべき彼女の口から飛び出たのは、失礼な言葉ばかりだった。 「(しかも、図書部に行けなかったし)」 今の多岐川にとって、図書部は敷居が高すぎた。 自分から勉強させてほしいと言い出したのに、なんて身勝手なことか。 そんな自己嫌悪が、さらに気分を落ち込ませる。 「葵、聞こえてるの?」 「……」 「葵!」 「えっ!? は、はいっ!?」 望月に名を二度呼ばれ、弾かれたように顔を上げる。 「一体どうしたの? ずっとぼんやりしてるわよ」 「いえ、何でもありません」 表情を引き締める多岐川を、望月がじっと見守る。 「悩みがあるのなら相談に乗るけれど」 「問題ありません」 びしっと背筋を伸ばし、書類に向かう。 とはいえ、本来ならばこの時間、多岐川の体は図書館にあるはずだった。 望月は、当然そのことに気付いている。 生徒会長の笑顔を前に、とうとう多岐川が折れる。 「これは、別の役員から相談されていることなのですが」 そう前置いて続ける。 「彼女は、重要なデータが入ったメモリーカードを落としてしまったそうなのです」 「一緒にいたもう一人の役員が、探すのを手伝うと申し出たのですが、彼女はそれを断りました」 「彼女は、自分のミスで彼の時間を奪いたくなかったらしいのです」 「日が暮れてしまっても、彼女はずっと探していたのですが、見つかりません」 「途方に暮れかけていたとき、彼がメモリーカードを探し出し、持ってきてくれたのです」 「協力を断られたのに?」 「それが彼の素晴らしいところなのです」 多岐川が力強く言う。 「と、その女性が言っていたのね」 「こ、こほっ……はい、そういうことです」 多岐川が何度も咳払いをする。 「しかし彼女は、メモリーを受け取らずに逃げ出してしまいました」 「あら? どうしてかしら?」 「彼の善意を拒んだにもかかわらず、結局は彼に助けられてしまったからです」 「ひたすら恥ずかしかったのだと思います」 無意識に、多岐川が視線を落とす。 「それで、葵はどうしたいの?」 「私ではありません。ある役員の話です」 「ええ、そうだったわね。その役員はどうしたいのかしら」 「彼に謝りたいとのことなのですが、どうしたらいいのかわからないとのことでした」 「なるほど、かわいらしいわね」 望月が微笑む。 「簡単なことだと思うけれど」 「どっちが強情なのはわかりきっているし、女性の方がストレートに謝るのがいいと思うわ」 簡単だったら苦労しない、と多岐川は内心毒づく。 「相手が怒っていて会ってくれないかもしれません」 「だとしたら、何度も謝りに行くことね」 「自分の非を認めてちゃんと謝れば、気持ちは通じると思うわ」 「……わかりました、そのように伝えます」 多岐川自身、わかっていたのだ。 ただ、踏ん切りがつかなかっただけで。 筧に幻滅されていたらと思うと、怖かったのだ。 「私、急用があったのを思い出しました」 「すみませんが、1時間ほど失礼します」 「ええ。わかっているわ。どうぞごゆっくり」 望月がひらひらと手を振る。 「失礼します」 さっと頭を下げ、多岐川はいつになく機敏な動きで生徒会室を後にした。 「まったく、困ったものね」 生徒会室を出た後、事務棟内を探してみたが多岐川さんは見つからなかった。 連絡先を聞いておけばよかったな。 仕方なく部室に戻る。 路電を待っていると、対向車線の停留所に路電が止まった。 見るともなしに昇降客に目をやる。 「あ……」 相変わらず、分厚い手帳に目を落としている。 あんなことしているから落とし物をするんだ。 「多岐川さんっ」 大声で呼ぶ。 多岐川さんが、弾かれたように顔を上げた。 声の主を探してきょろきょろしている。 「こっちだ」 手を振ると、こっちを見て眉間に皺を寄せた。 暗いせいもあるだろうが、視力がよくないらしい。 「あっ、筧さんっ!?」 「ちょうど良かった、探してたんだ」 「……うう」 ばつの悪そうな顔をしている。 また逃げられても面倒だし、さっさと捕まえてメモリーカードを返してしまおう。 そう決めて、向こう側の停留所に向かう。 「どうしてこんなところに?」 「多岐川さんを探しに生徒会室に行ってたんだ」 「そっちは?」 「せ、生徒会の仕事です。あなたと違って忙しいもので」 落ち着かない様子で視線を逸らす。 相変わらずの言いぐさだが、カリカリしても仕方ない。 「これ返しとく」 四の五の言われる前に、メモリーカードを多岐川さんの手に握らせる。 「あ……」 「昨日は悪かった」 「いえ、いいんです。返してもらえれば」 ぼそぼそと歯切れが悪い。 「明日は部室来るのか?」 「ええ、はい、おそらく。もしかしたら仕事が入って無理かもしれません」 「もし来られないときは連絡してくれ。みんな心配するから」 「でも、連絡先が」 「白崎のならわかるだろ?」 「はい、わかります」 しゅんとする。 いつもと違い、今日はしおらしい。 「じゃあまた明日。昨日はほんと悪かった」 さくっと踵を返し、停留所へ戻る。 「あ、あのっ!」 強い声で呼び止められた。 「私いま、図書部に行ってきたんです。筧さんに謝ろうと思って」 重い告白のように言われて、いささか面食らった。 「あっちで待っててくれればよかったのに」 「いえ、その……勇気が出なくて、部室に入る前に帰ってきてしまいました」 「そ、そうか」 リアクションに困る。 「昨日はすみませんでした。せっかく手伝ってくれると言ってくれたのに」 「それに、見つけてくれたのにお礼も言えなくて」 「ごめんなさい」 深々と頭を下げてくる。 「本当にごめんなさい」 「お礼も言えないなんて恥ずかしいことです」 頭を下げたまま繰り返す。 「別に気にしなくていいって」 「急に謝られてもビビる。いつもの多岐川さんでいてくれよ」 「あの、いつもの私はどのように認識されてるんですか?」 多岐川さんが顔を上げる。 「いや、まあ、元気な人ってことで」 「元気ってどういうことですか。含みがあるように聞こえるのですが」 「お、路電来たか。じゃ、そういうことで」 「ちょっと、答えて下さいっ」 多岐川さんが俺の袖を掴む。 「あ、すみません……」 すぐに恐縮して放してくれた。 「上からになっちゃってアレだけど、もうちょい人の気持ちが考えられれば、多岐川さんはいい生徒会長になると思うよ」 「え?」 路電が停留所に入ってきた。 「じゃあまた」 停留所に走り、路電に乗り込む。 危うく乗り過ごすところだった。 一つ息をついて窓の外を見ると、多岐川さんがこっちを見ていた。 どこかぼーっとしたような、ふわふわした表情だ。 「(じゃあな)」 声には出さず、口の形だけでそう言う。 「ありがとう、筧さん。私、変われるように努力します」 そう言って手を振る多岐川さんの姿は、彼氏との別れを惜しむ女子のように生き生きして見えた。 ああいう顔することもあるのか。 「次はどこに行く?」 「ええと、そうですね」 手元の手帳を覗き込む多岐川さん。 「観葉植物を買い足そうと思っていたんです。花屋さんに行きましょう」 この日、俺は生徒会室で使う備品の買い出しを手伝っていた。 なんで生徒会の雑用を俺が……とも思ったが、白崎の指示じゃ仕方ない。 多岐川さんに図書部を手伝ってもらっている恩返しだという。 「ええと、花屋さんはこの道の先かな」 手帳を見ながら歩く多岐川さん。 さっきも人とぶつかりそうになってたし、フラフラと危なっかしい。 「おっと」 目の前の横断歩道の信号が赤に変わる。 「横断歩道を直進と」 「おいおいおい!」 多岐川さんの手を引く。 「ぎゃああっ、何ですか街中で突然っ!?」 「痴漢なんですか!? 痴漢なんですね!! わかってました知ってました!」 「お前な、信号赤だっての」 「手帳見ながら歩くのやめろ、死ぬぞ」 「す、すみません」 ぺこりと頭を下げる。 「……」 メモリーカードの件が効いたのか、多岐川さんは若干素直になっていた。 こうやって少しずつ矯正できれば、いずれはいい感じになるかもしれない。 とはいえ、コンビで活動するのは今週だけだし、彼女の生まれ変わった姿を俺が間近で見ることはあるまい。 花屋の次は、輸入雑貨店に入った。 世界各国の雑貨や食料品が売っている店だ。 多岐川さんは、手帳を見ながら俺の持つ買い物カゴにいろいろなものを投入していく。 「望月さんはこの銘柄の紅茶が大好きなんです」 「さらにスコーンをつけると、それはもう大喜びなんですよ」 「へえ、あの望月さんがねえ」 「ちなみに、紅茶代って生徒会の経費になるのか?」 「自腹に決まっています。生徒会の予算は生徒から預かっているものですよ」 「そもそも、私たちの仕事は、そのお金を適切なポイントに配分していくことなのです」 3分ほどありがたい説教をいただいた。 結果わかったのは、多岐川さんがクソが付くほど真面目だということだ。 新事実でも何でもない。 「というわけです。ご理解いただけましたか?」 「はいはい」 「はい、は1回で結構」 どこぞの先生か。 「あ、この石鹸も望月さんのお気に入りでした」 ヨーロピアンな感じの石鹸を籠に入れる。 お嬢様が使ってそうな奴だ。 「さっきから望月さんの物ばっかだな。そんなに望月さんが好きなのか?」 「はい、好きです」 きっぱりだ。 「女同士で結婚できる国に旅立ったらどう?」 「もちろん検討しましたが、私にはもったいないという結論に至りました」 「私のようなものは、小間使いにでも使っていただければそれで充分です」 穏やかに語る多岐川さん。 春のそよ風を感じさせる口調だったが、話の内容はブリザード級にエグかった。 「あ、うん」 としか言えない。 「話を戻そう」 「多岐川さんの買い物もしたらどうかと思ったんだけど」 「望月さんにいろいろ買っていけば、お下がりをもらえるかもしれないですから。ふふふ」 「……」 ああ、変態なんだな。 俺が晴れやかな気分になった。 この話題には厳重に封をして汐美湾に沈めることにする。 「ところで、買い物カゴがだいぶ重いんだが」 「貧弱ですね」 「貧弱ですよ、図書部員ですから」 「当然のように情けないことを言わないで」 くすりと笑う。 「では、会計を済ませてしまいましょう」 店を出て歩きだしたが、数分で疲れた。 「飲み物でも買って少し休もう。おごるよ」 「私は結構です。筧さんだけ飲んで下さい」 「一人だけじゃ買いにくいから、おごるって言ってるんだ」 「あ……」 はっとした顔になる。 「では、大変不本意ですがご馳走になります」 ゴチャゴチャ言いながらも、休憩することになる。 多岐川さんを歩道のベンチに座らせ、俺が飲み物を買いに行った。 「はいよ、お茶」 「ありがとうございます」 多岐川さんの隣に座り、ミネラルウォーターを飲む。 「では、いただきます」 無言で粛々とお茶を飲む多岐川さん。 お世辞で美味しいとも言わない。 「(もしかすると、男性に何かをおごってもらったのはこれがはじめて?)」 「(どういう反応をするのが的確なのかしら、ああ、わからない)」 「ごほごほっ!?」 いきなりむせた。 何なんだこの人は。 微妙な空気の中、俺たちの間を沈黙が流れる。 「ここ数日、太平洋高気圧の勢力が強いですね」 「は?」 出し抜けに何だ? 空を確認すると、真っ青なカンバスに巨大な入道雲が湧き上がっていた。 「あ、ああ、夏の空だな。立派な入道雲が浮かんでる」 「はい、上昇気流が見えるようです」 それっきり黙った。 もしかして、天気の話をしたかったのか? 天気じゃなくて気象の話になっていた。 「そういや、俺の付き人になるとか言ってたけど何か学べることあった?」 「もう4日経ったし、中間報告なんてどうだ」 「言われてみればもう4日ですか」 例の手帳をめくり、内容を確かめる。 と、すぐにパタンと手帳を閉じた。 「ここで報告するようなことはないようです」 「いつも書き込んでるじゃないか」 「それでもです」 もう終わり、とでも言いたいのか手帳を鞄にしまってしまった。 「筧先生から、4日間の講評はありませんか?」 「あんたが教師をなめてるってのはわかった」 「失礼しました。それ以外で」 ここ数日の仕事ぶりを思い起こしてみる。 まず言えるのは、多岐川さんは事務面においてとびきり優秀ってことだ。 ただ、リーダーとしての能力には疑問符が付く。 まず、集団での合意形成を軽視している。 大変立派な目標を掲げるが、達成までのプロセスにおいて、関係する人間の感情を考慮できていない。 『私のプランは正解なんだから従いなさい』というノリなのだ。 単純に言って人の気持ちがわかっていない。 「一言でいうと空気読め、に尽きる」 「読めない場合はどうしたら」 「読める奴をサポート役にして、自分はしゃべらないのがいいと思う」 「では、そうしましょう」 終わった。 「早いよ、もうちょい頑張れよ」 「私はそういうのが苦手なんです」 「これでも以前は何とかしようと頑張っていました。でも、話せば話すほど向こうが怒ってトラブルになります」 「ですから、いい加減諦めました」 「話して駄目なら、ぐうの音も出ないほどの正論をぶつければいいのです」 「圧倒的な正論の前には、あらゆる抵抗は砂の城のごとく崩れ去るのです」 完全に駄目な悟りだ。 開き直りをこじらせていた。 「ああ、一応、直そうとしてはいたのか」 「当たり前です。トラブルは起きないに越したことはありませんから」 「得意げに言われてもなあ」 困ったもんだ。 「でも、今日は大分柔らかいイメージだったと思うよ」 「それは、筧さんが相手だからです」 言葉の真意を探るべく、多岐川さんの表情を窺う。 「あ、いえ。あなたの指導が素晴らしいということです」 多岐川さんは、視線を逸らしお茶を飲む。 「何にせよ成果は上がってるんだし、諦めない方がいいって」 「次期生徒会長としても重要なことだと思うぞ」 「それは……そうかもしれません」 「あとは、さっきも言ったけど、頼りになる副会長を見つけることだな」 「そんな人がいればいいんですけど」 「生徒会にはいないのか?」 「いませんね」 生徒会役員内で孤立しているのだろうか。 だとしたら将来は大変だな。 「今からでも遅くないだろうし、頑張ってくれ」 「あと3日ありますから、できる限り学ばせてもらえればと思います」 多岐川さんが手を差し出してきた。 「よろしく」 その手を握る。 「違います、空き缶を捨てて来るということです」 「ああ、そういうことか」 「あなたは、こういうことをして女性を口説いているのですか?」 「ただの勘違いだよ」 「だといいですけど」 そう言って、多岐川さんはにっと笑った。 買い物を終え、学園に向かう。 その途上、多岐川さんの視線がとある場所に吸い寄せられた。 見ているのは、ゲーセンの店先に並んだプリクラエリアだ。 女子生徒やカップルがにぎやかに撮影している。 「ゲーセンで遊んでるのとか、許せないか?」 「え? ああ、はい」 「一番くだらない時間の使い方だと思います」 思い直したように言う。 注意したかったわけじゃないのか。 そういやプリクラってやったことなかったな。 楽しいんだろうか? 「プリクラ、やったことある?」 「ありません」 「俺もないんだ。ちょっとやってみないか?」 「結構です。くだらない」 「そう言うと思った」 「じゃ、帰るか」 学園を目指す。 数メートル歩いたところで、多岐川さんが付いてきていないことに気付いた。 「どうした?」 「やってみますか? プリクラ」 「俺はいいけど……何でまた?」 「多少なりとも、勉強してみようかと思って」 「じゃあ、せっかくだしやってみよう」 恥ずかしそうにしている多岐川さんを促し、二人でゲーセンに入る。 カーテンで仕切られた空間に入り込み、コインを投入する。 モニターをのぞき込むと、自然と寄り添うような形となる。 「モードを選んでね♪」 「友達モードと恋人モードがあるっぽいが」 「知り合いモードや他人モードとかはないんですか?」 「需要ないだろ、それ」 「やはりやめましょう」 「勉強するんだろ」 「でも、密室じゃないですか」 「残り5秒♪」 プリクラマシンの容赦のない催促だ。 「適当に押すぞ」 「え? は、はい」 パネルにタッチする。 「恋人モード♪」 「なんでそっちなんですか!?」 「適当に押しただけだ」 「フレームを選んでね♪」 「ほら、今度は多岐川さんが何か押して」 「えっ、えっ」 多岐川さんが焦った様子で、モニターの上で手を迷わせる。 ハートが盛りだくさんの枠しかない。 流石恋人モードだ。 「わ、わかりません。こんなのやったことありませんし」 「残り5秒♪」 「もう何でもいいですからっ!」 多岐川さんがリタイヤ宣言をしたので、適当にパネルにタッチしていく。 「それじゃあ、撮影をはじめるよー♪」 「準備はいいかな? いくよー。5、4、3……」 「えっ! も、もうですか!?」 無慈悲なカウントダウンに慌てている。 「ほら、ポーズ取って!」 「わっ、わっ、わっ……」 「こんな感じに撮れたよ♪」 「お、いい写真だな」 「全然よくないです! 私、変なポーズしてるじゃないですか!」 「だからポーズ取れって言ったじゃないか」 「そんな急に言われても……」 「次はウサギさんのポーズ♪ ウサギさんピース♪」 「ウ、ウサギさんピース!?」 「ウサギさんピースって何ですか? どんなポーズなんですか!?」 「頑張れ! 俺はやらない!」 「私だって嫌ですよ!?」 「準備はいいかな? いくよー。5、4、3……」 撮影が終わった。 「疲れましたね」 「ああ」 お互いぐったりしている。 「これ、多岐川さんの分」 マシンから出てきた二枚のシートのうち、片方を手渡す。 「意外と綺麗に撮れるものなんですね」 物珍しそうにシートを見つめている。 写真の中の多岐川さんは、健気にポーズを決めようとしている。 ウサギさんピースと言われて、とっさに頭の上でダブルピースを決めてる写真は面白すぎる。 「どっかに落とさないように注意しろよ」 「もちろんです、こんなものを落としたら大惨事になります」 多岐川さんは写真を手帳の間に挟んだ。 「ありがとうございます、貴重な体験ができました」 「こっちこそ、付き合ってもらって悪かった」 俺に向けてはにかんだ後、多岐川さんは顔を逸らした。 「筧さんは、いろいろと初めてのことを教えてくれます」 「予想外のことばかりで、落ち着く暇がありません」 非難されているのかと思ったが、多岐川さんは切なげに目を細め、歩道のタイルを見つめている。 素直に可愛いと思った。 「あと2日でコンビ解消だ。そしたらゆっくりできるさ」 「はい。あと2日……ですね」 呟くように言う。 「筧さんは」 顔を上げて視線を向けてくる。 しかし、言葉は続かない。 「なに?」 「いえ、なんでもありません」 思い直したように、多岐川さんは寂しそうに笑った。 昨夜から、葵の様子がおかしい。 「はぁ……」 アンニュイなため息をついている。 ノートPCに向かっているが、仕事はまったく進んでいないようだ。 筧君との件は解決したと思っていたけれど、また何か問題が発生したのかしら? 「ふう……」 また一つため息をつくと、葵は手帳を広げる。 その顔がほころぶ。 「葵?」 「……」 「葵っ」 「えっ! は、はいっ? 何でしょうか?」 手帳を閉じ、弾かれたように顔を上げる。 「ぼんやりしているみたいだけれど、疲れているの?」 「いえ、問題ありません」 「あ、ハーブティーを淹れましょう。昨日買ってきましたので」 葵がそそくさと席を立つ。 よほど慌てていたのか、手帳が床に落ちたことに気付かない。 大事な手帳なのに。 「(困った子ね)」 私も席を立ち、手帳を拾ってあげることにする。 いけないとは思いつつも、開かれたページに目が行ってしまう。 「あ……」 『チームとして結果を出せればそれでよい』 『人に任せられる仕事は積極的に任せる』 葵の几帳面な字で、さまざまなメモが取られていた。 『誤魔化す時は”いやいやいや”と言うらしいとの情報』 『好きな飲み物はミネラルウォーター』 『食生活が適当極まりないので改善の必要あり』 最初は図書部での活動に関するメモだったが、やがてそれは筧の個人情報へと変わる。 手が止まる。 ページの端に、小さな写真が貼られていた。 ハートマークで彩られた枠の中で、葵と筧君が笑っている。 「ふふふ、そう。そうなの、葵」 「望月さん、ハーブティーができましたけれど」 「ありがとう」 振り返り、手に持ったものを葵に差し出す。 「これ、落ちていたわよ。大事なものなんでしょう?」 「あ、ありがとうございます」 手帳を受け取ると、両手で胸に抱いた。 「筧君のこと、とてもよく見ているみたいね」 「え? は、はい」 「彼から学ぶことはできたかしら」 「多少はできたかと思います」 「でも、まだよくわかりません」 「何がわからないの?」 葵が言葉を切る。 少し考えてから口を開く。 「自分の気持ちです」 何事に関しても曖昧にしない葵にしては珍しい。 「明日で図書部での活動は終わりになります」 「何かを学べたのか、本当はもっとしっかり考えなくてはならないのだと思います」 「ただ、今は……寂しさで胸がいっぱいで」 葵が申し訳なさそうに視線を落とす。 『一週間、図書部と生徒会の掛け持ちをさせてほしい』 葵が突然そう言い出したとき、私は驚いた。 筧君や図書部から学んでほしいと言ったのは私だけど、まさか本気になってくれるとは。 「わかったわ。葵のやりたいようにしなさい」 そう、快諾した。 彼女が本気で学ぼうとしてくれているのが嬉しかったのだ。 先日の、メモリーカードの件だってそうだった。 生徒会の仕事より、彼女の謝罪を優先させた。 その方が彼女のためになると思ったからだ。 「筧君のことが気になっているのね」 「えっ? わ、私は、そんな……」 「隠しても無駄よ。わかるもの」 葵がうつむく。 「かもしれません」 やがて、観念したように頷く。 「私は今まで、異性とお付き合いをしたことがありません」 「ですから、自分の気持ちがわからないんです」 「自分が、彼からもっと学ぶべきものがあると感じているのか、それともただ彼の近くにいたいだけなのか」 「なるほど」 自分の筧君に対する気持ちを考えると、ため息が出るのを止められない。 「私は、自分の気持ちが本物なのかまだわかりません」 「それに、筧さんは人気がある方ですし……」 私を見て言う。 もちろん、私の気持ちを気にしているのだ。 邪魔をしてしまいたいなんて思うけど、恋愛には先も後もないはずだ。 「周囲のことは気にする必要ないと思うわ」 「あなたは、あなたの気持ちに正直に振舞うべきよ」 「望月さん……」 葵がじっと私を見る。 私は同情されたくもないし、気を遣われたくもない。 葵には、彼女の望むように進んでほしい。 「ふふふ、このまま図書部員になってみる?」 「まさか、私は望月さんに憧れて生徒会役員になったのです」 「望月さんのような生徒会長になりたいといつも思っています」 「ありがとう。嬉しいわ」 「でも、その気持ちが逆にあなたを束縛しているのかもしれない」 「私があなたになれないように、あなたも私にはなれないわ」 「あなたには、あなただけの理想の生徒会長像があるはずよ」 「今までのやり方は間違っていたということですか?」 葵が気弱な目になる。 「違うわ」 「自分に自信を持って進みなさいってことよ」 勇気づけるように笑い、私は葵の背を撫でた。 「昨日頼まれたデータ処理ですが、終わりましたのでデータを置いておきます」 「早いな。明日でもよかったのに」 「私の仕事は今日までですから」 「ああ、そうだったか」 今日で、ちょうど一週間。 多岐川さんが図書部で仕事をする、最後の日だった。 「短い間でしたが、ありがとうございました」 最後の仕事を終え、多岐川さんが全員にぺこりと一礼する。 「私のわがままを聞いていただいて、本当に感謝しています」 「こっちこそ、色々手伝ってもらえて、すごく助かっちゃった」 「またいつでも遊びに来てね」 「ありがとうございます、白崎さん」 それぞれが口々に別れを惜しむ。 この一週間の多岐川さんは、本当に頑張っていた。 仕事はもちろんだが、人にきつく当たらないようコミュニケーション部分でも努力していたと思う。 以前がスーパー超激辛とするなら、超激辛くらいにはなったのではないだろうか。 今日で終わりじゃなければ、もっとよくなりそうな気がするんだが。 「筧、お前からは何かないのか?」 「そうだな……生徒会に戻っても頑張ってくれや」 「ドライ過ぎです」 「今生の別れってわけじゃないんだ。また生徒会絡みの依頼でもあれば会えるだろ」 「ええ、そうですね」 「何かあったときには、ぜひよろしくお願いします」 そう言って、もう一度頭を下げる。 「結局、何かプラスになる発見はあった?」 「色々と学ばせていただきました。ひとつひとつを口で言うことはできませんが」 「ならよかった」 多岐川さんと目が合う。 何かを訴えかけられている気がする。 「それでは、失礼します」 後ろ姿を見送った。 不意に寂しさが押し寄せる。 このままで、あいつは上手くやっていけるのだろうか? 生徒会長になったとき、仲間からも生徒からも見放され、孤立しないだろうか? 正直、分が悪い気がする。 打ちのめされた多岐川さんの姿が、瞼の裏に浮かぶ。 あんまり克明に浮かびすぎて、それが確定した未来であるかのような錯覚に陥る。 あと少し傍にいられたら、まだマシだったのかもしれないが。 「あとは、さっきも言ったけど、頼りになる副会長を見つけることだな」 「そんな人がいればいいんですけど」 「生徒会にはいないのか?」 「いませんね」 生徒会内部には頼れる奴がいないらしい。 であれば外部だが……。 「寂しそうだな、筧?」 「出来が悪い教え子ほどかわいいってな」 肩をすくめる。 「終わったことだ。俺たちも平常運転に戻ろうぜ」 そう言った自分の声は、何故か空元気のように聞こえた。 部活を終え帰宅する。 遅い時間になってしまった。 「……」 マンションの前に見知った姿があった。 街灯の下で手帳を広げている。 多岐川さんだ。 ふと、顔が見られて嬉しいと感じている自分に気づく。 「多岐川さん」 声をかけると、驚いたように顔を上げる。 こっちを見て表情を和らげた。 「筧さん」 「こんな時間にどうした」 「散歩です」 明らかに嘘だった。 「実は、筧さんには改めてお礼を言いたいと思いまして」 「そっか。待たせて悪かったな」 「まったく」 「……いえ、私が勝手に待っていただけですから」 慌てて訂正する。 「筧さんから言われて、私も色々と考えました」 「お恥ずかしい話ですが、私は今まで心の底から誰かを信じたことがなかったのかもしれません」 「もちろん、望月さんは例外ですけれど」 「だからこそ、正論や理想をぶつけて相手を無理矢理従わせようとしていました」 「傲慢ですよね」 「自分以外の人間を、心のどこかで人間だと思っていなかったのかもしれません」 そこまで言って、多岐川さんは困ったように笑った。 「このままでいたら、私はいつか大きな過ちを犯していたかもしれない」 「気づかせてくれたのは、筧さんです」 「多少なりとも力になれたならよかった。研修の甲斐があったな」 多岐川さんは、変化のきっかけを得た。 そして、これからは一人で進まねばならない。 一人で。 「私は望月さんのような生徒会長にはなれません」 「ですが、私は私なりのやり方で、汐美学園を未来に導く生徒会長になりたいと思っています」 「それがいい。性格も人それぞれなら理想像も人それぞれだろうし」 「望月さんにも同じことを言われました」 にっこり微笑む。 しかし、すぐに表情を曇らせた。 「でも、正直なところ自分に上手くやれるのか不安もあります」 「壁にぶつかったときは、相談していいでしょうか?」 「もちろん。力になれるかはわからんけど」 「筧さん、本当にありがとうございます」 多岐川さんが、深く深く、頭を下げる。 「あんま頭下げるなよ。友達なんだし相談に乗るくらい当たり前だって」 「友達、ですか」 ぽつりと呟く。 「迷惑ついでに、お願いをもう一つ聞いていただけませんか?」 「聞くだけ聞くよ」 多岐川さんが顔を上げる。 その表情は僅かに紅潮し、決意に満ちている。 「私には筧さんが必要です」 「ですから、これからもずっと私の傍にいてくれませんか?」 サポーターとして、という意味でないのは彼女の表情から明らかだった。 首筋まで真っ赤に染め、必死に俺の目を見つめている。 「友人として? それとも」 「恋人としてです」 ズバリ言う。 そして、自分の言葉のストレートさに今頃気づいたように顔を伏せる。 俺も、もう少し多岐川さんの傍にいたいと思っていた。 恋愛感情というより、出来の悪い生徒への責任感からなのかもしれない。 でも、短期間でここまで多岐川さんのことを考えるようになったのだ。 少なからず、俺は惹かれている。 できれば傍にいて、多岐川さんが生徒会長として生徒達に慕われる姿を見てみたい。 「俺も、多岐川さんの傍にいたいと思ってた」 多岐川さんが目を見開く。 半ば諦めていたのか、その表情は幽霊でも目撃したみたいになっていた。 「本当ですか? からかっているんじゃないですか?」 「本気だよ」 「信じられません。嘘ですよね」 「嘘じゃない」 「でも、筧さんの言うことですから」 「そこまで信じられない奴に告白なんてするなよ」 「あ、すみません……また、私……」 捨てられたネコみたいな目になる。 「本当は信じています。でも夢のようで、信じられなくて」 「そ、そうだ。証拠見せて下さい」 多岐川さんが右手を突き出してくる。 「あいにく、指輪の準備はないが」 「こっちから告白しておいて、そんな要求しません」 「握手です」 それで証明になるのかどうか。 半信半疑ながら、多岐川さんの手を握る。 「……」 多岐川さんの顔が真っ赤になった。 「信じてもらえた?」 「……はい」 蚊の鳴くような声で言う。 それが余りに可愛くて、俺は彼女を引き寄せる。 「わっ、わわっ」 胸にぽすんと納まる。 想像していたより遥かに柔らかく、温かかった。 「よろしくな、多岐川さん」 「はい、こちらこそ」 かすれた声で言うと、多岐川さんは俺の胸に額を当てた。 「会長!」 小走りに近づいて来た生徒会役員が声を上げる。 「なに?」 それを聞いて振り返ったのは、葵だ。 「来期の予算編成についてお話があるのですが」 「どういったことかしら? 聞かせて」 硬い表情をした女子に微笑みかける。 「私には、この仕事をまとめるのは無理です。経験もまだ全然浅いですし」 「あなたなら大丈夫」 「でも……」 「そんな顔をしない」 「私はあなたに任せたの。失敗したときは私の責任よ」 「あなたは何も気にせず、自分を信じてチャレンジしてみて」 「わかりました。ありがとうございます、会長!」 「頑張ってね」 柔らかい笑みを浮かべる。 「あ、そうそう」 「それと、これは言うまでもないことだけれど……廊下は走らないように」 「は、はい! すみませんっ」 恐縮したように一礼すると、その女子は早足で帰って行った。 付き合いはじめてから、葵は少しずつ自分を改革していった。 今の彼女は、頼もしい生徒会長だ。 役員個人の相性や得意分野をしっかり把握し、最大限の力を発揮させている。 もちろん、優しいだけではなく大胆なこともやる。 彼女の生徒会役員チームは、望月さんのそれとはまったく違うが、能力は勝るとも劣らない。 文句のつけようのないリーダーぶりだ。 今年の生徒会長選挙は、例年にない激戦となった。 急に有力な立候補者が何人も現れたのだ。 その背景には、葵の資質が疑われていたという事実もあった。 元々この学園には優秀な人材がゴロゴロいるのだから、当然と言えば当然だ。 単純に成績や能力で言えば、葵よりも優れた立候補者もいた。 誰もが苦戦を予想し、葵が落選する可能性さえ囁かれていた。 だが、望月さんの応援と、図書部のバックアップを受けた彼女は、からくも当選したのだった。 「これも彼氏のお陰かしらね」 隣で葵の姿を眺めていた望月さんが言う。 「どうでしょうか。一番頑張ったのは葵ですよ」 「では、二番目には頑張ったのね」 「ははは、そうかもしれません」 葵は不器用だし、欠点は少なくない。 でも、誰にも負けない才能があった。 努力の才能だ。 「そういえば、筧君は結局生徒会に入ってくれなかったのよね」 「俺は入ってもいいかと思ってたんですけどね」 「筧さんあっての図書部なのだと私は思っています」 「私は今まで通りの図書部と協力して、学園の未来を創っていきたいですから」 そう言われてしまったら、嫌とは言えない。 しかし、傍でいつでも彼女を助けられる存在でいたい。 結局、図書部に在籍しつつ、外部協力員として生徒会に出入りすることになった。 「望月さん!」 葵が、こちらに気づいてやってくる。 「頑張っているようね」 「生徒会長としての貫禄も、もう十分じゃない」 「ありがとうございます」 「でも、まだまだです。望月さんには遠く及びません」 「そんなことはないわ」 「あなたは私が思ったとおりの……ううん、それ以上の生徒会長になれると思う」 「望月さん」 「あなたが汐美学園の生徒会長になってくれて、本当によかった」 「私も、肩の荷がおりたわ」 「それと、筧君?」 望月さんが俺に微笑みかけた。 「葵のこと、しっかりサポートしてあげてね」 「もちろん。公私共々しっかり支えます」 「か、筧さん、何を……」 葵が赤くなっていた。 「それを聞いて安心しました」 「あと、もう一つ」 「生徒会活動もいいけれど、時々は彼氏のこともかまってあげなさいね」 「あんまり隙を見せていたら、私が奪っちゃうわよ?」 笑みを浮かべながら、俺の腕に抱きついてくる。 「……ほう」 じっとりとした視線を俺に注いでくる。 「浮気していたんですか?」 「完全に言いがかりだ」 「ええ、さっきから口説かれて困ってたの」 「ホントですか、筧さん!」 葵が反対側の腕に両手を絡ませてくる。 「いやいやいや。今見ただろ。望月さんの方から抱きついてきたのを」 「それも含めて筧さんのせいです」 「馬鹿な!?」 「ふふっ。本当に仲がいいわね、あなた達は」 前生徒会長と現生徒会長を二股にかけるとか、どんだけ命知らずな設定なんだ。 「葵、コーヒーでも入れようか?」 「ありがとう」 生徒会長の椅子に座った葵が頷いた。 夜9時過ぎ、生徒会室には俺と葵しかいない。 他の役員は帰ってしまった。 葵専用のマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れて、ポットからお湯を注ぐ。 「……」 葵が俺の姿をじーっと見つめている。 「ん? どうした?」 「以前、筧さんがコーヒー淹れてくれたことがありましたよね。図書部の部室で」 「まあ、何度かあったかもな」 「そうではなくて……」 「ミナフェスの後、望月さんと二人で図書部に訪ねていった時のことですよ」 「ああ」 思い出した。 たしか、葵はブラックが飲めなくて困っていたんだ。 「ところでさ、呼び方のことなんだけど」 「俺は、呼び捨てにしてくれたほうが嬉しいんだが。俺だけ偉そうにしてるみたいで嫌だし」 俺が『葵』と呼んでいるのに、葵は相変わらず『筧さん』を通している。 付き合ってわかったことだが、葵はかなり奥手だった。 「か、筧さんは筧さんですから」 「試しに呼んでみてくれないか」 「い、今ですか?」 「でも、誰かに聞かれたら恥ずかしいです」 「じゃあ、ドアに鍵かけとこう」 ドアまで行って鍵をかけ、戻ってくる。 「そこまでして呼び捨てにされたいんですか」 ため息をついている。 「わかりました、一回しか呼びませんからね」 「もう趣旨がずれてるんだが」 でもまあ、それでも大きな前進と言えるか。 「……」 何度も深呼吸する葵。 「京太郎……さん」 「なんて言えるわけありませんっ」 机に突っ伏した。 付き合い始めて結構経つのに、未だにこれである。 1時間ほど事務に没頭したが、仕事はまだ続いている。 「ここに置くからな」 おかわりのコーヒーを机に置く。 「ありがとう」 上の空で応えている葵。 視線は書類に注いだままだ。 「またこんな無茶な申請を」 「手順を踏んでくれれば、ゴーサインを出せるかもしれないのに……」 ぶつぶつ言いながらカップに手を伸ばす。 「あっ」 指先がコップを倒す。 茶色の液体が真っ白な書類を染めた。 「葵、火傷してないか」 「それより書類が」 「ほら、布巾」 「はあ、こんなミスをするなんて恥ずかしい」 葵が、急いでコーヒーを拭き取る。 素早く拭いたお陰で、大惨事には至らなかったようだ。 「……」 机の上に置かれている手帳に目が行った。 葵愛用の、例の手帳だ。 開かれたページには新しいプリクラが貼ってある。 この前デートした時に撮ったものだ。 初めて撮った時と同じように、ぎこちない様子で葵がポーズを取っている。 何度撮っても慣れないと葵がぼやいていたことを思い出し、ほんわかした気分になる。 「筧さんっ!? 何を見てるんですかっ!?」 葵が手帳を奪い取ろうとするが、とっさに避ける。 「返してくださいっ」 飛びかかってきた身体を、抱き留める。 「ちょっと、なんですか」 「今日はもう仕事終わりにしないか?」 「まだ処理しておきたい書類が……」 「もう10時過ぎてるし、明日にしよう」 「無理です」 「だったら、手帳は返せないな」 「……わかりました、大人しく終わりにします」 俺をにらんだ後、諦めたようにため息をつく。 「よかった」 手帳を葵に手渡す。 手が触れあった。 どちらからともなく指を絡め合う。 「プリクラ貼ってくれてるの、何か嬉しいよ」 「私もたくさん貼りたいんです。また撮ってもらえますか?」 「もちろん」 ふっと無口になり、見つめ合う。 葵の瞳が潤んできた。 「葵」 椅子に座った葵に唇を近付ける。 「ん……ちゅ……」 唇の隙間から控えめな音が漏れる。 葵の息が熱い。 「筧さん……ここでは、いけません」 人差し指が、ぴとりと唇に当てられた。 「私達は生徒たちの規範とならねばならない存在なんです」 「キスくらい健全なうちだよ」 「それに、もう下校時刻は過ぎてるだろ? 誰もここには来ない」 「すぐそうやって理屈をつけて……」 微笑む葵と、再度唇を重ねる。 「ん……」 「コーヒーの味がする」 「ビターなコーヒーは、嫌いですか?」 「俺には、まだ少し甘いくらいだ」 もう一度、キスをした。 「……んっ……ちゅ……」 「……はっ……ん……んん……」 葵の吐息がこそばゆい。 「(しまった)」 唇を離しながら、つぶやく。 「キス、するんじゃなかった」 「え? どうしてですか?」 葵が不安げな表情で言う。 「自分が止められなくなる」 「筧さん……」 切なげに眼を細める。 俺たちはキスの先に進んでいない。 でも今日は進みたい。 「葵のことが……欲しい」 「私も、もっと彼女として好きになってほしいです」 「私にできることなら、何でも……」 「葵……」 その身体を、抱きしめた。 「あ、あのっ、筧さんっ……?」 「もう一度、キスしていいか?」 「で、でも……んっ……」 まだ何か言おうとしていた唇を、俺の唇で塞いでやる。 「んむ……んっ、ちゅっ……ちゅ……」 葵の身体から、だんだんと力が抜けていく。 「……はぁっ……」 崩れそうになる身体を支えながら、机に座らせた。 「は……ぁん……んんっ、ん……ちゅ、ちゅ……っ」 最初は戸惑いがちに逃げようとしていた葵だったが。 「んっ……んんっ、ふ……ちゅく、ちゅぷ……」 俺の舌の動きに、少しずつ反応を返してくれはじめた。 「はぁっ……筧さ、んっ……」 熱い吐息が絡み合う。 「はぁ、はぁ……あっ……ん、ちゅ……ちゅっ」 薄く開いた彼女の唇の隙間を、舐めるように舌を動かす。 「んふ、ん……んむ……ちゅ、ちゅ……っ」 「……ん……はぁっ、れろ……」 ぬるぬるとうごめく小さな舌が、俺の舌をくすぐった。 「はっ、れろ……ん……んんっ、ちゅぷ……ん……く」 今まで何度かキスを交わしてきたが、ここまで深いものは初めてだ。 もっと葵のことを味わいたい。 「ん……ちゅ、ちゅぷ……はっ、ちゅう……ちゅ……っ」 「ちゅっ……ん……はぁっ、れろ……」 離れるときも、名残惜しげに舌の先端同士が触れ合った。 唾液の糸が、俺たちの舌先を繋いでいるのが見える。 「はぁっ……や、やっぱり、こんなことだめです、筧さん」 「どうして?」 「だってここ、生徒会室なんですよ? 誰かが来たりしたら……」 「さっき鍵はかけたし、こんな時間に誰も来ないよ」 「それでも嫌?」 「……」 俺が尋ねると、頬を赤らめて顔を伏せてしまう。 それを俺はOKと受け取った。 「じゃあ……続けるから……」 その首筋にキスをする。 「ふあっ……」 少し、汗の味がする。 制服の上から、胸に触れた。 「んっ……」 葵が身体を固くこわばらせる。 「……あ、あの……筧さん」 「ん?」 「私……初めてですから。だから……優しく、してください……」 「ああ。わかってる」 「き、緊張……します……。心臓がドキドキしてて……破裂しそう」 「大丈夫」 かすかに震えている葵を前にすると、こっちも緊張してくる。 大事にしなくちゃいけない。 「私、もっと、筧さんのことが知りたい」 彼女の胸に触れている俺の手に、そっと手を重ねてくる。 「そして筧さんにも、私のことをもっと知ってほしい……」 「ああ。教えてくれ。葵のこと……」 「は、はいっ……ん……」 なだらかな膨らみを、全体を撫でるようにして触っていく。 「……ん……ん……」 次第に、服の上からでは物足りなくなっていく。 「脱がせるからな」 葵が小さく頷く。 ケープを脱がせ、上着のボタンも外していく。 やがて、白いブラウスの下から、葵の肌と下着が姿を現した。 思わず、ごくりと生唾を飲み込んでしまう。 「……そ、そんなに、見ないで下さい……」 小さく身体を震わせながら、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。 背筋にぞくりとしたものが走る。 「あ……」 奪ってしまいたい……そんな強い欲望がわき上がった。 何もかもを奪い去り、めちゃくちゃにしてしまいたい。 どろりとした熱い感情を抑えながら、葵に触れる。 「……は……ぁっ」 ブラ越しに感じる葵の熱、そして柔らかさ。 「はぁっ……ん……」 欲望が加速していく。 直接触れたい。 ホックを外し、ブラを外すと、柔らかな双丘が姿を現した。 「あんまり大きくなくて、ごめんなさい……」 「そんなことないよ」 慎ましやかで、葵らしい。 そんな胸を、手のひらで包み込むようにして触れた。 「……はっ……あ……」 確かな弾力を返してくる乳房。 俺の手の動きに合わせて、むにゅむにゅと形を変える。 「……あっ……や、だぁっ……」 「痛かったか?」 「そ、そうじゃ……なく……、乳首……恥ずかしっ……」 柔らかい中で唯一自己主張している部分。 手のひらで乳首を転がしてやる。 「ひっ……うぅ……」 固くなっているのがわかった。 「ふうっ……あっ、んん……ん」 「ここ、気持ちいいのか」 「そんなことっ……あっ、あ……っ!」 ころころと指先で転がしてやると、葵はビクリと肩をすくませる。 「む、胸、ばかり……」 すっかり葵の胸に夢中になってしまっていた。 「こっちも、いいか」 葵の腰、そしてヘソへと指を滑らせる。 「んっ……! ふっ……あぁ……」 ゆっくりと、その先へ進んでいく。 葵の身体が、ぴくぴくと反応を返してくる。 「……んん……くぅ、ふ……」 震える吐息が漏れる。 「んっ……」 布地の上からその部分に触れた。 「……はっ……! そ、そこ……だ、だめですっ」 布越しに感じられる、熱い感触。 「んん……っ!」 柔らかい谷に沿って、指を這わせる。 「はあぁぁぁっ……」 わずかに指先に湿り気を感じた。 「葵、濡れてるのか……?」 「そ、そんなのっ……わからない、ですっ……」 「ほら……」 濡れた指で太ももを撫でる。 「んぁぁ……っ」 指の通った部分には、光を反射する粘液の跡ができた。 「……ぬ、濡れてなんか、いないですっ」 強情に言い張る葵。 「じゃあ、見てみようか」 「えっ」 下着に指をかけ、ずらしてやる。 「……ああっ……」 薄布に隠されていた部分が姿を現す。 「やっ……そ、そんな……見ないで、くださいっ……」 その秘裂に、思わず見入ってしまう。 奥では、ひっそりと息づくピンク色の肉襞が濡れて輝いていた。 「あぁ……私、全部……見られて……」 「ほら、葵……」 指を伸ばし、秘裂を優しく擦る。 「ああっ! は……はあぁぁ……っ」 指を離してみると、ねっとりとした愛液が糸を引いていた。 「……み、見せないで、くださいっ」 「本当は……わかってました」 「自分の身体ですから……」 「でも、ホントに、こんな……んっ……」 「はっ……あ……ああっ……」 柔らかい肉を、指先でなぞっていく。 「あっ! んん……っ!」 ビクリと葵の身体が跳ねた。 「そ、そこっ……!」 クリトリスを、極力優しく撫でる。 「んっ……はうっ……!」 「はぁ、はぁっ……はぁ……あぁ……」 「そ、そこっ……そんな、ふ、に触ったら……あぁっ!」 もっと、葵に感じさせたい。 柔らかい包皮に埋もれた鋭敏な部分を、二本の指で剥き出しにする。 「んんっ……! こ、こすっちゃ……ふああっ!」 直接触れると、いっそう強い反応を示す。 「だ、だめっ、だめですっ! 筧さん、それいじょ……しちゃ……ふあああっ!」 ビクビクッと葵の身体が跳ねた。 「やっ……! き、きちゃう……!」 「ああ……んっ、あっ……! あっ……ああぁっ!」 「ふああっ……! んっ、ああっ、あっ、ああっ、くぅ……っ!!」 「あっ、あっ、ああっ! あっ、あ、あ、あ、んあああああああああ……っ!!」 葵がぎゅっと目を瞑り、全身を小刻みに震わせた。 「はあっ……! はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」 ふるふると全身を震わせながら、荒い息をついている葵。 「葵、大丈夫?」 「……ふぁっ……はあぁ……はぁ……あぁ……」 トロンとした瞳で俺を見上げてくる。 「……わ、私……はぁ、はぁ……筧さんの、指で……」 「可愛かった」 「ううっ……は、恥ずかしいです……」 葵が、俺の指で気持ち良くなってくれた。 その事実が嬉しかった。 葵の呼吸が整うのを待ってから、ソファに寝かせる。 「わっ……」 柔らかいソファに葵の身体が沈み込みそうだった。 「葵、脚を開いてくれ」 「……は……はぃ……」 消え入りそうな声で応える葵。 「こう……ですか……?」 葵が、自らの脚を持ち上げ、左右に開く。 綺麗に閉じた女性器が、剥き出しになる。 それは途方もなく淫靡な光景だった。 「か、筧さん……?」 蜜に濡れた女性器が、蛍光灯の明かりを反射しててらてらと輝いている。 「あっ……!」 己の欲望に逆らえず、俺はその部分に触れていた。 「……んんっ……! ゆ、指はっ……」 人差し指を、少しだけ侵入させる。 「ふああっ……か、筧さんの……指……っ」 「な、なか……に……入っ、て……!」 指の腹に感じる、複雑な形をした襞。 何とも心地よい。 「はっ……! あっ……あ……!」 第一関節までしか入れていないのに、きゅっと締め付けてくる。 ペニスが入るのか心配になりそうなほどの狭さだった。 「……少し、柔らかくするぞ」 「え? あ……あっ!!」 小さく指を動かす。 「……あっ……く、はぁ……っ!」 「んんっ! んっ、あっ……はっ、ぁ……ん」 愛撫を続けながら、女性器に顔を近づける。 「あっ……! い、息っ……かかって、る……んんっ!」 舌を伸ばし、そこに触れた。 「やっ! だ、だめですっ……きたな……っ」 「そんなことない」 「ふあっ! あっ……ん、ああ……っ!」 「んんっ……! し、舌っ、うごいて……るっ……」 クリトリスを剥き、舌先でねぶる。 「うううっ……あ、く……ぅ、うううっ……!」 ぴちゃぴちゃという音と葵の声が、夜の生徒会室に響いていく。 もしかしたら、廊下に漏れているかもしれない。 「はっ、はあ……っ! ああ……ん、んん、んっ……!!」 葵の脚が閉じようとするのを押さえ、内壁を撫でながらクリトリスにキスを繰り返す。 「ふあっ……! あっ……ああぁ!」 このぐらい柔らかくなれば……。 「はっ……! はあっ……! はぁっ……はぁ……」 ぬるり、と指を抜いた。 空気がひんやりと感じられる。 それだけ葵の中が熱かったのだろう。 ベルトを緩めるのももどかしい。 ズボンの中で膨張していたそれを取り出す。 「あっ……」 葵が息を飲んだ。 「それが……筧さんの……」 「……いいか? 葵」 「少し、怖いかもしれません……」 「葵が嫌なら、やめてもいい」 「そんな、嫌なんかじゃ……ありません」 「い……入れて……ください。筧さんの、私の中に……」 「筧さんで、私の中……一杯にしてください……」 「……ああ」 先端を、葵の割れ目に触れさせる。 「くっ……」 カリ裏にぬるりとした感触が伝わり、それだけで達してしまいそうになる。 やばい。 好きな子との行為は、こんなに気持ちいいものなのか。 入れただけで射精してしまうかもしれない。 「……入れる、よ」 「は、はい……」 「っ……」 先端が熱い膣壁を押し分けながら、沈み込んでいく。 「あ……ああ……ぁっ!」 亀頭を柔肉が包み込む。 しっかり愛撫したせいか、思ったよりもスムーズだ。 「……ん、く……ぅ!」 葵がぎゅっと目を瞑る。 それは快楽のせいではなかった。 「う……んんっ……!」 接合部に赤いものがにじみ始めているのが見えた。 だが、止まれない。 自分を止めることができない。 「あ……! ああ……ああぁっ!」 腰を押し込んでいく。 進むと、亀頭に感じる膣壁の感触が徐々に変化していく。 「ふああああっ……!」 やがて、全体が熱い肉壺の中に沈み込んだ。 狭い膣内を、俺のペニスがみっちりと押し広げている。 「く……んっ……! は……! はぁっ……!」 苦しそうな吐息を漏らすたび、とろけた内壁が俺を締め付けた。 ペニスは痛いほどに張り詰め、今にも暴発してしまいそうだった。 「大丈夫か、葵……?」 「はぁっ……はぁっ、ん……はぁっ……」 「……痛い、ですけど……嬉しい……です」 涙に濡れた瞳が俺を見上げてくる。 「筧さんと繋がれたから……」 「なあ、葵」 「下の名前で呼んでくれないか?」 「……は、はい……」 「京太郎さん……」 愛しさが胸に募り、葵を抱きしめた。 「んっ……もっと、強く抱きしめて下さい……ください」 「わかった」 葵を抱きしめながら、キスをする。 「んっ……ふ……」 「ちゅっ、ちゅぷ……んんぅ……ちゅ、ちゅ……ぅ」 葵の方から積極的に舌を絡めて来た。 小さな生き物のように健気にうごめく舌の動きに、俺も応える。 「はむ……れろ……、ちゅ……ちゅっ、はぁっ」 内壁がきゅうっと収縮し、その動きにペニスが反応してしまう。 「はぁっ……んっ……」 「京太郎さんの、今、動いて……?」 「葵の中が、気持ち良すぎるんだ」 気を抜けば果ててしまいそうなほどだった。 だが、このまま出してしまうわけにはいかない。 少しでも、葵を気持ち良くさせてやりたい。 「もっと動いて、いいか?」 「はい……京太郎さんのこと、感じさせてください……」 葵に痛みを感じさせないよう、できるだけゆっくりと抜いていく。 「……はぁっ……ぁっ」 葵の中に埋まっていた部分が半分出たところで、再度奥を目指して進んでいく。 「あっ……! ふああぁ……っ!」 根元まで沈み込んだところで、再びゆっくりと後退する。 「んっ! あっ……うあぁぁ……」 「……あ、あっ……あっ……あっ……」 リズミカルに腰を打ち込んでいく。 カリ首が葵の粘膜とこすれ合う。 頭の中が真っ白になってしまいそうなほどの快楽が、幾度となく炸裂する。 「はっ……! あっ、はっ……はあっ、あっっ……!」 「大丈夫か、葵」 「は、はいっ……私も、だんだん、楽になって……んんんっ」 「……だから、もっと動いても、平気ですっ……!」 「京太郎さんの好きなように、動いて……っ」 ペニスを強く締め付けてくる膣壁を、えぐるようにして腰を突き出した。 「はあああぁ……っ!!」 「お、奥ぅっ……き、来てる……んあぁっ」 「はあっ! はぁっ! はぁっ……! 京太郎、さんっ……!」 「もっと、感じて……っ! 私のこと、感じてくだ、さいっ」 「ああ、感じてる……! 葵を……っ」 そして、俺のことも、葵にもっと感じてほしい。 「くあっ……! あっ、あっ、はっ、はあっ、あっ、あっ」 「あっ、あっ、んくっ、あっ、はあっ、あ、ああああっ……!」 一心不乱に葵の中をえぐり続ける。 あまりの熱さに性器の感触が薄くなり、互いにただの熱の塊になったようだ。 「あっ……! 好き、好きですっ、京太郎さん、好きです……っ!!」 「俺もだ、葵……好きだっ」 下半身で射精感が急速に高まっていく。 「京太郎さぁんっ……! うっ、くっ、ふあっ、あっ、あああああっ……!!」 「……くっ……」 限界が訪れそうだった。 「んっ、んんっ! は、初めてだからっ……中にっ!」 「初めてだから、私の……中にぃっ……! 中に、出してください……っ」 「京太郎さんで、私を一杯にしてくださいっ……!!」 「ああっ」 スパートをかける。 「あっ! ああっ、あっ、んっ、あっ、ああっ!!」 熱の塊がせり上がってくる。 「ふあぁ、あっ、あっ、あ、あ、あ、ああああああっっ!!」 「京太郎さんっ……! ああっ、わ、私っ……! んんっ、また……っ!」 「だめ、だめっ、あっ、あ、またっ、イく、イきますっ、イッちゃうぅぅぅっ……!!」 「んあっ! ふあっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、ああああああああああああああっ……!!!」 びゅくっ! どくっ、びゅるっ、びゅくっ! 「ああああっ!! ふあっ! ああっ! あっ、はああああっ……!!」 葵の中でペニスが暴れ、何度も何度も射精する。 「うううっ……! はぁっ! はぁっ! はぁっ……! はぁっ……」 膣壁が収縮し、ペニスを強烈に締め付けていた。 「……はああっ、あっ……! んっ、はあぁ……っ」 「はぁ……はぁ、あぁ……ふぁ……」 「……あ、熱いの……まだ、出てる……」 最後の一滴まで絞り出す。 「……はぁ、はぁ……はぁ」 どっと疲労感が俺の身体にのしかかってくる。 体力を使い果たし、葵の上に倒れ込んでしまいそうになった。 「……はぁ……はぁ……大丈夫ですか、京太郎さん?」 「ああ、大丈夫」 「……京太郎さんが、私の中で出してくれて……嬉しかったです」 葵が柔らかく微笑みながら、俺の背中に手を回してきた。 「俺も、葵と一つになれて嬉しかった」 「京太郎さん……んっ……」 葵が俺の方に顔を寄せ、キスをしてきた。 「ん……ちゅ、ちゅぷ……ちゅ……」 繋がったまま、お互いの唇を吸う。 「ふ……んんっ、はぁっ……」 「っ……ぁ……」 力を失ったペニスが、つるりと抜け出るのを感じた。 見ると、愛液と精液、そして破瓜の血が混じり合った液体が、どろりとあふれ出す。 「こんなに出たのか……」 もちろんそれは精液だけではなかったが、自分でも驚くほどの量だった。 「あ、だ、だめっ、見ないでくださっ……」 膣口が締まると、液体がこぽり、と溢れ出すのが見えた。 「やぁぁっ……まだ、溢れてくる……っ」 「初めてだったのに、無理させて……ごめんな葵」 「……いえ、嬉しかったです」 「私の中が、その……気持ち良かった、ってことなんですよね」 「……ああ、そうだよ」 「……だいぶ、汚してしまいましたね……」 「……ああ」 「帰る前に、シャワー室を借りないといけませんね」 「けど、その前に……」 「えっ?」 葵に顔を寄せ、唇を重ねる。 「……ん……」 「京太郎さん……。大好きです」 「俺もだよ」 「ん……」 部屋の中に光が差し、まぶしさで目を覚ます。 朝なのか? 目を薄く開くと、逆光でシルエットになった誰かが俺を覗き込んでいた。 「おはようございます、京太郎さん」 「起きてたのか」 「俺の顔、面白い?」 「ただ幸せだなって思ってたところです」 「幸せか」 「京太郎さんと二人きりで朝を迎えることがこんなにも幸せだなんて、思ってもみませんでした」 葵が笑う。 朝日よりもまぶしく思えた。 朝っぱらから、どうしようもなく幸福な気分になる。 「俺も幸せだよ」 「私もです」 はにかみながら、そう言う。 「今日は休みなんだろ?」 「ええ。今日は生徒会の仕事もありません」 「じゃあ、一日中一緒にいられるな」 「はい。ずっと一緒です」 くすぐったそうに笑う葵。 「一緒に朝ご飯を食べて、その後は一緒に出かけましょう」 「そうだな。一緒に昼飯食べて、ブラブラして、帰りはスーパーで夕飯の材料でも買い込もう」 「京太郎さんは何が食べたいですか?」 「朝飯?」 「夕食です」 「ちょっと気が早いんじゃないか?」 「それもそうですね。じゃあ、朝ご飯は何を食べたいですか?」 「うーん……そうだな」 「でもまだ、朝飯はいいかな。もう少し、こうしていよう」 「はい」 こうやって二人でいるだけで、なんて満ち足りた気持ちになるのだろう。 「京太郎さん?」 「ん?」 「私は、生徒会長としてはまだ半人前ですし、人間としてももちろん未熟です」 「誰かに支えられることで、やっと立っていられる程度の人間です」 「ですけど、いつかは京太郎さんを支えてあげられるような存在になりたいと思っています」 「偉そうですけど、そんなふうに思ってるんです」 「……葵」 「俺だって、いつも葵に支えてもらってるよ。それに学園のみんなだってそうだ」 「ありがとうございます、京太郎さん」 「私は、あなたの傍にいられることを光栄に思います」 「だから、それは買いかぶりすぎだって」 「そんなことありませんよ」 「あなたは、私にとって最高の男性ですから」 朝日の中で微笑んだ。 「ありがとう、葵」 「大好きです……京太郎さん」 葵は一人じゃない。 俺は彼女を全力で支えていく。 葵ならきっと、学園の歴史でも指折りの名生徒会長になれるだろう。 そしていつの日か……もっと大きな世界に羽ばたいていけるはず。 俺は、確信している。 ミナフェスが終わって約一ヶ月。 汐美学園は夏休みに入っていた。 俺はといえば、相変わらず図書部の活動に精を出している。 高峰にはよく煽られるが、浮いた話も全くない。 その日の夕方。 俺たちは、芹沢さんのインタビューを受けていた。 お昼の放送で図書部の特集を組むらしい。 「ミナフェスの成功で、図書部に依頼が殺到していると伺っています。とてもお忙しいんじゃないですか?」 「はい、大変心苦しいのですが、最近は依頼をお断りすることもあります」 「依頼をいただけるのはありがたいことですので、できる限り活動していきたいと思っています」 白崎が笑顔で答える。 「ところで、最近、第二第三の図書部が生まれていることをご存じですか?」 「え? 初めて聞きました」 白崎が俺たちの方を見る。 俺も初耳だ。 「図書部の活躍を見て、自分たちもやってみようと思ったみたいですね」 「そうなんですか……」 白崎が少し考え込む。 「もしそうだとしたら、わたしたちのお仲間です」 「お互いに協力して、学園をもっと楽しくできれば一番だと思います」 白崎が綺麗な回答をしてくれた。 ミナフェスの成果か、白崎も以前のようにおどおどしなくなっている。 「夏祭りも始まって、ますます活躍の機会が増えますね。ぜひ熱い夏にして下さい」 「はい、頑張ります」 芹沢さんがうなずき、ICレコーダーの停止ボタンに手を伸ばす。 と、その手が止まった。 「あ、そうそう」 「熱いと言えば、最近、視聴者からよくいただく質問があるんです」 芹沢さんがにんまり笑う。 「ここだけの話、図書部内に熱い話はないんですか?」 「熱い……というと?」 「ほらほら、例えば、誰かが誰かと付き合ってるとか、三角関係を越えた四角関係に突入しているとか」 「ないですないです、ぜんぜんないですっ!?」 「いいじゃないですか、教えて下さいよー」 「うちは硬派の図書部なんです。恋愛するより活字ですっ」 手をバタバタ振りながら必死に答える。 「(お前は筧か)」 「(俺がいつそんなこと言った)」 「(よく言ってますけど)」 即座に冷たいツッコミが来た。 「ふふふ、じょーだんですよ。さすがにプライベートすぎることは聞けません」 「視聴者から質問が来るのは本当ですけどね」 いたずらっぽく笑って、芹沢さんはICレコーダーのスイッチを切った。 「それでは、今日はお時間を取って下さりありがとうございました」 一通りお礼を言い、芹沢さんはアプリオを出ていった。 「わたし達の特集なんて組んで、お昼の放送は大丈夫なのかな?」 「向こうがやると言ってるんだ、それなりの勝算があるんだろう」 「うちを真似する人が出てるってことは、それだけ注目されてるってことだろうし」 実感はないが、事実から考えればそういうことだと思う。 「うちらの真似なんて、暇な奴らもいるんだな」 「いや、私らがそれ言っちゃ……」 「私の聞いたところだと、スケジュール上の問題で私達が断った依頼も受けてくれているようだ」 「受け皿になってくれてるんですね」 「ああ、ありがたいことだ」 向こうの正体は不明だが、トラブルが起きていないなら気にしなくていいだろう。 ボランティア的な団体が多いのは悪いことじゃない。 実際のところ、夏祭り期間に入ってからの俺たちは多忙だった。 ほとんどの生徒が下宿している汐美学園では、夏休みになっても多くの生徒が学園周辺で生活している。 そんな生徒達を相手に、各種の部活や同好会が趣向を凝らしたイベントを開催していた。 各々が日程をずらしてイベントを開催するため、結果的には毎日どこかで何かがある状態が続く。 これが『夏祭り』と呼ばれる期間だ。 ネット上で公開されている『夏祭りイベントカレンダー』を見てみると…… たとえば、7月26日(月)は、 西洋美術部の展示会、 アーチェリー部の体験会、 乗馬部の公開レッスン、 硬式野球部の出身地別東西戦、 サバイバル部のオリエンテーリング、 料理部の1日料理教室、 自転車部のツール・ド・シオミ、などなど…… 様々なイベントが開催された。 こんな毎日が、7月下旬から8月20日くらいまでの約4週間続くのだ。 夏祭り期間前から、図書部への依頼は急増した。 多くはイベントの手伝いだ。 ちなみに、活動時間は原則として平日の13時〜18時。 補習や他の活動がある人はそちらを優先してもらっている。 運動部なんかは朝から晩まで休みなく練習してるし、文化部だって忙しいところは忙しい。 上を見ても下を見ても切りがないが、俺たちにはちょうどいいスケジュールだろう。 依頼が増えると共に俺たちの知名度も上がり、放送部が特集を組んでくれるまでになったのである。 「図書部に注目してくれるのは嬉しいけど、わたしたちの恋愛にまで興味があるんだね」 「まったく、余計なお世話もいいところだ」 「女子はそういう話大好きだからなあ」 「女子でひとくくりにするのは、どうかと思いますが」 「いやいや千莉、他人の恋バナを吸って花を咲かせるのが女子ってものだよ」 ふんすと小鼻を膨らませる佳奈すけ。 韻を踏んでご満悦である。 「どうしていいこと言った顔?」 「いいこと言ったから」 沈黙が訪れた。 「ま、鈴木の大やけどは置いておいて、そろそろ部室に戻ろう」 「そうだね、今日の依頼もあるし」 それぞれがガタガタと席を立つ。 「そういや、部室の備品が足らなくなってたな」 図書部が軌道に乗り始めた頃にまとめ買いした事務用品が、ぼちぼち切れてきた。 クリップやら輪ゴム、付箋やガムテープなどなど…… 事務用品が減るのは、活動していることの証でもある。 「部室行く前に買ってくる」 「んじゃ、俺も付き合うわ」 「あ、紅茶のティーバッグもお願いしていいかな?」 「はいよ」 「あと、何か足りない物に気づいたら電話してくれ」 女性陣に別れを告げ、高峰と購買に向かうことにした。 部室についた女性陣は、誰からともなく小さな溜息をついた。 それぞれの頭の上を、恋愛という単語がシャボン玉のように漂っている。 「で、実際どうなんだ?」 「何のこと?」 「部内恋愛のことですか?」 そうそれ、と桜庭が扇子を閉じる。 「まずは桜庭先輩からどうぞ」 相変わらず、椅子の上で体育座りをしている御園。 揃えた膝の上に顎を載せ、にやりと笑う。 「どうもこうもない」 桜庭が白崎を見る。 「わたしだって何もないよ?」 白崎が御園を見る。 「どうもこうもないです」 「もちろん何も」 伝言ゲームのように一周する。 「春は遠いなぁ」 「夏になったばっかりですからねえ」 全員が遠い目になったところで携帯が鳴った。 「あっ!?」 白崎が慌てて携帯を取り、着信音を止める。 「ごめん、家族からみたい」 ぺこぺこ頭を下げながら、白崎が部屋を出た。 「白崎のやつ、携帯の着信音を変えたのか」 「え?」 「あ、ああ……言われてみれば、初めて聞くメロディでしたね」 「さすが桜庭さん、白崎さんの変化には敏感です」 「ま、私くらいになるとな」 それはどうか、と後輩二人は同時に思ったが口にはしなかった。 「でも、家族とか彼氏とかの着信音を変えるなんてよくありますよ」 「高峰先輩なんか、女の子ごとに違うかもしれませんね」 「ははは、ありそうな話だ」 「ともかく、悪い電話でなければいいが」 桜庭が、白崎の出て行ったドアを心配そうに見つめた。 買い物を終え、図書館に来た。 「うはー、クーラー涼しーーーっ」 「今年の夏は、完全に殺しに来てるな」 外は、少し歩いただけでシャツが肌に張り付く暑さ。 砂漠でオアシスを見つけた気分だ。 「こういうとき、図書部で良かったと思うね」 「まったくだ。図書部員に直射日光は厳禁だってのに」 ぐだぐだ喋りながら部室に向かう。 「ういす」 「お待たせちゃーん」 「暑いところすまん、助かった」 ずしりとした買い物袋を机に置く。 「あ、白崎、電話で言ってた紅茶ってこれでいいのか?」 高級感ある模様が描かれた箱を取り出す。 フォートナムなんちゃらというメーカーの、アールグレイだ。 「う、うん、それそれ。ありがとうね」 「あれ? さっきの電話って?」 誰に問うでもなく御園が呟く。 「紅茶の種類を聞きたくて電話したんだ」 「……ほう」 視界の端で桜庭が意味ありげに扇子をひらめかせた。 「どうした?」 「いや、別に」 「あー、そ、そうだ!」 「せっかくだから、アイスティーを淹れるね」 返事する間もなく、白崎がバタバタ準備を始める。 なんなんだ一体。 帰宅後、真っ先に冷蔵庫へ向い、冷たいミネラルウォーターを飲む。 「ふう」 あれからずっと女性陣の様子を窺ってみたが、詳しいことはわからなかった。 ペットボトルを持ったままベッドに転がる。 そこかしこに積まれた本が妙に目に付いた。 邪魔に感じた、と言ってもいい。 ……そろそろ処分するか。 ふと、そんなアイデアが頭をよぎった。 俺が本を捨てる? もともと読み終えた本には興味が薄かったが、かつての俺からしたらあり得ない。 数日、本を読まないだけで不安になっていたというのに。 本当に処分していいのだろうか? 本の山に目を向けると、抗議の声が聞こえるように胸がざわつく。 インターホンが明るい音を立てた。 どうやら隣人が来たようだ。 「こばー」 「おう、どうした?」 「テレビ見せて、テレビ」 「テレビやるから家で見ろよ」 「いいじゃんか遊びに来てもー」 駄々っ子のように唇をとがらせた小太刀が、ふと動きを止めた。 「どしたの? なんか難しい顔してる」 顔に出ていたらしい。 小太刀相手に油断してたのか。 「ああ、ちょっとばっか考え事してた」 「へえ、珍しいじゃん」 「お前、帰れ」 「なんて嘘。ごめんごめんごめん」 などと言いながら、しれっと上がり込んできた。 「水でいいか?」 「うん、ありがと」 諦めて冷蔵庫に向かう。 小太刀の正体を知ってから一ヶ月以上が経つ。 その間、何か驚くようなことがあったわけでもなく。 「で、なに悩んでたの?」 「大したことじゃないんだけどさ」 ミネラルウォーターをコップに注ぎながら答える。 「本を処分しようか迷ってたんだ」 「へえ、筧が本をねえ」 小太刀がまじまじと俺の顔を見た。 「まあでも、読まないなら処分してもいいんじゃない?」 「そう簡単な話じゃないんだ」 「俺にとっちゃ本ってのはなんだ、こう、精神安定剤みたいなもんなんだ」 「そこまで言うならとっておいたら?」 「いや、でも邪魔かとも思ってる」 「鬱陶しいわ!」 「……あー、いや、迷ってんのよね」 ふうん、と小太刀が鼻息をつく。 「アンタが真面目に悩むなんてびっくりね。てかさ、なんでそんなに本が大事なの?」 真面目に答えれば長くなる上に気色悪い。 ここはそれなりに流そう。 「ガキの頃さ……いや、ガキの頃からかな」 「まあなんつーか、辛い時とか嫌なことがあった時とか、本に助けられたんだ」 「それだけだよ」 「そっか……」 小太刀が神妙にうなずいた。 「悪いな、気色悪くて」 「んなこと言ってないじゃん」 「人が何に助けられるかなんて、それこそ千差万別よ。他人がどうこう言えることじゃないと思う」 「それが子供の頃のことならなおさらね」 付け加えるように言って、小太刀はコップを握る。 しかし、口にするでもなく〈水面〉《みなも》に静かな視線を落とした。 似たような経験でもあるのだろうか? 羊飼いの過去には興味があるが、突っ込んで聞く剛胆さは持ち合わせちゃいない。 「でも、そんだけ思い入れがあるのに、なんで捨てる気になったの?」 「俺にもよくわからん」 「昔ほど本を読まなくなったし、邪魔かなーと思うようになったんだ」 「……図書部で忙しいからかもな」 「端から見てる分には楽しそうにやってるし、私としちゃ、本なんか捨てて人並みの青春送ってほしいけど」 「そう! 書を捨てて街に出よう」 「図書委員が言うことかよ」 「もったいない。せっかく周りに可愛い子いるのに」 本がどうこうは置いておいて、今のところ特定の誰かと恋愛をする気にはならない。 「そういや、羊飼いなら、俺が本を捨てたらどうなるかとかわからないのか?」 「わかるけど、教えたげない」 「前にも言わなかったっけ? 人間って自分の将来を知っちゃうと、なぜかその将来にはたどり着かなくなるの」 「言われた気がする」 将来を予言されると、人間は慢心したり警戒したりする。 その結果、予言された未来にはたどり着かなくなる……という話だった。 「自分で自分の未来が見られたらいいんだけどなあ」 「あんまいいことないんじゃない?」 「かもな」 口の端を上げて笑い、小太刀はテレビのスイッチを入れた。 2時間ほどで2本のドラマを視聴し、小太刀はテレビを消した。 「あー、面白かった」 「ん? 終わったか」 読んでいた本から視線を上げて応じる。 「いつもありがとね」 「テレビやるから部屋に置いたらどう? 取りつけ手伝うぞ」 「ん〜〜……」 顎に指を当てて考える小太刀。 「遠慮しとくわ。筧をからかうのも楽しみのうちだし」 「無茶苦茶言いやがって」 苦笑いをしつつ立ち上がった小太刀は、スカートに付いたシワを伸ばした。 「ああそうだ。筧さ、自分の未来が知りたいって言ったよね?」 「まあな。それがどうした?」 「ううん、別に」 「……じゃ、またね」 「あ、おいっ」 言いたいことだけ言って、小太刀は部屋を出て行ってしまった。 ま、あいつがマイペースなのは今に始まったことじゃない。 さて、風呂でも入って寝るか。 脱衣所に立つと、鏡に映った自分と目が合った。 俺の未来予知能力は、相手の目を見ることで発動する。 なら、鏡の中の自分を見たらどうなるのか。 あまり人の未来を見たくないこともあり、試してこなかったが…… やってみるか。 自分の死に様でも見えたら最悪だが、そもそも自分の未来が見えると決まったわけじゃない。 「おし」 覚悟を決め、鏡に正対した。 緊張で脈拍が上がっているのがわかる。 見飽きた自分の顔── 底の見えない瞳の奥── その更に奥の奥まで意識を走らせる。 頭の中に流れ込んできたのは、曖昧すぎて映像とも呼べないものだった。 色を混ぜすぎたパレットというか、重く垂れ込める雲というか…… ともかく、明るい気分にはなれそうもないビジョンだ。 「くっ……」 わずかな頭痛と共に意識が戻った。 試みは成功だったのか失敗だったのか。 ともかくも、能力が作動した感覚はあったし、未来らしきものは見えた。 どんな経緯でどんな状況に陥るのかはまったくわからない。 なんというか、ポケットの中から、引いた覚えのないおみくじ(大凶)を見つけた気分だ。 「……いかんいかん」 大丈夫! これは変えられる未来だ! 俺の行動次第で、青空のような未来に進むことができるに違いない。 きっと、たぶん、おそらく、もしかしたら。 「よし!」 どんよりとした気分を洗い流すべく、俺は風呂に入ることにした。 午前7時半。 朝も早くから、アプリオのテーブルには珍しい面々が集っていた。 「さて、諸君、状況は飲み込めたか?」 「はい!」 「押忍!」 「ほいさ」 桜庭の問いかけに、席を囲んだメンバーがそれぞれの声で応じる。 「1つ、白崎は筧の着信音だけを変更していた。しかも女子力高いメロディに」 「2つ、白崎は筧からの着信を私達に隠そうとした」 「ここから導き出される結論は? 鈴木」 「白崎さんが、筧さんに対して恋愛感情を抱いているということです」 鈴木が敬礼しつつ答える。 「そして、我々のなすべきことは? 御園」 「白崎先輩の恋を成就させることです」 御園も敬礼である。 「二人とも正解!」 桜庭が小気味良い音と共に扇子を閉じた。 「うーん、甘酸っぱいですねえ」 「開封したまま3日間放置したプリンみたいです」 うっとりと答える嬉野。 「嬉野、10分前から言おうと思ってたんだが、お前は関係ないだろ」 「あると言えばある、ないと言えばない、とかく人間関係というのはそういうものです」 腕を組み、訳知り顔でうなずく嬉野。 「ああ、確かに人間関係はそうですねえ」 「はい。私もわかります」 下級生コンビもうなずく。 「なんだこの反論した奴は人生経験が少ない的な流れは」 「いえいえ、別にいいんですよ。人生経験は人それぞれですから。競うものでもありませんし」 にやにや笑う嬉野に対し、桜庭は鬱陶しそうに手を振る。 「わかったわかった、嬉野には助力願おう」 「任せて下さい」 「こんなこともあろうかと、図書部室用の遠隔監視装置を作っておきました」 どん。 嬉野がスカートの下から謎の箱を取り出す。 「気が利きすぎて怖いですけど」 「怖いと思えば怖い、怖くないと思えば怖く……」 「はいはいはいはい、もういいです」 「つっつかない方がいい藪もあるということで、早速作戦に取りかかりましょう」 「よし、力を合わせて白崎に春を届けるぞ」 昼過ぎ。 いつも通り部室にやってきた。 「ういーす」 「あ、筧くん、こんにちは」 弁当を広げていた白崎が顔を上げた。 部室にいるのは彼女だけ。 「今日は集まり悪いな」 「みんな用があるのかな?」 「かもなあ」 などと話ながら、席について昼飯を食べ始める。 メニューはいつも通りの、おにぎりとミネラルウォーター。 いつもと代わり映えしないのに、白崎が横目で俺の様子を窺っているのがわかる。 どうやら、昨日の妙な雰囲気は継続しているらしい。 「こ、このまま誰も来ないと、二人っきりになっちゃうね」 「ああ、まあそうな」 「そ、そしたらどうしよう?」 「どうもこうも……」 何か人に言えないことでも始めようというのか。 いや…… 「むしろ都合がいい」 「ええっ!?」 「筧さん、いきなりのアプローチです」 「このために2人きりにしたんだ……頼むぞ、筧」 部室の窓の外。 ノートPCの画像を、女子4人が液晶に顔を突っ込まんばかりの勢いで凝視している。 「このまま告白まで行っちゃうのかな」 「いえいえ、その先まで行っていただかないと」 「その先!? その先と言うと!?」 「ふふふ、子供にはまだ早いですよ」 「いや、お前が言う……」 「後悔するまえに口をつぐんだ方がいいですよ♪」 「あ、皆さん、筧先輩に動きが」 「都合がいいって……そ、それは、あの、その、つまり、つまり……」 白崎が、わたわたしながら、弁当の煮豆を箸で一粒一粒移動させ始める。 冷静になろうとしてるのか? 「昨日のこと聞こうと思って」 「き、昨日……」 「ほら、買い物の後、俺が部室に来たら妙な雰囲気になってただろ?」 「え? そうだっけ?」 「なってた」 「あれ、どういうことなんだ? 電話が関係してるみたいだけど」 白崎が、箸で掴んでいた煮豆をぽろりと落とす。 「ななな、何でもないよ。うん、気にしなくて大丈夫」 「そんだけ動揺してて、気にするなって方が無理だろ」 「う、うん……」 箸を宙に浮かせたまま、白崎の首筋が赤く染まっていく。 「あの、筧くん?」 白崎が俺の目を見た。 瞳がしっとりと潤み、いつもより艶めいている。 気のせいか、桜色の唇もいつもよりふっくらして見えた。 「いろいろあるけど、結論から言うとね……」 「わたし、あの、その……か、筧くんの……」 白崎がごくりと唾を飲む。 俺にまで緊張が伝わり、心拍数がどんどん上がってくる。 「俺の?」 「……ひっく」 「は?」 「ひっく……ひっく……」 「あ、あれ? しゃっくり……ひっく」 「お、おい、白崎?」 「ひっく……ご、ごめ……ひっく」 しゃっくりの度に、白崎が椅子から軽く飛び上がる。 「くっ、白崎のやつ、緊張しすぎたか」 「あがり症の次はしゃっくりですか」 「救援を出しましょう」 「ミッションB2に移行します」 「ひっく……ひっく」 「大丈夫か?」 白崎の背中をさすってあげる。 しゃっくりを止める方法を説明する余裕もない。 「ご、ごめんね……ひっく」 「気にするなって」 「…………あれ?」 部室の窓が静かに開く。 何かが放り込まれた。 「きゃっ!?」 視界が一瞬で真っ白になる。 「侵入成功」 「よし、確保だ」 御園? 桜庭? わからないが、白崎を助けないと。 「白崎っ!?」 白崎がいた場所に手を伸ばす。 指先に柔らかな感触。 離さぬよう、ぎゅっと抱きしめる。 「逃げるぞっ」 這いつくばり、手探りで出口のドアを探す。 見慣れた部室だ、視界ゼロでも何とかなる。 「どりゃっ」 廊下に転がり出た。 「大丈夫か、白崎?」 腕の中に抱きしめたものを見る。 緊急時とはいえ、女の子を抱きしめてしまった。 恥ずかしさのせいか白崎は小さくなっている。 「おい、白崎」 「ふぁーい」 「……」 30分後。 部室には、何事もなかったかのような顔でメンバーが集まっていた。 「さて、今日の依頼だが……」 「待て待て待て、おかしいだろ」 『何が?』と首をひねる桜庭。 「俺と白崎が部室にいたら、いきなり何か光ったんだ」 「で、白崎が連れ去られた」 「ここは日本ですよ、そんなスパイ映画みたいな」 「お昼寝でもされてたんじゃないですか?」 妙に優しい顔で俺を見つめてくる。 「白崎、白崎はどうだ?」 「わたし、気がついたら図書館の自習机で寝てて……」 駄目か。 高峰はどうだろう。 「俺は今来たばっかだぜ?」 「まあなんだ、こう暑いといろんなもの見えるよな」 優しく肩を叩かれた。 完全に何事もなかったことにするつもりだ。 向こうがその気なら、ぎゃんぎゃん騒がずじっくり行こう。 どうせ怪しげな陰謀を巡らせているに決まっているのだ。 「では、筧の妄想報告が済んだところでそれぞれの依頼に戻ろう」 桜庭の号令でそれぞれが立ち上がる。 夏祭り期間中の図書部は忙しい。 俺の仕事は、考古学研究部の展示発表のサポートだ。 今年の発掘の成果をお披露目するらしい。 はっきり言わなくても地味だが、全員が本気で取り組んでいるいい部活だ。 「依頼が終わったら、各自解散で構わないぞ」 「折角の夏休みだ、できるだけ自由に過ごしてほしい」 「じゃ、今日はこれで解散だな」 「おう、また明日」 それぞれ自分の依頼を確認し、学園に散っていく。 思えば、図書部の活動ってのはドMだな。 報酬もない癖に妙に忙しい。 その上、裏方の仕事ばかりでさっぱり目立たない。 でもなぜかやめられない。 人から感謝されるってのは、意外とモチベーションに繋がるらしい。 「ねえギザ様、どうしよう」 「ぼぉふ?」 ギザ様のふくよかな身体を膝の上に載せる。 いつも変な鳴き声をしているギザ様だけど、妙な包容力があった。 「みんな、気を遣って筧君と二人きりにしてくれたみたいなんだけど、わたしまだ覚悟ができてなくて」 「ふぉーう」 「筧くんのこと、好きじゃないってことじゃないよ」 「ただ、急に告白しろって言われても心の準備がまだ……」 「スローリー、モアスローリー」 「慌てなくていいって?」 ギザ様がうなずいたように見えた。 「そう、そうだね」 「みんなの気持ちは嬉しいけど、わたしはわたしなりにやってみるよ」 「いつかは、筧くんに、ちゃんと……」 「……ああ、やっぱり来たか」 午後8時の生徒会室で、生徒会長は眉をひそめた。 「どうしました、望月さん?」 「見て、葵」 望月がデスクに書類を広げる。 「部活動の設立申請書ですね」 「……第二図書部? なんですか、これ?」 「ふふふ、こっちには図書部同好会というのもあるわよ」 望月が書類の一つを爪でつついた。 「どういうことですか?」 書類を何度も確認しながら多岐川が問う。 「最近、図書部の真似をする人たちがいるらしいの」 「便利屋さん? ボランティア? つまりそういうものね」 「で、部活として認めてくれるよう申請してきたと?」 溜息をつきつつ多岐川が書類を置く。 「暇というか物好きというか……もっとやるべきことがあるでしょうに」 「いいじゃない。どんな活動が将来に繋がるかなんて誰にもわからないわ」 「さすが生徒会長は寛容ですね」 「私には、図書部の真似事が将来に繋がるとは思えませんが」 「かもしれないわね」 望月が愉快そうに笑う。 「笑い事じゃありません」 「それで、承認するんですか?」 「まだ活動実績が足りないわね。さすがに承認できないわ」 言いながら、不許可のハンコを押す。 「図書部本家がトラブルに巻き込まれなければいいけれど」 「この程度で潰れるようなら、潰れてもらっていいと思います」 「手厳しいわね」 「彼らにはもっともっと頑張ってほしいと思っているんです、個人的には」 多岐川がくすりと微笑む。 「どういうこと?」 「ふふふ、秘密です」 「??」 午前10時。 今日も今日とて、部活のために図書館へ向かう。 停留所には、思いのほか人がいた。 夏休みは路電の運行本数が減らされているので、混雑しがちではあるが……。 「筧、おはよう」 停留所から桜庭が声をかけてきた。 「おう、おはよう。今日は混んでるな」 「ダイヤが遅れているんだ。車両トラブルらしい」 「ならしゃーないな」 桜庭の隣に立つ。 混雑のせいで屋根の下には入れない。 夏の強烈な陽射しが、俺たちの脳天を焼いていた。 「しっかし暑いな」 「まったくな」 「あ、日焼け止めを忘れたな。失敗した」 「俺も持ってないんだ、悪いな。ちなみに、桜庭はいつも使ってるのか?」 「これでも一応女子ということになってる」 「というのは冗談で、私は焼くと肌が痛くなってしまうんだ」 「この辺りが真っ赤になって……」 桜庭が首の後ろを見せてくる。 ほとんど毛穴の見えない真っ白な肌は、さながら雪原のようだ。 こりゃ、夏の陽射しは似合わない。 「じゃ、こうしとくか」 持っていた本を桜庭の頭上にかざす。 小さな日陰が桜庭のうなじに落ちた。 「ば、馬鹿、恥ずかしい」 桜庭が影から逃げる。 「いいじゃないか」 また頭の上に本を掲げる。 「だから恥ずかしいんだ」 また逃げる。 「ほれ」 「やめろ」 「ほいほい」 「か、かけいー」 「あ……」 遊んでいるうちに、桜庭が隣の生徒にぶつかってしまった。 「す、すみません」 「すいません。頼むよ桜庭」 「おいこら、私のせいか」 桜庭は、おどけて頬を膨らませた後、ふっと力を抜いて微笑んだ。 「本にしか興味がなかった奴がこうなるとは」 「呆れたか?」 「まさか、褒めてるつもりだ」 「これも白崎の薫陶かもしれないな」 あいつのお陰で俺が変わったのは確かだ。 本を捨てることまで考えたくらいだし。 「誰か一人じゃなく、みんなの影響じゃないか?」 「かもしれないが、今の活動に誘ったのは白崎だろう?」 「きっかけって話なら」 「そうそう、そうなんだ。やはり白崎だ」 妙に嬉しそうな桜庭。 「私の個人的な感想だが、筧と白崎は合ってるのかもしれない」 「どういう意味で?」 「その、まあ、何というか、ペアとして」 「筧はどう思う?」 「どうって言われてもなあ」 ピンと来ない。 もちろん白崎は嫌いじゃないが。 「仲良くやっていければいいなあ、と」 「いい答えだ。ぜひ仲良くなってほしい」 扇子をヒラヒラさせながら、満足げにうんうん言っている。 どんだけ白崎押しなんだ。 「友達としてって話だぞ」 「それは困る」 「なんで桜庭が困るんだ」 「い、いや、まあいろいろだ」 露骨に目を逸らす。 なるほど……。 どうもおかしいと思っていたが、白崎絡みらしい。 「何を企んでる?」 「何も企んでいない」 「露骨に企んでるだろ」 「ははは、言いがかりはよせ」 「桜庭家先祖代々の霊に誓って何も企んでないと言えるか?」 「ちょっと待て、先祖は関係ないだろ先祖は」 桜庭の額を汗が伝った。 とかなんとかやっていると、路電が到着した。 「おっと、路電が来たな」 「まだ答えを聞いてないぞ」 「何も企んでない、答えただろう」 逃げるように桜庭が路電のドアに近づく。 ドアが開くと同時に、生徒の群れが濁流となって車内に流れ込む。 車内は超が3つ付くほどの満員。 倒れようとしても倒れられないくらいの混雑度だ。 「ぐ……きついな」 「押していたらすまない」 押す押さないの話ではなく、もはや密着だ。 それでも桜庭は、俺に体重をかけないように踏ん張っているらしい。 「無理して踏ん張ると危ないぞ」 「周りの圧力に身を任せていた方がいい」 「だが、それでは筧に……」 「ひゃっ!?」 がくりと車体が揺れ、桜庭との密着度が更に上がった。 俺たちの間で、桜庭の柔らかな胸が形を変えるのがわかる。 「…………」 桜庭が真っ赤になった。 わかりやすい恥ずかしがり方に、こっちまで緊張してくる。 「す、すまない」 「いや……」 無言になると、桜庭の感触が余計鮮明に感じられた。 さらさらと揺れる髪、丸い肩、柔らかな乳房、張りのある太もも。 それらが、路電の振動に合わせて俺に押しつけられる。 「ん……う……」 桜庭の息づかいが聞こえてくる。 それがまた緊張感を煽る。 まずい。 意識を逸らさないと、あいつがアレでアレしてしまう。 そうなれば、俺は図書部で生きていけなくなる。 般若心経でも唱えるか? 「(これは、白崎の役割だろ……)」 桜庭が小さく呟く。 これが白崎なら、向こうが錯乱して大騒ぎになるかもしれない。 そうなれば、俺はまた痴漢扱いされるだろう。 「いや、桜庭で良かった」 「な、何を……言って……」 桜庭が顔を伏せる。 ブレーキが掛かり、慣性の法則に弄ばれる。 「ぐ……」 「あ、あ……」 更に強く桜庭の身体が押しつけられる。 もう、服の向こうに直接触れているような感覚だ。 刺激が……強すぎる……。 「か、筧?」 胸の中から桜庭が見上げてきた。 上目遣いの目が、しっとりと潤っている。 「な、なんだ?」 「暑い、な」 「ああ」 いろいろと熱い。 「そろそろ……限界かもしれない」 「え? おい!?」 「短い間だったが……楽しかった」 「えええええっっ!?」 桜庭の身体から── 力が抜けた。 「……きゅう……」 電車を降り、ぐったりしている桜庭をなんとか広場の木陰まで連れてきた。 汗ばんだ額に濡らしたタオルを載せてやる。 「ありがとう、筧」 「あんだけ混んでるんじゃ、誰だって気持ちも悪くなるって」 「みんなには連絡したから、楽になるまで少し休んでろよ」 「そうさせてもらう」 桜庭が目を閉じる。 桜庭が元気になるまで、俺は本でも読んでるか。 筧の隣で目を閉じる。 筧を見ていると、胸が高鳴ってどうしようもなかったからだ。 しかし、目を閉じると今度は路電での出来事が瞼の裏に蘇る。 「いや、桜庭で良かった」 「(……まずい)」 なぜ記憶の中の筧が輝いているんだ? もしかして、筧が気になり始めているのか? いやいや、それは正直まずすぎる。 私は白崎を応援しなければならないのだ。 これじゃ、ミイラ取りがミイラになった的オチじゃないか。 額に載せられたタオルの下で、脂汗がだらだら出てくる。 「う……く……」 「大丈夫か、桜庭」 「え?」 筧が濡れたタオルで額を拭いてくれる。 「い、いや、その……うん、ありがとう」 駄目だ。 眩しすぎて胸が苦しくなってきた。 ああ、神よ。 罪深いこの身を、灰にしてどこかにばら撒いて下さい。 約30分後。 体調が回復したというので、俺と桜庭は部室に来たのだが……。 「いや、桜庭さん、まだ顔色悪いですけど」 「お陰様で体調は問題ない」 「体調『は』?」 「いろいろあるんだ。頼む、放っておいてくれ」 などと言い、アンニュイな溜息をついた。 「(どうしたんよ、姫?)」 「(俺にもわからん)」 そう言いつつも、裏で何かが動いている気配はある。 桜庭は誤魔化していたが、俺はそう簡単には騙されない。 ここは、桜庭以外の奴を探ってみるか。 次の日の午後、俺は御園が依頼を終えるのを待った。 桜庭以外に話を聞くとなれば、対象は4人。 高峰と佳奈すけは、ガードが堅いので外す。 残るは白崎と御園だが、今回は白崎絡みのネタかもしれない。 となれば、消去法でターゲットは御園だ。 10分ほど待つと、音楽棟から御園が出てきた。 友人らしき女の子2人と談笑している。 少し前までは周囲とギスギスしていたようだが、どうやら上手くいっているみたいだ。 後輩の成長に、妙な安心感と達成感を覚えたりする。 だがしかし、今日の俺の目標は、図書部で進行する陰謀を突き止めることだ。 心を鬼にせねば。 「お、御園、お疲れ」 「あ、筧先輩」 御園が周囲の女の子に別れを告げ、俺の所へ駆け寄ってきた。 「どうしたんですか、こんな所に?」 「たまたま通りがかっただけ。こっちも依頼が終わったところ」 「御園は人形劇研究会の手伝いだっけ?」 「そうなんです。劇で使う歌を歌ってくれって」 「上手くいった?」 「それなりには……」 御園が少し頬を膨らませる。 「でも、メルヘンチックな歌詞でちょっと恥ずかしかったです」 メルヘンチック? 「ウサギさんぴょんぴょん的なやつ?」 「ええ、まあ」 「というか、筧先輩の顔でウサギさんぴょんぴょんはちょっと……」 御園がジト目になる。 「あの、動画で撮りたいんでもう一回お願いしてもいいですか?」 「断る」 「ですよね、くすっ」 御園が小動物のような笑いを洩らす。 こういう何か企んでそうな表情は御園の魅力だ。 そう、企んでいると言えば…… 「実はさ、御園に聞きたいことがあるんだ」 「はい、なんですか?」 「最近、図書部のみんなが、妙に気を遣ってくれてるような気がするんだ」 「特に桜庭とか」 御園の表情を窺う。 やや警戒心を滲ませている。 何も知らなければ、困惑か疑問の表情をするだろう。 やはり何かあるな。 「俺に悪いところがあるなら直したいし、何かあるなら教えてくれないか?」 「特にはないと思いますが」 御園が目を逸らす。 「あ、私これから補習があるので、これで」 「補習? 何の?」 「古文です。もうちんぷんかんぷんで」 「それではまた、センパイ」 にっと笑って、御園が校舎に消えていく。 さらりとかわされてしまった。 だが、やはり何らかの陰謀はあるようだ。 ここは一気に攻めてしまおう。 目標の階段教室は半分ほどの入りだった。 静かな教室に、老教師の念仏のような声が流れている。 御園は、と。 どうせ後ろの方の席だ。 一番後ろの席から探していくと、すぐに姿が見つかった。 うつぶせになって見事に寝ているな。 教室に入り、御園の隣に座る。 「ん……う……」 御園がぼんやりした目で俺を見た。 「筧先輩?」 「おはよう」 真顔になった御園。 状況を理解しようとしているのか。 「いえ、『おはよう』じゃなくて、何でここにいるんですか」 「古文に興味があって」 「嘘ですよね」 「嘘じゃないが、さっきの話の続きの方がもっと興味あるな」 「まったくもう」 はあ、と御園が曖昧にうなずく。 ちなみに、汐美学園の授業はかなり自由だ。 出席を取らない授業なら、ほぼ自由参加と言っていい。 もちろん、正規に履修している生徒が優先されるが、授業を取っていない生徒がいても問題ない。 とにかく、他人に迷惑さえかけなければ大概のことは許されるのである。 「私、授業を聞きたいんですけど」 「爆睡してたじゃないか。ほら、顔に教科書の跡が付いてる」 「え? あっ」 慌ててほっぺたを擦る。 「で、さっきの質問の続きだけど、女子が何か企んでる気がするんだよな」 「答えは一緒ですよ、何もないと思います」 「そうかな?」 「桜庭なんか、白崎のいいところを妙にアピールして来るんだが」 「つまりあれか? 俺と白崎をくっつけようとか、そういう話か?」 「知りません、わかりません」 御園が下を向く。 「なら、奥の手と行こう」 「え?」 鞄の中から猫じゃらしを取り出す。 部室から持ってきたものだ。 「あくまで意地を張るなら、こいつが火を噴くことになる」 「くどいようですけど、授業中なんですが?」 「だからこそ御園は逃げられない」 御園の額を汗が伝う。 「べ、別にくすぐったいのなんて平気です」 「そう言っていられるのも今のうちだ、ふふふ」 「筧先輩……キャラが変わってませんか」 「そいや」 猫じゃらしで、御園の手の甲を攻撃する。 「ぜんぜん、くすぐったくないですよ」 「では、失礼します」 猫じゃらしを二の腕まで上げていく。 「く、くすぐったくなんて……ないですから、ひゃっ」 「図書部で進行している陰謀について教えてもらおう」 「だ、だから、私は……しらな、あ……ひゃっ」 「その強情さが、いつまで保つか」 猫じゃらしは、とうとう脇の下へ。 俺は嫌なのだが、猫じゃらしが勝手に進んでいくのだから仕方ない。 「はっ、や、だめだめだめっ」 御園が身もだえする。 「陰謀はある、そうだな?」 「うっ、は……は、く……」 「ある? ない? イエス・ノーでいい」 「ひゃっ……あ、う……」 「い、いえ……」 「じゃあ、そこのニコニコしながらピンクの猫じゃらしで女生徒に悪戯をしている君、答えてくれ」 いきなり指名された。 字面だけだと完全に性犯罪者だ。 「ここでいう『はしたなし』は現代語と意味が違うが、どういう意味かな?」 「中途半端だったり不似合いだったり、体裁が悪いといったニュアンスです」 「その通り」 「であるからして、ここの訳はぁ……」 何事もなかったように授業を続ける教師。 「お待たせ御園」 「待ってません」 「ていうか、授業聞いてないのにあっさり答えるのやめて下さい」 「いいじゃないか細かいことは」 「ほら、こいつもウズウズして今にも爆発しそうだ」 猫じゃらしを、再びぴょこぴょこさせる。 「先輩、今日は性格おかしいですよ」 御園がジト目になる。 「御園が素直になってくれないと、もっとおかしい部分を見せてしまうかもしれない」 「……」 「はぁ……わかりました、降参です」 御園が机に伏せる。 「で、どんな陰謀があるんだ?」 「先輩の予想通り、白崎先輩と筧先輩をどうこうしようって話です」 「これ以上は言えません」 御園が唇を真一文字に結ぶ。 「俺には言えないか」 「はい、言えません」 「でも、こいつにだったら言えるんじゃないかな?」 「え?」 鞄から丸い生物を取り出し、机に置く。 「ふぁふぁーん」 「意味がわかりません」 「えーと、君、その動物はなんだね?」 「アイム、ジャパニーズサムライ」 「あ、いえ、すみません、何でもないです」 猫を鞄に戻す。 「で、どう? 話す気になった?」 「今の展開でどうやったら口を割るんですか」 デブ猫を出したのは失敗だったようだ。 「仕方ない、諦めよう」 「ともかく陰謀があるのはわかったよ」 「みんなの気持ちはありがたいけど、自分の恋愛くらいは自分で何とかするんで、そういうことで」 「わかりました、みんなにもそのように伝えておきます」 ふてくされた顔で、御園は頬杖をついた。 「先輩、私なら口を割ると思って狙ったんですね」 「かも」 「わかってますよ。私、押しに弱いですから」 御園が自分の前髪を息で弄ぶ。 「御園はそこがいいところだって」 「みんなそう思ってくれるといいんですけど」 「それじゃ、私はもう用済みでしょうから、お帰り下さい」 御園がぷいっとそっぽを向く。 「せっかくだし、授業聞いてくよ」 「物好きですね、先輩も」 というわけで、俺も授業を楽しむことにした。 内容は百人一首の現代語訳と解釈だ。 知っている内容が多く、ちょっとばかり眠くなってきた。 隣の御園は、寝オチしそうになりながらも何とかノートを取っている。 「本当に恋愛の歌ばっかりですね」 「今も昔もな」 「陰謀のことはさておいて、実際、筧先輩はどうなんですか?」 いたずらっぽい表情で御園が訊ねてきた。 「俺は博愛主義者だから、みんな嫌いじゃないよ」 「見事にクズですね」 「ありがとうございます」 高峰の真似をして合掌した。 「どっちつかずだと、何も残りませんよ」 その指摘はもっともだと思う。 しかし、性分なのだから仕方ない。 「御園はどうなんだ?」 「私は……」 「答えるわけないじゃないですか」 御園がまたうつぶせになる。 その拍子に消しゴムが机から落ちた。 「あ」 「おっと」 机の下に潜り込もうとする。 「わ……」 「……」 御園とお見合いになる。 二人同時に屈んでしまったのだ。 「……」 「……」 真っ直ぐな視線を放つ瞳、わずかに開いた艶やかな唇。 いつもの御園とは別人のように大人っぽく感じられる。 すぐ距離を取るべきなのに、なぜか動けない。 頬でわずかに感じられる御園の吐息に、金縛りの力があるかのようだ。 教師の声も、周囲のざわつきも全てがなくなり、御園しか見えなくなる。 まずい、なんというかまずい。 「わ、悪い」 ようやく声を絞り出して距離を取る。 「……」 「……」 ……。 …………。 気まずい沈黙が流れた。 「な、何か言って下さい」 「え? ああ……」 「いや、こう、御園ってときどきすごい大人っぽい顔するよな」 「はあ!?」 「ば、馬鹿じゃないですか、先輩……」 消え入るように言って、御園はぎゅっと身を縮こまらせた。 うん、まあなんだ。 我ながら、いいコメントじゃなかったな。 「け、消しゴム、俺拾うから」 「あ、ちょっと待って下さい」 取り繕うように咳払いをする御園。 そして、部室でよくやっているように、椅子の上で体育座りをした。 俺が消しゴムを探しやすいよう、足を上げてくれたわけだ。 もちろん、スカートの裾は手で太ももに押しつけている。 男として一瞬残念に思ってしまうのは誰も責められないだろう。 「どうしました、センパイ?」 「ん、いや」 机の下に潜り込む。 消しゴムはすぐに見つかった。 「高峰先輩なら、このまま背中を踏んでほしいとか言うんでしょうね」 頭の上から話しかけてきた。 視線を上げると、御園の脚がアップで見えた。 これはいけないアングルだ。 「筧先輩は踏んでほしいですか?」 「御園になら踏まれてもいいかな」 「わかりました」 御園がするりと革靴を脱ぐ。 「待て待て、冗談だって」 「ああ、本気だと思いました」 危ない奴だ。 身体を起こし元の姿勢に戻る。 「ほい、消しゴム」 消しゴムを手渡す。 御園は無言でぺこりと頭を下げた。 さて、授業に戻るか。 ……ん? どれくらい時間が経ったか、指先に違和感があって目が覚めた。 授業を聞いているうちに眠ってしまったらしい。 携帯で時間を確認すると、授業終了まであと10分。 「あれ?」 手の爪が汚れている。 いや、よく見ると、左手の爪一枚一枚にサインペンで顔が描いてあった。 (^o^)とか(*^_^*)とか。 こんなことをするのは一人しかいない。 隣を見ると、御園は突っ伏して寝ている。 ……いや。 よく見ると、肩がかすかに震えている。 笑ってるのか。 しょーがない奴だ。 後輩の愛情表現だと思って追及しないでおこう。 「そういや、御園とサシでいることってあんまなかったな」 御園の後頭部に向かって話しかける。 「ですね」 「退屈でした?」 「いや……」 「意外と楽しかった」 御園が顔を上げて俺を見る。 「私もです」 「んじゃ、また補習にお邪魔するかな」 「それは、また私に赤点を取れということですか?」 「いやいやいや」 「ふふふ、どうしてもって言うなら考えてみていいですよ、センパイ」 試すような目でにっこり笑い、御園はまた突っ伏した。 「……というわけで、口を割ってしまいました。ごめんなさい」 御園が、桜庭と鈴木に頭を下げる。 「千莉を狙うなんて、さすが筧さん」 「あいつは刑事にでもなった方がいいんじゃないか」 「これじゃ、表だっては白崎さんを押せませんねぇ」 腕を組みつつ悩ましげに呟く鈴木。 その言葉に、桜庭が一瞬目を見開く。 「残念だが、今回のミッションは諦めた方がよさそうだな」 「いやいやいやいや、言い出したの桜庭さんじゃないですか」 「それはそうだが、筧に勘づかれてしまってはもう……」 桜庭が扇子で顔をパタパタ扇ぐ。 『あやしい』 鈴木の鋭敏な観察眼は、桜庭の変化を見逃さない。 さすがに、今この瞬間、桜庭が筧との路電内部での出来事を反芻しているとまではわからなかったが。 「千莉、何か方法ないかな?」 「え? あ、うん」 「ちょっと、しっかりしてよ」 「みんなで白崎さんの純愛を実らせようって誓ったじゃない、忘れちゃったの?」 「も、もちろん覚えてるよ」 「そうだよね、白崎先輩には幸せになってもらわないと!」 「ああ、白崎と筧、似合いじゃないか!」 激しく頷く二人。 無理矢理作り上げたやる気の上昇気流に鈴木が乗る。 「では、今後も張り切って、白崎さんと筧さんをくっつけましょう!」 振り上げかけた拳が止まる。 二人の視線の先には…… 「……そういうことだったんだ」 何故か寝袋を抱えた白崎が立っていた。 他の三人が完全に凍り付く。 「最近、なんだかおかしいと思ってたんだけど、やっぱり」 「いや、白崎、これはな、お前に幸せになってもらおうと……」 謎の拳法のように、わたわた手を振りながら桜庭が弁解する。 そんな桜庭をじとーっとした目で見てから、白崎はフグのように頬を膨らませた。 「気持ちはすっごく嬉しいけど、間に合ってます」 「でも、筧さんは強敵ですよ」 「強敵でもなんでも、自分のことだから」 「って、私が筧くんのこと好きってことになってるよ!?」 「違うんですか?」 「違う違う、違うよ違う」 「でも、着信音変えてましたよね」 「あ、あれはその、携帯をいじってたら勝手に変わっちゃって」 「だから、好きとか……そういうわけじゃ……」 尻すぼみになる白崎。 「なら、たとえばですけど、私が筧先輩と付き合ってもいいんですか?」 「ええっ!?」 「……い、い、いいよ。当たり前だよ。どうぞどうぞ、どーんと行って」 苦い薬を飲み下すように言う白崎を、御園が静かな目で見つめる。 「(……あれ?)」 御園を観察していた鈴木には、わずかな違和感があった。 だが、違和感の正体を確かめる間もなく、御園は表情を変えてしまう。 「……ま、たとえばですけど」 「くぬぬぬーーーっ」 「と、ともかく、みんな私の心を弄んだ罪は重いです!」 「罰として、罰として……えーと、えーと……」 白崎がきょろきょろと周囲を探す。 「無理しなくていい、白崎に人を罰するのは無理だ」 「で、できるよ、私だって大人なんだから」 「どんな罰でも受けますよ、先輩」 御園の上目遣いが火を噴いた。 「じゃ、じゃあ、3人への罰は……」 今日の依頼をこなし、図書館に戻ってきた。 しかし暑い。 西日に焦がされる図書館は、今にも自然発火しそうに見える。 こんな日に街頭アンケート調査を手伝った俺は、正直、紫綬褒章ものだと思う。 「ういーす、今日はもう駄目だ……」 視線を上げると、異様な物体が目に入った。 人間大のミノムシが4匹、床に転がっている。 そのうちの1匹が、ごろりと転がった。 「おお……お帰り……」 「いや、なんで真夏に寝袋入ってんだ?」 よくよく見れば、寝袋に入っているのは白崎以外の女性陣と高峰だ。 「ま、まあなんだ……レクリエーションの一環として、だな」 「そうなんです、ちょっとした我慢大会ですよ」 「暑くないのか?」 「死にそうです」 寝袋組の顔は、当然のように汗だくである。 一方、寝袋に入っていない白崎は、頬を膨らませながらアイスティーを作っている。 突然、白崎の携帯のアラームが鳴った。 ほとんど同時に、4人が寝袋から転がり出る。 「死にます、あと3秒で死にますっ!」 熱湯風呂から出た直後の芸人のように、4人がアイスティーに群がった。 砂漠を1日歩いた後にオアシスを見つけたら、自分もこうなるに違いない。 コップまでかじりかねない勢いで、4人がお茶を飲み干す。 「あーーーー、生き返るわー」 「こんなに美味しいアイスティーは飲んだことがない」 お茶を飲みつつ、桜庭、御園、鈴木の3人はシャツの前をパタパタさせる。 ほのかに上気した肌に汗が光る。 スポーツドリンクの爽やかCMみたいな光景だ。 「これ、完全に出来心でやっちゃいけないタイプのレクリエーションですよ」 「私、ペンギンが冷蔵庫からジュースを取り出してくれる幻覚が見えた」 「で、なんでまた我慢大会を?」 「いや、聞いてくれるな筧。答えられないこともある」 「はあ」 なんだこの状況は? 考えを巡らすと、一つの推論が浮かんだ。 「(御園、これ、例の件?)」 小声で訊ねてみると、返事はなく御園は力なくうなずいた。 つまり、御園が言っていた、白崎と俺をくっつけよう作戦が発覚したのだろう。 お怒りになった白崎神を鎮めるための儀式だったということだ。 そりゃ、勝手に変な作戦を展開されたら怒るか。 「筧くんもお茶どうぞ」 「ああ、ありがとう」 差し出されたグラスを取る。 爽やかなベルガモットの芳香に、身体の熱が引いていく。 「ところで、この寝袋どうしたんだ?」 「小太刀さんがくれたの」 「図書館で防災備品を買い直したらしいの。それで、これからは寝袋じゃなく毛布にするからって」 「へえ……ま、もらっておいて損はないか」 白崎の話によると、寝袋の他にも、段ボール数箱分のタオルや、カンパンなどの非常食ももらったらしい。 食料はあと半年で保存期限が来てしまうらしいが、いざとなったらおやつにしてしまえばいい。 「いやー、まさか寝袋もこんな使われ方をするとは思わなかったでしょうね」 「俺は、自分が汗水たらして働いてるときに、みんなが遊んでるとは思わなかったよ」 「だからこれには深い事情が……」 佳奈すけが泣き崩れる真似をする。 ともかくも、女性陣の陰謀は破綻したらしい。 今日は枕を高くして眠れるな。 「えーと、これかな?」 本棚から一冊の本を取り出す。 中を確認すると、お目当ての本だとわかった。 筧京太郎の本だ。 ボスからは、仕事に関係ない人間の本は読まないよう言われている。 にもかかわらず、どうして助けてやろうと思ってしまうのか。 「ガキの頃さ……いや、ガキの頃からかな」 「まあなんつーか、辛いときとか嫌なことがあった時とか、本に助けられたんだ」 「それだけだよ」 ガキの頃か。 脳裏をよぎった過去の記憶に、胸の奥がきゅっと痛んだ。 自分もよくよくのお人好しだ。 「ま、ちょっとだけだし」 意を決して本を開く。 筧が本を捨てると一体どうなるんだろう? しばらくページをめくると、やがて該当部分らしき箇所にぶつかった。 「えーと……ややこしいな、ここがこうなって、あーなって……」 「小太刀君、そこまで」 「わひゃっ!?」 開いていたページの上に手が置かれた。 男性にしてはほっそりした手指。 見ようによっては枯れ枝にも見えた。 「仕事に関係ない本は読んではいけない……そう言わなかったかな?」 「は、はい」 ボスが本を取り上げた。 表紙をちらっと一瞥し、小さく溜息を漏らす。 「春からのことといい、どうやら君は筧君に個人的な興味があるようだね」 「いえ、別に」 無駄であるとわかっていても、言い逃れをしてしまう。 『個人的な興味』という言葉に反発したかったのかもしれない。 興味なんて立派なものじゃないと言いたかったのか、もっとドロドロしたものだと言いたかったのか。 それはわからなかった。 「口で言ってもわからないようだから、それなりの対応をさせてもらうよ」 「今後、君は私が許可した本以外には触れなくなる。異存はあるかな?」 「ありません」 「君の仕事は彼の試験監督であって、それ以上でもそれ以下でもない」 「もう一度確認してほしい」 「わかりました」 頭を下げつつ、心の中で溜息をつく。 ちょっと情にほだされたらこのザマだ。 ほーんと、あいつは私にとっての疫病神な気がする。 女性陣の陰謀が破綻してから3日。 俺は佳奈すけから朝食の誘いを受けた。 『特別朝定食が始まるので食べに来て下さい』とのことだ。 断る理由はない。 「(さて、行くか)」 「おうっ!?」 と、玄関に向かったところで、積んであった本を蹴ってしまった。 やっぱ、こいつらは邪魔だよな……。 激痛でぴょんぴょん跳ねながら、恨めしい気分になった。 「いらっしゃいませ、アプリオへようこそっ」 学食に入ると元気な声が迎えてくれた。 「よう」 「おわっ!?」 「か、筧さん、来てくれたんですね」 なぜか慌てている。 「誘われたつもりだったんだが、来ちゃまずかった?」 「いやいやいや、大歓迎ですよ」 「ささ、こちらのテーブルに。メニューは特別朝定食でいいですか?」 「オススメだっけ?」 「超オススメです。なんだったら他のをオーダーされてもそれを出す勢いです」 「じゃ、特別朝定食で」 「かーしこまりましたー」 元気よく頭を下げ佳奈すけはキッチンに向かった。 どんな飯が出てくるのか、期待大だ。 「お待たせしました、特別朝定食です」 15分ほど待たされて、ようやく食事がやってきた。 アプリオにしては手際が悪い。 「ずいぶん時間かかったけど、なんかあった?」 「えー、まあ。多少キッチンと揉めまして」 「バイトも楽じゃないな」 「まあまあ、とにかくお食事をどうぞ」 どん、とトレーが置かれる。 ゆかりご飯にネギと豆腐の味噌汁。 おかずは、ほうれん草の白和えと鮭の塩焼き。 それと、肉じゃがと卵焼きとひじきの煮付けと納豆。 「おかず多過ぎだろ!」 「だからこそ特別なんです」 「これでいくら?」 「500円、ワンコインですよ」 圧倒的なコスパである。 「安いけどさ、主菜と副菜のバランスとか考えないのな」 「いつもおにぎりにミネラルウォーターの人が何言ってるんですか」 「さ、どうぞどうぞ」 釈然としないまま箸を持ち、一通り味わってみる。 「いかがでしょう?」 「普通に美味いよ」 「もう少し具体的にお願いします」 「俺、今まで肉じゃがって駄目だったんだけど、これはぜんぜんいけるよ」 「そんなグラビアアイドルの食レポみたいなコメントはいりません」 駄目出しである。 妙に佳奈すけがマジな気がする。 「んじゃまあ、なんつーか、ほっとする味?」 俺自身は体験してないが、世間で言う母親の味的なアレだろうか。 「そう、それですよ!」 「外食もたまにはいいですけど、やっぱり最後はほっとする味が一番!」 「いや、アプリオは外食だろ」 「細かいですね」 「つまり、アレが何してあーなれば、これが毎日食べられるってことです」 「は?」 不穏すぎる。 「ちなみに、どれが一番美味しかったですか? ご飯とお味噌汁と白和えと鮭以外で」 「納豆かな」 「でしょ? 水戸工場の人が頑張ってますから」 「……じゃなくて、納豆も除外して下さいよ!」 「じゃあ、卵焼き」 「卵焼きですね、わかりました」 「てかさ、ここで油売ってて大丈夫か? 他の席で待ってる人いるぞ」 「おっと」 「ではでは、ごゆっくりお楽しみ下さいねっ」 機嫌良くスカートを翻し、慌ただしく他の席へと向かった。 いつにも増して賑やかだったな。 一体、俺に何をさせたいんだ。 「(ま、食うか)」 考えても仕方ないので食事を再開する。 俺にとっていま重要なのは、部屋を占拠する本のことだ。 今朝は、床に溢れた本に足を痛打した。 やっぱりキャパオーバーだよな。 キャパオーバーなら、資源ゴミにでも出せばいい。 それだけの話なのに悶々としている。 誰にだって捨てられないものってあると思う。 「悩ましい……」 どうしたものか。 悩んでいても結論は出なさそうだし、さっくり何かに決めてもらおう。 テーブルを探すと、食べかけの納豆が目に入った。 これだ! 残っている納豆の粒が奇数なら本を捨てる、偶数なら捨てない。 そう決めて、ひとつひとつ箸で数えていく。 1、2…………9、10…… 11、 12、 13、 14、 じゅう……5? 最後に残ったのは、半分に欠けた豆だった。 「……」 何も解決せぬまま、会計を済ませて店を出た。 そう、これは安易に結論を出すなという神のメッセージなのだ。 少なくとも、俺が自分自身の未来を予知したところでは、雲行きが怪しかった。 ここは慎重に行かなくては。 「(……あれ?)」 前から見知った人が歩いてきた。 「おう、御園」 「あっ、筧先輩……」 御園がびくっとして立ち尽くす。 驚かせてしまったらしい。 「どこ行くんだ?」 「これからアプリオに行こうと思って。朝ご飯です」 「ああ、俺いま食ってきたとこなんだ、タイミング悪かったな」 「で、ですね」 「それじゃ、また」 「おう」 そそくさと頭を下げ、御園は足早に去っていった。 何か隠し事をされている気がするな。 白崎の件は終わったわけだし、何か他にもネタがあるのだろうか。 部室で本でも読もうかと図書館へ向かう。 その途上、ビラを配っていた人たちから数枚の紙を渡された。 「はあ?」 予想外の内容に思わず声が出た。 『依頼大募集!! 第二図書部(仮)なら何でもOK』 『あなたのお悩み解決します。どんな小さなことでもボランティア部まで』 『あの図書部に妹ができました♪ 図書部〈PETIT〉《プチ》♪』 「……」 こいつらが、芹沢さんの言っていた第二第三の図書部か。 いつの間にか妹までできてるし。 ……それはともかく。 ビラを配っている生徒を観察してみる。 男女比率はだいたい半々。 俺たちを意識してか、コスプレしている人もいる。 生徒の柄はそう悪くなく、まあ普通の範囲だ。 とはいえ、俺たちが育ててきた図書部の名前を勝手に使われるのは気にくわない。 まずはみんなに相談だな。 「いらっしゃ……」 御園の姿を認めるなり、鈴木は腰に手を当てた。 「あ−、ちょっと千莉、もっと早く来なくちゃ意味ないじゃん」 「電話してもぜんぜん出てくれないし」 「……ごめん、寝坊」 「ふーん」 鼻白みつつ、鈴木は御園の髪の毛や制服を眺め回す。 「寝坊の割には、髪も制服もちゃんとしてるじゃん」 「う……」 「……ごめん、勇気出なかった」 悄然となった御園を席に案内し、鈴木はコップ一杯の水を差し出す。 ことの始まりは3日前。 白崎計画が破綻したその日の深夜、御園から鈴木へ電話があった。 内容を要約すれば、 『筧先輩のこと、好きになったかも……』 という、鈴木が壁に頭突きをかますに十分なネタだった。 これでは、芹沢の冗談ではないが、白崎・御園・筧の三角関係になってしまう。 さらには、桜庭の参戦もあり得る。 そうなったら自分はどう振る舞えばいいのか……。 と、10秒ほど悩んだ鈴木だったが、友人を応援すると決心し今朝の計画を提案したのだ。 すなわち、筧と御園を朝食で同席させ、さらには御園お手製の料理を食べさせよう計画である。 ちなみに、肉じゃがと卵焼きとひじきの煮付けが御園謹製だ。 「元気のない千莉にいいニュース」 「筧さん、卵焼きが美味しかったってさ。もうバクバク食べてたよ」 「本当?」 「うん、だから自信持って」 「そっか、卵焼き、喜んでくれたんだ」 「……よかった」 御園が微笑む。 恋する乙女そのものといった笑顔を目にし、鈴木は眩しそうに目を細める。 「これからも応援するから、頑張って」 「ありがとう、佳奈」 「なに言ってんのよ、友人のためだもん」 人に触るのがあまり得意でない鈴木が、意を決して御園の背をさする。 「私、白崎先輩に悪いことしてるかな? 協力するとか言っておいてこんなことしてるなんて」 「白崎さん計画はもう終わったでしょ?」 第一、言い出しっぺの桜庭からして態度が怪しい……と、心の中で鈴木は付け加える。 何があったか知らないが、ここ数日で桜庭は急激に筧に傾いていた。 白崎計画の作戦行動中に事故があったのでは、というのが鈴木の直感9割の見立てである。 「でも、筧さんも悩んでるみたいだよ」 「さっきも、溜息混じりに『悩ましい』とか言ってたし」 「悩ましい……か」 「やっぱり、白崎先輩のこと好きなのかな」 御園がシミでも洗うように、スカートの裾を指先でモジモジと擦る。 筧の懊悩が、明後日の方向にあることを二人はもちろん知らない。 「ま、元気出していこうよ」 「あー、そうそう、朝ご飯はパンケーキにしない? 流行に乗って、最近始めたの」 「生クリームある?」 「あるよー、生クリームましましにしとくから」 糖分に勇気づけられ、御園の表情に微笑みが戻る。 「じゃ、少し待っててねっ」 アプリオで朝食を取ったあと、俺はみんなが揃うまで読書に励んでいた。 「あ、筧さんいたんですね」 「おう、もうバイト終わったのか」 「ええ、今朝はありがとうございました」 などと挨拶を交わしながら、佳奈すけが席に着く。 「御園は?」 「ご飯食べてから寮に戻りましたよ。また来るって」 「ほー」 みんなが部室に来るのはあと2時間ほど先のことだ。 一度帰るのも手だったな。 「そうだ、筧さん。ちょっとアドバイスをもらっていいですか?」 「読書感想文の課題が出てるんですけど、課題図書が決まってなくて困ってるんです」 「ああ、だったらちょっと探しに行くか」 佳奈すけと図書館に繰り出した。 「どういう本がいいかな?」 「2日くらいで読めて、それなりに有名なのでしょうか」 「教師ウケも考えないといけないしなあ」 あんまり軽い小説だと、感想文の内容以前のところでなめられてしまう。 「佳奈すけが好きそうなもの……好きそうなもの、と……」 本棚を端から眺めていく。 「あの、白崎さんのこと、すみませんでした」 「いきなりだな」 「いいよ、終わったことだし。それに一味には制裁もあったみたいだから」 「ははは、あれは本気でミイラになるところでした」 照れ笑いをしつつ、佳奈すけは本棚に背中を預けた。 「私達のやんちゃは置いておくとして、実際白崎さんはどうですか?」 「好きだったとして、ここでカミングアウトすると思うか?」 「ですよね」 「逆に佳奈すけはどう? 好きな奴とかいるのか?」 「いやぁ、なんでしょうね、よくわからないです」 「人に訊いておいてそれかよ」 「いやぁ、すみません」 ぺこりと頭を下げる。 「ちなみに、どういうタイプが好みなんだ?」 「そうですねぇ」 顎に手を当てて考える。 「あんまり考えたことないんですけど、筧さんから見てどうです? どんな人なら合うと思います?」 「うーん……」 「人付き合いが上手いタイプか、逆にまったく気を遣わないタイプか……中途半端なのは駄目だろうな」 「あとは、一途なタイプ」 「相手がどしっとしてないと疲れる方だろ?」 「おお、当たってます当たってます」 「佳奈すけは、もうちょっと気楽に生きた方が幸せになれるかもな」 「……そう、ですか」 本棚から一冊抜き出し、佳奈すけに差し出す。 だが、佳奈すけはぼんやりしていて気づかない。 「佳奈すけ」 「え? あ、はい、すみません」 慌てて本を受け取った。 「ま、言われてすぐ気楽に生きられたら苦労しないか」 「ですねえ」 「あとそれは、筧さんにも当てはまるんじゃないですか?」 「俺は気楽に生きてるつもりだけどね」 「またまたー」 佳奈すけがおどけた。 「ははは」 「俺たちみたいのがくっついたら、どツボにはまるかもな」 似たところがある者同士だ。 変なスパイラルに入ったら脱出できなくなるかもしれない。 「どうでしょうね」 佳奈すけが笑う。 どこかいつもの笑顔と違う気がしたが、それも一瞬だった。 「あ、でもでも、相乗効果で意外に楽しくなるかもしれませんよ?」 「かもね」 「ところで、その本どう? 三島由紀夫の『潮騒』」 「三島由紀夫っぽくないけど、爽やか系で読みやすいぞ」 佳奈すけが、本の表紙や中身を確かめる。 「ええ、ではこれにしてみます」 「あれ? あっちにも同じ本がありますね」 佳奈すけが脚立に上って、高いところの本を取ろうとする。 止める間もなく、スカートの裾が目線近くまで上がった。 「おっと」 「あ、こっちの方が古いバージョンなんですね」 「って、なんで後ろ向いて……」 「わああっ、失礼しましたっ」 佳奈すけが慌てて脚立を降りる。 が、 床に降りた途端にバランスを崩し、2歩、3歩、 「ととっ、とっ、とっ、とっ……」 俺の胸に倒れ込んできた。 想像以上に衝撃は軽く、まるで羽毛の枕を抱きしめたような感覚だ。 「だ、大丈夫?」 「はい……すみません」 佳奈すけが距離を取る。 「あだだだっ」 「あれ?」 佳奈すけの髪が、シャツのボタンに引っかかってしまった。 これじゃ、離れようにも離れられない。 「い、今ほどきます」 佳奈すけが髪をいろいろと引っ張るが、うまく外れない。 「あれ、むー、あー、くそー」 「ちょっと待った、髪切れるって。ああほら、こっち」 絡まり方を確かめながら、ゆっくり髪の毛を解いていく。 「ま、まだですか? もういいですよ切っちゃって」 「待ってろって」 俺の指先の近くを、佳奈すけの指がもどかしそうにワキワキしている。 「ふんふんふ〜ん、わたしは真面目なとしょいい〜ん♪」 「ぬお」 どっかで聞いたことがある声が。 「筧さん、早くっ」 「このままじゃ、私たち、書架でイチャコラしてるバカップルですよ」 「もうすぐだから」 「うあっ、来ちゃいます、来ますよっ」 「ふんふんふ〜ん、わたしは真面目なとしょいい〜ん♪」 私の名前は小太刀凪。 羊飼いの仕事が忙しいというのに、図書委員のお仕事もこなす素晴らしい女の子。 今日は書架の整理です。 本って意外と重くて、見た目より大変なお仕事なんですよ、きゃぴ♪ 「あん?」 書架の奥から妙な人の気配。 「は、早くっ」 「もうすぐだから」 「来ちゃいます、来ますよっ」 「よし、ここを、こうして、うっ、くっ」 「そ、そっちは、あっ、来ちゃいますって」 「(にごるわー、ホンマにごるわー)」 北の動物王国かここは。 殺意のメーターが急上昇。 図書委員として正義の鉄槌を下さねばなるまい。 大きく深呼吸をして理性を保つ。 よーし、思い知らせてやろう。 隣の書架に素早く移動。 「なんばしよっとか、このバカチンが!」 「あ」 「お」 ……。 …………。 イチャついてたのは知り合いだった。 「にごるわー、びっくりするほどにごるわー」 私の名前は小太刀凪。 苦しいこともあるけれど、毎日頑張ってます。 「だから、髪の毛が引っかかってたんですって」 「あー、はいはい、みんなそう言うのよ」 『潮騒』の貸し出し処理をしながら、佳奈すけがカウンターの向こうの小太刀に弁明する。 「まったく、誰も来ないと思って書架の陰でイチャコライチャコラ」 「私、嫌なの……これ以上汚されるのは嫌なのっ!」 「何キャラだよお前」 「はい、返却は一週間後でお願いします」 「無視すんな」 「まあ、そうカリカリしないでよ」 「二人のことは、図書部の奴らには内緒にしとくから」 小太刀がカウンターの向こうから佳奈すけに本を渡す。 「ですから、やましいことをしていたわけでは……」 「いやー、しかし、筧の好みがなだらかな感じだとは」 小太刀が佳奈すけの胸を見る。 「おっと、これはもう先輩とか関係ないですよ」 「どっかに栄養が行きすぎて、事実を理解する力が足りなくなっちゃってるみたいですね」 「はいきたー、ほらきたー」 小太刀が静かに椅子から立つ。 「表、出よっか」 「OK、頂上決戦といきましょう」 「頂上? あんたに頂上あるんか?」 「誰にだってありますよ! 人には人の乳酸菌っ!」 2人の間の火花が見えるようだ。 「はい、喧嘩やめ。話題が完全にすり替わってるから」 「ともかく小太刀、さっきは髪の毛が引っかかっただけだから、そういうことで」 「わかってるわよ、ちょっとからかっただけでしょ」 「んじゃ、図書館では静かにね」 決まり文句を受け、俺と佳奈すけは部室に戻ることにした。 「髪の毛、悪かったな」 「あー、ぜんぜんいいですよ、2、3本ですし」 佳奈すけの髪は、小太刀の声に驚いた拍子に切れてしまった。 「もうどこが切れたのかわかりませんしね」 と、髪の束を指先でふりふりして見せた。 「せっかく綺麗な髪なのに」 「……」 佳奈すけと目が合う。 ……なんか恥ずかしいことを言った気がする。 「あーいや、まあ、綺麗なものは綺麗! な、そういうこと」 「お、お褒めにあずかり光栄です」 ……。 …………。 何とも気まずい沈黙。 「とかなんとかやってたら、もう部室ですよ! わー、早いっ!」 「おおっ、あっという間だったぜっ!」 完全におかしなテンションになりつつ部室に入った。 午後になり、みんなが揃った。 まず、今朝もらった図書部モドキのビラについて説明する。 話し合いの結果、図書部の名前は宣伝に使わないでほしいというメールだけを送り、あとは様子見ということになった。 実害もないし、こんなものだろう。 「さて、今日は新しい依頼を受けるかどうか検討したい」 と、桜庭が紹介したのは、ペルー文化研究会……通称ペルー研からの依頼だった。 今月末に開催される国際屋台フェスティバルに参加するにあたり、人手が足りないらしい。 「国際屋台フェスティバルって?」 「海外の文化を研究している団体が集まって、飲食物を販売するイベントだ」 「お決まりのコンテストもある」 B級グルメコンテストの海外版みたいなものか。 ちなみに、開催日は8月22日の日曜日。 夏祭りの最終日である。 「んで、ペルー料理ってどんなもんなんだ?」 「想像つかないです」 「アルパカを焼いたりするんですかね?」 「も、もう、やめてよ〜」 「いや、白崎が怯える意味がわからん」 などと冗談を言いながら、ネットでペルー料理を調べてみる。 想像していたより、かなり洗練されている。 肉、魚介類はもちろん、ペルー原産のトマトやトウモロコシもよく使われているらしい。 日本にも、ペルー料理のレストランがそこそこあるようだ。 「料理は美味しそうですけど、コンテストを考えると知名度が問題になりそうですね」 「イタリアとかフランスとかに比べると、若干分が悪いな」 「あー、いや、依頼主も勝負にはこだわっていないらしい」 「あらー、勝負投げてんのか?」 「部員が2人しかいない上に初参加ということで、屋台をきちんと運営するのが第一目標だということだ」 「なら、むしろ応援したくなるね」 白崎の好きそうな依頼だった。 素朴に頑張っている人を応援したい〈性質〉《たち》なのだ。 「異論がないようなら、夏祭りの締めくくりに依頼を受けることにしよう」 真面目にやりたいけど人手が足りないパターンは、うちとしては最も好ましい依頼だ。 全員が同意を示し、この夏最後の依頼は決まった。 「ねえギザ様、どうしよう」 「あーはん?」 ギザ様を猫じゃらしで弄びながら問いかける。 「私、もしかしたら千莉を裏切っちゃうかも」 頭の中で昼間の光景がぐるぐる回っている。 「俺たちみたいのがくっついたら、どツボにはまるかもな」 筧さんは、私と付き合うのは『ない』と言ったのだろうか。 いや、それ自体は筧さんの自由だから問題ない。 問題なのは、私がそれを寂しく思ってしまったこと。 そして、私たちはきっと相性がいいと反論したくなってしまったこと。 いや、わかってはいたのだ。 私は前から筧さんに好意を持っている。 ミナフェスの前あたりからそれは徐々に大きくなり、今ではかなり自覚できている。 「どうしよ……」 まるで神経が通っていたみたいに、切れた毛先がジンジン痛む気がする。 でもさあ…… 「千莉を裏切れるわけないじゃんかー」 「ふぁふぁふぁふぁふぁ」 「うるさーい」 ギザ様のお腹をわしゃわしゃと撫でる。 「あ……」 思わず猫に触ってしまった。 「ひゃーー、かゆくなってきたーーーっ」 圧倒的に、踏んだり蹴ったりの一日だ。 次の日から、ペルー研との打ち合わせが始まった。 先方はペルー人留学生2人で、真面目にペルー文化を伝えようとしているようだ。 「はあ」 「ふう」 「あーあ」 「ふー」 「ぬふぁー」 昼下がりの図書部室。 女性陣は無意識に揃って溜息をついた。 「あ、あれ? 元気ないけど、みんなどうしたの?」 何も知らない白崎が周囲を心配する。 「あー、いや、何でもない」 「なあ、御園?」 「ええ、何でもありませんよ」 「ね、佳奈?」 「もちろん、何でもないですよ」 「む……また何か企んでるんでしょ?」 白崎以外の3人が、油の切れた機械のように首を振る。 何も企んではないない。 企んではいないがしかし、それぞれの胸には『筧を渡したくない』というほのかな願望が生まれていた。 今まで積み上げてきた好意に、ここ数日の筧の言動が駄目を押した形だった。 「白崎先輩、もう余計なことはしませんから心配しないで下さい」 「ああ、携帯の着信音のことも、私達の誤解だったようだし」 「で、ですねー。すみません勘違いしちゃって」 「ううん、わかってくれたならいいの」 笑顔を作ろうとする白崎の額を汗が伝う。 「あ、私お茶淹れますね、いつも白崎さんにばっかりお願いしてますし」 プレッシャーに耐えかね、鈴木が席を立つ。 「私はにごったとしょいいーん♪」 「ぶほっ!?」 微妙な歌と共に小太刀が入ってきた。 「小太刀、なんの用だ?」 「また非常食とか出てきたんで、食べるかと思って」 小太刀が段ボールを机に置く。 「あ、水がなくても食べられるお米がある」 「ほう、このパンは5年も保つのか」 女性陣が物珍しそうに段ボールの中身を検分する。 「このままだと捨てちゃうもんだから、遠慮なく持ってって」 「うん、ありがとうね、小太刀さん」 「ういーす、お茶でーす」 鈴木が紅茶を全員に配る。 「あれ、今日、男子連中は?」 「ペルー研との打ち合わせに行ってるの」 「あ、あいつらの依頼受けたんだ」 「小太刀、ペルー研のメンバーを知っているのか?」 「え? ああ、まあね」 小太刀は笑いながらティーカップを手に取る。 「あー、そうそう、聞きたいことがあるんだけど……」 「最近、筧に変わったことなかった?」 4人の目が小太刀に集まる。 「何かあったんですか?」 「いやさあ、なんか悩んでるみたいなんだよね」 「前にマンションの前ですれ違ったんだけど、あっちがいいか、こっちがいいかとかブツブツ言ってるの」 「あっち?」 「こっち?」 「これ、私の直感なんだけど……」 一度言葉を切る。 「あれ、女の悩みじゃない」 ざわり、と空気がけば立った。 「ま、私の勘だから当てになんないけどねー」 「小太刀さんっ」 「のわっ!?」 白崎が小太刀の手を両手で握る。 「ほ、他に何か言ってなかった?」 「いやー、あんま覚えてないなー」 「思い出してくれ」 「んー、何か言ってたかなぁ」 「小太刀さん、僭越ながらこの佳奈の市が」 鈴木が小太刀の肩を揉み始める。 「おうおう、くるしゅーない」 「それで、筧先輩は他に何か?」 「捨てられないものってあるよな……とか」 「捨てられないものか……」 「さすが筧……深い」 桜庭が畳んだ扇子で額を突きながらうなずく。 「そういえば、筧さん、アプリオで『悩ましい』とか言ってましたね」 「悩ましいって、どういうこと……?」 神妙な顔になる4人。 「探ってみる必要がありそうだな」 「でも、筧さんはガード固いですよ。どうします?」 「それ、有効活用してみたら?」 小太刀が、自分で持ってきた段ボールを指差す。 「どういうこと?」 「夏だし寝袋もあるんだし、みんなでキャンプしてみるとかさ」 「雰囲気変えてみたら、筧も何か喋るかもよ」 「それにほら、夜ってやっぱり素敵じゃない?」 意味ありげな小太刀の言葉に、それぞれが都合のいい光景を思い浮かべる。 私の作ったご飯を食べて、筧くんが笑う。 「白崎の作る料理は最高だな」 「ほ、本当?」 「あのさ、もし良かったらなんだけど……」 そう言って、筧くんは少しだけ恥ずかしそうに微笑むの。 「飯、これからずっと俺のために作ってくれないか?」 「え? それって……?」 ベンチに座って夏の星空を見つめる私たち。でも私には筧が眩しくて星が見えない。 「星が綺麗だな、桜庭」 「あ、ああ。とても綺麗だ。いままで見た星の中で一番……」 不意に言葉少なになる私たち。火が出そうなほどに胸が熱い。 「桜庭……いや、玉藻」 筧の細い指が私の頬に触れ……そして……そしてっ! みんなが寝静まった頃、私は筧先輩に呼び出される。少し怖いけどついて行く私。 「御園、一つ頼みがあるんだ」 「何ですか、先輩?」 「俺のために歌ってくれないか? どうしても御園の歌が聴きたいんだ」 「……どうして私なんかの歌を」 「それに、私の喉はもう壊れてしまっているんです」 「これは貴方を愛してしまった私への罰。神よ、お許し下さい。」 「それは……」 「俺は、お前が好きなんだ」 核戦争で滅びた文明。廃墟となった図書館に残されたのは、私と筧さんの2人。 どうしようもなく心細いけど、筧さんが手を握ってくれているから、私はようやく歩いていられる。 「佳奈すけ、お前は絶対に守るから」 「筧さん……」 そんな言葉だけで、私の中に勇気が湧いてくる。 「いえ、私だって筧さんを守ります。二人で力を合わせれば、どんな困難だって切り抜けられますよ」 「なあ佳奈すけ。もし、生きのびることができたら、そのときは……」 「キャンプ、やってみようか」 「そうだな。筧のことはさておき、団結を強めることは必要だ」 「ええ、部活としてためになると思います」 「千莉の言う通り。夏と言えばキャンプ、キャンプと言えば夏ですよ」 「はぁ、そうすか」 彼女たちの脳裏を過ぎったものを想像し、思わずジト目になる小太刀。 「自分で振っておいてそのリアクションはなんだ」 「べーつにー」 「んじゃま、ひとつ頑張って」 面倒臭そうに言うと、小太刀はさっさと部室を出ていった。 「キャンプ?」 今日の作業が終わったところで、白崎がキャンプの話をしてきた。 「嫌かな?」 「嫌じゃないが、いきなりどうした?」 「なんとなくの思いつきなんだ」 「せっかくの夏休みだし、何か行事みたいなことしてもいいかと思って」 「でまあ、たまたま寝袋なんかもいただきましたし、有効活用してみようかと」 「我慢大会で有効活用してただろ」 「あれは有効活用っていいません」 「それにほら、図書部としては、屋台フェスに向けて結束を固めた方がいいと思うし」 力強く白崎が言う。 どうも女性陣はやる気満々のようだ。 高峰を見ると、 「楽しそうでいいんじゃね?」 と、いつもの回答が来た。 俺にしても発案までの経緯を聞きたかっただけで、反対だったわけじゃない。 「んじゃま、やってみるか」 「本当? 良かった」 白崎を筆頭に、女性陣は妙に嬉しそうだ。 いつからアウトドア女子になったんだ? その後の相談の結果、キャンプは土曜日からの1泊2日で開催されることになった。 キャンプ会場はアプリオ前の緑地だ。 桜庭が、依頼で繋がりができた探検部からアウトドア用品一式を借りてきてくれるという。 「筧ってテント張ったことある?」 連れションの帰り道、高峰が興奮気味に語ってきた。 「あると思うか? 本より重いもの持ったことないような男だぞ」 「だよな。俺も経験ないわ」 「ま、当日までに勉強しておくよ」 「しかし、女の子とキャンプできるとは思わなかった」 「心配しなくても、期待するような展開にゃならないだろ」 「いやぁ、そうでもないと思うぜ?」 高峰が立ち止まってニヤリと笑う。 「最近さ、女の子達がなんか可愛くなってきてると思わないか?」 「あれはなんつーか、恋してる感じだぜ?」 「まさか」 「おいおいおい、筧らしくないぞ。モロわかりじゃんか」 「……」 実際、白崎の件以降、女性陣が浮き足立っているのはわかった。 あれを可愛くなってきてると表現できるかは知らないが。 「キャンプも妙に押してたし、なんか意図があるのかもな」 「あるあるある、超あるぜ。『か』とか『け』とか『い』とか」 「んなわけあるか」 「……と、言い切れるか?」 言い切れない。 例えば、白崎に関する陰謀がまだ終わっていないかもしれない。 あの罰ゲームも、実は俺を安心させるための茶番だったとか。 「仮に恋愛絡みだったとしても、ターゲットは高峰じゃないか?」 「俺?」 「ないないないない。だってモテないし」 爽やかな顔で言われても困る。 とはいえ、うちの女子が高峰を狙うとも思えなかった。 悪い意味じゃなく、高峰はいろいろ大人すぎて手に負えないところがある。 それがわからないほど鈍感なメンバーでもないだろうし。 「で、筧的にはどうなのよ?」 「どうもこうも。俺は誰も好きにならない」 「さらっとめんどくさいこと言うなよ」 高峰が苦笑する。 「俺の勘では、筧が誰かと付き合うってのは、お前にとっても悪くないと思うんだよね」 「どういう意味で?」 「だから勘だって」 「悪い方には転ばない気がするんだ」 「何事も、やってみてから後悔した方が楽しいと思うぜ」 「事故ってからじゃ遅いと思うが」 「避けられないから事故っていうんだ。身構えても無駄だって」 「ほー、ためになるな」 「いやー、俺もたまにはいいこと言わないと」 わざとらしく高笑いをする高峰。 きっと本音に近いことを洩らしたのだろう。 たしか、図書部を辞めるか残るか迷っていたときも高峰はアドバイスをくれた。 こうして気にかけてくれているのは嬉しいものだ。 キャンプの日がやってきた。 「では、探検部で荷物を借りてから野営地点に向かおう」 「ういーす」 探検部の部室に赴き、テントやらガスバーナーやら飯ごうやらを借りる。 もちろん、小太刀がくれた寝袋も持参だ。 野営地点に荷物を下ろす。 ここはアプリオの近くに広がる緑地で、日頃は生徒が弁当を食べている場所だ。 夏休み中は格好のキャンプ場所になっており、すでに2、3テントが見える。 「さて、これからの行動だが『キャンプのしおり』を参照してほしい」 今日配布された、桜庭謹製のプリントを開く。 まずはテントの設営と、夕食(カレー)の作成。 男二人はテント設営、女性は買い出しと調理担当だ。 あとは自由時間となっている。 「すっごいざっくりなのな」 「予定などなくても、みんなでいれば楽しいものだ」 「はい、桜庭さんのキラキラトークいただきました」 「な、先輩をからかうな」 桜庭の直球っぷりは相変わらずだ。 「テントって2人で作れるの?」 「ああ、大丈夫」 肉体労働には縁のない俺だが、頑張りを見せたいところだ。 「では、私たちは買い物に行こうか」 「筧くん、何か欲しいものがあったら電話してね」 「おう」 「白崎さん、着信音の設定は大丈夫ですか?」 「も、もちろん」 「?? 着信音がどうかしたのか?」 「なんでもない、なんでもないから」 「ほら、早く行かないと遅くなっちゃうよ」 顔を真っ赤にした白崎が、皆を急かして去って行った。 さて、俺たちはテント設営だ。 「高峰、テントの立て方は勉強したか?」 「いやあ、昨日忙しくて、主にカラオケが」 「お前、ぜんぜん勉強する気なかっただろ」 「いやいや、筧に花を持たせようと思ったんだぜ?」 「観客ゼロだけどな」 ともかくもテントを開いてみる。 説明書によれば6人用のドームテントだ。 「ドームテントでよかった。三角テントだったら2人じゃきつかったかもしれない」 「勉強してんじゃん。んじゃ、あとは筧先生の指示に従うわ」 「じゃあ、まずテントを地面に広げよう」 「へーい」 高峰と協力してテントを作っていく。 ドームテントは、布地のポケットに支柱を入れるだけで自立する。 あとは、数本杭を打つだけで地面に固定できる優れものだ。 15分ほどでテントが立ち上がった。 「とうとう作っちまったな、俺たちの城を」 「ああ、妙な達成感がある」 高峰とがっしり握手する。 「あとは換気して、中を拭いておこう」 早速テントの中に入り、換気用の窓を開いた。 続いて、濡れ雑巾で床を拭いていく。 中にカビが生えているかもしれないので重要な作業だ。 「ここに6人寝られるか?」 「説明書には6人用って書いてあったけどな。女子は小さいから大丈夫じゃないか?」 「そっか。ま、密着するのはむしろ望むところだ」 熱心に床を拭きはじめる高峰。 まなざしは、いつになく真剣だ。 「こうやってると、静かに興奮してくるよな」 「今夜は女の子が部屋に来るって日の午後とか、きっとこんな気分だと思う」 「いや、同意を求められても」 高峰が、可哀相な人を見る目になった。 「想像の翼を広げるんだよ、筧」 「いま拭いているここ、この場所に女の子が座る」 高峰が床をバンバン叩く。 「つまり、俺はいま間接的に触っている……そうは考えられないか?」 高峰の瞳が鋭く輝き、爽やかな風に前髪が揺れた。 「お、おう」 高峰の発想の柔軟さには感心したが、仲間にはなれそうもなかった。 「ちょっと想像の翼を広げてみて下さいよ、テントに6人で寝るわけですよ?」 同時刻、高峰と同じようなことを言っている人間がいた。 「6人だから、『川』の字じゃなくて『州』の字だね」 いいこと言った風の白崎。 「寝る順番が問題になるか」 「男女互い違いっていうのはちょっとアレですよね」 「男子には端に詰めて寝てもらうのが……そのまあ、健全だろうな」 「男子と女子の間に〈衝立〉《ついたて》を立てるとか」 「それは男子に悪いよ」 「だとすると、誰かは男子の隣ということになりますよ」 息を飲む音が聞こえる。 それぞれの脳内で『筧の隣になったらどうしよう』という妄想が駆け巡っていた。 家族以外の異性と並んで寝るなど、誰にとっても未経験の世界だ。 「寝る場所、どうやって決めようか?」 「ま、まあ、流れに任せればいいんじゃないか?」 「これだけ人がいるんだ、男子が劣情に身を任せることもないだろう」 「そこを心配してたんですか」 「え? あ、いや、常に最悪を想定してだな……こほん」 咳払いをする桜庭。 「あーうん、ジャンケンで決めるのがいいんじゃないかな」 「だね、それなら公平だと思う」 ぎこちなく笑いながら全員が賛成した。 夕闇に包丁の音が響く。 「ふんふんふ〜ん♪」 鼻歌交じりで軽快に包丁を操る白崎。 「せやっ、へいっ、ほあっ」 包丁とナタを勘違いしているのか、掛け声と共に刃物を振り下ろす佳奈すけ。 あいつに刃物は持たせちゃいけない気がする。 テント設営を終えた俺と高峰は、飯ごう炊さんだ。 飯ごうはもうバーナーにかけているので、残る仕事は火力の管理だけだ。 「こうやって火を見てると、原始の血がたぎってくるよな」 「ガスの火で原始に帰るようだと、毎日大変だな」 「そうなんだよ。家で自炊するときなんか興奮しまくりでさ」 「ちゃんと病院いけよ」 などとつまらない話をしていると、御園が寄って来た。 「……ぐす……筧、先輩……」 御園の目が真っ赤だ。 「おいおい、どうした?」 「怖い姫にいびられたのか?」 「いびってない」 目を擦る御園の向こうから、桜庭が鬼の形相でこっちを睨んできた。 「い、いえ……タマネギを切っていたら涙が」 「ああ、タマネギか。びっくりした」 「包丁、代わってもらえますか?」 「ああ、いいぞ」 御園が手のひらをさっと、こっちへ向ける。 「ん? どうした?」 「タッチです、タッチ」 「おお、タッチか」 改まって言われると、妙に緊張する。 「じゃ、じゃあ……タッチ」 「はい」 ぱちっとハイタッチ。 飴玉をもらった子供みたいに御園がはにかんだ。 「ふふふ、ありがとうございます、センパイ」 「?」 なんだ? 今の行為に何か意味があったのか? 「じゃ、行ってくる」 御園に別れを告げて調理場に向かう。 「はー、ほー、へー」 「なんですか?」 「いやぁ、お気になさらず」 「ふんっ、せあっ」 「ちぇすとー、じょういー、ですたーい」 佳奈すけと並んで野菜を切る。 「ちょっと、二人とも怖いよ」 「筧、お前、料理したことないのか?」 「ふっ、まあな」 「爽やかに言うな馬鹿」 「きゅんとするやろー、と桜庭さんが思ってます」 「思ってない」 刃物より鋭い目で佳奈すけを黙らせる桜庭。 「まー、なんとかなるだろ」 「ともかく、他人と自分は傷つけないように注意してくれ」 「はいはい」 借りた包丁で、女性陣に教わり教わり野菜を切る。 隣の白崎は軽快なリズムで包丁を動かしているが、これっぽっちも真似できない。 「難しいもんだな。白崎はやっぱすごい」 「慣れだって」 「あ、筧くん、包丁はもう少し力を抜いて握った方がいいよ」 「ん? こうか?」 白崎が隣に立って教えてくれる。 ちょっと近い。 「そうそう」 「で、野菜を押さえる手はこう。猫みたいに指先を丸めて……」 「指先を丸めて……」 半球状のタマネギの上で指を丸める。 「で、ゆっくり焦らずに、真上から包丁を動かして」 「にゃん、にゃん、にゃん」 猫の声と共に包丁を動かす白崎。 「にゃん?」 「あ、猫の手にしてたから、声も猫になっちゃった♪」 「んなわけあるかーーーーっっ!!!!」 佳奈すけが噴火した。 俺の代わりにキレてくれた。 「白崎、刃物持ってるときに変なこと言うなよ」 「寛大な私でも、さすがに今のは限りなくアウトに近かった」 桜庭が汗を拭う。 「べ、別に他意があったわけじゃないんだけど……」 ない方がむしろすごいと思う。 一方、飯ごうの前では御園と高峰が並んで座っていた。 「なんか、あっち楽しそうだな」 「……白崎先輩、あんな危険な技を使うなんて……ごくり」 「で、割り箸を飯ごうの蓋に当てると、振動で中が沸騰してるかどうかわかるわけ」 「はあ」 「沸騰が止まって、香ばしい匂いがしてきたらできあがり」 「へえ」 「……あ、ちょっと忘れ物があるんで向こうに戻りますね」 「ほーい」 さっさと調理場に戻る御園。 「厳しいわぁ……」 がっくりとうなだれる高峰。 「ぼふぉふぉふぉ」 ぬらりと猫が現れた。 「おう、デブ猫、いいところに来た。ちょっとやってみろよ」 「割り箸を飯ごうの蓋に当てると、沸騰してるかどうか……」 「にゃうん?」 「ああ、猫の手じゃ無理か……ははは、はは……」 力なく笑う高峰。 胸の奥で何かがきしみを上げている。 「俺、苦しいのかな……?」 「強くなくて、いいんだよ」 「……おまえ……」 ギザの胸に、高峰が顔を埋めた。 1時間ほどして、スパイスの香りが漂い始めた。 「うーん、ちょっと水っぽいかも」 「む、ルーは全部使ってしまった。少し煮詰めた方がいいな」 「でも、時間かかっちゃうし……」 2年生が鍋の周りであれこれ相談している。 どうやら、カレールーの量に対して水が多かったようだ。 「いやー、完全戦力外です。家事能力の差を感じますね」 「やっぱり先輩はすごいよ」 「俺たちはできることやろうや」 調理で散らかったテーブルを片付け、盛りつけの準備をしておく。 こうしておけば時間の無駄がない。 「おーい、飯炊けたぞー」 高峰が、ひっくり返しておいた飯ごうを2つ持ってきた。 「上手くできたか?」 「そらお前、開けてのお楽しみだ」 飯ごうの蓋を開ける瞬間。 それはキャンプでのクライマックスの一つだ。 テーブルの周りに全員が集まる。 「よーし、いくぞー」 軍手をつけた手で、飯ごうの蓋をつかむ。 「オープーーン!」 ……。 …………。 「わぁ、香ばしい香り」 「香ばしすぎませんか?」 一見、上手くいったように見える。 しかし、どうもきな臭い。 スプーンでご飯を皿に掻き出すと、白いものに続いて黒いものが出てきた。 「お焦げ料理の、完 成 です!」 「どこの巨匠ですか」 「お焦げ通り越して黒いですし」 「高峰、火の番をしてたんじゃなかったのか?」 「デブ猫とイチャついてたら、な」 「♪〜♪〜♪〜」 「猫のくせに口笛吹くなよ」 どうしたものか。 このままでは残念な夕食になってしまう。 「初めてのキャンプなんだ、香ばしいご飯にスープカレーも一興じゃないか?」 笑顔で言ってから、桜庭は俺に視線を向けてきた。 そうだな、ここは盛り上げていこう。 「言われてみりゃそうか」 「普通に美味いより、ネタになった方が楽しいだろ」 「ですね、みんなで作ったものですしね」 「じゃあ、まずはみんなで写真撮ろっか」 白崎の音頭で、カレーを前にみんなが並ぶ。 テンションは上向きになったようだ。 桜庭が気を利かせてくれて良かったな。 食事を終え、洗い物も片付けた。 お焦げスープカレーの味はやはりアレだったが、みんなと屋外で食事をすることが何よりのスパイスになった。 まずいのに、まずいことが楽しいという妙なテンションになっていたのだ。 「あー、まだ8時前か」 せっかくのキャンプ、寝るには早すぎる。 「さあみなさん、夜はこれからですよー」 「こういうものを用意してみた」 と、桜庭が取り出したのは花火だ。 「いいねいいね、夏っぽいねー」 「よーし、早速やってみようよ」 バケツに水を汲み、蝋燭を立て、さっそくスタートだ。 「うわー、きれー」 「ああ。花火を見ていると、何故か無口になるな」 白崎と桜庭が、並んで手持ち花火を楽しむ。 極彩色の滝が流れ落ち、二人の表情が鮮やかに照らし出される。 一方では、佳奈すけが地面に置かれたドラゴン花火におそるおそる近づき。 「きゃー、すごーい、バチバチいってるーっ」 「うわーはっはっ、まぶしーーっ」 噴き出す光の噴水に、大興奮。 てか、御園のテンションが高い。 意外と火が好きなのか? 「そいやーっ!」 「ほいやーっ!」 激しく吹き上げる花火の上を、高峰が跳び蹴りで往復する。 「た、高峰くんっ、危ないって!?」 「放っておけ。アホな男子は、絶対あれをやるんだ」 アホといえばアホだ。 しかしなぜか血が騒いでくる。 「こっちの花火もやってみよう」 袋からネズミ花火を取り出す。 「わー、やります、やります、やります」 佳奈すけとネズミ花火に火をつけ、地面に放る。 「わっ!? このネズミ、元気爆発ですよ」 狂ったように回転する花火。 そのうち何個かが、2年生の方に転がっていく。 「わっ、こらっ!? 何をするっ!?」 「きゃーっ、回ってる回ってる」 「くっ、こっちも迎撃だ」 桜庭がネズミ花火を放ってきた。 「おわっ、近すぎだ! 加減しろって!」 足下で回る花火に、思わずジタバタする。 「あんなに速く動いてる筧先輩、初めて見ました」 「か弱い女子を、いじめるからだ」 「そうだぞ、姫は意外とか弱いんだ」 ニッコリ笑う高峰。 完全にやられに行っている。 「高峰も、ネズミと遊びたいようだな」 「いやいやいや、遠慮しときます」 「臨兵闘者皆陣裂在前、臨兵闘者皆陣裂在前」 桜庭を近づけまいと、手持ち花火の光で九字を切る高峰。 「ねえねえ佳奈、ヘビ花火」 「えっ、何これっ!?」 1年生は1年生で、しゃがみ込んでヘビ花火をつっついている。 それぞれが、それぞれの遊びを始める。 夜の闇に、鮮やかな色合いでみんな姿が浮かび、消え、また浮かぶ。 大した理由もないのに、楽しいような切ないような気分になる。 花火には、どうやら不思議な効果があるらしい。 独特の匂いがする煙の中、俺たちは時間が過ぎるのも忘れて花火に熱中する。 1時間ほど遊び続け、花火もクライマックスとなった。 「最後はやっぱり線香花火だよね」 「ああ、締めにふさわしい」 口々に言いながら、線香花火がそれぞれの手に配られた。 「線香花火って、なんだか落ち着きますよね」 「……甘い、全っ然、甘い」 佳奈すけが、一人瞳を輝かせる。 「線香花火は格闘技ですよ」 「手の震えをいかに止めるか、どうやって風を避けるか……」 「集中力と判断力、そして運が問われるエクストリームなスポーツなんです」 ズバリ言い切った。 「なんで競争前提なんだ?」 「競わずして、人は成長しません」 「さあ、みなさん準備はよろしいですか? 最後まで花火が落ちなかった人が勝ちですよ」 佳奈すけは気合い十分だが、周囲のノリはイマイチだ。 「まあほら、佳奈すけも面白いこと言おうとして引っ込みつかなくなってるし、競争してみようぜ」 「火傷扱いっ!?」 「高峰先輩、さりげなく鬼ですね」 なんだかんだ言いながらも、線香花火デスマッチが始まった。 6人が円形にしゃがみ込み、花火に火をつける。 先端の膨らみが赤く燃え、それが赤い滴のように凝固する。 やがて、ぱちっぴしっと細い火線が散り始めた。 「さあ、後半ロスタイムに入りました」 「危険な時間帯ですよー。しっかり守っていきたいですねー」 「うるせえよ」 まずい。 手が震えて、花火がふらふらと揺れてしまう。 心を落ち着かせて、手元に集中しないと…… 「あー、フリーキック! ここ大事ですよ!」 「筧、集中して! 集中集中集中集中っ!」 「集中できるかっ!」 ……ぽと。 叫んだ拍子に花火が落ちた。 「ゴーーール! 決まってしまったーーーっ!!」 「えっ!? いまハンドだろ! ハンドだよ! あぁ〜ハンドじゃないか」 どこのポジティブ解説者だよ、まったく。 「……実況も結構だが、高峰の花火も落ちてるぞ」 「ん? あれ?」 いきなり男子二人が脱落した。 残るは女性陣。 それぞれが、息を殺して赤い玉を見つめている。 「突然ですけど、例の件、花火勝負で決めるっていうのはいかがですか?」 御園が出し抜けに言った。 「なるほど、ジャンケンで決めるよりは面白そうだ」 「勝った人が、ナニをアレできるってわけですね」 「もちろんOKだよ」 女性陣がうなずき合い、場の空気が張り詰めた。 「例の件ってなんだ?」 「さっぱり」 どうやら、通じ合ってるのは女子だけらしい。 静寂の中、花火のかすかな音だけが聞こえる。 だが、風情なんてものはどこにもない。 それぞれの表情は、これが戦いであると言外に語っていた。 と、周囲の木々がざわめいた。 「あっ!?」 「しまった!」 二人が脱落。 「一対一になりました」 「後輩だからって、譲らないからね」 残った二人が、じっと身を固める。 ……ちりちり…… ……ぱちぱち…… ……ちっちっ…… 花火の音が響く。 息をするのも憚られる雰囲気だ。 「にゃうん?」 空気をまったく察することなく、ぶらりとデブ猫が近づいてきた。 「よう、どうした?」 「げふぇふぇ……」 下品な鳴き声を残し、御園と白崎に近づいていく。 あいつ、やる気なのか? 危険な道と知りながら、あえて突き進もうというのか? 「あ、ギザ様、今は駄目」 「やめて、近づかないで」 「後でいっぱい遊んであげるから」 二人の懇願を無視し、デブ猫が花火の前に立つ。 「ふぇ……ふぇ……」 「へぷしっ!」 わざとらしいくしゃみに、二人の線香花火が落ちた。 ……。 …………。 「えーと……どうすりゃいいんだこれ」 「勝者なし?」 「ですねえ」 「ああ、それがいい」 妙に嬉しそうな脱落組の二人。 「……」 「……」 対して、最後に負けた二人は感情の消えた目になっていた。 「儀左右衛門」 「ギザ様」 二人がデブ猫を掴んだ。 「あっちで遊ぼうか、ね?」 「きっと楽しいよ……すごく」 「ふぁ……ふぁ……ふぁ……」 怯えるデブ猫を連れ、二人は森の奥に消えた。 「あの猫……」 「意外と芸人魂あるな」 高峰とうなずき合ったその瞬間、遠くからデブ猫の断末魔が聞こえた気がした。 花火を終えた俺たちは、テントの前に大きなレジャーシートを敷き車座になった。 「さて、これからどうする?」 時間は9時半。 まだまだ遊べる。 「実はこんなものを持ってきたんですが……」 「じゃじゃーん!」 と、もったいぶりながら取り出したのはトランプだった。 「あ、いいねいいね、みんなでやろうよ」 「ゲームは何にします?」 佳奈すけが器用にトランプを切る。 相談の結果、ゲームはババ抜きに決まった。 その1回戦。 最後に残ったのは、白崎と御園。 手札は、白崎2枚に御園1枚。 御園が引くターンだ。 「白崎先輩ジョーカー持ってますよね」 「持ってるよ」 つまり、御園がジョーカーじゃない方を引けば自動的に勝ちとなるわけか。 「どっちですか? 教えて下さい」 「そ、そんなの言えないよ」 白崎がふるふると首を振る。 「右ですか?」 「ち、違うよ」 「左ですね」 「ちちち、違うよ」 明らかに目が泳ぐ白崎。 「じゃあ、右にしますっ」 「あっ、だめっ!?」 「はい、上がりです」 案の定、白崎は敗北した。 「ぐぬぬ……完璧なポーカーフェイスだったはずなのに」 誰が見てもバレバレだ。 「も、もう一回やろうよ、今度は絶対負けないから」 白崎が息巻く。 「まあまあ、つぐみちゃん、そう熱くならずに」 と、高峰が持参したクーラーボックスを取り出した。 「おお、冷たい飲み物か」 「キンキンに冷やしておいたぜー」 真夏のキャンプで冷たい飲み物は貴重だ。 回されてきたペットボトルを手に取る。 手作り感あふれるラベルには、『ほんのり02』と書かれている。 明らかに市販されているものじゃない。 「お前、何を飲ませるつもりだ?」 「発酵食品研究会が作った自家製ジュースなんだ」 「知り合いから頼まれちゃってさ、悪いけど試飲してくれよ」 「飲んでも大丈夫なんだろうな?」 「大丈夫大丈夫、たしかエコでロハスでオーガニックだって言ってたから」 「じゃあ平気だね」 「あっ、馬鹿っ!?」 地球に優しそうな横文字にコロッと騙されていた。 「美味しい。オレンジジュースみたいな感じ」 白崎が飲んだので桜庭も続く。 「ああ、まあ飲める味だ」 こうなればなし崩しだ。 それぞれがジュースを飲んでいく。 味は、白崎の感想通り、やや薄いオレンジジュースという感じだ。 「……ん?」 なんか不思議な後味があった。 この味、なんだっけ? 「あれ? あんたら何やってんの?」 記憶をたぐり寄せていたところで、聞き覚えのある声がした。 見れば小太刀がこっちへ近づいてきていた。 「見りゃわかるっしょ、キャンプだよキャンプ」 「すすめてくれたの、小太刀さんじゃないですか」 「ああ、そうだっけそうだっけ」 小太刀が頭をかく。 「小太刀は仕事の帰り?」 「今日も一日書架の整理よ。ホント、真面目すぎる自分が怖いわ」 小太刀が嘘くさく溜息をつく。 おおかた羊飼いの仕事でもしていたのだろう。 「あ、そうだ。よかったら、小太刀さんも一緒にどうですか?」 「は? 私?」 小太刀が自分で自分を指差す。 「まー、トランプくらいならいいけど」 「そうこなくっちゃ。さあ、どうぞどうぞ」 「ほい、冷たい飲み物」 「さんきゅー」 さりげなく飲み物を渡す高峰。 「さーて、2回戦行きますか」 佳奈すけが、さっきより軽快にトランプを操る。 「で、罰ゲームは何?」 「いや、別にないが」 「あんたさあ、子供のお遣いじゃないんだし、罰ゲームくらいないと盛り上がらんでしょ」 「たとえばそうね、好きな人の名前を言うとか」 「ええっ!? そんなの無理だって」 「(こら馬鹿、よく考えなさいよ)」 「??」 小太刀が何やら百面相をすると、白崎は納得したようにうなずいた。 「そ、そうだね、悪くないかな」 「私も異論はないぞ」 御園も佳奈すけも賛成の意を表す。 どうしたんだ、みんなが妙にやる気だ。 「俺はいいぜ? 筧もOKだろ?」 「ま、まあ」 流れ的に断りにくいし、仕方ない。 ま、白崎がいれば負けはないだろう。 「はい、あっがりー」 「マジか」 1番に抜けたのは白崎だった。 さっきはあれだけボコボコだったのに……。 まあ、運が良かったのかな。 「上がりです」 「いえす、クリアー」 「……」 「おっし、終わりっ」 「やったー、私勝っちゃったー、今まで勝ったことなかったのにー」 「馬鹿な……」 夢のようだが現実である。 残っているのは俺と桜庭だけだ。 「さぁ、勝負だ筧……ひっく」 「わかってる」 桜庭の手札は2枚で、俺が1枚。 ジョーカーは桜庭が持っており、次は俺のターン。 ジョーカーじゃない方を引けば俺の勝ちだ。 どっちだ? 右か左か? 緊張のためか、妙に頭がぼんやりする。 「いくぞ」 右の札に手を伸ばし、桜庭の表情を窺う。 「正解、そっちがジョーカーだ」 不敵に笑う桜庭。 今度は左の札に手を伸ばす。 「いやいや、こっちだったかな……ひっく」 さすが桜庭だ、表情が読めない。 「つーか、そのしゃっくりはどうした?」 「さっきから、何だかふわふわするんだ」 「お前もか……」 どういうことだ? ……まさか。 もう一度、高峰ドリンクを飲んでみる。 この味…… 微妙なぼんやり感、そして発酵食品研究会……ほんのり……。 見れば、どいつも微妙に肌が上気している。 「高峰、わかってて飲ませたな?」 「わたし、みんなの学園生活を少しでも楽しくしたいの!」 似てないが白崎の真似である。 殺意というのは、こういう気持ちを言うんだな。 「まあまあまあ、いいじゃないか」 「これはキャンプ、いわば祭り、祭りといえば飲むものも自然と変わってくるものだ」 「さあ筧、早くカードを引け」 桜庭がカードを突き出してくる。 「負けたら、好きな人を言うんだったな?」 「もちろん」 「ちなみに、母親とか言うのはなしだぞ……ひっく」 「わかってる」 「しかし、本当に言っていいのか?」 「え?」 「言ったら人間関係に亀裂が入るかもしれない」 「大切な図書部が崩壊する可能性もある。白崎が作った大切な図書部が」 桜庭の目を見る。 「ゆ、揺さぶろうとしても駄目だぞ」 「なるほど、桜庭は部の運命をカードなんかにかけるってわけか」 「俺はいいが……ああ、白崎が可哀相だな」 「ち、違う」 右のカードに手を伸ばす。 桜庭が一瞬目を見開いた。 「じゃあ左で」 「あっ!?」 引いたカードはクローバーの6。 見事に俺の勝利である。 「ば、ばかな……」 失意にうなだれる桜庭。 「ああ、玉藻ちゃんが負けちゃった」 「筧さーん、番組考えて下さいよ、勝ってどうするんですか」 「いやいや、勝負は非情なものさ」 勝ちは勝ちである。 「さあ皆さん、罰ゲームの時間がやってまいりました!」 「ぱふぱふぱふ〜っ!!」 「ぐっ!?」 桜庭がびくりと震える。 「では、桜庭さん、好きな人の名前をお願いします」 高峰がエアマイクを桜庭に向ける。 「りょ、両親かな……あは、あはははは」 ……。 …………。 「はい、マイクテスト完了です」 「では、張り切ってどうぞ」 再度エアマイクを向ける。 「そ、そうだな、強いて言うなら……ひっく」 「上杉謙信みたいな男性がタイプかな」 「おっと、好きなタイプは上杉謙信という桜庭さんですが、そんな彼女がいま気になっているのは?」 またエアマイクを向ける。 くじけない男、高峰。 「くっ……」 桜庭が唇を噛む。 そのまま数秒。 やがて、絞り出すように言う。 「わ、私が好きなのは……ひっく」 「好きなのは……ひっく……好きなのはぁ……」 なんかろれつが怪しいぞ。 目も据わってきた。 「そんなこと、言うくらいなら……」 「言うくらいなら?」 「言うくらいなら……」 「脱ぎますっ!」 桜庭が服に手をかけた。 「きゃーっ、だめーーーっ!」 「エンド・オブ・ディメンションっ!」 「ぐっ!?」 佳奈すけの手刀が桜庭の首筋に決まった。 地面に倒れ動かなくなる桜庭。 「何やってんのよまな板ー、せっかく盛り上がってきたのにぃ」 「言っても、脱がせるわけにいかないじゃないですかぁ」 「つまんないわねえ……」 「あ、わかった! 私が脱げばいいんだ!」 「はあ!?」 小太刀がむんずと服に手をかける。 「だー、お前なにやってんだ」 「あんたは見慣れてんだしー、恥ずかしがらなくたっていーじゃん」 流し目でしなだれかかってくる小太刀。 「うるさい馬鹿、もう寝ろっ」 「わひゃーーーー……」 小太刀をテントに放り込んだ。 やれやれ、手に負えないな。 手をぱんぱんと叩き、みんなの方に振り向く。 「じとー」 「じとー」 「じとー」 「じとー」 「ふぁー」 「どうした?」 「見慣れてるってどういうこと?」 「小太刀の言いがかりだ。事実無根だって」 「でも、何かっていうと小太刀さんが話に入ってきますよね」 「やっぱり、筧先輩と小太刀先輩は」 面倒なことこの上ない。 「あーもう違うから」 「よし、寝よう。ほら、テントに入れ」 酔っ払った女子をテントに促す。 もう母親になった気分だ。 「あ、あ、あれ? まっすぐ、歩けな……」 「わ、わ、わっ」 「おっと」 転びそうになるところを何とか支える。 「か、筧くん……」 「大丈夫か?」 「ごめん、さっきから身体が熱くて、フラフラして」 白崎が潤んだ目で俺を見つめている。 こっちの理性まで破壊するような視線だ。 「のわっ、小太刀さんの次は白崎さんですかっ!?」 「白崎先輩、はーなーれーてーくーだーさーいー」 御園が白崎の胴体に抱きつく。 「あはは、だって筧くんあったかくて」 白崎がぎゅっと俺の腕を抱く。 「きー、なんで、胸を押しつけてるんですかっ」 「そのくらい、私でもできますっ」 佳奈すけが、反対の腕に抱きついてきた。 「いいから全員離れろって」 「筧くん」 「センパイ」 「筧さん」 女の子3人に右へ左へと揺すられ、更に酔いが回る。 「これだよこれ、俺が見たかった絵は!」 高峰は、白崎のデジカメで俺たちを撮影しまくっている。 「筧ぃ……私が好きなのは……なぁ、聞いてるのか」 桜庭はうつぶせに倒れたまま独り言。 「ふぁふぁー、ふぁふぁー、ふぁーふぁふぁー」 その横を、デブ猫がチャップリン歩きで進んでいく。 カオス過ぎる。 「ほら、お前ら、いいから寝るんだ」 「そんな、寝るなんていきなりすぎて困ります」 「せめてシャワーを」 「よっこいせ」 「あーれーーーーっ」 佳奈すけをテントに放り込む。 「あっ、佳奈だけずるいです。私も投げて下さい」 「はいはい」 続いて御園。 「高峰、桜庭も放り込んでやってくれ」 「あいよー」 高峰が桜庭を担いでテントに入っていく。 「ふふ、二人きりだね」 「一人にしてくれ」 「きゃーっ」 最後の一人をテントに放り込んだ。 世話の焼ける奴らだ。 小太刀が増えたお陰で、テントは窮屈だった。 寝ている順番は、奥から小太刀、鈴木、御園、桜庭、白崎、俺、高峰だ。 高峰の謎ドリンクのせいで、皆、あっという間に眠りに落ちてしまった。 そんな中、俺だけは何故か寝付けずにいた。 こうして、人に囲まれて寝たことはあっただろうか。 おそらく、これが最初の経験だ。 目を閉じると、みんなの寝息が聞こえてくる。 胸がざわつくような落ち着かない感覚だ。 「う〜ん……むにゃ……」 「……」 白崎が寝返りを打ち、俺に半身を委ねた。 暑さのせいで、寝袋はほとんど敷き布団同様の扱いだ。 白崎とはシャツを通して接しており、柔らかな感触が直に触れているかのように伝わってきた。 「……」 白崎の体温が、俺の身体にしみ込んでくる。 逆に、胸にあったざわつきは、吸い出されていくかのように消えていった。 今までにない心地よさに、思わず白崎の顔を見つめる。 距離にして15センチか20センチ。 規則正しい寝息が、かすかに感じられる。 「ん……」 「……」 白崎が瞼を開いた。 一瞬の後には目がまん丸になり、何かを叫ぼうと口が開く。 「きゃ……むぐ」 慌てて口を押さえる。 「(大きな声出すなって、みんな起きたら大変だ)」 耳元で囁く。 白崎がうなずいたのを確認し、手を離す。 「(ごめん、近すぎてびっくりしちゃった)」 「(いや、まあ、しゃーないよ。窮屈だし)」 「(う、うん)」 言葉が途切れる。 だが、白崎が何かを言おうとしているのは伝わってくる。 「(あのね、筧くん……)」 「(ん?)」 白崎の目は真剣だ。 何度も逡巡してから、ようやく言葉を紡ぐ。 「(わたしね……筧くんの……)」 「(その……筧くんのことが……)」 「くしゅんっ!」 誰かのくしゃみに言葉が遮られる。 「(……えーと)」 「(続きは?)」 「(え? あ、うん)」 「(あ、あの……わたし、筧く)」 「ういくしゅっ!」 「(……)」 「(わ、わたし)」 「くちんっ!」 「(わた)」 「ういくしょん! でやんで、ばーろー、ちくしょうめぇー」 「(わ)」 「ういくしょんっ! はーい、ちゃーん、ばーぶー」 「……」 こいつは絶対わざとだ。 とりあえず、高峰だけは殴っておいた。 「(ふふふ、風邪引きさんが多いみたいだね)」 「(外に出るか?)」 「(……ええと)」 ……。 …………。 「(ううん、いいや。今日はおやすみ)」 やや逡巡した後、白崎は答えた。 「(そっか……じゃ、おやすみ)」 「(おやすみなさい、筧くん)」 それっきり、もう言葉はなくなった。 早朝6時前。 さっさと目を覚ました俺は、外でコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいた。 爽やかな空気の中で読む本は格別だ。 読書環境は大事だよな。 そこいくと、最近の我が家の環境はあまり良いとはいえない。 やっぱり蔵書の処分が必要か……。 捨てたくても捨てらんないんだよなあ、本って。 しかし、このまま悩んでいても何も解決しない気がする。 「俺も、覚悟を決めないとな」 「俺も、覚悟を決めないとな」 そのかすかな呟きは、テントの中で耳を澄ましていた女性陣のところにも届いていた。 「覚悟って……一体」 「小太刀、筧は恋愛で悩んでいると言っていたな?」 「私の勘だけどね」 「恋愛で悩んでて、覚悟を決めるってことは」 「先輩、誰かに告白するつもりじゃ……」 全員が顔を見合わせる。 筧の意中の女子はこの中にいるのか? いるとしたら誰なのか? 全員が同じことを考えていた。 「私がババ抜きに勝っていれば、筧の好きな相手を聞き出せたかもしれないのに」 「あれは仕方ないですよ。筧さんの揺さぶりが悪質でした」 「てかさ、あんたら、もし告られたらどうすんの?」 小太刀の問いに、空気が固くなる。 「はい、白崎は」 「え? わ、わたし? えっと、ど、どうしよう」 どんどん顔が赤くなっていく。 もう答えているようなものだった。 「もういいや。じゃあ桜庭」 「ど、どうして答えなくてはならないんだ」 「言う必要ないです」 「千莉の言う通り」 ここでノーと言わない以上、脈があるということに気づいていない三人である。 「あー、こほん」 「とりあえず、高峰さんがそこに寝てるんでこの話やめませんか?」 高峰は、まだテントの端っこで眠っていた。 「うーん……うわ、薬師如来ちゃん、そこは……」 「ちょ、ちょっと、千手観音は無理、千本同時は無理……おわー、別次元ー」 全員の目から感情が消えた。 「今ほど高峰をひどいと思ったことはない」 「業者も回収してくれないくらいゴミですね」 高峰が眠ったまま静かに合掌する。 いかなる時も感謝を忘れない男である。 「あ、高峰さんといえば、昨日の差し入れのジュース、変じゃなかったですか?」 「お腹がすごく熱くなったよね」 「あれのせいで、計画が全て狂った気がするんですが」 そもそも女性陣がキャンプを企画したのは、筧との甘いシチュエーションを期待してのものだった。 たとえば、二人きりで夜空を見上げたり、図書館で吊り橋効果が生まれそうな極限状況に陥ったり。 しかし現実はどうだったか。 「記憶が曖昧なんだが、私は脱ごうとしていなかったか?」 「あはは、してたしてた。脱ぎますっとか言って」 「そうか、うん」 桜庭が妙に爽やかな笑顔になる。 「すまん、ちょっと死んでくる」 「まー、死にたくもなりますわなぁ」 「小太刀先輩も、脱ぎかけて筧先輩に怒られてましたよ」 「アンタ、適当なこと言うんじゃないわよ」 「いやいやいや、覚えてないとかないですから」 「……うそ」 小太刀もまた爽やかな笑顔になった。 「あ、桜庭ー、私もご一緒させてもらっていいかしら?」 二人がどこかへと消えた。 「そういえば、カメラに変な写真があるんだけど」 と、白崎が自分のデジカメの写真を見せる。 そこには、筧に絡みつく白崎、御園、鈴木の姿が映されていた。 筧との甘いシチュエーションどころか、現実に起こったのはただの大惨事だった。 「え、えーと……」 「……こほん」 「悪いのは高峰先輩ってことでいいと思います」 女性陣が深くうなずいた。 「あっ、ああああーーーーーっ!?」 爽やかな朝の学園に、突然高峰の絶叫が響き渡った。 「ん?」 本を閉じてテントに戻ると、寝袋とロープで簀巻きにされた高峰が転がっていた。 「何やってんだ?」 「阿修羅ちゃんと遊んでたら、このざまさ」 「はあ、さすが6本腕の緊縛はレベルが違うな」 「ほんと、すっごい食い込んでヤバいわ」 ま、気持ち良さそうだし、放っておいても大丈夫だろう。 「おお、筧、おはよう」 「おはよう、筧くん」 テントからみんなが出てきた。 「ああ、おはよう」 白崎と目が合う。 ふと、昨夜のテントでの出来事が思い出され、気恥ずかしくなる。 「きょ、今日はいい天気だな」 「う、うん。そうだね。雲一つない……」 「普通に曇ってきてますけどね」 見上げると、ちょうど雲が日を隠すところだった。 シット。 「あらあらあら、みなさんお揃いでー」 アプリオの方から間延びした声が聞こえた。 「野営訓練とは感心ですね、ご苦労様です」 「いや、ただのキャンプだから」 「嬉野さん、今日は朝シフトじゃないですよね?」 「そうなんですけど、ゆうべからメンテ作業が入ってしまいまして」 「今さっきまで頑張っていたんです」 しんどそうに目頭を押さえる。 「ああ、あの人をバンバン撃つ戦争ゲームですか。乗ったヘリが必ず墜落する」 「メンテ作業ですっ」 嬉野さんが帽子を叩きつけた。 「取り乱しました」 で、拾って被る。 「で、わざわざ徹夜明けにどうしたんだ?」 「お店から野営訓練が見えたものですから、まったく人が徹夜で仕事してるのに呑気なもんだなーと思いまして」 「だいたい、カップルが『綺麗な夜景ね』とか言ってるビルの明りは残業の明りなんですよ! わかってますか!」 何故かキレる嬉野さん。 いつもながら意味不明である。 「わけわかんないガキね、要点を話しなさいよ」 「子供じゃありません」 「社会的に抹殺しちゃいますよ、ぷんぷん」 「嬉野さん、本題本題」 「あ、そうそう。お見せしたかったのはこれなんです」 と、嬉野さんがタブレットの画面を見せてくる。 「『図書部頂上決戦! 最強の図書部を決めろ!』……?」 「なんだこりゃ?」 「本で殴り合えってことか?」 「ははーん、最初はギャグ漫画だったのに、いつの間にか格闘大会になっていた的な流れですね」 「……喩えがよくわからないんだけど」 ともかくページを読んでみる。 記事は、まず図書部の類似団体の増加について触れている。 執筆した新聞部曰く、図書部戦国時代ということらしい。 で、似たような団体が多いとややこしいし、ここらで最強を決めるべきでは、という異次元の論理展開を見せていた。 頂上決戦の舞台は、国際屋台フェス。 コンテストで1位だったところが最強の図書部というわけである。 俺たちはペルー研として参加するが、他の図書部モドキはまた別の部活をサポートするということだ。 「あ、あの〜」 白崎がおずおずと挙手した。 「どうして、最強を決めないといけないんでしょうか?」 「面白そう、だからでしょうか?」 かわいく首を傾ける嬉野さん。 「だろうなぁ。新聞部の考えそうなこった」 「でも、みんな仲間なのに」 白崎が悲しそうに言う。 「向こうが仲間と思ってるとは限りませんしねえ」 「それにまあ、見ている方としてはいがみ合ってもらった方が楽しいですし」 「本当のこと言わないで下さいよ、白崎さんが穢れるじゃないですか」 「……あの、佳奈ちゃんの中で、わたしってどういう扱いなの?」 「世界自然遺産です。大陸と繋がったことのない絶海の孤島的な」 「よ、喜んでいいのかな?」 白崎の問いに、みんなで曖昧な笑みを浮かべた。 「ま、今後のことはみんなで話し合おう」 「嬉野、早めに教えてくれて良かった。ありがとう」 「いえいえ、どういたしまして」 あどけない笑顔を見せ、嬉野さんは、ぽてぽてアプリオへ帰っていった。 どうも面倒なことになったな。 夜、各自の活動を終えた俺たちは部室に再集合していた。 目的はもちろん、国際屋台フェスへの対応を決めるためだ。 昼の間に桜庭がネットの噂を拾ってみたところ、図書部頂上決戦の話題はぼちぼち広まってきているようだ。 気の早い奴らは、どこかが勝つかで賭を始めたりしている。 また、ネット上の書き込みで新たなこともわかった。 なんでも、2、3の図書部モドキが、依頼主との間でトラブルを起こしているらしい。 トラブルの内容は初歩的なもので、約束の時間を守らないとか依頼を無視されたとかいったことだ。 ただ、良くないことに、彼らの行いが図書部系団体全部の評判を下げていた。 こっちとしては、とばっちり以外の何ものでもない。 「何だかげんなりしちゃいますねえ」 「私たちはただ活動してるだけなのに、部外者から茶々入れられるなんて」 「げんなりどころじゃないよ、迷惑すぎる」 「ぼふっ、ぼふうっ」 デブ猫も椅子の上でジタバタしている。 怒っているのだろうか。 「まあまあ、怒っても始まらないだろう」 「桜庭先輩は平気なんですか?」 「不愉快に決まっている」 「本人が目の前にいたら、何をするかわからないぞ」 いたって真面目な顔で言う桜庭。 これは本気で怒っている。 「でも、お手本が悪かったのかもしれないよ?」 「は? どういう意味で?」 「トラブルを起こした団体は、わたしたちをお手本に活動してたんでしょ?」 「事前に活動の趣旨を説明してたら、こんなことには……」 「いやーつぐみちゃん、それはちょっとお人好しが過ぎるかもだぜ」 「のれん分けでもしたなら別だけど、奴らは勝手にやってるだけじゃんか」 さすがの高峰も渋い顔だ。 「しかし、ある程度周囲に影響を与える立場にあるなら、社会的責任も考える必要があるのかもしれない」 「マジになりすぎだって。俺たちはただの図書部だぞ」 「芸能人とか政治家じゃあるまいし、公人として振る舞えってことか?」 「そうは言わないが、まあ、トラブルを未然に避ける意味で……」 自分でも無茶な発言だと思ったのか、桜庭は語尾を濁して腕を組んだ。 「やっぱり納得いきません。こっちは一生懸命やってるのに」 「うむっ、見えました!」 佳奈すけが、ズバリと立ち上がった。 「ここは一つ、図書部のなんたるかを示す必要があるのではないでしょうか」 「具体的には?」 「国際屋台フェスで圧倒的1位を取ってやるのです!」 佳奈すけが、窓の向こうの空の彼方を指差した。 背景に日本海の荒波を背負う勢いである。 「ペルー料理で?」 「もちろんです、ペルーいいじゃないですか、ペルー最高です」 「マチュピチュもありますし、ナスカの地上絵だってありますよ」 「料理の話をしろよ」 「……えーと、前に調べましたよね、アルパカの丸焼きとか」 「はうっ!?」 例によって白崎が呻く。 親戚にアルパカでもいるのだろうか。 「実際、向こうではアルパカも食べるらしいが」 「そんな……かわいそうすぎるよ」 「お前は魚をおろせないOLか」 ともかくも、高峰の言葉通り、ペルー料理は日本じゃマイナーだ。 相手がイタリア料理だのフランス料理だので勝負してくれば、苦戦するかもしれない。 だがしかし! 「ちょうどいいハンデと思っておこうじゃないか」 「その通りです」 「不利な状況から勝ってこそ、私たちの本当の力を見せられるというものです」 「やってやりましょう」 こっちにはミナフェスの経験がある。 そう簡単に遅れは取らないだろう。 何より、みんながやる気だ。 「よし、では明日からは屋台フェスの準備に入ろう」 「頑張って参りましょうっ」 佳奈すけの声で、今日の会議はお開きとなった。 会議後、筧と高峰は連れだって部室を出た。 「筧先輩と高峰先輩、2人でトイレ行くの好きですね」 「男同士で話したいことでもあるんだろう」 「それって、やっぱりあれですかね……」 鈴木の言わんとすることは全員わかった。 最近、女性関係に悩んでいるという筧のことだ、きっと高峰にも相談しているに違いない。 「あ、あのー、最近ちょっとおかしいなーと思ってたんだけど」 白崎がおずおずと口を開く。 「もしかして、もしかしてだけど、みんな、筧くんのこと……」 3人が硬直する。 「な、何を言うんだ、こっちは仮にも白崎を応援すると言ったんだぞ」 「そ、そうです。まさか筧先輩を好きなんて」 「ですですです」 動揺する3人を見て、白崎は優しく微笑む。 「わたしは別にいいと思うよ。人を好きになるのは仕方ないことだから」 白崎の菩薩のような微笑みに、3人は思わず手を合わせそうになる。 それぞれが、白崎に対して罪悪感を抱いていたからだ。 「ええと、じゃあやっぱり、白崎さんは筧さん狙いなわけですか?」 「ち、違うよ」 「そこで否定ですか!?」 「めんどくさいですね」 御園がジト目になる。 「では、『仮に』の話をしよう」 「仮に、全員が筧に好意があったとしても、白崎は気にしないと?」 「もちろん」 「わたしを応援するって言ったのにどうしようって思ってるなら、ぜんぜん気にしないで」 「わたしはわたしで頑張るから」 「そ、そうか」 「仮にそんな状況になったとしたら、私は嬉しいんだろうなあ、あははは」 桜庭、御園、鈴木とも満面の作り笑いである。 「ふぇふぇふぇふぇ」 「何だその猫らしくない訳知り顔は」 桜庭が猫を黙らせる。 「ねえ千莉、仮の話の続きだけど……」 「もし全員が筧さんを悪くないと思ってるとしたら、千莉は私をどう思う?」 「え?」 御園が一瞬真顔になる。 だが、すぐに表情を緩めた。 「応援するよ、私も負けないけど」 「そっか、良かった」 「仮の話だけどね」 御園が微笑むと、鈴木も心底安心したように微笑んだ。 それぞれが胸に抱いていた懸念は払拭されたらしい。 「とは言っても、すべて筧次第ということか」 「一体、誰のことを気にしてるんでしょうね」 『白崎だろう』『玉藻ちゃんだよ』とお決まりの譲り合いをしたあと、鈴木が口を開く。 「筧さんが誰を好きかは置いておいて、こっちの努力次第って考えた方が精神衛生上良くないですか?」 「鈴木の言う通りだと思う」 「今度の屋台フェスは、頑張りを見せるいい機会じゃないか?」 「はい、図書部モドキなんかに負けられません」 「やっぱり、みんな筧くんのこと気になってるんだね」 白崎が嬉しそうに笑う。 「いや、全部仮の話だ、仮の」 「私たちが、『もし』筧さんを好きだったらって話ですよ」 「もちろんです」 「う……ざぁ……」 いろいろ面倒な光景を前に、ギザは大きく伸びをした。 「だから俺は言ってやったのさ、あんたみたいな女がいるから俺の煩悩が消えないんだってな」 「そしたらアレだよ、ナースがいきなり菩薩様になって俺に迫ってきたってわけさ」 「あなたをそんな風にした責任取らせて、みたいな感じで」 「一瞬、仏教説話かと思ったけど、よく聞いたらAVの導入部じゃねえか」 「つーか、仏さんには性別ないだろ。身体のモデルは男だし」 「夢がねえなあ」 「お前は夢見過ぎだ」 トイレへの道行きは、生産性ゼロの会話に支配されていた。 「あー、しかし、キャンプ楽しかったなあ」 窓の外を見ながら高峰が呟いた。 「『ほろよい02』のお陰で散々だったけどな」 「お陰で、みんなの気持ちがわかったじゃんか」 「俺が言った通りだったろ?」 それはつまり、女性陣が俺を狙っているという話だ。 酔ったときのみんなの言動を見ていれば、あながち否定もできない。 だが俺には、誰の想いに応えるつもりもなかった。 特定の誰が好きとか嫌いとか、どうもしっくりこないのだ。 「もうさ、俺だけ蚊帳の外で死にそうだったよ。なんつーの、あの感じ?」 「バッティングセンターでデートしてるカップルに、球を投げ続けてるピッチングマシーンみたいな感覚?」 「危険球くらい投げたいのに、ストライクしか投げられない運命だしさ」 「しかも、顔の所に田中の写真とか貼ってあって、『違う、僕は田中じゃない、僕を見てよ』みたいな」 「切なさは痛いほど伝わった」 「ま、楽しかったからいいけど」 結局、高峰は高峰だった。 だいたいのことは楽しめてしまうらしい。 それが本心かどうかはわからないが。 「女子のことはおいおい考えるよ」 「それより、今は屋台フェスを頑張らんと」 「だな。いっちょ本家図書部の強さを見せてやろうぜ」 「へー、意外と図書部を愛してるじゃないか」 「俺が? どうだかね」 自分でも意外だとでもいうように、苦笑する高峰。 「ま、しっかりやろう」 「おう。女の子の興味を筧から引っぺがしてやるぜ」 互いに肩をこづきあい、俺たちは部室へと戻った。 国際屋台フェスが10日後に近づいた。 部室では、連日、宣伝や販売の戦略が話し合われている。 料理の内容や味はもちろんだが、まず何より、興味を持って食べてもらわなければどうにもならない。 試食をしてもらった方がいいのではないか── 売り子は、ペルーの民族衣装を着た方がいいのではないか── メニューはワンコインで買える価格にした方がいいのではないか── ペルーグッズが当たる抽選券をつけたらいいのではないか── 考えられるものは片っ端から取り入れていこう。 「ん、これは……?」 メールをチェックしていた桜庭が唸った。 「どうした?」 「ペルー研が、依頼を取り下げたいと言ってきた」 「え? どうして」 「向こうを怒らせることしたっけ?」 「いや、むしろ私たちに配慮してくれているようだ」 桜庭の説明によると、依頼主は図書部モドキとの勝負を気にしているらしい。 自分たちを応援するとコンテストで不利になるだろうから、もっとメジャーな団体を手伝ってくれということだ。 ついでに、中国文化研究会と仲が良いので、彼らを手伝うなら紹介するとまで言ってくれている。 「律儀な人たちだねえ」 「自分らと関係ない勝負のネタに使われたくないってのもあるんだろうな」 向こうからしたら、自分たちの屋台を代理戦争に使われているわけだ。 距離を置きたくなるのもわかる。 さて、どうしたものか。 「中国文化研究会かあ……中華料理なら人気も出そうだな」 「水餃子とかマンゴープリンとかですね」 「ずいぶん戦いやすくなりますね」 1年生が笑顔でうなずく。 「ちょっ、ちょっと待って。わたしたちはペルー研の依頼を受けてるんだよ?」 「辞退を提案してきたのは向こうだ」 「それは、こっちに気を遣ってくれたから」 「わたしたちは、コンテストで勝つために依頼を受けたんじゃないよ」 白崎が熱っぽく抗議する。 「でも、チャンスといえばチャンスですよ?」 「コンテストで負けたら、今まで積み上げてきた評判が台無しになっちゃうかもしれません」 「偽物の図書部なんかに負けたくないです」 1年生も負けてはいない。 「気持ちはわかるけど、一緒に考えてみようよ」 「図書部にとって、一番大事なことって何かな?」 白崎の問いに皆が押し黙る。 「はい、先生!」 「高峰くん、どうぞ」 「有名になることだと思います。やっぱり、ちやほやされたいです」 「素直でよろしい。放課後職員室に来なさい」 もちろん、高峰はわざとふざけている。 「知名度は、いくつもの依頼をこなした結果としてついてくるものだ」 「依頼を集めるのに、ある程度の知名度が必要なのは事実だが」 「じゃあ、学園を楽しくすることですか?」 「うーん、大事かもしれないけど、それは私の目標かな」 「たくさん依頼を集めることでしょうか」 「そしたら、部員を増やすのも考えなきゃいけなくなるぞ」 「手が足りなくて断ってる依頼もあるわけだし」 「あ、そうですね」 「やっぱり、依頼主というか生徒からの信頼だろうな」 信頼がなければ依頼もない。 そして、依頼がなければ活動できない。 「わたしもそう思う」 「どっかの図書部モドキみたいに、依頼主とトラブってるようじゃ信頼ゼロだわな」 「依頼も来なくなりますね」 「じゃあ、コンテストに勝つために、一度受けた依頼を断るのってどうかな?」 「……だめ、ですね」 「はい」 1年生がしゅんとする。 「コンテストも大事だけど、まずはペルー研に喜んでもらえるように頑張ろうよ」 「大切なものを守ったのなら、もし万が一負けたとしても悔いはない」 「周囲からどうこう言われるのは癪ではあるがな」 1年生がうなずく。 高峰も俺も賛成だ。 「図書部はいつでも依頼者の満足を第一に動きます、なんてかっこいいんじゃない?」 「そう決めておけば、複雑な状況になっても困らないしな」 「はい、私たちとしてもありがたいです」 佳奈すけと御園が微笑み合う。 「何が?」 「ときどき千莉と将来のことを相談するんです」 「先輩方が卒業したら、私たちだけ残されるわけですから」 「どういう風に図書部を続けていったらいいのか、よくわからなくて」 考えたこともなかったが、後輩なら当然の不安だ。 今の図書部の原動力は白崎だ。 では、白崎がいなくなったらどうなるのか? 「すまない、私たちが配慮しなければいけないことだったな」 「いやいやいや、先輩は悪くないです、私たちの問題ですから」 佳奈すけが、わたわたフォローする。 「それに、今の話し合いのお陰で図書部の方針がわかりました」 「はい、だからありがたいって言ったんです」 確かに、方針が決まっているのは楽だろう。 余計に迷う必要がなくなる。 「まあでも、将来のことは二人が好きなように決めたらいいんじゃねえの?」 「先輩がこう言ったからこうしようってのは、あんま楽しくないぜ」 高峰の言葉に1年生が考え込む。 「高峰、水を差すな」 「俺も同意見だ。部活をどうするかなんか当事者が決めればいい」 「筧もか……」 桜庭が寂しそうな顔をする。 「つっても、過去の方針がわかってるのは大事だと思う」 「先輩はこうだったけど、私たちはこうしたいって考え方もできるし」 「それはそうだが、先輩が卒業したので図書部は終わりにします、というのは寂しいだろ」 「一緒にやってきた仲間なんだ」 「心配しないで下さい、図書部は潰しませんから」 「はい、一人になっても続けます」 「それ、私が抜けるってこと?」 「ふふ、うそうそ」 おどけてふくれっ面をした佳奈すけを、御園がなだめる。 「二人とも、ありがとう」 そんな後輩二人を、白崎が両腕で包んだ。 「わっ」 「ちょ!?」 じたばたする二人を、なおもぎゅっと抱きしめる白崎。 「二人が未来のことを考えてくれてて本当に嬉しい」 「い、いや、まあ、当然というか何というか」 「じ、自分たちの部ですから」 白崎が二人を離す。 「ありがとうね、千莉ちゃん、佳奈ちゃん」 二度目のお礼に、1年生がてれ臭そうに笑う。 「でも、将来への考え方は、筧くんや高峰くんと一緒だよ」 「二人の時代のことは、二人で決めてもらうのが一番だと思う」 「楽しくなくっちゃ絶対に続かないから、私たちに遠慮なんてしないでね」 「はい」 「ありがとうございます」 白崎の微笑みに、1年生が目を細めた。 屋台フェスの話をしていたのに、いつの間にか図書部の話になってしまった。 だが、考えてみれば出るべくして出た話題なのかもしれない。 図書部を取り巻く状況はどんどん変わっている。 知名度が上がっていることも、そう。 受けきれないほどの依頼が来ていることも、そう。 図書部のフォロワーが出てきていることも、そう。 そして、まったく関知していない所から風評被害を受けていることも、そう。 激しい変化の中にいるときこそ、『譲れないもの』を自覚しているかどうかが大事だ。 「では、ペルー研には依頼を継続すると伝えるぞ」 「うん、よろしくね」 桜庭がさっそくメールを打ち始める。 屋台フェスでの態度を決めた俺たちは、まずその旨をペルー研に伝えた。 先方は恐縮しながらも、とても喜んでくれた。 合わせて、依頼主の要望を再度確認する。 どんな料理を提供したいのか。 どんな雰囲気の屋台にしたいのか。 どのくらいの価格設定にしたいのか。 一つ一つ聞き取り、できるだけ要望を満たせるように計画を練っていく。 準備に追われるうちに、本番の2日前となった。 ペルー研が提供する料理は2種類。 まず最初が、『チチャモラーダ』という紫トウモロコシのジュースだ。 ペルーの国民的な飲み物で、見た目はブドウジュースか赤ワイン。 紫トウモロコシとパイナップルやリンゴ、シナモンやクローブ等のスパイスを煮出して作る。 そこに砂糖をたっぷり溶かして飲むのが現地流らしい。 ドロっとしているのかと思いきや、飲み口はさらりとした普通のジュースだ。 レモンの酸味とシナモンのスパイシーな香りがたまらない。 もう一品は、『アロス・コン・レチェ』というデザートだ。 こちらもペルーではメジャーなもので、見た目は粒があるヨーグルト。 米を牛乳で甘く煮てから冷やしたもので、香り付けにシナモンパウダーがかかっている。 けっこう甘いが、つぶつぶ感が新鮮で、冷やして食べると美味い。 「両方とも美味しいね。作り方を聞くとびっくりしちゃうけど」 「お米を甘く煮るというのはちょっと……」 「トウモロコシでジュースっていうのも、日本人じゃ絶対考えないですよね」 「これ、両方ホットもあるらしいぞ……新しすぎる」 「そういう文化に出会えるのが、屋台フェスの楽しいところだ」 試食を終え、ごちゃごちゃ感想を言い合う。 メニューはどちらも、ペルーではメジャーなのに日本ではお目にかかれないものだ。 異文化を紹介するには、うってつけのメニューと言えた。 「失礼します」 芹沢さんが部室に入ってきた。 「久しぶり、何か用か?」 「差し入れ持ってきたんです。よかったらどうぞ」 芹沢さんが、買い物袋をテーブルに置いた。 中にはジュースが入っているようだ。 「わ、ありがとうね」 「どういたしまして」 「それより、屋台フェスの準備はどうですか? 下馬評は芳しくないようですが」 ネットの一部では、屋台フェスの結果予想が熱心に討論されていた。 ペルー料理のマイナーさは当然指摘されており、図書部はもう終わりだの方向性を間違っただの、いろいろと口さがない。 ちょっとのマイナスが大袈裟に取りざたされるのは、有名税と言えばそうだ。 「下馬評は下馬評」 「私たちは、負けるつもりなんてこれっぽっちもないぞ」 「多少のハンデがあった方が、燃えるってものです」 「前向きですねえ」 芹沢さんが苦笑する。 「メンタル面だけじゃなく、実際に気合い入れてやってるよ」 「だよなあ、今まで何やったっけ?」 「ビラ配りと、商店街にチラシを置かせてもらったな」 「ペルーグッズが当たるくじ引きも予定してますよ」 「ペルー文化を紹介するウェブサイトも作成した」 それぞれが、担当した仕事を告げる。 「この調子なら、私が心配することなんてなかったですね」 「ううん、心配してくれてありがとうね」 「がっかりさせないように頑張るから」 「はい、ぜひ図書部モドキをぎゃふんと言わせて下さい」 「私も、ネットなんかで図書部のことが悪く書かれてるのを見ると辛いんです」 「ミナフェスなんかを手伝ってきました縁がありますから」 「それに、今はみんな面白がって対決を煽ってますけど、本当は元祖図書部を応援してると思いますよ」 芹沢さんが熱っぽく言ってくれる。 「いやー、心強いお言葉をいただいたね」 「ああ、頑張ろう」 「それでは、お邪魔しました」 ぴしっとお辞儀をして、芹沢さんは部室から出ていった。 「芹沢さん、けっこう応援してくれてたんですね」 「ああ見えて熱血タイプだから」 御園が嬉しそうにうなずく。 「さーて、俺たちはできる範囲で全力を尽くしますか」 「よし」 部室には、当日のテント装飾用の物資がごちゃごちゃ積まれている。 これからの2日間で、看板やメニュー表などの装飾品を作る予定になっていた。 当日のテントは、ペルーらしさを全面に出す予定である。 屋台フェスは、もともと異文化を紹介するイベントだ。 中途半端にするよりも、異文化らしさをバンバン出すことで、むしろお客さんの興味を引けると考えている。 「では、手分けして取りかかろう」 「予算は少ないが、手をかければ目立つものができるはずだ。頑張っていこう」 桜庭の号令でそれぞれが作業にかかる。 「む……」 携帯のアラームで目を覚ます。 今日は屋台フェスの前日だ。 いつもなら午後から部室に行くが、今日ばかりは午前9時集合である。 装飾を完成させ、さらには明日の打ち合わせもしなくてはならない。 ベッドを降り、洗面所へ向かう。 脱衣所に立つと、鏡に映った自分と目が合った。 不意に画像が流れ込んできた。 しまった。 思わず、自分の目を凝視してしまった。 「……」 頭に流れ込んできたのは、不思議な映像だった。 たくさんの人が、パニックに陥ったように右往左往している。 見えるのは膝から下ばかりで、まるでTVカメラを地面に置いたかのようなアングルだ。 しかも、画像は霞がかかったようにノイズが走っていて不鮮明だ。 いや、これはノイズじゃない。 ──雨だ。 土砂降りの雨の中を、人々が逃げ惑っているのだ。 証拠に、靴が着地する度に大量の水しぶきが上がっていた。 「……」 明日は雨になるってことか? 携帯で天気予報を見てみる。 雨の予報はなく、お日様マークが並んでいる。 だが、真夏のお定まりで、『局地的に強い雨が降るかもしれません』という一文が添えられていた。 ゲリラ豪雨というやつだ。 快晴だった空があっという間に暗くなり、風呂をひっくり返したような雨が降る。 今年はまだ1回しか来ていないし、降る可能性は低いのかもしれない。 でも、もし降ったら……。 真面目に検討しないといけないな。 「え? ゲリラ豪雨?」 「ああ、もしかしたら降るかもなーと思って。虫の知らせというか、なんというか」 部室に行ってから、早速相談してみる。 装飾品には防水対策が施されていない。 大雨が降ったら大変だ。 「つっても、今年ぜんぜん来てないじゃん」 「いやまあ、そりゃそうなんだけど、もしもの話でさ」 「可能性はゼロじゃないだろうけどなあ」 納得できない顔の面々。 この忙しいのに、雨対策なんてしたくないだろう。 俺だって、未来予知がなければ強くは押せない。 「他の屋台も油断してるだろうし、俺たちだけが対策していればプラスになるかもしれない」 「なるほど、そういう考え方もあるか」 桜庭が、考えながら扇子を開いたり閉じたりする。 「見えた」 ぱちんと扇子を閉じた。 「見えましたか」 「ああ、丸見えだ」 桜庭がにやりと笑う。 妙に嫌な予感がする。 「備えあれば憂いなしとも言う、雨対策はしておこうじゃないか」 「でも、時間が……」 「もしかしたら、徹夜になっちゃうかも」 「ま、もし降らなかったら、筧が埋め合わせしてくれるだろう」 桜庭が爽やかに微笑んで言った。 「さすが玉藻ちゃん、筋が通ってる」 「どこがだよ」 「だいたい、埋め合わせって何すりゃいいんだ?」 飯でもおごるのか? 「キャンプでうやむやになってた、好きな子発表とかどうよ?」 その言葉で、女子連中がびくっと震えた。 「高峰先輩……」 「見えてますね」 「おお、モロ見えだぜ」 歯をキラリと輝かせる高峰を、1年生が尊敬のまなざしで見ている。 一世一代の大活躍だ。 やれやれ。 こうなれば、未来予知が当たることを祈るほかない。 「わかった。その条件でいいから、雨対策をしよう」 「じゃあ早速始めないとね」 「はーい」 「了解ですっ」 女性陣が、元気に準備を開始する。 できあがった装飾品に、ゴミ袋を切り開いてテープで貼っていく。 さらに、地面が水浸しになったことも考え、ブロックをいくつか用意した。 地面に直接モノを置かないようにするためだ。 「だいたいこんなところか」 「これでも防げないほど降ったらお手上げだ」 装飾の準備が終わったのは午後6時過ぎ。 予定よりも時間がかかったが、みんなは文句も言わずに作業をしてくれた。 「雨、降らなければいいね」 白崎が窓の外を見る。 夕焼けは目が痛くなるほど赤く燃え、雨の気配はゼロだ。 しかし、頭の中には、今朝見た土砂降りの光景が広がっていた。 たくさんの人が雨に打たれ、肩を震わせている。 真夏とはいえ濡れれば寒い。 お客さんも大変だろう。 「……」 ふと、ひらめくものがあった。 これは、もしかするともしかするかもしれない。 「みんな、ちょっと待ってくれないか」 「ん? また虫の知らせでもあったのか?」 「冗談じゃなく、一つ検討してほしいことがあるんだ」 「もし上手くいけば」 「上手くいけば?」 「コンテストでプラスになるかもしれない」 「いよいよ明日か」 午後9時過ぎの生徒会室。 生徒会長・望月真帆は、誰に言うともなく呟いた。 「気になっているようですね」 「あら、聞こえてしまった?」 望月が微笑む。 「前評判はあまり良くないようね」 「強豪揃いですから」 多岐川がファイルに挟んでいた紙を広げる。 国際屋台フェスのパンフレットだ。 「こんなものを持っているなんて、あなたも興味あるんじゃない」 「副会長としては当然です」 二人は、少しのあいだ無言でパンフレットを眺める。 屋台は全部で16。 うち、図書部の模倣団体と思われる屋台は5つである。 それぞれ、イタリア、フランス、スペイン、ベルギー、オーストラリアの文化研究会として出場している。 顔ぶれを見るに、ペルー研はやはり不利に見える。 その上、テントは広場の中心から外れたところに置かれていた。 「イタリアの『小さなドルチェ3種盛り』なんて美味しそうじゃない?」 「ベルギーの『アイスチョコドリンク』も捨てがたいですね」 「さすがにどこも集客を考えているわね。女性が好きそうなラインナップにしてる」 「実際、女性の参加者が65%ということですから正解でしょう」 図書部に関係ない屋台を見ても、世界各国から魅力的なものが揃っている。 「筧く……」 「図書部には頑張ってほしいものですね」 「わざわざ言い直さなくても結構です」 相変わらず、筧びいきの生徒会長に副会長が嘆息する。 「筧く……図書部なら大丈夫だと思いますが」 「あの、わざとやってますか?」 「もちろん冗談です」 本当かよ、と口をついて出そうになる多岐川。 「彼らのことですから、何か面白いものを見せてくれるのではないでしょうか」 「あら、あなたも意外と図書部を買っているのね」 「まさか」 多岐川が温度の低い微笑みをもらす。 「ただ、図書部は勝ち残る気がするんです」 「そして、今年の生徒会選挙は彼らと争うことになると、虫の知らせが告げていたりしまして」 虫の知らせというには、いささか自信たっぷりに多岐川は言った。 「図書部と選挙で?」 「誰が立候補するというの?」 「わかりません」 「でも選挙で戦い、対立候補を破ることが私の将来にとって大切な気がします」 「だから、彼らにはこんなところで潰れてもらっては困るんです」 望月は、多岐川の瞳の奥に今までにない光を見ていた。 それが多岐川のいかなる感情を示しているのか、望月にはわからない。 ただ、なぜか、ぼんやりとした不安が頭を離れなかった。 いよいよ、国際屋台フェスの当日が来た。 アプリオ前の広場には16の屋台が並び、それぞれが自国の色彩できらびやかに装飾されている。 ヨーロッパやアメリカなど、海外旅行でよく行きそうな国以外にも、モンゴル、ボリビア、エクアドル、スーダン、スリランカ、ベトナムなどなど…… 様々な国の文化が一堂に会していた。 どの屋台にも、おそらくその国からの留学生と思われる生徒がおり、汐美学園の国際性を今更ながらに知らされる。 俺たちペルー研のテントは、広場の中心からやや外れた場所にあった。 昨夜からいろいろと追加の作業があったため、みんな寝不足だ。 「みんな、準備はいいかな?」 「そうせきっ!」 「だざいっ!」 「むしゃのこーじっ!」 半分徹夜のメンバーは、すでにアドレナリンまみれである。 ちなみに今日のチーム分けだが、 調理担当は、ペルー研の2人と俺と高峰。 レジは桜庭と御園。 呼び込みと試食係は、白崎と鈴木だ。 「デモ、ほんとうにヨカッタの? ほかのトショブ、やる気だよ」 ライバル達のテントを窺う。 午前10時の会場を5分後に控え、各屋台とも激しい闘志を放っている。 第2図書部の奴らが、ガンくれてきた。 「かふー!」 「しめー!」 「きょしー!」 こっちも負けずに威嚇してみる。 「あ、あの、フツーにできればいいからネ」 「そう、マッタリがイチバン」 ペルー研の2人が心配そうに言う。 「私は普通ですから大丈夫です」 「奴らが暴走するようなら私が止める」 「ダトいいけど」 「心配しないで下さい」 「図書部の競争のために、屋台をないがしろにしたりはしませんから」 白崎が不安を和らげる。 コンテストで勝つのも大事だが、依頼人の満足は最優先目標だ。 熱くなって本分を忘れちゃいけない。 俺たちは、あくまでも依頼人のために活動する図書部だ。 頭上のスピーカーが鳴った。 「本日はご来場いただきありがとうございます」 「午後5時までの短い間ですが、ぜひたくさんの国の文化をお楽しみ下さい」 「それでは『国際屋台フェスティバル』開場です!」 芹沢さんの声で会場が告げられた。 「さあ、頑張っていこうね!」 会場の合図と同時に、お客さんが広場に入ってきた。 それぞれ、異文化との出会いに胸を躍らせているように見える。 「こちら、ペルー文化研究会でーす」 「『チチャモラーダ』ですよ。甘くて冷たい紫トウモロコシのジュースでーす」 「良かったら試飲してみて下さーい」 「あ、こっちはお米のデザートです。いやいや、これがホント美味しいんですよ」 流れてきた二人組の女子に声をかける。 「チチャモラーダとアロス・コン・レチェがお一つずつですね」 「合計で500円になります」 レジの一人がお客さんに対応し、 「すみません、一つずつです」 もう一人が、振り返って俺たちにオーダーを通す。 「了解」 「あいよー」 俺と高峰が、品物をカップに入れてレジに渡す。 ペルー研の2人は、在庫が切れないように料理を続けている。 「では、くじを2枚引いて下さい」 「おめでとうございます、4等と5等ですね」 「地元のお守りとアルパカ人形です。ありがとうございましたっ」 品物と景品を持ち、最初のお客が立ち去る。 「売れたねえ」 「味は気に入ってもらえるかね」 初めてのお客は、少し離れたベンチに腰を降ろし、飲み物に口をつけた。 『おそるおそる』という表現がまさにぴったりくる仕草だ。 そして数秒、味を確かめるように目をつむった後、花が咲いたような笑顔になった。 まずは一安心だ。 開場から1時間が過ぎた。 時間の経過と共に会場のお客は増え、設置されたベンチはあっという間に埋まった。 ほとんどの人は立ったまま食事を楽しんでいる。 うちの屋台に来るお客は、2分に1〜2人程度。 行列ができたりなくなったりしている。 一方、図書部もどきの屋台はどこも盛況だ。 人だかりや行列ができ、ここからではテントの屋根しか見えない。 なかなか厳しいな。 「他の屋台、すごいですね」 お客がいないタイミングで御園が話しかけてきた。 「ああ、頑張ってるな」 「……」 御園が黙る。 やはり悔しいのだろう。 「大丈夫、まだ始まったばかりだ」 御園の頭をぽんと撫でる。 「はい、頑張りましょう」 小さくうなずき、御園はまた前を向いた。 「筧、ドリンクワン」 「はいよ」 オーダーが入れば、もう身体が勝手に動く。 よく冷えたチチャモラーダを紙コップに注ぎ、桜庭へ手渡す。 その一瞬、桜庭が不満げな顔で俺を見た。 「後輩には優しいようだな」 「頭を撫でてほしかったのか?」 「……ま、まさか」 それだけ言って、桜庭はぷいと前を向いた。 午後3時を過ぎた。 この時間、俺と高峰はお客の呼び込み担当だ。 「やばい暑さだなこれ」 「身体がふやけて力が出ないよ〜」 予報では、今日の最高気温は32度。 日向じゃもっと熱いだろう。 戦況が不利なことも、疲労感に拍車をかけていた。 「筧くん、大丈夫?」 「直射日光で蒸発しそうに見えるんですけど」 レジに入っている二人が話しかけてきた。 「生粋の図書部員には大変だね」 「ああ、それが言いたかった」 暑すぎてネタを言う元気もなかった。 「筧さん、タオル……」 「筧くん、これ使って……」 二人同時に、半分凍ったタオルを差し出された。 大変ありがたいのだが、どうすんだこれ。 「あ、えーと、白崎さんのを使っていただいて」 「だめだめだめ、佳奈ちゃんのを使って」 「佳奈ちゃんのタオルの方が、よく冷えてるから」 何故か譲り合いを始める二人。 「白崎さんのタオルの方がキンキンですからっ!」 「佳奈ちゃんのもカチカチだって!」 「……」 「ほら、白崎さんの、すっごいカチカチじゃないですか!」 「佳奈ちゃんのだってこんなでしょ? 釘打てそうだよ!」 言葉だけ聞いていると、タオルの話には思えないだろうな。 「筧、オラ、ワクワクしてきた。もっと強い奴と戦いてえよ」 「何言ってんだ」 「レジで何の話をしてるんだっ!」 テント内から桜庭も参戦した。 「お前らには羞恥心というものがないのかっ」 「だいたい、その、女子にはその……なんだ、ないものだろう……」 「500! 600! まだ上がるのかっ!?」 カオス過ぎて消え去りたくなってきた。 「よし、じゃあ、両方使わせてもらうから」 「ちょ!? 両方ってお前っ!?」 桜庭も暑さでおかしくなっているのだろう。 つーか、誰か止めてやれよ。 「あのさ、凍らせたタオルの話な、タオル」 「え!?」 「……あ、ああ、タオルな。最初からわかってるぞ」 「お、お前らこそ、何の話だと思ってるんだ。いやだなぁ、ははははは……」 桜庭がテントの奥に消えた。 「御園、桜庭が首吊らないように見ておいて」 「めんどくさいです」 「だいたい、筧先輩がさっさと決めないから悪いんです」 「だから両方使うって」 「両方とかお前、昼から……」 「……」 視線で高峰を黙らせ、二人からタオルを受け取る。 血管が切れかけていたので、凍ったタオルが異様に心地よい。 「ありがとな二人とも、生き返ったよ」 「うん、よかった」 「筧さん、もう少しで交代ですから頑張って下さい」 「はいよ」 二人に礼を言い、高峰と持ち場に戻る。 「よし、もう一踏ん張りしようぜ」 「そういや、俺のタオルとかないよな」 「……」 そこは気づかない方がいい。 「おっ、あっちから子供が来るぞ」 「おっと、さっそく呼び込みだっ」 女の子に近づく。 「こんにちは、こちらはペルー文化研究会です」 「つめたーい、ジュースがありますよー」 「試しに飲んでみてよ」 試飲用の紙コップを差し出すと、小さな手で受け取ってくれた。 「パパとママには内緒だぞ」 「うん、内緒にするね」 帽子の下から現れたのは、嬉野さんのニコニコ顔だった。 「あいにく、もう一人でお買い物に行ける歳なんですよ、にっこり」 「……」 「……終わったな」 「……ああ」 嬉野さんの手には、いつの間にか二丁のサブマシンガンが握られていた。 「あだだだだだだだだっ!」 「おふぁああーーーきもちーーーーっ!」 幼女トラップには気をつけよう。 「それではご機嫌よう」 「安くしてくれてありがとうございます」 「いーえ」 嬉野さんは、精神的苦痛を受けたことを理由にがっちり値切ってお買い上げである。 値引き分を補填するのは、もちろん俺と高峰だ。 「筧くん、背中にBB弾めり込んでる」 「うわ、北斗七星の形になってますよっ!?」 どういうスキルを持ってるんだ、嬉野さんは。 「しっかし、汗が一気に引いたね」 「……まったくなあ」 首筋を、ひやりとした風が抜けた。 どうやら、汗が引いたのは嬉野さんの力だけじゃなかったらしい。 気温が下がっているのだ。 空を見上げると、山の背後から黒い雲がこちらを窺っていた。 携帯でゲリラ豪雨レーダーを確認すると、降雨地域が急速に近づいてきているのがわかった。 「高峰、雨が来るかもしれない」 「おっと、こりゃやべえ」 慌ててテントに戻り、雨に備えるよう指示を出す。 テントの際まで出していたレジを、濡れないように少し後ろに下げる。 装飾品の防水加工をもう一度確認する。 俺と高峰は雨合羽を装備し、周囲のお客さんに雨への注意を促す。 そうこうしているうちに、分厚い雲が空の半分を覆った。 ぞっとするほど冷たい風が広場を吹き抜け、真夏の熱気を吹き飛ばす。 周囲では指示を出す声が飛び交っているが、みんな慌てているだけのように見える。 ついにその時が来た。 地響きさえ感じさせて、大粒の雨が大地に降り注ぐ。 地面は一瞬にして池と化し、跳ね上がった飛沫が下からも身体を濡らす。 雨合羽など気休めにもならない。 逃げ遅れたお客は、蜂にでも追いかけられているみたいに右往左往している。 「……」 改めて予知能力の確かさを実感すると同時に、わずかな恐怖を覚える。 やはり、この力は使わない方がいい。 見えるのは幸福な未来ばかりじゃないんだ。 「おー、予感的中だな、おめでとうございます」 「ありがとよ」 「しっかし、見事なゲリラ豪雨だな。余所の屋台は大丈夫かね?」 周囲の屋台は、看板を片付けたり在庫を雨から守ったりと大忙しだ。 ほとんどの屋台にとっては不意打ちだったらしい。 いくつもの途方に暮れた顔が、ぼんやりと天を見つめていた。 「ま、俺たちは作戦通りいこうや」 ものの10分で雨は遠ざかった。 雲はいくぶん薄くなったものの、雨がもたらした冷たい空気は留まったままだ。 灼熱地獄からの気温差で、かなり肌寒く感じる。 濡れてしまった人はなおさらだろう。 あれだけ盛り上がっていた会場も、文字通り水を差されてしまった。 「筧、こっちの準備はいいぞ」 桜庭がテントから声をかけてきた。 「よし、やるか」 手分けして、テントから段ボールを運びだす。 中に入っているのは── 「こちらで、タオルをお配りしていますよー。もちろん無料でーす」 「数に限りがありますので、たくさん濡れてしまった方優先でお願いしまーす」 ──小太刀からもらった、防災用のタオルだ。 「別に変なもんじゃないんで、遠慮しないでくださーい」 「風邪ひくまえに、拭いた方がいいですよー」 お客に向かって呼びかける。 最初は怪訝な視線を向けられていたが、すぐに人だかりができた。 「ひゃー、濡れた濡れたー」 集まってきた人の中に、見覚えがある奴がいた。 「お前、何で濡れてんだ?」 「そんなん外にいたからに決まってんでしょ」 「濡れるの好きな奴だな」 こいつが雨に濡れているのを何度か見た気がする。 「はあ? 好きなわけないじゃんか」 「いいから、タオルちょうだいよ。めっちゃ濡れてるんだから」 よく見てみると、見事に下着が透けていた。 「見えてるからこれで隠せ」 胸にタオルを投げつける。 「あんがと」 「つーか、元々私があげたもんか」 「お前じゃなくて、図書委員会な」 「細かいわねぇ、あー、やだやだやだやだやだ」 手をヒラヒラ振っている。 「気が済んだか? 俺は仕事があるんだ」 「あれ? 何かいい匂いしない?」 俺を無視して、テントに目をやる小太刀。 「こちらで、温かいものをお配りしてますよー」 「身体が温まりますので、ぜひどうぞー」 「甘くて温かいデザートもご準備しておりまーす」 「え、何!? あったかいもの売ってるの?」 小太刀が目を丸くする。 「うちのメニュー、ホットでもいけるんだ」 以前、高峰が言っていたが、『チチャモラーダ』も『アロス・コン・レチェ』も地元ではホットもある。 両方ともかなり甘いものだし、身体を温めるには最適だ。 昨夜遅くまでかかって準備したのは、ガスコンロとホット用の耐熱カップだった。 暑いうちはコールドで売り、雨が降ったらホットで売れるように用意していたのだ。 「小太刀ももらってきたらどうだ?」 「ラッキー♪」 小太刀が屋台に向かう。 そのすれ違いざま…… 「準備が良すぎるんじゃない? 筧」 小太刀は、にっと笑って俺の胸をつついた。 小太刀には隠せないか。 苦笑しつつ、人だかりに消えていく小太刀の背中を見送る。 屋台の周囲は、タオルと温かいものを求めるお客でごった返していた。 甘くて温かいモノを提供しているとあって、女性客には大人気なようだ。 余所でも肉の串焼きやクレープなどのホットメニューを提供しているが、身体を温める効果じゃうちには敵わない。 「筧、このままじゃ屋台が潰れちまう、列をきれいに作ってくれ!」 高峰の声に手を挙げて応じる。 「タオルの方はこちらに並んでくださーい!」 「温かいものをお求めの方は、こちらでお願いしまーす!」 日頃出さない大声を出しながら、俺は仕事に戻った。 「午後5時になりました。これで国際屋台フェスティバルを終了いたします」 「雨が降るハプニングもありましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?」 「また来年も、ぜひぜひご参加下さい」 「なお、出口付近にコンテストの投票所を設けておりますので、お時間がございましたらご投票をお願いいたします」 「それでは、本日はありがとうございました」 閉会時間になり、屋台フェスが無事閉会を迎える。 雨が降ってからは息つく間もなかった。 タオルはあっという間に在庫が尽き、後はひたすら飲食物を売り続けた。 「全部、売れちゃったね」 「筧の作戦が大当たりだったな」 「虫の知らせも馬鹿にならんもんだ」 高峰に肩を叩かれる。 「ははは、たまたまだって」 「でも、筧さんの埋め合わせを期待してたのに残念です」 「だよね、せっかくのチャンスだったのに」 1年生がおどけて笑う。 雨が降ってくれたお陰で、公開告白というアホな罰ゲームは避けられた。 ま、うちのメンバーなら、雨が降らなくても許してくれたんだろうけど。 「ミナサン、おつかれサマでした」 「ありがとうございマシた、全部売れるなんてサイコーです」 依頼主が話の輪に入ってきた。 「突然、ホットで提供することにしちゃってごめんなさい」 「イイんです。ペルーでも冬はあたたかくして食べます」 「ちゃんとした、文化の紹介になりまシタ」 「それに、暑いままダッタら、きっと全部売れませんデシた」 二人に握手を求められ、白崎から順にその手を握る。 最後は俺だ。 がっちり握手をすると、ペール男子が俺をテントの隅に引っ張る。 「(アナタ、女の子からモテモテだったね、ウラッ、コノッ)」 「(うるせえ、ペルー野郎)」 下世話な話は万国共通である。 「まあいいや」 「今回は手伝えて楽しかった」 「いえいえ、私タチを手伝ってくれてホントにありがとう」 「羊……なんとかの言うこと聞いといて、ヨカタよ」 「はあ?」 不穏な単語を聞いた。 「もしかして、羊飼いか?」 「ソウ、それね。トショブがオススメだってきいたから」 「そっか……もしまた会ったらよろしく言っといてくれ」 再度固い握手を交わし、またテントの中央に戻る。 さすがにちょっとびっくりした。 まさか羊飼いが絡んでいたとは。 「さて、暗くならないうちに片付けを済ませてしまおう」 うなずき合い、それぞれの片付けを始める。 その瞬間、雲の合間から真っ赤な西日が差した。 雨に洗われた広場が、紅玉をちりばめたかのように輝く。 絵画のような光景に目を奪われていると、控えめに腕をつっつかれた。 「お疲れ様、筧くん」 「……ああ」 それだけのやりとりだったが、自分が大きな達成感に包まれていくのがわかった。 屋台フェスから5日後、コンテストの結果が発表された。 「2位は、イタリア文化研究会!」 「『小さなドルチェ3種盛り』が女の子のハートを鷲掴みにしたみたいですね」 「私も食べてみましたけど、女子力が30くらい上がった気分でした!」 5位から2位までの発表が終わった。 俺たちはまだ呼ばれていない。 つまり、1位か6位以下ということだ。 「さあ、お待たせしました。1位の発表です」 「今年の国際屋台フェスティバル、1位の栄冠に輝いたのは……」 派手なドラムロールが鳴る。 「1位、取れるでしょうか?」 それぞれが不安げな顔になる。 人の集まり方では、残念ながら負けていた。 だが、ゲリラ豪雨時の対応がプラスに働いてくれてさえいれば……。 「ペルー文化研究会です!」 「よしきたっ!」 「うぇっほーーーー!」 思わず高峰と抱き合う。 「やったね!」 「はっはっはー、本家図書部をなめてもらっちゃ困ります」 それぞれに喜びを表現するみんなと、次々に握手をしていく。 女子も男子も、恋愛感情も関係ない。 一緒に頑張った仲間だから自然と握手ができる。 「筧くんが雨対策をしろって言ってくれたお陰だね」 「お手柄だよ、筧」 「いやあ、まあなんだ、ありがとう」 未来予知は的中し、これ以上ない結末を迎えることができた。 ズルをしたわけじゃないし、万歳してもいいはずだ。 なのに、俺の中には奇妙な感覚があった。 まるで、勝利を喜ぶ選手を離れたところから見ている監督のような気分だ。 もちろん一緒に戦ったし、嬉しいには嬉しい。 でも、何かが違う気がする。 ま、結果オーライだし、気に病むでもないか。 「コンテストの順位は以上です」 「なお、結果には直接関係ありませんが、アンケートにはペルー文化研究会への感謝のコメントが本当にたくさん書かれていたということです」 「ご存じない方にご説明しますと、屋台フェス当日の15時頃、会場は突然の雨に見舞われました……」 芹沢さんが当時の状況を説明する。 どうやら、かなり多くのお客さんがタオルに喜んでくれたようだ。 ペルー文化研究会の行動に対し、実行委員長も直々に感謝の言葉を贈ってくれていた。 「ちゃんと見てくれてる人はいるんだね」 「正直者が馬鹿を見るばっかりじゃ、正直者がいなくなっちまうからな」 「損得で正直に生きている人は正直者って言わないと思いますし、そもそもこの私が世界遺産に認定しません」 「言われてみりゃそうか」 「ちなみに、実行委員会から特別賞が出ている」 と、桜庭が机に置いたのは、数枚のチケットだった。 どうやら、海水浴場にある海の家のお食事券らしい。 1000円相当の券が6枚という、なかなか太っ腹な特別賞だ。 「気が利きますね」 「残り少ない夏休みを有意義に過ごせという神のお告げでは!?」 「夏祭りも一段落したし、みんなで海水浴というのも悪くないか」 「御仏の心意気に感謝であります」 高峰がお食事券を拝む。 「じゃあ、いつ行く?」 ごちゃごちゃと相談をし、今週の土曜に決行となった。 全員下宿していると話が早くていい。 「あーそうだ、こだっちゃんも誘おうぜ」 「なぜ小太刀」 「日頃お世話になってるからに決まってるだろ」 絶対嘘だ。 「水着を見たいだけですよね」 「なに言ってんのよ」 「フェスで配ったタオルだって、元はこだっちゃんがくれた防災用品だろ」 「それにほら、俺って律儀星から来た律儀星人だから」 「人って、こんなに見え透いた嘘がつけるんですね」 まったくである。 「でも、世話になったのは本当だし、誘ってみるわ」 「うん、人数が多い方が楽しいよね」 「私も構わないぞ」 「プロポーションはバランスだと思っている」 誰もそんな話はしてない。 「まあ、お二人がOKなら」 「高峰先輩が暴走しないなら」 「んじゃ、筧、頼んだぞ」 「ほいよ」 今夜にでも声をかけておこう。 「筧くん、明日はゲリラ豪雨大丈夫かな?」 「俺に聞かれても」 「虫の知らせはどうしたんですか?」 「お知らせのタイミングは向こう任せでね」 「……あ、来た。晴れだって、うん、大丈夫」 「適当すぎます」 「当てにするなってこった」 御園の頭をぽんと撫でる。 「では、土曜日は海水浴ということで」 「服の下に水着を着て来て、帰りの下着がないとかいうベタなオチには気をつけるように」 よくわからないご指導を頂戴した。 自分でやったことがあるんだろうな。 こまごまとした夏祭りの後処理をし、この日は解散となった。 気がつけば8月も27日。 夏祭りに始まり、夏祭りに終わった8月だった。 「あ、筧」 「よう」 廊下まで来ると、ちょうど小太刀と遭遇した。 「どこ行くんだ?」 「んー、コンビニ」 「知らないおじさんに声かけられても、ついてっちゃ駄目だぞ」 「何それ、ギャグかなんか? おもしろー」 完全にどうでもいい会話をしてしまった。 小太刀も面倒そうに溜息をついている。 「屋台なんとかはお疲れさん」 「甘いおかゆみたいなやつ、美味しかった」 「口に合ってよかった」 「コンテストは1位だったよ」 「ああ、勝ったんだ」 特に感慨もなさそうに小太刀は言った。 「ペルー研の人が言ってたけど、羊飼いからアドバイスを受けたらしい」 「屋台フェスでは、図書部に手伝ってもらえって」 「ふうん、どの羊飼いだろ?」 小太刀が考える仕草をする。 「小太刀じゃないのか?」 「違うけど?」 「仮に私だったとしても言わないけどー」 小太刀が眉を上げた。 表情からは、本当か嘘かわからない。 「ま、もしその羊飼いに会ったら礼を言っといてくれ」 「どういうつもりでアドバイスしたかは知らんけど、こっちは楽しかったって」 「……」 小太刀が一瞬だけ目を合わせ、すぐに逸らした。 目は口ほどに物を言い、か。 「なに、いい子ちゃんキャラになってんのよ、ばっかじゃないの」 「図書部の影響かもな」 「部長からしていい子ちゃんだからね」 小太刀がにやっと笑う。 「そいや、図書部の女の子、どうした?」 「何の話?」 「筧のこと、気にしてるみたいだったけど」 「さあ? よくわからん」 「仮になんかあったとしても言わないけど」 小太刀のセリフで返す。 「あらやだ、すっごくイラっとするわ」 「お互い様だ」 「んじゃ、またな」 「んじゃーね」 小太刀と別れる。 「あ、そうだ、明日みんなと海行くんだけど、小太刀も来いよ」 「なんでまた」 「別に理由なんてない。夏なんだし、海水浴したっておかしかないだろ」 「ま、考えとくわ〜」 ヒラヒラと手を振って、小太刀は去っていった。 筧の部屋を見上げると、ちょうど明りが点いたところだった。 今回はサービスしすぎちゃった。 本当は、ペルー文化研究会の依頼なんて必要なかったのだ。 ただ、依頼をこなす過程で、ちょっとばかし図書部が平和になるというだけのこと。 そもそも私は、筧が本を捨てたらどうなるかを知りたかったのだ。 なのに、目的とは関係ないページの記述が気になってしまった。 『このまま進むと、図書部は本来の形を見失う可能性がある』 本はそう告げていた。 羊飼いの試験とはぜんぜん関係ないし、図書部が崩壊するほど深刻な話でもない。 放っておけばいいのに、なぜだか少し可哀相になってしまったのだ。 手のかかる子ほど可愛い、みたいな? 情が移ったなんてことは、これっぽっちもないと思うんだけど……。 ともかくも、お陰で私は、仕事以外で本に触れることもできなくなってしまった。 完全に割に合わない。 図書部のヘラヘラした奴らが、いったい私に何をくれるっていうのよ。 これで試験に落ちたりしたら、私は、私は……。 「(もー、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿)」 自分の頭をぽこぽこ叩く。 「……はっ!?」 マンションの壁に貼られた『不審者に注意』のポスターが目に入った。 まさに今の自分である。 いけない、私は真面目な図書委員なのに。 こんなところで悶々としていないで、早くコンビニで『ぽてりこん』の新作を買わねば。 面倒なことは頭から追い出し、私は『ぽてりこん』手羽先味のことだけを考えることにした。 汗に濡れた顔を洗う。 タオルで顔を拭うと、鏡の中の自分と目が合った。 予知能力、か。 この得体の知れない能力と、どう付き合っていけばいいのか。 「……」 ほんの一瞬だけ── 何かが見えたような気がして、慌てて鏡から視線を逸らす。 いつのどんな場面なのかはわからない。 ただ、懐かしい夢を見たあとのように、胸が狭まるような感覚があった。 「……」 忘れとこう。 未来のことなど知らない方がいいのだ。 不幸な未来を見たら凹むし、幸福な未来を見たとしてもきっと人生がつまらなくなる。 自分の未来を見るのはもうやめよう。 そう決めて、俺は洗面所の照明を消した。 期待に反することなく、この日の太陽は容赦がなかった。 景色から色を消し去るほどの直射日光が、頭のてっぺんに降り注いでいる。 時折吹く風も、間違えて暖房をつけてしまったかのような有様だ。 思わず真顔になってしまう暑さも、海を見た途端に、むしろ必要不可欠だと思えてくる。 女子より早く着替えを終えた俺と高峰は、パラソルとレジャーシートでベースキャンプを設営した。 円形の真っ黒な影の下に座り、俺たちは海を眺める。 翻るスカートの裾のように、ひらりひらりと白い波が砂浜へと寄せては返す。 「水着かあ」 「水着だなあ」 「やっぱあれかな。図書部だけに紙でできた水着とかアリなんかな」 「部活的にはアリだが、法律的には厳しいだろうな」 「あー、なんだろこの感じ。叫びながら爆発したいぜ」 高峰がレジャーシートにばったり倒れる。 「爆発してもらって結構だが」 と、頭の上から声がした。 「相変わらず、気色悪いことばかり考えているな」 「お待たせー」 「更衣室が混んでたんです」 「ひゃー、足の裏、火傷しそうです」 水着装備の4人がずらりと並んだ。 地面から見上げる形となり、得も言われぬ迫力がある。 今更ながらに、図書部の女子は可愛い子ばかりだと思う。 「南半球って、いま冬なんだよな」 「そうなあ」 「ん? 何の話?」 「聞くな、耳が穢れる」 桜庭が白崎の耳を押さえると、たゆんと地球が揺れた。 「高峰先輩は、ほんと相変わらずですね」 「うちの千莉をそういう目で見ないで下さいよっ」 佳奈すけが御園を抱きしめる。 こちらはとくに揺れることもない。 「……いま、溜息つきませんでした?」 「いやいやいやいや」 「まったく、男子の頭の中はそういうことでいっぱいだな」 お前もな。 「ところで筧、こだっちゃんはどうした?」 「一応誘ったけど、来るとも来ないとも言ってなかった」 「えー、俺、律儀にお礼がしたかったのにー」 まだ律儀ネタを引っ張るのか。 「気が向いたら来るだろ」 「それより、せっかく海に来たんだし、まずは泳ごう」 「うん、ビーチボールも浮き輪もあるよっ」 「よーし、海までダッシュだ!」 「ゴーーー!!!」 「ひゃっっほーーっ!!」 俺の声を合図に、みんなが短距離走者のように走りだした。 そして俺は、短距離競技の審判のようにみんなを見送る。 5つの背中が、真っ白に光る砂浜を駆けていく。 翔べ、高く遠く──その若さ燃やして。 国体のスローガンみたいな妄想をしていると、Uターンしてきた2年生コンビに両腕を拘束された。 「ちょっとちょっと、筧くんも行かないと」 「たまには運動しろ」 「俺、図書部員だし、海とか無理だって」 「同じネタばかりだと飽きられますよ」 「おわっっ!」 1年生コンビに両足を持ち上げられる。 両腕は2年生、両足は1年生。 仰向けになり、完全に宙ぶらりんだ。 「ヘイ、ゴーーッ」 再び海に向かって、俺以外がダッシュ。 視界を青空と雲が流れる。 海の音がどんどん近づいてくる。 何だろう。 楽しいかもしれない。 不意に重力が消えた。 「!?」 次の瞬間、俺は水の中にいた。 「ごばばばばばばばばば!!」 慌てて膝立ちになる。 「こ、ころしゅきかっ!?」 「あははは、筧がかんでるぞ」 「寝起きドッキリされたみたいな顔になってます」 みんなが俺を見て笑っている。 怒りなんて最初からないけど、ここは一発。 「笑うなこらっ!!!」 目の前にいた御園に水をかける。 「あっ、私は笑ってないですよっ」 御園も逆襲してきた。 「はい、パターン入りましたっ!!」 待ってましたとばかりに高峰も参戦。 誰彼構わず水をかけまくる。 「きゃっ、しょっぱい、しょっぱいよっ」 「あ、こらっ、白崎に何するんだっ」 「ほわたたたたたたたたたたっ!!!」 もう、何が何だかわからない。 何かをわめきながら、手足を全部使って水をかける。 余計な悩みも煩わしいことも、水しぶきと一緒にどこかへ飛んでいくようだ。 あー、真っ白だ。 頭も視界も真っ白になってく気がする。 「あっ、こらっ、鈴木っ、冷たいぞっ」 「ちょっ、玉藻ちゃんっ!!」 白崎が鋭い声を出す。 「御園、お前もだっ」 「玉藻ちゃん、ストップストップ!」 声があまりにマジなので桜庭を見る。 「ぶはっ!?」 盛んに腕を振って水を巻き上げている桜庭。 その腕の間── つまり、胸部。 そこにあるべき水着はどこにもなく、豊かなものが豪快に揺れていた。 「なんてもんを見せてくれたんや、桜庭はーーーんっ!!」 「せいっ!!」 絶叫した高峰の腹にドロップキック。 そのまま二人で水の中にうずくまる。 俺たちは顔を上げてはいけない。 桜庭のためではなく、自分たちの命のために。 「桜庭さん、駄目です、完全にアウトです」 「ん? もう降参か?」 「玉藻ちゃん、胸、胸っ」 「胸がどうし……」 桜庭の声が途切れた。 急にその場が静かになる。 この世の終わりとは、こういう空気感なんだろうか。 「ママ、怖いよ」 「しっ、目を開けちゃだめ」 高峰と二人、ぎゅっと目をつぶってうずくまる。 と、顔を伏せている俺の脇を誰かが通り過ぎた。 水をかき分ける音が徐々に遠ざかっていく。 「きゃーーーっ!! 玉藻ちゃんっ!?」 「入水は駄目です、ノーモア太宰っ!!」 顔を上げると、沖へと歩いて行く桜庭がいた。 白崎と御園が慌てて救助に向かう。 男の俺では、水着なしの桜庭は助けられないから、これでいい。 「あんさー、水着飛んできたんだけど、これあんたらの?」 桜庭の水着を指先でくるくる回しながら、小太刀が現れた。 「あ、そうですそうです、助かります」 「……って、最初からいたみたいな自然さで現れないでくださいよ!」 「いやー、遅刻してごめんね。電車混んでてさー」 「誠意ゼロの遅刻理由ですね」 「それより、その水着、桜庭さんのなんで」 「ああ、桜庭のか?」 「たしかにアンタのじゃないわね」 水着のサイズをちらっと見て、優しい表情になる。 「佳奈すけ、水着持ってってやれ」 「ラジャーです」 小太刀から水着を奪い取り、佳奈すけが桜庭の方に歩いていく。 なんかもう、体力の80%は持ってかれた気分だ。 「桜庭さん、もっと右、右ですよ」 「玉藻ちゃん、左左」 目隠しをし、木刀を構えた桜庭に周囲から声が飛ぶ。 古式ゆかしいスイカ割りの図だ。 今までのところ全員失敗している。 「30度くらい左向いて下さい」 「アドバイスは無用」 「……私には、すでに見えている」 桜庭が、木刀をピタリと正眼に構えた。 スイカ相手に尋常じゃない殺気だ。 「せいっ!!」 気合い一閃。 振り下ろされた木刀が、スイカの中心を捉えた。 やや遅れて、スイカがぱっくりと二つに割れる。 包丁で一刀両断したかのように、恐ろしいほど滑らかな断面だ。 「木刀って、あんな風に切れるんだ……」 「さ、桜庭流木刀術とか……?」 1年生がおののく。 「私はスイカを斬ったのではない」 「……心の迷いを斬ったのだ」 スイカに向かって静かに一礼、目隠しを取った。 現れた表情は清々しい。 よくわからないが、ポロリについては心の整理をつけたようだ。 「ではみなさん、張り切ってスイカ食べますか」 「ですね、じゃあ、切り分けますので」 1年生が準備に取りかかる。 「俺たちは、その間に飯買ってくるわ」 「おう、行ってくるか」 「焼そばお願いしますっ」 「私はタコヤキがいいです」 全員の要望を聞き取る。 ペルー研からもらった割引券もあるし、豪遊できそうだ。 高峰と二人、海の家に向かう。 男子二人が立ち去り、女性陣だけが砂浜に残った。 「今日は来て良かったね」 「筧くんも、すごく楽しそうにしてくれてるし」 「ああ、海に放り込んだ時の顔は見ものだった」 「あの顔はなかなか見られませんよ」 女性陣が思い出し笑いをする。 しかしその笑顔は、滑稽さから来るものではなく、筧の心からの表情を見たという安堵に近い感情から来たものだった。 「あいつは、たまに弾けた方がいいと思う」 「その方が筧のためになる気がする」 「ほー、さすが胸を見られた人は言うことが違うねぇ」 「仲間を気遣うのは悪いことか?」 桜庭が小太刀の目を見据えて言う。 「な、なにマジになってんのよ、ばっかじゃないの」 小太刀が慌てて目を逸らす。 「ほほー、小太刀さんもなかなか純情なところが」 「な、何言ってんのよ、純情なのは桜庭じゃん」 「ううん、小太刀さんはいい人だと思うよ」 「イライラするー、むっちゃイライラするーっ」 小太刀がレジャーシートの上をごろごろ転がる。 白崎耐性が低い小太刀には厳しい攻撃だった。 「海水浴を喜んでくれてるのはいいんですけど、筧先輩、覚悟を決めたんでしょうか」 御園の呟きに全員が黙る。 「どうでしょうねえ、屋台フェスで忙しかったですし」 「むしろ、屋台フェスの共同作業で覚悟を固めた可能性もあるんじゃないか」 「わたしは、佳奈ちゃんだと思うけど」 「いやいやいや、ここは千莉ですよ」 と、何度目かわからない譲り合いを経て、ともかく屋台フェスの印象を聞いてみようという結論に至る。 「でも、筧くん、教えてくれるかな」 「縛ってくすぐるとか?」 「潮が引いているときに、波打ち際に頭だけ出して埋めるとか?」 「小太刀、催眠術とかできないか?」 「できるか馬鹿」 小太刀がべーっと舌を出す。 「あ、そうだ」 「せっかく水着でいるんだし、胸でも押しつけてやれば教えてくれるんじゃない?」 「小太刀もたいがい馬鹿だな」 桜庭と小太刀がにらみ合う。 「あ、二人が帰ってきちゃった」 白崎がこっちへ近づいてくる男子を指さす。 「よし、ともかく屋台フェスの印象を聞き出そう」 どうしてこんなことになっているのか。 スイカを食い終わった俺は、なぜか女子連中に囲まれていた。 「それで、誰の動きが一番印象に残ってる?」 桜庭がずずいと膝を進めてきた。 「みんな頑張ってたんじゃないか」 「もちろん全員頑張った。私たちもわかってる」 「なら、それでいいだろ」 「いやいやいや」 「そこを、なおも、なおもです」 今度は佳奈すけが迫ってきた。 誰かを選べば角が立つ。 そういうのは趣味じゃない。 答えずにかわしたいところだが……。 「筧先輩、印象の話です」 「順位づけじゃないんだし」 攻めは厳しい。 ならば。 「うーん、白崎かなぁ……」 「えっ!?」 「料理の提供がペルー研の人より早くて、やっぱ料理慣れてるんだと思った」 「そ、そうかなぁ」 テレテレしている。 「いや、むしろ御園か」 「はい?」 「レジの対応がすごく良かった。発音がはっきりしてるからかな」 「まあ、声楽やってますから」 「あー、でも、佳奈すけも印象に残ってるな」 「やっぱ、客引きのセンスがあるわ。一番お客を集めたんじゃないか?」 「いやぁ、ただ喋ってるだけなんですけどね」 「って、考えてきたけど、やっぱ桜庭抜きには考えられないよな」 「実行委員会との交渉も、全部桜庭任せだったし」 「ははは、買いかぶりだ」 桜庭も笑顔を隠しきれない。 「ねえねえ、俺は俺は?」 「高峰はいつだって最高だ。どんな現場もきっちり仕上げてくる」 「いやぁ、テレるね」 とりあえず、全員を平たくほめた。 「あのお、ちょっと伺いますけど」 「全員ほめてから、『やっぱ決められないや』みたいな投げやりなオチでよろしいですか?」 バレた。 「ははは、鋭いな」 「ははは、じゃないぞ筧」 女性陣がさらに詰め寄ってきた。 「筧くん、覚悟を決めるんじゃなかったの?」 「はあ?」 あ、と白崎が口を押さえた。 俺が覚悟を固める? なんの話だ? 「……」 あ、もしかして、本を捨てる捨てないの話か。 「確かに覚悟を決めようとは思ってた」 「どんな覚悟ですか?」 「深刻な悩みがあってね」 誰かが、ごくりと唾を飲んだ。 「家の蔵書を、捨てるか捨てないか悩んでるんだ」 ざざーーん、と波の音が聞こえた。 「筧先輩、恋愛で悩んでいるんじゃなかったんですか?」 「恋愛? いや、全然」 答えると同時に、女性陣がガクッとなった。 どうやら勘違いされていたらしい。 最近、みんなが浮ついてたのは誤解のせいか。 「じゃあ、小太刀さんの勘違いだったんだ」 「なんで小太刀が出てくる?」 「筧が恋愛で悩んでいると言ってきたんだ」 「適当なこと言いやがって」 小太刀を見る。 ……が。 「お疲れ様でしたーっ」 見えたのは、全速力で遠ざかる後ろ姿だった。 あいつ、狙ってやりやがったな。 とんだ羊飼いだ。 「つまり、俺が恋愛で悩んでて、覚悟を決めるとか言ったから心配してくれたのか」 「ま、まあ、そういうことだ」 「仲間が悩んでいるなら力になりたいし……な、白崎?」 「うん、そうそうそうそう」 「そうが4つで、シーソーみたいな」 「……」 この空気、どうしたらいい。 「実際は、筧が誰に告るか戦々きょうきょ……」 「ニルヴァーナっ!?」 1年生の拳が高峰を涅槃に導いた。 女性陣の間でどんな会話が交わされていたのか、だいたいわかった気がする。 だが、何も気づかなかったふりをするのが一番だ。 恋愛の話なんて、掘り進めば誰かを選ばなければならないのだから。 「ともかく、筧の悩みが深刻なものじゃなくて良かった」 「筧先輩らしい悩みで、ため息が出ます」 「いや、これでもめちゃくちゃシリアスなんだぞ」 しつこいようだが、本を捨てるかどうかは重大な問題な。 「悩むくらいならとっておけばいい」 「邪魔に思える時もあるんだ」 「じゃあ、処分すればいいと思いますが」 「だからその覚悟が固まらないって話だよ」 女性陣の視線が生温かくなった。 「筧くん、わたしが言うのもなんだけど、ちょっと面倒かも」 「白崎に言われるとは……」 「筧、うちの白崎が面倒だとでも言うのか?」 「お前もたいがい面倒だな」 言ったら、図書部の面々は例外なく面倒である。 「あー、なんだか気が抜けちゃいました」 「どっと疲れました」 1年生が寝転がる。 続けて全員が砂浜に転がった。 そのまま、ぼんやりと空を眺める。 ちょっとした誤解で心配して、ぎゃーぎゃー言い合って、そわそわして……。 何ともまあ、愉快な仲間たちだ。 温かな気持ちになりながら、ゆっくり瞼を閉じる。 「筧くん、寝ちゃったね」 「ついでに高峰さんも」 眠った男子2名をレジャーシートに放置し、女性陣は少し離れたところで腕を組んでいた。 ほっとしたような、悔しいような気持を抱えていた。 結果として、勝者も敗者もなかったことに安堵を。 そして、彼女たちの恋心がスルーされてしまったことに、いくばくかの後悔を。 「結局、何もわかりませんでしたねぇ」 「筧の興味が、相変わらず本にばかり向いていることはわかった」 「こっちの気も知らずに」 「ちょっといたずらしてみよっか」 「『仮に』私たちが筧さんに気があったとしたら、いたずらしても許されるシチュエーションだと思います」 女性陣の視線が寝息を立てている筧に向けられる。 「よし、作業にかかろう」 「ん……」 目を開く。 寝ちまってたか。 「よ……。ん? あれ?」 体が動かない。 圧倒的な質量に体が包まれている。 これが金縛り? 「よう、お目覚めかい?」 隣から呑気な声がした。 首だけを横に向けると、砂の山から頭だけを出した高峰がいた。 「俺も高峰と同じ状況か」 よく見れば、体の上には砂の山ができていた。 「漫画じゃよく見るけど、実際やられてみると楽しいもんだな」 「そうか?」 何でも楽しめるのは高峰の才能だと思う。 「ところで、他の奴は?」 「わからん」 「玉藻ちゃん、そっち行ったよ」 「よーし、任せろっ」 「よいさっ」 「佳奈、ナイスッ!」 「ビーチバレーかね」 「ま、置き去りじゃなくて良かった」 「しかし、俺らはなんで埋められてるんだ?」 「俺の勘だと、筧のせいかな」 「何だよそれ」 「わかってるくせに。やだねえ、この子は」 にやりと笑い、高峰は空を向いた。 おおかた、俺が女の子に気を持たせたと言いたいのだろう。 「でも、こんな青空を見ていると全部どうでもよくならないか?」 「そうでもないけどな」 二人でぼんやり空を眺める。 「つーかさ、すっごい黒い雲が出てるんだけど」 「虫の知らせだと、ゲリラ豪雨が来るな」 「昨日、来ないって言ったじゃんか」 「ねえ」 「ねえ、じゃねーよ」 高峰が苦笑した。 女子に掘り起こされ、ゲリラ豪雨は海の家で回避。 学園に戻った後、少しだけ残っていた図書部の仕事をこなしてから、俺たちは帰途についた。 西日に染まるいつもの景色を見ると、楽しい夢が終わってしまったような〈寂寥〉《せきりょう》感があった。 これで、夏休みの部活動は全て終了だ。 「さて、次に会うのは新学期か」 「まだまだ暑いから、体調を崩さないように注意してね」 「はーい、おかーさん」 「夏風邪ひいたら看病して下さいね」 「佳奈ちゃんは風邪ひかないから大丈夫だよ」 にっこり答えた白崎に、おそらく他意はない。 「まあ、実際ひきませんけどね」 佳奈すけが死んだ魚の目になった。 「望月さんからメールだ」 メールを開く。 「国際屋台フェスティバルはお疲れ様でした。めざましい活躍をされたと伺っています」 「このところ、図書部の類似団体から次々と活動休止の申請が出されています」 「どうやら一過性のブームだったようですね」 「1つか2つは活動を続けるかもしれませんが、ご本家が気にすることはないと思います」 「今後も、お互い協力して学園をもり立てていきましょう」 「……だとさ」 メールを音読してみた。 「奴ら、飽きちまったみたいだな」 「実際に活動すると、意外と大変ですもんね」 「朗報じゃないか。これでまた気持ちよく活動できる」 「こっちがとばっちりを受けることもなくなります」 全員が晴れ晴れとした表情になった。 「これからも色々あると思うけど、守るべきものを守って頑張っていこうね」 「任せて下さい」 「9月には汐美祭もありますし、また頑張りましょう」 1年生が元気よく答える。 「俺達も負けられないな」 2年生もうなずく。 『図書部の守るべきもの』とは何か。 図書部モドキとのいざこざは、期せずしてそれを確認させてくれた。 俺たちにとっては、夏休み最大の収穫かもしれない。 「んじゃ、また9月ってことで解散しますか」 「おう、お疲れ」 「またね、みんな」 口々に挨拶を交わし、それぞれの帰途に就く。 夕暮れに消えていくみんなの背中が、夏休みの終わりを告げているように見えた。 考えてみりゃ、妙に普通っぽい夏休みだった気がする。 普通が良いか悪いかは別として、今まで読書しかしてこなかった俺には刺激的だったのだ。 俺にも、本を離れた生き方ができるんだろうか。 ふとそんなことを考えてしまうほどに、夏の毎日は充実していた。 家に帰ると、相も変わらず本の山が出迎えてくれた。 帰ってきたという実感と、何とも言えない安心感が身を包む。 思わず深呼吸してしまう。 やはり本はいい。 さっきまでのセンシティブな思考は、充実感の過剰摂取による幻覚症状だ。 「……」 手近にあった読みかけの本を開く。 はらり、と例の栞が舞い落ちた。 『お前の帰るべき世界はここだ』と言われている気がする。 栞の言い分は大袈裟にしても、今の俺にはまだ本が必要なのだろう。 「よし、本は捨てない」 覚悟を固めると、急に活字への渇きが湧き起こってきた。 夏休みも残すところあと3日。 俺の全てをかけて読書に取り組もう。 忘れられない、読書の夏にするんだ。 そうと決まればコンビニだ。 スポーツドリンクと、野菜ジュースとカロリーなんちゃら的な食料を買い込まねば。 熱い決意を秘めつつ、コンビニへと向かう。 一日じゅう日に当たった背中が、服にこすれてヒリヒリ痛む。 考えてみれば、まともに日焼けしたのは久しぶりだ。 「(……日焼け、か)」 それは、身体に刻まれた夏の記憶。 みんなと一緒になって遊んだ記憶。 楽しかった、記憶。 そう思うと、鬱陶しいはずの肌の痛みが、少しだけ心地よく感じられた。 学園を卒業して、時は流れ── 大人になった俺とつぐみは、生涯を共にすることを誓った。 そして今日、結婚式が行われる。 「ふぅ……まだ緊張してる」 「嘘。京太郎くん、予行練習の時もすごくきりっとしてたじゃない」 ついさっき予行練習を終えて、本番まであと数時間。 人気のなくなった教会で、俺とつぐみは2人並んで座っていた。 「緊張してたさ。なにせ本番じゃつぐみの家族がいるからな」 そう、式は俺達2人だけで行うものではない。 つぐみの家族も、もちろん出席する。 それが俺にとって緊張の種だった。 「別に、お父さんともお母さんとも仲いいじゃない。さよりだって京太郎くんに懐いてるし」 「そうなんだけどな」 結婚式は、ただ幸せを祝ってもらうだけのものではない。 つぐみを育ててきた両親を安心させないといけないのだ。 「つぐみのご家族、喜んでくれるかな」 「絶対に喜んでくれるよ」 「でもお父さん、式の前から既に泣いてたぞ」 「あはは、あれはおおげさだよ」 「大体、娘が結婚するくらいであんなに泣くなんて……」 自分の年齢の倍くらいもある大人が、 大粒の涙をこぼした時のことを思い出したのか、つぐみは、 「……っ、あ、あんなに泣くことないのにねっ」 娘も泣いていたので、おあいこだと思う。 「本番じゃきっと大泣きだよね。いい大人なのに」 つぐみの肩を抱く。 「変だよね、お別れなんかじゃないのに、あんなに泣いちゃうなんて」 「今までお世話いっぱいかけちゃったからかな」 「親の気持ちはわからないけど」 「多分……つぐみが生まれてきて幸せだったからじゃないか」 「……っ、や、やめてよっ……お化粧落ちちゃうよぉ……」 泣き笑いのつぐみを見て、俺は安心する。 なんだか見ている俺まで満たされた気がした。 それは、俺には足りないものだったから。 それにしても、緊張する……。 つぐみを幸せにするのはモチロンで、当然覚悟もできている。 だが、つぐみの両親にはなんと言えばいいのかいまだにわからない。 俺よりも、ずっと長い間つぐみを愛してきた両親を。 納得させて、安心させてあげたかった。 けどその方法がわからない。 親という存在が、あまりに遠すぎるせいかもしれない。 「わたし今凄く幸せ。これからはこんな幸せが毎日続くんだね」 つぐみの笑顔は、いつも俺の何かを埋めてくれる。 彼女の幸せが、俺の幸せと感じられるのが心地いい。 「京太郎くん」 「え、何で膨れっ面してるんだ」 「だって、また人のことばかり考えてたでしょ」 「まあ、そうだけど……」 「京太郎くんは自分のことを後回しにしすぎだよ」 つぐみが俺に気を遣ってくれるのもわかる。 今日の結婚式、当然ながら俺の親族は誰も来ない。 まあ、その代わり見知った友人達がいてくれるから充分なのだが。 「皆凄く張り切ってくれてたね。高峰くんのお父さん役凄く面白かった」 愛すべき伴侶と、掛け替えのない友人達がいるから、俺はきっと大丈夫だ。 「俺も幸せだよ」 「駄目だよ。もっともっと京太郎くんは幸せにならないと」 つぐみは俺の薄暗い過去を知ってから、前よりさらに俺の世話を焼きたがる。 「もう充分。これ以上欲しいものなんてない」 「わたし知ってるよ。京太郎くんの欲しいもの」 つぐみは俺を正面から見据える。 俺には今まで見えなかったものを。 見ないようにして諦めていたものを、つぐみはしっかりと見ていてくれた。 「家族が欲しいんだよね」 「……っ」 つぐみは、俺が自分でも気付かないようにしていた望みを、代わりに口にしてくれた。 俺の頭を子供みたいに撫でてくれる。 家族の思い出なんて全然ないけど、もしいたとしたら……。 きっと今のつぐみみたいに、俺の頭を撫でて慰めてくれたんだと思う。 「よしよし。いっぱい作ろうね」 「わたしは男の子がいいな」 「つぐみ、俺は」 「いいよ、言わなくて」 「わたしの夫になってくれる人の気持ちくらい、わかってるから」 「寂しかったんだよね」 つぐみのドレスを汚してしまうのは忍びなかった。 でも、涙が止まらなかった。 「俺は……いい父親になれるかな」 「なれるよ、絶対に」 「でも……自信がないんだ。幸せな家庭なんて縁がなかったから」 「それでも作ろうよ。家族を」 「わたしいっぱい頑張るから」 「きっと京太郎くんを寂しくさせたりなんかしないから。ね」 俺はたまらなくなってつぐみを抱きしめる。 「きゃっ……あはは、我慢できなくなっちゃったの?」 つぐみの胸に顔を埋めて、子供みたいに甘えた。 「京太郎くん……えと、その……したいの?」 「ああ……我慢できないかも」 この格好で、この場所で求めるべきじゃないのはわかっていたけど。 甘えてみたかった。 「今すぐつぐみを抱きたい」 「え……京太郎くん……? こ、ここで?」 俺の胸の中で、つぐみはうぶな少女みたいに照れる。 「また照れてる。初々しいな」 「だ、だって……! 恥ずかしいんだもんっ」 俺の性欲が一向に落ち着かないのは、つぐみのそんな可愛らしさにも原因がある。 「この格好で、するの……?」 「本番でも使うんだよ。このウェディングドレス」 「綺麗なつぐみを見てたら、抑えが利かなくなった」 「もぉ、またそうやってべた褒めするんだから……うちの旦那様は」 文句を言いつつ耳まで真っ赤だった。 「……わかりました。わたしも京太郎くんの妻ですから」 そう言うと、つぐみは丁寧にチャックを下ろしてくれる。 タキシードから、肉棒がぽろりと露出する。 「うぁ……もう、おっきくなっちゃってる……っ」 つぐみの顔が、かぁっと一層赤くなる。 彼女は一息深呼吸して、綺麗な手袋で包んだ両手で、優しく握ろうとしてくれる。 「手でしてくれるのか」 「うん……まずは京太郎くんに気持ちよくなってほしいなって」 あれだけ恥ずかしがっていたのに、いざ行為が始まるとつぐみは躊躇しない。 「それじゃあ……触るね」 ウェディングドレスの清楚な白に似つかわしくない肉棒を、ためらいがちにきゅっと握ってくれる。 「うぅ……やっぱり悪いことしてるみたいだよ……」 Hに慣れてきたとはいえ、この格好でするのは抵抗があるらしい。 「やっぱり汚すとまずいかな」 「ん……少しくらいなら大丈夫だと思うけど」 「それに……お、同じ白だから……目立たないと思う……」 「……って何いってんだろわたしっ、じゃあするねっ」 女性の細さを際立たせる白手袋で、赤く性的に腫れた肉棒をさする。 こすっ、こすっ、こすこす……っ。 「くっ……」 「京太郎くん、だ、大丈夫っ? もしかして痛かったかな」 「軽くさすってあげただけなんだけど……手袋で触るの、やだった?」 「い、いや大丈夫だ。びっくりしただけ」 白手袋の高級な布地は、驚くほどすべすべしていた。 亀頭に軽く触れただけで、ぴくりと反応してしまう。 「あれ、いつもより反応が……やっぱり手袋だめなの?」 「じゃあ脱いでした方がいいのかな」 「いや……そのままでいい」 つぐみの、いかにも女の子な可愛い手指も好きだ。 だが、白手袋は別格だった。 「うふ、京太郎くん手袋気に入っちゃったんだ。変なの」 「じゃあ京太郎くんの大好きな白手袋で、いっぱい気持ちよくしてあげるね」 しゅっ、しゅっ……。 「あ、でも手袋してた方がスムーズかも。気持ちいい?」 「ああ……白手袋はちょっと反則って思えるほどだ」 「良かった。それじゃあ次は……な、舐めてあげようかな」 つぐみは反り立った肉棒を前に、頬をさらに赤らめ、ごくりと喉を鳴らす。 「んっ……やっぱり口に入れるのって、今でも緊張するよ」 「俺だって少しは緊張してるよ」 しかも、今日は清楚な花嫁相手だ。 そんな天使のような女性に男性器を舐めてもらうのは背徳感が凄い。 「あ、ちょ、ちょっと少しだけ待って」 緊張しているのだろうか。 胸元が見える大胆なドレスに、谷間ができるくらい、体を縮こませてしまう。 「ごめん、やっぱり家に帰ってからしようか」 「うぅん、ちゃんとできるから」 「……すーはー……よしっ」 つぐみは勃起している肉棒に、ちろりと出した可愛い舌をつける。 「ん……んむっ、ちゅっ、ちゅうっ……ああぁっ、んふっ……れろ、ちゅっ」 「ちゅ、ちゅぅ……れろ、ん……ちゅちゅ……んっ、あの……京太郎くん?」 「そ、そんなに見られると……恥ずかしいよ」 「ごめん、見とれてた」 花飾りで装飾した美しいドレス姿は、彼女の美貌を際立たせている。 着替えてから練習を終えるまで、一体何人の男性の視線を虜にしたことか。 「んっ、ちゅ……ぴちゅっ、ちゅぱ、じゅるっ、じゅちゅ、ぐちゅっ」 「キレイだ」 「んんっ……もうっ、舐めてる時にそんなこと言わないでよぉ」 「それに、服は可愛いの選んだけど中身はいつも見てるじゃない。普通だよ」 「……つぐみはまだわかっていないのか」 「学生の頃からどれだけモテてたのか、未だに自覚していないらしいな」 「んっ、ちゅ、ぴちゅ……んんっ……や、やめてよぉ、こんな時に」 「そんな褒め方しないでぇ……ん、んふ、ちゅぴ」 さすがに、彼氏持ちのつぐみに対して本気で言い寄る男はいなかったが。 それでも常に男性の視線はあったし、彼女の前に立つ男の緊張は手に取るようにわかった。 「んちゅ、んむっ……んっ、んふっ、あっ、はんんっ、くちゅ……」 そんな、学生達の憧れの女性だったつぐみが、俺のペニスを献身的に舐めてくれている。 「うぁ……まだ大きくなってるぅ……まだそんなにしてないのに」 「本当につぐみが綺麗だから」 「わ、わかったから……っ、もう恥ずかしいこと言わないでよ……」 「もお……自分だってそんなタキシード着て、格好良すぎる癖に」 「そうか? こっちは派手な装飾もない普通の正装だけど」 つぐみは視線をわずかに揺らし、照れ隠しに肉棒を撫でる。 「すごく格好いいと思う……今日はあなたにずっとドキドキしてました」 「ウェディングドレスでエッチなことするの、少し抵抗あったけど……」 手袋のすべすべした感触は、男根を優しく包むような包容力もあり。 それでいて、男根に刺激を与えるのに適したほどよい摩擦が絶妙だった。 「でも今の京太郎くんに迫られたら、体が熱くなっちゃって……」 「拒否なんかできなかったんだから」 「もうっ、京太郎くんのイケメンさんっ」 白手袋で優しく皮を剥きながら、頭を出した亀頭にぺろぺろと涎をつける。 「んちゅ……くちゅ、ちゅ……れろ、ぴちゅ、くちゅ……ちゅぅ、ちゅちゅぅ」 つぐみは献身的な舌使いでペニスを包んでくれる。 聖なる雰囲気を纏う頭の飾りを、淫らな様子で上下に揺らして。 「あっ、んむっ……んふっ、んっ、はん……」 「くちゅ、ちゅぅ……んうぅっ、うんんっ、あっ……んぷっ、ん……っ」 亀頭の入り口に沿って、舌でぺろりとなぞる。 「れろっ、んむっ……んっ、んふっ、あっ、はんんっ、はむっ……」 つぐみの唇には、あでやかな衣装に合わせて大人っぽい口紅が乗っている。 薄い口紅のピンクは、接吻する度にペニスへと色を移していく。 「んっ、くちゅ……んふ、いっぱい舐めたら元気になってきたね」 「手でするのも最初は下手だったけど……上手くなってきたでしょ」 「ああ。無理させてごめんな」 「ううん、無理なんかじゃないよ」 「わたし京太郎くんのために、何でもしてあげたいの」 肉棒をすっぽりと包む白手袋は、仕えるような従順さで快楽を奏でる。 「でも恥ずかしい思いさせてる」 「もちろん恥ずかしいよ」 「こんな姿でするとか思ってなかったから……まだドキドキしてる」 豊満な胸元を、恥ずかしそうにきゅっと寄せると、谷間の深さがさらに増した。 「でも京太郎くんはわたしの夫だもん」 「夫がしたくなったら、恥ずかしくたって、妻は頑張らないと」 「お料理も、掃除も……エッチも」 ずいぶん真面目な態度でペニスをしごいてくれると思ったら、家事に取り組む姿勢にそっくりだった。 人に何かをしてあげることに集中するのが、つぐみは得意だった。 「もう充分だよ。家事が完璧なお嫁さんだってなかなかいない」 「エッチも上手くなりたいのっ」 陽光を穏やかに反射する白手袋で、肉棒が軋むくらいぎゅっと握る。 「京太郎くんあんまり嬉しいの顔に出さないけど……」 「エッチする時は結構顔に出してくれるから」 「気持ち良さそうな顔、もっと見たいの……くちゅ、ちゅ、ぴちゅ、んむっ」 亀頭を頑張って頬張るつぐみ。 可愛い舌の感触が気持ちいい。 「んくっ、ちゅく……ちゅ、んむっ……ちゅちゅ、くちゅ……んんっ」 だが、やはり男根に絡みつく白く美しい手が頭の中をかき乱す。 「ちゅっ、ちゅうっ……ああぁっ、んふっ、はうぅっ……れろ、ちゅっ」 先程まで行われていた結婚式の予行練習で、つぐみは。 元生徒会長を思わせるしきりの良さを、この手袋でてきぱきと発揮していた。 「んっ、ちゅ……ちゅく、ちゅる、れろ……ん、京太郎くん……?」 そんな真面目で優秀な女性の白手袋が、今は男性器を弄り回している。 「京太郎くん、そんなに手袋で撫でられるの好きなんだ……」 「すまん、別に変な意味じゃない……つもりだ」 「ふふ、いいよ。京太郎くんすっごく気持ちよさそうだし」 「なんかつぐみに弄ばれてるみたいだ」 「や、やだっ……そんなにわたしエッチな顔してた? うぅ恥ずかしい……」 「だって、してあげてる時の京太郎くんの顔って可愛くて……っ」 「見てて飽きないんだもん」 彼女の指が、せっせと肉棒の皮をむいたり、伸ばしたりを繰り返す。 「もっと見たいな……京太郎くんの可愛い顔、見せて?」 「はむっ、くちゅ、ちゅく……ちゅ、んむっ……れろ、くちゅ、ちゅ」 「んちゅっ、ちゅ……ふちゅ、ああぁっ、んふっ、はうぅっ……れろ、ちゅっ」 つぐみの手指が、ペニスの御機嫌をとるよう熱心に擦り続ける。 「んちゅ、ちゅ……んむっ、うんんっ、あっ……んぷっ、ん……っ」 尿道から先走った液が、汚れ一つなかった手袋にうっすらとシミをつける。 「ちゅ、ちゅくっ……んっ、れろ……ちゅ、もっともっとわたし頑張るからね」 「わたしの旦那様に気持ちよくなってほしいから」 「ああ、すごく気持ちいいよ」 「んふ、よかった」 つぐみとつき合ったのは、純粋に傍にいてほしいと思えたから。 綺麗な容姿にも惚れていたし、体を重ねたいという性欲ももちろんあった。 「れろっ、んむっ……んっ、んふっ、あっ、はんんっ、はむっ……」 しかしそれに加えて、セックスまでこんなに上手くこなされてしまうと……。 情けない話、溺れてしまいそうだ。 「いいよ、つぐみ……もっとしてほしい」 「いいよ……ふっ、ちゅ……んん、ちゅく……頑張ってかなえてあげる」 「エッチなことなら多分、努力すれば全部できると思うから」 つぐみが肉棒を擦り上げ、舐める度、純白のドレスがふわふわと揺れる。 美しいドレスに守られた、ふっくらとした2つの乳房もゆさゆさと揺れる。 「んっ、ちゅ、くちゅ……ぴちゅっ、ちゅぱ、じゅるっ、ちゅ、ぐちゅっ」 つぐみの胸は学生の頃から相当大きかった。 だが、今はそれに輪をかけて膨らみを増やしていた。 「んっ……京太郎くん、また胸見てる」 「いや、見てないぞ。綺麗な顔に見とれていた」 「おっぱい見てたもん」 つぐみは照れた様子で胸元の布地を上に上げて、隠すような仕草をする。 ペニスを咥えておいて、今更とは思うが。 「ちゅ、ちゅる……れろ、くちゅっ、んく、はあっ……れろっ、あっ、んふっ」 舐めるたびに、豊満な乳が揺れ踊り、肌色の面積がじりじり増えていく。 「あ、あのね京太郎くん……えと、このまま出しちゃって、いいの?」 つぐみは肉棒をしっかりと掴んだ状態で、体をもじもじとくねらせ恥じらう。 「え、それって……最後までするってことでいいんだよな?」 「うん……手とか口で出しちゃって、大丈夫かなって……」 「今のつぐみとなら何回だってできそうだ」 「そっか……そうなんだ」 「どうした」 「……っ」 口で言うのをためらうほど恥ずかしいセリフらしい。 「あのね、さっきね……京太郎くんが、家族が欲しいって……」 「あ、あぁ……どうだったかな」 「言ったよねっ?」 告白するみたいな真摯さで見つめてくる。 「……言った」 「今日のわたしね……その、京太郎くんの家族作れる日っていうか……」 恥ずかしがるのもわかる。 「……本当にいいのか」 「う、うんっ……いいよっ」 「わかった、最後までしよう」 「……いいの?」 「いいも何も、俺がさっきつぐみと家族を作りたいって言った」 「で、でもあれは近いうちにってことだろうし」 「その、今日はどうなのかなって……」 「生んでほしい」 「ぁ……」 「今日、作ろう。俺達の子供を」 「は、はいっ……京太郎くんの赤ちゃん、わたしも欲しいですっ」 お互い見つめ合ってから、台詞と格好のギャップに吹き出してしまう。 「ふふ、まずは京太郎くんをいっぱいその気にさせてあげないとね」 「んちゅ、ちゅく、ちゅ……んむっ、うんんっ、あっ……んぷっ、ん……っ」 白手袋と肉棒の摩擦で熱いと思えるほどに、手コキの勢いが増す。 「んっ、んぷっ、あんっ……んちゅ、ちゅく……ちゅ、んむっ」 「ちゅちゅ、くちゅ……んんっ、あっ、んむっ……んふっ、んっ、はん……」 「つぐみ、そろそろ……っ」 「ちゅ、ちゅく……いいよ、いつでも出して……京太郎くんの好きなだけっ」 「んちゅっ、ちゅうっ……くちゅ、んん、ちゅ、あふっ、ちゅ、れろ、ちゅっ」 舌の刺激に、痙攣を繰り返していた肉棒はあっという間に限界へと近づいていく。 「れろっ、んむっ……んっ、んふっ、あっ、はんんっ、はむっ……」 「くっ……!」 「んちゅ、ちゅ……んちゅ、れろ、あむっ、ちゅ、んんっ、ちゅちゅ……れろ」 「あむっ、んちゅ、ちゅく、ちゅ、んむっ、ちゅちゅ、くちゅ、んんん〜〜っ」 びゅるる! びゅっ……びゅびゅうぅ!! 「んんんんんっ〜〜〜〜っ!!!」 肉棒から白い精液が、つぐみの顔に向かって放たれる。 「んぁ……んんっ……京太郎くんのあったかいの、顔に……」 「ふぁ……すごい量出ちゃってる……こんなに出しちゃって、大丈夫なの?」 聖なる花嫁が、俺の体液で汚されていく。 「すまない、服まで少し汚してしまった」 「うぅん、それは大丈夫なんだけど……」 「だってこれから京太郎くんのこれ、わたしの中に入れてくれるんでしょ?」 「2人にとって大事な儀式なんだから、別に汚いなんて思わないよ」 覚悟を決めているつぐみの言葉。 俺はもうたまらなくなって、今すぐにも彼女を抱き締めたかった。 「つぐみ……これから君を抱きたい」 「はい……抱いてください」 つぐみは自ら率先して椅子に手をついて、尻を突き出してくれる。 ドレスのスカート部分のひらひらを、そっと皮をむくように持ち上げた。 純白のドレスにも負けない、白く眩しい桃尻が露わになる。 つぐみの尻の膨らみを目の前にして、思わず喉が鳴る。 「京太郎くん……?」 今日一日ずっと、この素晴らしいウエストのくびれに誘われていた。 「うぅ、またお尻見てる……」 「あ、あぁ……」 「恥ずかしいからお尻なんか見てないでよ……」 「これは……見とれるのはしょうがないよ」 ドレスの中で、最も豪華でヒラヒラしているのはヒップ部分なのに。 その派手な衣装の上からでも、つぐみの尻の完成された曲線はわかった。 大人の女性を思わせる尻を柔らかく撫でる。 「んっ、んぁ……お尻そんなふうに触られるとなんか緊張しちゃうよ……っ」 「つぐみはどこを見られても恥ずかしがるな」 「お尻は凄く恥ずかしいよ。だって最近になってまた大きくなってきたんだもん」 少女のような悩みを口にしながら、見事に充実した尻をぷるんと震わせる。 「ダイエットしようかな……お尻これ以上大きくなったらどうしよう」 「必要ないさ。つぐみの後ろの曲線は、ちょっと芸術的なほどだよ」 それでいて、無駄を感じさせない肉付きだ。 つぐみのヒップに視線を奪われながら、秘所にぴちょっと肉棒をあてがう。 「や、やめてぇ……っ、そんなこと言うともう見せてあげないんだからっ」 「それは困るな」 肉棒の先端から徐々に沈めていく。 「はぅ……んっ、んふっ、ああっ……くぅんっ、京太郎くんのが、入って……んあぁ」 「うぅっ……あんっ、んっ……ああっ! そんなに、急に奥までっ……あぁ、やあぁ……んっ」 ヒップの肉をかき分けながら腰を進め、ついに肉棒が奥に到着する。 「あぁ……っ、あ、んくっ……また一つになれたね……大好きな人と、一つに」 「んあぁっ、はっ、ああぁ……ひんっ、んく、ああぁっ……」 中に入れた途端、肉棒は膣内のじわりとした熱にとらわれて冷静さを失う。 「ひぁっ、あぁ、あんっ……ああっ……やんっ、んっ、はあっ……ひっ、あぁ…っ」 妻となる女性のヒップに目を奪われながら、激しく腰を前後させる。 「んああぁっ、ああっ……やっ、あぁ……あんっ……ふあぁ……ああぁ」 「京太郎くんっ、今日はすごく興奮してる……っ、いつもより激しいよぉ」 ウエストの細さを掴んで確かめ、ウエストから尻山にかけて急カーブをなぞる。 「あっ、あぁんっ……んふっ……そんなにお尻、好きなの?」 「ああ……すごく綺麗だから」 「京太郎くんて、んっ……結構エッチだよね。外でも求めてくるし」 「あうっ……あ、あ……んっ、ふぁ、あぁんっ、あくっ、んんっ……あぁ」 「これでも自制している方だ。つぐみが綺麗すぎるのが悪い」 「ひぁ……あっ、あんっ……もうっ、褒めすぎだよぉ……」 褒め言葉に反応したのか、つぐみの膣内がきゅっと締まる。 「綺麗だよつぐみ。出会った頃からあんなに美しかったのに、ますます綺麗になる」 「京太郎くんのせいだよっ、京太郎くんの視線をずっと独り占めしたくて……あっ」 「あくぅっ、ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひんっ……つき合ってからもいっぱい努力したんだから」 ヒップを撫で回してその柔らかさを堪能しながら、リズミカルに抽送を繰り返す。 「やっ、んくっ……んっ、ふっ、んうぅっ、あんんっ……」 「京太郎くんだって、どんどん格好良くなるから……色んな女性に好かれちゃって」 「わたしより可愛い子だっていっぱいいたから、すっごく頑張ったんだから……」 「ごめん、誰のことかわからない。いつだってつぐみが一番だった」 興奮のせいか、腰の勢いが増していく。 つぐみの髪飾りや、滑らかな長髪が、衝突の衝撃でふわりと宙を舞う。 「それに俺がつぐみを裏切るわけがない」 「わかってるけどっ、京太郎くんはずっとそばにいてくれるってわかってたけどっ」 「あっ、あぁんっ、はぅ……んくっ、でも頑張らなくちゃいけなかったの、女の子だもん」 つぐみから目が離せない。 「あっ、あぁ、やぁっ……! ああ……あん、ふぁ、んふっ……あぁ」 豊かな乳房が、腰の動きに合わせてリズミカルに揺れる。 それらを背後から抱きしめるように掴んで、柔らかさを堪能する。 「あはっ、あっ、あぁんっ……おっぱいも欲しいの?」 「ああぁ……あっ、はぅ、んっ……気持ち、いいよ……っ……ふぁ、あぁ、あぅ……んくっ」 「やっぱり胸も大きくなった?」 「京太郎くんのせいだよっ、しょっちゅう揉むんだから……っ」 綺麗な形だった乳を、ぎゅうっと好き放題絞られながら、つぐみはせつない吐息を漏らす。 腹の奥と同時に胸まで責められて、つぐみは快感に震えていた。 「そんなに赤ちゃんみたいに沢山触られたら、大きくなっちゃうのも当たり前だよ」 「どんどん大きくなればいい」 キュッと締まったくびれから、アンダーとトップの差が激しい膨らみまで撫で上げる。 「ふあぁ……あぁ、んふっ……あくぅっ、ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひんっ、はうぅんっ」 この抜群のプロポーションを、余すことなく見せつけるドレスは扇情的で好きだが。 これを本番でも見ることになるのか……。 今もその魅力に取り憑かれて、腰が全く止められないというのに。 「もうすぐ京太郎くんの赤ちゃんのおっぱいになるんだからね」 「わかってる。そうしたらしばしの別れだな」 手にずっしりとくる双丘を揉みほぐし、弾力性を楽しむ。 「ふぁ、あくっ……んふ、京太郎くんのおっぱいの触り方ってやっぱりエッチだよ」 「そうか?」 「あっ、あぁ、んぁ……どんどん上手くなっちゃって、もう触られるだけで頭ふわふわしちゃう」 「やあっ、あっ、だめっ、んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、あぅ、んんんっ」 やはり繋がった状態で胸を揉むと、異様に興奮してしまう。 「あっ、はぁ、んぁ、あぁんっ……んくっ、んっ……んあぁ……あぅ……」 つぐみは、幸せそうに背後の俺へ身を任せてくれる。 「ねぇ京太郎くん、やっぱりね……赤ちゃんできても、おっぱい触ってほしいかも」 「それは、構わないけど……」 「そのまま盛り上がって、すぐ2人目ができそうだ」 欲望のままにペニスを突き入れる。 「ふぁっ……あっ、あんっ、んあぁ……ひぅ、んふ……あぁ……んあっ」 急激に押し潰されたお尻の肉が、行き場をなくしてぷるんとたわむ。 「んんっ、んぁっ、あぁ……ひぁ、んくっ……あぁ……んあ、んっ、んふっ」 肉棒を引き抜くと、圧迫されていたヒップが元通りの完璧な丸みを取り戻す。 「ねぇ、京太郎くん……本当に赤ちゃんできちゃったら、ね……」 お互いが重なり合うほど近くにいても、つぐみはまだ不安そうだった。 「まずは名前を決めないとな」 「本当にいいんだよね……? わたし京太郎くんの赤ちゃん、授かっても……いいんだよね」 「ああ。一生責任とる。支えていくよ」 「いっぱい、んぁ……あっ、んぁ……迷惑かけちゃうかもしれないけど、ああぁ」 より激しく膣内を突いて、不安など吹き飛ばしてやる。 「あっ、あくぅっ、ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひぁ……はうぅんっ」 「ただ、名前は難しいな。男か女かもわからないし」 「両方、決めておけばいいよ、2人目の分まで」 「もう2人目の話か」 「えっ、あっ……そういうんじゃないからねっ」 「ただあなたの子供がいっぱい欲しいってだけで、そういうことしたいわけじゃ……したいけどっ」 したいのか。 「だって、あっ、あくっ……んんっ、んは、あぁ……気持ちいいんだもんっ」 「赤ちゃん作るためだってわかってるけど、まじめにしなきゃいけないのはわかるけどっ」 「でもっ……大好きな人と繋がるのって幸せすぎて……次も次もって考えちゃうんだもんっ」 「ひゃぁ……あぁ、ふぁ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……んくっ、んあぁ」 「ふぁ、あっ、あぁ……あんっ、うぅっ、んっ、んあぁっ……」 「俺も、つぐみが子供産んでくれても、当分は収まらないと思う」 「わたし達、大家族になっちゃうのかな……でもそしたら寂しくないよね」 もっとつぐみを気持ちよくさせてあげたくて、膣の途中を優しく撫でてやる。 「あああぁっ……あっ、ふあぁ……それ駄目だよっ、中そんな風にこすられたらっ、んあぁ」 「これ、好きだよな」 つぐみの尻にすがりつくように挿入を繰り返す。 「やあっ、あぁ、だめっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 つぐみは腰をくねくねと振って悶える。 「優しくするのだめぇ……今日は外でしてるんだから、普通にして……っ」 「気持ちよすぎて、あんまり大きい声出したら、人に聞かれちゃう……!」 「ひゃぅ、んふ、んん……あくぅっ、ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひんっ、はうぅんっ」 「こんな格好でしてるの人に知られたら、恥ずかしいよ……」 この場所に俺達2人だけなのはちゃんと確認した。 だが気分の問題なのだろう。 「でもつぐみも気持ちよくなってほしいんだ」 「でもっ、これじゃわたし……あぁんっ! あっ、ああぁっ! ひゃあぁ、はうぅ」 真っ直ぐただ奥をつくのではなく、わざと膣壁にぶつけて刺激してやる。 「ダメダメぇ、いつもそれで大声出しちゃうんだからぁ、ああぁん」 「京太郎くんずるいよっ、わたしの弱いところ全部知ってるんだもんっ」 「それはお互い様だろ」 膣内は愛液でぬるぬると潤っており、その中を駆け巡ってマッサージしてやる。 「きゃあぁ……ああぁ、あんっ……いつもいつもわたしの体を気持ちよくしちゃうんだもん」 「わたしですら知らなかったところまで、こんな……」 「こんなにエッチになっちゃって、そっちの責任も取らなきゃいけないんだからね……」 「ああ、責任とるから許してくれ」 尻がぱちりと鳴るほどに強く打ち付ける。 「あああぁぁ、んあぁ、だめっ、んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 力の抜けたつぐみに襲いかかるようにして、自由を奪うように体重をかけていく。 「んああぁ……あひっ、ひぅ、んはっ、ああっ……やっ、あぁ……あんっ……ふあぁ」 「激しいのも好きだったよな」 「駄目ぇ、ああぁ、あんっ、あ、あふっ、んぁ……ダメダメ、我慢できなくなっちゃうっ」 「あっ……んうぅっ、ふっ、ん……くぅんっ……うぁっ、んんんっ」 さらに激しくつぐみの中を暴れまわる。 お仕置きのような激しさの挿入に、美尻はタプタプと肉を震わせながら縮こまる。 「気持ちいい?」 「気持ちいいっ! 気持ちいいに決まってるもんっ」 「こんなのされたら、格好とか場所とか、恥ずかしいのどうでもよくなっちゃう……っ」 つぐみの秘裂から太ももにかけて、とめどなく愛液が垂れ落ちる。 「あぅ、んくっ、んん〜、き、気持ちいいっ、気持ちいいよぉ、京太郎くん……っ」 「ひぅ、あぁ、あうぅっ……あっ、んっ……んあぁっ、くぅっ……」 「んあっ、あぁ、あんっ……嬉しいよ、んぁっ、わたしの体のこと、こんなに知ってもらえて……」 「あああ……あ、ふぁ、んふっ……もっと、もっとぉ、あうっ……京太郎くん色に染めてくださいっ」 「やっ、あくっ、んっ、ふっ、んうぅっ、あんんっ……お腹の中まで全部、あなたで……っ」 執拗に腰を打ちつけられ赤みを帯びたお尻に手を置くと、しっとりと濡れていた。 「つぐみ、そろそろ……っ」 丸い尻を、優しく撫で回す。 「うん、出してっ、ふぁ、あぁ……ふっ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……んくっ、んうっ……」 「ひゃぁ、あぁん、あ、あぁ、んぁ、あぁんっ……」 「んぁ、あぁんっ、あっ、はぅ……んあぁ……そのままだからね、最後まで一緒だからね」 つぐみは自ら尻を突き出して、さらなる深い結合をねだる。 「あっ、んぁ、あぁ……はぅ、んくっ……わたしの中に京太郎くんの出してっ、お願いっ」 「ふあっ、ああぁっ……んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 「京太郎くんの赤ちゃんを、ひゃうっ……あっ、あくっ、んんっ……わたしにくださいっ」 「ひあぁ、あぁ……んぁ、あぁ、あんっ……ううっ……んはぁっ、あ、あ、ああっ……」 俺は肉棒をせり上がっていく猛烈な射精感に歯を食いしばる。 「つぐみっ、つぐみ……!」 「ああっ、あっ、はぁっ……あんっ、んっ、んううぅっ」 限界寸前のところで、つぐみの一番奥に侵入したまま彼女を抱き締めて、 「ああっ……やんっ、んっ、はあっ……ひっ、あぁ…っ」 「あくぅ、んぁ、あっ、あ、あぁ、あんっ、も、もう、あぁ……ひゃう、駄目ぇ、駄目駄目ぇ……あぁ」 「あぁ、あ、あうっ、あ、はんっ……あたしも、イッちゃ……あ、あんっ、んあぁっ、はうぅん……っ!」 気絶しそうなほどの快感を伴う精の奔流を、妻の中に吐き出した。 「あ、あ、あぁ、ああぁっ……あぁ、あんっ、あぁっ、あああぁ、んあっ、あああぁぁ」 びゅるるっ、びゅくっ……びゅうぅ! 「あああああああああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 どくっ、どくっ、と大量の精液が、つぐみの奥深くに植え付けられていく。 「ふあぁ……あぁ……んっ、京太郎くんのあったかいのが、お腹に出てる……」 「本当に、中で出してくれたんだぁ……ふぅ、んんっ……」 お互い生殖器をぴったりとくっつけたまま、じっと動かなかった。 新しい命を根ざす神聖な行為を、祈るような気持ちで続ける。 「はぁ、はぁ……あ、はあぁぁ……」 「んんっ……これで、全部……?」 「ああ、全部つぐみの中に出したと思う」 「そっか……うふふ、ありがとう」 つぐみは嬉しそうにお腹をさする。 「赤ちゃん……できたかな」 「焦らなくてもいいさ。ゆっくりで」 「駄目だよ、すぐ欲しいもん」 「ずいぶん急ぐんだな」 「だって……それは、京太郎くんが」 つぐみの瞳から涙がこぼれる。 「つぐみ……?」 「京太郎くんから、家族が欲しいって言ってくれるなんて、今までなかったから、嬉しくてっ」 「今日がいいなと思ったから」 「そうか……待たせてごめんな」 愛しい妻を強く抱きしめる。 初めて特別扱いしたいと思えた女の子。 彼女を幸せにできるなら、俺は何だってできると思う。 「京太郎くんは、絶対わたしが幸せにしてあげるんだから」 俺の幸せは彼女が願ってくれる。 だから、俺は安心して彼女だけを見ていられる。 「ずっと一緒にいようね、旦那様」 恋人関係というのはゴールなどではなく、新たな出発点なんだと思う。 だから、途中でつまずくことも多々ある。 「京太郎、どうしてこんな簡単なことがわからないんだ、お前らしくもない」 「わからんもんはわからん、理屈じゃないだろ」 「冷静に考えてくれ。どこをどうしたら、私が図書部で一番可愛いということになるんだ」 「自明だ。お前こそよく考えろ」 議論は先程から美しい平行線を描き、ムードは険悪だ。 「もう一度言う。お前は私の恋人だが、それでも譲れない事実というのはあるんだ」 「部内で一番かわいいのは白崎だ」 「玉藻だ。議論の余地はない」 そもそもの発端は、玉藻の無茶なダイエットを俺が止めたことだった。 ちっとも太っていないのに、彼女はもっと痩せたいと言う。 これ以上可愛くなったら俺の身が持たないと説得していたのだが、いつのまにか話がこじれた。 「お前は彼氏だからといって目が曇りすぎだ」 「恋は盲目とはいうが、いくらなんでもわかってない」 「何でも謙遜すりゃいいってもんじゃない。お前が一番なんだ、玉藻」 「く……そうやっておだてて問題をうやむやにするつもりか」 「いい加減にしてくれ、疲れたよ」 「私もだ。一時休戦して、お茶でも入れよう」 「ああ、そうそう。今日は京太郎の好きな菓子を買って来たんだ」 一服後、再びゴングが鳴る。 「ともかく部内で一番可愛いのは玉藻だ。いや、もう学園一といってもいい」 「ぶはっ」 玉藻がお茶を吹き出す。 「過度なダイエットには反対だ。お前は十分綺麗なんだから」 「私は京太郎を喜ばせたいんだ」 「最近だって、私はお前に気にいられようと結構恥ずかしい内容の……その……」 「頑張ってくれるのは嬉しいけど、身体壊したら元も子もないだろ」 「わかった、そこまで言うなら、京太郎にもわかりやすく説明しよう」 玉藻は突然、用意していたノートパソコン開き、 「まずはこのグラフを見てくれ。白崎のここ最近の成長具合だが」 プレゼンを始めた。 「無駄だ、プレゼンなんて意味ない」 「そこまで言うなら賭けをしよう」 「そうだな、自分が持っている服の中でいちばん恥ずかしい格好をするとか」 「しかもその格好で相手の家へ押しかけ、手料理を作って食べさせる……なんてどうだ」 「ありがたい」 玉藻は一体どんな格好をしてくれるんだろう。 「もう勝ったつもりでいるのか? 私は絶対に勝つ」 数分後。 「たしかに、京太郎の中では私が一番かわいいのかもしれない……」 「うむ、わかってくれてよかった」 頭のてっぺんから爪先まで、玉藻の綺麗な部分を列挙してやった。 身体だけじゃない、雰囲気やらオーラまで褒め尽くした。 「く……褒められすぎて頭がフラフラする」 酔ったみたいな顔になっている玉藻。 これはこれで可愛い。 「とにかく、無茶な自分磨きはやめてくれ。玉藻はそのままで十分可愛い」 「わかった、ダイエットはやめよう」 「でも、京太郎に好かれる努力はやめられない」 「身体に害がない範囲で頼む。気持ち自体は嬉しいんだ」 一件落着である。 「さて、賭けは私の負けだ。自宅から服を持ってこよう」 「あったなそんな話」 「ちなみに、恥ずかしい服なんて持ってるのか?」 「ああ、先日通販で……」 「いや、何でもない」 理由をつけて、そいつを披露したかっただけなんじゃなかろうか。 妙にそんな気がしてくる。 「玉藻、今更ながら面倒な性格をしてるな」 「お陰様で」 「私は一旦帰って準備をしてくる」 2時間後、用意を終えた玉藻が部屋にやってきた。 「ずいぶん荷物少ないな。そのバックの中に、例の……」 「この中には、その……恥ずかしい服は入ってないぞ」 玉藻はさっきから頬を赤らめたままだった。 「……下に着てきた」 玉藻は本当に恥ずかしそうに台所へ向かい、するすると服を脱いでいく。 「……」 思わず絶句した。 「これを通販で……」 なんと体操服の上にエプロンを装着している。 今、確かに時代が変わる音がした。 「ちょっとでも彼氏の気を引くために、女子は必死なんだ」 玉藻の顔は真っ赤だ。 自宅にブルマの彼女がいる。 あまりのファンタジー感に、頭がクラクラしてきた。 「京太郎が私を好いてくれているのはわかっている」 「だが、それが永遠なんて保証はない」 「だからブルマ?」 「経験上、京太郎はこれに弱いと思った」 「どういう経験だよ」 「間違っていたか?」 「……」 いや、間違っていない。 「悲しいもんだよ男ってのは」 「ふふふ、嫌いではないらしいな」 「俺が悪いんじゃない。ブルマを発明した奴が天才的過ぎたんだ」 「その意見には同意だ」 「よく昔の学生は、こんなものを着ていたものだ」 桜庭がエプロンを引っ張り、ブルマを隠そうとする。 長さが足りず、ちらちら見えるのがまたいやらしい。 「では、夕食ができるまで待っていてくれ」 料理はするんだ。 ブルマの上からエプロンという、かなり恥ずかしい格好での料理が始まる。 「……」 「あ、あの……京太郎? あまり見られると恥ずかしいんだが」 「罰ゲームなんだから仕方ない、俺だって辛いんだ」 「完全に嘘だろう」 「さあ、続けてもらおう」 俺もびしっと正座して玉藻を見つめる。 赤色のブルマからすらりと伸びた、白い脚。 美しい曲線と引き締まった太ももの張り。 夕食の前にお腹いっぱいになりそうだ。 「視線をビシビシ感じるんだが」 「ああ、君だけを見つめてる」 「だめだ、料理に集中できない」 玉藻が足をもじもじさせる。 「む、一句浮かんだ」 「俳句を詠むな」 ぷいっと顔を背けて料理に戻る。 また包丁の音が聞こえてきた。 一見、料理に集中しているようだが、意識はこっちに向いているのがわかる。 いたずらをしてみよう。 「そういえば、先日ブルマ占いってのを見たな」 「嘘だろ」 「嘘じゃない」 嘘です。 「選ぶブルマの色によって性格がわかるらしい」 「馬鹿らしい」 「ちなみに赤を選んだ人は……」 言葉を切る。 「やめとこう、くだらないな」 「言いかけたなら最後まで言ってくれ」 「情熱的ながら献身的な、最高の彼女らしい」 「ば、馬鹿じゃないのか、本当にもう」 玉藻の首筋が赤く染まる。 可愛すぎて、そろそろ限界だ。 立ち上がり、玉藻の肩に手を置く。 「料理中だ、危ないぞ」 「じゃあ、料理をやめればいい」 包丁を置かせて抱きしめる。 肌が密着すると、どんどん興奮が高まってくる 「玉藻」 背後から胸に手を伸ばす。 「きゃっ……」 「私は夕食を作るんだ」 「こうなるってわかってただろ?」 胸だけでは物足りない。 片方の手を下半身に伸ばす。 「こら、京太郎、そこは……料理ができなくなる」 玉藻が身をよじる。 胸の膨らみが、手の中で形を変える。 それをもみほぐすように手を動かす。 「あ、んく……抱きしめるくらいならまだしも、そんな、あっ……いやらしい触り方……」 「料理の邪魔だから……んぁっ、んっ……あっ……んうっ……」 背後からの愛撫に、玉藻は身体を震わせる。 しかし、払いのけるような抵抗は一切ない。 「こ、こら……あ、や……んっ、離して……」 「あまり嫌そうに聞こえないんだが」 「そんなのっ、んんっ……仕方ないだろ」 「私の身体が、今までどれだけお前に悦ばされてきたと思って……っ」 いざ触られると恥ずかしがるくせに、いつも俺から求められることを願っている。 俺の気を引くためだけに、必死になる彼女が愛おしかった。 「んあぁっ、や、んああっ……! おっぱい、少し強く握りすぎだっ……あぁ、伸びちゃう……」 「くぅんっ、うぅっ……あんっ、んっ……」 玉藻に巨乳というイメージはないが、実際に掴んでみると、手のひらに余るくらいの豊満さはある。 その俺にとっては十分なボリュームのバストを、引きのばすように絞る。 「はぁ、あぁ……あぅ、んくっ……あぁっ、はっ、ああぁ……ひんっ、んく、ああぁっ……」 「ふあっ、あっ、はぁっ……あんっ、んっ、んううぅっ」 「だ、駄目……あぁ、んんっ……そんなに強く抱き締められて、揉まれたら、料理なんて……んぁっ」 俺に抱き締められてから、調理の音が不規則に乱れていた。 玉藻は愛撫に夢中で、全く集中できていない。 「ああっ……ふあぁ……やだ、そこはっ……やんっ、大事なところ……んあっ、ひぁ……っ」 「手が止まってるけど、いいのか」 ブルマの上から、股間をなぞる。 ざらざらとつるつるの中間の、今までにない感触。 少し力を入れると、奥の方にかすかな湿り気を感じた。 もう濡れているのかもしれない。 「あぁっ、はん……んんっ……あうっ、んくっ……はあぁっ、うぅんっ……」 「んぁっ、うっ……んふっ、あくっ、はぁ、あはっ、んうっ……」 玉藻の手から野菜がこぼれ落ちる。 「拾う?」 「やあっ、自分で……んっ、んくっ……んぁ……自分で拾うから、京太郎は手を出さないでくれ」 身体を触るのをやめないでほしい、そう言ってるのと同じだった。 「ふあぁっ……あぅ、んくっ、んうっ……んんっ……ああっ、ふあぁっ、うっ、んふぅ」 「ふぁ……あぁ……うぅっ、んくっ……あっ、んっ……んあぁっ、くぅっ……」 震える手で何とか持ち直すが、料理できる状態ではないのは明らかだ。 「料理やめてベットに行くか?」 「んんっ……んふっ……このまま、続ける……んぁ、あぁ……あんっ」 「京太郎は、この格好が……んっ、好きなんだろう?」 「ああ、好きだ」 愛液は、もう触ってわかるほどしみ出していた。 ざらざらの上を愛液がコーティングし、得も言われぬ感触を生み出している。 「はうぅっ……んっ……んぁ、ああぁ……ふぁっ、あぁんっ」 「あぁっ……ひんっ、はぁんっ、くうぅっ……さ、触りすぎだっ……そんなっ、調べるみたいにぃ」 「あはっ、んっ、あ、あくっ、や、うぁっ、はうぅ、ん、んふっ……ふあぁっ」 ブルマの不思議な色香とその触感にハマりそうだ。 「あくっ、ふっ……くうぅっ、んっ、あはっ、んっ……今日の京太郎の触り方、いつもと違う」 「女の子の身体に興味津々、みたいな……あぅ、んん〜〜っ、ふぅ、んっ……なんかねちっこいぞっ」 ブルマが一段と湿り気を帯びた。 この調子じゃ、下着の中はもう……。 「中、触るぞ」 返事も待たず、ブルマをずらす。 案の定、中はぐっしょりだ。 濡れたパンツの向こうに、ピンク色の性器が透けて見えていた。 「ふあぁ……んっ、んくぅ……ど、どうしよう……私、こんな恥ずかしい格好でっ」 「どうした?」 問いながら、下着の上から指でなぞり続ける。 ブルマごしの愛撫より、はっきりと玉藻の熱が伝わってくる。 「うああぁ……ああぁ、あうぅ……んんっ……んふぅ……んぁ、はぁ、あんっ」 「あくぅっ、んっ、ひっ……んくぅっ、んはっ、ふうっ、んんん〜っ」 「身体の奥がおかしいんだっ……んっ、んぁ……こんな格好で触られて、興奮、しちゃって」 愛撫に降参するかのように、玉藻は背後の俺へと体重を預けてくれる。 「どうしようっ……京太郎にまたエッチなところを、知られてしまった」 「わざわざブルマなんか用意して、しかもその格好で料理するように、自分でお膳立てまで」 下着が埋没するくらいの力で、秘部を圧迫する。 じゅわりと愛液がしみ出した。 「ああぅ……んぁ……あ、あふっ……やっぱり京太郎も、興奮してるっ……私のこんな格好で」 「……するに決まってるだろ」 「玉藻みたいに可愛い彼女が、こんな……恥ずかしい格好までしてくれたんだ」 「んぁ……あっ、はくっ……んんっ……ふぁっ、あぁんっ、う、あぁっ……」 「ひぁっ、はぁんっ、くうぅっ……あはっ、んっ、あ、あくっ……はうぅ、ん、んふっ」 「私の妄想通りだ……ブルマのコスプレのまま、京太郎にしてもらいたいって思ってた」 「望み通りに彼氏に抱いてもらった途端、たまらなくなってしまった」 「俺も嬉しいよ、彼女にここまで求められて」 彼女の豊かな乳房をこねながら、耳にささやく。 「ひゃうっ……んんっ……はうっ……んあ、あふっ、んん……」 今の玉藻にとっては声さえ愛撫になるらしく、せつない女の子の息を漏らす。 「う、嬉しいのか……自分の彼女が、エッチなことばかり考えてる、いやらしい人間かもしれないのに……」 「嬉しいに決まってる。俺のことを毎日思ってくれてるんだろ」 「んっ……ひゃあぁ、あぁ、あんっ……いつも、毎日考えてた」 「相思相愛だな……このエプロンも可愛いよ」 エプロンの薄すぎる布地の上から、大きめのバストをしつこく揉む。 「ああっ、んぁ……あ、あくっ、や、うぁっ……あう、んん」 少し強めに揉むと、肩紐がするりと落ちてしまう。 「あんっ……少し強く胸揉みすぎだっ……エプロンがまたはだけて……んああぁっ」 胸を揉まれては、はだけ、それを玉藻が肩紐をかけなおす……の繰り返し。 エプロンがみだらに脱げるたびに、玉藻が赤い顔で焦っていて、可愛い。 「ふぅ、んんっ……んあっ、あんっ、うああぁっ……ふぁ、あぁんっ」 「やあぁ、あぁ、あんっ……手つきがいやらしい……そんなにされたら、エプロンが脱げてしまう」 「大丈夫だって」 エプロンの上から、つんと尖った膨らみを強めに握りしめる。 「んぁっ、うくっ……んっ、あっ……んうっ……」 「あうぅっ、あふっ、んんっ……はぁっ……くっ、うぅっ」 「ふあぁ、あんっ、ああ……くぅんっ、うぅっ……あんっ、んっ」 ふっくらとした乳房をこねると、エプロンに不自然なしわが刻まれていく。 「俺以外の男の前で、こんな可愛いエプロンしてほしくない」 「しないっ、絶対しないそんなことっ……京太郎の前でだけしか、こんな格好はしたくない」 「私がご飯作ってあげるのも、こんな格好を見せたいと思うのも、京太郎だけだっ」 下着の上から女性の突起を探り当て、弄ぶようにつまむ。 「あああぁっ……んあぁ、あんっ……ふあっ、あっ、はぁっ……あんっ」 身体をくねらせるほど気持ちいいらしい。 俺の腕の中で身をよじる玉藻を、押さえつけるように強く抱き締め、上も下も愛撫する。 「ああっ……やんっ、んっ、はあっ……ひっ、あぁ…っ」 「あぅ、んくっ……んんっ、んふっ……そんなに、ブルマ気に入ってくれたのか……?」 「規則破ってるみたいで興奮する」 パンツはもう、愛液でびしょびしょだ。 少し力を加えるだけで、下着ごと膣内に入ってしまう。 「ひうっ……んくっ、んっ……あうっ……ふぁ、あぁ、あんっ」 「背徳感が味わえて、んっ……男はゾクゾクするのだろう」 「そういうのまた熱心に調べてるのか」 「か、彼氏を喜ばせるためなら、あうぅ……ひぅ、んんっ……それくらいの努力っ」 「結構足のつけ根ぎりぎりまで見えちゃうんだな」 「んああぁ〜っ!? あぁ、はうっ……横から指を入れるのは反則だぞっ」 「んあぁっ、はっ、ああぁ……ひんっ、んく、ああぁっ……」 仕方なく指を引き抜き、生地の上から秘部をぱっくり開くように撫で回す。 「きゃあぁ……あっ、あぅ、んぁ……はうっ……そ、その触り方もいやらしすぎる」 「んぁっ、うぁっ……んふっ、あくっ、はんっ、あはっ、んうっ」 刺激に耐えられなくなったのか、玉藻が脚を閉じようとする。 「うぅ……京太郎、触り方がどんどん露骨になってきた」 「このやらしい触り方……もしかして、このまま最後まで……したいのか?」 「ここまでさせてくれて、中に入るのはナシってどんな拷問だ」 玉藻はすでに料理を完全に放棄し、俺の愛撫を受け入れる姿勢だった。 「しょ、しょうがないやつだなっ……そんなに私のブルマが、あうっ……んんっ、んく」 「彼女のブルマなんかで興奮して……ひぅ、ふぁ……あっ、あぁんっ……」 秘部への愛撫が、段々性的なリズムを持ち始める。 気持ちを探るような触れ合いから、本番に備えて気持ちを高ぶらせるためのものに。 「ふあぁっ……あぅ、くっ、んうっ……んあっ、ああっ、ふあぁっ、うっ、んふぅ」 「んあ、あぁっ、はうっ……やっ、あぁ……あんっ……ふあぁ……ああぁ」 二人とも完全にスイッチが入ってしまった。 「すまん、料理の邪魔してっ……」 「今更っ……んぁ、あ、あんっ……もうそれどころじゃ、ないだろっ……あはぁ」 「そんなことよりも今はっ……料理なんかより、京太郎が……欲しくて……っ」 性器を撫で続ける指先に、じっとりと愛液が絡む。 「大分濡れてきた」 「あぁ、あっ、あうっ……京太郎が、しつこく触るから……」 「どんどん濡れてきちゃ……ああ、んあぁ……ふぁ、くぅ、んんっ……んぁ」 愛液は、パンツだけでなくブルマにも染み込んでいく。 股間の部分は、赤から深い臙脂色へと変わっていた。 「んぁっ、うっ……んふっ、あくっ、はんっ、あはっ、んうっ……」 「あぁ……はぁ、んぁ……どんどん湿りけが広がって……止まらないっ」 試しに、下着ごと指を押し込んでみる。 「んああぁっ、ああっ……やっ、あぁ……ああぁ 馬鹿……あんっ」 玉藻はたまらず身をよじり、ブルマに包まれた尻を俺の股間にぐいぐい押し付けてくる。 玉藻の声に促されるように、ぐしょぐしょになった下着をズラす。 指先が、ぬるぬるになった性器に触れる。 もう指が溶けてしまいそうなほどに熱くなっていた。 「あっ……んうぅっ、ふっ、ん……くぅんっ……うぁっ、んんんっ」 もっとしてほしいと、目で訴えられる。 「んあ、あ、あぅ、んくっ……もっと、して……エプロンもブルマも、くしゃくしゃになるくらいっ」 「触って、引っ張って、あぁんっ……京太郎の跡をつけて……!」 ブルマも下着も、愛液でたっぷり染みがついてしまっている。 「もっと触って……京太郎に求めてもらえるなら、私どんな格好だってするからっ」 「いっぱい努力するから、だからもっとして……ああぁ、あんっ、ふぁ、ひぅ、んぁっ」 「ふあっ、あうっ、んふぅっ、ひんっ、あっ、んうっ、やあぁんっ」 「んんんっ、あはっ、も、もうっ、駄目っ、やぁっ……奥が、変にっ……はあぁっ」 玉藻は苦しそうに息をはき続け、絶頂へと向かう。 俺は彼女の胸の形が変わるくらい激しく揉んで、彼女の性欲をさらに刺激する。 「あああっ、あぁ、あんっ……もうきちゃうっ、イクっ、イってしまうっ、ふああぁっ!」 「はぁ、あぁ、あんっ、ひぁ、あくうぅっ……おかしくっ、なるぅ、ひぅっ、だめっ、イク……っ!」 「ああぁ、うあぁっ〜〜! イクぅ、もう、イっちゃっ……あああぁぁ〜〜〜!!!」 玉藻は身体をビクビクと震わせ、俺の腕の中で絶頂する。 「ふあぁ……んぁ……ふぅ、んんっ……イッてしまった……こんな格好のまま、恥ずかしい声で」 「んんっ……んぁ……もうこのブルマ、もうはけない……」 「京太郎と、する時しか、んんっ……使えなくなってしまった」 「どうする……料理」 俺は荒い息のまま訪ねる。 「それはっ……そんなの、決まってるだろ……っ」 「京太郎のあそこ、さっきからずっと私のブルマごしに、お尻に触って」 玉藻は、ねだるように自ら身体をすり寄せてくる。 「入れてくれるんだろ……? 京太郎のを、私の中に……」 玉藻の求愛に応えるべく、彼女をキッチンの上に座らせる。 「ちょ……京太郎っ? ベットまで行かないのか……?」 「そんな余裕、ない」 「ひゃっ……ちょ、ちょっと待ってくれっ……や、やだっ……こんな格好でっ」 興奮しすぎてもう待てない。 玉藻のくたくたにはだけていたエプロンは、雑に放り投げてしまった。 「やぁ……み、見るなぁ……っ」 「今まで、充分いやらしいことしてただろう」 「だ、だって……うしろからはそんなに見えないだろっ、こんな、ブルマなんて卑猥な格好っ」 仮にも、全国で体操着として愛用されてきたブルマを卑猥とは。 「こんなキッチンの上で、足を開いて……っ、丸見えじゃないかっ」 「京太郎の視線が、全部私の恥ずかしい格好にそそがれて……もう穴があったら入りたい」 玉藻は軽く足をバタつかせるほどの、尋常じゃない恥ずかしがり方だった。 「俺が無理やり襲ってるみたいじゃないか……」 「す、すまない……でも、自分で用意してきて何だが、ブルマは……結構恥ずかしいんだ」 玉藻の恥ずかしさをあえて無視して、女性器部分を隠すブルマを引っ張ってずらす。 「ひゃうっ……やぁ……お願いだ京太郎、せめて目をつぶったまま……」 愛液で湿りきったブルマの下から現れたのは、蜜に濡れた女性器だった。 「うぅ……こんないやらしい格好で、受け入れようとしているなんて……」 玉藻の見えない位置で肉棒を取り出し、すでに準備が整っている秘所にあてがう。 「どうしても恥ずかしいなら、やめるけど」 玉藻は真っ赤な顔で首を振る。 「恥ずかしいけど、恥ずかしいけどっ……でもっ」 「いつも冷静な顔の京太郎に、そんな切なそうな表情されたら……嬉しくて止められるわけないだろ」 「来てくれ……私の中に、全部入れてくれ……っ」 玉藻の恥ずかしがる顔を見つめながら、がちがちに硬くなった肉棒を挿入する。 「ふあぁっ……うあああぁっ〜!! は、入ってきたぁ……んぁ、あぁ……京太郎のが……っ」 「んあぁっ……はっ、ああぁ……ひんっ、んく……んぁ、ああぁっ……」 玉藻の膣内は既に愛液でまみれており、すんなり奥まで挿入できてしまう。 「うぁ……あ、あふっ……んんっ……私達のあそこが、こんなにぴったり合体してる……!」 「んっ、うくっ……んっ、あっ……んうっ……まるで、裸で重なってるみたいだ……っ」 露出面積が大きいからか、玉藻の引き締まった太ももから股間にかけて丸見えだ。 「うぐっ……ごくっ」 ブルマをずらして挿入していると、こんなに異様な興奮を覚えてしまうものなのか。 「んっ、んああっ……くぅんっ、うぅっ……京太郎っ、もう動くのかっ? んぁっ、あんっ、ああぁ」 「んあぁっ、はっ、ああぁ……ひんっ、んく、ああぁっ……」 ブルマの方が、裸よりも隠れている部分は大きいはずなのに。 「あっ、あぁ、んぁ……さっきから京太郎、んぁ……ブルマばっかり、見過ぎだ……」 「玉藻のお尻の感触がいつもと違う……ブルマ少しきつい?」 「んぁ、あぁ……短パンに比べれば少し……」 ブルマの伸縮性はかなりのものだ。 玉藻の丸く、きゅっと締まった尻が卑猥に揺れないよう、ぴっちりとフィットしている。 「あうっ、あんっ、んくっ……なんか、その腰の振り方……いつもと違うような……んんっ」 「まるでブルマとくっつきたいみたいな……はぅ、んっ、んふっ……んぁ」 「それは玉藻にだって責任はあるだろ」 小刻みに結合を繰り返しながら、赤い膨らみをなぞると、異常な興奮を覚えてしまう。 「ふあっ、ああっ、んはぁっ……あんっ、んっ、んううぅ」 「今日の京太郎、やっぱりエッチだ……ひあっ……やんっ、んっ、はあっ……ひっ、あぁ……っ」 こんな性欲を喚起させやすい、下着みたいな服装で誘惑するからだ。 「あっ、あぁ、あんっ、んぁ……こ、こらぁ、ブルマばっかり、んっ……触るなぁ」 ブルマの魔力に思考を奪われた俺は、段々と理性が薄れてきて……。 「んああぁぁっ、ああぁ、ふぁ……京太郎っ? いきなり激しくなって……ああぁ」 「うあっ……あぁ、あふっ、あくっ、はんっ、あはっ、んうっ……ゆ、揺さぶられちゃ……あんっ」 「ふあぁっ……あぅ、くっ、んうっ……んあっ、ああっ、ふあぁっ、うっ、んふぅ」 「ひあぁ、あぁ、あんっ……ちょっと待って、何でそんなに興奮して……ふあぁ」 俺の腰振りの速度が増していく。 玉藻ごと、キッチンが激しく揺さぶられていた。 「んああぁっ、ああっ……やっ、あぁ……もっと、ゆっくり、してぇ……ふあぁ……ああぁ」 「あっ、あぁ、あんっ……こんなに激しく求められたら、顔……変になっちゃう」 顔を隠そうとする玉藻の手を掴んで、羞恥に悶える彼女の表情を凝視する。 「んぁ……意地悪だ……今日の京太郎、私の恥ずかしいことばかりするっ」 「あうっ……あ、あ……んっ、いっ、んううぅぅっ……」 「ひぃんっ、はっ……ああ、ううっ……んはぁっ、あ、あ、ああっ……」 豊かな乳房が、ゆさゆさと上下に揺れる。 「俺だって、理性を失うことくらいある」 「ひぃぁ……んっ、んぁ……京太郎……っ?」 「んぁ、あ、あくっ……こんな京太郎、初めて見た……」 「私を、そんなにいやらしい目で見てくれるなんてっ……」 今日ばかりは、女性をエスコートするような余裕はなかった。 「好きな女に、そんな扇情的な格好で誘惑されて……どうにかならない男なんていないだろっ」 お互いの太ももが鳴る勢いで、何度も何度も玉藻の奥をねだる。 生殖器同士の激しい擦り合いの末、ブルマはあっという間にお互いの体液でビショビショだった。 「あっ、んん……あぁんっ、んっ、ふあぁぁぁっ」 「あはぁっ……はうぅっ、や、あ……あっ、あくぅっ」 「京太郎の顔、もっと見たい……顔、見せて……!」 「やぁっ、あ、あんっ……うぅっ、あんん……くぅぅ、はうっ」 「んあ、はぁ、あぅ……やっぱり京太郎、あんっ……繋がってるところばかり見てる」 ブルマのおかげで、玉藻の健康的なふとももを、女性器近くの付け根まで観賞できた。 「やあぁ、んぁ、はぁ、んっ……そんなに、見ないで……」 「見てほしくて、ブルマはいてくれたんだろ」 「見てほしかったけど、京太郎に欲情してほしかったけどっ」 挿入する度に、愛液にまみれたブルマの生地が肉棒をこすって気持ちいい。 玉藻の体温がしっかり保温されたブルマに、少しでも長く触れていたい。 「ふっ、あうぅっ……あっ、んっ……んあぁっ、くぅっ……」 ついいつもより早く、奥まで結合してしまう。 「はっ、ふっ……うぅんっ、んふっ、ふぁっ……んくっ、んうぅぅぅっ……」 激しい腰振りのせいで、ブルマにお互いの汗がこぼれてしまう。 女性の体液と、男性の体液に晒され続けた赤色の体操着の色は、さらに深みを増していく。 「あああぁっ、ふぁ、ひぃあぁっ……京太郎が激しすぎてっ、何かもう変になるっ、駄目ぇ、ああぁ」 玉藻の乱れ方も凄い。 かなり激しく奥を突いているにも関らず、彼女の表情には苦しさとは違う、妖艶な色香が増していく。 「玉藻っ、痛くないか……っ」 「んあああぁ、ああぁ、ひんっ、んくっ……だ、大丈夫……少し、息苦しいけどっ」 「あくぅっ、んっ、ひっ……んくぅっ、んはっ、ふうっ、んんん〜っ」 「あぁ、ふぁ、あんっ……気持ちいいっ、こんなの、気持ちいいに決まってるっ、あああぁ!」 かなり大きな声で、あられもない嬌声を上げてしまう。 「声……っ」 「仕方ないだろ……んああぁ、ふぁ、ああぁ……今、一番弱いところに京太郎のが思いっきりっ」 キッチンをガタガタ揺らしながら、玉藻は快感に酔いしれる。 羞恥心も吹っ切れてしまったのか、より結合しやすいよう両足を開いて、俺を迎え入れてくれる。 「ふあああ、あぁんっ、あ、あふっ、んふっ……京太郎からこんなに求めてもらえるなんて、嬉しいっ」 「あぁんっ、う、あぁっ……そのためにわざわざ、ブルマまで用意して、私は……っ」 玉藻の目論見通りだ。 俺はブルマの心地良い摩擦が恋しくて、今もこうして必死に、より深い繋がりを求めている。 「あはっ、んっ、あ、あくっ、や、うぁっ、はうぅ、ん、んふっ……ふあぁっ」 「あくっ、ふっ……くうぅっ、んっ、あはっ、んっ」 「気に入ってもらえてよかった、京太郎に喜んでほしかったんだ……っ」 「もっと私を……求めてほしかった、もっと愛されたいんだ……!」 「いつも愛してる……!」 「もっと欲しいんだ……京太郎が好きすぎて欲張りになってしまうっ、収まりがつかない……!」 「私は強欲なんだ……っ、愛おしい彼氏と今よりもっと深く繋がりたくて仕方がないんだっ」 彼女の言葉に応えるように、俺は玉藻の中により深く潜っていく。 「ふぅんっ、あっ、あんっ、うああぁっ、ふっ、ふんっ、ひぃんっ」 「やぁっ、あうぅっ、ひあぁ、あひっ、んんっ、あぁっ、くううぅっ」 亀頭の先で、女の子の膣の終点までたどり着く。何度も何度も何度も。 生の生殖器同士で、二人の新たな絆を作りたいと切望しても、玉藻にはまだ足りない。 「私はっ、白崎みたいな美しさが羨ましい、鈴木みたいに可愛く甘えたい……」 「いつもそんなことばかり思って……っ、京太郎の一番になれてからもまだ足りなくてっ」 「だからせめて……んああぁっ、あぁ、ふあぁ、扇情的な格好で、欲情してほしかった……っ」 「うくぅっ、はあぁっ……や、んあぁっ、う、やぁんっ、んんんっ」 「ふっ、あふぅんっ、くうぅっ……んっ、あふっ、ん、んあっ、ううっ、あはぁっ」 「玉藻が一番好きだっ、大好きだっ」 「もっとぉ、あんっ、もっと言ってくれぇ……あっ、あひっ、んぁ、ああぁ、ふぁ」 「愛してる……っ」 「あっ、あぁ、あくぅっ、んぁっ、ひうっ……んくぅっ、んはっ、ふうっ、んんん〜っ」 「んあぁっ、あふっ、ん……んっ、くんんっ、はああぁっ、あんっ!」 玉藻の表情がどんどんみだらに崩れていく。 俺は愛しさを口にしながら、さらに膣内を削るように腰を振りまくった。 「ふぁっ、あぁんっ、う、あぁっ……ひんっ、はぁんっ、くうぅっ」 激しく動いたため、ブルマのゴムが元に戻り、女性器の露出を隠そうとする。 「ふああぁ、ああんっ、んあぁ……ひぃあ、んっ、あっ、あんっ、うああぁっ」 男性器にひっかかり、激しい摩擦抵抗を与えてくるブルマを乱暴に引っ張りあげ、挿入までの道を開ける。 「やあぁぁっ、あうぅっ、やぁっ、だ……だめぇっ、あぁっ、くううぅっ」 運動用に作られた健康的なブルマは、ぱちんと音を立てて、挿入用の通り道を譲ってくれる。 「ああぁ、あうぅ、あくっ、んぁ、あああぁ〜〜っ、京太郎、好きっ、大好きっ」 あまりの快感だったのか、玉藻は背中をびくびくと震わせ、近くにあった料理器具を弾いてしまう。 「ああぁ〜〜! あはあぁ、来ちゃうっ、なんか来ちゃううぅ! ああぁ、もうっ、私ぃ……っ」 「んあぁ、んんっ、あはっ、あぁ、やっ……いく、もうっ、中が、我慢できないっ、ああぁ」 「ああああああぁ〜〜っ!! イクイクぅ! 駄目えええぇ〜〜っ!!!」 玉藻のすらりと伸びた太ももから足先までが、感電したようにぴんと痙攣する。 「ふあぁ……んふっ、あくっ……んんっ……もう、いってしまった……私だけ先にっ」 「京太郎のは、まだ私の中で硬いままなのにっ……私だけ……はぅ……」 反省を口にする玉藻の表情は、これ以上ないほどとろけきっていた。 ……何のご褒美だ、これは……っ。 「すまない……また、自分だけエッチなことばかり考えてしまって……」 「勝手に先にイッてしまって、ごめんなさいっ……次はちゃんと京太郎も、気持ちよくなって……っ」 俺なんかに抱かれたいと願って、そのための努力を惜しまない女の子。 俺に抱かれるだけで、こんなにも幸せを感じてくれる愛おしい女の子。 「玉藻っ」 「んむううっ!? んん、ふむっ……ちゅ、んんっ〜〜」 惚けていた玉藻の唇を強引に奪う。 こぼれていた涎も、口内の舌も全部俺のものにする。 「んんっ……んはっ、京太郎? お、怒っているのかっ?」 「玉藻が好きすぎて我慢できないっ」 もう一切加減はできない。 ただ快感を得るためだけに全力で腰を振った。 「ああぁ〜、あくぅっ、んぁ、ああ、あんっ……ふうっ、ふっ、んあぁっ、ひんっ、はうぅんっ」 「やあっ、だめっ、んうっ、あんんっ……んふっ、んくっ、はぁっ、んんんっ」 「んああぁ、はげしっ、こんなっ、激しいのっ……、またすぐイッてしまうっ」 玉藻の表情はくたくたにとろけてしまっていた。 だから今なら断らないだろうと確信して、宣言する。 「今日は最後まで玉藻を離さない。このまま出すから……っ」 「ふあぁ、あうっ……そ、それって、もしかして……んあぁ」 「中に出してくれるのかっ……京太郎の愛を、私の中に……ひあっ、ああぁ、あんっ」 是非も聞かず強く抱きしめる。 「やあっ、あひ、んあ、んくっ……んっ、ふっ、んうぅっ、あんんっ……」 「いいのかっ、いつもはちゃんと聞いてくれるのにっ……もし私のお腹が危ない日だったらっ」 「私のお腹がっ、京太郎のものになってしまうんだ……っ」 「構わない、今はそれだけしか考えられない……!」 玉藻が頑張って求愛してくれたおかげで、こっちの余裕は全部ふっ飛ばされてしまった。 今はただ、彼女を求めることで頭がいっぱいだ。 「玉藻っ、いいだろっ……!」 玉藻は激しく揺さぶられながら、むっちりとした太ももで俺の腰に絡んでくる。 「いい……いいに決まってる……! 私から拒否できるわけないだろっ」 「あぁ、ああぁ、あんっ……京太郎から求めてくれたら、私は全部受け入れるっ」 「ふああ、あんっ……ふうっ、ふっ、んあぁっ……今日が危ないかどうかなんて、言わないからなっ」 合意をもらった途端に、俺の肉棒の根本から熱い欲望が駆け上がってくる。 「んああぁ、あんっ、ひぅ、はうっ……京太郎のが中で、震えて……っ」 「ああぁ……私の中に、京太郎の全部っ、ああぁ、らひて、ふぁ、ほしいっ」 「ああっ、もうっ、駄目っ……あああんっ! あんっ、私もっ、また……!」 「やはあぁ、ああ、あああ〜〜っ! イク、またイッちゃ、はあぁ、あああんっ」 「くはっ、あうっ、んふぅっ、ひんっ、あっ、んうっ、やあぁんっ」 激しい射精衝動を一切我慢しないまま、玉藻の中に埋まることだけを考えて腰を振った。 「んんんっ、あはっ、ああぁ、あんっ、やああぁっ……いいよぉ、膣内、京太郎でいっぱいにっ」 「ひあああっ、やあぁ、イクっ、あぁ、駄目っ、んぁ、はんっ、ああああぁっ!」 「おかしくなっちゃ、ああんっ、あ、あはっ、ひああぁ! だめっ、ああぁ、あううぅっ!」 「ふあああ、んああっ……イクっ、もう、イっちゃう……んあああぁぁっ」 「んっ、あ、あ、あ、あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」 びゅるる! びゅくっ……びゅるるっ!! 「ふああああぁ〜〜っ! あああぁ……、ふあぁ……お腹の中、京太郎が……入って……」 「京太郎の、また中に出してくれたんだなっ……んぁ……はぁ……んふぅ……」 「あぅ、ふうぅ……んんっ……京太郎は、私より賢いから、わかってると思うが……っ」 「ああ、そういうつもりで出したんだ。終わっても、ずっと玉藻を抱いていられるように」 「わ、わかってるならいい」 「でも、これでは本気で子供ができてしまうかもしれない」 「嫌か?」 「嫌ではない。想像したことだって、ないとは言えないし」 恥ずかしそうに言って、俺にぎゅっとしがみつく。 「面倒な女だな」 「いや、最高に可愛いよ」 頭を撫でてやると、褒められた子供みたいに玉藻の顔が溶ける。 「私も、京太郎は最高に素敵だと思う」 キッチンの上なんて不安定な場所で、俺達はしばらく抱き合ったまま愛し合った。 「他に洗うものはないのか」 「一番汚れてたのは玉藻のブルマだからな」 「それは京太郎のせいだ」 ブルマは俺達の汗やら何やらでかなり濡れていた。 俺が洗濯しようとすると、玉藻が慌ててすっ飛んできて、奪い取られてしまった。 「こんなもの、京太郎に洗わせるわけにはいかない」 と、洗面所で洗い始める。 「うちで干すのか?」 「そうさせてほしい。家で干している光景を想像したら、何故か寂しくなった」 「それに、どうせ使うのは京太郎の部屋でだけなんだ」 「何となく気持ちはわかる」 「ちなみに、玉藻はブルマみたいな服、他にも持ってたりする?」 「も、持ってない」 ぶすっとした顔で言う。 嘘だな。 「じゃあ、今度玉藻の部屋を探索していいか?」 「駄目だ」 「いいじゃないか」 「駄目に決まってる」 逃げようとする玉藻をからかう。 今後も楽しみだ。 「あぢーなぁ」 高峰が机の上に伸びている。 だが、伸びているのは高峰だけではない。 「茹であがりそうですね」 「温室というか、サウナというか」 佳奈すけと白崎まで、とろけたように伸びきっている。 「筧、窓を開けてくれないか」 「残念ながら既に開けている。全開だ」 しかし、そよ風すら入ってこない。 肌に浮いた汗が蒸発せずに、たらたら流れている。 本気でサウナ状態だった。 「処置なしということか」 ガクリと机につっぷす桜庭。 今日の昼頃、図書館じゅうのエアコンが故障した。 30℃を余裕で越えるこんな日にだ。 学生課に問い合わせたところ、修理は明後日になるとのことらしい。 「姫さあ、今日はもう終わりにしないか? 仕事も一段落ついたんだよね?」 「そうだな。こんな環境では非効率も甚だしい」 一番真面目な桜庭でさえこの発言だ。 誰も異論はない。 「でも、千莉がまだ来てないですよ」 佳奈すけが顔を上げる。 声楽の練習はとっくに終わっているはずだが、千莉はまだ顔を見せていない。 最近、かなり打ち込んでるみたいだし、追加練習でもしてるのかな。 「遅れてすみません」 首をひねっていると千莉が入ってきた。 「うわっ、部室も暑いっ」 部屋の熱気に一瞬のけぞる。 「よー、千莉ちゃん」 テーブルからノソノソと身体を起こしながらみんなが挨拶する。 「ごめんなさい。練習がちょっと長引いてしまって」 「もしかしてみなさん、ずっとこの部屋にいたんですか?」 「ああ、ダイエット大会開催中でさ」 「京太郎さんは、それ以上やせる必要ありませんから」 千莉が溜息をつく。 「図書館じゅうのクーラーが壊れてるんだ。復旧は明後日くらいだって」 「じゃあ、直るまではこんな感じですか」 千莉が絶句する。 「というわけで、来てもらって早々悪いんだが、今日はこれで解散という話になった」 さもありなん、と言う顔で千莉が肩をすくめる。 「皆に問題がなければ、クーラーが直るまでは休みにしたいがどう思う?」 「これ以上ない名案だと思います」 「俺も異存なーし」 二人がさっそく賛成。 俺も賛成だ。 「アプリオに集まることもできるが、長時間席を占拠するのは問題だ」 「忙しいわけじゃないんだし、私も休みにして構わないと思うよ」 「私も異存ありません」 満場一致だった。 「では、クーラーが修理されたら連絡する。それまで図書部の活動は一時休止だ」 みんなの後ろを、俺と千莉が並んで歩く。 「今日の練習、結構時間がかかったな。疲れてないか?」 「大丈夫ですよ。お待たせしてすみませんでした」 「新しい課題を始めたら、つい熱くなってしまって」 最近の千莉は、歌のレッスンやら何やらで忙しそうにしていた。 先日、たまには休みを取った方がいいと話していたばかりだったのだが。 「明日、お休みになっちゃいましたね」 「タイミング的にちょうど良かったよ。千莉は少し休んだ方がいい」 「実は、京太郎さんがクーラーを壊してくれたとか?」 「だったらカッコイイが、それ犯罪に近いぞ」 「彼女のために一肌脱いでくれたんじゃないんですね。あーあ、残念です」 からかうように千莉が笑う。 「明日の予定は決めてますか?」 「いや全然」 「私もなんですよね」 意味ありげな視線を俺に向けてくる。 「せっかくだし、どっか遊び行くか。最近忙しくてデートもしてなかったし」 「いいですね」 よくできました、とでも言いたげな笑みを浮かべる千莉。 「行きたいところある?」 「そうですねえ……あそこなんかいいかもしれません」 「あそこ? どこ?」 「あそこと言ったらあそこに決まってます」 上目遣いで俺を見上げてくる。 俺が悩んでいるのを見て楽しんでいるようだ。 これも彼女との遊びのうちだ。 「わからん、ヒント」 「学園の結構近くですよ」 「それだけじゃ、わからない」 上手く言いたいことを察してやると、千莉の機嫌はグンと良くなるのだが……さてさて。 「仕方ないですね。もう一つヒントを出しましょう」 「前に二人で行ったことがある場所です」 デートしたことがある場所か。 うーん。 「もう一声」 「もう、根性なしですね」 ため息をついてから続ける千莉。 「夏に行くことが多い場所ですよ」 「もしかして、海?」 「正解です。というか、ほとんど答え、言っちゃってましたね」 「ちょっとヒントを出し過ぎました」 そう言いながらも、満足げな笑顔を浮かべる千莉。 海か。 前に行ったのは、本格的に付き合う少し前のことだ。 改めて行ってみるのも、いいかもしれない。 「じゃあ、明日は決まりだな」 「はい、晴れるといいですね」 降って湧いた休日に、海水浴。 楽しみになってきた。 翌日。 俺たちの心配をあざ笑うかのように、強烈な陽射しが照りつけていた。 むしろ少し遠慮してほしいぐらいの暑さだ。 ビーチには多くの生徒が繰り出しており、グループで遊ぶ者、一人で背中を焼く者。 そして、カップルの姿も見える。 「京太郎さん、もうバテたんですか?」 レジャーシートに座った俺の顔をのぞき込む影。 髪や肌を縁取るように、水滴がキラキラと輝いている。 「ちょっと休憩」 「ちょっとって、さっきから座ったまんまじゃないですか」 小首を傾げる千莉。 髪の先端から、ぽたぽたと海水が垂れるのを、ぴっと指先で弾いた。 今さっきまで、海で元気に泳いでいたのだ。 海岸に着くやいなや、千莉はリードを外された猟犬のように海に駆けだしていった。 「京太郎さん、早く早くっ!」 準備体操もそこそこに、波打ち際に入って行く。 俺も千莉の後についていく。 「少し深いところまで行ってみませんか」 すいすい泳いでいく千莉の後に続く。 綺麗なフォームだ。 トレーニングで普段から水泳なんかもしているのかもしれない。 「このあたりは、少し深くなってますね」 「海は気をつけろよ、急に深くなるから」 かろうじて足はつくが、首から上がぎりぎり出るぐらいの深さだ。 千莉は多分、足が届いていない。 「シュノーケルを持ってくればよかったです」 「千莉、意外とアウトドア派なんだな」 「私は普通ですよ。京太郎さんがインドア過ぎるんです」 「どうせ溺れるなら、本に溺れたいタイプだから」 「あんまり上手いこと言えてないですよ?」 くすりと笑みをこぼす千莉。 結局、近場の売店でゴーグルを調達した千莉は、一人で潜り始めた。 最初は俺も付き合っていたが、早々に体力が尽き、退散の憂き目に遭ったのだ。 「千莉が人魚だとは知らなかった」 泳ぐ千莉の姿をシートの上から見ていた感想を伝える。 ローレライでもいいかもしれない。 「それ、褒めてるんですか?」 ジト目で見つめてくる千莉。 「寒すぎたか」 「極寒です。凍えるかと思いました」 「でもまあ、今日は暑いですから丁度いいですけど」 小さく笑みを浮かべながら、隣に腰を下ろす。 「喉が渇いちゃいました。マーメイドは地上の飲み物を所望です」 「じゃあ、何か買ってくるよ」 人魚姫の求めに応じて、立ち上がる。 「あ、私も行きます」 千莉が髪と身体を拭くのを待ってから、二人で砂浜を歩く。 結局、二人でかき氷を買った。 「……ん……! つめたぁ〜い……!」 嬉しそうにスプーンをくわえている千莉。 並んで歩きながらかき氷を食べる。 「ところでさ、さっきから視線感じないか?」 「あ、わかりました?」 周囲を見ると、汐美学園の生徒であろう人たちが、こちらを見て何か囁き合っていた。 「やっぱ、学園の近くじゃ逃げられないか。千莉、有名だしな」 「京太郎さんも割と有名だと思いますが」 図書部にしろ千莉にしろ、何度かニュースサイトに取り上げられている。 顔が売れているのは仕方がないことだった。 「……」 好奇の視線から隠れるように、さっと俺の陰に身を寄せてくる。 「別の場所に行くか」 「そうですね」 そそくさとその場を離れる。 人目はそこまで気にしてないが、あまりジロジロ見られるのは流石に落ち着かない。 レジャーシートを持って、人混みから離れた場所に移動した。 「ここなら平気」 人気のない、岩場の陰にシートを広げた。 「こんな人気のないところに私を連れ込んで、一体何をする気なんですか?」 言いながら口元に笑みを浮かべる千莉。 俺が何かしてくるのを期待しているような口ぶりだ。 「何だと思う?」 「あ、そう来ますか」 「そうですね、京太郎さんのことですから、きっといやらしいことですね」 荷物をごそごそと漁る。 取りだしたのは、日焼け止めだ。 「これを私に塗ろうとしてたんじゃないですか?」 「どうしてもやりたいなら、塗らせてあげてもいいですよ」 意味あり気に俺を見てから、ごろんとうつぶせになる。 そっちがその気なら、俺も堂々と振舞ってやるまでだ。 「よし、塗ってやろうじゃないか」 オイルを手に取り、千莉の背中に触れた。 「んっ……」 千莉が声を漏らす。 「変な声出すなよ」 「だ、出してませんよ」 滑らかな肌に、手を這わせていく。 「肌、まだちょっと冷たいな」 海に長く浸かっていたせいだ。 「なら、温めてください、京太郎さん」 「こう?」 手のひら全体で背中を撫でていく。 「ん……ふ……」 「だから、変な声出すなって」 「京太郎さんの手つきがエッチだからですよ」 「普通に塗ってるだけだって」 「……ふあっ」 背中が敏感なのだ。 「はぁ……んんっ……」 俺の動きに合わせて、吐息を漏らす千莉。 何だか妙な気分になってきそうだった。 しばらくかかり、全身に日焼け止めを塗り終えた。 「ありがとうございました。今度はお腹の方ですね」 「おいおい」 「ふふ、冗談ですよ。こっちは流石に自分で塗れますから」 「あ、でも……」 そこで言葉を切る千莉。 「お礼に、次は私が京太郎さんに塗ってあげます」 「俺はいいよ」 「まあまあ、そう言わずに」 千莉の笑顔に押し切られて、シートに横たわる。 自分からうつ伏せになったところを、無理矢理、仰向けにされた。 嫌な予感がする。 「ふふふ、それじゃ、始めますよ」 オイルに濡れた千莉の手が、俺の胸板を撫でている。 「京太郎さんの胸、大きいですね」 撫でながら、身体を密着させてくる千莉。 さっき塗ったオイルのせいで、肌がぴったりと吸い付いてくる。 触れているだけで、何とも言えず気持ちがいい。 「オイル、塗ってあげてるんですよ」 言いながら、千莉が自らの水着をずらしていく。 「ついでに私も少しだけ、サービスしてあげます」 水着の下から、柔らかそうな乳房が姿を現した。 「そっち方面のサービスか」 「嫌ならやめますけど」 言いながら、生の乳房を俺の胸に押しつけてくる。 温かい肌の感触が心地良く、下半身がピクリと反応してしまう。 「ふふふ、嫌じゃないみたいですね」 「今は私に任せてください」 にっと笑う千莉に。 どうやら悪戯を仕掛けようということらしい。 どんなことをしてくるのか興味があるな。 「じゃ、お任せしようかな」 「はい。じっとしててくださいね」 千莉の指先が、俺の胸をつうっと撫でる。 「図書部員にしては、意外と引き締まってるんですね」 「胸とかお腹とか、けっこう固い」 「読書は体力勝負だから」 「完全に嘘ですよね、意味わかりません」 千莉の手が、徐々に下がって行く。 「あれ? 京太郎さん?」 水着の上から、俺の部分を触れてきた。 「腹筋を固くするのはいいんですけど、ここまで固くしたらダメじゃないですか」 ペニスの形をなぞるかのように指を動かす千莉。 「仕方ない、千莉の手が気持ちいいんだ」 水着の下で、俺の部分は熱を帯び始めている。 千莉の肌に触れているうちに、自然と反応してしまっていたのだ。 「もう結構大きくなってますね」 呆れたようにつぶやきながら、ペニスを撫でる手は止めない。 「私にオイルを塗ってて、こうなってしまったんですか?」 「触ってて気持ち良かったし」 「今だって、肌が触れてるだけで気持ちいいよ」 「ふふ。これでも身体には結構気をつけているつもりですから」 華奢に見えるが適度に運動しているせいもあって、千莉の身体は引き締まっている。 もちろん、柔らかさも十分に備えていた。 ある意味、理想的な体型なのかもしれない。 「千莉が可愛いのが悪いんだよ」 「ふふふ、素直ですね。素直な子は大好きです」 「大きくしちゃったことは、許してあげてもいいですよ」 男性器を撫でながら、じっと俺を見つめてくる。 「どうした?」 「いえ、可愛いなって思ってたところです。気持ちいいのを我慢してるんですよね?」 言いながら、うっとりと目を細める千莉。 「……」 「照れてますね。顔、赤くなってますよ」 「なってない。なってたとしても暑いからだって」 「ふうん、そうですか。そんなこと言っちゃうんですか」 千莉が、俺の水着をずらしていく。 「暑いなら、脱いじゃいましょうね」 戒めを失ったペニスが、ブルンと立ち上がる。 「あっ」 千莉が小さく声を上げる。 「京太郎さん、大きくしすぎですよ」 「私にオイルを塗っただけで、こんなになっちゃうなんて」 言いながら、千莉が手のひらで優しく竿を包み込んで来る。 「んっ、まだ大きくなるんですか? ホントに変態ですね、京太郎さんは」 にまにまと笑みを浮かべる様は、猫が獲物をいたぶっている様子を思わせる。 「千莉がそうやって触るから」 「言い訳するのなら、もうやめちゃいましょうか」 「……」 「嘘ですよ。がっかりしないでください」 「完全に遊んでるな」 とはいえ、俺はもっと千莉に触ってほしい。 たまには攻められるのも悪くない。 「京太郎さんの残念そうな顔を見てたら、ちょっと意地悪したくなっただけですから」 「でも京太郎さんがどうしても嫌だと言うのなら」 「参ったよ。降参だ」 今日のお姫様はノリノリだ。 「続けてくれ、千莉」 「素直な京太郎さんは大好きですよ」 「で、ここをどうしてほしいんですか? 黙っていたらわからないです」 「それは、まあ」 とんだドSなお姫様だった。 「さっきも言いましたけど、素直な京太郎さんが、私は好きなんです」 目を細める千莉。 お姫様を超えて、今日は女王様モードなのだろうか。 末恐ろしいことだ。 「ノリノリだな」 「別にノリノリじゃありません。京太郎さんがしてほしそうだから仕方なく」 頬を赤らめる千莉。 「ホントに、やめちゃってもいいんですけど?」 むっつりと頬を膨らませた。 今日は全部、千莉の思うとおりにさせよう。 「わかった、観念するよ」 素直な気持ちを言葉にしよう。 「もっと、千莉に触ってほしい」 「ふふ。よくできました」 にっこりと微笑む千莉。 「オイルを手につけて」 千莉の手が、ペニスをしごいていく。 「ん……気持ちいいですか?」 「ああ、すごくいい」 柔らかい手のひらが、ぬるぬると上下する。 青空の下で、千莉がこんなことをしてくれている。 ギャップと快感が、俺の興奮を加速させていく。 「京太郎さん、乳首の方はどうですか? 気持ちいいですか?」 指先で俺の胸をなぞってくる千莉。 「くすぐったいかな」 「大丈夫。京太郎さんなら、きっと今に気持ち良くなれますから」 「俺ならってのは一体」 「変態さんですから」 くすりと笑い、手の動きを加速させる。 「ん……しょ……」 指でくにくにと俺の乳首を刺激しながら、ペニスをしごく。 「はっ……あ……。凄く、熱い……。それにこんなに大きくなって」 「私の手で、感じてくれているんですね」 「ああ、すごくいい」 「どうすればもっと気持ち良くなってもらえますか?」 「もっと強く握った方がいいでしょうか? 京太郎さんはMですからね」 「誰がMだよ」 「でも、もっと速くてもいいかな」 「このぐらいですか? んっ……んっ……」 千莉がしごく速度をあげた。 にちゃにちゃという音が岩場に響いていく。 「わ、エッチな音がしちゃってますよ?」 小さく笑みをこぼす千莉。 何とも楽しそうだ。 だが、絶頂に達するには刺激が足りない。 「まだまだ、だな」 「ふふ。ここをこんなにしながら言っても、全然説得力がないですよ」 指先でカリ首を撫でてくる千莉。 強い快楽が下半身を駆ける。 「ぱんぱんに張り詰めて、もう破裂しちゃいそうですね」 「千莉がもう少しサービスしてくれたら、もしかしたら本当に破裂するかもな」 「ホントですか? なら、もう少しだけ頑張っちゃいましょうか」 千莉が俺の胸板に押しつけた乳房を、さらに密着させてくる。 「あ……今、反応しましたよ?」 ペニスを握りながら尋ねてくる。 「おっぱい、気持ちいいんですか?」 「ああ。こうやってずっとくっついていたいぐらいだ」 千莉の熱が、じんわりと伝わってくる。 「京太郎さんの身体、あったかいです」 「ああ。俺もだ……」 海で冷えたお互いの身体が温まっていくのを感じる。 「千莉」 首をもたげ、千莉に頬を寄せる。 「京太郎さん……。んっ……」 「ちゅ……。ちゅぅ……ん……んんっ……」 キスしながら、俺の部分をしごく手も忘れない。 「んっ……。んぷ……ん……んん……ちゅ……ちゅ……っ」 硬く張りつめた部分から快楽が広がり、熱い塊が下半身で渦巻き始めたのを感じる。 「ちゅ……ちゅっ、ちゅ……ん……。はぁっ……んん……」 千莉の手がペニス全体を上下にしごきあげる。 オイルのせいもあってか、ぬるぬるとした滑らかな動きが強い快感を生み出して行く。 射精感が徐々に高まってきた。 「んっ……ちゅぷ……ちゅ、ちゅく……ふむ……んん……」 「ん……。はぁっ……」 「凄く、気持ちよさそうですよ。もう出ちゃうんですか?」 「ああ……」 知らず、下肢に力が篭る。 快楽が高まり、もう少しで爆発しそうだった。 「なら……。んっ……ふっ……んん……っ」 俺の部分をしごく速度を速めていく。 「んっ、んっ……! いいですよ、出してください。私、ちゃんと見てますから」 千莉が熱い視線を注ぐ。 「っ……んっ……はっ……。京太郎さんが射精するところ、私に見せてください!」 熱い欲望が膨張してゆき、ついに限界に至る。 「んんっ……京太郎さんっ……京太郎さんっ!」 どくんっ! びゅくっ、びゅっ、びゅるっっ! 千莉の手の中で弾ける。 恥ずかしいほどに腰が浮いてしまう。 「っ……! きゃ……!?」 ペニスが暴れ、白い液体を吐き出していく。 下半身の奥から湧き出した熱い精液は、とめどもなく溢れて千莉の手を汚していった。 「こんな風に出るんですね」 笑みを浮かべながら、興味深そうに射精を見つめる千莉。 「見るのは初めてじゃないだろ?」 「でもこうやって、じっと見るのは初めてですから」 熱心に射精の様子を見ている千莉。 何度も身体を重ねているというのに。 改めてじっくり見られると、無性に恥ずかしい気分になってくる。 「あ、照れてますか?」 「普通照れるって」 こんな明るい場所で、しかも外で見られているのだ。 「ん、もう終わりですか?」 千莉が、オイルと精液に濡れたペニスを、ぬるぬるとしごく。 「くっ」 甘い快感が走り、残っていた精液が絞り出される。 もう、これ以上は出ない。 「沢山出せましたね。えらいです」 微笑みながら千莉が俺の頭を撫でてくる。 何故そこで? 「だって可愛くて」 「京太郎さん、すごく気持ちよさそうでした。私のこと、感じてくれたんですよね」 にんまりと笑いながら、俺の顔をのぞき込んでくる。 「一生懸命出してくれて、嬉しかったです」 「千莉がこういうキャラだとは思わなかった」 「京太郎さんをいじめるのは、とても面白いですから」 「でも、これはごっこ遊びですよ。性格は関係ありません」 小悪魔的な千莉に遊ばれるのも、確かに嫌いじゃない。 「今度は俺の番だな」 千莉を可愛がる方が、俺の性には合っている。 「え? きゃっ!?」 身体の位置を入れ替え、千莉の背後から太ももを抱く。 「京太郎さん?」 俺の股間に視線を落とした千莉が、呆れたようなため息をついた。 「今出したばかりなのに、もう元気になっちゃったんですか?」 ペニスは既に力を取り戻していた。 「京太郎さんの性欲は底なしですね」 言いながら、くすりと笑みを浮かべる千莉。 「まさか一回出しただけで終わると思ってた?」 「私はそれで終わっても良かったんですけど」 「京太郎さんがどうしてもと言うのなら、続けてあげてもいいですよ」 余裕綽々といった様子の千莉。 「千莉って、意外と外でするのが好きなのか?」 「な、なんですか、いきなり」 「いや、別に」 「ただ、部屋で普通にするときよりも、それ以外の時の方が楽しそうにしてるなって」 外でした時とか、コスプレした時とか。 「楽しそうなのは、京太郎さんだって同じじゃないですか」 そうなのかもしれない。 「千莉の、新しい魅力を発見できるからかな」 「なんですか、それ。そんなこと言われたって、全然嬉しくないですよ」 拗ねたように言いながらも、まんざらではなさそうだ。 「……あっ……」 水着の上から、先端で女性器をこする。 「千莉のここ、熱くなってるな」 「別に、熱くなんか……」 僅かに頬を染める。 「続けるぞ」 「はい。ここまできて、途中で止めるだなんて言わせませんから」 水着の紐をほどいていく。 「あ……」 はらりと水着が脱げ、千莉の性器が露出した。 「ちょ、ちょっと、京太郎さん、この格好は」 「脚をこんなに開いたら、誰かに見られちゃったとき……」 「大丈夫、誰もいないから」 「そんなのわからないです」 「大丈夫、大丈夫」 「で、でも、外でこんなに脚を開くなんて」 さらに言えば、開いているのは脚だけではない。 ぱっくり開いてしまった千莉の性器に、俺は己の先端を触れさせた。 「んあっ……」 ペニスに感じる、熱くてぬるぬるとした感触。 「もう濡れてるな」 「ぬ、濡れてません」 「俺のを触ってるうちにこうなったんだ?」 「興奮なんてしてません。ただ、面白がってただけです」 口ではそう言うが、熱に潤んだ瞳が俺を見つめている。 「ん……はぁっ……」 「いつまでこうしてるつもりなんですか?」 非難がましく口を尖らせた。 「……は……ぁ……」 千莉の腰がもじもじと動き、陰唇が竿をぬるりとこすった。 触れ合った部分が、じわりとした快楽を生み出していく。 「私のことを焦らすだなんて、京太郎さんのくせに生意気です」 「どこのいじめっ子だよ」 「今度は、千莉が素直にしてほしいことを言ってよ」 「え……」 今度は俺が千莉をいじめる番だ。 「そ、それは……」 「……く……。……下さい……」 潮騒にかき消されてしまいそうな、小さなつぶやき声。 「ん? ちゃんと言って」 わざとらしく聞き返す。 「も、もうっ! 本当は聞こえてるんですよね?」 「ああ。聞いてるから続けてくれ」 「……い……入れて、下さい……」 「京太郎さんの……私の中に……欲しいです……」 さっきよりは大きいが、相変わらず消え入りそうな声でそう言った。 俺は答える代わりに、入口に沿えた先端を進ませていく。 「……んあっ……! ふあ、あ……!」 柔肉を押し開き、千莉の中に進入していく。 押し出されるようにして、千莉の声が漏れた。 「ん……! あっ……! はぁぁぁっ……!」 千莉の部分は、俺を受け入れる準備が完全にできていたようだ。 亀頭で入り口が広がり、簡単に飲み込んでいってしまう。 「大丈夫か、千莉」 「……はっ……はい……平気です……っ」 熱くぬかるんだ肉壺は、どんどん俺を受け入れていく。 「んっ……あ……。は、入って……くるっ……」 「はっ……! ん……あ! ……あぁぁっ……!!」 やがて、ペニス全体が千莉の膣内に埋まった。 「んっ……この感触……好き、です……」 うっとりと、そう呟く。 「気持ちいいってこと?」 「そ、そうじゃありません」 「ただ、この感触が……結構好きって意味で……んっ……」 柔肉がきゅっ、とペニスを締めてくる。 「一つになってるって感じがすごくしますから」 「それに……」 「京太郎さんが、私のために一生懸命になってくれるのを見てるのも楽しいですから」 「頑張って腰を動かしてくれるところとか、可愛いかなって」 余裕の笑みを見せている千莉。 だが、いつまでそうしていられるかな。 「じゃあ、千莉のために頑張るよ」 腰を動かし、膣内の往復を開始する。 「……ん……!! あっ……!」 千莉が快感に耐えるように眉根を寄せる。 「くっ……! あ……! はあっ……んんんっ……!!」 深く挿入しながら、女性器に手を伸ばして指先で触れた。 「やっ……!? ど、同時に、なんてっ……!」 クリトリスの包皮を剥き、人差し指でぬるぬると撫で回す。 「あっ! だ、だめっ! はっ! はぁんっ……! ふあぁぁああっ!!」 千莉の身体がビクビクと跳ね、声が岩場に響く。 「千莉、ちょっと声を抑えて」 「お、抑えてるつもり……なんですけど……っ」 「い、入れながら、そんな風に、触られたらっ……! あ……あ……!!」 千莉の声はよく通る。 本気を出したときの声量も半端じゃない。 本人がその気ではないとしても、意外と大きな声が出ている時があるのだ。 「誰かに気づかれる」 「や、そんなの、困る……! ふあぁっ……!!」 口では千莉に注意しながら、腰と手は休めなかった。 結合部分が生み出す快楽を、求めずにはいられない。 「あ! あ! ああっ! うあっ……ああああっ……!!」 「んあっ! あっ! あっ! あっ! はあっ!!」 千莉の握った手に力がこもる。 絶頂が近いのかもしれない。 腰を突き上げながら、指先でぐにぐにと陰核を転がしてやる。 「だ、だめっ! だめです、それっ……! 刺激、強すぎてっ……!!」 「やっ! やあっ! あっ! あああああっ!!」 千莉が全身をガクガクと震わせる。 「うっ……! あ……! はあっ! あ、ああああ〜〜〜っ……!!!」 千莉の声が高くなった。 「あっ! あっ、はっ、はっ、はっ、あはああっ!!」 俺が腰を突き出すリズムに合わせて、千莉の声が小さく途切れる。 「くうっ! ふあっ! はっ、はああああああっ……!!」 「だ、だめっ! も……イきそっ……! イきそうですっ……!!」 「くっ、んんっ! あっ、はっ、はぁぁぁぁぁっ!!」 「うあっ! あっ、あ、あ、あああっ!! イ、イくっ……!」 「俺も、もう少しで……!」 千莉の身体が跳ねるたびに、熱い膣肉がうねり、俺を追い詰めていく。 狭い膣内を何度も何度も往復し、柔肉の奥まで突き入れた。 「だ、だめっ!! だめです、京太郎さん!」 「わ、私……!! もう……あああああっ……!!」 「やだ、あ、だめ、だめ、だめ、だめだめだめぇぇぇぇぇぇっ!!」 起伏に富んだ内壁が俺自身を締め付け、その快楽に思考が白く染まっていく。 「千莉っ」 彼女の内部を深くえぐるように腰を突き出した。 「ふあああっ! きょ、京太郎さんっ……!」 「ふあっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あああああっ……!!」 「んんっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁぁっ!!」 熱の塊が身体の奥底からせり上がり、限界に達する。 「くあっ! あっ、ああっ、んっ、ふああああああああああっっっ……!!」 びゅくっ! びゅるっ、びゅるっ、びゅくっ! 「くっ……! あ……! ああ……っ」 千莉の膣内に、湧き出した熱をぶちまける。 「っ……! ああっ! はああああ……」 「あっ……!! あっ……!! あ……!」 二度目の射精だが、精液の勢いが衰えない。 彼女の中でペニスが暴れ、何度も精液を吐き出した。 「はっ……!! はあっ! はあっ……! はあああぁ……っ」 もしかしたら、千莉相手なら何度でも射精できるかもしれない。 そんな風に思えるような射精量だった。 「はぁっ……! はあっ……! はあ……っ」 「う……く」 千莉の身体を抱きしめながら、最後の一滴まで出し切った。 「……っ……は、あぁ……ん……」 ゆっくりと千莉の呼吸が落ち着いてゆき、俺の部分も力を失って行く。 「はぁ……はぁ……」 「ごめんなさい、京太郎さん……声……全然抑えられなくて……」 「大丈夫、だったでしょうか?」 「ああ、大丈夫だったみたいだ」 幸いなことに、俺達に気づいた者はいなかったようだ。 とはいえ、いつまでもこの格好でいるわけにはいかない。 「あ、だ、だめですっ。今抜いたら……出ちゃいますからっ」 ぬるり、とペニスが女性器から抜け出る。 精液と愛液の混じり合った液体が、千莉の中からとろりとこぼれ落ちた。 真っ白く泡立っている。 「や、やだ」 二度目の射精だったが、結構な量だ。 「一回出した後なのに、こんなに出たんですか?」 「京太郎さんは本当に底なしですね」 口ではそう言いながら、柔らかい笑みを浮かべる千莉。 「千莉が可愛いからだ」 「……ん……ちゅっ……」 そんな表情がたまらなく愛らしく、俺は唇を重ねた。 「ん……もう、いきなりです」 「こういうのも、案外いいな」 「え? 外でするのがですか?」 「京太郎さん、やっぱり変態だったんですね」 「違うって」 「小悪魔っぽく責めてくれるのも、千莉っぽくていいかなと思ったんだ」 「何ですか、それ」 「まるで私がいつも何か悪戯をしてるみたいじゃないですか」 そう言って頬を膨らませる千莉。 「やけに活き活きしてたし」 「だから、それは京太郎さんが可愛いからですよ」 「男は可愛いって言われても嬉しくないぞ」 「可愛いです、可愛いです、可愛いです、可愛いです」 「……」 さすがに照れる。 「あ、照れてます。やっぱり可愛いですね」 「やっぱり小悪魔だ」 「ふふふ、かもしれませんね」 そう言って、猫のような笑みを浮かべる千莉。 やれやれ、敵わないな。 「京太郎さんのせいで、身体を洗わないといけなくなっちゃいました」 「せっかく塗ったオイルが無駄になってしまいましたし」 「悪かった。でも、して来たのは千莉からじゃなかったか?」 「まさか、全然違います」 しらばっくれる千莉。 「じゃ、そういうことにしとこう」 「このままシャワーまで行くのも、ちょっと問題ありだな」 「そうですね」 色々な液体が二人の身体を汚してしまっている。 「海に入れば綺麗になるんじゃないでしょうか?」 「よーし、一緒に泳ごう」 二人で立ち上がる。 「今度は、ちょっと遠くまで泳いでみましょう」 「こっちは図書部員なんだから、手加減してくれよ」 「私も図書部員ですよ。言ってませんでしたっけ?」 悪戯っぽい笑みを浮かべる千莉。 せっかくの休みだと言うのに、身体の方は休まる暇がなさそうだ。 嬉しそうに海に入って行く千莉の笑顔は── 真夏の太陽にも負けないくらい、輝いているように見えた。 「ごめんなさい、筧さん。こんな時間まで付き合わせちゃって」 「いや、俺は全然構わないよ」 普段は朝シフトの佳奈だが、今日はヘルプで閉店時間までバイトすることになっていた。 「ぼちぼちクローズ作業を始めますから、もう少しだけ待っててくださいね」 「ああ」 閉店間際のアプリオに、客の姿は少ない。 お茶でも飲みながら、佳奈のバイトが終わるのを待とう。 「ご注文は何にします?」 「そうだな」 メニューとにらめっこを開始する。 「私を待っていたら遅くなりますから、夕飯食べちゃって下さいよ」 「本当だったら私が作らないといけないんですけど」 待っている傍ら、申し訳なさそうに言う。 「彼女が作らなきゃいけないってわけじゃないよ」 「せっかくだし、バイトが終わったら一緒に食べよう」 「お腹空いちゃいますって」 「それは佳奈も一緒だ。いや、働いてるんだから俺以上じゃないか」 「俺は佳奈と食べたいんだ、そうしよう」 「筧さん」 熱に潤んだような瞳で俺を見つめてくる佳奈。 なんて可愛いんだろう。 付き合い初めて何ヶ月か経つが、佳奈が愛しくて仕方がない。 「じゃ、決まりな」 「俺はここで待ってるから。バイト、頑張ってこい」 「はい、わかりました。でも、もうちょっとだけ、ラブパワーが欲しい感じですね」 おねだりするように見上げてくる佳奈。 くしゃくしゃに撫で回してから、キスの雨を降らせてやりたくなる。 「ここじゃダメだ」 しかし、流石に自制した。 他のバイトも結構いることだし、いろいろまずすぎる。 「そ、それもそうですか。あはは」 「でも、ハグくらいなら」 「店内での淫らな行為はご遠慮ください」 テーブルの陰から、白い帽子がにょっきり生えてくる。 「うわ、びっくりした!」 「隙だらけですよ、鈴木さん。もしここが戦場なら、今ので死んでいたところですよ」 「ステルス能力高すぎですよ。全然気づきませんでした」 「スナイパーの必須能力ですので」 えっへん、と胸を張っている。 相変わらずな人だった。 「筧君、今日は鈴木さんを待ってるんですか?」 「暗くなるといろいろ心配ですから」 「なるほど、感心です」 「愛されてますねー、鈴木さん」 「恐縮です」 「仲のいいことは結構ですけど、時と場所をわきまえてもらわないと」 「ウェイトレスとお客様がイチャついていたなんて噂が立つと困るんですよね」 「イチャついてないから」 「そこまで破廉恥じゃありません」 「自覚ゼロですか」 何故かため息をついている。 「私たち、ドライな方だって評判なんですよ?」 「そうそう。もう少し潤ったほうがいいくらいだ」 「ええ、まあ、もうそれでいいです」 さらに嘆息する嬉野さん。 「鈴木さん? クローズの手順はわかってますよね」 「あ、はい、大丈夫です。何回か経験ありますので」 「いい返事です」 うんうん、と満足げに頷いている。 「閉店間際に団体さんがなだれ込んで来るパターンもありますので、注意して下さい」 「そしたらクローズ作業も中断になりますし、てんやわんやですよ」 「残念ながら、今日はそんなことはなさそうですけれど」 「いや、残念がられても」 「ハプニングがあった方が、私は面白いんですが」 「私は困りますけどね」 「もしかして、私って嫌われてます?」 「まさか。愛の鞭ですよ、愛の鞭」 「私はどちらかというと、褒められて伸びるタイプなんですけど」 「鈴木さんは、朝シフトですからクローズ作業の経験があまりありません」 「私の後継者として、ぜひいろいろなことを経験してほしいんです」 「嬉野さん……」 後継者ということは、将来はフロアチーフに抜擢されるのだろうか。 「あ、ちなみにバイト代は変わりませんので」 「名ばかり管理職!?」 「ブラックだな」 「冗談ですよ。相応の手当はありますから頑張って下さいね」 にっこりとスマイルを浮かべている。 「と、いうことで」 「後輩に経験を積ませるため、私はお先に失礼いたしますね」 「え? 温かく見守ってくれないんですか?」 「ええ。今夜は外せない用事がありまして」 「もしかして、ゲームですか?」 「まさかまさか」 「ですよね」 「違いますよ」 二人とも笑顔だが、その裏には計り知れない応酬があるようにも見えた。 「それじゃ、鍵だけはしっかりしておいてくださいねー」 「了解しました」 そう言うと、嬉野さんは本当にさっさと帰ってしまった。 ただ単に早く帰りたかっただけなのかもしれない。 「大変そうだな」 「いやまあ、普段は優秀な人ですから。時々こうなのが玉に瑕なんですけどね」 どうやら悟りの境地に達しているらしい。 「それじゃ、閉店するまでもう少し待っててくださいね」 「ああ。邪魔にならないように待ってるよ」 仕事に戻る佳奈の姿を見送った。 しばらくして、閉店を告げる音楽が店内に流れ始める。 フロアの客は俺一人だ。 ウェイトレスが数人、テーブルを拭いたり備品を追加したりしている。 作業の邪魔になるし、外で待ってるか。 一声かけようと佳奈の姿を探してみるが、フロアにはいないようだった。 どこいったんだろう? 「わわわわっ!?」 バックヤードの方から、物音が聞こえてきた。 今の声、佳奈じゃなかったか? 「どうしたー?」 半ば開いていたドアを開け、覗き込む。 様々な雑貨が散らばっている床に、佳奈がかがみ込んでいた。 「あ、筧さん」 「洗剤の在庫を取ろうとしたら、他の荷物を崩しちゃって」 「俺も手伝うよ。二人でやった方が早く終わる」 「大丈夫ですって」 「狭いですし、お客さんに手伝ってもらうわけにはいきませんから」 「このままさよならできるか、彼女が困ってるのに」 「すみません、筧さん」 佳奈と一緒に、散らばった備品を拾い集める。 バックヤードは確かにちょっと狭いし、何だか少し暑いように感じる。 「食品がある倉庫は、もっと広くて涼しいんですけどね」 「あ、筧さん。ちょっとかがんでください。上に荷物置きたいんで」 「おう」 俺がしゃがみ、目の前で佳奈が背伸びをする。 狭いせいで荷物を置くのも一苦労だ。 「オッケーです。ちょっとそのままでいてください」 備品の入った段ボールを持ち上げる佳奈。 「……」 佳奈のスカートと太ももが目の前に接近した。 さらに、ちょっと顔をあげれば、佳奈の胸が目と鼻の先だ。 「よいしょ……っと……」 目の前でウェイトレス服のリボンが揺れている。 いい匂いがする。 いつもの佳奈の香りだ。 「……」 何かに引かれるように、制服の胸に向かって顔を突っ込んでみた。 柔らかい。 そしていい匂いに包まれている。 「ちょ、ちょっと、筧さん?」 戸惑ったような声が聞こえてくる。 「あの〜、動けないんですけど」 「悪い、バランスを崩した」 「目の前にクッションがあって助かったわ」 「いえいえ。薄いクッションですが、お役に立てて何よりです」 「って、そうじゃなくて、一体何してるんですか?」 「佳奈の胸に顔をうずめている」 「それはわかってますけど。こ、こんなとこでふざけたらだめですってば」 「フロアには、他のバイトの子達がいるんですよ?」 「みんな忙しそうだったから、ここには来ないだろ」 「それはそうですけど、さすがにまずいですって」 手を太ももに這わせる。 「んっ……や、ちょ、ちょっと……?」 両手で荷物を持ち上げている佳奈は、抵抗できない。 すべすべとしたストッキングの感触が心地良い。 「だ、だめですよ、こんなとこで。冗談……ですよね?」 「冗談じゃなかったらどうする?」 「どうってそんな、これ以上されたら……」 「えっ……? んんっ……」 まだ何か言おうとしている唇を、キスで塞いだ。 「……んっ……ちゅ……」 佳奈が嫌がるなら、止めようと思っていたが……。 「は……ぁ……んっ……ちゅ……れろ……はぁっ……」 舌先が触れ合い、佳奈がそれに応えてくる。 キスしながら、手で胸に触れていった。 「あ……んっ……か、筧さんっ……だめですよ……」 言いながら、抵抗する様子はない。 「いいか?」 「だめだって言ってるんですけど」 「ちょっとだけだ」 「もう、ホントにちょっとだけですからね」 佳奈が火照ったような視線を俺に向けながら、小さく微笑む。 「でも、この体勢は厳しいですから、せめて段ボールを置いてから」 「ああ」 背徳感とスリルが、いつも以上に俺を興奮させている。 それは、佳奈も同様のようだった。 狭い空間なので、ほとんど抱き合うような格好だった。 佳奈のスカートの中に手を入れ、ストッキングを下ろす。 「あ、か、筧さんっ!」 「ん?」 「あの、パ、パンツがっ」 するすると下ろしたストッキングに目をやる。 下着も一緒にずり下げてしまっていた。 「下だけ脱ぐ、っていうのも何だか変態っぽいよな」 「脱がせたのは筧さんなんですけど」 「大体、全部脱ぐのは元々無理ですよ。着るのに時間かかっちゃいますし」 「なら、このままでいいってことだな」 「それは、まあ、そうなるかもしれないですけど」 「前も、この格好でエッチしたことがありましたよね」 「あった気がする」 以前、アプリオの制服姿の佳奈としたことがあったが、あの時は俺の部屋だった。 今回はバックヤードとはいえ、本当にアプリオの中だ。 言いようのない緊張感と背徳感がある。 「佳奈、緊張してる?」 「当たり前です」 「ここ、普段はほとんど人が来ないんですけど、やっぱりちょっと……」 人の気配がドア越しに伝わってくる。 ドアを隔てた向こうでは、他のバイトメンバーが仕事をしているのだ。 部屋の隅に隠れているから、誰かが入ってきてもすぐに見つかるということはないと思う。 「佳奈が嫌ならやめるよ」 「……んっ……あ……」 「そ、そう言いながら首にキスするのやめてください」 佳奈の匂いに混じる、わずかな汗の匂い。 それをかいでいるうちに、たまらなくなったのだ。 髪を撫でながら、肌に唇を触れさせる。 「本当は、やめる気なんかないんですよね?」 くすぐったそうに言う。 「続けてください、筧さん」 「私も、もっと筧さんに触れてほしいですから」 「わかった」 佳奈の首筋に何度もキスをする。 ちゅぱちゅぱと音を立てて肌を吸う。 「はっ……んっ……。強くしたら、キスマークついちゃいますから……」 「あんまり、吸わないでください……」 「大丈夫、気をつけてる」 「んっ……あっ……ほ、ほんとですか?」 「ああ。うなじの近くとか、見えないところにしてるから」 「ええっ? やっぱり跡ついてるんじゃないですか……? あっ……んん……」 感じ始めているのか、佳奈の手が小刻みに震える。 「スカート、そのまま持って」 「は、はい」 「触るよ」 太ももに手を這わせ、手探りで触れていく。 「ふ……ぁ……」 少し汗ばんだ肌に指先を滑らせ、ゆっくりと登っていく。 しっとりとした内腿の付け根……柔らかな股間に指が触れた。 「あ……は……っ……。そ、そこっ……」 この柔らかな感触は大陰唇だ。 指先で開き、内側の小陰唇を探り当てる。 「はっ……! あ……ぁ……」 ぷにぷにとした感触のそれを、指先でこねるようにして愛撫する。 「ん……っ! あっ……だ、だめですよ、やっぱり」 「どうして?」 「今日、体育の授業があったんです。それに、放課後もずっとバイトでしたから」 「そ、その、多分、私あんまり綺麗じゃ」 「佳奈の汗なら俺は平気だよ」 「いやいやいや、私が気になるんですっ」 「声大きいって」 佳奈が慌てて口をつぐむ。 バックヤードは狭い分、声が外に漏れる危険も大きい。 「誰かに聞こえちゃったでしょうか?」 「そんなことになったら、私、ここでバイト続けられなくなっちゃいます」 「そりゃまずいな」 「ですよね? ですから、やっぱり」 耳を澄まし、ドアの外の気配を窺ってみる。 特に大きな動きは感じられない。 「よし。声、もう少し気をつけよう」 「鬼ですか」 佳奈がため息をつく。 「でもここ、結構濡れてきてるぞ」 「そ、それは、筧さんが触るから……っ……」 「んんっ……ん……!」 佳奈がスカートを握る手に力を込める。 声がどうこう言っていたが、愛撫が始まればそんなことは飛んでしまう。 むしろ、『こんな場所で』という事実はスパイスにすらなっていた。 「はぁっ……あ……。筧さ……ん……!」 「やっ……ゆ、指……っ!」 女性器から染み出した愛液が俺の指を濡らす。 お陰で、指を滑らかに動かすことができる。 「あっ……! か、筧さ……そこ、だめっ……」 指先で陰核を探り当て、包皮を剥く。 「ひゃうっ!?」 「そ、そんな触り方……あっ、あああっ、にゃっ」 感触を楽しみながら、指先でつるつると撫でてやる。 「んあっ……! だ、だめですってば……そこ、触られると……」 「立ってられなく……なる……っ」 「佳奈、ここ好きだから」 「そんなことな……んあぁぁっ……!」 いつもは控えめなクリトリスが、膨らんできているように感じる。 興奮に充血しているのだろう。 「ホントにだめなんです、そこっ……」 「それ以上、したらっ……! あっ……は……はぅぅっ……」 太ももが俺の手を挟み込み、動きを妨害する。 構わず、熱い肉壺に指を挿入させていった。 「んっ……あ、あ、あ……!」 そこはもう柔らかくほぐれていて、人差し指と中指を簡単に飲み込んでしまう。 「ふあっ……! んくぅっ……ゆ、指、入れちゃ……あ……!」 「筧さん……これ、本当に止まれなく、なっちゃいますっ」 膣壁を指の腹で撫でてやる。 「な、中っ……! そ、そんな、ぐりぐりしたら……っ」 「あっ、あっ! んはぁぁっっ……!」 「気持ちいい?」 「だ、だめなんですっ……!」 「え? 何が?」 「そ、そのっ……で、出ちゃいそうで……んん……っ!」 佳奈が唇を噛む。 「いいよ、遠慮しないでイッてくれ」 「そ、そうじゃなくてっ……! ふっ……う、ん……んあああっ……!!」 女性器に挿入した指をひねり、膣内をぐるりとかき混ぜるように動かす。 性器から、ぐちゅりという水音が響いてきた。 「んんんうっっ……!!」 佳奈の全身が震え、身体をくの字に折ろうとする。 それを抱きとめながら、俺は指の動きを強めていく。 「ふっ……! ん……んくっ! んああああっ……!!」 声を必死に抑えようとしているが、どうしても抑えられないらしい。 「んあっ! あっ、あっ、ああっ……!」 「だ、だめっです! だめですからっ!」 「で、出ちゃう……! ホントに出ちゃいますからあっ……!!」 ガクガクと崩れ落ちそうになる佳奈の身体を支えながら、指先を動かし続ける。 「ん、ん、んんっ……! くっ! んっ! んんん……っ!!」 快感を引き出すべく、指のピストン運動を早めていく。 「ホントにだめ、ホントにだめですからぁぁぁっ……!!」 指を曲げ、佳奈の膣壁を強めに愛撫する。 「うあぁあぁっ……! あ、あ、あ、あ!」 その動きに応えるように、佳奈が喉から声を絞り出す。 「だめ、だめ、だめだめだめぇっ……!! あ、ああああああっ……!!」 内壁が俺の指を強烈に締める。 「ん、ふ、ふあっ!」 「あ! あ! ふあああああぁぁ〜〜〜っ!!」 内壁が痙攣し、熱い肉襞が俺の指をビクビクッと締め付けてきた。 「やっ……! あ、ああああああぁぁっっ……!!」 佳奈が全身を震わせながら、俺にしがみついてくる。 「……っく……! あ……! あっ……! はぁぁっ……!!」 「あっ……! あ……! はぁ……ぁ……!」 彼女の細い肩を抱き、身体を支えてやる。 「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……! はっ……!」 膣内がヒクヒクと蠢き、俺の指に貪欲に吸い付いてくるかのようだった。 「だ、だめ……です……と、止まらない……っ」 俺にしがみついた佳奈が、弱々しくそう言った。 「ああ……だ、だめ、で、出ちゃうぅ……」 彼女が呟いた瞬間。 「あ……あ、あ……」 ちょろちょろと温かいものが俺の手を濡らしていた。 これって、もしかして。 「ああ、だ、だめ……止まらない……うあぁぁっ……」 「や……だから出ちゃいます、って言ったのにぃ……」 佳奈の股間から漏れ出た液体が、俺の手と彼女の太ももを伝い、床を塗らしていく。 「筧さん、見ないで下さいよぉ……恥ずかしすぎます」 泣きそうな声を出す佳奈。 その間も液体は出続け、床の染みを広げていった。 「悪い、てっきり声のことかと思ってて」 まさか失禁するとは思ってなかった。 「うう……ごめんなさい、筧さん……」 「俺の方こそ、無理させたみたいだ」 「バイト中、トイレに行く暇がなくって我慢してたんですけど……」 「筧さんに触られているうちに、我慢できなくなっちゃって」 「うう、この歳でおもらしするなんて……私、今すぐ消えちゃいたいですよぉ……」 半分ベソをかいている佳奈。 そこを可愛いと思ってしまう俺はSなのかもしれない。 「佳奈に消えられたら、俺が困る」 「それに、俺は気にしてないから」 「ううう〜……そんなこと言ったって……恥ずかしいものは恥ずかしいんです……」 「私のこと、嫌いになっちゃいませんか?」 「なるわけないって」 「お漏らししちゃう彼女でもですか?」 「お漏らししちゃう彼女でもだ」 「……うう……やっぱり死んでお詫びします」 自分で言ってヘコんでいた。 「いや、だからそんなことされたら俺が困るんだって」 「あうぅぅ〜……筧さ〜ん……」 泣き出しそうな佳奈の髪を撫でて慰めてやる。 「佳奈の全部が好きなんだ。嫌いになる部分なんてない」 「筧さん……。んっ……」 まだ何か言いたそうな唇に、軽く己の唇を重ねた。 バックヤードにあったタオルを拝借し、佳奈の股間と脚を拭いた。 床も簡単に掃除しておく。 「もう、終わりですか?」 涙に潤んだ目で見上げてくる佳奈。 「やめる?」 「う、ううん……続けたいです」 そう言い、首を横に振った。 「私ばかりしてもらってて、まだ筧さんが気持ち良くなってないですし」 俺の下半身に目をやる。 ズボンの上から形がわかるくらいに勃起していた。 「筧さんも、やる気十分って感じですしね」 「それに、このまま終わっちゃったら後味が悪いです」 「続けましょう、筧さん」 「ありがとう、佳奈」 「今度は、私がしますから……ね?」 弱々しい様子から一転、熱のこもった瞳が俺を見つめていた。 「じっとしててくださいね。私に全部任せてください」 「よっ……と。ここ、かな……?」 佳奈が俺の上に跨る格好になる。 「あっ……わっ……」 改めて俺の股間に目をやり、驚いた声を上げる。 俺のペニスはもう、十分すぎるほどに屹立してしまっていた。 「ずいぶん立派になっちゃってますね」 「佳奈が綺麗だったから」 答えながら、ウェイトレス服のボタンを外した。 可愛い下着もずり上げると、綺麗な乳房が丸見えになった。 「可愛いよ、佳奈」 「も、もう、何言ってるんですか? 褒めたって何も出ないですからねっ」 言いながら、腰の位置を微調整している。 「……んっ……ん……」 熱く勃起した部分が、佳奈の性器に触れた。 愛液の熱さが、先端からじんわり伝わってくる。 ここに入れたら、どれほど気持ちがいいのだろう。 「筧さんの、すごく熱いです……。んっ……あ……」 佳奈が腰を前後に動かし、女性器を俺の部分に擦りつけてくる。 お互いの性器が、ぬるぬると触れ合う。 挿入とはまた違った快感が下半身を走り抜けた。 「佳奈、何してるんだ?」 「え? その……入れる前に、ちょ、ちょっと濡らしておこうかなと思いまして……」 「ん……しょ……」 竿をしごくように腰をグラインドさせる佳奈。 腰つきがやたらとエロく感じられる。 「は……あっ……」 動かしながら、深く吐息をつく。 「なんか、こうしてるだけでも気持ちいいですね」 快感に酔ったように、とろけた声を漏らす。 「俺もだ……」 熱くて柔らかな女性器とペニスが触れ合うだけで、言い表せないような甘い快感が走った。 ずっとこうして触れ合わせているだけでも、いずれ果ててしまうかもしれない。 「だけど、このままだと困る」 佳奈の中に入れたくてたまらない。 このままじゃ生殺しだ。 「ですね。私もこのままじゃ、寂しいです」 「なら……」 「はい……筧さんの、入れますね……んっ……」 佳奈の指がペニスを包み、腰を浮かせながら入り口に導いていく。 「ん……! あ……!」 佳奈が腰を落とすと、亀頭が熱い粘膜に包まれた。 「……あ……は……あああっ……!」 ぬぷぷ、とペニスが膣内に飲み込まれていく。 「はっ……! あっ……! んんんん……っ!!」 やがて、ペニスが女性器を完全に貫き、俺と佳奈は一つになる。 ペニス全体が熱い膣壁に包まれていた。 「ん……はぁっ……何かいつもより大っきいみたい」 「私の中、いっぱいになってます……んんっ」 佳奈が吐息をつくと、それにあわせて内壁がきゅっと締め付けてくる。 「んあっ……! こ、この体勢、凄く深くまで入ってきます!」 「無理しなくてもいいんだぞ」 「いいえ、大丈夫ですからっ……私が筧さんを気持ち良くしたいんです」 佳奈が腰を浮かすようにして、動き始める。 「んっ……! は……あっ、んっ……んっ……あ……」 ゆっくりしたペースで、ぬるぬると腰を動かす佳奈。 膣壁がペニスをゆったりとこすりあげる。 「あ……あぁ……ん、んんっ……はぁっ」 「あ……これ、気持ちいい」 亀頭が、複雑な膣壁と擦れ合っているのがわかる。 「……ん……あっ……あ、はぁ……あ……」 カリ首がプリプリとした膣壁にしごかれ、背筋が震えるような快感を生み出す。 「あんっ……だめですってば」 両手を伸ばし、乳房に触れる。 下から持ち上げるようにして愛撫する。 「私がしてあげるんですってば……んっ……はぁ……っ」 手のひらにフィットする、控えめなバストを揉みしだいた。 「は……あ……んっ……」 固くなった乳首を指先でつまみ、転がす。 「んっ、も、もうっ……全部私に任せて下さいよ……」 「触ってるだけで気持ちいいんだ」 気持ちいいと言えば、下半身も相当なものだ。 佳奈が動いてくれているという視覚的な刺激も相まって、身体の奥から激しい欲情がわき上がってくる。 「おっぱいもいいですけど、下の方はどうですか?」 佳奈が小さく笑いながら、俺を見下ろしてくる。 「ああ。気持ちいい」 こっちの方も、いつまでもずっと繋がっていたいくらいだ。 「えへへ……素直な筧さん、可愛い」 言いながら、はにかんだような笑みを浮かべている佳奈。 「どうしたいきなり?」 「だってエッチ顔してますよ……私が動くと、ほら?」 熱い柔肉がうねり、膣内が圧力を増す。 「はぁっ……あ……んんっ……ん……」 「わかります? 締めてるの……んっ……っ……」 きゅ、きゅ、と俺の部分を締め付けてくる。 「佳奈、エロい」 「いえいえ。筧さんの方がエッチな顔してますってば」 「俺が?」 「今にもイっちゃいそうな感じですか?」 「どうだろうな」 実際、かなりやばいところではある。 「ふふふ、隠してもわかりますよ」 「筧さんの……私の中でピクピクって震えてます」 「本当は、もっともっと激しくしてほしいんですよね?」 どことなく嬉しそうに俺を見下ろしている。 完全にイニシアチブを握られてしまったが、ま、たまにはいいか。 「今日は肉食系だな」 「ええ。お肉は大好物です」 なんかちょっと違う気がする。 「で、これからどうしてくれるんだ?」 「筧さんを、私のスーパーテクで気持ちよくしちゃいます」 「ほう」 「ちょっとずつですけど、コツが掴めてきたんです」 「いきますよ……? ん……んっ……」 腰を使い、膣壁でペニスをしごき上げてくる。 「っ……」 「ふっ……あっ……ああっ……ん……んんっ……ん……」 「んっ、どうです、筧さん……気持ちいいでしょう?」 「ああ、すごくいい」 「良かった。鈴木はこう見えて勤勉ですから……あああっ」 「もっともっと、気持ちよく……なって下さい……私、頑張ります」 その速度が、徐々に速く、激しくなっていく。 「はぁっ……あっ……あ……! あ……!」 「んっ! あっ! んんっ、んっ、んんっ……!!」 俺の上で、佳奈が腰を小刻みに動かす。 「くっ……」 気持ちいいのも確かだが、佳奈が一生懸命になってくれているのが何とも健気で嬉しい。 思わず胸が熱くなり、下半身に渦巻く熱が圧力を増している。 「あっ! あっ! はんっ、んっ、んんっ……!」 このままだと、思ったより早く果ててしまうかもしれない。 そう思っていた時……。 「さ、作戦の、弱点を発見しちゃいました……んっ……ああ……!」 「弱点って……?」 「はぁっ……はぁっ……そ、それはですねっ……」 呼吸を整えながら答えてくる。 「筧さんを気持ち良くするために動くと……」 「んっ……あ……! わ、私もどんどん気持ち良くなっちゃうんです」 とろけたような表情で俺を見下ろしてくる佳奈。 「このままだと、私の方が先にイっちゃいそうで……はぁっ……!」 確かに腰の動きが、徐々に鈍っていた。 「いいじゃないか。一緒に気持ち良くなろう、佳奈」 「ふあっ……? え……?」 佳奈の腰を掴み、下から突き上げた。 「んっ!? や、やあっ……!? はっ……あ……! だ、だめですってば……!」 「ちょ、ちょっと休ませてくださいっ……! あっ……はぁ……っ!」 言いながらも俺に応えて腰を動かしてくれる佳奈。 「二人で動いた方が、もっと気持ち良くなれるから」 「んぁっ! そ、そうかもしれないですけど……! くうんっ……!!」 「そ、それっ……! ふ、深すぎますっ……! からぁあっ……!!」 「んっ、んんっ……ふあぁぁ……っ!」 佳奈が腰を落とすタイミングで突き上げると、ペニスの先端が最奥を深くえぐる。 「んぁぁぁっ……! 奥、そんな、ぐりぐりしたらぁっ……!」 「お、奥っ……! い、いいですっ……! それ、好き……っ!」 「そんなにされたら、わたし、すぐにイっちゃいそうでっ……!」 「んあっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あ……!!」 二人のタイミングが、だんだん合うようになってきた。 「すごっ……深いっ……ふああああああっっ……!!」 佳奈が腰を引くのと同時に俺も引き、下ろすのに合わせて腰を突き出す。 「あっ、はあっ……! か、筧さん……! 私、も、ダメかもっ……!」 トロトロになった膣穴を、ペニスが何度も往復する。 水音が激しくなり、飛び散った飛沫が俺にかかる。 「ああっ、あっ、あっ、ああ〜〜〜〜〜〜っっ……!!」 「やっ、あっ、あっ、筧さんっ、筧さんっ……!!」 ビクビクッ、と膣内が強く収縮する。 佳奈の絶頂が近いようだ。 「くうっ……」 だが、動けば動いただけ快感が増していくのは、俺も同様だった。 「んっ、ああああっ……! やっ、あっ、だめっ、だめだめっ……!!」 限界まで膨張したペニスがうねる肉壺に攻め立てられ、射精感が一気に高まっていく。 「佳奈……!」 「筧さぁんっ……!」 俺も一緒に果てるべく、速度を上げる。 「あっ、あっ、あっ……! ふあっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、あ、あ……!」 「だめ、イくっ、イきますっ! あっ、あっ、あっ、あっ、ああああ……!」 「くっ、あ、ああっ、んっ、あ、んあああああっ……!」 佳奈の身体がビクンと大きく震え、同時に俺も限界に至る。 「あ、あ、あっ、あっ! んっ、ふあああああああああああぁ〜〜〜っっ……!」 どくんっ! どくっ、びくっ! びゅるっ! 佳奈の膣奥で、ペニスが弾けた。 体内に溜まりに溜まった熱を、全てぶちまける。 「あ! あ! あ……! ああ……!!」 最奥にペニスの先端を押し付けながら、何度も何度も射精する。 「はっ……! あっ……あっ……あ……!」 「はぁっ……! はぁっ……! はぁ……っ!」 膣壁が貪欲にうねり、精液を受け入れる。 「あ……はぁ……」 「はぁっ……! はぁ……はぁ……あぁ……」 佳奈が相手なら、いくらでも出すことができるかもしれない。 そう感じるほど、長い射精に思えた。 「……はっ……はぁっ……はぁ、はぁ……」 永遠に思えた射精が終わる。 すべてをはき出した後、力を失ったペニスがぬるりと膣内から抜け出た。 「ふぁっ……」 佳奈が小さく肩を震わせる。 「……あっ……はあっ……はぁ……はぁ……」 「ふぁ……すごかった……です……えへへ……」 とろけたような笑みを浮かべている佳奈。 「あんまりやったことないですけど、上でするのもいいものですね」 「筧さんの可愛い顔が見られますし」 「俺も気持ちよかったよ」 「佳奈が頑張ってくれる姿が見られて嬉しい」 「ありがとうございます」 「最後は結局、筧さんに攻められちゃいましたけどね」 「それは、佳奈が可愛いのが悪い」 「嬉しいですけど、褒めすぎですってば」 「佳奈のことが好きだからな」 「も、もうっ、急にどうしたんですか」 「筧さんが私のことが好きなことぐらい知ってますから」 「それに、私も筧さんのこと大好きですよ」 佳奈が身体を折り、顔を寄せてくる。 「……んっ……ちゅ……」 「はっ……ぁ……ちゅ……ちゅ……」 唇を重ね、軽く吸うようなキスを交わした。 「ん……身体、まだ、びくびくってしてます」 「脚に力が入らないみたいです」 「少し休んで」 「でも、この体勢だと重いんじゃないですか?」 「重くないよ」 「でも。……あ」 佳奈が、自分の股間付近の変化に気づく。 そこでは俺の部分が、まだ足りないとでも言うかのようにそそり立っていた。 「筧さん、絶倫すぎますよ?」 「だから、佳奈が可愛いのが悪いんだってば」 「そう言えば全部許されるって思ってますよね?」 「そうかもしれないな」 佳奈となら、何度でも重なりたい。 「さ、流石にだめですよ」 「あまりバックヤードにこもってたら、他の子達にばれちゃいますよ」 それもそうか。 俺達はただでさえリスキーなことをしている。 これ以上ことに及ぶのは流石にまずい。 俺と佳奈は、後始末を始めることにした。 佳奈が、クローズ作業を続けていたバイト仲間に合流する。 「ごめんなさい、崩れた荷物を直してたら遅くなっちゃった」 バイト仲間は疑っていないらしく、笑顔で受け入れている。 「ふう、良かった」 「もしバレてて、チーフ昇格がダメになったらどうしてくれるんですか?」 「当然、責任は取ってくれるんですよね?」 「ああ」 「やった。じゃあ、式場はいつ予約します?」 「そっちかよ?」 「まあ、佳奈がその気なら俺も腹をくくろう」 「あ、いや、その、冗談ですからね? 本気にしないでくださいってば」 照れたようにそう言った。 「それじゃ私は仕事に戻りますから」 「ちゃちゃっと終わらせてきますので、筧さんは外で待っててください」 「わかった」 余計なことはせず、大人しくしていよう。 「早く帰って、続きしたいですからね」 佳奈が恥ずかしそうに付け加えた。 それには大賛成だ。 「その前に、とりあえず夕飯かな」 腹が減ってはなんとやらというやつだ。 「それもそうですか」 「もしかして飢えてる?」 「私は常にハングリーですよ。なんと言っても肉食系ですし」 「いや、エッチ方面の話だけど」 「そっちの方もまあ……食べても食べても飽きないですけど」 頬を僅かに染めながらボソボソと答える。 「って、早く行かないと!」 「それじゃ、また後でな」 「はい! それじゃ行ってきます!」 元気にスカートを翻して駆け出していく後ろ姿を見送った。 俺はアプリオの外に出ながら、今後について考えを巡らせる。 夕飯はやっぱり、肉にしよう。 「ねえ、京太郎」 制服に着替えた俺のネクタイを直しながら、凪が上目遣いに見つめてくる。 「その……あのね?」 「私たちさ、一緒に暮らし始めてから結構経つじゃない?」 「ああ、そろそろ半年か」 二人での生活にも大分慣れ、一緒にいるのがごく自然になっている。 今だって、二人で朝食を食べ、制服に着替えて出かけるところだ。 「それで、どうかなって」 もじもじと視線を逸らす凪。 さっきから、どこか様子がおかしい。 「どうって?」 「そ、それを私に言わせる気?」 なぜかテレテレと頬を掻いている。 「私との、生活のことよ」 「毎日楽しいぞ」 「私も楽しいけどさ、そうじゃなくって」 「……の生活の方よ」 「なんの生活?」 「だーかーらー! 夜の生活の話!」 「……朝から元気だな」 「殺すからね」 「なによ、人が勇気振り絞って言ったのに」 半白眼になっている。 「悪かった」 「で、何が不満なんだ?」 「私は不満なんかないんだけど、京太郎は満足してる?」 「え? ああ」 凪は結構積極的なタイプだ。 いろんなことをしてくれるし、まったく飽きていない。 むしろ、毎回新たな発見があるくらいだ。 「ほんとに?」 「嘘ついてどうするんだよ」 「だったらいいんだけど」 それでも不服な様子の凪。 「何か要望とかないのかなって、思って」 「急に言われてもなあ。俺は凪と触れ合えるだけで十分だし」 「それは嘘」 ズバッと言われる。 「なぜ断定する」 「年頃の男子なんて、人に言えない欲望で頭の中がいっぱいなんでしょ?」 「女の子を見た瞬間、どういうプレイをするか考えちゃうんでしょ?」 「しかも、10分に一回はエッチな想像したりするんでしょ?」 ウェブで変な記事でも読んだのだろうか。 「無茶苦茶言うなよ、情報が極端すぎる」 「そ、そうかな?」 「ああ、10分は言い過ぎだ。せいぜい30分に一回だよ」 「ゴミね」 人を凍らせそうな目で見つめられた。 だが、すぐに表情を緩めた。 「で、30分に一回どんなことしようと思ってるの?」 「特にはないかな」 「“特には”ってことは、細かいのならあるんでしょ? 何でもいいから言ってみてよ」 正直言うと、ちょっと変わったこともしたいという気持ちはある。 でも急に言われてもなあ。 「そのままの凪で不満なんかないって」 「……」 ジト目で俺を見つめてくる凪。 本心なのに、信じてくれてないようだ。 「はっ……! ま、まさか、不能……?」 がーん! と雷に打たれたように硬直する凪。 「なわけあるか」 「でも、今週はそういうことしてないし」 今度は拗ねたようにそう言った。 コロコロと表情のよく変わる彼女だ。 そこが可愛いのだが。 「生徒会の仕事で疲れてたんだって」 「私よりも、仕事の方が大事だって言うの?」 「そういう意味じゃなくて」 「じゃあ、どういう意味なのよ?」 「倦怠期の夫婦かよ」 「はっ、これが倦怠期!? 倦怠期なの!?」 「噂には聞いてたけど、やっぱり私には飽きちゃったってことなの?」 「んなこと言ってない」 思わずため息をついてしまう。 昨夜は疲れてたのは事実だし、小太刀だってそのくらいわかってるはずなのだが。 「私のことが好きなら、毎日だって抱きたいって思うものなんじゃないの?」 「一緒に住み始めた頃は毎晩だったじゃない?」 「まあまあまあまあ」 どうやら、かなり溜っているらしい。 いや、溜っているだけじゃなく不安なのだろう。 「悪かった、不安にさせたな」 髪をぽんぽんと撫でてみる。 「子供かっ」 俺の手を払う凪。 駄目だ、今朝は相当荒ぶっている。 「わかった。京太郎がそう来るなら、私にも考えがあるから」 「はい?」 「今晩、覚悟してなさいよね!」 ビシリと俺を指さし、宣言する凪。 嫌な予感しかしないのだが。 「なあ筧よ。こだっちゃん、どうかしたの? ずっとPCとにらめっこしてるんだが」 「俺の方が聞きたい」 凪はPCの画面に夢中だ。 しかも、話しかけるなオーラをビンビンに出している。 「何見てるんだ?」 そんなオーラを一切無視し、高峰がひょいとモニターを覗き込む。 「覗くな、変態」 しゃーっ! と凪に威嚇され、肩をすくめて退散する。 「おーこわ。なんなのあれ」 「俗に言う、犬も食わないってやつですかねえ」 佳奈すけ達と、ヒソヒソ囁き合っている。 「そこの盆地ー。少し黙りなさいよー」 「盆地!? 少なくともえぐれてはいないんですけど!?」 「流石に傷つきましたよ!?」 「言い過ぎだよ、小太刀さん」 「よしよし、お姉さんがついてるからね」 傷心の佳奈すけを、白崎が後ろから抱きしめる。 「ああー。後頭部に柔らかいクッションがー」 「気持ちいいけど癒やされない〜」 ますますヘコんでいた。 「あの、それより仕事をして下さい」 多岐川さんの常識的な発言が空しく響く。 「筧、小太刀があの調子では仕事にならないぞ。何とかしてくれ」 「スルーしてくれていいから」 「いや、生徒会室のPCを私用で占拠されるのは困るんだが」 そう言われても。 「小太刀先輩、何か心配事でもあるんですか?」 「え? う、うん……ありがと」 「で、でもいいよ。私と京太郎の問題だから」 なぜか頬を赤らめる凪。 「なぜか妙にイラッとしました」 「静観が一番」 「小太刀、いい加減仕事に戻れ」 「いいんじゃないでしょうか。小太刀さんは仕事をしていなくても大勢に影響ありませんから」 「あー、やっぱこっちかな……いや、これか?」 即ギレ発言をされても、凪の耳には届かないようだ。 これ以上の介入はやめ、皆が自分の仕事に戻る。 「凪さあ、何調べてんだ?」 「なんでもない」 凪が両手で俺を押しやる。 PCを見せたくないようだ。 「ちらっと」 その隙に、佳奈すけが反対側からモニターを覗き込んでいた。 「わー! こら、覗くなー!」 慌てて、全身でモニターを隠す凪。 だが、遅かったようだ。 「姐さん」 にんまりとした笑みを浮かべる佳奈すけ。 「いくら隠しても、閲覧履歴はPCに残るんですよ?」 「え? 履歴?」 「見えた」 桜庭がパチンと扇子を閉じる。 「小太刀、そういうことは自分専用のPCで調べるものだぞ」 「ちょっと鈴木、履歴ってどうやって消すのよ?」 「さあ、忘れちゃいました」 あからさまに嘘をつく佳奈すけ。 「カルデラ、図に乗らないことね」 「人にものを頼むときは、それ相応の態度というものがあると思うんですが」 「そ、それは……」 「様はどうしたんですか、様は?」 「……さ、様……」 「んー? 声が小さいですよ?」 「カ、カルデラ様」 「はっはっは。聞こえませんね!」 「カルデラ様ー!」 「そう、私はカルデラ様っ!」 「佳奈、カルデラでいいんだ」 「もう帰りたい」 「ドンクライ、ベイベ」 結局、小太刀が何を調べていたのかはわからなかった。 二人で夕飯の食材を買い込んで、家路につく。 「あのさ、これってやっぱ食べるんだよな」 「スッポン鍋にするわよ。もしかして飼いたかった?」 「いや別に」 スッポン鍋と言えば、精がつく料理の代名詞。 「あ、山芋も買ったんだけど、山かけご飯にする?」 「天ぷらはどう?」 「生じゃないと効果ないんだって」 なんの効果だよ。 「俺をどうしたいんだ」 「失った自信を取り戻してほしいの、あの頃みたいに」 「男性もすごくメンタルが重要なんだよね。今朝は責めるようなこと言ってごめん」 「優しい顔で言うなよ。最初から自信喪失してないから」 「大丈夫、一緒に頑張ろうね」 どうやら、小太刀は男性の精力について調べていたらしかった。 今朝のやりとりを気にしているようだ。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさま」 「あー、美味しかったー。コラーゲンたっぷりで、お肌もバッチリ」 「コラーゲンって、食っても消化されるだけらしいぞ」 「そういうこと言うとモテないからね」 スッポン鍋を平らげ、二人で食器を片付ける。 精力がつくかどうかは置いておいて、味はめちゃくちゃ良かった。 「京太郎は先にお風呂入ってて。食器は私洗っとくから」 「俺も手伝うよ」 「いいって、いいって。キッチン狭いし、私一人で大丈夫」 「よっと……」 「おい、待て。持ちすぎだって……」 「こんぐらい、へーきへーきっ」 案の定、小皿を1枚割ってしまった。 「あ……」 「……」 「てへ」 「てへ、じゃねえ」 「怪我ないか?」 食器を置かせ、手指を確かめる。 「うん、大丈夫だと思う。それより、お皿ごめんね」 「いいよ、怪我がないならよかった」 「うん、ありがと」 凪が俺の手をぎゅっと握ってきた。 大きな目がじんわり潤んでいる。 真面目な話をしたそうな雰囲気だ。 「朝のことだけど、不安にさせてたみたいで悪かった」 「あ? もうスッポン効いてきた?」 「いや、そういうの関係なく」 「まあでも、買わせて悪かった。高いのにな」 「あははは、ネタよネタ」 「倦怠期とか言うから、ちょっとからかってやりたかったの」 笑顔で言い、凪は俺の胸に額を当てた。 豊かな乳房が、俺たちの間で潰れている。 たっぷりとしたボリュームと柔らかさ、そして凪の体温が伝わってくる。 「俺は、いつでも凪のことが好きだって」 「ありがと、私も好き」 熱に潤んだ瞳で俺を見つめてくる凪。 そしてそのまま、お互いの唇が近づいていく。 「あ、待った」 凪が手で唇を遮った。 「どうした?」 「京太郎、先にお風呂入って?」 「そしたら、私もお風呂入って準備するから」 ちょっとしたイタズラを思い着いたような顔で言う。 何を企んでいるのか知らないが、今日は凪を立てることにしよう。 「じゃ、先に入るよ」 風呂から上がった凪は、意外な衣装に身を包んでいた。 汐美学園の制服……はいいとして、その下に濃紺のスクール水着を着込んでいる。 豊かな胸が水着の布地を持ち上げ、はち切れんばかりばかりだ。 サイズが合っていないのだろうか。 だが、そのぴっちりとした感じが、さらに胸の大きさを強調している。 胸の先端がピンと尖っているように見えるのは、気のせいだろうか。 もしかしたら、凪も興奮しているのかもしれない。 「凪、その格好は?」 「特別サービス♪」 「あ、ああ……どうも」 「あのさ、冷静に返されたら私が完全に痛い子じゃないっ」 「もういい、やっぱ着替えてくるから」 「いやいやいや、最高、凪は最高だから」 「もー、ノリ悪いのは駄目だからね。こういうのは楽しまないと」 挑発的に言いながら、ゆっくりと脚を開いていく。 微妙なラインで、スカートの中は見えない。 「ふふ……」 スカートの上に這わせた指を、足の付け根付近で滑らせる。 「見たい? スカートの中……」 「京太郎になら、見せてもいいわよ」 「見せてほしい」 こんな刺激的なシチュエーションなのだ、心ゆくまで楽しもう。 布地を掴んだ凪の手が、ゆっくりと持ち上がっていく。 「あ、水着か」 水着を着ているんだから、当然スカートの中身も水着だった。 「ふふ、パンツ、期待してた?」 凪の指先が股間の谷間をなぞる。 うっすらと、女性器の形に筋が浮かび上がる。 「もう濡れてるのか?」 股間の中心部の色が、薄っすらとだが、濃くなっているように見える。 「どうだろ……わかんないけど、そうかもしんない」 「なんか私も興奮してきてるし……ん……っ」 熱い吐息を漏らす。 「凪」 ベッドに手を突き、彼女に迫る。 「ちょっと待って」 凪が片手で俺を制してくる。 「まだ何かあるのか?」 「当然。むしろ、これからが本番なんだから」 「本番?」 「京太郎は、私がいいって言うまで……そこで見てて」 見ている? 一体何を? 「京太郎には、もっと肉食系になってもらわないとね」 「だから、おあずけ」 「焦らした方が、その分美味しく食べられるでしょ?」 艶然とした笑みを浮かべる凪。 その艶っぽい表情に、思わずぞくりとしてしまった。 「わかった?」 「ああ」 素直に頷く。 「だけど、何を見ていろって言うんだ?」 水着鑑賞会というわけではないだろう。 「それは、ね……」 紺色の布地をずらすと、それまで隠されていた部分が露出する。 「っ……」 陰部はおろか、お尻の方まで丸見えだった。 思わず、まじまじと見つめてしまう。 「あ、あんま、見ないでよ」 手で性器を隠す凪。 全然隠れていないのだが。 「見ろといったのは凪じゃないか」 「そ、それはそうだけど」 俺が意地悪に言ってやると、もじもじと視線を逸らす。 「そんなにじっと見られたら恥ずかしいでしょ」 流石に緊張しているようだ。 「なら、普通にするか」 「ダメ。京太郎は見てるだけ」 めげずに続けるつもりらしい。 「んっ……ぁ……」 凪の指先が女性器を割り開く。 濡れて光を反射する、ピンク色の粘膜が見えた。 「み、見える……?」 「ああ、よく見える」 凪の部分を見るのは、当然初めてじゃない。 だが、ここまでじっくり観察したことはなかった。 「綺麗だな」 「他の誰かの、見たことあるの?」 むっとした顔で俺を睨みつけてくる。 「ない。当たり前だろ」 「ただ、思ったことを言っただけだ」 「こんなトコ褒められたって、どう反応したらいいかわかんないわよ」 「もっと、よく見せてくれ」 「う、うん……」 凪の指が、自らの性器をぬるぬると撫で始める。 「あん、京太郎……なんか変な気分」 「こんなことしてるの、誰かに見られるなんて……あっ、う……」 凪が、俺の目の前で、自分の性器を慰めている。 「……はぁっ……あ……んんん……ぅ……」 全体が蜜にまみれたところで、性器の上にあるクリトリスを指先で転がし始めた。 「はぅ……! あ……んんんっ……」 「一人でするときは、いつもそうしてるのか?」 「ひ、一人でなんて、してないわよ……」 「京太郎と付き合うようになってからは、ずっと……してないし……」 「じゃあ、前はしてたんだな」 「お、憶えてないわよ……んっ……そんなの……」 「はぁっ……はぁっ……ん……んん……」 だいぶ濡れてきたみたいだが、凪の指は遠慮がちにクリトリスを撫でているだけだ。 「もう疲れた?」 「ち、違うけど……」 「自分から言い出したことなのに、いざやってみると……恥ずかし過ぎて……」 「なら……」 「ダメ。私がイクとこまで……ちゃんと見てて」 「……わかった」 浮かせかけた腰を落ち着かせる。 「ん……あ……はぁっ……」 凪の指先が、再び動き始める。 二本の指で器用に性器を開きながら、中指を膣口に差し挿れていく。 「んっ……あっ……はぁ……」 つぷり、と指が粘膜に吸い込まれた。 「ふぁっ……はっ……見られてる、私見られてる……」 「……あっ……京太郎、あっ……はっ……はぁっ……」 入り口をこするようにして、ぬるぬると往復し始める。 「そこが気持ちいいところ?」 「は、話しかけないで……集中できないじゃない……」 大人しく見学していることにしよう。 「ん……は……はあっ……」 挿入する指の本数が増え、凪が吐息を漏らす。 「んくっ……あ、2本も入って……あっ、んっ……」 「ふっ……私、はしたないかな……んんっ、ああっ、んんっ……」 言葉とは裏腹に、手の動きは速くなっていく。 透明な愛液が溢れ出し、凪の性器はもうベトベトだった。 「んっ……! あ……! は……あ……!」 「も……も、少し、で……イきそっ……」 凪の肩が震え、脚の指をぎゅっと握りしめる。 まるで、快楽の波に耐えているかのようだった。 「やっ……だ、だめ、こ、これ……見られて、イクっ……!」 「やだ、ほんとに……イッちゃう……!」 「京太郎の見てる前で、私っ……! イッちゃう……!」 「全部見てるぞ、凪」 「京太郎……! み、見ててっ……! わ、私の、イクとこっ……!」 「ふあっ! あっ! あっ! あっ! あっ! あっ……!」 「んくぅっっ……! あ、だめ、だめ、だめ……っ!!」 「ふっ……う……あ……! ああああっ……!!」 「あっ、あっ! あああああああああぁぁぁっっ……!!」 凪の身体が大きく跳ね、全身を打ち振るわせる。 「あっ……!! あっ……! はああ……っ! はあああっ……!!」 凪の身体が震えるたびに、ひくひくと膣口が締まるのが見えていた。 「あっ……はっ……はぁっ……! はぁぁっ……!」 「はぁっ……! はぁ……! はぁ……っ」 凪の全身から力が抜けて行き、くったりとベッドに横たわる。 「はぁ、はぁ……だめ……イッちゃった……はぁ、はぁ……」 「ほんとに……イッちゃった……京太郎の見てる前で……」 膣口から愛液がとろりと零れ、会陰を伝ってお尻の方まで流れていく。 「ん……あっ……。はぁ……」 潤んだ瞳が虚ろに天井を見上げ、快楽の余韻に浸っている。 「は……は……はぁっ……」 時折身体が震えるのは、快感の余波がまだあるからだろうか。 「見てて……くれた……?」 涙に潤んだ瞳が、俺を見つめてくる。 「ああ。凪がイクとこまで、全部見てた」 「……そ、そう」 また恥ずかしくなったのだろう。 そっけなくそう言い、視線を逸らす凪。 「……最初は緊張しててダメかなと思ってたんだけど……」 「想像してた以上に濡れちゃった……」 「京太郎も……興奮した?」 上目遣いに、そう尋ねてくる。 「……凪」 俺は言葉ではなく、行動でそれに応えることにした。 「え? きゃ……!」 彼女の身体をベッドに押し倒し、ついでに水着をまくって胸を露出させる。 「きょ、京太郎?」 不意を突かれた凪が目を白黒させている。 倒れこんだ拍子にリボンが外れたのか、髪が解けて広がった。 「時々思うんだけど、髪を解いてる凪も可愛いよな」 「な、何よ? 突然」 髪を解いた凪は、いつも以上に女の子らしく見える。 普段とのギャップに、興奮が更に高まる。 「凪」 「あ、こら」 手のひらに収まらないぐらい大きな乳房を、手で持ち上げるようにして鷲掴みにする。 ボリュームのある胸が、俺の手の中で自在に形を変える。 たっぷりとした柔らかさと、しっとり汗ばんだ肌が手のひらにほどよく馴染む。 「もう、京太郎っておっぱい好き過ぎない?」 「凪のだから好きなんだ」 手のひらでたぷたぷと揺らしてみる。 「まったく、調子いいんだから……はっ……んんっ……」 柔らかさの中でつんと立った乳首を、指先できゅっとつまんでやる。 「あ、こら、おもちゃじゃないんだから……んっ……あ……」 甘い声を漏らす凪。 「んっ……いい……ぴりぴりしてくる……」 乳房に舌を這わせ、先端を口に含んだ。 「やっ……む、胸、そんなに、吸わないでっ……」 吸いながら、固くなった乳首を舌先で転がし、軽く歯を立てる。 「んっ! あっ、はっ、そ、それ……っ!」 「つ、強くしちゃ、だ、だめぇっっ……!」 胸を愛撫しながら、ズボンの中でガチガチになっていたペニスを取り出した。 「……はっ……あ……ん……」 水着の上から、凪の部分に擦り付けた。 「あっ……すごく固くなってる……んんっ……」 つるつるとした布地の感触と、濡れそぼった秘所の熱とが伝わってくる。 「凪のエッチな姿を見てたらこうなったんだ」 「ふあっ……あ……擦るだけなの……っ?」 「いや……」 凪の股間に手を滑らせていく。 「んあっ……!」 愛液を含んでじっとりした布をずらす。 白い裏地と性器の間に、ねっとりと糸が引く。 それを指で絡め、凪の中にぷちゅりと戻してやる。 「すごく濡れてるぞ」 「うう……だって、仕方ないじゃない。気持ちいいんだから……」 「じゃあ、もっと良くなろう」 蜜に濡れた肉の谷間に、ペニスの先端を押しつける。 「あっ……直に、擦れてる……すごく熱いのわかるよ」 「京太郎、興奮してるんだ。よかった……」 熱に潤んだ瞳が見上げてくる。 懇願するような視線が興奮を煽る。 「い、いれてっ……京太郎の、早く、私の中に……」 「わかってる」 ペニスを手で持ち、先端で入り口を探る。 とろけたような熱が伝わってくる。 「はぁ、はぁ、はぁ……来て、京太郎、ねえ、早く」 期待に満ちた目で見つめる凪。 凪の性器から溢れた愛液で、肉棒はもうべとべとだった。 「あ……!」 膣口に向け、ぐっと腰を突き出す。 「あっ……! はっ……ふぁぁぁぁぁあっ……!!」 熱い膣壁にペニス全体が包まれていく。 さっきの自慰で十分に濡れたそこからは、抵抗らしい抵抗はない。 熱い泥の沼に入り込んでいくような、何とも言えない一体感だ。 「は、入っ……! く……!」 ぐねぐねとうねる柔肉を押し開き、先端が最奥に達する。 「あっ……ん……! は……あ……!!」 「い、いきなり、そ、そんな奥までっ……!」 凪がぶるぶると肩を震わせる。 「くっ……!」 熱く起伏に富んだ内壁が、俺の部分をぬるりと締め付けてきた。 「な、凪……すごく締まる」 「はっ……あ……勝手に、そうなっちゃうだけで、別に締めてなんか……」 「いつもより濡れてるし、感度もいいんじゃないか?」 「んっ……そういう京太郎だって、いつもより余裕ないんじゃない?」 挑発的な笑みを浮かべてくる凪。 「なら、試してみる?」 ペニスを半ばまで抜いてから、腰を突き出す。 凪の腰をしっかりと支え、奥の奥までペニスを届ける。 「あああっ!!」 「……あああああっ……! ふ、深いっ……!! お、奥っ……奥にぃっ……!」 「やっぱり、いつもより感じてる」 「あっ……! んんっ……! わ、わかんないわよ、そんなのっ……!」 「で、でも……そこ、そんなにぐりぐりされると……! んあぁぁぁあっ……!!」 凪の部分が、一層強く俺を締め付けてくる。 「あ……! あっ……あっ……あっ……あっ……!」 リズミカルに腰を突き出す。 身体の動きから一拍遅れて、大きな胸がたぷたぷと上下する。 俺の力が凪の身体を伝わっていくのがよくわかった。 「んっ……あっ……ん、あっ……はっ……はあっ、ああっ……!!」 「い、いいよ、もっと、して、京太郎っ……」 「んっ、んっ、んっ、んんっ、はあ……っ!」 「凪っ」 凪に顔を寄せ、頬に口づけする。 「んっ……ちゅ……くちゅっ」 「ん……ちゅ……ちゅぷ……ちゅ、はぁっ……!」 お互いの舌を激しく求め合い、舌先が絡み合った。 腰を動かしながら、獣のように凪の舌を貪る。 「はっ……あ……んむ……んっ、ちゅ……ちゅ……」 「ちゅ……ちゅっ、ちゅぷ……ちゅむ……んん……っ!」 凪も俺を求めて舌を伸ばしてくる。 彼女の舌と、熱くぬかるんだ肉壺を同時に味わう。 「んぁっ……はあっ……あ……ちゅ……ちゅ……ぅ」 「んっ……ふ……! はあっ……あっ……! ちゅ……ちゅっ」 ペニスで内壁を穿ちながら、俺は夢中で凪の舌を吸った。 「んむっ、んっ、んんっ、ちゅむ、んんんっ……!」 「ちゅ……ちゅむ……ちゅぷ、んむ、んん、んぐっ、んんんんぅ……!」 下半身の奥底から熱がせり上がってくる。 「んぷ……はぁっ!」 「きょ、京太郎っ……! んんっ! ふ、深いっ……すご、それ……っ!」 凪の脚を掴んで思い切り広げる。 ぱっくりと開いたそこに、思い切り深く腰を突き入れていく。 「だ、だめっ!! そ、そこ、奥っ……!!」 「い、いいの、気持ちいい、気持ち、いいよぉっ!!」 「もっとして、そこ、あっ、あっ、あっ、あ……!」 「か、感じすぎっ……! あ、あ、あ、ああああぁ……っ!」 「わ、私っ……! さ、さっき、イッたばかりなのにっ。ま、またイクっ……!」 「俺も、そろそろ……!」 下半身に渦巻く熱の塊が膨張し、限界に達しそうだった。 「あっ! はっ! あっ、あ、あ、あ、あ……!」 高みに登るべく、往復する速度を上げていく。 「ふあっ! ああっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!」 「やっ! だ、だめっ!」 「く、来る、来る、来ちゃう来ちゃう……っ!!」 凪が両手で俺に抱きつき、全身を震わせる。 「んああっ、あああああっ……!!」 うねる内壁が、ペニスをきつく締め付けてくる。 「あっ、あっ、あっ、んんっ、あ、あ、あ、あ、あ……っ!!」 「……くっ……!」 結合部が生み出す快楽に、思考が真っ白に染まる。 「あっ、はっ、はああっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……!」 「くっ……! ああっ……んく、ああっ、あっ、あ、あ、あ……っ!」 「ふあぁぁぁぁぁっ……あ、あ、あ、あああああああぁぁぁっっ……!!」 射精感が限界を越えた。 どくんっ! びゅるっ、びゅくっ、びゅくっ……!! 絶頂の瞬間、ペニスが女性器から抜ける。 「あああっ! はっ……! あっ! あっ……! あああっ……!」 「……あっ……! ああっ……! はあっ……はああ……っ!」 ペニスが何度も脈打ち、吐き出された精液が凪の身体を汚す。 紺色の水着に、白濁した液体が次々に降り注ぐ。 「はぁっ……! はぁ……! はぁ……っ」 「っ……! あ……!」 射精が止まらない。 欲望のままに、幾度となく精液を出し続ける。 どろりとした白い精液が水着に降りかかり、べたべたとした染みを作っていく。 「はっ……はあっ……はぁっ……あぁ……ぁ……」 「はぁっ……はぁ……はぁ……あぁ……」 全てを出し尽くした。 それでも、まだペニスは痙攣している。 「すご……まだビクビクいってる」 凪がとろけたような笑みを浮かべながら、水着を汚した白い精液を指先で伸ばす。 「いっぱい、出たね……京太郎」 にやにやしながら俺を見上げてきた。 「ふふ……こんなに興奮したのって初めてじゃない?」 「ああ、そうかも」 「でも、凪だってすごく興奮してたよな」 「ま、まあね、気持ちよかったし……」 照れて目を逸らす。 その様子が可愛すぎて、俺は再度唇を重ねていた。 「んっ……ふ……よかった。これで倦怠期ともおさらばね」 「最初から飽きてないって」 「ふふふ、ありがとう、京太郎」 幸せそうに微笑む凪に、俺はもう一度唇を重ねた。 「おはよ、京太郎」 「ん……? もう朝か……」 「朝か、じゃないわよ。もう10時よ、10時。一体いつまで寝てる気なの?」 「マジ!?」 慌てて跳ね起きる。 「今日が休みで助かったわねー」 あ、ああ休日か。 「朝ご飯はどうする?」 「その前にシャワーかな」 昨夜は、疲れ果ててシャワーも浴びずに眠ってしまったのだ。 「いいよ、私はもう浴びたし。その間にご飯の準備しとくね」 「よろしく」 「ご飯、ゆうべの残りでいいかな?」 「参考までに聞きたいが、何を食わせる気なんだ?」 「え? スッポン鍋のダシで作った雑炊と山芋」 「……」 「冗談だって、マジな顔しないでよ」 「京太郎が私を大事に思ってくれてるのは、ちゃんとわかってるから」 ご機嫌な様子で、凪がキスをしてくれた。 「次はどんな格好でしよっか?」 「やっぱさ、たまには刺激があったほうが楽しいし」 「凪が遠いところに旅立っていく」 「なに言ってんのよ、京太郎のためだからね」 「そういうこと言うと、もうああゆーのはやめよっか」 「む……」 「なんて、ウソウソ。そんなにがっかりするとは思わなかった」 にんまりとした笑みを浮かべながら俺を見る凪。 どうやら一杯食わされたらしい。 「さてっと、京太郎も期待してるみたいだし、どんなのがいいかなぁ」 早速、あれこれ考えを巡らせているらしい。 そんな凪を部屋に残し、シャワーを浴びながら考える。 確かに俺もつい乗ってしまった。 でも、今回一番楽しんでいたのは、どう考えたって凪の方だよな。 「さよりちゃん、コーヒー飲む?」 「ありがとうございます、御園先輩」 パイプ椅子にちょこんと腰掛けたさよりちゃんが、御園の言葉に頷く。 「それでは高峰先輩、よろしくお願いします」 「俺かよ」 雑誌を見ていた高峰が、面倒臭そうな反応をする。 そんな高峰に向かって、今度はさよりちゃんがぺこりと頭を下げる。 「高峰先輩、お願いします」 「よっしゃ任せとけ」 「俺の作るインスタントコーヒーってさ、ちょっとしたものなのよね」 雑誌を放り出し、いそいそと立ち上る高峰。 「インスタントにちょっとも何もあるものか」 「それが、あるんだよ」 「なら、お手並み拝見といこうか。私の分も頼むぞ」 つぐみの妹のさよりちゃんが、時々図書部に顔を出すようになった。 彼女がやってくると、どことなく部室が華やぐ気がする。 今ではすっかり図書部のアイドルだ。 そんな彼女に対して、当初佳奈すけは…… 「元祖・図書部のアイドルとしての私の立場が危ういですっ」 「先輩として、業界の厳しさを教えてやりますよ」 などと息巻いていたが、今ではすっかり孫娘に接する爺さんのノリだ。 「さよりちゃん。飴ちゃん食べる?」 「ありがとうございます、鈴木先輩」 「鈴木先輩」 「ね、もう一回言ってみて?」 「え? 鈴木先輩」 「オウ、ゴッド……」 法悦に入っている。 「後輩とはいいものですなあ」 「佳奈、コーヒーにキャンディーは合わないんじゃ」 「さよりちゃん、コーヒーよりも飴ちゃんの方がいいよね?」 「ええと……」 「コーヒー!」 「飴ちゃん!」 「あはは……」 御園と佳奈すけに挟まれて、さよりちゃんは困惑気味。 「落ち着け二人とも。先輩がそんなでどうするんだ。なあ、白崎」 「はい?」 さよりちゃんが小首を傾げる。 「あ、いや。じゃなくて大きい方の白崎」 「それじゃ、わたしの背が高いみたいだよ」 「ややこしいな」 桜庭が頭をかく。 「コーヒー、おまちどうさん。少し落ち着いたら」 「ああ、ありがとう」 高峰が全員にコーヒーを配る。 わかりきったことだが、味は普通だった。 「桜庭先輩、私のことは『さより』って呼んで下さい。紛らわしいと思いますし」 「では、お言葉に甘えて下の名前で呼ばせてもらおう。いいか、さより?」 「はい、桜庭先輩っ」 桜庭に名前を呼ばれて、にっこりと笑みを浮かべるさよりちゃん。 天使のような笑顔だった。 「くっ……可愛いじゃないか」 「妹というのも、なかなかいいものだな」 何故かしみじみと頷いていた。 「玉藻ちゃん、わたしのことも『つぐみ』って呼んでくれていいんだよ?」 「いきなりだな」 「だって、わたしが『玉藻ちゃん』って呼んでるのに、玉藻ちゃんはずっと『白崎』なんだもん」 何故かぷんすかしている。 「憤る意味がわからないが」 桜庭が俺を見る。 肩をすくめて返す。 「さよりだけ名前で呼んでもらってて、ずるいよー」 「まあまあ、いきなり呼び方変えるのって恥ずかしいよ」 さよりちゃんがつぐみの頭を撫でている。 「どっちが姉でしたっけ?」 「どっちだろね」 ときどき上下関係がわからなくなるが、何とも微笑ましい姉妹なのだった。 「姉妹と言えば、あれだよね」 高峰が俺の脇を突く。 「さよりちゃん、将来が楽しみだよな」 「何が?」 「白崎家のDNAに期待してるんだ、俺は」 高峰がさりげなく俺の胸を見る。 「ああ、そういうことな」 「このままDNAが覚醒しなければ、控えめユニットに3人目のメンバーが加入だね」 佳奈すけが、さよりちゃんと御園の肩に手を置く。 「私、そのユニットに入る資格ないよ。毎年成長してるし」 「裏切り者っ」 いつもの流れで佳奈すけが取り乱した。 「私にも白崎一族のDNAがあればなあ。白崎さん、移植して下さい」 「いいけど、どうやって分ければいいの?」 「なんかこう、ぷちって」 「くすくす」 「(鈴木先輩って面白い人だね。お姉ちゃんから聞いてた通り)」 さよりちゃんがつぐみに囁く。 「ちょっと、聞こえてますよ!?」 「数回しか会ってないのに面白キャラ認定とは……」 佳奈すけがわざとらしくうなだれる。 「馴れ馴れしかったですね、ごめんなさい」 「あ、いえ、本気じゃないので……こちらこそすみません」 「そうなんですか?」 「ごめんな、わけわからんノリで」 「私の方こそごめんなさい。皆さんのノリについていけるよう頑張りますねっ」 ガッツポーズを取っているさよりちゃん。 いや、その努力はどうかと思うけど。 「皆さんが優しい人達で、ホントによかったです」 さよりちゃんが、つぶやくように言う。 「皆さんのこと、お姉ちゃんが撮ってくれた写真で何度も見させて頂いていました」 「初めてお会いしたときも、不思議と初対面な感じがしなくって」 「だからつい、昔からの知り合いみたいな感じになっちゃって」 「気軽に接してもらった方が私達もありがたい」 「ありがとうございます」 「さよりってば、みんなのこといろいろ知りたがってたんだよ」 「だって気になるよ。面白そうな写真がたくさんあったんだもん」 「面白そうって、なんか嫌な予感が」 「京子さんとか」 「つぐみ……あれは秘密だって」 「京子ちゃんの写真は撮ってないよ」 「わたしもコスプレしてたんだから、撮りたくても撮れなかったし」 それもそうか。 「あ、私がネットで拾ったんです」 「図書部のことが気になって調べたら、写真がいっぱい出てきて」 「恐ろしい時代だ」 現実は過酷なのだ。 「京子さんのことは、とりあえず置いといて」 「白崎先輩は私たちのことをどんな風に話していたんですか?」 「気になりますねえ」 後輩二人組が、つぐみにじっとりとした視線を注いでいる。 「ふ、普通だよ。ね、さより?」 つぐみの視線が、微妙に泳いでいた。 「御園先輩は、とっても素敵な人だって聞いてます」 「クールそうに見えるけど、ホントは可愛いって」 「ちょっと素直じゃないところもキュートだって言ってました」 「白崎先輩?」 「わたし言ったかな、そんなこと」 すっとぼけていた。 「桜庭さんのことは、いつも頼りになるって言ってました」 「ほ、ほう。他には?」 「何にでも一生懸命になってくれるところが大好きって言っていました」 「ちょ、ちょっと、さより」 「俺のことはなんて?」 「あ、ええと……」 「すごい、いい人だって言ってました。大丈夫です」 「内容ないなー。ま、いいけどね」 「俺のことはどう?」 「はい、一番よく聞いていますよ」 「すごくかっこいいって、いつも言ってました」 「本を読んでる姿も、お茶を飲んでる姿も、ご飯食べてる姿も、ぜーんぶかっこいいって」 「も、もう、さより! わたしそんなこと言ってないでしょ!?」 「はーん」 「ふーん」 「へー」 「ノロケかよ」 つぐみが、ゆでだこのように真っ赤になっている。 こっちも気恥ずかしい。 「だから私も、どのくらいかっこいい人なのかなーっていろいろ想像してました」 「でも、実際にお会いしたら想像以上でびっくりしました」 俺を見て、屈託無く笑うさよりちゃん。 「筧さんみたいな人が彼氏だなんて……お姉ちゃんがうらやましいな」 「筧さん」 「筧先輩」 「な、なんだ?」 「手は出すなよ」 「出すかよ」 「両方……チャレンジする価値はあるかもしれない」 「いや、ないから」 「ところでさより。図書部に入ってくれるって、本当?」 「うん。今までは一応仮入部だったということで、今日からは正式に」 今日来た時に、入部届を持って来てくれたのだった。 「歓迎するぞ」 「楽しくなりそうです」 「言っとくけど、ウチの入部テストって厳しいぜ?」 「いや、いつから試験ができたんだ」 「今」 「では、試験監督の筧君からの出題です」 無茶振りだ。 うちに入部試験なんかない。 まあ、乗ってみるか。 「第一問。一番好きな海外ミステリ作家は?」 「えっ? えーと……」 しばし考えるさよりちゃん。 「そうですね、ディクスン・カーです」 「渋くてよろしい。合格」 「はやっ!?」 「うちに試験なんていらん」 さよりちゃんの入部なら大歓迎である。 「入部、おめでとう」 「ありがとうございます」 さよりちゃんと握手を交わす。 さよりちゃんの入部祝いということで、ちょっとした宴になった。 「さより、学校はもう慣れた?」 「うん、勉強は何とかついていけそう」 「そっか、よかった」 入院期間が長かったから心配していたが、杞憂だったらしい。 「そういえば、さよりちゃんも帰国子女なのか」 「ってことはもしかして、英語とかペラペラ?」 「お姉ちゃんほどじゃないですけど、それなりにです」 「うらやましい」 「勉強は何とかなりそうなんですが、学園の敷地が広すぎて迷っちゃうんですよね」 「みんな最初はそうだよ」 「わたしなんか、いまだに時々迷っちゃうもんね」 「いばるところなのか?」 「学園のサイトに詳しい地図があるから、携帯で見られるようにしておくといい」 「なるほどー」 桜庭にスマホを見せてもらいながら、何やら教わっている。 「そうだ、さよりと連絡先を交換しておかないと」 「はい、ぜひお願いします」 唐突に番号交換会になった。 もちろん俺も連絡先を交換する。 「筧さん、もし道に迷ったらSOSを送っていいですか?」 「ああ、いつでもいいぞ」 「ホントですか? やった!」 「わたしも迷ったら電話していい?」 「たいてい一緒にいるんだから、そもそも迷わないだろ」 「あ、言われてみればそうだね」 てへっと笑う。 「……この空気、甘くて死にそうです」 「俺、とびきり濃いコーヒー淹れてくるわ」 「悪い、私の分も頼む」 「さよりちゃんも飲む?」 「あはは。ありがとうございます」 なんだかんだで再度、高峰は全員分のコーヒーを淹れてくれた。 「この二人はいつも甘々だからな」 「さよりもウザイと思ったらビシッと言ってやっていいんだぞ」 「私はそんなに気になりませんけど」 コーヒーを一口飲んださよりちゃんが答える。 「筧さんも、もう家族みたいなものなのかもって思っていますし」 「さより……」 そう思ってもらえるのは俺としても嬉しい。 「筧さんみたいな人の傍にいられて、私、嬉しいんです」 「だから筧さんも、私のことを妹みたいに思ってくれたら、もっと嬉しいな」 「あ、彼女でもいいですよ」 「さ、さより!?」 「あはは、冗談冗談」 「筧、手は出すなよ?」 「出すか。俺はつぐみ一筋だ」 「も、もう。筧くんったら」 「事実を言ったまでだ」 「筧くんっ」 「つぐみっ」 ひし、と抱き合う。 「ふぁ……くぅ……」 活動終了後、白崎姉妹を寮まで送っていくことにする。 つぐみが急に立ち止まった。 「どうした?」 「わたし、生徒会に寄らないといけないんだった」 聞くところによると、新入生歓迎イベントで使ったパンジーの今後について、生徒会と調整中らしい。 種の管理やらボランティアやら色々手配しなければならないということだ。 「多岐川さん、まだいるかな?」 「大丈夫じゃないか? 俺も一緒に行くよ」 「わたしは大丈夫。筧くんはさよりを送ってあげて」 「いや、でも……」 「送ってあげて」 つぐみが念を押してくる。 「わかった」 「お姉ちゃん、私なら大丈夫だけど」 「ここはお姉ちゃんの言うことを聞きなさい?」 「はーい」 「よろしい」 つぐみが髪を撫でると、さよりちゃんはくすぐったそうに目を細めた。 本当に仲のいい姉妹だ。 「あの、筧くん。その、明日のことなんだけど……憶えてる?」 「ああ、大丈夫。わかってるって」 「何の話?」 「明日、わたしの部屋で筧くんにご飯をごちそうすることになってるんだ」 「そうだ、さよりの分も作ってあげる。食べにおいでよ」 「ううん、私はいいよ」 さよりちゃんが首を横に振る。 「冷蔵庫に食材が残ってた筈だから、早めに処理しちゃわないといけないんだ」 「そっか。残念」 「じゃあ、ちょっと行ってくるね」 「行ってらっしゃい」 「筧くん、さよりのことお願いね」 「ああ、しっかり送り届けるよ」 つぐみの後ろ姿を、二人で見送った。 「じゃあ、俺達は帰ろうか」 「はい」 並んで歩きだす。 さよりちゃんが住んでいるのは、つぐみや佳奈すけと同じ弥生寮だ。 どうやら自炊派らしい。 「筧さん、聞いてもいいですか?」 小走りになったさよりちゃんが、俺の前に回り込む。 「こんなこと、いきなり聞くのは失礼かもしれないんですが……」 「筧さんはお姉ちゃんの、どこが好きになったんですか?」 難しい質問だった。 一言で説明するのは難しいが、あえて言うとすれば……。 「全部、かな?」 「ぞっこんですね」 「まあ、そうかも」 さよりちゃんが微笑む。 「筧さんとお姉ちゃんが結婚したら、お兄ちゃんって呼ぶことになるんですね」 「かもなあ。今まで通り筧さんでもいいけど」 気が早いと思うが、将来的にはそうなるのかもしれない。 「あは、いいですね。今から楽しみかもです」 柔らかい笑みを浮かべるさよりちゃん。 彼女の顔かたちはつぐみによく似ているのだが、少し幼く見える。 一年生の頃のつぐみは、こんな感じだったのだろうか。 「さっきのことですけど、お姉ちゃん、過保護だなって思いましたか?」 「いや、別に」 「入院してるときから優しくしてもらってて、退院してからもこんな感じなんです」 苦笑するさよりちゃん。 つぐみらしいというか、なんと言うか。 「すごく、ありがたいですよね」 つぐみからの愛情を慈しむように、さよりちゃんは呟いた。 「……」 さよりちゃんと初めて会ったのは、病院だった。 彼女はベッドの上に横たわったままで、立つことすらできなかった。 それがこんな風に並んで一緒に歩くようになるだなんて。 「身体はもう平気なのか?」 「はい、もう元気です。時々検査に行ってますけど、経過は良好だって」 こちらを向いたまま、器用に後ろ向きに歩くさよりちゃん。 「入院してる間、写真を見せてもらっていたってお話、今日しましたよね」 「ああ」 「いつか図書部の皆さんに会うのが私の目標だったんです。そのためにリハビリも勉強も頑張りました」 「だからいま、人生が凄く充実してきたなって強く感じてるんです」 「そんな風に言ってもらえるのは光栄だな。みんなにも伝えておこう」 「あはは。ちょっと恥ずかしいので、内緒でお願いします」 照れくさそうに笑う。 「でも、目標が叶ったら、もっと欲が出てきちゃったんです」 「どんな?」 「はい。皆さんともっと仲良くなりたくなっちゃいました」 願いはもう叶ったも同然だろう。 図書部メンバーとさよりちゃんは、ずいぶん仲良くなった。 「さよりちゃんならできるさ」 「ほんとですか?」 「ああ」 「じゃあ」 さよりちゃんが急に立ち止まる。 俺も立ち止まるが、一歩分だけ彼女との距離が近づいた。 「筧さんとも……もっと仲良くなれますか?」 俺の顔をのぞき込むように、上目遣いに見上げてくる。 「もちろん」 「嬉しいです」 「……その……筧さん?」 「ん?」 「手、繋いでもいいですか?」 どこか甘えたような声で、そう言った。 「ああ」 遠慮がちに手を繋いでくるさよりちゃん。 妹だと思えばかわいいものだ。 「……」 「寮、ついちゃいました」 「そうだな」 さよりちゃんの手が離れていく。 「送って下さって、ありがとうございました。筧さん」 ぺこりと一礼して寮に向かって歩き出す。 「さよりちゃん」 「はい?」 俺が声をかけると、スカートを翻して振り返った。 「俺もさよりちゃんと、もっと仲良くなれたらって思ってるよ」 「ありがとうございますっ」 笑顔が弾ける。 それは今日一番の笑顔に見えた。 「それじゃあ、また今度っ」 小さく手を振って寮に消えていく後ろ姿を見送る。 そのとき、携帯が震えた。 『明日、楽しみにしています』 つぐみからのメールだった。 『愛情たっぷりのご飯、期待しててね』 返信のメールを打ちながら、家路につく。 明日が楽しみだ。 翌日のこと。 「今日のメニューは何?」 「秘密。できあがるまで楽しみにしてて」 「筧くんは、テレビでも見ててよ」 了承して、俺はクッションを枕に横になる。 「……」 横になると急に眠気が来た。 「悪い、ちょっと眠くなってきた」 「いいよ、お昼寝してて」 キッチンからつぐみの声がする。 さすがに申し訳ないと思いつつも、瞼が下がってくる。 昨日、夜更かししすぎたな。 「(急に行ったら、お姉ちゃん達びっくりするかな?)」 そう思いながら、さよりは姉の部屋へと向かう。 腹の虫が小さく鳴いた。 食事を催促しているのだ。 残っていた食材は、昨夜使い切ってしまった。 学食に向かっても良かったのだが……。 「(久しぶりに、お姉ちゃんが作ったご飯も食べたいし)」 姉の部屋のドアノブを掴む。 感触が軽い。 「(あれ? 鍵、かかってない。不用心だなぁ)」 学園敷地内とはいえ、流石に鍵を掛けないのは問題ありだ。 ちょっと注意しておかないと。 そう思いながらドアを開ける。 「おじゃましまーす。お姉ちゃん?」 部屋の中から人の気配がする。 きっと筧と食事をとっているのだろう。 ドアが細く開いているのが見えたので、ひょいと覗き込む。 「……!」 だが、さよりの視界に飛び込んできたのは……。 つぐみの両腕が、俺の首の後ろに回される。 「ん……ちゅ……」 抱き合うようにしながら、つぐみとキスを交わした。 「つぐみ……舌、出して」 「うん。……はぁ……」 応えるようにつぐみの唇が半開きにされ、小さな舌が姿を現す。 「ん……んっ……はぁっ……」 その舌先に、自分の舌先を絡めていく。 「ふ……んっ……。れろ……んむ……んっ……んんっ……」 お互いの舌をくすぐり合うようにして、舌先を遊ばせていく。 「(え……?)」 「(お姉ちゃんと筧さん、キス……してる……?)」 「(でも、何だか、これって……)」 「はぁっ……」 つぐみの乳房に手を這わせる。 「んっ……ん……んんっ……」 手のひらに収まらないくらい大きな双丘が、俺の動きに合わせて柔らかく形を変える。 「ふぁ……は……んんっ……」 「筧……くん……。もっと……キスしてぇ……」 「ああ」 つぐみの求めに応えて、再び唇を重ねる。 「んむ……ん……」 「ちゅ……ちゅ……れろ……ぺろ……。はぁっ……」 今度はつぐみの方から、積極的に舌を絡ませて来た。 「……ふ……んっ……んん……ちゅ……ちゅ……」 「(! こ、これって……やっぱり……あれ?)」 「(……そうだよね、二人は付き合ってるんだもん)」 「(こんなことしてても、全然おかしくないんだよね……)」 「(ど、どうしようっ。早く離れなきゃ。でも……)」 「あ……」 熱く勃起したペニスの先端が、つぐみの秘所に触れる。 「くす……筧くん、もうこんなにしちゃったの?」 つぐみの艶然とした笑みに、背筋にぞくりとした快感が走る。 「つぐみがエッチだからな」 「えっ? エッチだなんて、わたし、そんなことないよ」 「そうか?」 ペニスを、女性器の上で動かす。 「あっ……」 先端に感じる、ぬめりと熱。 つぐみのそこは、既に濡れそぼっている。 「もう、こんなになってる」 「あっ……はあっ……。そんな、ぬるぬる、動かさないでっ……んんっ……」 亀頭でつぐみの陰唇を愛撫していく。 「あっ……はあっ……。筧くんのエッチ……。その動き、エッチすぎるよぉ……」 「(す、すごい……あんなこと……するんだ……)」 「いいか? つぐみ」 「うん……。ちょうだい……」 つぐみが小さく頷く。 「筧くんで、わたしの中……いっぱいにしてほしい」 腰に力を込める。 「あ……!」 先端が柔肉を割り開いていく感触が伝わってくる。 「入って……くる……!」 つぐみと繋がりたい。 欲望が熱い衝動となり、俺を突き動かす。 「ふああぁっっ!!」 ぬるり、とペニス全体が熱い肉壺に飲み込まれた。 「あっ! あ……! は……! あ……!!」 ビクビクッ、とつぐみの身体が震える。 「はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……」 俺の身体を抱きしめながら、ふるふると肩を震わせているつぐみ。 「(う、うそ……お姉ちゃんのに、筧さんのが入って……)」 「(それも、あんなに深く……。すごい……)」 「つぐみ、もしかして今、軽くイッた?」 「……はぁ……はぁ……。う……うん……」 こくり、と小さく頷く。 「……ご、ごめんね? わたしだけ、先にイッちゃって……。はぁ……はぁ……」 俺の身体にしがみつきながら、震える吐息を漏らす。 「……つぐみ」 つぐみの身体を抱きかかえる。 「あ……筧くん、まだ敏感だから……」 「感じてくれて嬉しい」 一呼吸置いてから、また腰を動かし始める。 「はっ……! あ……!!」 「だ、だめ……またすぐ、気持ちよくなっちゃう……!」 埋まっていたペニスを強引に抜き、腰を突き入れる。 「やぁぁっ……!」 快感に上体をよじるつぐみを、強く抱き寄せた。 「だ、だめっ……筧くんっ!」 「な、膣内ぁ……! すごく熱く……なって、る、からぁぁっ……!!」 身体を抱きしめながら、何度も腰を打ち付けていく。 「はああっ! あっ! あっ! あっ! あっ!!」 「や、だぁ……! だ、だめだよ……筧、く……! んんんんっ!!」 俺がペニスを突き入れるたびに、膣内がうねり、締め付けてくる。 「(お姉ちゃん、すごい気持ちよさそう……)」 「(それに、筧さんも……気持ちよさそう……)」 「(……んっ……)」 「(や、やだ……。私……何だか身体、熱くなってる?)」 「はぁ……! はぁ……!」 つぐみの……彼女のことが、好きだ。 ……大好きだ。 あまりに好きすぎて、いっそ滅茶苦茶にしてしまいたい。 そんな相反する気持ちが俺の中で渦巻き、混じり合う。 「あっ……! はっ! はっ! はあっ! あっっ……!!」 俺の動きに合わせて、つぐみの豊かな胸が上下する。 「か……筧くん……! 筧くんっ……! あ……!!」 熱で潤んだ瞳で俺を見上げてくるつぐみ。 その仕草も、何もかもが愛おしい。 「はあっ……! あっ……! あっ……! あっ、あっ、あっ!」 柔らかな身体も、綺麗な髪も、声も、全部愛したい。 「んんっ、んっ、んっ、んんっ……! くっ……ああっ……!」 「(か、筧さんの……何度も何度も、お姉ちゃんの中に入って……)」 「(これが、本物の……セックスなの?)」 「……つぐみ」 「……あっ……ああっ……! ……筧くん?」 「ごめん、俺おかしくなってる。つぐみのことが好きなんだ」 「……ふふ、なぁに? 知ってるよ、そんなことぐらい」 「わたしも、筧くんのことが大好き。誰よりも一番」 「好きな気持ちが止められないんだ」 「俺……少し乱暴に抱くかも」 「いいんだよ。筧くんがそうしたいのなら」 つぐみが微笑む。 「筧くんがしてくれるのなら、わたしはきっと何でも受け入れられるって思うの」 「つぐみ……」 「ね、筧くん……。ぎゅって……抱いて……」 「ああ……」 身体を、さらに密着させる。 つぐみの身体が熱い。 お互い汗に濡れているが、そんなことは構わない。 「もっと……動いて……」 耳元で囁いた。 「もっと、強く求めて。わたしのこと……」 「ああ」 髪を撫でながら、唇を寄せる。 「ん……ちゅ……」 キスを交わしながら、腰を突き入れる。 「……んっ……! は……あ……!」 「……好き……! 好き、筧くんっ……!」 つぐみの脚が俺の腰を強く挟む。 もっと奥まで突き入れてほしいかのように。 「んぅっ……!」 「わたし、深く、繋がりたいっ……! 筧くんともっと、深く繋がりたいっ……!」 「ふぁっ……! あっ……! ああっ……! はあぁぁっ……!!」 腰を密着させたまま、ぐりぐりと動かす。 ペニスの先端が、つぐみの最も深い部分をえぐっている感触。 「あっ……! はぁぁっ……!」 もう、つぐみの熱さと快楽しか感じられない。 このまま溶けて、混じり合ってしまいたかった。 「んぅっ……! んっ……んんっ……!」 「はむ……んむ……! んっ……んんっ……ん……ちゅ……ちゅ……!」 今日、何度目かのキス。 いや、キスだなんて呼べないような、お互いを貪るような行為だ。 「んんっ! ちゅ……ちゅむ……ちゅ……ちゅ……!」 つぐみの舌を吸いながら、ペニスで内壁を穿つ。 俺の舌に応えるように、つぐみが自らの舌を絡ませてくる。 同時に膣壁が熱くうねり、俺の部分をきつく締め付けてくる。 お互いの獣の様な吐息と、ぐちゅぐちゅという淫らな水音だけが室内に響く。 「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」 「筧くんっ……! 筧くんっ……! 好き……! 大好き……!」 熱い衝動が体内から沸き起こり、下半身を満たしていく。 限界が近づいていた。 「つ、つぐみっ……! 放してくれないと、膣内でっ……!」 抜こうとするが、俺の腰をつぐみの脚が絡め取っている。 「うん、いいのっ……! 出して……! 膣内で出してっ……!」 言いながら、首に回した腕に力を込めてくるつぐみ。 「つぐみっ……! つぐみ……!」 それに応えるように、俺も彼女の身体を強く抱いた。 自らを追い詰めるように、膣内を往復する速度を速める。 「(はぁ……はぁ……)」 「(つぐみ、って……。筧さんが、呼んでるっ……はぁっ……)」 「(筧さん……筧さん……!)」 「あうんっ……! あっ……! あっ……! あっ……! あっ……!」 「筧くんっ……! わたしも、もう、少しでっ……!」 「一緒に、イこ、筧くんっ……! 一緒にぃっ……!」 「ああ……!」 「はあっ……! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あああっ……!!」 「うっ、ぐっ……! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、はぁぁぁっ……!!」 「も、だめ、イクっ……!! わたし、イッちゃうぅぅぅっ……!」 つぐみの内壁が強く収縮する。 俺も限界だった。 「くうっ……!」 つぐみの最奥で、爆ぜる。 びゅくっ! びゅるっ! どく……っ! どくんっ……! 「ふあああっ……!」 「あっ! はっ! はああああああぁぁぁぁぁぁあっっ!!」 同時に、つぐみの柔肉が俺のペニスを強烈に締め付けてくる。 「はっ……! あっ……! ああっ……! あっ……!!」 つぐみの身体が跳ねる都度、それに合わせるように膣壁が痙攣した。 「……はあっ……! はあっ……! はあっ……!!」 身体の奥から沸き上がった熱が、何度も何度もつぐみの膣内にはき出される。 「……あ……! あ……! あぁ……!」 それはまるで、止まるところを知らないかのようだった。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 一体、何回出したのか。 やっと射精が収まり、ペニスから力が抜けていく。 「つぐみ?」 「……ん……ふぁ……」 同時につぐみの手からも、ふにゃりと力が抜ける。 「大丈夫か?」 「……はぁ……はぁ……。うん……だいじょぶ……」 まるで夢を見ているかのような、ふわふわした声で応えた。 「少し、疲れちゃった……だけだから……」 目を瞑ったまま答えてくる。 「……はぁ……。……ふぅ……」 俺も疲れた。 体力をすべて奪われてしまったみたいだ。 「……筧、さん」 ドアの開く音。 「おわあっ!?」 いつの間にか、部屋の中にさよりちゃんが立っていた。 こんなところを見られるなんて。 慌ててシーツを掻き上げるが、いまさら何を隠すのか、というレベルだ。 「……」 「私……ホントはお姉ちゃんのこと、すごくうらやましかった……」 「え?」 「私も筧さんみたいな恋人が、欲しかったんです」 さよりちゃんが、じっと俺を見つめている。 まずい、何かスイッチ入ってないか? 「今だけで、いいんです……」 「今だけ……私のこと、筧さんの恋人にしてくれませんか?」 さよりちゃんが制服のタイをほどき、ブラウスを開く。 一体、何をしようとしているんだ? 「……!」 俺が止める間もなく、さよりちゃんがつぐみの裸体の上にまたがっていた。 「二人がしてるところを見てたら、わたしも、こんなに……」 言いながら、形のいい尻を持ち上げる。 さよりちゃんの両足の付け根が、見えてしまう。 ピンク色の女性器が明かりを浴び、粘液がてらてらと光を反射していた。 「……ん……はぁ……」 さよりちゃんの下では、つぐみが気を失ったように、くったりとしている。 白崎姉妹が、二人一緒に俺の前に秘所をさらしているだなんて。 非現実的な光景に、頭がクラクラしてきた。 「だめですか? 筧さん?」 だめに決まっている。 理性はそう叫んでいた。 だが、俺の口からは正反対の言葉が飛び出していた。 「……だめじゃ、ない」 目の前の光景に、脳髄が痺れたように何も考えられなくなっていた。 「ホントですか? 嬉しいです……」 柔らかく微笑むさよりちゃん。 「私にも……エッチ……してください……」 「お姉ちゃんにしてたみたいに……」 「ああ……」 これが夢なのか現実なのかは、わからない。 ただ、俺に感じられるのは、彼女の香りと熱のみだった。 蜜に惹かれる虫のように、彼女の花弁に手を伸ばす。 「あっ……」 女性器に、指先が触れる。 「……ん……んんっ……!」 熱い柔肉に、ぬるり、と指先が沈み込んでいく。 「ゆ、指……! あ……だ、だめ……です……!」 「さよりちゃん。俺とつぐみがしてるのを見て、こんなに濡らしちゃったのか?」 「……は、はい……。ごめんなさい……」 「お姉ちゃんと筧さんがエッチしてるとこを見てたら……私も身体が熱くなってきて……」 そんな悪い子には、お仕置きが必要だろう。 「あっ……! ふあああっ!」 挿入した指をひねり、内壁をぐるりとかき回す。 「はぁ……! あっ……!」 「悪いことだってわかってたのに……どうしても、止められなくてっ……!」 「……私……憧れていたんです……! 筧さんみたいな人が恋人だったらなって……!」 「お姉ちゃんじゃなくて、私が筧さんの恋人だったらな、って……時々想像していたんです」 「私は、お姉ちゃんの代わりになれなくてもいいんです」 「ただ、今だけ……」 「今だけでも私のこと、筧さんの恋人だと思って……抱いてください……!」 「……ああ」 すっかり力を取り戻したペニスを、さよりちゃんの女性器に触れさせる。 「あ……」 さよりちゃんがぴくり、と反応を返す。 「熱い……です。これ、筧さんの?」 「入れるから……力を、抜いて」 「は、はい……。わかりました……」 蜜に濡れた入り口に先端を添え、ゆっくりと腰を突き出す。 「ふあ……! あ……ああああ……!」 亀頭が、熱い肉壺に沈み込んでいく。 「あ! く、うぅぅっ……!」 狭い膣壁を押し分けて、無理矢理入っていく。 さよりちゃんの喉から、辛そうな声が漏れる。 「く……はぁっ……!!」 柔肉に先端が包まれ、次に竿が飲み込まれる。 「……あ……あ……!!」 「く……!」 さよりちゃんの内部は、つぐみのそれよりも狭いように感じる。 複雑な形状の内壁が、俺の部分をぬるぬると締め付けて来た。 気持ち良すぎる。 既に一回つぐみの中に出した後だっていうのに、気を抜いたら射精してしまいそうだった。 「あああっ……!」 俺の腰が、さよりちゃんの尻に密着する。 ついに、ペニスが根元まで入り込んだのだ。 「……はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」 熱くうねる膣内が、さよりちゃんの吐息に合わせて俺を締め付ける。 「入った……んですか?」 目尻に涙を溜めたさよりちゃんが、俺を見上げてくる。 「ああ」 「嬉しい……。筧さんのものに、されちゃいましたね」 さよりちゃんが微笑んだ。 その途端、胸が締め付けられるような愛しさを強く感じた。 ……つぐみ、悪い。 俺にとっては、つぐみが一番なのは間違いない。 だけど今だけは……さよりちゃんを心ゆくまで愛でてやりたい……。 そう思った。 「動くからな」 「……は、はい……」 腰をゆっくり後退させる。 「……はっ……あ……!」 さよりちゃんの膣内から顔を出したペニスが、赤く染まっているのが見えた。 「さよりちゃん、大丈夫か?」 「は、はい……。っ……まだ少し、じんじんしますけど……平気、ですから」 「だから続けてください、筧さん……」 そうは言うが、辛いのだろう。 「わかった」 さよりちゃんに痛みを感じさせないよう、できるだけ優しく動くことにする。 「……あ……! はっ……!」 半ばまで抜いたペニスを、再び膣内に侵入させていく。 「……ふぁぁっ……!」 狭い柔肉を無理矢理押し開き、最奥まで達する。 「……あっ……はぁっ……はぁっ……。くっ……」 さよりちゃんの声はまだ辛そうだ。 それなら……。 「あっ……筧さ……」 さよりちゃんの胸に手を這わせた。 「んっ……! は……あ……」 俺の手の中でふにゃふにゃと形を変える、まだ控えめなバスト。 汗に濡れた滑らかな肌が、手にしっとりと吸い付いてくるかのようだった。 「ごめんなさい。お、おっぱい……お姉ちゃんのよりも小さいかもしれないです……」 「触っても、気持ち良くないですよね?」 「そんなことない」 確かにつぐみよりも小さいが、手のひらに丁度収まるサイズだ。 余すところなく、愛撫することができる。 「はぁっ……あ……」 柔らかな中で、固く自己主張している部分を指で探り出した。 「あっ……! は……んんっ……」 指先で乳首をこねながら、腰を動かしていく。 「……は……あ……! あっ……ん……んんっ……」 さよりちゃんの声の響きが、さっきよりも気持ちよさそうに聞こえる。 胸を愛撫しながら小刻みに腰を動かす。 「あっ……! はっ……! んんっ……!」 「お、おっぱい……も、もっと……触って下さい……」 「そうしてくれたほうが、全身で愛されてるって……そんな気持ちになれるんです」 「ああ」 「んくっ……! はっ……あ……!」 乳房を、手のひら全部を使って愛撫していく。 「んんっ……! あ……はっ……あ……!!」 崩れ落ちそうになるさよりちゃんを支えてやりながら、膣内を往復する。 「はっ……! あっ……あっ……あっ……あっ……!」 さっきまでつぐみの吐息が木霊していた室内に、今度はさよりちゃんの声が響いていく。 「か、筧さんっ……! もっと……激しくしても、大丈夫ですからぁっ……!」 「お姉ちゃんの時みたいに……! ううん、もっと強く愛してくださいっ……!」 「そんなこと言われたら……手加減できなくなるぞ?」 さよりちゃんが痛がらないよう、今はセーブして動いているのだ。 「大丈夫ですっ……! んっ……もっと……強くしてもっ……!」 「それなら……」 さよりちゃんの腰を掴み、ペニスの先端を強くねじ込む。 「……くはっ……!」 さっきよりも早く、リズミカルに内壁をえぐっていく。 「あ……! はっ……! あっ……! あっ……! あっ……!」 「はっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あうんっ……!!」 さよりちゃんの吐息に合わせて、内壁全体がうねる。 まるで女性器全部がペニスに吸い付いてくるかのようだった。 初めて身体を重ねたとは、とても思えない。 これが……俗に言う、相性がいい、というやつなんだろうか? 気づけば、彼女の感触に夢中になっていた。 「さよりちゃん……!」 彼女の腰を両手で掴み、快楽を貪るように膣内を蹂躙する。 「はあっ……! ああっ! あっ! はっ! はああっ! ああああっ……!!」 「筧さぁんっ……! どうしよう、私、気持ちいいんですっ……!」 「初めて……だったのに……! どうして……こんなにぃっ……!」 「筧さんの、気持ち良くて……! どうしようもなく、感じちゃって……!」 「だ、だめ、だめですっ! わ、私、だめになっちゃいますっ……!」 「あっ! はっ……あああぁっ……!!」 「俺も……気を抜いたら、もう出そうだっ……!」 もしかしたら、こうやって繋がるために俺達は生まれてきたのではないのだろうか……。 そんな風に錯覚するほど、二人の感覚が重なっていた。 「あっ! だ、出して、いいですっ……! 筧さん、私の、中にっ……!!」 「出してくださいっ! 中に、全部ぅ……!!」 「ああ……!」 さよりちゃんの腰を掴み、何度も内壁を穿つ。 繋がった部分が生み出す快楽が、思考を真っ白に染め上げていく。 「ふ、ふああっ……!!」 「わ、私っ……! だ、だめっ……! 全身、ぞわぞわってしてっ……!」 「私、も、もうっ……!! あああっ……!!」 「か、筧さんっ……! イクときは、二人で、一緒に……!」 「お姉ちゃんの時みたく、一緒にぃぃっ……!!」 「さより……!」 下半身で熱くふくれあがった快楽が、限界に達する。 「ああっ、あっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はうぅっ!! ああああああああっ!」 「あ、あ、あ、あ! ふああああああああぁぁぁっっ!!」 さよりちゃんの背中が反り、同時に内壁がビクビクと痙攣しながら収縮する。 どくんっ! びゅくっ、どくっ、どくっ! さよりちゃんの最奥で爆ぜる。 「あああああっ!! はああっ! ああっ! あっ! あっ! はああ……!!」 「はっ……! あ……! ああ……! あ……!!」 さよりちゃんが、ふるふると全身を震わせる。 彼女が身悶えるたび、膣壁が全てを吸い尽くそうとするかのように動く。 貪欲に、俺の精液を飲み込もうとしているかのようだった。 「で……出てるの、わかりますっ……!」 「大好きな、筧さんの……熱い精液っ……! 私の中で、沢山……出てる……!」 「いっぱい……注がれてるっ……」 「さより……」 「今……私のこと、さよりって呼び捨てにしてくれましたよね?」 「……そうだな」 夢中になって、ついそう呼んでしまったのだ。 「嬉しい……です。なんだかホントの恋人みたい」 さよりちゃんがそうつぶやき、目を細めた。 「ふふ……こんなに」 さよりちゃんが、自らの秘所に手をやる。 精液を注がれた充実感を確かめるように、指先で撫でた。 ピンク色の内部から白い液体がこぼれる。 「筧さん……ありがとうございます。すごく……幸せです」 そう言うと、さよりちゃんは力を失い、つぐみの上に崩れ落ちる。 「……ん、んん……」 つぐみが小さくうなるが、起きる気配はない。 「はぁ……はぁ……」 汗まみれの白崎姉妹が裸で絡み合っていて。 二人の股間からは、俺が出した精液があふれ出ている。 その光景に、目眩に似た感覚を覚えた。 「っ……」 突然、疲労と同時に、猛烈な眠気が襲いかかってきた。 今までセックスをした後に眠気を感じることはあったが、ここまで強いのは初めてだ。 耐えがたいほどに眠い……。 「筧さん?」 「ん?」 「私に、キスしてくれませんか?」 「まだしてもらってなかったから」 「ああ……」 求められるまま、彼女に顔を寄せる。 「ん……。ちゅ……」 唇を触れさせるだけのキス。 濡れた粘膜と、温かな吐息。 ……意識が、どんどん薄れていく。 「私……幸せ……です……」 彼女のつぶやきが、遠くに聞こえる。 それを最後に、俺の意識は真っ白に染まっていった。 「おいしー! やっぱり、お姉ちゃんのお料理は最高だね」 「ありがと、さより」 「……あれ?」 頭の芯が痺れている。 俺、今まで、何をしてたんだっけ? 「どうしたの? 筧くん」 「何か変ですよ? 筧さん」 つぐみとさよりちゃんが俺を見て首を傾げる。 あれ? さっきまでつぐみとHしてなかったか? いや、つぐみとだけじゃない……さよりちゃんともだ。 「……」 いやいや、まさかな。 今日はつぐみの部屋で、三人で食事してたんだった。 あんな白昼夢を見るなんて、俺もどうかしてる。 思わず、まじまじとさよりちゃんの顔を見つめてしまった。 「? 私の顔に何かついてますか?」 「いや……」 「うん。ほっぺにご飯粒ついてるよ」 そう言いながら、さよりちゃんの顔に手を伸ばすつぐみ。 「え? うそ!?」 「うそうそ」 ぷにっと頬を指先で突く。 「もー! お姉ちゃん?」 俺の目の前で、白崎姉妹がじゃれ合っている。 とても裸体で絡んだ後とは思えない。 「……」 やはり、あれは夢だったのだ。 俺はそう結論づけて、食事に戻ることにする。 「はい、筧さん」 目の前に、食べ物をつまんだ箸が差し出された。 「あーんしてください☆」 悪戯っぽい笑みを浮かべたさよりちゃん。 「さより、何してるのっ?」 「何って……見た通りだよ。筧さんに食べさせてあげようと思って」 「お姉ちゃんも、筧さんとこんな風にしてるんでしょ?」 「そ、それは……し、してなくはないけれど……」 もじもじと恥ずかしがるつぐみ。 「私もこういうの、ちょっと憧れてたんだもん」 「筧さん、1回だけお願いします」 甘えるように見上げてくるさよりちゃん。 「だ、だめに決まってるよ、ね? 筧くんが困ってるでしょ?」 「あーん」 ぱくり、とさよりちゃんの差し出した箸に食いついた。 「えええー!」 「おいしいですか?」 にこにこしながら尋ねてくる。 「うん、うまい」 「ちょっと筧くん……妹相手に、何してるの?」 つぐみがジト目で俺を睨んでくる。 「家族としてのコミュニケーションだって」 「そうそう。家族としてのコミュニケーションだよ」 「むー。家族って言えば全部OKになると思ってない?」 「よし。今度は、つぐみにあーんしてやれば公平だな」 「え? わたしはいいよ」 「それじゃ、さよりちゃん。あーんして」 「きゃー、だめだめっ」 「あーん」 顔を赤くしながら、つぐみが口を開ける。 「ぱくっ」 「どう?」 「ふふふ、美味しいよ」 つぐみが微笑む。 俺まで幸せな気分になる笑顔だ。 「やっぱり、筧さんはお姉ちゃんが大好きなんですね」 「いきなりどうした」 「目が違いますもん。すっごく優しい目をしてます」 自覚はないが、きっとそうなんだろう。 特別な人に特別な表情を見せるのは、当たり前のことだ。 「私が義理の妹になる日ももうすぐかなー」 「ちょ、ちょっと、さより!?」 「筧さん、今からお兄ちゃんって呼んでいいですか?」 「遠慮しとく」 「えー。じゃあ、京太郎さんで」 「わたしより早く下の名前で呼ぶなんて絶対ダメ」 「つぐみは下の名前で呼びたかったのか」 「そ、それは、まあ……」 上目遣いで見てくる。 「じゃあ、今日から下の名前で呼んでくれ」 「うんっ」 嬉しそうに頷くつぐみ。 「……きょ、京太郎くん?」 恥ずかしそうに名前を呼んでくれる。 「それでいい」 「京太郎くんっ」 「つぐみ」 「京太郎くんっ!」 「つぐみ!」 名を呼び合うと、ほんわかした気分になる。 「京太郎さんっ」 「さよりちゃんは、今まで通りで頼む」 「うう……やっぱり彼女には敵わないのね」 泣く真似をするさよりちゃん。 つぐみは彼女で、さよりちゃんは家族候補。 さっきの白昼夢みたいな関係になってしまったら大変だ。 「そういうことだよ、さより」 つぐみが俺の右腕に抱きついてきた。 「無念……」 と言いながら、さよりちゃんは俺の左腕に抱きついた。 「えっ、言ってることとやってることが違うよ」 「これは家族のコミュニケーション♪」 「くぬぬーっ」 両腕にぶら下がった姉妹が、楽しく喧嘩を始める。 これは、今後も退屈しなさそうだな。 「あれ? さより、お腹痛いの?」 さよりちゃんを見ると、下っ腹を手でそっと押さえている。 腹痛というより、何かを慈しんでいるようにも見えるが……。 「ううん、ぜんぜん」 「そう? 痛かったら我慢しないでね」 「もちろん、すぐ言うよ」 「筧さんも、心配しなくて大丈夫ですよ」 さよりちゃんが、どこか熱っぽい目で俺を見ながら微笑む。 「ああ、ならよかった」 ま、気のせいだよな。 放課後。 俺たち部員三人のネコ写真部は、いつも通りの活動に勤しんでいた。 すなわち、ネコの写真を撮ること。 『ネコ写真部』の活動なんて、これだけだと言ってもいい。 「いいねいいね、かわいいよー、視線こっちにくれるかなー」 「まーた猫に話しかけてる。猫は言葉分からないっての」 「ところが、時々通じるのもいるんだよ」 「ホントかなあ」 「ホントだって」 「私も言葉がわかるネコっていると思うよ」 「まあ、朔夜が言うならそうかも」 あっさりうなずいた。 「俺はそういう扱いか」 「彼女よりもネコが大事そうな人だもんねえ、誰かさんは」 のぞみが皮肉っぽく笑う。 「ネコと人を比べるなって」 「そこは『彼女の方が大事に決まってるだろ』っていうところじゃない?」 「あ、しまった」 「あー、やだやだ。どうしてこんな人と付き合っちゃったんだろう」 「ま、慶らしくていいけどね」 のぞみに肘で突っつかれた。 のぞみは何やかんや言いながらも、最後には俺を認めてくれる。 こんな彼女、他にはいないだろうな。 「あ、あの三毛猫、また来てるよ」 「あいつ、この前シャッターチャンスを逃したのよ」 「よーし、今回はベストショットをもらうからね」 のぞみが三毛猫の前で立て膝になり、しっかりカメラを構える。 何かアドバイスできればと、俺はのぞみの背後に立つ。 「もう少しこっち向いてー、ほらーこっちー」 「わーかわいー、ほらかわいー、にゃーん、こっちこっち、こっち見て」 人をとやかく言うくせに、しっかり猫に話しかけているのぞみ。 しかし、三毛には通じていないようで、さっぱりカメラの方を向いてくれない。 よし。 俺は、ふところから猫じゃらしを取り出す。 ふよふよ のぞみの背後で猫じゃらしを揺らすと、三毛猫は早速反応した。 「こっち見た!」 「シャッターチャンスだ!」 「あ、あれ?」 が、三毛はこっちに向かって飛びかかってきた。 「わああああっ!?」 ひっくり返ったのぞみの胸の上で、ネコが呑気に伸びをする。 「いたた……もう、いきなりなんなのよ」 「慶ちゃんが」 朔夜が俺を指差す。 俺の手には、ふよふよ揺れる猫じゃらしがある。 「あんたの仕業かー!」 「あ、やっぱ俺?」 「それでネコを操ったんでしょ」 俺はネコ使いか何かか。 「悪気はなかったんだ。ネコにカメラの方を向いてもらおうと思ったんだよ」 「もー、変なことするから」 三毛をお腹にのせたまま、呆れた顔をする。 「ところでさ、のぞみ、ヘソ見えてるぞ」 「わっ、ちょっと!?」 慌てて制服の裾を抑える。 「もう、見えてるなら早く言ってよ、恥ずかしい」 「ヘソくらい、水着の時にも見えてただろ?」 「水着と制服は違うのっ!」 いわゆる女心という奴か。 難しい。 「じゃあ、パンツも見えてたってのは言わない方がいいな」 「あっったりまえでしょーっっっ!!」 のぞみと付き合い始めて、3ヶ月が経った。 まだキスまでしか進んでいないが、そこには理由がある。 とりあえず最初に、朔夜の目の前でいちゃつくのは避けようと決めたからだ。 俺への告白もあったし、朔夜は俺達が付き合うようになった恩人でもある。 ……とはいえ、俺だって男だ。 のぞみとの関係は更に進めていきたい。 ただ、のぞみと朔夜は同じ部屋で暮らしているし、食事も三人でしている。 学年が違うから授業は別だが、放課後は三人で同じ部活。 どこかで機会を見つけて、のぞみと二人きりになりたいところだ。 三人での夕食を終えた後。 部屋に戻ろうとしたら、朔夜に声をかけられた。 「ねえ慶ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「どうぞ」 「慶ちゃんとのぞみちゃんって、ちゃんとキスとかしてる?」 「ぶっ」 のぞみがお茶を噴いた。 「ま、まあ、たまには」 「たまには?」 「い、一緒にいられれば、それで満足できるしね」 「そうそう。頻繁にしなくても大丈夫なんだ」 二人して言い訳をする。 「はあ……」 盛大な溜息。 「そういうことじゃないでしょー!」 「せっかく付き合い始めたんだから、もっとラブラブしないと!」 仁王立ちになる朔夜。 「朔夜が怒ることじゃないような」 「だって、もどかしいんだもん」 「まあまあ、何かあったら言うからさ」 「朔夜は気にしなくていいから、ね」 「もう、二人して私に気を遣いすぎだよ」 どすどすと足音を鳴らし、朔夜は自分の部屋に引っ込んでしまった。 「びっくりしたな」 「まさか正面から言ってくるなんて」 二人で顔を見合わせる。 だが、向こうはふいと目をそらせた。 「ん?」 「あ、ううん、なんでもない」 「さーて、お風呂入っちゃおうかな」 取り繕うように言って、のぞみもばたばたと部屋を出て行った。 「ネコ写真部の藤宮さんですね。ご相談があるということでしたけど」 「はい、実は恋愛相談なんですが」 いつまで経っても進展しない慶ちゃんとのぞみちゃん。 困った私は図書部に相談してみることにした。 「三角関係からの発展ですか。藤宮さんとしては気を揉みますね」 突然の相談にもかかわらず、真剣に考えてくれる図書部の人たち。 ネコ広場の時といい、本当に頼もしい。 「まずは二人きりにすることかなあ」 「三人で一緒に暮らしてるんだっけ?」 「ええと、まあ大体そんな感じです」 「だったら、藤宮さんがどこかに出かけてみるとかどうかな?」 「ああ、それもいいですね」 言われてみれば当たり前だけど、これまで実行したことはなかった。 まずは簡単なことからやってみよう。 「その彼氏さん、草食系ってやつですかね」 「そうですそうです」 「しかもすごく少食で、二人きりになっても何もないかもしれないんです」 「いるよねえ、そういう男の人」 「はい、こっちは結構アピールしてるつもりなんですけどね」 白崎さんと鈴木さんが、何やらうなずき合っている。 どうやら、身近に草食系の人がいるらしい。 みんな苦労してるんだなあ。 「草食系の男の人だったら、しっかり背中を押してあげるのがいいと思うよ」 「押すというか、もう体当たりするくらいの勢いで行かないと気づいてもらえないかも」 「素晴らしいヒントをいただきました。ありがとうございました!」 「頑張ってね、藤宮さん」 ぺこりと頭を下げ、部室を後にする。 いつか図書部の皆さんには恩返しをしなくちゃいけないな。 「さ、朔夜……今日のお料理、なんだか気合い入ってるね?」 「そうかな? 普通だと思うけど」 ウナギに牡蠣、納豆にトロロにオクラ。 特定のパワーをつけたいようにしか見えない。 「慶ちゃん、遠慮しないでどんどん食べてね」 「それとも、美味しくなかったかな?」 「いや、すごく美味しいよ」 目力に押し切られ、料理を口に運ぶ。 いや、美味いには美味いんだ。 「そうだ慶ちゃん」 「ご飯終わったら、慶ちゃんに借りたい本があるんだけど」 「ああいいよ。後で取ってきてあげるよ」 「あ、場所は知ってるから、部屋の鍵だけ貸してくれれば」 「そう? じゃあ」 見られて困るものもないし、鍵を渡しておく。 「ありがとね、慶ちゃん」 「……ふふふ」 「ふふふ?」 「ううん、なんでもないない、なんでもない♪」 「遅いね、朔夜」 「そうだなあ」 食後、部屋を出て行った朔夜がなかなか帰ってこない。 「ちょっと見てくるわ」 腰を上げたところで携帯が鳴った。 朔夜からのメールだ。 『今日は私、慶ちゃんの部屋に泊まることにしたから』 『二人の仲が進展しないのって、私に気を遣ってるからでしょ? 違う、って言うと思うけど、私から見てると間違いなくそう』 『だから、今夜はキューピッドである私が、ロマンチックな二人きりの時間をプレゼント☆ ラブラブな夜を堪能してね♪』 『なおメールや電話やインターホンには出ません。チャオ』 「……」 完全にしてやられた。 「どーしたのー」 脳天気な声でのぞみが近寄ってくる。 「あいつ、籠城するつもりだ」 「え? 慶の部屋に? 何でまた?」 「これ見て」 メールを見せる。 「あの子……また突っ走って」 「スペアキーは持ってないの?」 「向こうの部屋だよ」 「だよね。こりゃ完全にやられたか」 のぞみが肩をすくめる。 と言っても、嫌そうな顔はしていない。 今夜は二人きりか。 改めてそう思うと、俺もわくわくしてきた。 「さあ、どうしよっか」 「どうするか」 目が合うと、のぞみの頬が赤くなった。 「こうまでお膳立てされると、何か恥ずかしいね。さあ、レッツゴーって感じだし」 「わかる」 のぞみが、俺の隣にぺたんと腰を下ろした。 ふわっと甘い香りが漂う。 「ね、ねえ……そのさ、レッツゴー、しちゃう?」 「……」 思わず絶句したのは、恥ずかしそうなのぞみが恐ろしいまでに可愛かったからだ。 「な、なんてねっ、冗談冗談っ」 「あはははは、慶が真面目な顔するから汗かいちゃった、ふー、あつー」 手で顔をパタパタ扇いでいる。 「あっ、そうだ慶!」 「今日も暑かったしシャワー浴びてくるから」 こっちに一言も喋らせず、のぞみが立ち上がる。 「あ、おいっ」 思わず手を伸ばす。 ぎゅっと手を握ると、のぞみがバランスを崩した。 「わわっ!?」 倒れ込んできたのぞみを、後ろから抱きしめる格好になった。 「ちょ、ちょっと、いきなり」 「あ、悪い。つい」 「ついって、もう慶は……」 のぞみが黙り込む。 顔が見えないから気持ちがわからない。 でも、嫌なら抵抗するはずだ。 そう思うと、腕の中ののぞみが急に気になってきた。 脈がどんどん速くなっていく。 「そ、そうだ、私、シャワー入ろうと思ってたんだ」 「あ、ああ。そうだった」 腕を緩めると、のぞみが立ち上がった。 「じゃあ、浴びてくるね」 念を押すように言って、のぞみは浴室へ向かった。 浴室からシャワーの音が聞こえてきた。 さっきの念押しはなんだったのか。 まるで、シャワー出た後は全部OKだから楽しみにしててね、的なニュアンスだった。 ……かもしれない。 静かになった部屋の中で、自分の心臓の音だけがうるさく聞こえてくる。 「けーい、悪いけど、バスタオル持ってきてくれる? 衣装ケースに入ってるから」 浴室のドアが開き、のぞみの声が飛んできた。 「おー、わかった」 冷静になろう。 妄念を振り払い、クローゼットを開く。 バスタオル、バスタオル……と。 3段に積まれたクリアケースの一番下に、バスタオルがあった。 2段目に視線をやると、ピンクやら水色やらの下着が目に入った。 「く……」 平常心、平常心、俺は試されているんだ。 深呼吸をして浴室に向かう。 「……」 脱衣所に入ると、洗濯機の上に脱ぎたての下着が置かれていた。 半透明プラスチックの扉の向こうで、のぞみの肌色が動いている。 ぼやけてはいるが、その美しいラインはシルエットでわかる。 世の中トラップだらけだ。 もう壊れてしまっていいんじゃなかろうか? 俺だってのぞみの彼氏だし、一緒にお風呂くらい入っても問題ないだろう。 緊張するからよくないんだ。 気楽にやれば問題ない。 たとえば…… 「のぞみ、背中流すよ」 「えっ!? バカ、ちょっと、出てって! 何考えてんのよ!」 「ぜんぶ湯気のせいだ」 「あ、ああ……なら仕方ないか」 「慶……好きにしていいよ」 「……」 そんなわけない、ヤバすぎる。 「慶、タオル持ってきてくれた?」 「あ、はい。持って参りました」 「なんで丁寧語なのよ」 「紳士だからだよ」 「えーと、バスタオル、洗濯機の上に置いとくからな」 「うん、ありがと」 バスタオルを置き、浴室から離れる。 しばらくして、のぞみがリビングに戻ってきた。 「お待たせ」 「あ、うん」 洗いたてのわずかにウェーブがかったのぞみの髪が、蛍光灯の光を受けて艶々と光っている。 色っぽい。 これまでのぞみの洗い髪を見たことがなかったわけじゃないけど、色っぽいと思ったのは初めてだ。 「なんか、私見てる?」 「いやごめん、ちょっと髪とか見てた。少し濡れてるなって」 「ううん、別に謝らなくていいよ」 「洗い髪も……けっこういいね」 「あ、ありがと……」 思わず口をついて出た褒め言葉に、大まじめに反応するのぞみ。 いや、そのまじめな反応は嬉しいんだけど、何て言うか、照れくさい。 「あ、そだ」 照れをごまかすように、のぞみが口を開く。 「昨日ネコ写真撮ってるときに、首筋、蚊に刺されちゃったんだ」 「昨日は朔夜にかゆみ止め塗ってもらったんだけど、慶にお願いしていい?」 水色のかゆみ止め剤を差し出されたので、受け取る。 「いいけど」 「首筋のどこ?」 「えっとね」 のぞみが後ろに垂れている髪の毛をまとめて持ち上げる。 普段は見えないうなじが目の前に。 「肩甲骨の間よりちょっと上くらい?」 「なんか、自分ではギリギリ手が届かないんだよね」 しかし、のぞみが言う場所はちょっとシャツに隠れてる。 「シャツ、ちょっと引っ張るよ」 「う、うん」 うなじの下にある、シャツの襟を引っ張る。 のぞみがまとめて持ち上げてる髪から、ふわっとシャンプーの香りがした。 「あ、あった」 「じゃ、お願いします」 「おう」 かゆみ止めを、赤くなってるところにそっと塗る。 のぞみの首や背中を、こんな間近で見たのは始めてかもしれない。 すらっとした首から肩への曲線は、見とれるくらいに綺麗だった。 「ひゃ……」 ぶるっ、とのぞみの背筋に震えが走った。 「冷たいのは我慢してくれ」 「違うよ。今、慶の息が首筋に……」 「あ……ご、ごめん」 のぞみが上げた、妙に艶めかしい声。 その声が何度か頭の中に反響し、俺は焦りながらかゆみ止めを塗り終えた。 「はい、終わり」 軽く引っ張っていたシャツの襟を離すと、のぞみは髪を下ろした。 「ありがと」 「いえいえ」 何でもないように装いながらも、のぞみの声と、無防備に晒された白いうなじが、頭から離れない。 俺は、一度目を閉じて深呼吸をした。 「えっと、のぞみは自分の部屋で寝るとして、俺はリビングで寝ればいいのかな」 「座布団を枕にできるし、この季節なら風邪も引かないだろうけど」 「えっ、そうなの?」 「そうなのって、じゃあどうすりゃ?」 「え、ええと……」 逡巡しているのぞみ。 が、決意したかのように言葉を接いだ。 「私はその……慶と進展してもいいと思ってるよ」 「慶はイヤ?」 「俺も別にイヤとかじゃなくて、その、進展したくないとは思ってないよ」 「うん、私も」 「ちなみに、のぞみはどこまで進展するつもり?」 「そんな……具体的には……」 「……」 「……」 キスはした。 でも、その先はしていない。 「そういうのってさ、流れとか雰囲気で進んでいくものなんじゃない?」 「今日はここまでするぞ! って決めてから、さあ始めよう! ってなんか嫌だよ」 「俺もそう思うけど」 「完全に無計画で勢いのままにしちゃいました、ってのもちょっと」 「そだね」 「……難しいね」 何となく、具体的な行為の名前を挙げるのが照れくさい。 互いにその辺はぼかしたまま、話をしているのがちょっとおかしかった。 「俺、雰囲気を作るの上手くないな」 「私だってそうだよ。だから、できるだけ協力する」 「……どこまでできるか分からないけど」 「協力って?」 「うー、分かんないけどさ!」 のぞみがかぶりを振る。 「その辺は手探りってことで……ダメかな?」 「ダメじゃないよ、全然」 「っていうか、全部手探りだし」 「だよね」 「じゃあ……とりあえず」 のぞみが、俺のとなりに移動してきて、ぺたりと座った。 そして、そのまま俺を見つめてくる。 「えーと」 その肩を抱く。 のぞみはそのまま抵抗せず、俺が抱き寄せるままにもたれてきた。 顔が物凄く近い。 「ん」 のぞみが目を閉じた。 俺は、その心持ち突き出された唇に、自らの唇を重ねる。 二人の唇が触れる。 少し湿った、柔らかい感触。 「ん……ちゅ……っ」 最初はすぐに唇を離す。 そしてまたすぐにキスをする。 少しずつ、唇を付けている時間が長くなっていく。 「ちゅ……ん……んふ……」 俺の鼻息が、のぞみに当たる。 のぞみの鼻息も頬で感じる。 ふと、のぞみの舌が俺の唇に触れた。 俺も唇の間から舌を伸ばし、のぞみの唇に触れる。 つんつん、と突っつき合いをしているうちに、互いの舌が絡まり始めた。 のぞみの舌の熱さと柔らかさに圧倒される。 「は……ん……ちゅ……」 のぞみの鼻にかかった声が、否応なく俺を興奮させる。 今この腕の中にある存在ともっとくっつきたくて、肩を抱く手にぐっと力を入れる。 「あっ……」 「のぞみ……っ」 「んちゅ……っ」 拒否がないのを確かめつつ、のぞみの唇を割って、自分の舌を侵入させてみる。 舌の先端が、のぞみの歯に当たった。 のぞみはゆっくりと口を開き、俺の舌は更に深くのぞみの口の中に入る。 そして再び、二人の舌が融け合った。 より深くへ行くために、首を傾ける。 のぞみの顔も逆方向へ傾く。 「ちゅ、ちゅぅ……っ」 キスするときに顔を傾けるのは、このためだったんだ。 初めてディープキスをしてみてやっと理解できた。 そして……舌を絡めるという行為はエロい。 すごくエロい。 普段は表に出さずに身体の内部にしまってある、濡れていて柔らかい器官が舌だ。 それを互いに差し出して触れる。 絡め合う。 手を繋ぐのと比べてもダイレクトに熱を感じるし、剥き出しの『肉』という感じも強い。 もうこれは、性交に近いものだと思う。 「ん……んふぅ……ちゅ、ちゅっ……」 のぞみの顔もいつの間にか紅潮していた。 俺がのぞみの舌を吸い、のぞみが俺の舌を吸う。 互いの舌先だけで突っつき合う。 尖らせた唇の柔らかさを味わい、その中の舌の熱さを味わう。 ……どれくらいの間そうしていただろう。 最後は名残惜しげに、互いの舌が、続いて唇が離れる。 呼吸は荒い。 「はぁ、はぁ……」 「すごいね、ディープキスって。えっちな感じ」 「そうだな」 俺も、のぞみと同じことを感じていた。 「思ってたより、すごかった」 少し瞳が潤んでいる。 と思ったら、俺の胸にこてんと頭を預けてきた。 「慶……大好き。大好きだよ」 「ありがとう、のぞみ」 「ありがとう、じゃなくて」 「俺も大好きだ」 「そうそう。ちゃんと好きって言って。ずっと言ってくれなかったんだから」 「大好きだよ」 何度も言いながら、のぞみの頭を撫でる。 膝に抱いた猫を撫でるように。 「んっ……あぁ……」 気持ちよさそうな声を上げるのぞみ。 最初頭を撫でていた俺の手は、耳やうなじも撫ではじめた。 「はぁ……」 ふと思い立って、俺は指先をのぞみの鎖骨に滑らせた。 「ん……っ! あ、あぁ……」 熱い吐息がのぞみの口から出てくる。 次に反対側の手で、のぞみの胸に触れてみた。 手のひらをいっぱいに使って。 「あっ」 一瞬のぞみの身体がこわばった。 でも、その後はまた拒否するような反応はない。 指先が服の布地越しに感じる柔らかい弾力。 押すと、その形を変えながらも優しく押し返してくる。 これが、のぞみの胸。 「ん……ふぁ……」 切ないような吐息。 のぞみは、受け入れてくれたのか? よく分からないけまま、俺は徐々に胸に触れている指に力を入れた。 「あ……ねえ、慶」 びくっとする。 「どした?」 「私の胸、どうかな。その、揉み心地とか」 「すごくいい」 「本当に?」 「ああ」 のぞみが安心したように微笑む。 俺の言葉に一喜一憂する姿が愛おしい。 「なら、続けて触っていいよ」 「ああ」 彼女の胸をふにふにと揉む。 「ん……んん……っ」 ゆっくりと、かすかに声を出しながら、深い呼吸をするのぞみ。 「のぞみ」 「えっ、な、なに?」 「これって、のぞみは気持ちいい?」 「うん、すごく。なんでかわからないけど、身体が熱くなるの」 「大丈夫だよ、私のことは気にしないで」 「びびってるみたいだ」 「私のこと、大事に思ってくれて嬉しい」 「でも、私、慶になら何されても大丈夫だから」 「……そりゃまあ、あんまり痛いのは嫌だけど」 のぞみがほにゃっと表情を崩す。 「ありがとうな、のぞみ」 「あと、気を遣わせてごめん」 のぞみの頬を撫でる。 俺がびくついているから彼女が不安になったのだ。 堂々と進めて行こう。 「じゃあ、改めてよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 二人とも正座し、頭を下げる。 なんだか、ちょっと可笑しくなってきた。 「ふふ、おかしいね」 「だな」 のぞみの手をぐっと引き寄せる。 もう一度、のぞみが瞼を閉じた。 その唇に自分の唇をつける。 「慶……ちゅ……っ」 「のぞみ……ん……」 今度はスムーズに、互いの舌が絡まり始める。 首筋を淫らな快感が走る。 そのままのぞみを強く抱きしめた。 「慶……好き……んっ、ふ……」 二人の身体の間で、豊かなのぞみの胸が潰れる。 少し抱き寄せる手を緩めると、その手でのぞみの胸を揉みしだいた。 「……ぅあ……ふぅ……んあぁ……」 だけど、俺の手のひらとのぞみの胸の間にある布地がどうしても邪魔だ。 シャツの裾の下から手を差し入れる。 「……んん……っ!」 すべすべのお腹を撫でながら、手は上へ。 俺の意図に気付いたのぞみが一瞬目を見張るが、さっきの約束通り、ダメと言われるまではやってみる。 ふにっ 「あ……っ、んんっ」 指先が、柔らかすぎる肉に直に触れると、のぞみの身体にびくっとした震えが走った。 しかし、ダメとは言われない。 親指と他の指で下から包み込むように、のぞみの乳房を揉んだ。 「ああ……慶……」 柔らかくて、ボリュームがあって、熱くて、少し汗ばんでいる。 これがのぞみの胸。乳房。おっぱい。 それが今、俺の掌の中で揉まれていることに、なんだか無性に感激した。 「ん……あ……んんっ……」 俺を見るのぞみの瞳が潤んできた。 のぞみの胸を揉む手のひらに、固いものが当たる。 これは……のぞみの乳首、だろう。 優しくその突起をつまむ。 「んぁっ!」 のぞみの身体が跳ねる。 そして執拗につまみ続けているうちに、乳首はどんどん固くなっていった。 ……のぞみが、感じてくれている。 その喜びに、脳の芯が熱くなった。 「っ!?」 服の下で固くなっていた俺の股間。 それを、のぞみの手が服の上からまさぐり、撫で回してくる。 「慶……」 のぞみに欲情していることがあからさまに伝わってしまい、恥ずかしい。 でも、俺ものぞみと同じく、やめてくれとは言わない。 そのまましばらく、俺はのぞみの胸を揉み続け、のぞみは俺の股間をまさぐり続けた。 合間合間に、キスを挟みながら。 「んっ……ふ……ちゅっ、ちゅう……っ」 互いの唇を吸う音と、荒い息だけが延々と続く。 のぞみの胸はどんどん汗ばんできているし、顔も紅潮してきている。 俺の股間も、もうガッチガチに固くなっていた。 次は、何をすれば。 「んぁ……っ、あぁ……」 ホットパンツからすらりと伸びた、白い太ももに手を伸ばす。 指先が滑るような肌理の細かさ。 そしてその内股の部分は、乳房とはまた違った、淡雪のような柔らかさを持っていた。 「ぅ……んん……っ」 片手で胸を揉み、もう片方の手で太ももを撫でる。 最初は報復とばかりに活発に動いていたのぞみの手は、徐々に動きを緩めていった。 「あ……あぁ……んっ」 熱い吐息が漏れる。 のぞみは、もじもじと腰を揺らしていた。 間違いなく、気持ちよくなってくれている。 「のぞみ」 「はぁ……はぁ……慶……」 のぞみの背中に手を回し、体重をかけて寝かせるようにする。 そして、のぞみのホットパンツから、ゆっくりと綺麗な足を引き抜いた。 「あ……」 ピンクのパンツが露わになった。 目の前に女の子の無防備な下半身がある。 それだけで、たまらない興奮に襲われる。 「うう……慶……」 この薄くて頼りない布地一枚の下には、のぞみの女の子の部分が隠されているのだ。 今まで誰にも見せることがなかったそこが、今、俺の目の十数センチ先に。 「慶ってば。そんなに、見ないでよ……」 「綺麗だ。すごく」 すらりと伸びた脚。 太ももから脚の付け根にかけてのライン。 柔らかそうで丸い、お尻。 「うぅ……顔、近すぎるよ」 どれも、いつもすぐ近くにありながらも、こんなに間近で凝視できるような部位ではなかった。 「ほんと、恥ずかしいんだってば……」 やめてほしいのではないと思う。 「のぞみ、触るよ」 「え……う、うん……」 俺は、薄い布地の上をそっと撫でた。 「ぅあっ……!」 敏感な反応。 のぞみは、目を固く閉じ、歯を食いしばっている。 何かを我慢しているような眉間の皺。 「くぅ……んっ、んん……っ」 でも、我慢してるのはきっと気持ちよさだと思う。 俺はのぞみの反応が嬉しくて、薄い布の上に何度も指を滑らせた。 「あ……っ、くぅ……う、はぁ、ああぁ……」 小刻みに脚が震えている。 「や……あ、あ……あ、あ……っ」 指の動きに合わせて声が漏れるのぞみ。 俺がなぞったところを中心に、パンツの布地が湿り気を帯びてきている。 「うぅ……」 「(のぞみ、濡れてる)」 さらさらとしていながら、わずかに粘性も感じられる。 少し力を入れて押すと、すぐ布にじわっと染みが広がった。 「だ、だから……恥ずかしいって言ったのに……っ」 顔を真っ赤にして、少し怒ったようにのぞみが主張する。 「気持ちよくなってくれてるってことだよな」 「う……。そ、そうだけど……」 「嬉しいよ」 パンツのすぐ横で、無防備に目前にさらけ出されている脚の付け根。 のぞみが愛おしくて、俺はそこにキスをした。 「はぁっ! ……ぅ……ん、はぁ、あぁ……」 ちゅっ 「あぁん……っ」 くねる腰が逃げないようにしっかりと抱えながら、のぞみの内股にキスをしまくる。 お尻の方から内股まで舌を這わせたり。 「あ、あ、や、あぁ……んっ」 羞恥に悶え、快感にも悶え、それらに必死に耐えているのぞみ。 普段のクールな姿からは全く想像できない必死な姿態に、俺は我を忘れそうになっていた。 「あぁ……、あ……やっ」 パンツのゴム部分に、指をかける。 「えっ、だ、だめ……」 気付いたのぞみが阻止しようとするが、俺は一気にパンツを脱がしていった。 「慶……っ、やあ……っ」 電灯の下、俺の目から数十センチと離れていない場所に、のぞみの女性器が姿を現した。 「や……ぁ……」 控えめな陰唇と、濡れて輝く中心部。 陰唇の端に慎ましやかな突起。 反対側にはきゅっと閉じたお尻の穴。 「うぅ……すっごく、恥ずかし……」 涙声で訴えるのぞみ。 「ね、ねえ、じっと見ないで……よ……」 だけど、こっちはこれ以上ないくらいに興奮している。 のぞみの一番大事な部分が、今この瞬間、俺の目前にあるのだ。 「ぅ……どうしたの?」 「もっと見せて」 「えっ、慶?」 内股を押さえていた指を左右に引き、大陰唇を拡げる。 すると、そこに包み隠されていた小陰唇や膣口までもが露わになった。 「け、慶、そんなに拡げちゃ……ああっ!」 膣口に唇を付けた。 「や、あ、ああっ、け、慶……っ」 「ふあ、あ……はぁ……んんっ」 続いてクリトリスへと舌を動かしていく。 「そこはっ……あ、んんん……っ」 のぞみの性器は、とても綺麗な色だった。 充血して赤みがかった肌色だ。 「うああっ!? ……ああああっ」 これまでの中で格段に大きな反応。 「だっ、だめ……っ、やっ、あ、あ……っ、んっ、ああぁぁ……」 そのまま優しく、時には激しく、クリトリスを舌で愛撫していった。 「やあぁ……ああっ、あっ、んっ、あぁ……はぁ……」 膣口から溢れる愛液が、その量を増してきた。 「はぁ、はぁぁ……っ、そんなに、あぁっ、うぅ……」 舌ですくって味わう。 ぢゅっ、と音がする。 「んんっ、け、慶……すすら、ないで……よ……」 弱々しい抗議。 味は、少し酸っぱくて少し苦かった。 でも舐め取られて恥ずかしがるのぞみの姿は、とても可愛い。 「はず……はずかしい、から……」 俺は調子に乗って、性器やその周囲のあちこちに舌を這わせた。 「や、だめっ、ほんと、慶、慶ってば、や、あ、ああっ、ああんっ」 本気で逃れようとするのぞみを押さえつけ、強引に下半身に顔を埋める。 「ああんっ、あ、はぁっ、んっ、くぅ……っ」 「くうぅっ、ん……ううっ、あぁ……」 のぞみが、こんな聞いたことのないような声を上げている。 俺はそれがとても嬉しかった。 のぞみがこんな声を発するのは、世界の中で俺の前でだけなんだ。 「あっ、ああっ、ひゃ、あ、あ、んっ、やあ……っ!」 激しく頭を振り、座布団を強く握りしめるのぞみ。 俺は舌を伸ばし、膣口に差し入れた。 「ひあっ、は……っ、んっ、く……ああっ、あああぁぁ……っ!」 「ああぁぁん! 慶っ! 慶っ! うわああああぁ……!」 さっきまで歯を食いしばっていた口は大きく開き、よだれが垂れている。 膣から溢れる愛液の量もますます増えていた。 「だめっ、あ、や、だめっ、だめっ、やっ、やああぁああっ!」 「んく、あ、はっ、ああっ、あああっ、ああぁぁああぁぁっっ!!」 「あっ、ん、あぁっ! んっ、あ、あ、あっ、あああああぁぁぁっっ!!」 「くぅぅ…………っ、っ、んん……っ! んうぅ……っ!」 のぞみの足がつま先までぴんっと伸び、身体ががくがくと震えた。 「や、ぁ…………っ、あっ、あ…………ぁ……っ! ん、ぅう……っ!」 「ああっ、んああっ、ぅああっ、はあっ、ああぁ……んんっ」 愛液が膣口からどんどん溢れる。 のぞみの身体が震える度に、とめどなく。 「うぁ…………っ! あ、ふあぁ……っ! あぁ……ぁ……」 「ああ……、ぅああ……っ、んんっ、はあぁ……っ!」 押し寄せる快感の波に飲まれ、翻弄されている。 ぴくっ、ぴくっ、と足先や頭が痙攣を起こしたかのように小刻みに震えた。 「はあぁ……、はあっ、はあぁ……はぁ、はぁ……」 「うぁ……はぁ……あっ、ふぁ……あぁ……」 「のぞみ、大丈夫か?」 「はぁっ、はぁ、はぁ……う、うぁ……」 「これ、なに……?」 「はぁ、はぁ……なんか、すごい……」 性器を俺の眼前に晒したまま、のぞみは焦点の合わない目で俺を見ていた。 「何も、考えられなく……なっちゃった……」 「気持ちよくなってくれたなら、良かった」 「気持ちよすぎて、やばかったんらってば……」 「あ……」 ぶるっ、とのぞみの身体が震える。 「やっ……見ないで……」 つつーっと、愛液が割れ目からのぞみのお腹へと垂れていった。 「やあぁ……あぁ……はぁ、うあぁ……」 「すごいな、のぞみ」 「もう、見ないでって……言ってるのに」 少し経つと、のぞみは俺を押しのけて上半身を起こした。 「なんか、私だけ気持ちよくさせられちゃったね」 「俺は感じてくれて嬉しかったけど」 「私も嬉しかったけど……全部見られて恥ずかしかったし、ちょっと悔しかった」 「だから……次は慶の番、ね」 照れながらも、のぞみはそう言った。 そして、さらにシャツをたくし上げる。 ゆっくりと横になると、張りのある乳房とその先端のつんとした乳首が上を向いた。 「慶、来て……」 「あ、ああ」 横たわるのぞみの足元から、片足を持ち上げて間に膝を進める。 目の前に、遮るものもなくのぞみの下半身が俺を待っていた。 「慶……」 「のぞみ、大丈夫か?」 「うん、大丈夫」 「……しよ?」 頷きながらもかすかに震えているのぞみの右手を、左手で握る。 そして一本一本指を絡めていく。 「電気、つけたままだけど」 「いいよ、もう私は見られちゃってるし」 「あと、私もちゃんと見ておきたい」 いつもと変わらぬ気丈さだった。 「だから、慶も」 「わかった」 「じゃあ……」 ジッパーを下ろす。 のぞみにまさぐられた時からずっと勃ったままのペニス。 それを出そうとして……ちょっと戸惑う。 幼児の頃ならともかく、自分の性器を他人に見せるのは初めてだ。 「……っ」 のぞみの視線も、出てくるべきものを待って、そこに注がれている。 くっ……。 のぞみだって、自分の性器をここまで俺にさらけ出してくれたじゃないか。 意を決して屹立を外に出す。 「わ……」 「わ……って」 「入る……かな?」 不安げなのぞみ。 「多分、そういうふうにできてるはず」 「最初は痛いっていうよね」 「それは……」 さっきまでの愛撫で、のぞみの膣口は十分に濡れているように見える。 でも、まったく無痛ということはないだろう。 「きっと、痛いと思う」 「……だよね」 ごくり、と唾を飲み込むのぞみ。 「でもま、何とか耐えてみますか」 「なんか、ごめん」 「いいってことよ……ふふ」 のぞみが妙な口調で言う。 きっと、のぞみ自身も緊張をほぐそうとしているのだろう。 「じゃあ……」 「うん……来て」 くちゅ 亀頭を割れ目の中に潜り込ませた。 「あ……な、なんか……いやらしいね、この音」 「そうだな」 くちゅ、にちゅ 「ん……あぁ……んっ」 二人の性器が触れ合う音と熱い感覚に、ペニスが一層固さを増す。 心臓の鼓動が早くなる。 「入れるよ」 「う……うん」 さっき間近に見ていたので、膣口の場所は分かっている。 そこに先端をあてがい、ぐっと腰を前に出した。 「ぁ……あ……んんんっ!」 のぞみが腰を引く。 俺の亀頭はのぞみの膣に入ることなく、上の方に滑ってしまった。 「ごめん、慶……ちょっと痛くて……」 「もう一回、お願い」 懇願するように俺を見つめる。 「今度は逃げないから」 「あ、ああ」 「……来て」 俺に、のぞみの痛みを和らげるために、できることはあるだろうか。 思いつかないまま、もう一度のぞみの入口に亀頭を押しあてる。 「うあぁ……」 再び腰に体重をかけると、少しずつ、のぞみの中に入っていく感覚があった。 「んっ、く、はあぁぁぁぁ……っ」 息を吸い、止め、ゆっくりそれを吐いていくのぞみ。 肉の洞窟を、無理にペニスでこじあけて奥へと入れていく。 「あ、うっ……んんっ、は、んあぁぁ……」 愛液が多少は摩擦を和らげてくれたが、そもそもそこはとても狭かった。 「のぞみ、大丈夫か?」 「う、うん……だい、じょうぶ……」 少し涙目になりながらも、微笑むのぞみ。 痛くないはずない。 「はぁ……はぁ……、平気……だから、ね」 気丈な嘘だということは、鈍い俺にもわかった。 まだ肉棒は半ばまでしか入っていないが、俺は一旦腰を止める。 「ちょっと落ち着くまで待つ?」 「……ううん、だ……大丈夫」 「でも」 「まだ、途中……でしょ?」 「ぅ……こういう、のって……一気にしてくれた方が、いいかも」 繋いだ手を、きゅっと握ってくる。 そこから伝わる体温で、頑張るという決意が伝わってきた。 「わかった」 「じゃあ……いくよ」 「うん……お願い」 腕に力を入れ、のぞみの脚を引き寄せる。 同時に、互いの腰をぶつけるつもりで、めりめりと肉棒を押し入れた。 「ああぁっ! ……ふ、あ、んんっ、ぅあ……っ!」 痛がるのぞみ。 だが、のぞみが望んだとおりに、俺は奥まで達した。 「うぁ、ああぁっ、はあっ……あっ、んく、うあぁ……」 陰茎が根元までのぞみの中に埋まる。 「はあ、はぁ……んんっ、くぅ、ふぅ……」 息が荒い。 「全部、入ったよ」 「うん……わかる」 「お腹の中に、慶の鼓動を感じる……」 「痛いんだよな」 「そ……だね。痛い」 「でも、この痛みを感じさせてくれるのが、慶で良かった」 「のぞみ……」 そう言ってくれると、苦痛を与えている罪悪感も幾分やわらぐ。 「はぁ……はあ……」 「なんか、慶とこんなえっちなことしてるなんて、変な感じだね」 「ああ」 「でも、俺……とても嬉しい。のぞみとこうなれて」 「私も……そうだよ」 痛みに耐えながらも、笑顔を作るのぞみ。 俺の中に、のぞみへの愛おしさが全身に湧き溢れてきた。 「慶……」 「のぞみ……」 肉棒をゆっくり引き、半分ほどまで来たところで、再び奥まで差し込んだ。 「はあぁ……あぁ……んっ、ぅああ……!」 ペニスから脊髄を通って脳天まで、電気のように快感が走り抜ける。 「慶、動き、たい……の?」 「ごめん。動きたくてたまらない」 「いい、よ。次は……慶の番って言った、もんね……」 再び腰を引いてペニスを抜き出す。 「はぅ……ああぁ……」 そして、もう少しで抜けそうになるところで、のぞみの腰を抱き寄せた。 「ああっ、あ、ん……んんっ」 ゆっくりと、何度かその動きを繰り返す。 「ふあっ、あんっ、あうぅっ、くぅぅ……んんっ」 そのうち、少し膣が広がったのか、また新たな愛液が湧いてきたのか……。 徐々に動きが滑らかになってきた。 「はぁ……っ、んんっ……あ、ぅあ……っ」 声も、ただ痛いというだけじゃなくなってるように思える。 のぞみの変化に合わせ、腰の動きを少しずつ速めていく。 「う……慶、だんだん……痛みは、減って、きた……かも」 「そか、良かった」 ペニスが、のぞみの膣を何度も出入りしている。 そして、のぞみの純潔の証である一筋の血。 「はぁ……はぁ、ああっ、んっ、ぅああ……」 この体位、そして部屋の電気が点きっぱなしなこともあって、刺激的な光景がはっきりと見えた。 俺は、今、目に映ってるものを一生忘れられないだろう。 「あっ、はあぁ……ん、はぁ、あぁ、んん……っ」 波打つ肉襞の奥まで肉棒を挿す。 その度に、のぞみは切なげに反応した。 「け、慶、どう……? 気持ち、いい?」 「ああ。すごく」 「ああ、んっ……それなら、良かっ……ああっ」 繋いだ二人の手が汗でべとべとになってきていた。 同じく汗が浮かび上がっている豊かな胸に、髪が幾房か貼りつく。 「けい、ああっ、慶……もっと、気持ち、よく……なっ、ぅああっ」 「のぞみ、のぞみ……っ」 「もっと……ああっ、あ、んっ、来てっ、来て……っ!」 気持ちよすぎて、とっくに俺は腰の動きを止められなくなっていた。 亀頭を、一番奥まで、子宮までぐいぐい押し込む。 「あああぁっ! あっ、ああっ、慶、けい……っ」 のぞみも、自ら腰を動かし始めていた。 「あ、あっ、慶、好き……っ、ああっ、うあぁ……っ」 「俺もだ、のぞみっ」 「あっ、あ……っ、や、け、慶……っ、深……いよぉ、あ、ああっ、あぁぁ……!」 「くんっ、ん……やぁっ、あっ、んっ、うぅっ、あふっ、んくっ、あぁっ!」 互いの腰が激しくぶつかる音が部屋に響く。 のぞみの汗だらけの下半身が、軽く震えた。 「あああっ、うあぁっ、ん、あぁっ……うぅっ、んっ、く……うぅっ」 「慶、好きっ、んくっ、来てっ、ああっ、あ、ああんっ、もっと、うぁ……っ」 のぞみが『好き』と言う度に、膣内がきゅうっと締まる。 もっともっとこうしていたかったが、俺はもう耐えられなそうだ。 「やっ、うあぁっ、や、だ……だめっ、あ、あぁっ、くぅっ」 「のぞみ……っ」 「慶、慶、ああっ、好きっ、好きっ、慶、あっ……んくっ、あああっ!」 もう我慢できないなら、せめて限界まで激しく。 強く深く、のぞみの膣の最奥まで、何度もペニスを突き入れた。 「んんっ、あ、あっ、好きっ、慶、ああっ、好きいぃっ!」 「あっ、これっ、あ、あ、あっ、だめ、だめっ、これ、ああっ、くるっ、あああっ!!」 「ああっ、んっ、や、やっ、ぅああああああああっっっ!!!」 「んん…………っ! く……ぅ……っ! あっ、はあっ、ううぅ……っ!」 びゅうぅっ、びゅうっ、どぷ……っ! こんなに大量の精液が出たことはないってくらい、幾度も、のぞみの膣内に想いを注ぎ込む。 「うあぁ…………っ! はぁ……っ! あ、ああぁ……ぁ……っ!」 「あふ……うぁ、あぁっ、はぁ、ああ……っ」 どくっ、びゅぅっ、とぷっ…… 腰を抱き寄せたので、股間は密着している。 「あ……、はぁっ、はあ、うぅ……っ、はぁ、はぁ……っ」 俺は、のぞみの一番奥に射精をし続けていた。 「うぁ……はぁ、はぁ……っ、ん……はぁ……」 のぞみの熱くて荒い吐息。 俺の勘違いじゃなければ、のぞみも最後には気持ちよさが痛みを上回っていた気がする。 「はぁ、はぁ……はぁ……あぁ……」 「のぞみ……」 射精を終えて硬度を失ったペニスを、のぞみの割れ目からぬるっと引き抜いた。 「ああぁ……ぁ……っ、はぁ……はぁ……」 「すごかった、ね……」 「ああ、すごく気持ちよかった」 「わ……私も」 「良かった。痛いだけじゃなくて」 「まさか、初めてなのにこんなになっちゃうなんて」 のぞみが恥ずかしそうに微笑む。 やっぱり、最後はのぞみも達していたようだ。 「のぞみが気持ちよくなってくれて、すごく嬉しい」 「男の人って、そういうものなの?」 「こっちだけ気持ちいいなんて申し訳なさすぎるよ」 「それに、好きな人には喜んで欲しいから」 「ふふふ、ありがとう」 「私もね、慶が気持ちよくなってくれて、すっごく嬉しい」 笑顔をほころばせる、のぞみの頬を撫でる。 一つになれた喜びのためか、その瞳には涙がたまっていた。 「ようやくここまで来れたね」 「慶のこと好きになってから、ちょっと長かったな」 「悪かった、鈍感で」 「ううん、もういいよ」 「これから、いっぱい楽しいことしよ?」 「こういうことも?」 「……うん」 「もっと、しようね」 俺は嬉しくなって、のぞみにキスをした。 また、のぞみの身体が熱くなったような気がする。 「そういや、俺、中に」 「今日は……大丈夫な日」 「そうじゃなきゃ、途中で言ってるよ」 「そっか」 「もう、露骨に安心した顔して」 「勢いってのはよくないだろ」 「勢いで中に出したくせに」 愉快そうに笑いながら、のぞみは自分の下腹部を撫でた。 「タイミングさえ当たったら、これで私と慶の子供ができちゃうんだね」 「なんだか不思議」 「いつか、そんな日が来たらいいな」 自然とそう口にしていた。 「……え?」 目を丸くしたのぞみを見て、自分の言葉の意味に気づく。 でも、訂正する気にはならなかった。 「本気でそう思ってる」 「も、もう……いきなりかっこよくなりすぎだよ」 のぞみが指先で目尻を拭う。 「大好きだ、のぞみ」 「慶」 「……私も」 しっかりと見つめ合い、俺たちは再び唇を重ねた。 人生で最高のキスだった。 「明日、どんな顔で朔夜に会おうかな?」 事後のコーヒーを飲みながら、のぞみがぽつりと言った。 「二人揃ってもじもじしてたら、一発でバレちゃうよ」 「ばれちゃってもいいんじゃない? 俺たちが進んだのも朔夜のお陰だし」 「その方が、これから先お互いに気を遣わなくて済む気がする」 「言われてみればそうだね」 「うあー、でも恥ずかしいなあ。絶対いろいろ聞かれる」 のぞみが真っ赤になった頬を手で押さえる。 「そこはお姉さんの余裕でかわしてくれよ」 「いいよね、慶は楽で」 「あ、そうだ、慶が変な趣味だったとか吹き込んじゃおうかな」 「勘弁して下さい」 朔夜にどんな目で見られるかわからない。 「それより、朔夜、大丈夫かな。今頃震えてるんじゃ」 「明日の朝なんて、絶対びくびくしながら来ると思うんだ」 「かもね……ふふ」 「明るく迎えてあげよう」 「うん、私たちの恩人だからね」 のぞみが、俺の手を握る。 手のひらから伝わってくるのぞみの温もり。 その温もりと、二人が結ばれたことの喜びが、じわじわと心に染み入った。 これからもずっと、こうしていられるといいな。 「お、おはよーございまーす」 恐る恐る、といった感じで朔夜がリビングに入ってきた。 予想通りだ。 こっちはいつも通りに振る舞おう。 「おはよー」 「おはよう」 「朝ご飯、今日は私が作っておいたから」 「俺も手伝ったんだ」 「う、うん」 朔夜は玄関で俯いたまま、もじもじしている。 「あの……怒ってない?」 「ああ」 「気を遣わせちゃってごめんね」 「ううん、ちょっと強引だったかなって、ずっと考えてたんだ」 「大丈夫、むしろ御礼を言わなくちゃいけないくらいだ」 「お陰で……」 「こーら」 久しぶりに、のぞみから頭をぺしっと叩かれた。 「あー、そっか。二人とも、進んだんだね」 表情を輝かせる朔夜。 「えーと、まあ、それはその……」 「隠さなくていいの。よかったー。おめでとう!」 「ど、どうも」 これは恥ずかしい。 のぞみと二人、何とも言い返せずに縮こまる。 「あ、でも、私の前では控えめにお願いします。子供には刺激が強いですから」 「はい」 「そうします」 これからしばらく、朔夜には頭が上がらなくなりそうだ。 「さてと、私はこれからお引っ越ししないと」 「え? どこ行くつもり?」 「慶ちゃんの部屋。二人はこっちに住むのがいいと思うんだけど」 「それはなし」 のぞみが指を立ててきっぱり諭す。 「私たちは今まで通りでいいの」 「そうだよね、慶?」 「もちろん」 俺たちの言葉に、朔夜は嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう、慶ちゃん、のぞみちゃん」 朔夜が、俺に抱きついてきた。 「あ、こらっ、私の慶になにするのよっ」 「えー、これくらいいいじゃない」 「わかりました。昨日のお礼ってことで、1分だけレンタルしてあげる」 「俺は物か」 「そもそも、慶ちゃんがはっきりすればいろんなことが上手くいったんだから、反省しなさい」 頬を膨らませながら、朔夜は俺の腕にぶら下がった。 そんな朔夜を、のぞみは幸せそうに見つめている。 俺とのぞみが恋人になっても、やっぱり三人の関係は変わらない。 いや、今回の件を通して、より繋がりが強くなったようにも思う。 これからもいろんな変化があるだろうけど、三人一緒に乗り越えて行きたい。 二人の穏やかな気持ちを肌で感じながら、俺は改めてそう心に誓った。 ネコ写真部の俺たち三人は、いつも通り一緒に朝食を取る。 汐美学園に程近いマンションの一室に住む俺。 隣の部屋には、幼馴染みの、のぞみと朔夜が住んでいた。 「ごちそうさまー」 「ごちそうさま」 「お粗末様でした」 「今日はちょっと遅かったから、早く着替えて出ようね」 「おっけー」 一旦自分の部屋に戻り、着替える。 「朔夜は?」 「もう少しだと思うけど」 「朔夜ー、まだか?」 「あ、ごめん慶ちゃん」 床に座って、靴下を履いている朔夜。 「もうすぐ出れるから」 「そ、そっか」 俺と朔夜が付き合い始めて数週間。 以前と比べて、朔夜は俺に対して微妙に無防備になっていた。 恋人として距離が近づいたようで、実は嬉しかったりする。 「あれ、上手く履けない、うーん、えいっ」 爪先にひっかかったのか、朔夜が足をバタバタさせる。 そして、スカートは短い。 「朔夜、パンツが」 「ええっ!?」 「わーちょっと、慶ちゃん見ないでよっ」 「暴れるなって、余計に見えるだろ」 「アンタが後ろ向けばいいんでしょ」 「わああっ!?」 背後から頭を掴まれ、強制的に回れ右させられた。 目が笑っていないのぞみがいた。 「まだパンツ見える?」 「いえ、見えないです」 「よろしい」 「ほら朔夜、早く行かないと遅刻するからね」 「はーい、もう履けたから大丈夫っ、お待たせお待たせっ」 放課後。 いつものように部活動を終え、俺たちはアプリオで一息つくことにした。 「ご注文はお揃いですか?」 「はい、ありがとうございます」 嬉野さんが、飲み物を運んできてくれた。 「いいネコ写真が撮れましたか?」 「はい、今日はバッチリですよ。ほらこれ、見て下さい」 朔夜がカメラの液晶画面で、今日撮った写真を見せる。 「うーん、これはたまりません。ネコの可愛さは正義ですね」 「ですよね、そうなんですっ」 思わず拳を握る。 「見て下さいこいつ。しっぽがぴーんとして、ちょっとこっちを振り返って」 「誘ってる目ですよね、小悪魔なネコです」 「あ、この人、病気なんで気にしないで」 「いえいえ、業が深いのは良いことですよ」 「それではごゆっくり」 笑顔のまま嬉野さんが立ち去る。 「懐が深い人で良かったわね」 「病気扱いされるとは」 「彼女だからあんまり言いたくないけど、慶ちゃん、ネコについては危険だからね」 「ネコとわたしを選べって言ったら、絶対ネコでしょ」 「まさか、朔夜に決まってる」 「目を逸らさないで言って」 満面の笑顔だ。 恐ろしい。 「朔夜が世界一だ」 「うふふ、慶ちゃんありがとー」 朔夜が隣の席から抱きついてくる。 「こらこらこらこら、教育的指導! 公共エリアでのイチャイチャは禁止です」 「そういうこと」 朔夜を元の通りに座らせる。 「ぶー、けちんぼー」 「人前だから」 ふくれている朔夜の頭を撫でる。 「じゃあ、家に帰ったら」 「はいはい」 「私の見てないところでお願い」 満面の笑顔だが、目は笑っていなかった。 「はいはーい、本題に戻りましょ」 そう、俺たちは汐美祭の話をしていたんだった。 「ネコ写真部は、いままで汐美祭で何やってたの?」 「普通に写真の展示会だね」 「写真を引き伸ばして大きなパネルにすると、けっこう迫力あるんだよ」 「あとはネコグッズの販売かな。撮りためた写真でカレンダーとかポストカードを作るんだ」 「お客さん、来てくれるの?」 「これが意外と来るんだよ」 「卒業した先輩の中には、汐美祭がきっかけで入部した人もいるんだぞ」 「そっかあ。じゃあ今年も頑張らないとね」 「このままじゃ、再来年にはわたし一人の部活になっちゃうよ」 「あー、言われてみりゃそうか」 「朔夜のためにも頑張ろっか」 三人でうなずき合う。 「そういやのぞみ、カメラ買うって話、機種は決めた?」 「うん、大体は」 「のぞみちゃん、カメラ買うの?」 「コンデジじゃ物足りなくなってきたから、ここらで一眼買っちゃおうかなって」 「でも、一眼って結構高いよね?」 「だから、バイトしようと思ってるの」 「のぞみちゃん、かっこいい」 朔夜がテーブルに身を乗り出して、のぞみの手を握る。 「ネコ写真部って、あんたたち?」 きゃいきゃい騒いでいると、背後から声をかけられた。 見覚えのない同級生だ。 特徴としては……胸が大きい。 「そうだけど?」 「図書部のお使いで来たんだけど、図書部って知ってるよね?」 「つい最近、お世話になりました」 「ま、そん時の借りを返せって話じゃないんだけど、一つお願いがあるの」 とにかく話を聞いてみる。 図書部のお遣いさん曰く、絵本研究会という部活が、今年の汐美祭でネコを主人公にした絵本を発表するそうだ。 で、見に来てくれた子供に、何かネコグッズをプレゼントしたいらしい。 そこで、俺たちが作る予定のポストカードを配れれば、という相談だった。 「いくつくらい必要?」 「50。もちろんお金は払うわよ、絵本研究会が」 俺たちからすれば、売り上げが増えて、なおかつそれを子供たちにプレゼントしてもらえる。 悪いことがなかった。 「全然構わないよ。俺たちのグッズが役に立つなら嬉しいし」 のぞみも朔夜も頷いている。 「OK、話が早くて助かるわ」 「図書部にはお世話になったし、お役に立てて嬉しいよ」 「別に恩に着なくてもいいのに」 「まあいいや。それじゃ、汐美祭の前日に取りに来るからよろしくね」 軽く手を振り、その子は名前も告げずに去っていった。 「ぐぬぬ……」 「今の人、図書部にいたっけ」 「図書館で見たことある気がするけど、図書部だったかな?」 「むぬぬぬぬ」 なぜか朔夜が唸っている。 「どうした、ツッコミ待ち?」 「慶ちゃん、じっと見てた」 「何のこと?」 「胸」 「胸?」 「さっきの人のバスト」 「……」 「見てたでしょ?」 あの胸じゃ仕方ない。 ほとんどの男は目が行くだろう。 「まあまあ、男子なんてそんなもんだって」 「やっぱり、慶ちゃんもおっぱいが好きなんだね」 「俺は別に気にしてないから」 「それ、暗にわたしのことをないって」 「言ってないって」 渋面の朔夜に微笑みかける。 「俺は気にしないよ」 「朔夜は朔夜、他の人は他の人。俺は朔夜が好きなんだ」 「じゃあ、胸が小さいわたしと、胸が大きいわたし、どっちが好き?」 すごい質問だ。 「え、ええと……小さい方かな」 「やっぱり、わたし小さいんだね」 朔夜がうなだれた。 そういう結論に持っていきたかっただけのような。 「ほらほら、クッキーあげるから機嫌直して」 「騙されないよ……美味しいけど」 結局、クッキーをもぐもぐする朔夜。 糖分にほだされ、すぐに機嫌は戻っていく。 くるくる表情が変わるのは朔夜の可愛いところだ。 後でもう一度フォローしておこう。 午後のラストの授業が休講になった俺は、朔夜の授業が終わるのを中庭で待っていた。 「慶ちゃん、おまたせー」 「あれ? のぞみちゃんは?」 「バイトで少し遅れるってさ」 「理工棟の日雇い事務作業だっけ。頑張ってるなあ」 「さて、今日は家で活動するか」 「絵本研究会に出す写真を選ぶんだよね?」 「俺たちである程度選んでおいて、後でのぞみに見てもらおう」 「はーい」 俺が立ち上がると、朔夜が腕に飛びついてきた。 「ちょっ、朔夜、重い重い」 「わたしくらい男らしく支えて」 腕にぶら下がってくる朔夜。 二の腕に頭をくっつけ、すりすりしてくる。 すれ違う生徒から呪詛の言葉が聞こえてくるくらいのラブラブオーラだ。 「あー、慶ちゃんと堂々とこんなことできるなんて」 「お目付役がいないからって、やりたい放題だな」 「迷惑かけてる?」 「いや、ちょっと恥ずかしいけど、俺も嬉しいよ」 「だよねだよね、わたしたち恋人なんだから」 朔夜が笑顔を弾けさせた。 ぎゅっと腕を組み、鼻歌交じりに自宅に向かう。 写真の選抜を終えた頃には、夕食の時間になっていた。 のぞみはまだ帰ってこない。 「慶ちゃーん、お皿取ってくれる?」 「おー」 朔夜のてきぱきとした調理を、横で手伝う。 「ここに置くぞ」 「次はサラダにドレッシングかけといてね」 「はいよ」 「そしたら、まな板を一回洗ってくれると嬉しいな」 「お安いご用だ」 決して広くないキッチンで動き回る二人。 当然、何度か触れることもあったりして。 「あ、ごめん」 「じゃあ慶ちゃん、次はわたしにちゅーして」 「おー」 「ってちょっと待て朔夜」 「ほらフライパン火にかけてるから早く早く」 「しょーがないなあ」 目を瞑って待つ朔夜。 ちゅっと、軽くキスをする。 「えー、もう終わり?」 「料理中だろ? 危ないからまた後で」 「慶ちゃんのケチー。ぶー」 ぽんぽんと頭を撫で、機嫌を直してもらう。 「ふふふ、何だか新婚さんみたいだね」 ぽすん、と後ろに立つ俺にもたれてくる。 背の低い朔夜の後頭部は、俺の心臓あたりの位置にあった。 「いつか、本当の新婚さんになれるかな」 「もちろん」 朔夜をぎゅっと抱きしめる。 「いい奥さんになれるように、わたしもお料理頑張らないと」 「よーし、頑張れ」 「うん、見ててね」 背中を撫でると、朔夜はご機嫌でフライパンを操りだした。 「ん?」 携帯を見ると、のぞみからのメールだった。 「のぞみ、バイトが遅くなるからご飯は食べててくれって」 「食べて帰ってくるのかな?」 「いや、自分で温めて食べるから残しておいてってさ」 「はーい」 「……あれっ?」 携帯を横から覗き込んでいた朔夜が、嬉しそうな声を上げる。 「けーいーちゃーん」 「な、なにかな?」 「今、慶ちゃんのケータイ、ちらっと見えたんだけど」 「待ち受け画面、もしかして……」 「こらっ、引っ張るなっ」 朔夜に携帯を奪い取られる。 「慶ちゃん、待ち受けの写真、わたしにしてくれたんだ」 「ま、まあ。彼女だから」 「もー、慶ちゃん、そういうことは早く言ってよー」 「嬉しいニュースを隠しておいてもいいことないよ」 携帯を見ながら、ニヤニヤしっぱなしの朔夜。 想像以上に喜んでくれている。 「そうそう、わたしの携帯も、慶ちゃんが待ち受けなんだよ」 「嘘? どんな写真?」 「最高傑作なの。見て見てー♪」 朔夜の携帯の画面では、俺が寝転んでよだれを垂らしていた。 「いつの間にこんな写真を」 「もちろん寝てる間に」 「かわいいでしょ? お気に入りなんだ」 「この顔、間抜けすぎるだろ」 「この油断してる感じがいいんだよ」 「なんてゆーか、彼氏っぽい感じ?」 「そうかなあ」 「ま、他人に見られるものじゃないし」 「消せとは言わんから、ホント他の人には見せないでくれよ」 「はーい」 携帯をしまい、足取り軽くキッチンに向かう朔夜。 「あ、そだ」 「ん?」 「……ちゅっ」 朔夜が背伸びして、俺にキスしてきた。 「待ち受けにしてくれたお礼♪」 食事を終え、のぞみが帰ってくるのを待ちながらテレビを見る。 流れているのは洋画で、ハリウッドらしい、セックスとバイオレンスに溢れた内容だ。 朔夜と二人壁にもたれて並んで座り、ぼんやりと画面を眺める。 「このヒロイン、スタイルいいよね」 「ああ、そうだな」 「やっぱり胸かあ」 隣で朔夜がぼそりと呟く。 また胸の話か。 よっぽど気にしているようだ。 「ねえ、突然だけど、もしかして慶ちゃんって女の子にあまり興味ない?」 「人並みにはあると思う」 「そうなんだ。結構意外かも」 「じゃあ、わたしのことも考えてくれてる?」 「彼女なんだし、当たり前だよ」 これじゃ、抱きたいと言ってるのと同じだ。 朔夜はどう反応するだろうか。 「良かったー」 咲夜が満面の笑顔を向けてくる。 「わたし、胸ちっちゃいから慶ちゃんが女の子として見てくれてないのかと思ってた」 「前にも言ったけど、胸の大きさで好きな人を選ぶわけじゃないから」 「さすが慶ちゃん」 俺にもたれかかってくる朔夜。 サラサラの髪と頭が肩に載せられる。 その頭を、慈しむようにゆっくりと撫でた。 「ごろごろにゃー」 「ははは、大きなネコだ」 テレビではラブシーンが流れている。 関係を進めるには、まさにおあつらえ向きな雰囲気に思える。 「俺が消極的だから、朔夜のこと不安にさせてたんだな」 「少しだけ」 「ごめん。朔夜のこと、雑に扱いたくなかったんだ」 「うん、わかってる。わたしが好きになったのは、そういう慶ちゃんの優しいところだから」 でも、たまにはガツンと来てほしい── 口には出さなかったが、朔夜の表情はそう物語っていた。 「朔夜」 薄い肩を抱き寄せる。 「慶ちゃん」 朔夜の瞳が俺を映す。 いつもの子供っぽさはなく、吸い込まれてしまいそうな瞳だ。 「大好きだ」 朔夜が目を閉じ、唇の距離が近づいていく。 「ちゅ……ん……慶ちゃん」 「ただいまー」 「遅くなってごめ……」 「あ」 人間、本当に意表を突かれると動けなくなるらしい。 動いているのは、テレビの中で情熱的なキスを交わすヒーローとヒロインだけだった。 時間が凍るとはこういうことか。 「わ……」 最初に動いたのはのぞみだった。 「私のバカーーーーーーっっ!!!」 弾丸のように、家を飛び出していった。 「事故だよね?」 「事故」 今になって、ようやく身体を離す俺たち。 テレビの中の二人は、まだ激しくお互いを求め合っていた。 のぞみにキスシーンを見られてから2週間が経った。 汐美祭はいよいよ明日から。 俺たちは、朝から準備に大忙しだ。 「ふう、これでだいたい終わり?」 「うん、お疲れ様、よく頑張ったね」 のぞみが朔夜の頭を撫でる。 2日くらいはのぞみと顔を合わせずらかったが、今はもう元の関係に戻っていた。 「のぞみ、バイトの時間大丈夫か?」 「あ、忘れてた! そろそろ行かないと」 「ごめんね、あとはよろしくっ」 時間を確認し、のぞみは慌ただしく教室を出て行った。 「のぞみちゃん、頑張ってるね」 「一度始めると熱中するタイプだからなあ」 「デザインなんか、ギリギリまで粘ってたもん」 朔夜が、さきほど業者から届いたポストカードやカレンダーをペラペラめくる。 使用する写真はみんなで選んだが、デザインを作ったのはのぞみだ。 業者任せにすればすぐに終わる作業だが、のぞみは自分でゼロから作り上げたのだ。 「あ、これ慶ちゃんの写真だ。やっぱり写りがいいなあ」 「朔夜だってずいぶん上達したよ」 「これなんていい感じに背景ぼけてるし、ネコの表情がよく出てる」 「んふふー、ありがと」 「グッズ、たくさん売れるといいね」 「ついでに新入部員も入ってくれれば最高だな」 いつものように朔夜の頭を撫でると、唇を少し突き出してきた。 キスをせがむ時の仕草だ。 もちろん、すぐに応える。 「んー……ちゅっ」 「こんちわー」 「きゃっ」 慌てて距離を取る。 またキスのタイミングで人が来た。 顔を真っ赤にした朔夜が、展示パネルの裏に隠れる。 「おっと、タイミングが悪かったな。出直した方がいい?」 「あーいえ、大丈夫です。どちら様?」 「俺は図書部の人間で、高峰一景」 「頼んでおいたポストカードを取りに来たんだけど、もうできてる?」 気さくな感じの人だ。 穏やかな笑顔で話しやすい。 「ああ、絵本研究会の話だっけ。準備できてるよ」 「よかった。助かるよ」 届いたばかりのダンボールの中から、ポストカードを50セット渡す。 「お代はいくら?」 「50セットで2千円。原価でいいよ」 「いや、絵本研究会は売値でいいって言ってるけど」 高峰さんは遠慮したが、ここは原価で十分だ。 何度か『いやいや』『まあまあ』を繰り返し、2千円で話をつける。 「悪いね。先方もすごく喜ぶと思う」 「絵本研究会の皆さんにもよろしく」 「ああ、ちゃんと伝えとくよ」 「今回は相談に乗ってくれて助かったよ。これからも図書部をよろしく」 俺に頭を下げ、朔夜には軽く手を振って、高峰さんは出て行った。 「恥ずかしかったよぉ」 パネルの陰に隠れるようにしていた朔夜が、真っ赤な顔で出てくる。 「ちょっと焦ったな」 「わたしたち、キスすると誰かが来る呪いでもかけられてるのかな」 「まさか、昨日だって普通にキスしたじゃないか」 「うーん、でもやっぱり緊張するよ」 「それに……」 言いかけて、朔夜が言葉を飲み込んだ。 「最後まで言ってくれよ。気になるだろ」 「うう……でも、わたしの完全な思い込みだから」 申し訳なさそうにこっちを見てくる。 この視線に抗うことはできない。 「怒らないから言って」 「ううん……あの、ね……」 躊躇いがちに口を開く。 「ちゅーしてるときに誰かに見られるとさ、びっくりして離れるでしょ?」 「そりゃ、抱き合ったままって訳には」 「うん、そう。それはわかってるんだけど……」 「なんか突き放されたみたいで、切なくなるの」 そういうことか。 なんかいじらしくて可愛いな。 「ごめんね、めんどくさい人になってる」 「いいって。そんな風に思ってたなんて知らなかった」 「だから言いたくなかったの。わがまますぎるから」 「いいからいいから」 朔夜の頭を撫でると、向こうからぎゅっと抱きついてきた。 「ごめんね、慶ちゃん」 ぐずぐず言いながら、胸に頭を押しつけてくる。 このままキスしてあげたくなってきた。 「朔夜、ちょっと待って」 「え? どうしたの?」 距離を取ると、突き放されたような顔になる朔夜。 教室のドアに向かい、しっかりと鍵をかける。 「これなら邪魔されない」 「慶ちゃんっ」 表情を輝かせた朔夜が、俺にたたたっと駆け寄ってくる。 そのまま、ぎゅっと抱き合った。 「朔夜はいい子だ」 「もう、子供扱いしないで。胸はないけど、ちゃんと大人なんだから」 「わかってるよ」 朔夜の肩に手を置いて身をかがめた。 逆に朔夜は背伸びをし、瞼を閉じる。 「ちゅ……ちゅ……」 ついばむようにキスを何度も繰り返す。 「ん……っ」 小さいけれどしっとりした朔夜の唇。 不意に、何かが俺の唇をちろっと舐めた。 朔夜の舌が動いている。 「んんっ……ちゅっ、んっ……」 応えずにいると、朔夜の舌は引っ込んでしまった。 追いかけるように俺は舌を伸ばす。 「は……ん……ちゅっ」 ゆっくりと唇を開き、朔夜は俺を迎え入れてくれた。 初めてのディープキス。 朔夜の熱い口内で、俺たちの舌が絡み合う。 唇の裏、歯の付け根、隅々までを舌先で味わっていく。 「んふ……は……ぁ」 粘膜と粘膜、唾液と唾液が絡まり合う。 「あ……ぁん、ふぁ……んんっ」 同時に、俺の体をしがみつくように抱きしめてくる。 脚が交差する。 ふくらはぎから舌の先まで、全身が朔夜を感じている。 いつしか朔夜の身体を強く抱きしめていた。 「んんっ……く……はぁ……んっ」 朔夜の言う通り、俺はどこかで彼女を子供扱いしていたのかもしれない。 でも、こうして絡み合っていると、彼女は十分に大人だった。 証拠に、俺の身体は興奮で熱くなりはじめていた。 「んぷ……はぁ、はぁ……はぁ……」 「朔夜」 「慶ちゃん」 もっと先までしたい。 その俺の思いは、名前を呼んだだけで朔夜にも伝わったようだった。 いや、朔夜も同じことを考えていたのかもしれない。 俺は朔夜に促されるように床に座る。 すぐに制服のままするっとパンツを下ろした朔夜が、俺の腰に跨がるようにのしかかってきた。 「これが、慶ちゃんの」 朔夜の手で制服の中から引っ張り出された俺のペニスは、既にこれ以上ないくらい張り詰めていた。 「こんなに大きくなるんだね」 「じっと見られると、恥ずかしいんだが」 「でも、見ちゃうよ」 見つめるだけでなく、その細い指でつついてくる。 「しかも固い……」 「そういうものだから」 「う、うん。わかってる」 「これから、最後までしちゃって……いいんだよね?」 朔夜の潤んだ瞳が、俺をまっすぐ見つめている。 「ああ」 渇いた喉で、返事を絞り出す。 朔夜の手が添えられたペニスは、雄弁に俺の興奮を語っていた。 「不思議だね、わたしたちがこんなことしてるなんて」 「ああ、夢みたいだ」 ずっと妹扱いだった朔夜が、今は俺のペニスを握っている。 背徳感にも似た興奮が湧き上がってくる。 「すごく興奮してるよ」 「わたしもだよ……ほら……」 スカートの裾をめくる朔夜。 その下は、もう何も身に付けていない。 「慶ちゃんと、したいと思ってるんだよ」 初めて見る朔夜のそこには、ほとんど毛が生えていなかった。 割れ目もくっきりと見え、俺の股間はさらに硬度を増す。 「わたしね、慶ちゃんとのぞみちゃんが引っ越してから、こうなりたいって思ってた」 「ずっと……」 朔夜が俺の陰茎を愛おしそうに撫でる。 「く……」 「気持ちいい?」 「あ、ああ」 「そっか、気持ちいいんだ……」 他人に触られると、こんなにぞくぞくするのか。 快感が、波のように背筋を走った。 そんな俺の表情を見て、朔夜の顔も一層上気しているように見える。 「ねえ慶ちゃん」 「わたしを、もっと見てくれる?」 朔夜はそう言うと、制服のリボンとブラウスのボタンを外す。 「朔夜」 「ううん、わたしが見てほしいんだね。慶ちゃんに」 ブラを持ち上げると、緩やかな膨らみが露わになる。 その先端には、かわいらしいピンク色の乳首があった。 「前に慶ちゃんが『胸の大きさで、好きになる人は選ばない』って言ってくれたとき、嬉しかったんだ」 「今、こんな勇気が出たのも、慶ちゃんのおかげ」 色素の薄い乳輪に、小さい乳首。 その乳首が、控えめに尖っている。 「……見てるだけじゃなくて、触ってもいいんだよ?」 「あ、うん」 「さ、どうぞ」 そっと手を伸ばし、その膨らみを手のひらに包む。 なだらかな双丘は手の中にすっぽりと収まり、唯一自己主張する乳首の感触を手のひらの中央で感じた。 「あ……」 「慶ちゃ……ん、あ……っ」 「揉むよ」 「う、うん……ふあぁっ……」 小さいながらも乳房には十分な柔らかみと弾力があった。 そして、徐々に固くなる乳首はとても敏感らしく、押しつぶす度に朔夜の声が上がる。 「あっ……んん……っ」 「ここ、敏感なんだ」 「う、うん……なんか、痺れるみたい……ああっ」 手のひら全体での愛撫をやめ、指で乳首をつまんでみる。 「っ! ああぁ……っ!」 朔夜の身体がびくんと跳ねた。 そのままちょっと引っ張ってみたり、指の腹でこねてみたり。 「そこ、気持ち……い……っ」 「ああんっ、あっ、はぁ……っ」 動きを変える度に、朔夜は違う反応を見せた。 「ぅ……あ、あ、ああ……っ!」 緩やかな膨らみ全体をもう一度手のひらで包み、下からそっと持ち上げる。 「ん……はぁ、はぁ……ああぁ……ぁ……」 乳首を指の間に挟み、ふにふにと転がす。 「やっ、あ、それだめ……あっ、んああ……っ」 時を忘れて乳房を愛撫し続けると、朔夜はうっすらと汗を浮かべた。 そして、切なげに俺を見つめる。 「慶ちゃ……ああっ、んっ、はぁ……あぁ……」 「もう、慶ちゃんの……ちょうだい……?」 「いいのか?」 「うん……お願い……」 「もう、待てないよ……」 朔夜の身体を少し持ち上げる。 すると、朔夜自身が俺のはち切れそうなペニスを自らの女性器に向ける。 「もう少しこっちかな」 「くっ」 朔夜の細い指が、俺の亀頭を膣口へと導いた。 くちゅ 「んっ……」 そこは既に、熱く濡れていた。 「じゃあ、入れるね」 「ああ」 ぐっ 「あ……ああぁ……っ!」 「んっ、あ、あああっ、ぅああああ……っ!」 朔夜が腰を下ろしてくる。 その体重で、俺の肉棒が朔夜の中に沈んでいく。 「う、ああ……っ! んくっ、あ、あああぁ……っ」 毛がほとんど生えていないおかげで、俺のものが朔夜の中に飲み込まれていく様が、よく見える。 それは、とても感動的で、そして淫靡な光景だった。 「はぁ、はぁ……うあぁ……くっ」 「朔夜、痛いんじゃないか?」 「うん、痛いよ。でも、大丈夫……っ」 「慶ちゃんと、ずっとこうしたかったし」 「わたしは慶ちゃんにたくさんのものをもらったけど、わたしが慶ちゃんにあげられるものはこれしかないから」 「朔夜」 純潔の証、破瓜の血が、俺と朔夜の性器の間からつーっと垂れる。 「うぁ……あ……っ」 「大丈夫。俺も朔夜にたくさんもらってるよ」 「そう……だといいな」 朔夜の中はとてつもなく狭くて、中に入った肉棒もキツくてほとんど動かせないくらいだ。 だけど朔夜の体温、熱は伝わってきた。 熱い鼓動を、性器を通して感じている。 「く……はぁ、はぁ……」 しばらく、このまま朔夜の膣内の感覚を味わっていよう。 そう思ったとき。 「慶ちゃん、動くね……?」 「朔夜?」 まだ痛いんじゃ……と問う間もなく、朔夜は腰を浮かせた。 「はぁ、はぁ、ん、んん……っ」 「うぁ……!」 あまりの気持ちよさに、思わず声が出た。 朔夜が腰を持ち上げるにつれて、割れ目から徐々に俺の陰茎が抜け出てくる。 「あ、あぁ……う、んんん……っ」 亀頭がもう少しで抜けようというところで、再び朔夜が腰を下ろしてくる。 「ふぁぁ……っ、あ、ああぁ……っ!」 ずぶぶぅぅ……っ 再び、肉棒が朔夜の小さな膣に飲み込まれていった。 「はぁ……あぁ……っ……くぅ……んっ、んん……っ」 キツい中にも愛液のぬめりがある。 きゅっ、きゅっと波のように襲ってくる締め付けが、異常なくらい気持ちいい。 「け、慶ちゃん……、どう?」 「すごく……気持ちいい。ヤバいくらい」 「良かった……もっと動くね」 朔夜が、徐々に増してくる愛液を潤滑油にして、腰の動きを速めていく。 「んうっ……ふぁっ、はあぁ……っ」 「はぁっ……あ、んっ、く、はぁ……ああ……っ!」 徐々にストロークが長くなる。 朔夜が一番腰を落とした時には、俺の亀頭が朔夜の子宮と思われる最奥を叩いていた。 「ああんっ……慶ちゃん、そこ、気持ち……いい……っ」 ぬるるっ、と引き出され、ずぷぷっ、と中に入っていく。 その光景が、繰り返し繰り返し、目の前で繰り広げられる。 「はうぅっ、はっ……はぁんっ、あ、あ、んんっ、はあぁ……んうぅ……っ」 ここはいつもは授業で使われている教室で、外からは夕焼けの光が差し込んでいる。 頭がくらくらしそうだ。 「ああっ、ああんっ、慶ちゃんっ、慶ちゃん……っ」 「朔夜……!」 俺も、朔夜の動きに合わせて腰を突き上げた。 「んっ、ああんっ!」 「すご……い、深い、よ……ぉ……っ!」 徐々に俺たちの動きが同期していく。 朔夜の華奢な身体が、俺の上で弾む。 「ああっ、んっ、あっ、あっ、はぅっ、あんっ!」 最初は痛そうな表情を浮かべていた朔夜も、今では蕩けそうな顔つきになっている。 愛液はどんどん増え、今では突き入れる度にくちゅっ、ちゅぷっと音が出るようになった。 「慶ちゃ……初めてなのに、こんなに気持ちよくなっちゃうなんて……っ」 「ああんっ、ああっ、はぅ、慶ちゃ……んっ!」 無我夢中で腰を振る朔夜。 熱く蕩けそうな膣内で、俺の我慢も限界が近くなってきていた。 「んんっ、あ……ああっ、はぁ、あぁっ、んくっ、あ……んんっ、んっ、くぅ……っ!」 「や、ああっ、なんか、なんか来るっ、すごっ、きもちいいっ、気持ちいいよぅ……っ!」 我慢を諦め、俺もこれが最後とばかりに下から腰を突き上げる。 亀頭が、朔夜の膣道を上から下まで擦り上げた。 「慶ちゃ……そんな、激し……っ、あんっ、や、あ、ああっ、あああっ、うあ、あ、んんっ!」 「あ、ああっ、いく、やっ、ああんっ、だめっ、ああっ、あ、あ、ああっ、だめ、だめぇ……っ!!」 「あっ、あっ、あっ、いくっ、あ、あ、あ、んっ、いく、いくうぅっ、ああああああああああぁぁぁっっっ!!!」」 「ぅああああ……っ! …………っ! ……………………っ!!」 どぷぅっ! びゅくぅっ! どくぅっ! 「んん…………っ、はぁ、はあぁ…………っ、ん、はぁ、ああ…………っ」 声にならない悲鳴を上げる朔夜の一番奥に、熱い迸りを打ち上げる。 「うああ……っ! はぁ…………っ! ん、んん…………くぅぅ……っ」 その身をぷるぷると震わせ、快感の波に耐えているようだ。 朔夜……初めてなのに、イッたのかもしれない。 「はあぁ……っ、ふぅ、あぁ……っ」 「はぁ、はぁ……んくっ、はぁ、あぁ……」 荒い息に肩が揺れる。 まだ焦点の定まらない目で、時折ぶるっと身を震わせていた。 「はぁっ、はぁ……、あぁ…………」 「朔夜、大丈夫か?」 「んあっ……ああっ……慶ちゃんので……わたしの中、いっぱい……」 「それに、はぁ、とても……気持ちよかった……よ」 「すごかった、朔夜の中」 「そう……良かった」 「あ、くぅ……んっ」 朔夜が少し腰を上げる。 ぬるっ 「あん……っ」 俺のペニスが押し出されるように朔夜の膣内から姿を現した。 「慶ちゃんの……まだ固いね」 「ははは」 朔夜の中が気持ちよすぎて、一度収まりかけてた勃起がまた復活しつつあった。 「それより朔夜……さっき、イッてた?」 「あ……分かっちゃった……?」 「さすがに、あれだけ気持ちよさそうだと、そうかなって」 「う、うん……」 今さら恥ずかしくなったのか、目を伏せる。 「初めてでイッちゃうなんて、思わなかった」 「慶ちゃんも、えっちな子だって思うよね……」 「いや、嬉しかったよ。気持ちよかったのは俺だけじゃなくて、朔夜も一緒だって分かったから」 そう言うと、朔夜は嬉しそうに微笑んだ。 「うん、とても気持ちよかった」 「それに、慶ちゃんとエッチできて、すっごくすっごく嬉しかったし」 その健気な言葉に、背中を押される。 今度は、俺がリードしていこう。 「朔夜」 「きゃっ!?」 俺の上に跨がる朔夜を抱き起こして横たわらせ、腰を抱き上げる。 「慶……ちゃん……?」 「もう一回、してもいい?」 「……うん」 「慶ちゃんがしてくれるの、待ってた」 嬉し泣きしそうな顔で、朔夜がそう言う。 「慶ちゃん……来て」 朔夜の脚は大きく開かれ、つま先立ちになっている。 俺はその細い腰を抱き寄せる。 「入れるよ」 「うん……来て、来て……っ」 再び固さを取り戻していたペニスの先を、朔夜の薄い小陰唇の中に沈め込む。 「あ……ぁっ……!」 「また、また……入って、くる……ぅ……」 膣口へと亀頭を割り入れる。 「んんっ、あ、あ……ぅああぁ……っ」 「慶ちゃん……慶ちゃん……っ」 朔夜の腰を引くのと同時に、自分の腰を前に押し出す。 「ああっ、うあぁ……っ!」 一度ほぐれたからか、二度目の挿入は最初よりスムーズだった。 朔夜の声も、痛みではなく快感から出たもののようだった。 「んっ、んくっ……あっ、また繋がってる……ね……」 「朔夜、動いていい?」 「う、うん……」 気のせいか、少し不安げな様子の朔夜。 「どうした?」 「今も、そうなんだけど」 「気持ちよすぎて、おかしくなっちゃいそう……」 確かによく見ると、再び朔夜に挿れてからずっと腰がぶるぶる震えている。 手には力が入っていないようだ。 「大丈夫。もっと気持ちよくなって」 「えっ」 朔夜にも感じてほしくて、最奥を突いた。 「あああぁっ、んんっ……そ、そこっ、あぁ……っ」 膣に満ちる精液と愛液が、ピストンをスムーズにする。 「やぁっ、あっ、ああっ、んっ、うぅっ、ひぁっ!」 朔夜の腰をしっかり抱きかかえ、ともすれば逃げそうになる身体を何度も引き寄せる。 「だめ……もう、からだが……あ、あ、あ……んあぁっ!」 「け、慶ちゃん……っ、これ、こわ……いっ、やっ、ああっ、感じすぎてぇ……っ」 口が開き、目もとろんとしてきた朔夜。 その小さい割れ目が、目の前で俺の怒張を健気に受け入れている。 「うああぁ……あ、んっ、だめっ、気持ちい……っ、あ、はぁっ、はぁっ、んくぅっ!」 俺も、頭に霞がかかったようになってきた。 「朔夜……朔夜……っ」 「けい……ちゃんっ、ああっ、うぁ、うああぁ……!」 「はぁっ、はぁ、うあ……っ、けいちゃ……んっ、すご、い……っ!」 さっきはあんなにキツかった朔夜の膣。 今もキツいにはキツいけど、もうトロトロに溶けて熱い蜜の詰まった壺のようになっている。 「んあっ……わたし、だめっ……んあっ、あっああっ、おかしくなるぅ……っ!」 「ああっ、ああっ、んくっ、んは、あ、あ、ああ……っ」 腰を一突きする度に、ぢゅぷっという音を立てて膣口から愛液が溢れる。 朔夜はもう全身から力が抜けてしまい、俺のなすがままにされていた。 「あああっ、だめっ、もうだめ……っ、はぁっ、あぁっ、んく、はぁぁっ」 「ひあぁっ、あ、あ、んっ、あんっ、ああん……っ!」 もう何も考えられず、ただひたすらに朔夜の女性器を貪る。 ギリギリまで引き抜いて、また一番深くまで。 「ああっ……またいっ、いっちゃ……、あ、ああっ、んっ、だ、だめ……あ、ああっ……!」 一番奥を、朔夜の子宮を目指して、亀頭を突き入れる。 大きく、深く。 「け、けいちゃ……わたし、だめっ、ああっ、だめっ、だめ、だめえっ!」 「あっ、ああっ、あ、んんっ、や、また、来ちゃう、来ちゃうぅっっ!」 「イクっ、あ、ああっ、んくぅっ、んっ、やああああああぁぁぁっ!!」 「あ、あぁ…………っ! はぁ…………っ! ん、あ、あぁ…………っ!」 ぎゅうっと膣が俺の肉棒を千切らんばかりに絞ってくる。 朔夜は、またイッたようだ。 「あああ…………っ! んん…………っ! んくぅぅ…………っ!」 朔夜は首を振り、快感の嵐に耐えている。 髪は乱れ、よだれが少し垂れていた。 「ぅああぁっ……! あ、あ、あ……っ! んぅっっ……!」 汗が噴き出し、腕はくったりと投げ出されている。 「あぁ……っ、はぁ…………っ、はぁっ、あぁ、んく……っ」 「朔夜……大丈夫?」 「はぁっ……だ、だめ……だよぅ……はぁ、あぁ……」 「こんなに、気持ちよくなっちゃうなんて……」 「はぁ、はぁ……、うっ、はぁ……あぁ……」 赤く充血し、愛液に塗れた朔夜の性器が、俺のペニスを咥え込んだままピクピクと痙攣している。 「ふあ……っ、はあ、はぁ……っ、けいちゃん……」 こんないやらしいものが、朔夜についているなんて。 そして、そこに俺の肉棒が挿さっているなんて。 「んっ、あ……」 俺は、もう一度朔夜の腰をしっかりと抱えた。 「はぁ、はぁ……え?」 「けい……ちゃん……?」 朔夜は達したようだが、俺はまだ達していなかった。 それに、こんな可愛い朔夜には、もっともっととことんまで気持ちよくなってほしい。 最大限に乱れた姿を見てみたい。 「ごめん朔夜」 「あ、だめ、けいちゃ……ほんと、もう、だめだって……あああっ!」 「あ……やああぁぁっ、だめ、だめぇっ、んああぁぁ…………っ!」 再び、一番深いところまでペニスを挿入する。 「んっ、そ、そんな……いきなり奥まで……、んあぁ……っ」 朔夜は、口では『だめ』と言っているけど、身体は抵抗できる状態ではないようだ。 むしろ悦んでいるのかもしれない。 「や……だめ……わ、わたし……」 「朔夜、また動くよ」 「慶ちゃん……、やっ、あんっ、や、だめ、わたしいま敏感で……あ、んぅぅぅ……!」 「やあっ、もう、イったの、に……あ、あ、んぁっ、はっ、んんっ、ああぁっ!」 ピストン運動に合わせて、朔夜の控えめな乳房が揺れる。 その先についている可愛らしい乳首は、もう完全に勃起していた。 「や、慶ちゃん……あっ、あ……っ、深い、深……いよっ、や、あああぁぁ……っ!」 「んっ、あぁっ、うぅっ、あっ、だめっ、き、気持ちい……あっ、あ、あ、ああああぁっ」 もう何度目か分からないくらい、朔夜の腰がびくびくと反応する。 その度に細い膣の襞が、精一杯という感じで俺の肉棒を締め付けてきた。 「朔夜……っ、朔夜っ」 「けい、ちゃん……っ、来てっ、来てえ……っ!」 「んあぁっ、来てっ、わたしの、はぁっ、中に、ああっ、いっぱい……っ!」 これまでで、一番激しく腰を打ち付ける。 ペニスで、朔夜の蜜壺をかき回す。 「んあっ、あぁっ、ああっ……や、またっ……感じ過ぎてっ、だめぇっ、おかしくなっちゃうっ……!」 「ま、またわたし……っ! あんっ、あ、あぁっ、あ、あ、ああ……っ!!」 「わたしっ、またイク、イっ……ちゃ、あ、あ、ああっ、あああっ、ああああぁぁぁっ!!!」 「ああ…………っ! ん、あ、あぁ…………ぁ……っ! はあっ、は、あ…………っ!!」 びゅう……っ! びゅうぅぅっ! びゅくっ! 「あああ…………っ! あっ、ああ…………っ! んん……っ!」 膣内の一番奥、子宮口めがけて精液を射ち込む。 朔夜は全身が細かく震え、放心状態だ。 「はーっ、はあぁーっ、あぁ……はぁ……」 びゅうぅっ、びくっ、びゅ……うっ 「はぅ、んっ……あ、はぁっ、はあぁ……はぁ……ぁ」 俺は最後の一滴まで、朔夜の体内に放った。 「あつい……よ……おくが……あつい…………っ」 「慶ちゃん……わたし、こんなにイっちゃうなんて……」 少し涙目の朔夜。 「わたし、おかしくなっちゃうよ……ぅ」 「そんなことない。朔夜、可愛かったよ。とっても」 朔夜の頭を優しく撫でた。 「けいちゃん……はぁ、はぁぁ……」 「よかった……」 「あ」 「どうしたの?」 「俺、一回目も二回目も、朔夜の中に」 「だいじょーぶ」 「今日は大丈夫な日だから」 「そっか、良かった」 「なんちゃって」 「えっ?」 「嘘。ホントに大丈夫な日だから安心して」 「でも……慶ちゃんなら、何かあっても責任取ってくれるよね?」 「あ、当たり前、だろ」 「ふふふ、ありがとう、慶ちゃん。頼もしいね」 朔夜が嬉しそうに微笑む。 「はじめてなのに、こんな場所で悪かった」 「ううん、場所なんて関係ないよ」 「慶ちゃんが求めてくれたのが嬉しかったの。ずっと自分に魅力がないんじゃないかって心配してたから」 「そっか」 見つめ合い、もう一度抱き合う。 汗ばんだ肌がこすれ合う感覚は、とても淫靡で、そして幸福だった。 「あ……そろそろ時間」 朔夜の目が、壁の時計を見た。 「今度は家でゆっくりしよう」 「うん、絶対だよ」 最後に約束のキスを交わし、俺たちは肌を離した。 朔夜と身体を重ねてから2日が経った。 汐美祭は無事終了。 ネコ写真部の展示・販売には、予想以上に多くのお客さんが来てくれた。 「やったね、慶ちゃん、のぞみちゃん!」 「うん。展示を見てくれた人、去年より多かったと思う」 「グッズも全部売れたし、ほんとよかった」 「慶ちゃんの写真、やっぱり人気だったね」 「足を止めて見てる人が一番多かったよ」 「悔しいけど、そこは認めないといけないわね。さすがネコ写真家」 「ネコ愛の勝利だ」 お客さんに喜んでもらえて、本当に良かった。 もう一つ良かったことといえば、部員募集のチラシがけっこう出たことだ。 入部希望者が来てくれることに期待したい。 「朔夜、初めての汐美祭は楽しめた?」 「うんっ、最高だったよ。店番してくれてありがとうね」 「いいのいいの、二人に幸せになってもらうのが、わたしの使命だから」 「ははー、ありがとうございます」 「ありがとうございます」 二人でひれ伏す。 「うむ。苦しうない」 「あ、せっかくだから、汐美祭終了記念に写真撮ろっか」 「いいね、撮ろう撮ろう」 カメラを用意しようとする。 「慶、わたしに撮影させてよ」 と、のぞみがカメラバックを漁る。 「じゃじゃーん、一眼レフでーすっ」 取り出したのは新しいカメラだった。 使用感があるから中古だろうが、それにしたって高いものだ。 「わっ、買っちゃったんだ」 「そうなのよー、やっとお金が貯まったの」 「さあさあ、並んで」 のぞみがセルフタイマーをセットし、朔夜の隣に立った。 「慶ちゃん、のぞみちゃん、いろいろ面倒見てくれてありがとうね」 唐突に、朔夜が口を開いた。 「わたし、いつかきっと恩返しするから」 「ありがと、楽しみに待ってる」 のぞみが朔夜をぎゅっと抱く。 タイマーのランプが明滅の速度を上げる。 「はーい、笑ってー」 朔夜との恋人生活も楽しいけど、やっぱり俺たちは3人組だ。 誰かが幸せで、誰かが不幸せなんてあっちゃいけない。 みんなが笑顔でいられるよう、一歩一歩頑張っていかないとな。 そんな誓いの気持ちを込めて、俺はレンズに向かって笑顔になった。 放課後になり、40分が過ぎた。 「白崎のやつ遅いな。筧、何か聞いてるか?」 「いや、わからん」 みんなが心配そうな顔で俺を見る。 連絡なしで遅くなるなんて、つぐみらしくない。 何かあったのだろうか。 「電話してみるわ」 と、携帯を取り出したところでドアが開いた。 「こんにちは」 「おー、来た来た。なかなか来ないから心配したよ」 「連絡しなくてごめんなさい」 「さーて、遅くなっちゃった分、お仕事頑張らないとね」 つぐみが生徒会長のデスクに着く。 テキパキとした仕草で、積み上がった書類に目を通しはじめた。 「御園さん、第三部室棟の空調工事の件、どうなってる?」 「調査書を提出してない部活があるんで、それ待ちです」 「先方が、早く工事を始めたいと言っているの」 「すぐにでも作業に入れる部屋をいくつか選んでもらえるかしら?」 「え、あ、はい」 戸惑い気味に返事をして、御園が書類をめくりはじめる。 「佳奈ちゃん、ここの数字間違ってるんじゃない?」 「わ、すみません、すぐ直します」 「ううん、急ぎじゃないから慌てなくて大丈夫。次は気をつけてね」 「あっ、は、はーい」 どうしたんだろう、今日のつぐみは。 「(今日の会長、なんかキレキレじゃない?)」 「(ああ、悪いもんでも食ったのかな)」 「京太郎くん、何か言った?」 「いや、今日のつぐみは絶好調だって言ってたんだ」 「そうそう。今日の仕事ぶりにはもう惚れそうだね」 「ふふふ、わたしレベルで惚れそうになるなら、玉藻ちゃんにはベタ惚れだったんじゃない?」 「はい?」 「し、白崎、いきなり何を言うんだ」 「なーんてね、冗談だよ」 余裕たっぷりに笑う白崎。 「珍しいですね、白崎さんが攻めるなんて」 「ああ、高峰を一瞬素にしたぞ」 やはり今日の白崎はひと味違う。 「会長、今日は『いつもと違って』調子がよろしいようで」 黙々と仕事をしていた多岐川さんが立ち上がった。 そして、挑むような表情で白崎の前に書類を置く。 「こちらの件、ご意見を伺いたく」 「えーと、これは……」 白崎の視線が、書類の上をスピーディーに滑る。 「硬式テニス部と硬式庭球部の部室共用問題ね……」 「この件は保留するのがいいと思うの」 「保留? 先方は決着をつけてほしがっているのよ?」 「生徒間では白黒つけられない問題に、答えを出すのが私たちの仕事だと思うんだけど」 「でも、そもそもは、部長同士の恋愛トラブルが発端だよね?」 「今は熱くなってるけど、もう少ししたら頭も冷えると思うの」 「私たちが介入するのは、本当に行くところまで行ってからにしようよ」 「そんな事情まで〈斟酌〉《しんしゃく》していたら、時間ばかりかかってしまうわ」 「時間をかけてもいいんじゃない? もちろん問題の性質によるけれど、ここは効率を追及するポイントじゃないと思うよ」 「……う……」 つぐみの揺らぎない笑顔に、多岐川さんが負けた。 生徒会室が一瞬ざわめく。 「つ、強いな、今日の白崎は」 「どうしたんでしょう?」 まさか、つぐみは新しい段階へとシフトしようとしているのか? そんな……。 これ以上つぐみが魅力的になってしまったら……。 「たまらねえな……」 「筧さん、欲望が口から漏れてますよ」 時間を追うごとに、白崎のキレはぐんぐん増していく。 脚を組んで椅子に座り、周囲にテキパキと指示を出す。 ドラマに出てくる、超エリートキャリアウーマンさながらだ。 「つぐみに、こんな力があったなんて……」 「甘いな、私は前から知っていたぞ」 「ようやく覚醒したか……今まで支えてきた甲斐があったというものだ」 つぐみフリークの桜庭が涙ぐむ。 「この際、私の立ち位置がなくなる、なんてことは些細な問題だ」 「桜庭死すともつぐみは死せず!」 「……それでいい」 「いままでありがとうな、桜庭」 「私こそ」 二人で夕日を見つめた。 「いやいやいや、綺麗に終わらないで下さい」 「キャラかぶりはもっと深刻に考えてなくちゃダメですから」 「今日の白崎先輩は絶対おかしいですって」 「そこがいい」 「良くないです、馬鹿じゃないですか」 御園ににらまれた。 「わかったよ、ちょっと突っ込んで聞いてみる」 「お願いします」 1年生に背中を押され、つぐみのデスクへ向かう。 「つぐみ」 「どうしました?」 書類から視線も上げずに言う。 「今日は絶好調だな」 「いつも通りです」 「あー、でもさ、いつもはもっと穏やかっていうか、アルパカっていうか」 「言っていることがよくわからないわ」 サラサラと書類にサインをし、次の書類に向かう。 「いや、あのさ、みんな心配……」 「コーヒー」 「は?」 「聞こえない? 喉が渇いたと言っているの」 未だ視線を上げないつぐみ。 俺を、召使いか何かと思っているようだ。 なるほど……そう来るかよ……。 さすがに看過できない。 「……つぐみさあ……」 「何?」 「……」 「砂糖は何個だ?」 「そっちかっ!」 多岐川さんが激しくつっこんだ。 「粗茶でございます、お嬢様」 「ありがとう」 つぐみが、俺の入れたコーヒーに口をつける。 「……ん?」 ピタリと動きが止まった。 「もしかして、不味かったか?」 「いえ、美味しいわ」 「京太郎にしては上出来よ」 「……お、おう」 ドキドキさせてからの、褒め。 失礼ながら、お嬢様は小悪魔でございますか? これは癖になりそうだ。 つぐみと付き合い始めて数ヶ月。 俺たちの関係は、今、新たなステージへ上がろうとしている。 「(筧の奴、新たな自分に目覚めてないか?)」 「(完全に喜んでますよ)」 周囲が何やら言っている。 でもさ、恋愛ってのは、二人で新しいステージを見つけていくものだって思うんだ。 「ねえ京太郎……見て」 つぐみが窓際に寄り、下界を見つめる。 眼下の中央通りを、下校中の生徒達が流れている。 「まるで、生徒がゴミのよう」 「は?」 「ううん、ゴミなんて言ったら失礼よね」 「このビルは、あの子達の血を吸って伸びているんだから」 「え?」 熱っぽい瞳に、怪しげな色香が漂っている。 もはや、お前誰だレベルの変貌ぶりだ。 などと内心つっこんでいると。 「きゅう……」 いきなりぶっ倒れた。 38度8分。 それが、保健室に担ぎ込まれた直後の、つぐみの体温だった。 昨日、遅刻したのは教室で少し休んでいたから。 そして、異常なハイポテンシャルは、どうやら高熱のせいだったようだ。 「昨日は迷惑かけてごめんね」 「いやまあ、元気になってよかった」 昨夜はうんうん唸っていた白崎も、一夜明けるときれいさっぱり元気になっていた。 「昨日のことぜんぜん覚えてないんだけど、何か変なこと言ってなかった?」 「クールな女上司みたいでした。私たちにビシビシ指示を出したり……」 「筧さんを顎でこき使ったり」 「そ、そんな……」 つぐみが涙目で俺を見る。 「ごめんね、京太郎くん……わたし、最低だね」 「いや、昨日のつぐみは最高だったよ」 「もちろん、今日も最高だけど」 「も、もう、京太郎くんは」 つぐみに胸をぽかりと叩かれる。 「はははは」 「ふふふ」 周囲の視線が、力なく床に落ちる。 「結局、いつものつぐみちゃんに逆戻りか」 「はあ、仕事の能率が上がると思っていたのに」 溜息をつきつつ、多岐川さんが空調のリモコンに手を伸ばした。 「あ、あの、多岐川さん?」 「どうしてクーラーをマックスに? しかも、わたし直撃で」 「気のせいじゃない?」 『もう一度、風邪をひけ』と、多岐川さんの目が激しく主張していた。 「ふっふっふ、多岐川さん、甘い甘い」 顔の前で指を振る。 「部屋はクールになっても、わたしの情熱までは冷ませないよ」 ……。 …………。 クーラーなしでも部屋が涼しくなった。 「うむ、今日も平常運転で大変よろしい」 桜庭が、ぱたぱたと扇子を扇いだ。 「……望月さん……本気で帰って来て下さい」 「なあ、京太郎?」 「ん?」 隣で本を読んでいた玉藻が、突然正座した。 「どうした改まって」 「こういうことを聞くのもどうかと思うが、私は変態なんだろうか?」 「え? あ、うん」 反射的に答えると、玉藻はがっくりと手をついた。 「やはり、そのように思われていたのか」 「や、今のは違う。咄嗟に答えちまっただけで、玉藻は変態じゃないって」 「じゃあ何だというんだ?」 「妄想好き?」 「やはり、そのように思われていたのか」 再度、がっくりと手をついた。 付き合ってから痛感したが、玉藻は普通の人よりスキンシップが好きだ。 いや、オブラートに包まずに言えば、エロかった。 もちろん、彼氏としては喜ばしいことである。 だがやはり、厳しい躾の元に育った玉藻としては、自分がエロ姫であることが許せないのだろう。 「でもまあ、常識の範囲内じゃないか? 高峰みたいに、存在そのものがシモネタってわけじゃないし」 「それはそうだが、自分でも少し心配になることがある」 と、桜庭がテレビをつける。 スポーツニュースで、ちょうどゴルフのダイジェストを流していた。 二人、無言でテレビを見つめる。 ……。 …………。 「というわけなんだ、困ったものだ」 「いや、わからんから」 つまり、今の放送の中に、性的欲求を喚起させる何かが含まれていたというのか。 「ゴルフのどこに反応するんだ?」 「たしかに、ミニスカの女子プロがグリーンの芝目を読んでるとこはドキッとすることあるが」 「京太郎は、スポーツをそういう目で見ていたのか……けしからんな」 「そっくりお前に返す」 「で、どこ? ホールインワンとか?」 「もちろん」 「あとは、ドライバーとか、ラフとか、チップインバーディーとか……」 「……」 想像以上だった。 「妄想選手権とかあったら出場した方がいい。けっこういいとこまで行けると思うぞ」 「そうか! 私にも隠れた才能があったんだな」 一瞬、遠い目になる桜庭。 「……いや、ではなくて、この才能を消し去りたいんだ」 「消すって言われてもなあ」 こんな重篤患者、どうやって治せばいいんだろう。 「というわけで、これを用意してもらった」 「(……嬉野さんに)」 「なぜこっそり付け加える?」 「まあまあ」 机の上に、嬉野さんが作ってくれた装置を置く。 クーラーのリモコンみたいなものと、500円玉大の湿布のようなものが一つ。 「どうやって使うの?」 「この丸いのをだな……」 湿布の方を、高峰の首の後ろに貼る。 そして── 「高峰、外歩いてる女の子のスカートが短いぞ」 「マジか!?」 ピコーン!! 高峰が声を出した瞬間、電子音が鳴った。 「保体ニューロンに保体パルスが通ったときに、保体アラームが鳴る仕組みらしい」 「さっぱりわからないんですが、要はエッチなこと考えたら鳴るってことでいいですか?」 「イエス」 「というわけで、玉藻、こいつを装着してくれ」 「こんなものをつけたら、鳴る度に恥ずかしい思いをするじゃないか」 「その恥ずかしさが前頭葉に伝わると、保体ニューロンの抑制酵素が出るらしい」 「つまり、保体ニューロンという暴れ馬を抑えるには、羞恥心という名のムチが……」 アラームが鳴った。 「失礼」 「高峰くん、ムチが好きなの?」 「変態ですね」 ピコーン!! 「失敬」 「高峰の実力はわかったよ」 高峰から装置を外す。 こいつにつけておいたら、うるさくて仕方ない。 「玉藻、一緒に頑張ってみないか?」 「いや、だが……」 「俺は、どれだけアラームが鳴っても、お前に幻滅したりしない」 だって、変態なのはもうわかってるし。 「京太郎……」 玉藻の特訓が始まった。 といっても、極力アラームを鳴らさないよう生活してもらうだけのことだが。 「玉藻ちゃん、今日の紅茶、桃の香りなの」 「桃か、楽しみだな」 「桃かぁ……なるほどね、桃かぁ……」 高峰が、ニヤニヤしながら玉藻を見る。 アラームが鳴り響いた。 「あ……」 「ちょっと姫〜、桃に反応とか勘弁してよ〜」 「お前、明らかにスイッチを入れに来ただろう?」 「言いがかりだって」 「いや、今のは不可抗力だ」 「ああ、高峰が悪い」 「はいはい、悪かったよ」 高峰が肩をすくめる。 「(ねえ佳奈ちゃん、今のって不可抗力なの?)」 「(いや、まあ、妄想できなくもないレベルでしょうか)」 「(佳奈、けっこうレベル高い?)」 綺麗な3人がコソコソ言い合っている。 「白崎、お茶を淹れてくれるんじゃなかったか?」 「あ、そうそう、そうだったね」 白崎がポットに近づき、お茶の準備をする。 「熱湯を注いで、と」 「……あ、ほら、茶葉が開いてきたよ」 ピコーン!! 一瞬の静寂。 「……えー……こほん」 「今のも不可抗力だな……あははは」 「いや、どこに反応するのかと」 1年生の視線が遠くなった。 どうやら、高峰のお陰で、玉藻の保体スイッチが入ってしまったようだ。 まずいな。 今の玉藻は、箸が転がっても興奮する状態だ。 「あっ、今日は美味しいお茶になりそう」 「茶葉が、すっごくよくジャンピングしてるよ」 ティーメーカーの中で、お湯の対流に乗った茶葉がクルクルと上下に回っている。 ピコーン!! 「えっ!?」 「桜庭先輩、レベルが高すぎてついて行けません」 「もはや、解説が必要なレベルなんですが……」 「ははは、何を言うんだ。茶葉がジャンピングしてるんだぞ?」 「これはもう、誰だって反応するレベルだろう?」 「玉藻、ちゃん……?」 白崎の顔から笑顔が消えた。 「白崎、ちょっと待て。茶葉を年頃の男女に見立てるんだ」 「液体の中で、上へ下への大騒ぎをしてるんだぞ? 昼間から」 「けしからん、まったくけしからん!」 「玉藻ちゃん……帰ってきて……」 語るほどに保体レベルの高さを披露する玉藻。 声を詰まらせる白崎に、玉藻が目を見開いた。 「……そうか……そうだな」 「けしからんのは私だ……私の、この、穢れた精神だ……」 玉藻が力なくうなだれた。 「京太郎……すまないが、私を〈荼毘〉《だび》に付してくれ」 「待て、玉藻」 旅立とうとする玉藻の腕を掴む。 「止めるな」 「京太郎、今までこんな変態と付き合ってくれてありがとう」 「いやいや、待てって」 「多少、保体ニューロンが強いからって絶望するな」 「多少? 多少に見えるか?」 「私は、茶葉がジャンピングしているだけで興奮するような変態なんだぞ!」 「そのくらい普通だ!」 「違うっ!」 「私はきっと、保体星から来た保体星人なんだ!」 玉藻が俺の手を振り払う。 「……煙に乗って母星に帰るよ」 儚く笑う玉藻。 くっ……俺が、あんな装置を渡したばかりに。 何とか勇気づけなくては。 「(あのー、このまま放っておけばいいんですかね?)」 「(いいんじゃないの、仲よさそうで)」 「玉藻、絶望するのは、俺の変態度を見てからにしてくれないか」 玉藻が付けていた装置を、今度は俺が身につける。 そして、本棚から分厚い本を取り出した。 お堅い本の金字塔、法律書である。 「佳奈すけ、適当な法律用語を並べてくれ」 「ま、まさか、法律書で保体ニューロンを活性化させるつもりじゃ!?」 「そんな、普通の人には無理ですって」 「……普通の奴にはな」 だが俺は、ガチンコ図書部員だ。 「じゃ、じゃあ……」 佳奈すけが法律書を開く。 「特殊関係人」 ピコーン! 「納税」 ピコーン! 「上告」 アラームが鳴り響く。 「す、すごい……あらゆる単語で妄想してる」 「これが、本物の図書部員の力か」 「ぜんぜん尊敬できないのに、かっこいい」 「宇宙レベルの変態ですね」 罵ればいい。 どんなに軽蔑されようとも、俺に悔いはない。 「どうだ玉藻、俺の変態度が富士山とすりゃ、お前なんて天保山だ。佳奈すけレベルだよ」 「なるほど……」 「私もまだ、魔道に堕ちきってはいなかったのだな」 世を儚んでいた玉藻が、微笑んでくれた。 「(え? いつの間にか貶められてます?)」 「元気出して、これからも変態同士仲良くやっていこう」 「京太郎……」 桜庭の頬を、涙がひとしずく伝う。 それを、指で拭ってやった。 「しかしなんだ……特殊関係人で興奮されるのは釈然としないな」 特殊関係人=愛人 である。 「妬いてるのか」 「だったらどうする?」 「玉藻のことがもっと好きになりそうで、怖いな」 「こ、こら、京太郎」 テレまくる玉藻の頭をくしゃっと撫で、二人で部室を後にする。 「まったく、お似合いのカップルだぜ」 「二人とも、幸せになってね……ほろり」 「いや、あの……今日の活動は?」 「もう終わりでいいんじゃない」 ある初冬の昼下がり。 部室には、御園千莉ひとりがいた。 放課後までには40分もある。 「ふぁぁぁ……暇だな……」 猫のように伸びをしてから、机にうつぶせになった。 携帯を開き、恋人である筧にメールを送ろうかとも思ったが、向こうは授業中。 それも憚られる。 「むー……京太郎さんのくせに、私を退屈させるなんて……」 などと自分勝手な文句を垂れていると、気になるものが御園の目に入った。 今度の依頼で使う予定の、クマの着ぐるみだ。 クマのくせに全身は鮮やかな黄色。 上半身は真っ赤なシャツで隠しているが、太鼓腹と下半身は完全露出。 ファンシーな顔をして、なかなかどうしてキレている。 「ふむ……」 元来、可愛いものが好きな御園だ。 部室に一人きりであることも手伝い、好奇心がむくむくと膨らむ。 「ふむふむ」 席を立ち、着ぐるみに近づく。 「なるほど」 背中のチャックを開け、足を入れる。 「そうですかそうですか」 チャックを閉め、クマの頭部をすっぽりかぶる。 黄色いクマが、すっくと大地に立った。 「はっ、いつの間にっ!?」 いつの間にも何も、自分から着ぐるみに入った御園である。 「似合うかな」 御園が鏡の前でポーズを決める。 そして、華麗なフットワークでシャドーボクシング開始。 「しゅっ、しゅっ! しゅしゅっっ!」 「ああっと、ベアーパンチ、決まった、決まった!」 高々と拳を突き上げたあと、クマは椅子に腰を下ろした。 「ふう……」 「……人生って、何だろう……」 興奮の後の静けさに身を委ねていると、部室の窓が開いた。 「ふぁっふぁふぁー、ふぁふぁふぁふぁー」 前足で器用にサッシを開き、太ったネコがひらりと部室に舞い降りた。 「ふぁうん?」 床に着地した瞬間、ギザが動きを止める。 野生の直感が働いたのか、周囲を何度も見回す。 が、所詮はギザ。 動くものがないことに安心し、クマの隣の椅子に上がる。 「……」 「……」 クマがかすかに身じろぎ、ギザもぴくりと身を震わせる。 「……」 「……??」 「……」 「……ぽう」 「ベアーーーーーッ!!!」 「ぎにゃあっ!?」 全身の毛を剣山のように逆立て、ギザは窓から飛び出していった。 「つまらないものを斬ってしまった」 一つ溜息をつき、クマはぺたんと床に座った。 足をだらりと伸ばし、背中と後頭部を壁に預ける。 頭が重いので、この姿勢が楽なのだ。 「ふぁあ……暇だな……」 クロスワードパズルをしようにも、この格好では鉛筆が持てない。 しかし、脱ぐには惜しい。 御園は着ぐるみが割と気に入っていた。 「……京太郎さん……早く来ないかな……」 ぼんやりと呟き、御園は瞼を閉じた。 御園が眠りに落ちて数分。 「こんにちはー」 「……あれ、一番乗りか」 ぶらりと入ってきた鈴木が椅子に座る。 「えーと、今日のスケジュールは……ネコ写真部の展示会のサポートか」 「……ん」 などと、鈴木が独り言を言っていると、着ぐるみがわずかに動いた。 御園が目を覚ましたのだ。 「(ど、どうしよう、佳奈が来ちゃった)」 「あそこの土岐さんって、けっこう胸が大きいんだよなー。どうしてくれよう……」 「やっぱ、男の人は胸なのかなぁ……高峰さんとかも好きそうだしなぁ」 『京太郎さんはどうなんだろう?』 思わず考えてしまう御園。 筧は特にどうとも言っていなかったが、気になるのが女心。 「あー、でも、筧さんは違うか」 「(え?)」 「千莉を選んだくらいだしなぁ」 「(……ぷちん)」 思わず御園の腰が浮いた。 「あれ?」 「この着ぐるみ、いま動いたような……」 鈴木に見つめられ、御園は自分の置かれた状況に思い至る。 すなわち、盗み聞きをしている自分にである。 「……気のせいか」 あっさり興味を失い、鈴木が机に突っ伏す。 危機は脱したものの、御園が窮地にあることは変わらない。 盗み聞きがバレるのは困る。 だが、それより御園を悩ませているのは、聞いてはいけないことを聞いてしまうことだった。 親友とはいえ、知ってはいけないことはある。 知ったことで、今まで通りに接することができなくなるかもしれない。 「(めんどくさいことになっちゃったなぁ)」 なんなら、ヤバい話が出る前にカミングアウトしてしまったほうがいい。 『じゃじゃーん!』とか言って飛び出せば、笑い話で済ませてくれるかもしれない。 そうだ、ここはカミングアウトが正解だ。 「(よし)」 「あ、本の返却期限、今日までだった!」 御園が立ち上がるより早く、鈴木は鞄片手に部室を飛び出していった。 「……」 「じゃじゃーん……」 もちろん返事はない。 結果オーライ。 いや、むしろ千載一遇! さっさと着ぐるみを脱いでしまおう。 むなしさを感じつつも、御園はそう結論づけた。 「む……あれ? む……」 頭が上手く外れない。 「ひっかかって……ん……」 「んでまあ、そいつがグダグダいうわけよ」 「わわっ!?」 「だから言ってやったのさ、牢獄じゃ日常茶飯事だってな」 「へー」 間一髪。 御園はクマの頭部をかぶり直し、元の動かぬ着ぐるみとなる。 「(……あれ?)」 カミングアウトするんじゃなかったっけ? と自問。 しかし、もう名乗り出る勇気はない。 「そーいや、千莉ちゃんとはどうよ」 「ん? ああ……」 なぜなら、恋人である筧が自分の話を始めたからだ。 「ほどほどにやってるよ」 「そーいう、つまんない答えじゃなくてさ」 「質問が曖昧だからだ」 「じゃーそうだな」 「千莉ちゃん、けっこう料理とかしてくれんの?」 「(いきなりそれ!?)」 はっきり言って自信がない御園である。 「たまにだなあ」 「(う……やっぱり)」 「でも、けっこう美味しく作ってくれるぞ」 「(ナイス、ナイスです。京太郎さんラブ)」 心の中で投げキッスをする御園。 「二人でいるときって、千莉ちゃんどんな感じなの?」 「俺なんて、いっつも罵倒されてばっかだしさ」 「(それは高峰先輩が産廃だからです)」 「あれ? なんかゾクっとした」 高峰が椅子の上でソワソワする。 「どっかの誰かに罵倒されたんだろ、よかったな」 「ほんと、ラッキー罵倒だぜ」 「いやまあ、それはそれとして、どうなのよ? 千莉ちゃん」 「いつもと変わらんって」 「ドライなまんま?」 「ドライな中にも可愛いところはあるさ、そりゃ、な」 「(ちょ、ちょっと、京太郎さんったら、もう! もうもうっ!)」 「うわー、千莉ちゃんかわいいか? やっぱかわいいか? かわいくて大変か?」 「かわいいかわいい言うなって……」 「(きょ、京太郎さん……照れて……照れちゃってる)」 身体は動かせないが、御園の心はもう、床をゴロゴロ転がっていた。 「筧にそんな顔させるとはなあぁ……いいよなあ、彼女……」 「まあな」 「やっぱ、夜の方も楽しいか?」 「(そりゃまあ……)」 「(はっ!?)」 意外とおだてに弱い御園だった。 「さらっと聞いてきたな。答えるわけないだろ」 「だってお前、ここが本命だろ。どんな感じよ?」 「(高峰先輩、やめて……)」 「ノーコメントだ」 「(そう、それです!)」 「わかる、気持ちはわかる」 「じゃあさ、千莉ちゃんの弱いところだけでも」 「(しつこいっ!)」 「無理無理」 「大丈夫大丈夫、誰も聞いてないから」 「(聞いてますって!)」 「んーまあ、そうだなあ……」 高峰の執拗な追及に、筧のガードが緩む。 「(京太郎さん、言っちゃだめ……)」 御園の頭の中を、先日の夜の記憶が過ぎる。 筧の手が優しくて優しくて、自分でも恥ずかしいほど乱れてしまった記憶が。 「強いて挙げるなら」 「(は、はわわわわわわ……言わないで、言わないで)」 「うーん……」 「そうだな、やっぱ……」 「だめーーーーーーっっ!!!」 瞬間── 「はぶっ!?」 クマの右フックが高峰の顔面を捉えた。 「パーリーナーイッ!!!」 筧が瞬きするよりも早く、黄色のクマは窓ガラスを突き破り、屋外へと逃げ去った。 「なんだ、ありゃ……」 次の日。 ウェブニュースには、『お騒がせクマさん』の見出しが躍っていた。 記事によれば、学園内に突如現れたクマはしばらく校内を逃走。 捕獲されぬまま学園を飛び出し、商店街の雑踏に消えたという。 「いやだから、俺、こいつに殴られたんだって」 「女に縁がないからと言って、クマはどうかと思うが」 「いや、俺でもクマは無理」 「……はぁ」 「千莉、げっそりしてるけど大丈夫?」 「知りません」 「何か機嫌悪くない?」 「知りません」 御園の不可解な態度に、首をひねるばかりの筧だった。 「ごちそうさま」 「はあ、お腹いっぱいです」 夕食後、ふたり並んでベッドにもたれ、テレビを眺める。 佳奈と囲む食卓にも、ずいぶん慣れた。 同棲開始直後こそ浮ついた気分で食事をしていたが、今ではもう日常の一部だ。 「マンネリ脱出法ですかぁ」 佳奈が、テレビを見つめて呟いた。 流れているのは、芸人のトーク番組。 今週は『マンネリカップル芸人』特集だ。 「マンネリなんて、俺たちには関係ないだろ?」 「ですよねー」 二人で頭をこつんとぶつけ合った。 巷のバカップルには敵わないが、俺たちもそこそこ仲がいい部類に入るだろう。 「『死んだふりゲーム』だってさ」 「暇なこと考える人もいるんですねえ」 とある芸人カップルが提案したマンネリ脱出方は、『死んだふりゲーム』。 男女のどっちかが死んだ『ふり』をし、もう片方はリアルに死体を発見した『ふり』をする。 死体役が、動いたり笑ったり、反応したら負けということだ。 名前は不謹慎だが、割とメジャーな遊びらしい。(※番組調べ) 「やってみます?」 「あれ? 実はマンネリ感じてたのか?」 「そうじゃないですけど、たまには新しいことやってみてもいいかなー的な」 「ほう」 佳奈はいたずらっぽく笑っている。 こいつ……本気でやる気だ。 ならば俺も。 「でもなあ……ちょっと不謹慎じゃないか?」 「いくら遊びでもさ、死ぬってのはなあ」 気が乗らないふりをしてみる。 このゲーム、死体役は発見役の不意を突かねば面白くない。 だからこそ気が乗らないふりをして、相手を油断させる。 既に戦いは始まっているのだ。 そしておそらく、佳奈も俺のやる気を察しているに違いない。 「それじゃ、やめときますか。不謹慎ですもんね」 「そうそう」 「んじゃ、食器でも洗おう」 「ほーい」 さらっと話題を流し、二人で台所に向かう。 さて、どのタイミングで仕掛けるか。 浴室からシャワーの音が聞こえる。 入っているのはもちろん佳奈だ。 今をおいて好機はあるまい。 さて、どんな死に様を晒そうか。 床に倒れてみる。 「……」 普通すぎて面白くないな。 取りあえず、パンツ一丁になってみた。 まだインパクトが足りないな。 トランクスはやめて白ブリーフに変更。 なんだろう、違うなあ……ビビンと来ないんだ。 水音が止まった。 時間がない。 冷蔵庫からケチャップを持ち出し、胸に『666』と描く。 最後の仕上げに、真っ赤なバラを咥えてみた。 「(来いよ、佳奈)」 タオルで身体を拭く音がする。 続いて、服を着る音。 程なくして、脱衣所のドアが開いた。 「ふぁー、いいお湯でしたー」 「先にいただいてすみませ……」 佳奈が息をのむ音が聞こえた。 「ちょっ、京太郎さんっ!?」 頭の脇に、佳奈がしゃがみ込んだらしい。 目を開けられないのが残念だ。 「あれ? あれ? あれ?」 佳奈の手が、俺の鼻や首筋を押さえる。 こそばゆさに反応しそうになるが、動いてはいけない。 「……死んでる……そんな……」 佳奈がぺたりと座りこんだ。(想像) 「京太郎さん……京太郎さぁん……」 「ダメですよ、起きて……起きて下さい……京太郎さぁん……」 揺り動かされる。 とても演技とは思えない、佳奈の嗚咽。 謝りたくなってくる。 「こんなバラなんて咥えて……冗談ですよね……冗談って言って下さい」 咥えていたバラが取り外された。 それが、何故か股間のスリットに生けられる。 「ふふふ……やっぱり、こうしていたほうが京太郎さんらしいです」 「(いやいやいやいや)」 つっこみたくなるのを我慢する。 日頃の俺は、股間にバラが咲いているイメージなのか。 「あれ? 胸に何か書いてある」 「もしかして、これ……猟奇殺人!?」 佳奈が息を飲んだ。 「犯人の手がかりかもしれない」 「……この数字、どこかで見たような……」 「999?」 「666っ!」 「はい、京太郎さんアウトー」 「くっ!?」 思わず反応してしまった。 「お前さ、猟奇殺人は〈666〉《獣の数字》だろ? 宇宙に行ってどうすんだよ」 「頭の方から見たら999ですって」 「今度からは、間違わないように6の下に横線引いておいて下さい」 ケチャップで、ぴっぴっぴっと線を引かれた。 「それはそれとして、京太郎さんの死体記録は20秒ってところですね」 「もうちょい行ける思ったんだけどなあ」 つっこみ体質を狙われてしまった。 「いやー、でも、最初はびっくりしましたよ」 「佳奈の泣き真似は迫真だったな。本気で謝りたくなった」 「そりゃ、本気で泣いてましたから」 「演技だろ?」 「いえいえ、本気ですよ?」 「遊びだってわかってても、動かない京太郎さんを見たら涙が出てきちゃって」 たははと笑う佳奈の頭を撫でる。 くすぐったい気持ちになると同時に、このゲームがマンネリ防止になる理由がわかった。 「さーて、京太郎さんもお風呂どうですか?」 「ケチャップつけてると、肌がかぶれちゃいますよ」 「そうするわ」 着替えを持って脱衣所に立つ。 風呂を上がったら、佳奈の反撃が待っているのだろうか。 ちょっと楽しみだな。 ──という期待に反し、特に何もないまま3日が過ぎた。 コンビニでちょっとした買い物をして、佳奈のいる家に戻る。 「ただいまー」 「のわっ!?」 目に飛び込んできた光景にのけぞる。 佳奈が、時代劇で拷問されてる罪人みたいに、天井からぶら下がっていた。 しかも、亀甲縛りで。 「おい、佳奈、冗談だろ?」 返事はない。 「返事しろって」 ゆすってみても、ぶらんぶらんと揺れるだけ。 ごっこ遊びだとわかっていても、胸に迫るものがある。 やっぱり佳奈は俺にとって大切な存在なんだな。 と、そんなことはおくびにも出さず…… 机から書道用の筆を取り出す。 「佳奈、お前がこういう趣味だって気づいてやれなくてごめん」 「気づいてたら、もっともっと楽しいことできたのにな」 筆で佳奈の首筋を撫でる。 「……」 「これが、俺にできる精一杯の弔いだ」 「本当なら、生きているうちにこうしてやりたかった」 首筋から胸元へ。 筆の穂先で、白い肌をこちょこちょとくすぐる。 「っっ!?」 佳奈がびくりと反応する。 「死体が……動いた?」 「いや、まさか……俺がそう思いたいだけだ……佳奈が死んだという事実を、受け入れられなくて」 「佳奈……どうして……どうして俺を置いてっちまうんだ……」 鼻声を作りつつ、筆を脇の下に。 「ぐ……ぬ……」 「くっ、また幻か……」 「ダメだ、現実を受け入れなきゃ……佳奈は……佳奈は……死んだんだ」 「もう、動かないんだ……」 言葉にすると、涙腺がじわりと熱くなる。 この気持ちは本物だ。 本物だが、それはそれとして、筆を太ももの方に持って行く。 「……!?」 膝の間に筆を入れる。 「佳奈……佳奈……」 そして、するりするりと股の方へ。 膝、太ももを通り過ぎ── 筆の穂先が、スカートの中へ忍び込んでいく。 「!!!!!!」 「佳奈っ、どうして死んだんだよっ!?」 「エロかシリアスか、どっちかにして下さいっ!」 亀甲縛りでぶら下がったまま、佳奈が吠えた。 「死体が、目覚めた……?」 「はなから生きてますから!」 「ていうか、筆プレイとかやめて下さいよ」 「ああ、目覚めたのはそっちか」 「目覚めてないですから」 「とはいいつつも、悪くないとは思っていたと」 「いやいやいやいや」 抗議の意志を示すように、佳奈がブラブラ揺れる。 「まったく、ごっこ遊びだからって、もうちょっと情緒はないんですか?」 「いやさあ、この遊び、本気でやったらまずいって」 「半分ふざけてても、やっぱり来るものがある」 「何がです?」 「わかるだろ」 さっき、佳奈が動かないのを見て、涙腺が熱くなったのは事実だ。 「あ、ああ……」 少し考え、佳奈が頷いた。 「やっぱり来ちゃいましたか」 佳奈がニヤニヤする。 「多少な」 「あらー、可愛いところあるじゃないですか、京太郎さん」 「寂しくなっちゃったんですね」 「……」 「いいんですよ、恥ずかしがらなくてー」 「私だってぇ、嬉しいっていうか、恥ずかしいっていうかぁ」 ウザさ爆発。 「佳奈、俺を煽るなら、自分の状況をよく確認してからにするんだな」 「え?」 机の引き出しから、鳥の羽根を取り出す。 「ちょっ、まさか、それで私を」 「俺と冒険の旅に出ようぜ」 「わっ、ちょっと、ダメです、京太郎さん」 「ひゃああああああぁぁぁっっ!?」 こうして、俺たちは、また一つ新しい世界の扉を開いたのだった。 マンネリがさらに遠ざかったことは言うまでもない。 「ふぁぁ……ねむ……」 ソファに転がって漫画を読んでいた凪が、気の抜けるような欠伸をした。 「何読んでんだ?」 「グルメ漫画」 「おっさんが一人でご飯食べてるだけの漫画なんだけどさ、これがまた退屈で」 「何言ってるんですか、そこがいいんですよ!」 生徒会の仕事に勤しんでいた佳奈すけが、がばりと顔を上げる。 「知らない、わからない、通じ合えない」 「きー、桜庭さん、何とか言ってやって下さいよっ」 「漫画はどうでもいいが、それより小太刀には言いたいことがある」 「あによ?」 「我々はみな、それぞれに仕事をしている」 と、桜庭が閉じた扇子で周囲を指し示す。 俺も含め、生徒会役員メンバーが仕事をしていた。 「おつとめご苦労さまでーす」 「せやっ!」 「あだあっ!?」 桜庭の扇子が、凪の額にクリーンヒット。 「何すんのよ、妄想女っ!」 「なぜ生徒会役員であるところのお前は、のんびり漫画を読んでいるのだっ!」 「よく気づいたわね……さすが桜庭」 「誰でもわかりますから」 御園が溜息をつく。 「大体な、こういう不届き者を注意するのは白崎の役目じゃないのか?」 「わ、わたし?」 突然言われても、みたいな顔で自分を指差す白崎。 「で、でも、小太刀さんってそういう生き物だと思ってた」 「そういうこと」 やれやれポーズの凪。 「というわけで、今週は小太刀に仕事をさせるウィークになった」 「ちょっと、人の話聞きなさいよ」 「貴様がな」 桜庭が眼光で凪を黙らせる。 考えてみれば、なんとなーくで生徒会役員になっていた凪は、やはりなんとなーく毎日を過ごしていた。 漫画を読んだり、転がったり、お菓子を食べたり、およそ生産性という言葉とは正反対の場所にいる。 このままじゃ、本人のためにもならないだろう。 「ちょっと、きょーたろー、何とか言ってやってよ」 「たまには働くのもいいんじゃないか?」 甘えてくる凪を突き放す。 正直辛い。 でも、彼氏だからって甘い顔はできない。 「ちょっと厳しいよぉ」 「ちゃんと仕事したら、ご褒美やるから」 「ホント? ラッキー!」 俺は甘やかさない。 「(ゴミカップルが……)」 「さて、小太刀にはまず、生徒会役員の心得を知ってもらう必要がある」 「今期の生徒会役員は、あるモットーを大切にしているが、それは何だ?」 「知るわけないでしょ、ばっかじゃないの」 「考えろー、2秒でいいから考えろー」 「あだだだだだっ」 桜庭が小太刀の頭を拳でグリグリする。 「(脊髄反射で喧嘩売れるっての、ある種才能だよね)」 「(いらない才能だけど)」 「いいか小太刀、私たちは生徒一人一人の生活をより楽しくするために活動しているんだ」 「生徒会役員である以上、お前にもそのように振る舞ってもらわなくては困る」 「めんどく……」 「そ、そうね。私も心を入れ替えないと!」 桜庭の額に青筋を発見し、小太刀が無理矢理笑顔を作る。 「その際大切になるのは、生徒たちに寄り添う姿勢だ」 「山ほど来るつまらない質問や相談にも、親身になって応じる必要がある」 「玉藻ちゃん、つまらないって思ってたんだ」 「お、思っていないぞ。言葉の綾だ」 「あんたも、大概脇が甘いわよね」 「……こ、こほん」 桜庭が平静を装う。 「というわけで、生徒からの相談を読み上げていくから、小太刀は回答を考えるように」 「へーい」 桜庭がPCを操作し、壁のスクリーンに映像を映し出す。 生徒からの質問が集められたメールボックスだ。 「えー、こほん、それでは私が読み上げますね」 「第一問、じゃじゃんっ!」 「『今まで彼女ができたことがありません、どうしたらいいですか?』」 「とりあえず10人に告れ」 「『1回しか会ったことがない床屋の店員が、僕の名前や好みを覚えていてくれました』」 「『これって、僕のことが好きなんでしょうか』」 「仕事に決まってるでしょ、ばっかじゃないの」 「テストの成績が上がりません、どうしたらいいですか?」 「自分で考えつかん奴は、どうせやっても無駄」 ばっさり一刀両断。 泣く子も黙る回答である。 「なんか、青々とした草原が焼け野原になってくビジョンが浮かんでる」 「奇遇だな、俺もだ」 燃えていくのは、生徒達の青い悩みだ。 後には、ぺんぺん草も残らない。 「小太刀さん、もうちょっと優しい答えを返さないと……」 「こんなん、いちいち付き合ってたらキリないって」 「で、でも、人という字は、人と人が支え合って……」 「知るかっ!?」 小太刀の言うことは間違っちゃいない。 とはいえ、生徒会役員である以上は、やっぱ生徒のためにならんと。 「凪さあ、生徒会役員なんだし、もうちょい頑張らないか?」 「んなこと言われても」 「違う仕事はどうですか?」 「例えば?」 「お茶を入れて下さるとか」 「私にお茶くみをやれと? 根性座った後輩ちゃんじゃない」 「他にできることがあれば、そっちでもいいですけど」 「よーし、今日は先輩らしく、後輩のしつけをしようかな」 小太刀が立ち上がり、腕を回す。 まったくひるまない御園との間に、激しい火花が散る。 と、小太刀の脇の電話がけたたましく鳴った。 「あーもー、うっさいわね」 「はい、生徒会役員室です。どちらさん?」 「はい? はぁはぁ言われてもわからないんだけど」 受話器に向かって怪訝な顔をする小太刀。 「あ、まさか、あの人からの電話じゃ……」 「奴か……また性懲りもなく」 二人が溜息をつく。 電話の主は、おそらく最近よく電話をかけてくる『変態さん』だ。 生徒会役員女子の大ファンらしく、昭和テイスト溢れる質問をしてくる。 このままじゃ凪がかわいそうだ。 「小太刀、電話代わるぞー」 「はあ? パンツの色? ばっかじゃないの」 「そんなの知りたきゃ、電話越しじゃなく、堂々と聞いてきなさいよ」 「どーせ、面と向かっちゃ話せないんでしょうけど」 小太刀が受話器に牙をむく。 「へーい、ほいー、あっそ、あっそあっそあっそ」 「ふーん、へー、ばっかじゃないの」 「もう二度とかけてこないでね、はいはい、ばいちゃー」 嵐のようにまくし立て、凪は受話器を置いた。 女性陣から拍手が上がった。 「え? な、何?」 「姐さん、鮮やかでございます」 「まさに、息をするように罵倒している……これも才能か」 「わたしなんか、びっくりしちゃって全然喋れないのに」 「褒めないでよ……気持ち悪いわね」 急に向けられた尊敬のまなざしに、凪がたじろぐ。 ちなみに、凪が極端に褒められ慣れていないのは既知のことだ。 「こだっちゃんさ、クレーム電話の対応とか向いてるんじゃないの?」 「いや、めんどくさいんだけど」 「それそれ! そうやってズバッと切れるのが才能なんだって」 「う、ううん……」 凪が俺を見る。 「やってみろよ、きっと上手くいくって」 「ま、まあ……京太郎が言うなら」 「でも、変な奴に絡まれないか心配かも」 「大丈夫、俺が守るって」 「やだもー、きょーたろー、かっこいいー」 凪が俺の腕にぶら下がった。 「(燃え尽きてしまえ……)」 こうして、凪は生徒会役員内で自分の仕事を作ることができた。 やはり適正があったらしく、トークのキレは日を追うごとに増している。 「はいはーい、それはウチ関係ないですから」 「え? 約束違うでしょ? 嘘ついたのどっち? そっちよね?」 「へー、そー、あらやだ、かわいそー」 「やっぱ、こだっちゃんの罵倒は最高だな」 高峰が静かに合掌する。 ちなみに、高峰みたいなイカレたファンも着実に増えていたが、本人には伝えない方がいいだろう。 「ばっかじゃないの、ばっかじゃないの、ばっかじゃないの」 「ねー、筧。私たち、なんで正座して向き合ってんの?」 「反省会だから」 「は? なんで反省会?」 「いろいろ事情があるんだ」 「細かいこと気にしないで、言いたいことがあったら言ってくれ」 「言いたいことなんて別に……」 「あ! あった! めちゃんこあった!」 「ぶっちゃけさ、私、出番少なくない? おかしくない? ありえなくない?」 「仕方ないだろ、羊飼いは忘れられるんだから」 「そりゃそうだけどさあ、なんか悔しいじゃんか」 「やっぱり、図書部の奴らも、私のこと忘れちゃったりしてる?」 「いや、まだばっちり覚えてるよ」 「2、3日前にも、小太刀のことで盛り上がってさ」 「ほんと!? どんなこと話したの? 教えて教えてっ!」 「なあみんな、最近まで巨乳の図書委員がいたような気がするんだが、名前を覚えているか?」 「あの胸は世界遺産級でしたね。名前、名前は……」 「首から下は覚えてるんですけど」 「なんだっけ? あーほら、88センチのEカップで、えーと、えーと」 「ぽよーん、ぽよーん」 「もうみんな、忘れるなんてひどいよ。すごく可愛い名前だったじゃない」 「さすが白崎、覚えているんだな」 「それでそれで、彼女のお名前は?」 「豊川バストさんっ」 「……ってわけだから安心しろ、な?」 「もういっそ忘れろやっ!」 「……いや、冗談だって……みんな覚えてたから」 「おーい、小太刀ー、機嫌直せー」 「うっさいわ!」 「ばっかじゃないの! ばっかじゃないの! ばっかじゃないの!」